魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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15話 いくつになってもロマンは大事!

 私の壮大な計画をカミングアウトすると、常に話題に飢えている田舎町でその話はすぐに広まった。

 

 「どうしてそうなった」と困惑する者、「頑張ってね!」と応援してくれる者、「うん、まあ、辛くなったら帰っておいで」と生暖かい視線を送ってくる者と反応は様々で、心配してくれたおば様方がお見合い話を持ってきてくれたのだけど実際に相手に問い合わせてみると「エルーシャさん? え、恋愛対象としてはちょっと……」という有様だった。「ごめんねごめんねッ!! まさかそんな事になるなんて」と謝ってくるおば様たちは悪くない。むしろ結婚年齢が早く独身率の低いルーカスでよく十人も見つけてくれたと思う。けど十件全部聞いて回った私に残された心の傷は深い……。

 これはいよいよ傷心旅行も兼ねた旅が必要だ。「もしかして私に恋しててもなかなか言い出せないシャイボーイがいるかも」とか考えた私なんて居なかったんや。

 

 早急に迅速に速やかに少しでも早く旅立とう。

 この世の果てに黒歴史を埋めにいくぜェェェェェ!! ヒャッホーウ!!!

 

 

 

 

 

 ちなみにあの直後、神父様達との会話は以下のようなものでした。

 

「どうしよう神父様。ねーちゃん本気(マジ)の目してる」

「キーロ、ここは見送るのがあたしたちの役目だと思うわ」

「お前何でそんなに達観した!? 今の話に何か思うところがあったとか言うのやめろよ!?」

「ふふふ……馬鹿ね。女には、進まなければならない時があるのよ」

「うわぁぁあ! 神父様! 何かよくわからねーけど、エルねーちゃんからファルファに何かが伝染した!!」

「あのね、エル……恋愛に対する憧れはよく分かりましたが、せめて男装はやめませんか? それでは現実的に考えるとますます遠ざかって……」

神父様(真っ直ぐな目)

「……体に気を付けて、また元気な顔を見せてくださいね」

「諦めたらダメだろ神父様!?」

 

 

 最後まで反対していたキーロも、私の男装ロマンを数時間にわたって聞かせると「もういいワカッタ」と納得してくれた。ありがとうキーロ! 私、頑張るよ! あれ、なんだか目が死んでるけどどうしたの?

 

 

 

 

 

 

 

「ところで私の男装設定はどうしたらいいと思う?」

「帰れ」

 

 いざ男装するにあたっての設定を考えようと思った私は、実際の男性に意見を求めようと教会に来ていた。箒で掃き掃除をしていたキーロがいけずなことを言うけれど、私が持参したパンの山を献上すると快く迎え入れてくれた。この食いしん坊さんめ。

 

「さて、早く終わらせるぞ。名前はエルフリードで一人称は俺な。よし、終わった」

「早ッ!?」

 

 厨房にパンを置いて帰って来たと思ったら投げやりに言われた。

 しかし聞けばその案はファルファの物で「騎士みたいな名前で、やっぱり一人称は凛々しく俺よね!」という感じの会話をあの後何度もされたらしい。私の男装ロマンが継承されたようで、大変結構だ。

 

「俺女か……。うん! 若さゆえの冒険としてならありだよね! ねえキーロ、性格設定は!?」

「面倒くさいからそのままでいいだろ」

「いや、でもやっぱり折角男装するんだし格好いい路線を目指すべきかな!? って思って! 頼れるみんなの英雄路線がいいかな? 孤高の一匹狼路線がいいかな?」

「少なくとも今のままだとはしゃいで駆け回る一匹の馬鹿犬だと思う」

「そんな! 女としての私の子犬のような可愛らしさがにじみ出て無理だって!?」

 

 その後どんなに聞いてもためになる意見を聞けなかった。ただ一言「旅に出て頭冷やして早く帰ってこい」とだけ言われたけど、なんだ本当は寂しかっただけか。

 

 

 

 

 

 

 とりあえず貰ったアイディアを生かしつつ、自宅に戻った私は男装姿へと着替えてみた。認識阻害の魔纏刺繍は身に着けている間なら私自身にすら作用するので、傍から見てどう映るかという確認もぬかりはない。

 

 

 魔纏刺繍が施された品は二点。

 

 一つは深い紺色の長そでのアンダーシャツで、派手にならない程度に金糸で細かく刺繍がされている。シャツといっても裏地もあるしっかりした生地を使用しているので、前を開けてジャケット変わりにもなるだろう。刺繍だけでなくしゅっと体中間部分と肩から腕に伸びる白のラインがスタイリッシュだと思うんだが、完成した時一瞬「……ジャージ?」と思ったのはきっと気のせいだ。

 もう一つは臙脂色の大ぶりのスカーフで、こちらは目立たないように同系色で隠れシャレオツな感じに刺繍している。これは高所から飛び降りたり、颯爽と駆けた時に実に格好いい効果を生むのではないかと期待している。憧れはあるけどマントはちょっと恥ずかしいの……! という方にお勧めの逸品。

 

 下半身に黒のズボンとこげ茶のブーツを穿き、肌着、アンダー、刺繍のシャツと身に着けスカーフを巻く。

 するとあら不思議! 心なしか体の線が太くなり、胸のふくらみも影を作らずストンっと消える。「あーあー」と声を出せば青年というより少年寄りの声だけど低くなっている。

 自分で切るのが案外難しくてざんばらになった髪も、むしろいい味出してる気がしてきた。アジア系の顔立ちと灰色の瞳は、他の人が見ればちょっぴりミステリアスに見えるかな? だが悪くない。顔立ちまで変わらないから美少年とはいかないけど、悪くはないじゃあないか!

 

 

「俺エルフリード! よろしくな!」

 

 

 そうして私は鏡の中の新しい自分に向かって挨拶したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町の皆やお世話になったお師匠様、神父様、孤児院の子供たちに挨拶を済ませた私はルーカスの町を出た。しかしその旅路は一人ではなく、同行者が居る。といっても、馬車に同乗させてもらっているのは私の方なのだけど。

 

「いんや~、あのエルが旅に出るとはなぁ。ちっこかった娘っ子がこんなに大きくなるとは、オラが年取るわけだーぁ」

 

 のんびり喋るのは私がいつもシュピネラの宿へ伝言を頼んでいた商人のマリオさん。ルーカス出身の彼は、王都で成功を収めた後地元に戻り、田舎町であるルーカスのために定期的に色々と外の商品を仕入れてきて売ってくれている。

 

 今乗っている幌付きの馬車は一見こじんまりとした物だけど、実は魔法付与で空間拡張された高価な品だ。この魔法の馬車に毎回いろんな品を詰め込んで帰ってくるマリオさんは町でトマス神父様に次ぐ人気者である。

 

「本っ当にありがとうございます! ちょうどマリオさんが行商に行く時でよかった~。でないとわた、俺一人で旅しないといけない所でしたよ」

 

 一応この十二年間、怖い思いをしたので旅しようなんて思わなかったけど訓練はしていた。体も成長したし、もしかして今ならドラゴンとまでいかなくても、あの盗賊の男相手だったらいい勝負出来るかもしれない。

 でもルーカス周辺の野の魔物くらいなら怖くはないけど、やっぱり何があるか分からない。だから不用意に一人で旅だけはすまいと思っていたので、今回マリオさんの行商のタイミングと時期が合って本当によかった。

 

「それにしても、今回は手掛かりくらい聞けるといいなぁ。十二年町の外に出なかったオメさんが旅に出たんだしよぉ」

「ああ、でもこれで見つからなかったら、もう諦めようかとも思ってるんですよね。十二年も手間をかけたマリオさんには申し訳ないんですけど……」

 

 私は今回の旅で「男装してイケメンに知り合って(以下略)」計画の他にいくつか目標を設定していた。

 

 その一つがこの世界で初めて出会い、私の教育係を務めてくれたサクセリオを探すこと。十二年も放っておかれて薄情だ薄情だと思いながらも、私だってお世話になった彼をないがしろにしているわけではないのだ。

 

 あれだけの美人でシュピネラでいくつもの恐ろしい実績を打ち立てたサクセリオは、もしまたあの街に現れたなら絶対に噂になってるはず。ところがマリオさんいわく宿の女将さんに聞く他もサクセリオについてそれとなく街人に尋ねてくれたところ、過去のもの以外はひとつの噂話も出てこなかったとか。それはサクセリオが私を置いて行ったあの日以来、シュピネラを訪れなかったということを示していた。

 

 最初は置き去りにされて怒っていた私も、それまで彼の実力から考えられなかった「怪我や病気で身動き取れなくなっている」「何かの罪で捕まってしまい幽閉されている」などの可能性が頭に浮かび始めた。

 

 今回の旅でまず目指すのは銀鉱山の街シュピネラ。せっかく旅に出たのだし、私はそこを出発点に出来る限りサクセリオの行方を追おうと考えている。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ルーカスを出発してから数日間はとても快適な旅路だった。

 

 魔法の馬車は魔物避けの術も施されているので街道を行く分には問題ないし、魔法道具を多く所有しているルーカスさんのおかげで私のしょぼ魔法を使うまでもなく野営などの準備も簡単。

 

 時々寄った村などで商売のお手伝いをしつつ、その他の時間は荷台で刺繍をして過ごしていた。

 

 ちなみにこの刺繍の品は乗車賃としてマリオさんに売るものだ。本当は売るのでなくあげるつもりだったのだけど、そこはマリオさんに断られてしまった。「価値のあるものにはお金を払うべき」というのが彼の心情らしく、代わりに今まで町の外では販売していなかった私の刺繍作品を売る許可が欲しいというので、今作っている刺繍の品を出来るだけ安く卸すという条件も加えてお礼に関しては私も納得した。

 

 何しろシュピネラまでは「首括りの樹海」を迂回すると、とても長く面倒くさい道を辿る。これを好意のみで連れて行ってもらうのは、とても申し訳なくて出来なかったので。

 

 

 マリオさんはカトレア師匠の作品も取り扱っているのでそれと並べられるのは恥ずかしいのだけど、今まで通って来た村で売った刺繍入りのハンカチは概ね好評だったので安心している。

 

 

 

 

 順調な旅に変化が訪れたのは、森の近くを通りかかった時だった。

 

「! トマスさん、あれ!」

「ぬお!? あ、ありゃあハウンドウルフの群れだぁ!」

 

 私たちの視線の先に居たのは、狼型の魔物に襲われる旅人達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




妙に浮きだっている主人公→中二力に結婚できないかもという不安が加わって化学変化してブースト。「もう、なにも怖くない!」(フラグ

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