魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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13話 女子力とオカン力の境界線

 

 

 私たちが育ってきた孤児院を兼ねた教会の鐘が、高らかにルーカスの赤い屋根の合間に響き渡る。空はぬける様に青く薫風が駆け抜けていき、太陽は祝福するように曇りのない陽光を地上に降り注いでいた。

 

 

「お、おおおおおおおめ、おめでとぉぉぉぉぉぉ」

 

 

 お~いおいと泣きじゃくり持参したハンカチが全滅した私に、バージンロードを行く二人を見守っていた周りの何人かがハンカチを差し出してくれた。ありがたく受け取り、涙を拭いて鼻水をかむ。周りはそれに怒ることなく、承知済みだと言わんばかりに悟った表情をしていた。もちろん私も彼らの寛容さを承知の上での行動で、あとでちゃんと返すつもりだ。その時にちょちょっと刺繍を施すとみんなけっこう喜んでくれる。

 

 それにしても感慨深い。ルーカスに来て十二年とこちらの世界での大半を過ごした町で、共に育った子供が成長して結婚する……しかも私の作った衣装を着てとは、こんなに嬉しいことは無い。

 

 しかし花嫁衣裳はあくまでも引き立て役である。それを着るアンダルシアは、彼女自身の魅力で輝いて見えた。嬉しそうに微笑み、バラ色に染まった頬は幸せを象徴している。対してカメルは嬉しさのあまり涙ぐんでいるが、幸せの表れには違いない。

 アンダルシアは昔から強気で正義感が強くて、いつも木偶の坊と馬鹿にされるカメルを助けていた。そのくせ繊細で影では泣くことも多くて、その彼女を慰めていたのがカメル。

 昔からお互いを助け合ってきた彼女たちは、きっと良い夫婦になるだろう。

 

 本当に成長したなぁ……あの跳ねっ返りが彼に女性として見てもらいたくて清楚な魅力を身に着けたし、泣き虫は愛しい彼女を守れるように精神的にも身体的にも強くなった。

 

 もうっ! お前ら幸せになれよ!

 

 

 

 

 ちなみにブーケトスは十歳年上のお姉さまの華麗なジャンプによってその手に収まりました。前世で彼女と同い年だった私が潔く花束を譲ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 披露宴の後は立食形式のパーティーへと変わり、出席者、町の者問わず皆が楽しそうに結婚を祝いながら料理に舌鼓を打った。この町は町全体で結婚を祝うため、わざわざ手配しなくても各家庭の奥様方が何かしら料理を持ち寄ってくる。各家庭がここぞとばかりに腕を振るうので、様々な料理が並び同じ料理でも家庭によって味が違う。

 

 エルーシャとしてはどれから食べようかと迷ってしまい、次々と料理の攻略に乗り出していた。

 

 

 

「それにしても、アンはもちろんだけど衣装も素敵だったわよね~」

「カメルのもな。馬子にも衣装ってやつだけど、パッと見どこの貴族様かと思ったぜ」

 

 聞こえてきた衣装への称賛の言葉に、エルーシャはフォークを銜えながら思わず頬を緩ませた。彼女としては素直に嬉しい部分もあるのだが、これで宣伝になって仕事増えるかな~という下心もちょびっとある。人様の結婚式なのであくまでも少しだけだと、彼女の名誉のために言っておこう。

 

 その彼女に幼い声がかけられた。

 

「ねえエルお姉ちゃん! あたしもお嫁さんになったら、エルお姉ちゃんが作ったお洋服が着たいわ!」

 

 目を輝かせてぴょいぴょい跳ねているのは、教会で働いているファルファという十歳の少女。このファルファも孤児なのだが、独り立ちをしてからもよく教会に手伝いや遊びに来てくれるエルーシャにはとても懐いていた。

 

「おーよしよし。任せなさいファルファ! お姉ちゃんその時は張り切っちゃうぞー!」

「わーい!」

 

 そんな二人を少し遠くから微笑ましげに見ている町の人間たち。

 祝いながらも食事会になってしまえばみなそれぞれ好き勝手に話し始めるのだが、話題は自然と今日の裏の立役者であるエルーシャの話になっていった。

 

 

 

 

「エルーシャちゃんは、いいお母さんになりそうねぇ」

「そうだなぁ。刺繍の腕もいいがああいう面倒見の良さを見ると特にそう思うよ。この間孫を預かってもらったが、赤ん坊相手でもあやすのが上手かった」

 

 そう褒めたのは穏やかそうな老夫婦。

 

「あ、わかります。そうですよね。なーんかエルって同い年なのに、あたしでさえ時々すごくお母さんって呼びたくなっちゃう」

「ああ、わかる。てか私ちっさいころたまに言ってたわ」

「私もー」

 

 同年代の町娘たちが言えば、周りが更にそういえば、そういえばとエピソードを語り始める。人が集まるとそれぞれにネタを持っているので、話し始めたらその連鎖はなかなか収まらない。

 

「そういえばさっきの号泣なんて、完全に娘息子を見送る親だよね。そのせいで父親代わりの神父様が泣くタイミングを完全にはずしてたっていうか……」

「孤児院出にとっては、昔から特によく面倒見てくれた人だから親でも間違いじゃねーよ」

「ああー。親と言えば、俺はエルーシャさんの料理がおふくろの味になってる」

「あ、お前も孤児院出だっけ?」

 

 今度は同年代の男性たちが話し始める。その様子は少々の照れを含んでいたが、それは年の近い女性の話をする気恥ずかしさではなく、どちらかと言うと人前で家族の自慢をする面映ゆさであった。

 

「おう。エルーシャさんは面倒見が良くてな。俺馬鹿だからよ……。成人してもなかなか仕事に就けなかったんだが、今の仕事を見つけてきて、紹介してくれたのもエルーシャさんだったんだ。ずいぶん世話になったと思うし、俺らにとっちゃ母さんみたいなもんだよ」

「口うるさいなーって思うこともあるけど、みんなのこと凄く心配して見ててくれたよね」

「凄く子供っぽいと思うこともあるけど、つい頼っちゃうのってエル姐さんだったりするし」

「あたしこの間まで領主さまのところで下働きしてたじゃない? 小さいころからエルーシャに散々注意されてたから、「町娘にしては礼儀がなっているな。感心である!」な~んて褒められちゃった!」

「あ、それわかる。私の所の子供四歳になるんだけど、この間一日預かってもらったらお片付け覚えて帰って来たわ! しつけ上手いわよね~」

「小さいころ、エルねーさんが怖かったな~。悪いことしたら容赦なくゲンコツだぜ?」

「でも理不尽なことでは怒られなかったし、受け止めてもくれたよな。親に叱られるってこんな感じかなって思ったことある」

「あるある」

「なー」

 

「あらあら、エルちゃんはみんなのお母さんねぇ」

「私たちの立つ瀬がないけれど、エルーシャじゃしかたがないわ。よく助けてもらうし」

「あの子は気さくで面白い子よぉ。よく立ち話が長引いちゃうの」

 

 極めつけに町のおば様方。独自のネットワークを形成する彼女らだが、エルーシャは完全にその中に溶けこんでいるようだ。

 

 

 盛り上がりを見せる同年代や、他の住人達。

 それに気づかないエルーシャは、ファルファと楽しく話しながらも婚礼料理を着実に腹に収めていた。

 

 

 

 

 

 

 

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 おおかた料理を食べ終えた私は、何やら同年代達が盛り上がっているので皿を置いてそちらへ行くことにした。

 

「何々? なに話してるのー?」

「ああ、お前のこと褒めてたんだよ」

「え、そうなの!? ありがとう!」

 

 どうせなら目の前で褒めてくれたらいいのに!

 それでも褒められていた事実が嬉しいのでニコニコしていると、同年代の一人がしみじみと言ってきた。

 

「褒めるっていうとさ、お前の刺繍の腕って本当に凄いよな。エルーシャなら王都とかでもやっていけるんじゃないか?」

「ええ~? やだよ。外怖いもん」

「え、そんな理由? もったいない」

「まだ森で迷った時のこと引きずってるのか。でもお前さぁ……腕は確かだし可能性を広げるために、出稼ぎを考えるのもありだと思うんだが。それに町の外にでも出ないと結婚相手とかも見つからな「ふんっ!」うごッ!?」

 

 おっと手が滑ったなー! うっかり喋ってた奴の腹に正拳突きみたいなのしちゃった!

 嘘だよわざとだよこの既婚者が! 手加減しただけありがたいと思えバーカ!

 

 せっかく褒められていたと聞いて嬉しかったのに、いきなりの話題転換で舞い上がっていた分逆に地面に埋まった気分だ。

 

「あっははは、馬鹿だなぁ。我らが母様にむかってそれは禁句だよ」

「お前らの母ちゃんになった覚えはないけど!?」

 

 またしても聞き捨てならない言葉が聞こえて振り返るが、先に心強い味方が援護をしてくれた。

 

「ちょっと、なにエル苛めてんのよオッサン!」

 

 そうだファルファもっと言ってやれ!

 

「ねえ、ファルファはエルにはどんな花婿さんがいいと思う?」

「え? エルお姉ちゃんは結婚しなくていいじゃない。子供はあたしたちが居るし! ろ、老後だって面倒見てあげなくもないのよ?」

 

 え、何その嬉しくないデレ。いや気持ちは嬉しいけど、素直に喜べない!!

 

「ほらみろ、お前の立ち位置ってみんなの母さんだからな? この町じゃもうそれで固定されているんだ……待ってても白馬の王子様はこないぞ?」

「うああああああ! 皆がいじめるーーー!!」

 

 

 

 

 

 どうやら私が十二年…………磨いてきたのは、女子力じゃなくておかん力だったようだ。

 

 

 

 

 友人の晴れ舞台で突きつけられた事実は思いのほか根深く心に突き刺さり、後で思えばこれが私を変な方向に駆り立てた原因だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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