魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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11話 髪飾りのあなたへ(ルチル視点)

 ルーとその従者たちはなんとか無事に森の抜け、最寄りの村にたどり着いた。

 そしてルーは己の持つ権限を最大限に利用し、村の公共用遠隔伝達魔道具で自らの実家から応援を呼んだのである。

 

 

 その応援とは、フェルメシア王国が誇る竜騎兵団およそ五十騎。

 

 

 エルーシャが助けたのは「どこかいい所のお嬢さん」どころではない。フェルメシア王国の第三王女、ルーことルチル・エリントス・フェルメシアだったのである。

 

 盗賊退治には大げさすぎる規模であったが、一国の王女の呼び出しに応えた彼らは、迅速に現場に駆け付けたのだった。

 

 

「ルチル様。アルフォルンめを捕縛いたしました」

「! そうですか……。それよりエルは?」

「ッ。そ、それが」

 

 報告を聞いた金髪の少女は止める従者を振り払って、短くなった巻き毛が乱れるままに騎竜に乗って洞窟へ駆けつけた。

 

 そこには岩の撤去された洞窟ががらんどうな中身を晒すばかり。先に聞いた報告通り、中にいた裏切り者と怪我をして動けなくなった、あるいは死んだ盗賊たちはすでに兵に連れて行かれた後のようだった。

 後から戻ってきた川に落ちたルチルを探していた残りの盗賊も捕まったらしく、ここはもう全てが終わった場所となっている。しかし、望んでいた姿だけが見つからない。

 

 ルチルが求めていた小さな姿は兵に保護もされておらず、見渡す限りのどこにも認めることは叶わなかった。

 

 

 

 洞窟と森を探索中だと兵になだめられ、意気消沈として帰って来たルチルを慰めたのは、侍女であるエレナとマリエだった。

 

「ルチル様。きっと見つかりますわ」

「そうですよルー様! あの子、あんなに小さいのにばんばん魔法使ってたじゃないですか。きっとうまく逃げていて、そのうち兵たちが保護して連れてきてくれます!」

「そうですね……」

 

 襲われた当日。ルチル達は彼女の魔法の師匠であるアルフォルン・メイドラーの提案によりフェルメシア国内でも有数のマレス教の大神殿へ長期の礼拝に赴いており、盗賊に襲われたのはその帰り道のことだった。

 三十名連れていた侍従と護衛はその半数の規模の盗賊にあっという間に殺されてしまった。生き残ったのはルチルの専属侍女であるエレナとマリエ、筆頭護衛長カルトレ、元近衛の老人ゴルディ、従僕のトムの五人。追いつめられてルチルが崖から川へ落ちてしまったが、その彼女は幸運にも助けられ、更にルチルを助けた不思議な子供は盗賊に囚われていた彼らを救う助けとなった。

 

 しかしその子供は、盗賊の幹部と思われる数名と共に姿を消している。

 

 盗賊の頭らしき男が彼女に興味を持っていた。

 嫌な予感しかしない。

 

「盗賊の足取りは?」

 

 ルチルが入り口脇で控えていたカルトレに尋ねると、彼は簡潔に答えた。

 

「未だ掴めておりません」

「あの頭目……とてもただ者には見えませんでしたが、札付きだったのでしょうか」

 

 マリエが恐々と尋ねると、カルトレは無表情だった顔を歪めて情報を提示した。

 

「赤い髪に緋色の瞳の大男……特徴に加えてアルフォルンがアグレスと呼んでおりましたから、『坩堝(るつぼ)』の頭目で間違いないでしょう。捕えた雑魚はともかく逃げた者は幹部のはずです。『猫目石のハウロ』に『岩石のオリス』。『硝石のベネッド』は死にましたが……」

「ヒッ」

 

 フェルメシアでは誰もが一度は聞いたことのある盗賊団の名前に、思わず声を引きつらせる従者トム。対してエレナはといえば、ルチルの居るところで不安を煽るような情報をもたらすなと鋭い視線でカルトレを睨む。カルトレはその視線を受けて、再び口を閉じて置物のように扉の脇に控えた。

 

「坩堝の頭目……『緋眼(ひがん)のアグレス』ですか」

 

 その名はよく父たちの会話にも出てきた。一介の盗賊に過ぎないと言うのに、その悪名と実力は盗賊団の名と共に国内に轟いている。

 

 愉快犯としても有名で凄惨な殺人や窃盗事件を起こしたと思えば、今回のように裏世界で依頼を請け負い暗躍もする。信用出来ない人柄でも仕事が集まるのは、多くがその実力を認められているからに他ならない。

 特に彼の組織する盗賊団「坩堝」は、こと裏世界での仕事に関して優秀だ。むしろ仕事に関しての実力と信頼があるのは、アグレス自身よりも彼が支配し、選りすぐりの幹部が地盤を固めている組織そのものである。

 

 今回頭目にあたったことは運が悪かったが、組織の中でも参謀役の幹部が居なかったことが幸いした。もし参謀まで居たのなら、興味が移ろいやすいアグレスと幹部をまとめて奇妙な子供よりもルチル達を追い、今頃村にすらたどり着けなかった可能性すらあったのだから。

 

 坩堝は大規模な襲撃でもない限りいくつかの組に別れて行動しているらしいので、今回遭遇したのはそのうちの一つだろう。

 

 

 

 暗殺、傭兵、窃盗と何でもやる彼らを使う人間は、盗賊を使う一種の賭けであるに関わらず嘆かわしくも一定数存在していた。

 

 

 

 表情を険しくしたルチルを見たマリエは、何とか話題を変えようと別の質問をした。しかしそれがまた気分の暗くなる話題な物だから、先輩であるエレナから後できつくお説教を受けるはめになる。

 

「メイドラー様、いえ、メイドラーは何か自白しましたか?」

「…………」

「あの、カルトレ様?」

「……………………………………………………。…………何分喉を潰されておりましたので時間はかかりましたが、動機の確認は出来ました」

 

 エレナに睨まれたくないカルトレのささやかな反抗は、首を傾げた空気を読めない娘の純粋な瞳と幼い主人の「話せ」という無言の圧力の前に屈した。

 

「ルチル様の才能に嫉妬したメイドラー氏は、恐れ多くもルチル様を殺害して霊核を奪う算段をしていたようです」

「な!?」

「なんてことを……! けれど霊核を取り出すなんて出来るものなのですか?」

「メイドラー氏ほどの魔法使いなら可能でしょう。奪った後は自分に移植する予定でいたようですね」

「愚かな……。奪った霊核では、逆に精霊に嫌われるでしょうに」

 

 霊核とは魔法の根幹である魔力を生み出す魔法的機関である。確証されていないものの魂と同一の存在なのではないか、というのが上級魔法使い達の見解だ。

 実体をもたないため単純に体を切り裂いても発見することは出来無いが、たしかにそれは生物の体の中に存在している。それは修行により鍛えることは可能であるが、根本的な魔法の才能は生れながらの霊核に大きく左右される。

 ルチルはこと精霊術に対して相性の良い霊核で、実際に多くの精霊と契約に至る才能を有していた。

 

 彼女の師匠でありながらアルフォルン・メイドラーは、幼い弟子の半分の数しか精霊と契約できていない。普段は優しく穏やかそうな顔をしていたが、実際は心の中で嫉妬の炎に苛まれていたのだろう。

 いくら心を病んだとはいえ、自身によく懐いていたルチルを裏切る気は知れないが。

 

「でも、本当にメイドラーが一人で計画したのかしら」

 

 エレナが思わずと言った風につぶやくと、マリエもそれに同意した。

 

「な~んか怪しいですよね。私が言うのもなんですけど、あの人まだ若造じゃないですか。坩堝へ繋ぎをとれるとも思えないし……そこそこ才能があって、でも分かりやすい嫉妬に身を焦がしているから上手くすれば御しやすいっと。これは黒幕が居る線を考えちゃうべきですかね~?」

「マリエ、口調を」

「あ、オホン失礼。考えるべきでございますね」

「黒幕……」

 

 今まで黙っていたルチルは、その言葉を聞いて考え込む。エレナは五歳の少女に嫌なことで考え込ませてしまい「私としたことが」と焦るが、ふと見た少女の瞳に背筋に悪寒が這い上がった。

 美しいエメラルドグリーンの瞳はまるで火でもくべられたように熱を秘めており、爛々と輝くそれは実に苛烈だ。瞳一つで心臓を掴まれた気分になり、思わず跪きたくなる衝動にかられる。それは同室していた他の者たちも同じで、彼らはこの少女が「あの」王家の血筋であるとまざまざと思い知らされた。

 

 大人しく上品な子女に成長していると思っていたが、今回の件で完全に血筋が表に出てきてしまったようだ。

 

 

「ふふふっ、あはははは!! いいでしょう! このケンカ買いました。いずれ見つけ出して絞首台登らせてあげますわ!!」

 

 

(ちょっと! 誰よ絞首台なんて言葉教えたの!)

(いや、普通に考えてイアン様あたりだろう)

(妹君に何を教えているのですかあの方は! ルチル様はまだ五歳ですよ!?)

 

 ゆらりと立ち上がって不穏な事を言いだすルチルに、「嗚呼、私たちのお嬢様が……!」と嘆くその従者達だった。

 

 

 

 

 ルチルは窓辺まで歩くと、そっと手の中の物に視線を落とす。つり上げていた目元を緩めて、その品……エルーシャから預かった珍しくも美しい櫛を撫でた。

 

「早く見つかってくださいまし……。たくさんお礼を言いたいのです」

 

 どうか無事に見つかって欲しい。そうしたら巻き込んでしまったことを謝って、助けてくれたお礼を言おう。

 きっと盗賊の陰に怯えているはずだから、今度は自分が守ってあげるのだ。

 

 

 

 

「強くならなければ」

 

 呟いた一言は、成長の可能性という猛る熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 


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