魔刺繍職人の花嫁修業(笑)   作:丸焼きどらごん

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9話 怒涛の一日の終わりと別れ

 

 

「エル! ごめんなさい、ごめんなさい!! 怪我は!? 大丈夫ですか!?」

 

 唖然と崩れた洞窟を眺める従者達の中から、弾丸のように飛び出してきたのはルーちゃんだった。元気なようで安心したけど、おもいっきり抱き着いてからわさわさと体中をまさぐってくれる彼女にはちょっとまいった。

 

「いた! いだだだだ!!」

「え!? 何処、ケガは何処ですか!」

「いた、いたた! ごめ、ごめん、とりあえず触らないでもらっていいかな!?」

 

 私の必死さがようやく伝わったのか、ルーは手をひっこめてくれた。そしてルーは彼女の従者を振り返ると、幼いながら上に立つ者にふさわしい、命令し慣れた声で指示を飛ばす。

 

「誰か、エルを運んで! 早く近くの村へ行って治療を!」

「! (かしこ)まりました」

 

 いち早く反応したのは先ほど剣を振り回していた老人。彼は奇妙な子供である私に動じることなく、闊達とした様子で私に近づくと手を差し伸べてくれた。

 

「小さいのに、凄いのぉ。助かったぞ! さあ、自己紹介は後じゃ。早く安全な場所に行こう」

 

 その安心感を抱かせる人柄につい手を伸ばしそうになった私だが、少し考えてから首を横に振った。

 

「? どうした」

「えっと、私はここに残ります」

「……何故か聞いてもよいかの?」

 

 理由をちゃんと聞いてくれるこのおじいさんいい人だな。

 

 私とて一刻も早く安全なところに行きたい。でも震え上がったチキンな心は、それを許さなかった。逃げたい一方で「念には念を入れて徹底的に封殺しろ」と用心深い心が叫んでいる。

 

「あいつら、岩をどけて追いかけて来るかもしれないじゃないですか。馬もまだ何頭か居ると思うし、追いつかれたら今度こそ逃げられないかも……。だから、私が状態維持の魔法で岩を塞いでいますから、応援を呼んできてもらえませんか? 確実にあいつらボッコボコに出来るくらいの数でお願いします」

「いや、しかしお主に負担が大きすぎる。怪我もしておるし、今の魔法で大分疲れておるじゃろう」

「そ、そうでございます! それに命の恩人を置いていくなんて出来ません!」

「そうだよ! これだけ塞がってればきっと大丈夫だよ。ねえ、一緒に行こう?」

 

 老人に追従して従者の女性と男性も一緒に行こうと誘ってくれる。けれど私はあの赤髪ドレッドを思うと、とてもじゃないけど油断できそうになかった。

 現在私の中であの男とカフカの洞窟で倒せなかったドラゴンは同列の恐怖を有している。なのでいつか映画で見たティラノサウルスがバリケードを突破してくる場面のように、あの筋肉の巨体が岩を弾き飛ばして出てくる映像が思い浮かんじゃってな……。やだ、ナニソレコワイ。

 これはもう応援を頼んで数の暴力でメッタメタに抑え込むしかない。万が一奴らが生き延びていても捕まってしまえば、復讐される恐れもないだろう多分。じゃないと今夜から夢で魘されそうなんだよ!

 

「いいえ、残ります」

「…………では、俺が一緒に残ろう」

 

 頑なな私の態度を見てとってか、今まで黙っていたお兄さんが口を開いた。たしか彼はこの脱出劇で活躍した人だな。

 

「な、なら私も残ります! こんな小さな子を置いて逃げられません!」

 

 するとさっきとは別のもう一人の女の人が挙手した。両方とも気持ちはありがたいんだけど……。

 

「駄目ですよ。まだ森の中で、しかも夜で霧まで出ているんですよ? 魔物に囲まれた時お兄さんとおじいさんは絶対に必要だし、そっちのお姉さんたちとお兄さんはあまり戦えそうに見えません。残ってもらっても、私は自分の身を守るだけで精一杯です」

 

 却下してその理由も伝えれば、従者たちは一様に悔しそうな顔をする。子供に言いくるめられて怒っているというよりは、不甲斐なさに(いきどお)っている感じだ。

 

「貴方たちが優先するのはルーの安全でしょう? 私にかまわず行ってください。そして早く応援を呼んできてください」

 

 私の身体的、精神的安心のために是非。これが今の私が出来る精一杯の自己保身なので!

 

 すると今まで黙っていたルーが口を開いた。……ってさっきからめっちゃルールー呼び捨てしてたわ。……ま、まあいっか今さらだし。

 

「エル、一緒に行きましょう」

「えっとルー……ルーちゃん。ごめん、気持ちは嬉しいんだけど私行けない」

「ルーでいいです。とにかく一緒に行きますよ!」

 

 あ、駄目だ。(てこ)でも諦めない真っ直ぐな目をしている……。

 

「あーっと……そういえばさっき助けてくれたのって、もしかしてルーだったの? 盗賊が精霊術って言ってたし」

 

 まずは話を逸らそうと、さっきから気になっていたことの確認も含めて尋ねた。するとルーちゃん……もうルーでいいか。ルーはぱっと表情を輝かせた。ずいっと身を乗り出してくる様子は、褒めてほしくてたまらない小型犬を髣髴(ほうふつ)とさせる。

 

「そう! そうです。お役にたてましたか?」

「うんうん! すっごく助かった! ありがとう!」

「そんな、わたくしの方こそたくさん助けていただいて……まだお礼を返し切れていません。どうか一緒に行きましょう!」

(また話が振出しに戻った!)

 

 この幼女、話題を逸らさせてくれない。それとも私が下手か? というかさっきのアシストは本当に命を救われたので、私としては恩を返すと言われてもそれで帳消しになっているくらいなんだけど。

 

 でもこれ以上時間を長引かせても危険なだけだし、私は目には目を、歯には歯をなハンムラビ法的手段をとることにした。使い方間違ってる気がするけど小さいことは気にしない!

 

 ともかく今はそれにのっとって、お願いにはお願い返しで反撃をする!

 

「じゃあ恩人特権を発動します! ルーちゃんは速やかに村へ行って応援を呼んできてください!」

「!? そんなの、」

「私を恩人だと思うなら、恩人の言うことは聞くべきだと思いまーす! 聞かないのは恩知らずの恥知らずだと思いまーす!!」

 

 ここからは単なるゴリ押しだった。オロオロする従者の人たちに「無礼な!」とか言われないのをいいことに、ドアの隙間に足をつっこんで粘る押し売りのごとく、ぐいぐい押して押して押した。最後にはやりすぎたのか若干涙目になっていたので、ちょっと反省したけれど。

 駄目押しに私は特殊魔法「約束だよ!」を発動します。ウソです魔法じゃないです。けど子供のころの約束は特別な意味を持つものだと思うから、ある意味魔法かもしれないな~なんて。

 

「ルー、またすぐ会えるって約束するから……」

「約束なんて形のないもの信じられません」

「え、」

 

 なん……だと……。意外とルーがシビアだった件。私のロマンチシズムが打ち砕かれた。

 それなら! と、ポシェットをごそごそと漁って私が今持つ物の中で一番価値あるものを探した。そして絹のハンカチに包まれたそれを見つけると、一瞬ためらってからそれを取り出す。

 

「じゃあ約束の証にこれをルーに預ける。後で返してね」

「これは……」

 

 ルーの小さな手に握らせたのは、以前カフカの洞窟で見つけた櫛だった。不自然にも洞窟の奥の氷塊に埋まっていたそれをサクセリオが取り出して、いつか役に立つからとくれた物。

 これがなんと懐かしくも日本を思い出させる漆黒の漆塗りに金蒔絵の櫛で、見つけた時は驚いたものだ。控えめながらも5色の宝石が光るので、櫛としてより髪飾りとしての華やかさがある。珍しいし、絶対に返してもらいたいという言葉に信憑性があるはずだ。

 

「すごくキレイ……。大事な物なのではありませんか?」

「うん、だから絶対に返してほしいな」

 

 私の意図が伝わったのかルーは櫛を大事そうに両手で包むと、やっと頷いてくれた。

 

「絶対に返します。すぐにたくさんの応援を連れて戻ってきますから、どうかご無事でいてくださいませ」

「わかった。待ってるから、出来るだけ早いと嬉しいよ」

 

 おどけて言うとルーも笑った。私はそろそろ崩れた岩を固定した方がいいだろうと維持(リテイン)をかける。

 それを合図にしてか、ルーと従者たちは「すぐに戻る」「無理はするな」など声をかけてくれながらも、何処からか出した明かりを灯して(多分魔法道具)闇と霧の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 少々大きい範囲で魔法を使ったので蓄積された疲労と相俟って、どっと疲れが押し寄せてきた。一人になって緊張の糸が切れたことも大きい。

 

「……なんかバリバリする」

 

 岩壁に背をもたれさせた私は汗とは違う不快感に眉根を寄せた。見れば、自分の体が赤黒い何かで汚れている。

 考えるまでもなく首を掻き切った盗賊の返り血であり、それを見てまず「ルーは血で汚れなかっただろうか」と心配になった。そしてすぐにその思考回路に愕然とした。

 

「え、人一人を殺しておいて私……。おいおいおい、ちょ、え?」

 

 何ということだろう。私は今、魔物を殺したのと同じ程度の感覚しか覚えていない。

 

 たとえば小説だと、異世界トリップやタイムスリップによって現代から飛ばされた人達はどうだっただろうか。大きく分けてすぐに戦えて人を殺すことにも慣れる場合と、様々な葛藤をのり超えて受け入れるか抗う場合だけれど私は「いやいや、現代人がすぐに人殺せるとかおかしいだろ」と前者は否定派だった。

 だと言うのに私ときたら、盗賊を殺しても人間を殺した罪悪感なんてまるで感じていない。

 

 そして思い当たってしまった心当たりに頭を抱えた。

 

 嗚呼、この屠殺場で職員が仕事をしただけみたいなシュールな感覚には身に覚えがある。

 

 

 

 

「サクセリオに毒されたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 どうやら私の保護者は、いつの間にか私の中の大事なものを木端微塵に粉砕していたようです。

 いつの日か彼の言っていた「殺される前に殺しましょう」という言葉が妙にくっきり思い出された。

 

 

 

 人は殺してなかったなんて言い訳や言いがかりだとは言わせないぞサクセリオ! 絶対これお前のせいだからな!!

 

 

 

 

 帰ってこい、私の日本人的道徳!!

 

 

 


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