0話 男装女子のハーレム事情
「男装して婚活の旅に出よう」
今思えば、抑圧されていたものが一気に噴き出した結果の迷走だった。でも当時の私は至って真面目に考えていたし、以前生きていた場所からは考えられないファンタジー感あふれる世界に対してちょっと夢見ちゃった結果でもある。
物語として好きだった「男装した女の子と素敵な男性が育む友情からの性別バレ、そして恋愛へ」というシチュエーションを身をもって体験してみたかった。
ただ、それだけだったのだ。
しかし現在の状況を思えばこそ、何故それがこうなったのかと嘆かずにはいられない。いや、全部私が悪いんだけどね? 悪いんだけどさ。
何で私、女なのに美少女と美女に囲まれてハーレム状態になってるんだろう。
ああ、空が青い。
煌めく春の日差しは世界を祝福するかのように降り注ぎ、柔らかく温かい風は春の芽吹きの知らせを運ぶ。まるで雄大な自然に抱きしめられているかのようである。運ばれてくる空気は清々しい中にもどこか甘い豊穣の香りを含んでいて、吸い込むだけで極上の満足感に蕩けてしまいそうだ。これは春の女神の祝福だろうか。
森では鳥が歌い、動物たちは愛を育み戯れる。
ああ、いい日だ。
誰がなんと言おうと、素晴らしく快適な日和である。
私は無駄と知りつつも、気持ちの良い気候に目を細めて現実逃避をしていた。そこにまるで咎めるような……否、ようなではなく拗ねたように咎める声がかけられる。それはとても可憐で美しい少女の声だった。
「まあ、エルフリード様ったらぼけっとして何処を見てらっしゃるの? そんな遠くを見るくらいなら、隣に居るわたくしを見てわたくしの事だけをたくさん考えてくださいませ。わたくしはいつもエルフリード様の事を考えておりますわ」
そう言って私の腕に自分の腕を絡め豊満で柔らかい胸を押し付けてくるのは、一見清楚な黒髪ロングかつ前髪ぱっつんの美少女だ。彼女が身に纏うのはマレス教の司祭服なのだが、その司祭服がね……けっこうぴっちり目というか、体のラインを惜しげもなく表しちゃうデザインでね……。正直出るとこ出て引っ込むところ引っ込んでいるナイスバディとの相性が良すぎる上に、司祭服っていうのがまた背徳感あって醸し出されるけしからん感がすごい。
あの、ぐいぐい押し付けられるとちょっと反応に困るんだけど……!
そしてこの子、自分のそういった長所分かってるんだよな。表情にもぬかりがなくて、拗ねたような顔から一転して甘えるような上目遣いとか凄い。超可愛い。でも計算ずくだと分かってしまうだけに、私の気分はちょっぴり微妙である。
「セリッサ。そんなに体を押し付けたらエルくんが困るでしょう? もう少し離れなさい」
「まあアルディラさん。わたくしは親愛の情を表現しているだけですわ。困っているだなんて、そんなことありませんわよね? エルフリード様っ」
「あ、え~と。う、うん……」
「ほら!」
有無を言わせぬ押しの強さに思わず曖昧に頷けば、少女……セリッサは自信満々に胸を張って注意を促した女性に対してふんぞり返る。それを見た女性は憤慨したように握った拳を震わせた。
「エルくん甘い。甘いわ! 迷惑な時はちゃんと言わなきゃ駄目よ!」
「あ、あはは……」
「笑って誤魔化さない! それにセリッサ! 貴女、一応聖職者よね? もっとそういった感情は自重するべきじゃない?」
「んもう! アルディラさんはお固いですわねー」
「貴女が奔放すぎるのよ! まったくもう……。エルくん、こっちにいらっしゃい。そんなにくっつかれたら暑苦しいでしょう?」
「あん! アルディラさんのいけず!」
セリッサの抗議の声をものともせずに私の腕を引いたのは、刺繍の施された手袋がよく似合う優美な手。ブラウンカラーのショートボブの髪型が良く似合う知的美人のスレンダーなお姉さん……アルディラさんだ。
冒険者である彼女の体はただ細いだけではない。しなやかな筋肉が体型を崩すことなく程よくついていて、抱きとめられるとその安定感にほっとする。…………いやいやいや。何普通に抱きとめられちゃってるんだ。今くっつかれたら暑苦しいんじゃないかってセリッサから引き離してくれたばっかりなのに。
アルディラさんは私を抱きとめた体勢のままに、そっと頬に手を添える。覗き込む瞳は魅惑的なコーンフラワーブルーで、まるで極上のサファイアのようだ。
添えられた手はすりっと私の頬を撫でて、思わず快感じみたものが背筋を這い上がりゾクッとした。やっべ新しい扉開きそう。……あれだな。アルディラさんにキャッチフレーズをつけるとしたら「綺麗なお姉さんは好きですか?」だよな。その美しいお顔で至近距離から覗き込まれると、ちょっとどうしていいか分からない。
「ねえ、エルくん。もしかして寝ていないの? 顔色が悪いわ。目の下に隈もあるし……」
「まあ! でしたらわたくしが膝枕を……」
「え! だ、大丈夫ですか!? 休憩できる場所は、えっとっ」
セリッサの膝枕宣言を遮って、視界の下方からひょっこり現れたのはチェリーブロンドの三つ編みを揺らした可愛らしい少女。彼女の名前はコーラルといい、今現在旅をしているメンバー内でも最年少だ。
つい最近冒険者になったばかりだが、もとは素朴な村娘だった子である。だから不慣れな事も多いだろうに、自分よりも私の事を心配してくれている様子がなんとも健気で可愛らしい。
そんな彼女は、不安そうな表情で下から見上げてくる。そしてどこかいい休憩スペースは無いかと探しているのか、頭を左右に振りキョロキョロと視線をさ迷わせた。
その頭の動きをを二つ結びのおさげが追ってて可愛い。可愛いんだけど…………ついついおさげより下方に視線が行ってしまうのは仕方ないと思いたい。だってその幼い外見にそぐわないふたつのビックボインが揺れてるんだ。……揺れてるんだ。セリッサより胸大きいんだよねこの子。いやあ、いつも思ってるけど本当に凄い。身長に使われるべき栄養が全てその双丘に集まったかのようだ。十三歳でこれって、将来はどうなっちゃうんだろう。
……と、私を心配してくれている純粋な少女に対して下世話な事考えてる自分に気づいてちょっと落ち込んだ。ああ、純粋さって失ったら取り戻せないもんなのかな……。
そんな風に地味に落ち込んでいる私を見て、具合が悪いと勘違いしたのか更にコーラルが慌てた様子を見せる。
「ええと、ええと、そうだ! 休憩場所を見つけるまでに、よかったらこれ食べてください。昨日宿の厨房を借りて作ったんです!」
「ああ、そういえば昨日作っていたわね。味見させてくれたけど、そのクッキーとても美味しかったわ」
「え? ほ、本当ですか!?」
「ええ。昨日も言ったでしょ?」
「で、でも改めて言ってもらえると嬉しくて……」
「ふふっ、そう。じゃあもう一回言うわね。もともと素質はあったけど、お料理が上手くなったわねコーラル」
「えへへ……。ありがとうございます!」
巨乳ロリ……ごほんっ、じゃなくてコーラルは、アルディラさんの褒め言葉にお礼を言いつつ照れくさそうに笑う。そして先ほど言葉を遮られたセリッサだが、こほんと咳払いをするとコーラルに話しかけた。
「クッキーに入っていたメキナの実は滋養の効果がありますものね。でも一日経ってますし、味に変化が無いか心配ですわ。ということで、わたくしが改めて味見を……」
「セリッサさん。昨日は「出来立ての味を確認してあげますわ」って言ってたくさん食べましたよね? たくさん」
「貴女って子は、また食い意地を張って……」
困ったようにセリッサからクッキーを隠すコーラル。そしてアルディラさんからは呆れたような視線が向けられて、セリッサはたじろぎつつ後ずさった。流石に年上と年下からの同時指摘に居心地が悪くなったらしい。
「べ、別にわたくしは食い意地張ってだなんて……! ただ味見をですね……」
「あの、どうぞ!」
もごもご言い淀む黒髪ロングはとりあえず放置することにしたのか、コーラルがライトブルーの瞳を輝かせて満面の笑みで私にクッキーを差し出してくれた。ああ、可愛い。癒される。…………セリッサも口開かなけりゃ可愛いんだけどな。
でもってコーラルがあまりにも可愛かったもんだから、身をかがめて彼女の両手に乗っているクッキーを直接口で頬張った。行儀悪いけど、どんな反応してくれるか気になって、つい。
そしてコーラルが思った以上の可愛い表情してくれて私大満足。彼女の手のひらに私の唇が少しふれてしまったのか、顔がぽんっと赤くなった。可愛い。くそう、好感度をイケナイ方向に上げてしまうと分かっているけどこの可愛さは構わずにはいられん。困った。
私がコーラルの可愛さにかまいたくなるジレンマに悶々としていると、すかさず復活した黒髪ロングが不満そうに口を尖らせた。
「まあエルフリード様! そのように犬のような食べ方をしてはいけませんわ。エキナセナではあるまいし、行儀が悪くてよ」
「誰がなんだって?」
「あ、あら。エキナセナったら帰ってきていましたの?」
私の犬食いをたしなめたセリッサだったが、彼女の背後から聞こえた声に軽く肩を跳ねさせると、取り繕ったような笑顔で振り返った。
声の主は紫がかった銀髪のツインテールを揺らし、颯爽とした動きで歩いて来た少女。先ほど野営場所を探すために率先して道の先へと向かってくれた彼女は、紫色の瞳を細めてじとっと不機嫌そうな表情でセリッサを見た。
そんな彼女、エキナセナには目を惹く特徴がある。ぴんと立った三角の獣の耳と、ふさふさの毛に覆われた尻尾だ。どちらも真っ白で、髪の色と相まって雪国では良い保護色になりそうである。
そんな狼の獣人であるエキナセナは美しい少女の外見とは裏腹に少々短気だ。それが分かっているセリッサはどう取り繕おうか考えているのか、うろうろ視線をさ迷わせている。
「せっかく野営出来る場所を探してきたというのに、お前ときたら悪口か。気分が悪い」
「あ、あら。悪口じゃありませんわよ! わたくしは事実を……そう! 事実を言っただけなのです!」
「言うに事欠いて事実? 私をそこらの犬と一緒くたにしておいて何を……」
「でもあなた、狼の姿の時は普通に犬食いですもの! これを事実と言わず何と言いますか!」
ビシッと指さしたセリッサにエキナセナは「くっ」と悔しそうに顔を歪める。いや、狼の姿の時は食器とか使えないんだからしょうがないじゃん……。
「ふふんっ、他にもありますのよ? ご飯って言葉には耳をぴーんと立てて反応するし、尻尾もフリフリ動かしていては喜んでいるのが丸わかりですわ。エルフリード様からだったら手ずからなんっでも食べちゃいますし。わんちゃんと一緒じゃありませんか~」
小憎たらしく人差し指をたててひとつひとつ事例をあげるセリッサに、エキナセナがうろたえる。
でも、ごめん。それ獣姿になってるエキナセナだとつい可愛くてなにか食べ物あげたくなっちゃって、ちょくちょくなにかあげてる私が悪いわ……。流石に人型になってる時はあんまりやらないけど、でもいい反応してくれるしつい……。
「な! まさか見て……!? いや、だってあれはエルが味見させてくれるからって……」
「餌付けされたわんちゃんそのものですわ~」
「煩い! 少なくとも餌付けという点ではお前に言われたくないぞ食い意地女!」
「こらこら、からかうのもその辺にしておきなさいセリッサ。エキナセナもちょっとしたことで乗せられないの」
「アルディラ! だってセリッサが!」
アルディラさんに仲裁されてエキナセナが不満そうに声を上げるが、それに対してセリッサの態度はあくまでも軽い。
「うふふっ。だってエキナセナったら可愛いんですもの~」
きゃぴっと華麗にぶりっ子ポーズを決めてから、ちゃっかり獣耳少女エキナセナの耳をすりすり怪しい手つきで触るちゃっかり美少女セリッサ。しかしエキナセナは行動で示すことにしたのか、結構厳しめにそのセクハラ行為を振り払ってこちらに向かってきた。ぎゃふんって聞こえた気がするけど、セリッサはちょっと反省するべきだと思うので放っておこう。
そしてセリッサの魔の手を振り払ったエキナセナは、私の目の前まで来て進行方向である道の先を指さした。
「もう少し先に、野営できそうな場所を見つけたわ。川もある」
「わ、助かる! ありがとうエキナセナ!」
休める場所が見つかったのはありがたい。感謝を伝えるとエキナセナは「別に」とそっぽを向いてしまたが、頬が赤いので照れているのがすぐに分かった。ぶっきらぼうな所やきつめ美人である顔立ちからよく誤解もされるけど、こういう所が身内贔屓無しにとても可愛いと思う。
しかしエキナセナは何かに気づいたのか、ぱっと私に向き直ると鼻を近づけてフンフンと臭いを嗅いできた。…………長い事歩いてけっこう汗臭いだろうし、ちょっと恥ずかしいんだけど。
「……? エル、疲れたの? なんか、体臭がいつもと違う」
「ああ、ちょっとね。でも大丈夫だよ」
「本当?」
「本当だって。心配してくれてありがとう、エキナセナ」
彼女の気配りが嬉しくて、あとちょっとした下心(耳触りたい)で頭を撫でた。するとエキナセナはしばらく気持ちよさそうに目を細めていたけど、はっとしたように目を見開いて勢いよくその場から飛びのいた。……忙しい子である。
「それなら、いいけど……。そ、それじゃあさっさと先に進むわよ!」
顔を赤くしたエキナセナがびしっと進行方向を指さし、それじゃあ先に進もうかという雰囲気になった。
その時だ。
ふいに頭上を大きな影がよぎった。
それが何であるかを確認しようと空を見上げたら、私はさして間を置かず上空から降ってきた赤いものに押しつぶされた。
「へぶっ!」
「ふん、軟弱な奴め。男ならば
理不尽なセリフに答えられないまま潰れていると、アルディラさんが慌てて私を潰した……否、未だ潰している人間に駆け寄ってきた。
「ちょ! 殿下!? どこから降って来たんですか! エルくんがつぶれています! 早くどいてください!」
「アルディラか。何処から? ほれ、上を見るがいい。見ての通り飛龍に乗ってきたのだ。ほれほれ、いつまでも潰れていないで起きろエルフリード」
容赦なく人をクッションにしてくれたくせに潰れた私に早く起きろとせっつくのは、金色の巻き毛がゴージャスな迫力美人。心の中でこっそり「西洋花魁」とあだなをつけたその人は、とにかく派手で豪奢で美しい。
この方は王女様なのだが、どうにも王女と言うより女王とか女帝とかの役職っていうか称号の方が似合う気がしてならない。
それにしてもこの方、おみ足に履いている厚底ブーツに鉄塊を仕込んでいるというのに平然と受け止めろとか言ってくるのが恐ろしいな。下手したら死ねる。比較的他に比べて頑丈な私だったからよかったものを……いや、言うまい。言ったところで「そうか。だがそなたなら問題ないな」って言われるだけだし……。
「ルチルは今日も元気だね……」
「うむ!」
半分くらい呆れも含めて言ったんだけど、元気に返事されてしまった。
ま、まあ元気なのはいいことなんだけど。
ため息をつきながら空を見上げると、王女様……ルチルが乗って来たらしい飛竜が上空を旋回していた。あそこから飛び降りたのかこの子。軽く見積もってビル五、六階くらいの高さあるんだけどな……。元気だなホント……。でもわんぱくでもいい、元気に育てが教育方針だとしても逞しすぎやしませんか王家。それでいいのか王家。
そんな事を考えつつ空を見上げたままぼけっとしていたら、ぐいっと腕をひかれた。ルチルである。そしてそのままの勢いで彼女の胸の谷間にダイブするはめになり、そのうえでがっつりホールドされた。すると自然とルチルの胸の谷間に顔を埋めるはめになる。あ、うん。柔らかいですね。これはいいおっぱい。ナイスおっぱい。あとなんかいい匂いする。
「今日こそ妾と共に来てもらうぞ。いい加減焦らしてくれるな」
「まあ、ルチル様。聞き捨てなりませんわ。わたくしのエルフリード様をどうなさると?」
復活が早いなぁ……。
「ぎゃふん」などと間抜けた声を出したことなどおくびも出さず、聖職者の少女はずずいと王女様に詰め寄った。セリッサとルチル。両者は色合いやジャンル的に対照的な美人なので絵面としては華やかなのだけど、間に漂う空気が剣呑で怖い。
「お前の? フッ、異なことを言う。これは妾のものぞ」
「あの、エルさんは物じゃない……です」
「うん?」
「ひうっ」
コーラルが勇気を振り絞って抗議してくれたけど、美女のひと睨みの威力に身をすくめてしまった。
ああ、そんな無理しなくていいって。気持ちは嬉しいけど、目力ある美人のひと睨みが怖いって私も知ってる。まあ、本人的には睨んでるつもりないのかもしれないけど。
そして怯えたように身を縮こませるコーラルを気遣ってか、尻尾をぴんっとたてたエキナセナが彼女の前に出た。
「ルチル……コーラルが怯える」
「妾は別に睨んでいるつもりはないのだが……」
「……。まあそれはともかく、エルを放せ」
「ほお、妾に命令するつもりか?」
「何か文句でも?」
「ふふっ、面白い。物怖じしない態度は嫌いではないぞ? どうだ、エルを賭けて久々に手合わせでも」
「望むところだわ。でも勝ったからって、エルを連れてはいかせない」
「むう、それでは賭けにならぬではないか」
あれ、おかしな空気になってきた。なんか決闘でも始まりそうなんだけど。商品「私」で。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! とにかく一回落ち着きましょう」
「邪魔をするなアルディラ。面白くなってきたところだ」
「面白くありません! というか、殿下はまずエルを放してください! む、胸に抱え込むなんて破廉恥です。……っていうか、なんでみんな胸で主張するんですか! そんなに胸って女として大事ですか!? 胸の無い女は価値がありませんか!」
「アルディラさん、貴女こそ少し落ち着かれたら? 胸への憎悪がチラ……モロ見えしてましてよ」
アルディラさん……やっぱり胸の大きさ気にして……。いや、よそう。聞かなかったことにしよう。それが優しさだ。
まあ胸の話を置いておくとして、冒険者として優秀なアルディラさんはこの中で一番年上なこともあって責任感が強い。そんな彼女には申し訳ないけど、私は今身動きが取れないので事態の収拾を頑張ってほしい。本当申し訳ないけど。
とまあ、なにやかんや様々な美女と美少女に囲まれて一見モッテモテな私。うん……"私"。
「あの、ルチル。"俺"としてもこの体勢はちょっとアレだから放してほし……」
「何? エル、そんないけずな事を言ってくれるな。男ならばせっかくの機会を堪能すればよかろうに、妾の胸では不満か?」
「いや、柔らかくて気持ちいけどね? でもやっぱり年頃の男女としてこれはまず……」
「だろう!」
最後まで言わせてもらえなかった。
しかも私の発言を耳ざとくとらえたセリッサが、ぐいっと自身の胸を押し出して強調しつつ主張してきた。
「まあエルフリード様、でしたら私の胸に……」
「セリッサは黙ってなさい! って、やっぱりエルくんも胸がいいの? 胸が大きい方がいいの!?」
「あ、アルディラさん落ち着いてください!」
「胸……」
な、なんだか余計なことを言ったせいかなおのこと収拾つなかくなってきたような……! え、やべ、どうしよう。
しかし、事態の混迷はそれだけでは終わらない。わちゃわちゃしているところに更にうるさい闖入者が現れたのだ。
「うわあああ!! また、またお前ばっかり羨ましいことを!!」
また更に煩いのが来たな!!
「うん? 何だお前か。カルナック、貴様は英雄などと呼ばれているくせに暇なのか」
まったくもって同意見だ。
新たにこの場に現れたのは、白馬に跨った甘いマスクの王子様系爽やかイケメンだった。見た目はもちろん性格もいい奴なのだが、時々その発言で色々台無しになる。そして今は空気読め。これ以上色々ややこしくすんなお前。
「貴女には言われたくありませんな、ルチル殿下! 殿下こそ暇なのでは?」
「暇なわけあるか! 妾のは立派な勧誘活動だ。エルの魔纏刺繍は貴重だからな」
「たしかに彼の技術は貴重ですが、それ以上に私情が多分に混ざっているように感じられますな!」
「まあ、それに関しては否定せぬ。何と言ってもエルは妾が婿に迎える予定の男だからな。だからこそ勧誘活動という名目をもって、こうして情熱的に通っているのではないか」
「思ったより堂々と認められた……!」
カルナックが崩れ落ちた。いやぁ、それにしてもこうして堂々と言われると恥ずかしい……。でも婿は無理だって。だって私女だって……! いや、もうなんていうか全部自業自得なんだけどさ……!
「まあ、婿だなんて! ルチル様は王女様なのですから、国のためにもご身分に見合った殿方を探されてはいかが? 愛しいエルフリード様はわたくしがちゃ~んと幸せにいたしますから安心してくださいませ!」
「面白い冗談だセリッサ。もう一度言うが、エルは妾の伴侶となる者! 身分に関しては気にするな。妾の兄妹はみな傑物ぞろい。王位は長兄殿が継ぐし、それぞれに大成するならば伴侶は好きに選ぶがよいと父上からありがたいお言葉を賜っている」
「ですけど、まだエルフリード様のお心が決まらないうちは決定事項ではございませんわ。負ける気は無くてよ?」
「ほほう、妾の前に立ちふさがるか」
「当然です。権力に屈するほど、わたくしのエルフリード様への愛は軽くありませんの」
私を置いてけぼりに、賑やかになる周囲。ああ、これが他人事だったら楽しいんだけどな……。私が今いる位置にカルナックあたりがいたなら「よ! モテ男!」とか言って囃し立てるのに。現実には好意が向けられてるのは私なもんだから居た堪れない。
こんな私であるが、現在エルフリードなどと名乗って男装しているが本名はエルーシャ。女である。
ものすっごくくだらない理由で男装しはじめて、その事態が引き寄せた現状に頭を抱える日々だ。いや……ホント今思っても男装し始め当初の私マジメダパニってたわ。今は後悔しかない。本当にくだらなかった。一時のテンションに身を任せてはいけないという教訓を今さらながら実感している。
早々に本当の事話さなきゃなぁと思いつつ、私は今日も今日とてタイミングを逃し続ける。
私はただ、男装から始まるラブロマンスを味わいたかっただけなのにな…………。こんなことなら趣味に走らず、普通に花嫁修業して結婚相手を探すべきだった。今現在の状況はと言えば、ある意味男装から始まるファンタジーラブロマンスというちょっと夢見ちゃったシチュエーション以上に豪華な様相を呈している。
現状。男装女の私がハーレムな件。
何故だと嘆きつつ、私は現実逃避するように過去に想いを馳せた。
どうしてこんな状況に至ったのか……。思い起こせば現実逃避が加速して、私の思考はより深い所へと沈んでいく。ついには旅を始めたつい最近の出来事を越えて、私が"この世界"で目覚めた時まで遡った。
今から約15年前。以前28歳だった私は、3歳児としてこの世界での新しい生をスタートしたのだ。
本編の内容とは関係ない私事ではありますが、もし本作に心当たりがある方はよければお読みいただけたら幸いです。心当たりがなければスルー推奨でお願いします。
こちらの作品は2014年から小説家になろうに投稿していたものです。最近修正しながら続きを書こうかな~と思っていた矢先、ちょろっとリアばれしかかりビビってアカウントを消去してしまいました。こちらに修正しながら投稿しようと思っていたものも同様に削除。
多分作品名はバレてないはずと、おそるおそる投稿再開。でもなろうさんの方だとまだちょっと怖いのでこちらで投稿。もう少し時間が経ったら別の名前でアカウント作り直して再掲載するかもしれませんが、それまではハーメルンさんのみで書かせて頂こうと思います。
アカウントなどを消したのが突然だったので、続きを待ってくださっていた方には申し訳ない事をしてしまいました。
とりあえず閑話除く4話までは修正したものを、その後は修正はほどほどにしつつ(全修正は流石に完全なるエタフラグでした……)新しいお話を書いていこうと思います。
※追記
ほとぼりが冷めたと見て小説家になろうさんにも再掲載しました。