無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。
また、イソップ寓話「犬と雄鶏と狐」の内容が多少の改変を交えつつ描かれています。
ご了承ください。


第098話_ナナホシの一年間_図書館の出会い

--- あまり考えないで。気にしすぎると前に進めなくなってしまうから ---

 

「ねぇ、あなたいつもここに居りますわね?」

 

本から目を離すと、そこには舞踏会でも行きますというような格好をした女性が立っていた。

館内スタッフではない。きっと貴族の方だろう。

 

名残惜しいと思いつつ読みかけの本を閉じ、慌てずに立ち上がる。

それから椅子を片付け、机の向こう側へ。

そして跪く。

 

「はい。

 ナナホシというしがなき平民にございます」

 

そういってからそのままの姿勢で顔をあげ、「何か御用でしょうか?」と続ける。

 

「あら、礼儀がなってますのね」

 

長い動作だったが、ここに来て王室向けの礼儀作法集を読んだのが功を奏したかなと思う。

次回に貴族に何か頼むことを考えて、熟読していて良かった。

 

「ありがとうございます」

 

「そう畏まらないで。さぁ、お立ちになって」

 

言われて立ち上がる。

それで一体全体この貴族は私に何の用があるのだろうか。

 

「私はジャニス。ドレスウォーカー家の三女ですの」

 

ドレスウォーカー家。

初めて聞く名だ。あまり位の高い貴族ではないのかもしれない。

 

「ジャニス様、それで何か御用でしょうか?」

 

「用という程ではないのだけど、貴族以外でここを利用する人って少ないじゃない?」

 

確かにこの大きな建物を利用しているのは1日10人と満たず、私以外で同じフロアで読書をする者は皆、貴族だ。

私は納得顔でコクコクと頷いてみせる。

 

「貴方みたいな平民で来るのはだいたい魔術師と相場が決まっているのだけど。

 それなら3階に行くでしょうし、1階で読書をする方って珍しいのよね」

 

似たような事をジャニスも口にする。

3階は行った事がないけど、どうやら貴重な魔術書の原書でもあるのだろう。

 

「なるほど。

 私は本が好きで読みに来ていただけですが、場違いな場所に平民がいたのでお気に障られましたか」

 

「安心して。気に障ってなんていないから。

 あなたって黒髪で凄く目立つでしょう。外国の人なら少しお話してみたいと思ったのよね。

 ねぇ、どんな本を読んでらっしゃるの?」

 

「それは安心致しました。

 ええと。ご質問は私の読んでいる本ということですが。

 今は『世界を歩く』という本を読んでいます」

 

「魔大陸を含めた各国の名物や風景などが描かれた紀行文でしょう?」

 

そう答えて見せる貴族。

まぁ一世を風靡した本らしいので、ここに入り浸っているような貴族なら読んでいてもおかしくはないわね。

 

「ご存知とは!

 広い教養をお持ちになられているとお見受けします」

 

「そうでもないですわ。

 有名な本ですもの」

 

こんなに(へりくだ)って話した事など初めてだから言っていてむず痒い気持ちになってくる。でも図書館スタッフからも貴族への礼儀を忘れるなと念を押されているし、頑張らなきゃ。

 

「そうなのですか。私は存じませんでした。

 では、ジャニス様はどのような本をお読みになられるのですか?」

 

「まぁ! 聞いてくれる?

 私は文学が好き! 最近で言うと『ルーディアン物語』なんてお勧めよ!」

 

「あぁ、それなら私も読んでおりますが……」

 

嬉しそうに話す彼女を見て、サービスの気持ちで相槌を打つ。

すると、ジャニスは

 

「なんてこと! もう読んだのならこれは大変よ!」

 

こんな風に慌て始めた。

勧められた本を読んだと言っただけだ。

何か不味い事を言ったはずはないけれど。

ジャニスが突然、私の腕に掴みかかった。

 

私は腕を振って逃れようとした瞬間。

蘇るのは受付係の『貴族には失礼がないように』という言葉。

やっぱり、振り払ったらマズイわよね。

そういう意識が自分の行為を踏みとどまらせた。

 

「こっちにいらっしゃいな!」

 

そのせいでまんまと貴族の思い通りに引っ張られていく。

 

「読みかけの本をちゃんと片付けないと――」

 

せめてもの抵抗としてそう言い募るが、

 

「いいからいいから!

 そこのあなた!

 ナナホシは私達とお話するから本は片付けてくださいな!」

 

言われた図書館員が「承知しました」と応える。

さすがは貴族。私がお願いしてもこうはならないんだけど。

 

そんな感想を抱いてる内、どこかきっと良くない場所へと向かっていくのを止める術を持たなかった。私はもう成るように成れと諦めて、服が伸びないように彼女の歩幅に合わせて走った。

 

--

 

貴族のお姉さんに連れられて向った先は、建物の外のテラスだった。

そこには白い机と同色の椅子。

椅子にはジャニスとよく似た雰囲気の女性らが座り、やや離れたところには侍従が一人。

侍従の人はこの中の誰かの執事だろう。

机の上にはカップと皿に盛られたお茶菓子のような物も見える。

 

「お帰りなさいな」

「ほうらやっぱりね」

「ほんとだぁ」

 

私達がテーブルに近づくと待っていた3人がそう口々に話す。

 

「な、何よ」

 

ジャニスが少しむくれ気味に言い返し、

 

「リディアがね。

 ジャニスは必ずあの女の子を連れて来るわって言い当てたのよ」

 

一番風格のある女性、―この人は先程『お帰り』と言った人―が解説し、

 

「ま、バレバレだったよ。

 最近、あの黒髪の子はどこの子かって気にしてたからさ」

 

と短髪の女性が続ける。どうやらこの人がリディアさんらしい。

 

「えー私はぜんぜん気付かなかったよ?」

 

少し幼さを残す3人目の女性は不思議そうにしながら茶菓子を手に取る。

なんとも賑やかだ。

 

「まぁいいわ。

 こちら、ナナホシさん。

 お友達になったから連れて来たの!」

 

お友達になった……?

唐突な友達宣言で目眩を感じるが、貴族の方の感性は私のような平民とはかけ離れているものらしい。

いや、ここは異世界。同じ訳がないのだ。

兎に角、気を確かに持ってまずは挨拶。

 

「初めまして。

 ナナホシと申します。

 以後お見知りおきください。

 ジャニスさまはお友達になったと仰ってくださいましたが、平民の(わたくし)にはもったいないお言葉。

 ただの平民でございます。是非、侍従のようにお扱いください」

 

先程と同じように挨拶をし、友達宣言については辞退する。

ここで下手を打てば貴族に悪い噂が広まって商売に支障を来たす可能性もあるかもしれない。

 

「これはまたご丁寧に。

 私はメアリー・フローレス。

 フローレス家の長女、こっちの男装をしているのがリディアで、小さいのがネイディーンよ」

 

「リディア・ケリーだ。

 ケリー家は騎士の家だからそう固くならなくても構わない」

 

「私はネイディーン。シェフクック家の二女なの。

 皆より背が少し低いけど年齢は一緒だから子供扱いは止してよね」

 

「メアリー様に、リディア様に、ネイディーン様ですね」

 

何とかして追加で3人の名前を記憶する。

異論がなければ名前はあってるみたい。

 

「いつまでも跪いてないで。

 ほら、ここに座って」

 

ジャニスに導かれて、ついにはテーブルに着いてしまう。

フローレス家もケリー家もシェフクック家も私は知らない。

少なくともルーデウス・グレイラットの事典には出てこない家名だ。

では一体ここで何が起きるのか。何をしたらこの窮地を脱出できるのか。

わからない。誰かこれから起こる事を説明して欲しい。

 

「それで、今日は朗読会は中止にしてナナホシさんのお話でも聞こうかしら」

 

どうやらこの会はお茶会ではなく、朗読会らしい。

先程のはしゃぎぶりからするとルーデウスの本も朗読されていると思う。

ネイディーンは年齢が同じだと言っていたけれど、話しを進めているメアリーが一番お姉さん然としている。

緑の瞳が綺麗な人。

 

「それも悪くはないのだけど、実はナナホシさんもあの本が好きらしいのよ」

 

「あの本?」

「まさかあの?」

 

「そうそう。そのまさかの」

 

「ほんとに?」

 

ん?

思ったよりも興味深々な反応。

ルーデウスの本はそこまでなの?

それに私は『読んだ』と言っただけで『好きだ』とは言っていないのだけど。

否定しようかとも思ったけれど雰囲気がそれを許さない。

簡単に否定してジャニスの顔に泥を塗るのも良くない。

だけど語弊のある言い方は困る。

 

困るけど……仕方なしに、はにかみながら頷いてみせれば、

 

「まぁなんて奇遇でしょう!」

「そんなことがあるのか」

「でもこれは本当に良い物だもん」

 

と3人は口々に喜びながらそれぞれの膝に置いていたのだろう本を手にした。

見覚えのある装丁の本。ルーディアン物語だ。

 

「あぁ、なぜワタクシが王立学校に通っていた頃にこの本がなかったのかしら」

「良いじゃないか。こうして皆で集まって語らうのも結構楽しい」

「うん。早く次の出ないかなぁ」

 

ひとしきりの想いが吐き出された後、パンパンとジャニスが手を鳴らした。

 

「おしゃべりはそこまでになさって」

 

と言って場は静まり、そして続く。

 

「そろそろナナホシさんとルーディアン物語のお話をしましょう」

「ねねね、どの話が好き?」

 

ジャニスの言葉に沿うようなネイディーンの質問。

 

突然に振られた話。

さて何を話したら良いのだろう。

貴族のお嬢様方が昼間に図書館で開く朗読会。

恐らくだけど、この人達はルーデウスのお話の熱烈なファンなのだ。

だとしたら……期待されている話は。

 

「そうですね。

 『犬と鶏と狸』のお話が面白いと思います」

 

どうしようかと考えて、私はありきたりな物語を選ばなかった。

ある意味でこれは私の穏やかな午後の読書タイムを奪った彼女達への細やかな抵抗であり、面白い話をしなければジャニスの顔が潰れてしまうかもしれないという不安でもあるかもしれない。

これは少し賭けになるけれど、納得してもらえれば私を呼んだジャニスの手柄になるかもしれない。

納得してもらえなかったとしても、まぁ最終的にお話が好きだと主張すれば悪いようにはならないはず。

 

――

昔、仲良しの犬と雄鶏が旅をしていた。

夜になり、(うろ)のある大木を見つけた1匹と1羽はそこを今夜の宿とした。

犬は洞の中で眠り、雄鶏は木の枝に停まった。

翌朝に雄鶏が朝を告げると、近くに居た狸も目を覚まし、やってきて雄鶏に言った。

『あなたの良い声で目覚める事ができてとても爽快だ。お礼をしたい。食事でもどうか?』

雄鶏は答えた。

『良いですね。下に旅の仲間がいるので彼もご一緒させてもらっても?』

『もちろんだとも。多い方がお腹も膨れる』

『彼は木の洞の中でまだ寝ていると思います。お手数ですが起こしてやってくれないだろうか』

雄鶏に頼まれた狸は大木の洞を覗き込み、出て来た犬に食われてしまうのだった。

――

 

これが『犬と鶏と狸』の話。

私もこの物語を読んで疑問があった。

だから他の読者に聞いてもらいたかった。

 

なぜ『狸』に変えたのか。

そして元の話にはあるはずの教訓をなぜ消したのか。

その意図、作為。

原作を知らぬフリークス達はどう考える?

 

私がタイトルだけを述べて、黙っていると、

 

「狸が犬に食べられちゃう、ちょっと残酷なお話だから私は苦手かなぁ」

「動物が言葉を話すという発想が面白いわよね。

 でも魔大陸には犬顔の魔族もいるという話だし、一度会ってみたいですわ」

「騎士の重要性を説いた話さ」

「そうかしら。騙そうとする者は騙され易いというお話ではなくて?」

「違うよ。頭が良いと悪意が襲ってきても簡単にそれを退けられるっていう話だよ」

 

話は勝手に盛り上がっていく。

暫く見守っていたけれど、

 

「ナナホシはこの話のどういう所が好きなの?」

「そこを是非、知りたいな」

 

と話が戻って来た。

どういう所が好きか。

彼女達の求める物が何なのか、それは判っているつもり。

だけれど、それを答えてしまうのはありきたりで『犬と鶏と狸』を選んだ意味はない。

だからこそ私が言うのはこの言葉になる。

 

「この物語を読む事で『心の働き』を強く感じる事が出来るのです」

 

「心の働き?」

 

ジャニスが繰り返したが、他の3人も思い思いの動きを以って首を捻っている様子。

 

「そうです」

 

「初めて聞く言葉ね」

「言っている意味がわからないな」

「小難しいの」

 

ジャニスは黙ったままだったが、口々に3人が反応する。

その中でも一番感情的な言葉を返したのはネイディーンだった。

私はその言葉を拾う事にした。

 

「小難しい。

 確かにそうですね。

 登場人物、ストーリー、テーマ。それらが好きだという訳ではないので」

 

「全然楽しそうじゃないの」

 

「でも先程、ネイディーン様がお話していた事にもその切っ掛けはあると思いますよ」

 

「え?」

 

「『頭が良いと悪意が襲ってきても簡単にそれを退けられる』と言っていましたよね」

 

「うん」

 

「それはこのお話から得られる教訓かもしれませんが、なぜネイディーン様はそう思ったのでしょうか?」

 

「それはその、雄鶏は狸が悪巧みをしようとしているのに気付きながら、気付かないふりをしてるもの。

 普通の鶏って羽を広げて見たり、逃げ回ったりもっとみっともなく足掻くものだけど、とってもスマートに対処してみせるでしょ?」

 

「だからこの雄鶏は賢いという訳ですね」

 

「うん」

 

「では、いつ頃から雄鶏は狸の悪巧みに気付いていると思いますか?」

 

「うーんと。

 狸が『もちろんだとも。多い方がお腹も膨れる』と言ったとこ」

 

「それはおかしいわよ、ナダ」

 

そう言ったのはメアリーで、ネイディーンはそちらを向く。

ナダはネイディーンの愛称らしい。

 

「どうして?」

 

「狸が雄鶏の罠に掛かったのは、犬の事を『旅の仲間』と言ったからよ。

 その時点で『お供の犬』とか『同行している犬』と言っていたら狸は食べられずに逃げ出していたはずではなくて?」

 

「確かにそうだね。

 でもだとすると、いつから雄鶏は気付いていたのか判らなくなってきたよ」

 

指摘してみせたメアリーの横でリディアが頭を抱えだした。

潮時、だろうか。

 

「1つ確認をしましょう。

 犬は狸を食べ、狸は雄鶏を食べる。

 雄鶏は飛ぶことで高い木の枝に停まることが出来る。

 狸は雄鶏より力がありますが高い木には登れない。

 狸は雄鶏を食べたいと思い、調子の良い事を言って雄鶏を木から降ろそうとする。

 ここまでは良いですか?」

 

「うん」「ええ」

 

「次の質問はリディア様に伺います。

 なぜ雄鶏は犬と旅をしているのでしたか?」

 

「それは仲が良いからとしか書いてはいないけれど、雄鶏だけで旅をするのが危険だからだろう」

 

「そうですね。

 書かれてはいませんが結末から考えるとそう読み取っても良い気はします。

 ではそうだとして、雄鶏はなぜ高い木の上で眠るか。

 ネイディーン様、説明してみてください」

 

「それは……雄鶏が弱くて外敵に襲われてしまうからから、かな」

 

「外敵とは?」

 

「狸とか」

 

「ネイディーン様。

 狸に襲われないように旅のお供に犬を連れた雄鶏が夜眠る時も木に登り用心をしていました。

 そこへ狸が現れて木から降りるように言って来ました。

 もし貴女が雄鶏の立場ならどうでしょうか? 何か言われたとして木の下へ降りますか?」

 

「降りない」

 

「そうですよね。

 そもそも雄鶏が外敵から身を守るために様々な方策を取っているというのなら、雄鶏が朝に鳴いたのは既に周りにいる誰かの悪巧みを予測し、それを罠に掛けようとしていたのだと私は思います。

 そしてその段取りは犬にも事前に伝えられていた。

 なぜなら、犬が寝たままだった場合も狸との会話中、もしくはそれより前に犬が起き出して洞から出て来てしまった場合のどちらの場合もこの仕掛けは失敗に終わったからです。

 雄鶏が鳴き、周囲の外敵を呼び寄せると同時に寝ている犬を起こし、犬を戦闘態勢で待機させる。

 それから騙された振りをして相手を洞へと誘い込み、犬に倒させる。

 この話はそういう話なのです」

 

「全然理解してなかった……」

 

「ネイディーン様。

 落ち込まないでください。

 私は貴方を落ち込ませようとしてこのようなお話をしたのではありません。

 むしろ貴女がそこを考えていなかったのに、雄鶏が賢い選択をしたのだと理解した処にあるのです」

 

「そ、そうなの?」

 

「ええ。

 ネイディーン様。

 今度は狸の立場になって見ましょう。

 先程の雄鶏の計画を知らない貴方は、鳴き声に釣られてまんまと木の下へとやって来ました。

 そして旨そうな雄鶏を見て、奴を木の下へと誘き出そうと声を掛けます」

 

「うん」

 

「すると、雄鶏は自分の言葉にまんまと騙されて知らなかったもう一羽の存在を教えてくれました。

 その一羽が木の洞に隠れている事までもです。

 そうして調子にのって良く確認もせずに狸は洞の中へと飛び込んだ」

 

「うんうん」

 

「もう一度言います。

 私がこのお話を好きなのは、『心の働き』を強く感じる事が出来るからです。

 先程の雄鶏の『計画』と狸の『計画』を作者がどのように企図したのか、その詳細は実のところ判りません。

 むしろそれらは雑音としてこのお話からは取り払われているのだろうとまで思えます。

 そしてどう動いたかだけが表現されている。

 でもそれだけで私達読み手は騙し、騙され、そして騙された振りをするこの物語の構造を理解できてしまいます。

 それは物語を読む時に『心の働き』によって登場人物が何を信じ、何を信じなかったのかを理解できるからです」

 

私は言いたい事を言い終えた。

どうだろうか。

彼女達はどんな反応をするだろか。

 

「ナナホシは行間を読むのが好きなのね」

「それは違うよ」

「ナナホシは心が知りたいのよ」

「だから、それって登場人物の心情の事でしょう?」

 

「違う違う」

「うぅ~」

 

ネイディーンが得心顔でそう言って見せるも、メアリーとリディアにそうではないと否定されてしまう。

それだけで、私は自分の伝えたかった事が伝わった気がして満足だった。

後はネイディーンのためにどうやって噛み砕いて伝えようか。

 

「ナナホシが知りたいのは読んでいる私達の心よ」

「心……自分のなのに?」

「そうね。

 でも目には見えないし、どんな風に感じるのか判っていない部分もあるってことかしら。

 物語を通すことでどのように感じるか。

 どんな風に作用するかが判る。

 それが面白いと思ってるのね」

 

私が考えているよりも上手く私の意図を説明してくれたのはジャニスだった。

そこまで聞いてやっとネイディーンの顔からも疑問が拭えたように思える。

 

「簡単に言うと、そう言う事になりますね」

 

私は話をそう締めくくった。

 

「ねぇねぇ。ナナホシ!」

 

「何でしょう?」

 

「あのね。『シンディーラ』はどんな風に読むの?」

 

「私も気になりますわ!」

「メアリーは『シンディーラ』が好きだからね」

「当然ね。継母がバビーにそっくりだもの」

「あは。取り巻きも含めてね」

 

「あぁ。

 やめてその記憶は胸にそっとしまっておりますの」

 

上手く話せたらしく、暗くなるまでおしゃべりは続いた。

 

--

 

それから約1か月。

フライドチキン売りの合い間を見て、図書館に通う日々を過ごした。

他の言葉を学ぶ本を探してみたりしたけれど、やはり文字情報だけで人間語の修得は困難だっただろうと考えると結論が出た。

もしルーデウス・グレイラットから本を貰わなければ誰かに言葉を習ったのは間違いない。

 

そしてルーデウス・グレイラットの知る前世においても転移後の時期はオルステッドに保護されていたというのなら、恐らくバケットクーパー家で言語習得を行ったであろうと思えてくる。

オルステッドが直接乗り込んで当主に話を通して私を預けた。

家庭教師も頼んで、私に言葉を覚えさせた。

言葉をマスターした私は、バケットクーパー家の力を借りて商売を始め、一生分の資産を築いた。

予想し得る中で最も自然な流れはそんな感じだ。

 

だとしても今回は異なる道を進んでいて、そして注目すべきなのは変化が何のためなのか。

最近はそんなことを考えている。

 

変化が私のためと考えるのは難しい。

本来、オルステッドがあの家の当主を助けた意味は、先の未来において当主がオルステッドの役に立つからだと思われる。

それなのに、バケットクーパー家の名はルーデウス・グレイラットの未来知識の中に現れないというのはどうにも辻褄が合わない。

だって、ルーデウス・グレイラットが生きていた時間よりもさらに先の未来のためのフラグだったという可能性はゼロではないけれど、当主の寿命とルーデウス・グレイラットの寿命を比べれば先に尽きるのは恐らく当主だろう。

当主が亡くなっている場合、私が本人に会う事ができずに知らぬ存ぜぬを通されたのと同じ目に遭うのではないか。

むしろ、ルーデウス・グレイラットの前世で、私がバケットクーパー家の世話になった事で本来予定していたはずの事が破綻しているとしたら?

だから彼の前世知識にその名が出てこないということになり、今回はそれが破綻しないという変化へと繋がるんじゃないかしら。

 

新たに出会った4人も変化と言えば変化だろう。

あの後から今日までにお茶会に2回も同席できたし、良好な関係が築けそうな予感はしている。

中級貴族の3人。

最近は芳しくないシェフクック家、傍流のドレスウォーカー家、転移災害の被害が甚大なフローレス家。

そして下級騎士のケリー家。

いずれも家の力は大したことがないし、当主でなければ余程溺愛されていない限りは余り我が儘が通せる立場にはいないだろう。

だから今のところ、無理に利用する手管も思いつかない。

むしろ何かあったなら力になれるかもしれないし、オルステッドやルーデウス・グレイラットに恩を返すチャンスとなる事が万に一つあるかもしれないと感じているくらいだ。

 

そんな心構えで臨んだ3回目となる朗読会。

普段は貴族らしい振る舞いを欠かさないメアリーがテーブルへと走り込み、

 

「聞いてくださいな!

 大変ですの!」

 

と言ったのが始まりだった。

 

「どうしたのメイ。

 そんなに取り乱すのも珍しい気がするけど」

 

全員が揃うまで思い思いの本を読んでいたいつものメンバーがその声で作業を中断し、リディアが一早く声を掛けた。

ちなみにメイはメアリーの愛称だ。

 

「大変なのよ」

 

「だから何がだい?」

 

「ルーデウス様が国家警察に掴まってしまったとお父様からご連絡がありましたの!」

 

「えっ?」

「どうして!?」

 

そしてその話は埒の空かない噂話の域を出ずに終わってしまう。

 

--

 

私もルーデウス・グレイラットには世話になったままだ。

彼の行く末に多少の心配を感じていたのだけど。

 

「心配する必要はないだろう」

 

一か月振りに現れたオルステッドは私にそう答えた。

 

「どうして?

 彼が凄い魔術師だから?」

 

「違う。

 奴がわざと捕まったからだ」

 

「え……そうなの?」

 

「おそらくな。

 奴と初めて会って話した時、『ダリウスを失脚させても未来への影響は無いという事か』と確認を受けている。

 それに加えてダリウスが国家警察の担当大臣であることは偶然では無いだろう」

 

「ダリウス大臣を失脚させるために誤認逮捕を誘発させようとしているって事かしら」

 

「そう言う事だ」

 

「上手く行くのかしら。

 一歩間違えれば殺されちゃうんじゃない?

 そう考えたら私には絶対に出来ないけど」

 

「上手く行くかどうかは判らんが、殺されはせん」

 

「どうして?

 図書館に来る貴族の娘達は殺されるんじゃないかって言ってたけれど」

 

「聞き及んでいる能力を本当に奴が持っているならば、そこらの人間にあの者を殺すことは不可能だ」

 

「ルーデウスってそんなになの?」

 

「あぁ。

 前世で龍神の右腕だったというだけはあるな」

 

「なんだか凄いのね」

 

「あぁ」

 

――そうしてさらに一月後、ルーデウス・グレイラットはオルステッドが言った通り無事に釈放された。

そしてその騒ぎの結果、大貴族のダリウスが陥穽に嵌って大臣を更迭されたと聞く事になった。

こちらも言われた通りだ。

 

「ルーデウス様って本当に凄いわよね」

 

「今更じゃないか。

 水帝剣士、水聖級魔術師、類い稀な文才」

 

「甲龍王、元宮廷魔術師で現魔術ギルド総領の2人からも彼を助けるために動いたというんだから人望も厚い」

 

「北方砦の参事官だったゼピュロスからもね」

 

「そうそう。

 そのゼピュロスよ。

 ルーデウス様って家名がグレイラットだからちょっと調べたのよね。

 今はボレアスの庇護下にあるのだけど、元々はノトス家の人間らしいわよ。

 彼のお父様がノトスを出奔されたとか」

 

「え?

 確か、今のノトス家ご当主のお兄様が出奔されたって聞いたことがあるの。

 それがルーデウス様のお父様ということ?」

 

「だとすると解せないな。

 ノトスが心情的に助けないのも復興中でボレアスが助けられなかったのも判るけど、どうしてゼピュロスがしゃしゃり出て来たのか」

 

「なんでも時を同じくして砦の周囲で『大暴走(スタンピード)』があったらしいわ。

 その対応の最中(さなか)にフィットア領が消失したというのでゼピュロス家で北方砦の参事官だった人が原因を調査して報告したっていう経緯なんですって」

 

「ふーん。そうなんだ」

 

「いや、しっくりこないな。

 参事官のアン・ゼピュロス・グレイラットの名で報告するべきことではない。

 わざわざ王様にお手紙するなら、当主の名で書くはずだろう」

 

「それがゼピュロス家の微妙な立場を示しているとも言えるわね……」

 

「ま、グレイラット家同士の機微は理解できずとも仕方がない、か」

 

私はそんなやり取りを聞いて驚いていた。

いつもはのほほんと図書館でお茶会を開いているような淑女たちが私の理解できない難しい政治の話をしているのだから。

その時、なんとも貴族というのは大変だ。そんな風に気軽に考えていた。

 

--

 

さらに数か月。

空気には冷たさがはっきりと混じるようになった頃。

図書館の住人となった私に、不思議な事が起きる事となった。

 

一人は頼りなさ気な少女に出会った事。

中学生くらいの顔立ち、くすんだもしくは暗い金髪。

人族とは異なる耳の形から長耳族という種族だと理解はできる。

アルスは都会で稀に異種族を見る事もあるけれど、それでも初めて会う種族だった。

そんな彼女が以前の私のように大金を預けるのに戸惑っている所に遭遇したのだ。

 

気になって見守っていると、おそるおそるお金を渡して2階へ、さらに3階へと上がって行った。上階に行くということは魔術師。それも高位の。

長耳族は寿命が長いから、年齢も見た目通りじゃないってことかもね。

そう思った。

 

そしてもう一人。

本を読んでいて、ふと視線を感じたので顔を上げたとき、視線の先に居た長い白髪を垂らした老人。

背筋を真っ直ぐに伸ばし、冬も近いというのに半袖からは丸太のような太い筋肉の(かいな)

半袖とは不釣り合いな膝丈の外套。

額に巻いたバンダナには目のような紋様があしらわれ、同じような紋様のベルトを腰と胸にも巻き付けている、どうにも図書館に不釣り合いな人物だった。

 

まぁそこまでは珍しい事もあるのね、と思うくらいだった。

私には影響がほとんどないし。

でもそれは大きな間違い。影響はあった。

前触れだったのだ。

いつもと違う事が立て続けに2つも起これば、それは3つ目もあるかもしれないという予測を成り立たせるに十分な事だったのだ。

私はそれを衝撃を持って確信する。

 

図書館の出口となるスロープを下りきると腰に剣を佩いた貴族然とした女性とすれ違った。もうすぐ閉館となる図書館へと入って行こうとする見知らぬ3人目の人物。

 

「ナナホシさん?」

 

声が掛かったのはすれ違い、5歩程を歩いた先の事。

一瞬聞き間違いかと思ったが、気になって振り向いてみれば先程の女性がこちらを見ていた。

その顔をまじまじと観察しても記憶にはない。

どこかで誰かに聞いたとか、おしゃべりな貴族の女子の友達が4人もいればその誰かか。

だが、

 

「いえ、サイレント・セブンスターさんでしょう?」

 

彼女が言い直した名前が頭から足先へと衝撃を走らせた。

フルネームを誰にも教えていないし、ましてやその意味が人族の言葉でどういう意味になるかなど。

異世界人かそれとも異世界人から教えられていない限り判るはずがない。

 

「あなた誰なの?」

 

「私は――

 

 

 




ナナホシ
-転移事件から6か月
 王立図書館へ
 ジャニス達と出会う←New

-転移事件から7か月
 ルーデウスが捕まったと報せを受ける←New

-転移事件から8か月
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 図書館の外で「サイレント・セブンスター」と声を掛けられる←New


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