無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第7章_少年期_追想編
第094話‗疫病対策


--- 不安は心の病。対策不能な予言は有害也 ---

 

ルーデウス達がギュスターブらと出会った頃。

とある場所のとある城の謁見室のような場所。

巨大な玉座には老人が座り、作業していた。

 

この謁見室らしき場所に玉座から入り口へと赤い絨毯が伸びていれば、間違いなく謁見室であっただろう。

だが赤い絨毯は存在せず、ましてこの部屋を飾る装飾品の影もない。

代わりに機械仕掛けの巨大な装置が玉座の前に鎮座し、天井まで伸びていた。

 

老人がその装置のツルの無い眼鏡のような部分に自身の両目を押し当てる。

そして老人は程なくして感嘆の声を上げた。

 

「おぉ」

 

声に応える者は誰も居らず、静かな部屋に声は染み、そして溶けていく。

老人は覗き込んだまま、右手で装置の別の部分についているダイヤルを操作する。

 

「むぅ……」

 

洩れる唸り声。

 

「我らの理想の未来図に揺らぎが見え始めたか」

 

老人はそう呟いた。

 

 

--ルーデウス視点--

 

ひょんなことから保護することとなった長耳族の魔術師デネブ・ローブは前世では出会わなかった人物だ。可能性の話をするなら、俺がギュエスに負けて囚われの身にならなければデネブに出会うことが出来たかもしれない。もしくはそもそも俺達がルイジェルドを魔大陸から引っ張り出さなければ死ぬことが無かっただろう。

だがそうはならず、彼女は子供を誘拐した一味としてルイジェルドによって始末されてしまった。いやルイジェルドが殺したかは正確には判らないが、怒り心頭だった彼がデネブの命乞いを聞き、見逃したとは思えない。

 

そんな運命も有り得たデネブ。

俺が転移災害から逃れ、ルイジェルドと出会うこともなかったために彼女は元気にシャリーアで生活することになった。

デネブには呪いがある為、新しく研究室を用意することを約束し、彼女の従僕であるカボット人形への仕事の斡旋もすることになっている。

約束したのは優しさだとか情けとかいう感情とは無縁の完全な成り行きだった。

でもよくよく考えてみると、シャリーア周辺に放逐した挙句、意味の分からない事件に巻き込まれるよりはましな判断だろうから、トラブルの種を未然に潰したと言える訳で、お節介というつもりはなくとも価値ある判断だっただろう。

 

さて彼女に関連した話を今少ししようと思う。

彼女は永らく隠遁した魔術の研究者であった。

夢が事実なら、それこそギュスターヴが戦士長の頃からの研究者だったはずだ。

そんな彼女の研究結果は誘拐事件のごたごたで未回収のまま残されてしまった訳で、前世の俺が見逃してしまった物だ。

今回はそれに俺は気付けた。それをそのまま放置する手はない。

だから俺とロキシーはそれらを回収し、デネブに了解を得て中身を検分することにした。

 

彼女の研究の1つは人形術、つまり召喚した精霊を人形に封じる魔術に関する物だ。召喚魔術の一種と言うことができる。

カボット人形に関する性格付与、個性の作り方。

命令に従わせるために必要な理解力、状況把握、思考力。

ザントポートの土地柄、複数種族が住み、魔大陸との取引までするのに必要な多言語対応。

人間的な動作のためのボディの強度と関節の耐久度、姿勢制御と運動性能。

彼女はそう言った分野を研究している。

 

ペルギウスの精霊召喚から派生した俺の魔術と大きく異なる部分は、精霊を2種類用意して封入する点にある。

まるで人間の左脳と右脳を分けたようにしているのだ。

この世界では医学があまり発達していないので脳が2つに分かれていると知らない筈だろうが、それによって人形内に葛藤や克己心のようなものが発生し、簡素な制御構造でより高度な精神性を獲得するに至るらしい。

デネブが結果を重視しているせいで、どうしてそうなるのかという分析や研究は行われていない。未踏分野と言えるだろう。

 

その他にも俺の持つ人形術とは異なる部分がある。

それは人形のボディに関すること。

俺の方式は骨格に魔法陣を彫刻し、合成素材で作った人工肉の固まりを筋肉のように動かす。

一方、彼女の方式は筋肉に相当する部分に魔法陣を彫刻し、動力を生み出しつつ構造の強度も補強する。可変型ではないが狂龍王に近い手法を採用している。構造の強度を魔術的に補う分、俺の方式よりも魔力の消費量は高い。代わりに製作コストおよびランニングコストは下がる。

 

人形術以外では結界魔術がある。

捕らえた聖獣を拘束するために用意されていた物だ。

効果は上級結界魔術の『封域(シャットアウト)』に近い。閉じ込める用法のために反転させた術式なのだろう。

使われている機能部品に新しい物がそれほどなかったので、効果を理解するのは難しくなかった。

理解が難しいのは分離構造によって生み出される効果だ。

 

分離構造が必要となる意図は判る。

魔法陣の内側に閉じ込める対象がいるとき、床に描いた魔法陣では魔術を維持するための魔力供給が無防備になってしまう。だから魔力供給を相手の手の届かない所に置かなければならないと考えるのは妥当な話だ。

もし分離構造を使わずにそれを行うなら、例えば対象の手が届かないような高い天井にこの魔法陣を描き、そこに閉じ込める事になるだろう。

魔力結晶の入れ替えのために天井裏から作業ができる必要もあり、かなり面倒な事が想像できる。

その点、分離構造を採用して2階の床に魔力供給のための魔法陣を描けば運用上の利点があるといえる。

 

といってもそう簡単ではない。

この分離構造には魔力供給以外にも別の機能が備わっている。

それは2つに分かれた魔法陣の間にそれらの魔法陣の外周を一本の糸で縫うように繋げる結界を作る機能だ。

だから分離構造を排除して1つの魔法陣にした場合は、それに関する機能部品が不要になる代わりに結界の立体的な形を定義する新たな機能部品が必要になる。『域内探査(ルームコンパス)』に使われている機能部品辺りから流用が出来るだろう。

しかし、それが今の魔法陣より効率的に結界障壁を発生させるかは未知数だ。

手に入れたカンテラ型の魔力供給器の大きさを考えると、供給できる魔力量は瞬間最大にしても総合計にしてもそれほど多くない。

そう考えると、より少ない魔力で結界を維持させるために分離構造が必要になるのかもしれない。

 

話が逸れてしまった。

魔力供給の無防備さを排除し、もしかすると効率的に結界を維持するのに必要なのかもしれないという意図は判る。

また、分離構造を構成するには転移魔術で使われているペアリング機能と同じ物が必要になる。

機能部品にも類似した部品があるように思えた。

問題はその先にある。

 

分離構造を成立させるにはペアリングによりお互いを結ぶだけでは足りない。

転移魔法陣と決定的に異なるのは魔力供給が片側にしかないという点にある。

魔力供給部分を対象の手の届かない場所へ設置するための分離構造なのだから当たり前と思うかもしれない。

だが、それを実現することは果たして可能か?

一体どんな未知の技術によってそれを為している?

 

最初に想像したのは2階側の魔法陣から1階側の魔法陣へと魔力を遠隔供給する仕組み。

試しに転移ネットワークの研究室で起動させて、魔力感知で調べてみたがどうやら違う。

片側で魔力供給を行うだけでもう一方に魔力供給を必要としないのはどのような仕組みなのか?

なぜ魔力が供給されていない魔法陣が起動するのか?

それについて問いただしたがデネブにも判らないという事だった。

 

残念ながらラノア魔法大学でもこれについては同様に判らないだろう。

ミリス神聖国が秘匿しているせいで、大学は結界魔術の分野で大きく遅れを取っているから。なのでここからは完全な推測だ。

 

この世界にも雷があり、電気、電子というものは存在する。まだ科学技術はそこまで到達していないにしても、そういう物理現象に必要な要素は存在している訳だ。

そして閉回路に電流を流す方法を俺は知っている。

コイルを持った閉回路の外側で磁石を動かすだけで、電力源が無くとも電流が流れるという奴だ。

所謂、電磁誘導。

この魔法陣に、それと似た仕組みがあるとするなら魔法陣の中を流れるのは魔力流であり、一方の魔法陣に魔力を流すことで魔力場が発生し、もう一方の魔法陣内に魔力誘導が起きるという説明が付くだろう。

電磁誘導に関してはナナホシに確認した方が良いかもしれない。余りにも遠い過去の知識でちょっと自信がない。

 

あとは魔道具だ。

デネブの話によればこれらの魔道具は長耳族の里の魔術技工士が作っている物だそうだ。

用途に合わせてちゃんと動けば問題ないので仕組みについては判っていないという。

こちらで研究するのも手が足りないので魔道具は使い方をレクチャーしてもらってから保管庫へと収まった。

 

--

 

さてデネブの話が一段落した所で、前世で彼女を殺す事になったルイジェルドやスペルド族について一つの資料を作成した。転移事件後に会う事が出来ると考えてオルステッド向けに作った資料に加筆した形だ。

以前の資料をロキシーが自主的に読んだと思いつつ、デネブと関連する部分もあるのでもう一度最初から説明していくことにした。

 

転移災害によって魔大陸に飛ばされた俺とエリスは気付いたとき、ルイジェルドに助けられていた。

存在αに指示されて彼を仲間として旅を始めた後、ルイジェルドを仲間に引き入れる事で起こった事は3つあると思う。

 

1つ。ルイジェルドのお陰でたった1年でウェンポートへ到着した。そのせいでロキシーとすれ違った。

存在αが俺とロキシーの再会を妨害し、結婚してしまう未来線を遠ざけた意図が透けて見える。

 

2つ。ルイジェルドを仲間にしたことで密輸組織に関わり、その先で聖獣誘拐事件に巻き込まれる。

もしルイジェルドを仲間に入れていなかったとしても、子供が心配な彼は俺達を追ってウェンポートまで付いてきただろう。

そして船賃、緑鉱銭200枚の壁に阻まれてサヨナラしたはずだ。

ならば密輸組織と目されたデネブ商会、誘拐の実行犯だった暗殺者グループのどちらかに存在αの未来を脅かす者がいるか、誘拐された獣族の子供のどれかに存在αの未来を有利にする者が居た可能性がある。

 

3つ。ルイジェルドを中央大陸へと向わせ、スペルド族の村へと合流させることで村に蔓延する疫病に巻き込み、スペルド族を全滅させようとした。

なぜスペルド族を全滅させようとするのか。

それはオルステッド最大の障害となるのが魔神ラプラスであると存在αが気づき、その魔神ラプラスの天敵となるスペルド族を排除しようとしているからだという。

 

でも今回、ロキシーと俺は再会し、結婚を果たした。

そしてルイジェルドは依然、魔大陸に居て死ぬはずだったデネブは助かり、暗殺者達も死亡せずに獣族の村の虜囚となった。

獣族の子供は前世と同じように助かってしまったが、存在α打倒の為に子供を故意に誘拐させる事は俺には無理だ。

最後に、俺はルイジェルドをスペルド族の村へと合流させてやりたいし、むざむざ疫病に巻き込んで殺させるつもりもない。

 

では疫病はいつ起こるか?

それを予想することはできるし、考えてみることで判らなかった事も見えてくる。

俺の知る未来ではビヘイリル王国での決戦の2年前、つまり甲龍歴428年頃に咳をする者が出始めたはずだ。

それはルイジェルドが村を発見した後であり、オルステッドが村を見に来た頃に合致する。

しかし、オルステッドの話によると『俺がオルステッドの仲間になる前に村は全滅しているはずだった』と言う。

つまりオルステッドの知る歴史では甲龍歴425年より以前に疫病が発生したのだ。

疫病が同一だと仮定すると、全滅する程に疫病が蔓延するためには少なくとも2年以上の歳月を要するのだから、オルステッドループでは概ね甲龍歴423年より前に疫病は発症する。

 

着目するべきは俺の知った未来とオルステッドの知る未来が異なったという事だ。

未来は無限の可能性を持っているが、オルステッドの言い分によるとスペルド族の村が疫病に侵されるのは確定した未来だという。

つまりこの歴史は『強い運命に守られた歴史』だと定義できる。

 

では『強い運命に守られた歴史』を改変したのは誰か?

オルステッドか俺か存在αの使徒かもしくは未知の運命力の強い者か。

原因を調査し、治療を試みたというオルステッドの言葉を信じるなら彼は除外できるだろう。

もし俺だとしたらそれは大規模な歴史改変となった転移災害か、小さな歴史改変の積み重ねによるバタフライエフェクトだと言える。だが存在αの使徒によって歴史が改変されたというのが一番有力だろうと思う。

というよりもスペルド族が疫病になる原因を作っているのが存在αの使徒で、その時期は状況に応じて任意に変更可能だとすれば、俺を利用してルイジェルドを中央大陸に移動させ、疫病に巻き込むために発生時期もズラすことが出来たという流れがしっくりくる。ならば存在α視点なら発病の時期をオルステッドの知る時期にするのが筋だ。

 

ここまでブレイクダウンすれば次の目標が見えてくる。

発症前であれば疫病をどのように回避できるか、もう発症しているのならば治療できるかを考えれば良い。

発症前であり、かつ存在αの使徒によって疫病の原因がばら撒かれるのであれば、その使徒がこれない場所に移住させるというのは一つの案として有効だろうと思う。スペルド族に予言を信じさせるために何か一ひねりが必要になるだろう。

 

発症後の場合はやや難しい。

オルステッドの知識では疫病の原因は不明で治療法も判らないし、クリフ先輩の千里眼ひいてはキシリカの知識でも診断できない病だ。俺の知っている唯一の治療法はおそらく存在αの使徒たる冥王ビタとその分体を身体に憑依させ治療する方法となる。

 

「ねぇ」

 

資料の解説を終えると、対面のベッドにロキシーと並んで座っているエリスが口を開いた。隣のロキシーは人形に転写させた配布資料にメモ書きをしつつ、エリスの動向を窺い、俺は黙ったまま固まっていた。

ねぇと言ったきり、エリスは腕を組んでいつになく難しい顔をしていた。

 

「ん?」

 

「その話、本当なの?」

 

「夢の話だから」

 

「でも転移災害は当たっていたのよね?」

 

「そうだね」

 

「ふぅん。

 上手く説明できないけど、その話は間違っていると思うわ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ」

 

「ちなみにどの辺が?」

 

「だから上手く説明できないけどって言ったじゃない。

 もうっ」

 

エリスは臍を曲げたようにそっぽを向いて会話を放棄してしまう。

どうしたものかと考えていると、

 

「あのですね。ルディ」

 

資料から顔を上げたロキシーの声に視線を動かす。

 

「はい、ロキシーも何か引っかかるところが?」

 

「この存在αの使徒というのは確かギースさんですよね?」

 

「そうです」

 

そういって首肯すると、エリスは俺達のやり取りに「ギースってあの?」と驚いてみせた。まぁそれは良い。

 

「病原菌をばら撒いたのがギースかはわかりませんが、冥王ビタを憑依させたのは彼です」

 

「なるほど……。

 ルディの想像で構いませんが、もしギースさんが冥王ビタを憑依させなかったらスペルド族はどうなっていましたか?」

 

「決戦の前に全滅していたか、もしくは危機に瀕していたと思います」

 

「存在αはスペルド族を全滅させようとしていたのですよね?」

 

「そうです。

 先兵たる魔神ラプラスの弱点を見破る種族を潰そうとしていたのです」

 

「なら、なぜギリギリになって掌を返し、スペルド族を助けるような真似をしたのでしょうか?」

 

「ルイジェルドはとても強い戦士ですので彼を仲間に入れようとしていました」

 

「魔神の弱点を残してまで、ですか?」

 

「オルステッドは言ってました。

 『魔神ラプラスは転生直後ならば不死身ではない。故にスペルド族の力を借りなくても簡単に倒すことができる』と。

 逆に存在αからすればその未来が見えたなら、やはりスペルド族の脅威は無くなるのかもしれません」

 

「まるで倒した事があるみたいな言い草よね」

 

……確かに、エリスに言われて初めてその可能性に気付いた。

いや、あるのか。

オルステッドは魔神ラプラスを転生直後の段階で殺し、ヒトガミへと至ったことがある。

だけどヒトガミには勝てずまたループしたという事。

例えば、

 ラプラス戦より前の魔力7、不死身ラプラス戦で4消費して残り3、ヒトガミに敗北。

 ラプラス戦より前に魔力5、ラプラス戦で消費なしで残り5、ヒトガミに敗北。

みたいな感じで魔力が6割か7割残っていれば倒せるみたいな計算をしていると推測できる。

 

「エリスさんの指摘もまた興味深いので後で検証が必要でしょう。

 ですが今は話を戻しても良いですか?」

 

「構わないわ」

 

「今ルディが使った論法はまた別の矛盾を生み出します。

 夢の中ではパックス王子の騒動のせいでラプラスの転生先が龍神には判らなくなってしまったはずです。

 それを存在αが知っているのならやはり念のためにスペルド族を全滅させようとしているのは大義があるはずです」

 

「そう言えばギースが孤児院に居た時に子供達に話していた昔話があった気がするわ。

 ええっと、魔大陸で魔物に襲われて死にそうになっていたときに白い槍を持った戦士に助けられたって。

 スペルド族って槍を持ってるんだったかしら?」

 

「そうだね。

 きっと助けてくれたのはルイジェルドさんだよ」

 

その話、言われてみて薄っすら思い出すレベルだが俺もどこかで聞いた記憶がある。

ルイジェルドはギースの命の恩人だという話だ。

 

「……もしかして」

 

「なんです?」

 

「日記の情報を読む限り、ギースさんは存在αに指示を受けてルディ達を本当に倒そうとしていましたね」

 

「ええ。

 何度も死にかけました」

 

「十分な戦力と作戦を練っていた。

 でも存在αに全部従った訳ではないでしょう。

 恐らくですが、ギースさんが勝っても負けても命の恩人と村が助かるように手配したように見えます」

 

そういったロキシーの言葉に妙に納得した自分がいた。

ギースがヒトガミに従うのは恩があるからだ。

ヒトガミから俺とオルステッドを倒すために必要なフラグの話を幾つも聞かされたはずだ。

実際に行われた作戦状況からみて、その話の中には疫病で苦しむスペルド族の話が出て来るとみて間違いない。

命の恩人が死にかけている。

ギースは考えるだろう。

ヒトガミも命の恩人、ルイジェルドも命の恩人。同じ恩人。

片方に恩返しするためにもう片方の命を失わせるのは奴自身のジンクスに反してしまうと。

だからヒトガミの指示を上手く利用してスペルド族を治癒させる道筋を見つけ出したということだろうか。

 

「やるじゃないアイツ」

 

考えた事もなかった流れに何と言ったら良いか判らなかった。

だがエリスの言葉の通りな気がした。

 

--

 

「顔を上げよ」

 

跪き、頭を垂れて挨拶をした俺に城の主が声を降らせる。

通り一遍の挨拶の後に促されて、俺は姿勢はそのままに顔を上げた。

 

議論から数日。

ムーンシャドーの活動で目と鼻の先まで届いていた転移魔法陣を使い、ビヘイリル王国のスペルド族の村に行ってスペルド族の住人がひっそりと暮らしているのを確認し、それからスコット城塞の石碑でラッパを吹いて俺はここにいる。

 

「暫く振りだなルーデウス・グレイラットよ」

 

「ハッ。

 アスラ王への親書を賜りまして誠にありがとうございます。

 謝意が遅れてしまい申し訳ありません」

 

「貴様も復興で忙しかったのであろうからな」

 

「復興に関してはボレアス家に一任しております」

 

「ならば貴様は資金援助をしているに過ぎぬか」

 

「ボレアス家もそれを望みませぬ故、致し方なく」

 

「そうか。

 それなら今日は何用か?」

 

復興のせいでなかったとしても挨拶に来るのが遅れた件を咎めるつもりはないらしい。

 

「対ラプラスのために1つ案を用意して参りました」

 

一瞬の間。

 

「聞こう」

 

「では」

 

「待て」

 

「?」

 

思わず『は?』と聞き返そうになるのを止めて何とか表情だけで疑問を投げかける。

 

「シルヴァリル、茶を持て。

 庭で話しを聞く」

 

--

 

同意を求められる事もなく無理矢理に謁見の間を退出させられ、仕方なく庭に出る。

切り出す内容を考慮すると無下にするのは無理であった。

そして持ち込まれたテーブルセットと茶の用意、居並ぶ10人の使い魔を視界に入れる。

2人程足りないが誰だろうか。

仮面だけでは記憶に薄い者もいる。

大震のガロと暗黒のバルテムトが居ない?

 

丁度答えを出した所にその2体を連れてペルギウスが現れ、俺は彼と目が合うと一度深く立礼し、椅子に腰かけるまで立ち尽くした。

「座るが良い」という言葉に合わせ、アルマンフィが俺の椅子を引くので請われるがままに着座する。

即座にシルヴァリルが茶を淹れ、ペルギウス、俺の順で茶が配られる。

 

「貴様はラプラス因子の保持者であり、占命術により我が目的を知る者であったな」

 

紅茶を一口だけ口にした後、ペルギウスはそう切り出した。

確かに現世でペルギウスに会うためにその話をした覚えがある。

 

「はい」

 

「また占いで何かを見た、という訳か?」

 

「そうではありません。

 実は転移災害の結果、次元の歪みからナナホシという異世界人が転移してきました」

 

「ほう。

 貴様が保護していると?」

 

「いいえ。

 私ではなく、龍神オルステッドが保護しております」

 

シルヴァリルがカチャリと茶器を鳴らす。

それを誰も咎めなかった。

 

「繋がらんな。

 そこからどうラプラスの話になるというのだ」

 

「あの方と話す機会を得て、自分には恐怖の呪いに対する抵抗力があることを知りました。

 ラプラスにも似たような呪いがありましたが、スペルド族に移した事でその呪縛が解けたという話をご存知でしょうか?」

 

ペルギウスは腕を組み、暫くそのままにしていたが「初めて聞いたな」と不機嫌そうな声音で呟いた。

ただそれだけだった。俺は話を続けることにした。

 

「そうでしたか。

 では、ラプラスは不死の力を持っており、その急所を撃たなければ勝てないというのは?」

 

「知っている。

 前の(いくさ)の時、スペルド族の戦士がラプラスの急所を撃とうとしなければ我々は負けていただろうからな」

 

「ラプラスの行動には筋が通っています。

 スペルド族だけがラプラス本人を倒しうる力を持っている。

 だからこそスペルド族に呪いを掛けて暴走させ、体よく滅ぼそうとした、と。

 ならば逆に、ラプラスを倒そうとする陣営はスペルド族を護るべきです。

 違いますか?」

 

「貴様は我に魔族を保護せよというのか?」

 

「ラプラス戦役でラプラスに味方したものを魔族と呼ぶのなら、ラプラスを憎悪し、最終決戦においてペルギウス様を助けたというスペルド族は魔族ではありません」

 

「詭弁だ。

 スペルド族はラプラスの元で猛威を振るった種族。魔族だ。

 それにほぼスペルド族は滅んだと聞く。

 前の戦で闘った者とて次のラプラスとの対決で役立つかは判らぬ」

 

「最近になってビヘイリル王国の奥、地竜谷の周囲に広がる『帰らず森』の中にスペルド族の村を発見しました」

 

「何?」

 

「近くにあるマーソンという村から谷を目指すと吊り橋があり、そこからそう遠くないところに隠れ里があります」

 

ペルギウスが片手を上げた。

 

「アルマンフィ」

 

「ここに」

 

「確認せよ」

 

「御意」

 

言い終わるが早いかアルマンフィが光へと変化し、そして程なくその光も掻き消える。

 

「ここからビヘイリル王国だと時間がかかるだろう」

 

転移して来ているからここが一体どこの上空なのかは良く判らないが。

どうやらそうらしい。

 

「それで、保護しろという話だったな。

 具体的にはどうしろというのだ?」

 

「スペルド族の村は近い将来に、龍神ですら治療できない疫病で苦しむことになります。

 ですので、その時が来たらカロワンテに病気の症状を診てもらえるようにお願いしたいのです。

 治す薬があるならば薬は私が買い付けますし、無いならユルズの力で……」

 

「将来。それは貴様の占いという訳だな。

 我が魔族を助ける……か」

 

ペルギウスはまた腕を組んで悩んで見せ、どこまでも広い空を見上げ、また顔を戻す。

 

「良いだろう。

 それがラプラスを倒すためであるというならな。

 だがこんな事をわざわざ頼みにきて、貴様に何の利があるというのだ?」

 

「今はありません。

 ですが私は貸しを作っておいてどこかで貸した借りを返して欲しいと言って回るのが好きなのです」

 

「妄言を信じる程、我はお人好しではないぞ」

 

「それで構いません」

 

「ふん」

 

アルマンフィが帰ってくるよりも前に会談は無事終了し、俺は帰宅の途に就いた。

 

 




-11歳と2か月
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