無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第093話_ウィウェレ

--- 商人が勤勉なのは、知識への投資が最も高い利息を得るからだ ---

 

商会の屋敷に入ると何かの魔力の気配がした。

警戒の緊張感が俺に流れるとエリスが「何かあるの?」と疑問を投げかけ、俺の身振りでエリスとロキシーは歩を止めた。

が、カボット人形の3体とそれに連れられた1匹はそのまま我が家とばかりに奥へと進んでいく。

俺達はしかたなく、その後ろを慎重に付いて行った。

 

そして昼間と同じ扉が開き、現れたデネブが3体の前へ。

その光景を見て、先程の魔力の気配がデネブの何らかの感知系魔術だと理解する。

なるほどと思っている間に彼女の右手が振り上げられ、そして拳は宙を彷徨ったままとなった。

 

「殴らないのカボ?」

 

デネブの様子をみてカボちゃんは首を傾げた。

カボちゃんの言葉に顔面をヒクつかせるデネブ。

 

「振り上げた拳は振り下ろすためにあるわ」

 

「なら早く殴るカボ」

 

怒りに対して禊を促すカボちゃんだが、後ろ姿が少しだけ縮こまったように見える。

 

「殴られる覚悟で戻ってきたのよね?」

 

彼女の躊躇いが言葉になった。

 

「ルーデウス達がデネブ様との仲は取り持つと約束したからだ」

「全権代理人だと言っていたが本当か?」

 

カボフランとカボンバが口々にそう言うとデネブの振り上げた拳は、記憶を引き出そうと右頬へと動く。一先ず殴らないで済むらしい。

 

「そんなこと言ったかしら?」

 

「『あとで無茶なお願いをしても良い』と言ってましたよ」

 

思い出せなかったデネブがこちらを見ながらそう言ったのでアシストする。

 

「まぁちょっと違う意味だったんだけど……

 確かに言ったわね」

 

「ちゃんと対価を払ってくれるように交渉してくれると言ってくれたカボ」

 

「それも無茶なお願いなのね……」

 

俺は黙って頷いた。

 

「商売はカボちゃんに任せて、デネブさんは研究に専念したら良いでしょう」

 

「と言っても、デネブ商会は本日をもって解散となりますけれどね」

 

ロキシーが言い、俺も言葉を繋げる。

 

「どういうことかしら?」

 

デネブの疑問に応えるためにカボちゃん等が起こした事件と関わった組織について説明した。話を聞き終わったデネブが聖獣のおでこを1つ撫でワウンと聖獣が喜ぶ。

 

「聖獣に手をだしたなら大森林近くで商売をするのはもう無理ね」

 

「ですからデネブさんには商会を解散して、別の場所に用意した研究施設に移ってもらいます」

 

「商会が解散したら商売ができないカボ!

 対価ももらえないカボ!」

 

「カボちゃん達には我らルード商店で働いてもらいます」

 

「働いたら働いた分が自分達のモノになるカボ?」

 

「お給料はカボちゃん達が生み出した利益の中から出します」

 

仕事は山ほどあるし、運用コストが限りなく低ければ助かるのは間違いない。

 

「あたしが主人なんだから給料の7割は私がもらうわ」

 

「主人として当然の権利カボ。

 働いた分の正当な給料を支払うのが当然の権利であるとするなら、主人がマージンを取るのも当然の権利カボ。

 でも……」

 

「でもなによ」

 

「7割は大きすぎるカボ!

 2割にするカボ!」

 

「まけて折半よ!」

 

「3割も取れば十分カボ!」

 

「ええぃ4割!」

 

「ギリギリ3割5分カボ!

 正当な対価を払うって約束カボ!」

 

「3割5分ね。判ったわ。

 良い事。

 他の子たちのお給料もその中からあなたで支給するのよ」

 

「判ったカボ」

 

「その内に判るわよ。

 自分でお給料を払うって意味がね」

 

「上手くやるカボ」

 

同じ顔の2人が同レベルで言い争うのはまるで双子の喧嘩だ。

 

「なぁ。

 魔力供給の方もなんとかしてくれるんだよな?」

 

「ルード商店で働くならばこちらも手を掛けずに皆さんに魔力をお届けできますから安心してください」

 

「そうか」

 

2人のやり取りを馬鹿馬鹿しく思ったのは俺だけじゃないようだった。

疲れた感じのカボンバがそう言ってからカボフランの方に歩み寄り、何か言葉を交わした後に溜息をつくのが見える。

 

その後も話をして、残念だが彼女の研究室にあるという資料は、直ぐには取りに行くことができないという結論に至った。

まだ居るかもしれない誘拐グループの遊撃部隊や捜索中の獣族に遭遇することを考えれば妥当な結論だ。

よって、デネブはカボット人形と商会にある荷物だけを持って夜逃げする準備を始めている。

一方の俺達と言えば、屋敷に戻るまでに既にデネブをどこで匿うかという相談を終えて、ラノアのルード商店へと連れて行くことに決めていた。

その方針にロキシーもエリスも反対しなかった。

前世で関わりの無かった人物(デネブ)に禁術を晒すというのが少しだけ引っかかったが、最終的には未来が見通せぬ以上、自分達の直観を信じるべきだ。

 

と言う訳で、俺が予備のスクロールを使って転移魔法陣のペアを作成し、その片方をロキシーとエリスに持たせて転移ネットワークを経由してラノアに戻ってもらった。

そうして荷物をまとめて戻って来たデネブとカボット人形を魔法陣に乗せ、頃合いを見て魔法陣に魔力を通し、転移させる。

暫くはラノアが彼らの隠れ家だ。

俺も後追いでネットワークを使ってラノアへ戻った。

 

明け方近くのルード商店ラノア支店。

プログラムに従って朝まで休眠状態になっている店主の神獣『ホテイ』を起こし、事情を説明する。

 

「よろしゅうおます! 上の部屋は空いてますさかい」

 

と、彼はやや怪しいイントネーションの人間語で応えた。

こんなことを言っているが俺の神獣は俺の命令には必ず従う。

口振りはただの個性だ。

カボット人形と同じように個性はある。

ただし造反することはなく、賃金も求めない。

 

神獣とカボット人形。

その2つの存在がふいに昔の事、初めて作った自動人形(アン)の事を想起させる。

彼女は人間臭いところのある人形だった。

その後も何体か自動人形を生産することになったが、アンは特別な存在だった。

特別というか、アンと2号機以降には大きな違いがあった。

その違いとは『ダムゲート・コントロール』を搭載しているかどうかだ。

アンには『ダムゲート・コントロール』が無く、2号機以降にはそれがあった。

では『ダムゲート・コントロール』とは何かと言えば、思考制御とか精神制御(マインドコントロール)と呼ぶべき機構で、他国に自動人形を寄贈するにあたって俺とザノバで用意したプログラムモジュールだ。

 

別にアンが失敗作だったと言う訳ではない。

アンは融通が利き、思考の柔軟性もある。いや、あり過ぎた。

人間と比べて何の遜色も無い思考力を持ち、人間より大量の記憶量を持ち、ボディは聖級剣士並みの動作が可能な存在だった。

優秀過ぎたからこそ、寄贈先での運用の安全性を高めるために『ダムゲート・コントロール』が必要になったのだ。

モジュールによって召喚する精霊の個性は抑えられ、制限の範囲内で個性が発揮された。

結果として彼女達の人間臭さは次第になりを潜めた。

 

アンは生きるために自ら何をすべきかを考える人形だった。

そしてザノバが死ぬと、ザノバに仕えていた彼女だけは新しい主を探すために旅立ち、それで……ええっと、その後どうしたんだったか?

眠いからか、霞のかかる記憶の中で何かがあった気がした。

大したことではなかった……かな。

そんなことを考えつつ自宅に戻り、ベッドに伏した。

 

--

 

目が覚めたとき、陽の高さはもう昼を示していた。

エリスがほぼ寝ずに朝練をしに行った気がしたが、起きて窓側を見ると腹を出して寝ている姿が目に入る。

はて。夢か現か。もしかしたら二度寝しているだけかもしれないが、思い出せない。

反対側を見るとまだスヤスヤと眠るロキシーがいる。

どうやら家族は起きてこない俺達を無理に起こそうとはしなかったらしい。

どういう判断がこの状況をもたらしたのか気になるが、これ以上気にしたら負けかもしれない。

 

ロキシーを起こすのに手間取った後、俺達はとりあえず3人でまたルード商店に逆戻りし、デネブに会いに行った。

 

「あら意外に早く来てくれたのね」

 

デネブはもう起きていた。

この人、化粧っ気が無くなると、なんだかエリナリーゼと似た雰囲気を感じる。

あっけらかんとした所とかも。

 

「少しお聞きしたいことがありましてね」

 

「ふぅん?

 私に答えられることなら何でも答えてあげるわよ(何でもネ)」

 

「攫って来た子供たちを元の村に帰してあげたいのよ」

 

色目を使ってきたデネブに気を悪くしたエリスが話に割り込む。

が、デネブよりも先に応えたのはデネブの後ろに控えていたカボちゃんだった。

こっちは化粧を落とす必要がないのか、昨日のままの顔だ。

 

「それは無理カボ。

 大森林中の村々から攫って来たカボ。

 村ごとに帰していたら雨季が来てしまうカボ!」

 

「位置さえ判るなら時間的な問題は何とかします」

 

「そう、ルディちゃんならそういうことも出来るのかもね。

 カボちゃん、あなたちゃんと場所は覚えてる?」

 

「ちゃ、ちゃんと覚えているカボ!

 この辺とこの辺とこの辺と、えーと、えーと」

 

デネブに煽られたカボちゃんはテーブルに広げた地図に指で大まかな円を描いていく。

カボちゃんの記憶はかなり大雑把だ。

描かれた1つ1つの円の端と端でだいたい半日くらいの差があるだろう。

覚えてはいてもアバウトな感じは否めない。

それを見てデネブが、助け舟を出してくれた。

カボちゃんの示した辺りにある集落を1つ1つあげ、正確な位置を教えてくれたのだ。

どうやら彼女は大森林の中の集落の位置を正確に把握しているらしい。

人に会うと迷惑を掛ける呪い持ちが、平穏に生き抜くための知恵だろう。

とにもかくにも、これなら何とかなりそうだった。

 

デネブとカボちゃんの情報を受けて、次にカボちゃんを含むカボット人形達に頼んで子供たちに着せる服を買い付けさせた。

元手は俺の財布からだが、まぁ良い。はした金だ。

服を着せて、村に近い位置に転移させる。

それで子供達を今日中に村へ帰すことができる。

後は、どうやって聖獣様を村に帰せば良いかについて考えなければならない。

若い獣族はだいたい血気盛んで、聖獣様のことになると考え無しになることも想定される。

次第にその場凌ぎになりつつある作戦。

そんなことを感じつつも、とにかくカボちゃん達が服を買い付け終わるまでに俺とロキシーで計画を立て、暇そうにしていたエリスには順次届けられる50人分の衣服をデネブ商会の隠し倉庫へと運んでもらった。

 

--

 

俺達3人と聖獣は今、森の中にぽっかり空いた円形の空き地に立っていた。

最初からあったわけではなく、魔術を使って用意したものだ。

その証拠に空き地にそれまで生えていた木々が、俺達の後ろ、森に一歩入った場所に積み上がっている。

そんな空き地のほぼ中央、俺の左手にはエリスが居て、右手にはロキシーが立ち、ロキシーと俺の間には聖獣が待ての姿勢で行儀よく座っている。

俺は目を閉じ、闘気によって得られる感覚で来たるべき時を待った。

 

「来るよ」

 

目を開き、身体を向けたのは自分の右手、ロキシーのさらに向こうにある森の中だ。

 

「エリスは左手の警戒を維持してくれ」

 

「わかっているわ」

 

やり取りが終わる頃、空き地に2人の戦士が現れる。

まだいくつか森の中に気配があるが出てくるつもりはないらしい。

 

老戦士ギュスターヴ、戦士長ギュエス。

想定通りの展開に、笑いが込み上げてくるが表情に出すことはしない。

 

「聖獣様を返してもらおう」

 

口を開いたのはギュエスだ。

 

「元よりそのつもりです。

 攫われていた子供達も帰還していると思います」

 

「あれもお主らの手によるものだというのか」

 

ギュスターヴは顎に手を当てて笑う。

 

「父上、応じる必要はありません。

 我々が八方手を尽くして見つけられなかったというのに、なぜ奴等は見つけることができたというのですか?

 怪しいではありませんか」

 

言い終わったギュエスが口元に手を当てる。

だが本来聞こえるはずの大音声の咆哮は起こらなかった。

俺達が平気な顔で立っていることに目を見開くギュエス。

隣のギュスターヴは目を細めて顎に手を当て直しただけで、然程に驚いている様子はなし。

 

結界魔術・防音壁(ノイズバリア)が円柱状の境界を生成、外部からの可聴域の振動波を遮断した結果だ。

その境界面が俺達とギュエスの中間にある。

だから正しくは『俺達に咆哮は聞こえなかった』と言える。

そしてギュエス達には当然それは聞こえたはずなのである。

 

追撃がないところを確認して、結界を解く。

 

「これギュエス。

 誰が手出しせよと言ったか」

 

「しかし……」

 

「お前は短気でいかん。

 そんなことではいつまでたっても族長を任せることができんぞ」

 

「ならば、この者達は何なのです?」

 

「話してみれば良いじゃろう」

 

「ですが……」

 

「ギュエスよ。

 お前が先制の一撃を加えてもあの者達は動揺すら見せておらん。

 目の前の敵がどれほど強大か嗅ぎ分けられるようにならねばならんぞ」

 

ギュスターヴが一息吐き出して、こちらを向いた。

まだ距離は間合いの外だ。

 

「儂らは聖獣様をお迎えにあがった。

 問おう。

 お主らの目的はなんだ」

 

「同じです。

 助けた聖獣様をお返しに来ただけです」

 

ギュスターヴの言葉に俺が応える。

 

「そうじゃったか」

「そんな訳がない」

 

理解を示すギュスターヴと納得しなかったギュエス。

 

「そう言われましても」

 

「聖獣様に首輪を付け、ペットの如く扱う。

 信用できる相手であるわけがない!」

 

ギュエスはそう訴えた。

彼の言い分にも多少の説得力はある。

なら答えは簡単だ。

俺はリードを持っているロキシーに「首輪を外してあげてください」と声を掛けた。

その声にロキシーは困った顔をする。

 

「実は昨日、外そうとして外せなかったのです」

「オゥン」

 

情けない顔をするロキシーとその顔を不思議そうに真横から見る大きな犬。

 

「どれどれ。

 あぁ、こういうのは確か」

 

口にした言葉と共に記憶が蘇る。

つなぎ目があるので昔はそこに土魔術で土を発生させて……そうしたら首輪がパキンと割れた記憶がある。

そうそう。

単語帳の用紙を纏めるための金具がこんな感じだった。

この首輪も鎖も魔道具としてその後には手に入らなかった物だし、使っていた者達は捕縛用の道具だと口走っていた。

闘気を込めた両手で慎重にかみ合わせを外す。

首輪が壊れないように。

手にした首輪とロキシーが持っていた鎖を巻き取って、服を運ぶのに持って来ていた鞄へ納めた。

聖獣は一度、ロキシーを見て「クゥン?」と鳴いた。

ロキシーがよしよしと後頭部を撫で、それから彼女は聖獣に話しかけた。

 

「お迎えが来たのです。

 もう大丈夫ですよ。

 首輪をつけたままにしてしまってすみません」

 

そう謝ると、聖獣は「ワォーーーーーン」と大きく吠えた。

それから聖獣はロキシーのまたぐらに入り、

 

「どこに潜り込んで。こら! もう!

 あぁもう! 何をするんですか!」

 

ロキシーはなんとか聖獣のイタズラを食い止めようとしたが、神聖な獣だという尊敬から抵抗が不十分だった。

聖獣は弱い抵抗を苦にせずに首の後ろで、ロキシーを持ち上げる。

持ち上げられたロキシーはどうやら諦めたらしい。

どうしてよいか判らずといった感じのままギュスターヴの前へ移動してしまった。

そんな彼女の後を俺とエリスは追いかけた。

 

聖獣が近づくとギュスターヴ達は、膝を付いた。

そこへ聖獣が話しかける。

 

「ワン」

 

「よくぞご無事で」

 

「ワン」

 

「確かに。聖獣様がそこらの賊に害される訳もありませんか」

 

ギュスターヴの納得顔を見たのか、ギュエスが

 

「しかし、ならばなぜ?」

 

と問う。

 

「ワン」

 

「子供たちを迎えに行くため……

 なるほど、ではこの者達は? やはり犯人の一味では」

 

「ワンワン」

 

「ウィウェレ?」

 

訝しがりながらギュエスはロキシーに視線を移した。

ギュエスは今『ウィウェレ』と口走った。

だがロキシーも俺達もその言葉を知る由もなく、ただ肩をすくめて首を横に振るしかない。

 

「ワオワン」

 

「父上。

 聖獣様の言うことは私には難しすぎます……」

 

「儂にも判らぬ」

 

「クゥン」

 

聖獣が何と説明したのか判らないが、その説明は不調に終わったらしく、悲し気な声を出す。

 

「聖獣様、ごめんなさい。

 私達は自分で名乗りますね」

 

そう言ってロキシーがまた頭を撫でると、聖獣がお座りをしてロキシーがその背から降り、こちらに並んだ。

 

「私はロキシー」

「エリスよ」

「ルーデウスです」

 

「ドルディア族の族長、ギュスターヴと申す」

「同じく戦士長のギュエスだ」

 

「大森林の長、ドルディア族の族長様と戦士長様にお目にかかれて光栄です。

 此度の件、私達は大森林で不穏な動きありと気付き、事件の真相を探っておりました。

 そして囚われたように見せかけた聖獣様と出会ったというわけです。

 我々は決して悪意を持った輩ではありません。

 聖獣様が聖樹から出られるのは余程のこと。

 獣族の方もさぞご心配しているだろうと思いまして、誘拐された子供たちの帰還を手伝った後に聖獣様をお連れした次第です」

 

「聖獣様、この者の言に偽りはありませんか?」

 

ギュエスが失礼なことを口走る。

俺は慌てて嫌な顔をしたエリスを手で抑えた。

 

「ワォン!」

 

「間違いない、ですか」

 

「当然です」

 

状況を見て、溜息を吐いたのはギュスターヴだった。

 

「事件解決にご協力頂いた上に、度重なる息子の非礼。

 誠に面目ない。

 何かお礼をさせてもらえぬだろうか」

 

「いえ折角ですが、ご辞退させて頂きましょう。

 もうすぐ雨が来て帰れなくなってしまいますからね。

 それに、この騒動のせいで皆さんの雨季に対する準備も遅れているのではありませんか?」

 

「いやはや。

 お恥ずかしいことですが、その通りです。

 しかし……」

 

「あぁ、そうだ。

 実はこの一件、デネブさんの作ったゴーレムの暴走が関わっているのですが」

 

「あの魔女め、遂に本性を現しおったか」

 

「父上が昔、解決したという誘拐事件。

 それを引き起こした魔女ですか?」

 

「そうだ。

 なるほど今回も同じ誘拐事件。

 なんということだ。そのことに早く気付いておれば」

 

「子供ばかりを攫われていたせいでしょう?」

 

「そうではない。ギュエスよ。

 そこを気付かねばならぬということなのだ」

 

こちらの話の途中で勘違いを始めたギュスターヴとギュエス。

その様子から勝手に話が進むのはなんとも危険だ。

あと概ねギュスターヴのこういう話は長い。

 

「お待ちください。

 今回の事件を画策したのはアサシンギルドであって彼女は巻き込まれたに過ぎません」

 

「ふん。

 ゴーレムとやらの暴走の責任はあるだろう」

 

なぜかギュエスが胸を張って主張した。

だが、ここでイライラしてはいけない。

冷静に対処する。アホウナ獣族、相手シテラレナイ。

 

「……なら、先程言われたお礼の話をこうしましょう。

 暗殺者の男達はそちらに引き渡し、デネブさんの身柄は私の方で預かる。

 ついでにデネブさんには大森林からも引っ越してもらいます」

 

「魔女を引き取る?

 お主、その若さで魅了(チャーム)に囚われているのではないか?」

 

「確かに彼女は呪いのせいで無闇に魔術を使ってきますが、魔力が見えていれば術に抵抗できます」

 

「ならば、そんなことを要求して何の得があるというのだ?」

 

「いいじゃない、別に。

 ルディの提案に何か文句でもあるの?」

 

「エリス。ちゃんと説明できるから待って」

 

「そうなの?」

 

「うん」

 

「すみません、ギュスターヴさん。

 僕らはアサシンギルドへこの誘拐を依頼した人物に興味があるのです。

 ですが、こちらで尋問をしても情報は聞き出せませんでした。

 私共には尋問する技術がありません。

 ですから獣族の方に対応してもらえれば安心できます。

 それにデネブさんの研究している魔術や知識も欲しいのです」

 

「『魚を咥えた鳥を狩る』と言う訳か」

 

ギュスターヴは何やら諺めいたものを呟いたが初めて聞くものだったので、俺には良く判らなかった。おそらく一挙両得とかそういう意味だろう。

 

「まだ気になることでも?」

 

「いや、ない」

 

「では交渉成立ということで」

 

--

 

子供達のいなくなった隠し倉庫。

同じ倉庫内に捕縛されていた男達も獣族の村へと移送し終わった。

依頼人の情報が判ればミリスにあるルード商店へ連絡してくれる段取りも付いている。

 

人気のなくなった屋敷の入り口に獣族の子供達の世話をするために残したカボット人形が7体。彼らは俺達を待っていたようだった。

そこに俺とロキシーが合流して、今からやることを相談し始めた。

 

今日、ここにエリスは居ない。

彼女はシャリーアの警邏に戻ってもらうと共にカボット人形達やデネブがおかしなことをしないように見張ってもらっている。

 

さて、そろそろ相談が終わる。

ここに居る7体のカボット人形は、カボちゃんと共に帰って来た2体と元から地下で給仕をしていた5体の混成となっている。

俺はそれぞれに仕事を頼むことにした。

彼らに魔力を補充しながら、前者の2体にはデネブ商会の解散作業を、後者の5体には地下の掃除を頼んだ。

 

文句も無く作業に向うカボット人形達。

創造主でもない俺のお願いをそんなに気安く受けても良いのだろうか。

少し心配になるが、またそれも魔術の応用、可能性を広げる研究には必要だろう。

『ダムゲート・コントロール』を使った従順な人形を創る技術が既にあるとしても、他の研究というのが無駄になるわけではないのだ。

それにデネブには他にも色々な技術がありそうな節がある。

今から調べる物もその1つだ。

 

残った俺とロキシーは1階奥、地下への階段手前にある鉄格子の嵌った部屋へと向かう。

歩いていたときに持ってきた灯りの精霊では判然としない真っ暗な部屋。

さらに灯りの精霊を追加し、部屋全体を照らし出す。

明るくなった部屋の中央、床に描かれた魔法陣が浮かび上がった。

 

魔法陣を注意深く観察する。

まだ魔力の通っていない魔法陣。

床に彫ってあるかもしれないと思ったが、そうではなく、魔法陣を描くための特殊な塗料で直接描かれている。

結界魔術の魔法陣には内容を隠蔽するための塗料が塗られているのがセオリーだが、そうはなっていない。なぜセオリーを外すのか。また疑問点が増えた。

 

描かれた内容を見ていく。

機能部品は判る物ばかりだ。途中で途切れた経路と魔力の入り口と出口の無い魔法陣は俺の知識にある理論では説明できない代物だという事は判る。

これ以上は色々調べたり実験が必要になるだろう。

いや、これ以上の分析や検証をここでするつもりはない。

考えを振り切って俺達は2階へと向かった。

 

先程の部屋の真上の部屋に入ると、俺の記憶の通りにまた別の小さな魔法陣が描かれていた。こちらも隠蔽処理されていない魔法陣。

しかし、こちらの魔法陣の中央には魔力を込める入り口がある。

そこから経路を辿っていく。

行き止まり。

初めて見る出口のない機能部品。

 

辿っていくことが出来なくなったので、仕方なく出口から逆順に追う。

そしてまた行き止まり。

似たような入り口の無い機能部品。

2つの経路でこの魔法陣が出来上がっていることが判る。

過不足はない。

 

駄目だ。目の前の疑問点が行動を誤らせる。

床から目を離し、天井へ。それから部屋の隅に視線を向ける。

壁際の道具棚。4段になったそれにはいくつかの道具箱が綺麗に収まっている。

 

近づいて1つずつ木箱を降ろし、中身を確かめる。

魔力結晶、魔石、薬草、いくつかの魔道具、研究のための道具。

魔物から剥ぎ取った素材も魔術研究のための研究資材だろう。

 

その中で目を引いたのはカンテラ風の魔道具だ。

上部の蓋を開くと、中サイズの魔力結晶が鎮座しているのが見える。

それを取り出さずに蓋を閉めた。

魔力結晶はカンテラと共にもってきた背嚢へと入れ、背嚢を背負い直す。

 

カンテラの入っていた木箱を元に戻す。

最後の木箱には服が入っていた。

何の変哲もない服だな。

あぁ、そうだ。

エリスの特製防刃服あれの完成を俺はまだ見ていない。

 

「どうかしましたか?

 何か気になることでも?」

 

「まぁ大したことではないんですけど」

 

「ええ」

 

「棚にある木箱にこんな服が在ったんです。

 それを見ていたらエリスが作っていた防刃服がどうなったかと思いまして」

 

「え?

 もう完成していますよ」

 

「そうなんですか」

 

「ザントポートに来た初日から装備されていましたけど。

 もしかしてルディ、気付いていなかったのですか?」

 

「そう言えば、護衛に見えるような服装にして欲しいとお願いしたときに妙に自信がある素振りでした」

 

「エリスさんは自信作だと言っていましたからね。

 であるなら、ルディ。

 何か言うべきことがあると、私は思います」

 

「僕も同意見です」

 

「早い方が良いと思いますよ」

 

「おっしゃる通りですね」

 

一難去ってまた一難。

今回は自業自得が正しいだろうか。

良いだろう。次は逃げず、誤魔化さず、対応してみせる。

 

 

 




-11歳と0月
 ザントポートに行く
 ミナスに出会う
 デネブの昔の夢を見る
 カボちゃんを説得する
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