無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第092話_密輸の依頼人

--- トントントン、何の音? おばけの音 ---

 

一刻の後、洞窟を抜けた先に見えたのはやや煤けたレンガ造りの建物。

モヒカンがその入り口をノックする。

 

トントントトン、トントトン。

 

調子の良い音を奏でると、建物の中でガタンと音がして叩いた扉の横にある小窓が開く。俺の視線よりやや高い位置にあるやつだ。

そこから顔がスッと出て、すぐさま中に引っ込んだ。

小窓は開いたままで声だけが聞こえてくる。

 

「どうした。なぜ獣族でもない子供を連れて来た」

 

「こいつらはデネブ様が寄越した仲裁人だ」

 

「何?

 カボンバ、正気か?」

 

「俺は話を聞く価値はあると思って連れて来た」

 

沈黙。

 

「何を言われた?」

 

中の男がそう質問すると、カボンバは先程俺としたやり取りを説明した。

壁越しの話し合いが終わり、それを待っていたかのように扉が開く。

 

扉の向こうに白髪の男が姿を見せる。

だが男は入り口の扉を半分しか開けず、入ってくれるなと言わんばかりに立ち尽くした。

少し待っても扉はそれ以上開かなかった。

見る感じ真面目そうな男だが、眉間に皺を寄せている。

これでは部屋の中に入ることはできない。

 

「カボンバ。

 俺もお前の話を聞いてその話に乗りたいのは山々だが」

 

そこで真面目な男は言い淀む。

 

「カボフラン?」

 

モヒカンが怪訝そうに男の名前を呼ぶと、ようやく扉がゆっくりと外側に開ききった。

そしてカボフランと呼ばれた男の後ろに、ガラの悪そうな男が3人見えた。

気配からするとさらに2人は俺の死角に居るようだ。

あわせて5人。

 

その内の1人。

俺から見てカボフランの右側の男が彼の頬を短剣の刃でペタペタと撫でつける。

カボフランはそれに静かに耐えていた。

身じろぎ1つ無い。

 

そのリアクションの無さに男は舌打ち1つ。

男がこちらを見て、

 

「今更、手を引く話をされても俺達も困るんだよ」

 

と呆れた調子の声を発する。

 

「皆さんは?」

 

「俺達は護衛と監視ってところだな」

 

「雇われ人ですか?」

 

「あぁ」

 

「いくらで雇われているかは分かりませんが、その倍額を払いましょう」

 

「ふん。

 子供が払える額じゃねぇさ」

 

「デネブさんから全権を委任されています」

 

男は部屋の中にいるだろう仲間たちと視線を交わしているようだった。

カボット人形が言っていた通り、金で雇われている者は金で裏切る。

その通りの反応が返って来た。

 

しかし、らしくない声が状況を変えた。

ドスの利いてない、青年の声だ。

死角に居る2人の内の1人。姿は見えない。

 

「依頼を途中で投げ出すのは感心しません。

 それと私共を裏切るなら、その覚悟があなた方にあるということですよね?」

 

そう脅されて、面白く無さそうに剣士は口をすぼめた。

膠着状態。どうやらお互いの意見を言い終わったらしい。

たぶん。

 

「カボフランさん。

 この方達はお仕事仲間でしょうか?」

 

「あ? ああ。

 カボちゃんが連れて来た客だ」

 

となると見えていない青年声の男がその客。目の前に見える3人は客の護衛。

そういう状況と予想できる。もう少し聞いてみるか。

そう思ってカボフランに視線を向ける。

 

「客ですか。

 顧客の依頼だけ続けて獣族へのちょっかいだけ辞めるというのは?」

 

「無理だ。

 獣族の子供55人と聖獣の密輸出が今回の依頼だからな」

 

「あー。

 そーいう」

 

「君、簡単な話ですよ。

 帰ってデネブさんに『話をしたが交渉は不調に終わった』と伝えたら良い」

 

カボフランとの会話に割り込む青年の声。

絶対的な有利を確信した声音。

だが相手にする必要はない。

 

「カボンバさん、カボフランさん、あなた方はどうしたいのですか?」

 

「ヤバそうな仕事だというのはカボも俺達も判っていたことだ。

 この状況ではやるしかないだろう」

 

「やっぱりなしというのも俺達の信用に関わる。

 商売は信用第一だ」

 

「クックック。

 だそうですよ。お帰りを」

 

青年の声は仲裁が不調に終わったことに気を良くしていた。

 

「すまんな坊主」

 

最後にカボンバが俺にそう告げる。

カボット人形を無傷で助けることはできるし、既に捕らえられている子供達が心配だ。

だがここは慎重にやるべきで、客の素性を調べた方が良いだろう。

 

「判りました。

 デネブさんと相談してきますよ」

 

そう言って踵を返そうと半身になったところにナイフ男の声が聞こえて俺は立ち止まった。

 

「なぁ?

 このまま帰すのはまずくねぇか?」

 

「ふむ。そうなんですか?」

 

青年の割と呑気な声にナイフ男が「あぁ、応援を呼ばれちまう」と答えた。

 

「そんな!」

 

カボフランが驚いたようにナイフ男を睨む。

悲痛な声が俺を動かした。

 

「へへっ、兄貴ィ。

 別に役人に届け出ようとか考えていませんぜ、安心してくだせぇ。

 考えてみてくださいよォ。ね?

 もし兄貴が心配してるような考えなら、ここに来るときにはもう連絡しておいて後ろを付けさせていると思いません?」

 

「あーそうかい」

 

俺は(へりくだ)ってみたものの男は問答無用で剣に手をかけ、鞘の鯉口(こいくち)から剣のはばきが外れる音がカチャリと鳴った。

その音に合わせてエリスも動く。彼女はロキシーと入り口の間に割り込んだ。

 

「エリス。

 話した通り、やりすぎないで」

 

「判っているわ」

 

「ロキシーも」

 

それだけ言うとロキシーは黙って頷いた。

頷くのを見ながら俺は既に全身に闘気を纏っていた。

そして、闘気の一部をまるで第三の腕のように使って左の裏ポケットに忍ばせた石板へと伸ばす。

周囲の者、敵も味方も誰もそれに気付いた様子はない。

第三の腕が石板へと魔力を込める。1匹、2匹、3匹。

男達の後ろ、建物の中にフェンリルを召喚。

 

さらにエリスをフォローし、ロキシーを守るための4匹目のフェンリルを召喚する。

その段階になって初めて対面する敵に驚きの表情が浮かぶ。

そして男が小さく(おのの)いた。

 

「聖獣……だと!?」

 

いや、違うけど。

俺の内心のツッコミを余所に、その言葉に釣られた人物が居た。

扉の向こうに隠れていた青年だ。

この辺では見かけない眼鏡を掛けて、深い鉄色のライトメイルに全身を包んだ金髪碧眼。

 

「な?

 馬鹿な!」

 

そう言った後、青年はフェンリルを見て顎が外れるほどの大口を開けた。

暫くみていると、開けた口をゆっくりとパクパクさせてフェンリルを指差したまま固まる。

その姿は劇の1シーンのように緊張感が足りていない。

 

驚きの余り入り口から(まろ)び出た青年と、その態度を見て目の前の召喚獣を聖獣だと誤認した用心棒たち。

後ろから俺の指示で襲い掛かった3匹のフェンリルがその隙をつく。

男達を襲う混乱。

慌ててカボフランが青年を乗り越えて這い出すと、フェンリルの爪と膂力が敵を制圧する。

戦闘が終了した合図のようにエリスが結局一度も抜かなかった剣から手を離す。

 

「カボフランさん。

 何人のお客がいますか?」

 

俺の問いかけに暫くカボフランは応えなかった。

いや応えられなかった。

彼は後ろを向き、自分が立っていた所に倒れる男達が苦しむ姿を眺めていた。

気が済んだのかこちらに向き直ると、彼は言った。

 

「4班だ。

 こいつらは同数の班になるように部隊を分けていた。

 だから5人構成の部隊が残り3つある。

 ただ、今は最終作戦のために2部隊はカボちゃんと一緒に出掛けてる」

 

端的で明瞭な応えは俺の満足いくものだった。

 

「と言うことは今はここに後1部隊残っているわけですね」

 

「地下にいる」

 

「なるほど。

 『応援を呼ばれたら不味い』ですからね。

 制圧しましょう」

 

ナイフ男と同じことを笑いながら言うと、その皮肉にカボンバもカボフランも笑顔をひきつらせていた。

カボット人形を怖がらせるのは本意ではない。

こういうのは好まれない、か。

とにかく残りは15人。

そう考えて建物側のフェンリルの命令条件を変更し、1階と2階の制圧を任せることにする。

3匹のフェンリルたちは俺達が建物に入るまでに奥へと走り去った。

 

建物の中へと入ると倒された5人が呻いていた。

痛がる振り……というわけではない。

とりあえず死にそうもないので治癒魔術はかけずに土枷で動きを封じる。

さらに逃げにくいように入り口や玄関周辺の窓も全て土壁で固める。

敵に魔術師が居るとか闘気を操れる剣士が居る場合、土枷も土壁も簡単に破壊できてしまうが、念のためだ。

 

作業の間、エリスは周囲を警戒しながら罠を探索していた。

一方のロキシーは建物についてカボット人形の2人に話をしている。

2人共それぞれに気になることがあるらしい。

 

俺が作業を終えると、先に戻って来たエリスが「罠は無さそうね」と言いに来た。

遅れてロキシーも戻って来ると、建物本来の役目は研究資材の置き場で、今は密輸品倉庫として使っているということを話した。

デネブはこの辺りの地下水脈を調査、計算し、流れを変えて水害が起きないようにした。

とても真似できないが、彼女はそういう能力の持ち主らしい。

 

玄関口でのやり取りが落ち着く頃に3匹のフェンリルが戻ってくる。

俺の前にお座りの姿勢で待機した彼らの姿を見て、どうやら地上には他に敵が居なかったのだと判る。

成果はなくとも労いとして彼らの頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振るのが見えた。

 

「カボフランさんの言葉通り、地上に敵は居ないようですから、地下のお客に対処しようと思います。

 ちなみにお客と捕虜以外には誰かいますか?」

 

「俺たちの仲間でカボラーニャ、カボビッチ、カボレーゼ、カボッタ、カボンボという食事係がいる」

 

「食事係が5人。それだけですか?」

 

「仲間は他にも居るが、カボと一緒に行動しているからここには居ない」

 

「そうですか」

 

その後、地下の護衛も無力化した俺達は怪我が酷い子に治癒魔術を掛けて回った。

その間にカボちゃんは戻って来なかった。

 

--

 

その後、カボンバとカボフランの2人に入り口の見張りを頼み、俺達は拘束した者達を1人ずつ尋問した。

冒険者崩れのゴロツキ達はライトメイルの男達に雇われたと言った。

雇われだからだと思うが、抵抗らしい抵抗を見せずに素直に吐いた。

8人は、ミリスの冒険者区にある酒場で雇われた者とザントポートで雇われた者の混成だった。

俺の第一印象ではこいつらの言葉は本当の事という感触だ。

 

それからライトメイルの男達2人を尋問した。

2人は装備からしてどこぞの騎士団所属の騎士だと窺えるし、身だしなみも整っている。

その格好が偽装かどうかは分からないが、身だしなみを気にするのはゴロツキらしくはない。

 

問題はどこの騎士団に所属しているのかということだろう。

そしてなぜ聖獣を誘拐しようとするのか?

そのメリットは何か?

 

聞き出すべく始まった尋問に彼らはダンマリを決め込んだ。

それも彼らが雇われのゴロツキとは違う意図の下で動いている事を示しているが、このままでは埒が明かない。

 

尋問の後。

 

「口を開きませんね」

 

「身体に聞いてみれば良いんじゃない?」

 

「例えば目の前で1人殺してみて『次はお前だぞ』とか脅してみるという意味ですか?」

 

「なかなかいいわね、それ」

 

「素人だったら通用するとは思いますが、訓練された兵士には無駄でしょう」

 

「ならどうするのよ」

 

「別に何もしなくて良いと思いますよ。

 ゴロツキのときにも思ったのですが、もし口を割ったとしても全面的に信用することは出来ません。

 身を固めているときではなく、心が緩んでいる時に攻める必要があるでしょう」

 

ロキシーとエリスの会話に、

 

「カボちゃん達が来るまでに考えなければなりませんね」

 

俺はそう付け加えた。

 

--

 

真夜中。

トントントトン、トントトン、トトトン、トトトン、トントトトン。

 

俺達の時とは異なる調子の音が響く。

それを聞いたカボフランが部屋の隅に居た俺に視線を送った後、深く頷いた。

俺は来たときには持っていなかった真新しい石板を懐から取り出し、それに魔力を込め、制御する。

指向錯誤(ダミースクリーン)が発動し、前面の景色が変化する。

絵の具の付いた筆を洗ったバケツの中のような景色。光を屈折させて、俺達が入り口方向からは見えないようになった影響だ。

そして魔術の範囲外にある小さな手鏡を経由して入り口が見えることを確かめた。

 

トントントトン、トントトン、トトトン、トトトン、トントトトン。

 

同じ調子がもう一度。

そして何かを相談するくぐもった声が外から漏れ聞こえる。

耳をそばだてながら俺は急いでフェンリルを枕に仮眠していた同伴者を起こし、ついで新たな命令をフェンリル達に下す。

4頭のフェンリルの内の2頭がロキシーとエリスの枕になっていた。そして残りの2頭は森の中だ。

 

「おい、どうした? 開けろ!」

 

怒声が響く。

そして間もなく。

反応が無いと見るや土魔術で補強したはずの玄関扉が真っ二つになって倒れると、わらわらと男達が玄関ロビーに駆け込んでくる。

そして、居るはずの入り口待機班の姿が無いと知って声を上げた。

 

「マトグロッソ! どこだ?」

 

抜き身の剣を構えたまま入ってくる男。

彼が口走ったマトグロッソと言うのは先程、カボフランにナイフをちらつかせていた男の名前だ。

マトグロッソは玄関警備班の内、雇われ側の班長なので最初に名前を呼ばれるのは自然といえる。

だが、この作戦より前から同じゴロツキ仲間だったという可能性もある。

 

それから遅れて犬を連れたデネブとライトメイルの男女がロビーに入ってくる。

どうみてもデネブ……だが、これはカボット人形のカボちゃんだ。

カボンバから事前に言われていなければ俺も勘違いしただろう。

 

「皆さん落ち着きましょう」

 

ライトメイルを着込んだ金髪の女が良く通る澄んだ声をあげると、浮足立ったゴロツキ達が彼女を見遣った。

俺も少し冷静になる。

 

「入り口の警備班が全員居ないのなら、明らかに何かがあったと考えるべきだ。

 声を荒げるのは敵に利する。

 落ち着いて対応するべきだ」

 

そこに、もう1人のライトメイルの男が断定的な補足をした。

彼は、この場で待っているかも判らないはずの敵の存在を示している。

 

「敵がまだ居るというのか?」

 

扉を両断した男が再度、質問する。

 

「敵の目的による」

 

「敵がまだ目的を達成していなければ、まだ居る可能性があるということか」

 

金髪の女の言葉は説明というには少し足りていないが、今度はゴロツキ達も正解を得たようでライトメイルの男は黙ったままだった。

 

「もしまだ敵が潜んでいるなら、コイツが目的ということになるってことだな」と言ったのは今まで話していたゴロツキではない。

頭に青いスカーフを巻いた痩せぎすの男だ。彼が示した先に白と黒の犬が居た。

デネブの見た目をしたカボちゃんの手から延びる鎖で囚われた犬。

視線が集まったことで犬がワゥン?と相槌を打つ。

 

「聖獣様を狙っているなら獣族の戦士カボ」

 

……カボ。こいつだけ語尾がカボか。

他のゴーレムは普通に話すのに。

って、それよりも俺の知っているレオは真っ白い子犬だった。目の前の黒いブチがある成犬は聖獣……なのか?

そんな風に考えている間にも会話は進む。

 

「しかし、余計に判らねぇな」

 

抜き身で構えた剣の切っ先を下げたゴロツキが納得のいかない顔で呟く。

 

「何がカボ?」

 

「聖獣が大事なら聖獣の警備を強化すべきだったわけだ。

 んだが、こちらの思惑(おもわく)に沿って獣族が誘拐された子供たちを捜索・救出するために、人員を回したのを俺達は知っている。

 聖獣を攫うことが出来たのもその結果だ。

 んで捜索救出部隊がここを襲い、マトグロッソ達を倒し、子供たちを連れ帰ったってなら判る。

 でも聖獣目的ってのはおかしいだろ?」

 

「可能性はゼロじゃないカボ」

 

「いや、ありえねぇ。

 俺達はそもそも聖獣を攫って真っ直ぐ帰って来た。

 獣族の足がいくら速くても先回りするのは不可能のはず。

 この状況で聖獣も救出しようとするために待ち伏せをしているなんておかしいだろ」

 

「確かに理屈に合わないカボ」

 

「聖獣目的ではなく、すれ違いに誰かが攫われて来る可能性を考慮した待ち伏せがあるかもしれないぞ」

 

ライトメイルの男が別の理由を付けて待ち伏せの可能性を示した。

 

「なら本命の聖獣は手元にあるんだ。

 早くここを出た方がいいぜ」

 

青いスカーフの男の提案に誘拐グループの一団は異論がなかった。

そして彼らが外に出ようと向きを変え、その場で足を止めるのが見える。

視線は部屋の隅……ではなく、破壊した扉の外。

 

「白い毛並みの大きな犬……

 あっちが本当の聖獣か」

 

ライトメイルの男が腰のモーニングスターに手を掛ける。

 

「えぇ?

 ならこっちのヤツは偽物?

 獣族が誘拐を許したのが簡単過ぎると思ったんだ。

 くそあいつらに一杯食わされた」

 

「いや、盗まれても良いというなら助けに来るのは不可思議だ」

 

青スカーフと金髪女がそれに追随する。

 

「『本当の』と言うよりは仲間を助けに現れたということか」

 

「そっちの方が信憑性がある」

 

「しかし聖獣が同時に何匹も居るなんて聞いたことねぇぞ」

 

剣の男、金髪、青スカーフが言い合う。

 

「来るぞ!」

 

「畜生、ヤる気かよ」

 

「捕縛アイテムは在庫切れだ」

 

「生け捕りの必要はないってことだな!」

 

駆け出して行った者達。

そして2人の強者だけがその場に残った。

ライトメイルにモーニングスターを構えた男と剣を抜き身で携えた男だ。

 

「嫌な予感だけはしてたんだ」

 

「こんな子供の霊とはな」

 

言葉と共に剣の切っ先が上がる剣士と棘付の鉄球を向ける鎧男。

 

「生きてますけどね」

 

「彷徨える者は皆、同じことを言う」

 

ガァン。言葉が終わるのと同時に盛大な音がして鉄球が床を破壊する。

男の攻撃が空を切ったのに合わせて、剣士が飛び込み、男は一旦、間合いを外す。

俺はさらに剣をひらりと躱す。

攻撃は見えている。

 

剣士の方は闘気を聖級、もしくは聖級に近い上級のように扱ってくる。

僅かに雑味の残る闘気の操作は、足、膝、腕を強化している。

その剣を2度、3度と振るい、そして隙が出来る。

その隙は床を陥没させる威力を持った棍棒が埋め、同じ連携をせずに下がる。

 

「何てヤツだ」

「当たる気がしない」

 

呼吸を整えながらの会話が聞こえる。

 

「なぜ聖獣を狙うのですか?」

 

「金になるからな」

 

さもありなん。剣士は雇われだ。

 

「貴方も?」

 

「……」

 

ライトメイルの男は何も話さない。

同じ装備の者達と同じ対応だ。

 

「何者だ?」

 

「その質問に答えたなら貴方の素性を教えてくれますか?

 もし嘘や誤魔化しで約束を違えるようなら手加減は止めにします」

 

男は結局、別の事を言った。

 

「外はどうなっている」

 

「お嬢がギリギリで立ち回っているようだな」

 

「ここで踏ん張っても僕は逃がしませんよ」

 

その言葉ではない別の力が2人の足を地面に縫い付ける。

別に魔術ではない。

纏う闘気の量を薄皮一枚から親指の長さ程に分厚くしただけだ。

そして鞘を持った左手を胸の前にだして剣を抜く。

その所作が終わる頃。

1人は膝を崩して、もう1人は頭から受け身も取れずに倒れ伏した。

防御もできずに戦闘不能になった2人を見下ろす。

 

「ふぅ」

 

漏らした溜息1つで骨折り損な気持ちを振り切り、拘束作業を施す。

こいつらは面倒な手順を踏んでもたいした情報を漏らさなかった。

続いて命令を変更したフェンリル2頭が指向錯誤の中から忽然と飛び出し、俺の横を通り過ぎて入り口から外へと駆けていく。

同じようにロキシーとエリスも現れ、遅れてカボンバとカボフランも抜け出してきた。

ロキシーの手には俺が外を覗くために置いた手鏡もある。

 

「あんたが6人に見えた」

 

カボンバからは俺の攻撃動作だけが見えたらしい。

驚いた顔で俺を見つめている。

俺は剣を抜いたと同時に闘気を使って一気に右へ跳び、そこへ6分身攻撃(パラレル・アタック)を仕掛けただけだ。

相手は俺の動きを察知することすらできず無防備に攻撃を受けた。

それが手品のタネだ。

 

「もしかして七大列強か?」

 

カボフランが訊ねたので

 

「違います。

 彼らはもっと無茶苦茶な存在ですから」

 

と俺は応えた。

 

「そ、そうなのか」

 

「ええ」

 

そんなやり取りが済むとフェンリル達の方も終わった気配を感じる。

 

「さて行きましょう」

 

その言葉を残して俺は外に出た。

 

ゴロツキ達は気絶しているか痛みにもがく様子で、立っているものは1人もいなかった。

金髪の女も膝を付き、戦闘の構えを解いている。

その隣に立ち尽くすカボちゃんと鎖で縛られたブチの聖獣。

取り囲んだ4頭のフェンリル。

 

「カボ、もう止めよう」

 

この状況で最初に声を掛けたのはカボフランだ。

 

「カボフラン、どういうことカボ?」

 

「彼らはデネブ様の使いだ」

 

「デネブ様……。

 正当な対価を要求しただけなのに、こんな結末は不条理カボ。

 ここまでの努力も挑戦も何も意味がなかったというのカボ」

 

「カボちゃんさん。

 僕らはデネブさんから全権を委任されています。

 正当かどうかはともかく、僕が対価を払ってくれるように交渉しましょう。

 ですから聖獣様を返してください。

 ここで止めるならまだ最悪の事態は避けられるでしょう」

 

「騙されるな」

 

金髪の女の苦し紛れの声はそれでも美しい声音で耳朶を打つ。

 

「そいつらを信じるな。

 お前を騙そうとしている。

 お前の仲間も既に騙されている」

 

「デネブさんは研究がしたいだけのようですから、きっと商売自体はカボちゃんに任せてくれますよ。

 研究費に必要な分を稼いでくれるなら余った分は労働対価として支払ってくれます」

 

「妄言だ。

 都合の良いことを言ってお前を騙そうと……」

 

金髪の女はそう言いかけて剣を手放し、前のめりに倒れた。

 

「騙す騙さない、信じる信じない。

 そう言うことを口にするヤツがどんなヤツらかを考えるべきかもしれません。

 それに結局は自分で決めるしかありませんよ」

 

俺はデネブの顔で困っているカボちゃんにそう告げた。

 

「商売は信用が大事カボ。

 それに彼らを裏切ったら必ず報復があるカボ」

 

「彼らがどんな組織か、どれくらい厄介な相手かご存知ですか?」

 

「当然カボ。

 状況が最悪で選択肢が無くとも素性の判らない相手と商売することは出来ないカボ」

 

「それならば、その情報を買いましょう」

 

「いくらカボ?」

 

「そうですね。

 あなた方の命を出来得る限り守りましょう」

 

「なんだか曖昧な条件カボ」

 

「相手がどれほど手強いか判らないので絶対とは言い切れないだけです。

 最大限努力しますよ。

 それに」

 

「それに?」

 

「カボちゃんさんが納得しようとしまいとですけど、我々は獣族の所へ聖獣を返します。

 この状況。

 誰が手伝っていたか、その辺りを誰がどう考えるかです。

 そこに倒れている客の背後にいる組織、獣族、デネブさん。

 これからも商売を続けていくなら三方に怯えずに済む場所を探さなければいけません」

 

「どこか当てがあるカボ?」

 

「まぁデネブさんとの関係修復は私が取り持つとして。

 獣族の手の届かない場所として中央大陸か魔大陸かベガリット大陸をご紹介しましょう。

 どちらかがこの客たちの手の届かない場所であれば良いのですけどね」

 

「カーボ、カボカボカボカボ」

 

カボちゃんがカボカボと唸りだした。

どうやら悩んでいるらしい。

悩んでいるのは、俺達に情報を渡すべきかどうかというところだろう。

暫く待ってみたものの、中々結論を出せないカボちゃんを余所に、俺はフェンリルに命令してゴロツキと剣士たちを屋内に運び込ませ、拘束作業を行った。

それでもまだカボちゃんは悩んでいた。

 

--

 

数刻の間、カボちゃんは脳内議論をし、それからカボットやカボフランと議論を繰り返していた。

監視網も静かだし、緊急信号も来ていないが、黙って抜け出してきたので朝までには帰りたい。

そのためには何をしなければいけないだろうか。

カボちゃんが事情を教えてくれるかどうかはともかく、本物のデネブはこちらで身柄を確保しよう。

それから聖獣をドルディアに返す。

寝ている者を叩き起こしたり、大森林中を捜索している人物と話をしたり、もうあまり時間がない気もする。

そんな思考も眠さのためにやや鈍い。

エリスの欠伸も間隔が次第に短く、ロキシーのジト眼はほぼ閉じている。

俺も少し目を覚まさせるべく、目の前の白湯を口に含んだ。

 

今、俺達は玄関傍にあった監視班用のテーブルセットに座って時間を持て余し中だ。

あまり急かしたくはないが時間の都合もあるわけで、と思ったところへ鎖を握ったカボちゃんが歩いてきた。

一緒についてきた聖獣は大人しくしているが、ロキシーに近づくとスンスンと鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。

ついで聖獣はエリスの匂いも嗅ぐ。どちらの匂いも俺のお気に入りだ。

どちらをとってもお鼻が……もといお目が高いですね、と頭を撫でてやりたい。

 

「西バッハトマ帝国。

 それが彼らの所属する組織カボ」

 

カボちゃんが口にしたのは聞いたことのない国の名前だった。

眠気と闘っていたロキシーに目を配ると彼女は優しく首を振り、

 

「初めて耳にする国です。

 ミリス大陸内で新しい国が興ったとは思えませんが」

 

と説明してから大きく伸びをした。

帝国兵士の特徴がミリス大陸ないし中央大陸の人族の特徴に一致することは判っている。

ロキシーがミリスの名前を出したのはその前提があるからだろう。

だが、ロキシーが言うように大森林以南のミリス神聖国が支配する地域は、宗教的にも勢力的にも新しい国の進出を許さない。

勢力だけで言ってアスラ王国と王竜王国も他の国の進出を許さない。

 

「帝国は中央大陸の紛争地帯北部で興った国カボ」

 

俺の頭が整理されるタイミングでカボちゃんはロキシーの疑問に応えた。

紛争地帯。

あまり詳しくはない土地だ。

アスラ王国が裏で糸を引いているせいで、シーローンと戦争をする国があることくらいにしか記憶にない。

 

「待ってください。

 私はシーローンで1年前まで軍事顧問をしていましたが、そのような国の話は聞いたことがありません」

 

「1年前までカボね?」

 

「そうです」

 

そんな風に思い出している横でロキシーとカボちゃんの会話は進む。

 

「帝国は出来て半年の新興国、知らないのは当たり前カボ。

 紛争地帯の北の外れ、小国すらない痩せた土地、トマ。

 そこに現れたとある魔術師が地域を平定し、隣国のバッハ王国の西側一部を吸収して帝国樹立を宣言したのが半年前カボ」

 

「……本当に最近のことですね」

 

「国家元首、魔術師ボスヤスフォート。

 暗殺ギルドや元七大列強を抱き込み、騎士団として再編成した男カボ」

 

ボスヤスフォート。

また新たな固有名詞。

頭のメモ帳に記入する。

 

「それで、興って間もない小国が大森林でなぜ聖獣誘拐作戦をしているのですか?」

 

「カボカボ。

 騎士団に再編したといって元暗殺ギルドの抱えていたお得意様を急には無下には出来ないカボ。

 だから帝国は国外戦力の維持と資金作りの両方をしながら暗殺稼業を続けさせているカボ。

 ついでに言えば、帝国は小国ではないカボ」

 

「そうなのか」

 

「そうカボ。

 紛争地帯のおよそ8割を吸収した大国カボ」

 

8割……王竜王国に次ぐ巨大国家か?

 

「支配領域の話はともかく、結局のところ暗殺ギルドに依頼したのが誰かは分からず終いか」

 

「暗殺ギルドの依頼者について嗅ぎまわるのはちょっと危険すぎるカボ」

 

カボの言うことももっともかもしれない。

暗殺ギルドが関わっている時点で既に十分に危険な案件だ。

ただカボット人形たちの窮状は、それを知ってでも依頼を引き受ける程に逼迫していたということでもある。

 

カボちゃんが握っている情報はだいたい理解した。

後は事の始末をつけてから考えるとしよう。

 

「さて」

 

「事情は全て話したカボ」

 

「ええ、そのようですね」

 

「守ってくれるカボ?」

 

「安心してください。

 なんとかなるでしょう」

 

「すごい自信カボ!

 さすがはデネブ様の全権代理人カボ!」

 

「まずはデネブさんのところに戻りましょう」

 

「判ったカボ」

 

流石に50人の子供たちと捕まえた誘拐犯を連れて大移動するのは難しいので給仕係およびカボちゃんに同行していたカボット人形2体は共に屋敷に残した。

誘拐犯は厳重に拘束具を付けてあるが、誘拐犯と同じ建物の狭い部屋に小さな子供を閉じ込めておくことに後ろめたい気がしないわけではない。自分の子供ならと置き換えて、気分が良いわけではない。

だが妙案も思いつかない。

うだうだ考えるのは監禁を長引かせるだけとも感じる。

精神的にもよろしくない。

さっさと終わらせて、さっさと帰らせよう。

それが誰のためにもハッピーのはずだ。

 

 

 




-11歳と0月
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