無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第068話_ようやく始まる冒険

---いよいよ、キャスティング完了!---

 

俺とロキシーが北神二世との手合わせを終えてブエナ村の自宅まで帰還し、玄関をくぐる。急なイベントのせいで家族揃っての夕餉には間に合わなかった。

 

「ただいま」

「ただいま戻りました」

 

「おにぃちゃん、ロキシーさんおかえり」

「おかえりなさい」

 

対応に出たのはアイシャとノルンだった。

 

「父さまたちは?」

 

「2階にいるよ」

 

「そう、ありがとう」

 

俺が聞くとアイシャが答えた。子供2人から目を離して親だけで2階にいるとは少し珍しい。北神二世に関連する何かがやはりあったのか? 嫌な思いに囚われながら俺達は2階へと上がり、両親の部屋をノックした。

 

「あら、おかえりなさい。ルディ」

「ただいまです」

 

扉を開けてくれたリーリャに促され、部屋へと入る。部屋の空気は少し暗かった。理由は簡単だ。ゼニスが泣いているからだ。

 

「ただいま戻りました。父さま、母さま。留守中に何かあったようですね」

 

「ああ、それが」

 

そこからパウロの説明があったけれども、今はその話は後回しにしよう。

その日の夜、俺はパウロの話を整理した。北神の捨て台詞から嗅ぎ取った予感が現実のものとなっていて、何者かがブエナ村を襲撃し、それをパウロとシルフィが対処した。そしてパウロは大けがをして丸2日の昏睡状態であったと言う。

俺はギースが飲み会に来たときの失敗を反省して、東の森に村の守護魔獣を置き、そいつの強さに満足してブエナ村を離れる判断を下した。この守護魔獣ならパウロやギレーヌに気付かれずにブエナ村を守護することができるはずだったし、俺がブエナ村を離れる前、現にパウロは守護魔獣が森に居ることに気付いていなかった。だが北神二世を相手にするなんてのは想像の埒外だ。

クソッ……一体何なんだ。何が起こっているんだ? 否、起ころうとしているのか? 駄目だ。『オレサマヲナメクサリヤガッテエエエ……』なんていうのは負けフラグだ。腹を立てて何かが上手くいくはずもない。冷静に対処する。静かな怒りこそ今必要なものだ。そう魔法剣士の戦い方と同じだ。自分の命が惜しいなら、家族の命が大切なら、あらゆる分岐に対処する。考えよう。

前世の俺はこの時期は魔大陸で活動していてブエナ村周辺の事情は知らない。当時、この辺りを北神二世がうろついていた可能性はゼロじゃない。俺の知る前世でも彼はアリエルの元に行く前に、組織とやらに参加していたのだろうか? オルステッドは大量の事象を把握し、本にしたためて管理していたから聞いてみれば何かわかるかもしれない。ただ北神二世の言葉はそのような偶然が為した話をしていない。俺という存在に惹かれて動く組織を示唆していた。

このような事が起こる理由は何か。一言で言えば、俺の運命力の強い行動が、本来なら変わるはずが無い強い運命によって定められた歴史を変えてしまった結果だということだ。問題は影響度、つまり変化する歴史の範囲だ。バタフライエフェクト ―実は俺が今日の夕飯の豆スープを残すか残さないか― によってヒトガミに勝てるかどうかが決まる、というのは否定することが難しい。だが、そのように僅かな行動で何もかもが変ってしまうというなら、前世でヒトガミやオルステッドが俺を使って未来を変えようとする行為もまた難しくなる。難しいだけで神クラスの存在ならそれが出来ると片付けても良いが、むしろバタフライエフェクトは存在しようとも、元々の『強い運命』によって定められた歴史が変わるのは直接的に介入をしたときに限られる、と考える方が納得がいく。

であるとして、俺の(おこな)ったどの事象改変が俺の知る歴史から運命を変えているのか。何度も同じイベントを微妙に条件を変えて体験しているからこそ、オルステッドはそれを判断できる。そして未来視によってヒトガミはそれを判断できている。そういう能力のない俺はそれを判断できない。

それでも考えずにはいられない。俺が介入したことで大きく結果が変化したのは『転移事件の被害』と『ダリウスの進退』だろう。そこから何かヒントだけでも手に入れなければいけない。

まずは『転移事件の被害』について考えよう。介入によって俺の知っている未来より多くの人が助かったのは事実だし、家族はバラバラにならなかった。だがそれでは大雑把すぎる。詳しく見ると現世でだけ生き残った者が多くいて、少数ながら前世でだけ生き残った者がいるかもしれない。生き残った者/死んでしまった者にもきっと各々に運命力がある。その中に強い運命力を持つ者がいたり、ヒトガミの使徒になるべき者がいれば、今後の未来は俺の介入したかどうかに関わらず、予測出来ないモノになるだろう。

また両方で生き残ったとしても、介入による事象改変により前世で出会った人物と出会わないという場合もある。例えばシェラ、ヴェラとパウロは今の所は出会っていないし、前世の出会いの理由を考えれば今後も出会うことは無いように思える。俺には判らないけれども、その出会いが『強い運命』に守られていて、俺の介入より強ければきっと今後出会うことになるだろう。

さらにイベントの結果を大きく変えたことは、刻の流れに岩を置いて自然な流れとは異なる流れを生み出し、その先の流れを変化させたことと同じだ。流れの変化が小さければ流れた先で直ぐに岩によって分かれた流れが合流する。もし流れの変化が大きければ、分かれた流れが合流するのに時間がかかる。つまり刻の流れた跡は大きく変わるので、前世で強い運命に守られたイベントがそもそも発生しなかったり、前世では発生しなかった強い運命で守られたイベントが発生する可能性もある。

そこまで理解して、俺は俺の知らない未来を受け入れると決意し、未知の事象のせいで家族に危機が迫らないように守護魔獣を召喚して、その危機に備えた。アリエルを助けるためのシャドウ丸が上手くいっていたようなので油断していたのかもしれない。守護魔獣召喚スクロールに本来は危険とされるラインまで魔力量を注ぎ込み、家族を絶対に守るという強い意志をもって魔獣を呼び出した。俺は召喚した魔獣にアルマンフィや聖獣と劣らない強さを感じたが、運命力が強いかどうかという点については判らなかった。そこが甘かったということなのだろうか。もしそうであるなら別の方法で運命力の強い者や魔獣を用意しなければならない。俺の周りに北神二世クラスが現れるのなら、それを跳ね除ける運命力が要る。だが俺にはそれが判らないのでオルステッドの助力を得る必要があるだろう。この事態がオルステッドの経験した内容なら対処法が判るし、そうでなければ北神二世クラスを跳ね除けるレベルの運命力を持った存在を教えてもらい、それを用意する。

『ダリウスの進退』についても考えてみよう。アリエル王位継承イベントとの関連についてはオルステッドに確認し、保証はできないと言われた上で、それを確かめるためにもやってみようと考えた。『ダリウスの進退』の変化と『俺の家族』の2つの関連性は離れすぎていると考えていた。もし影響があるならバタフライエフェクトの結果だと判断しようとしていた。

だが、どうだ。北神二世の動いた要因となる今回の行動が、ダリウス失脚にまつわる茶番を行ったことだとするならば、2つの事象が俺という存在自体を橋渡しとして関連性を強めたのか? そうともとれる。でもしっくりはこない。しっくりしなかった理由は、ジェイムズが心配して呟いた言葉が俺の頭の中で引っかかっているせいだ。彼は呟いた「表舞台に出てしまった」と、北神二世も俺に告げた「世に出てしまった」と。それらが示すことは、俺の行なったダリウスを失脚させる選択が2つの関連性を強めたわけではなく、俺が歴史の表舞台へ登場し、力を示したことによって俺への認識・評価に大きな変化が生じたことに因り、俺の関わるモノ全てと俺との関係性を見直しさせるトリガーになったということだ。とするならば、新しい歴史介入に関する理論は次のようになる。

 

"運命力が強い者Aを使って本来変わることのない運命に介入する場合、その介入方法は何でも良いというわけではない。ここで注意するべき点は介入者Aがその行為によってどのように認識・評価されるかという点だ。その点が大きく変化する場合、介入者Aの変化と見なし、介入者Aの他の関連事象に対する本来変わることのない歴史に変化が起きる可能性がある"

 

これには納得行かない部分もある。俺は前世において公開の場でアリエル王女の王位継承イベントに関わった。それによって俺の家族の歴史が変っただろうか……少なくとも危険に晒されることは無かった。いや、ギースが関わったときにはシャリーアに鬼神が現れた。あのとき鬼神が血も涙もない性格ならば、果たしてレオで彼を撃退できただろうか。今回の麒麟と同じようにそれは叶わなかった可能性もある。それがなぜ都合よく行ったのか。オルステッドの作戦が用意周到であるからではないと思う。彼は失敗しても次のループでそれを修正すれば良いという考え方なのだ。であるならば、鬼神のときは運が良かっただけであり、今回の北神二世は運が悪かった。俺の手の届く範囲ではそう考えるしかないのか。

一方で納得の行く部分もある。今回の件で言えば、ゼピュロス家や魔術ギルド、その長たるギゾルフィ、宮廷魔術師であるユーリアは俺が演じた茶番に巻き込まれ、もしかしたら彼らの持つ本来は辿るはずの運命をも変えてしまっているかもしれない。

考えることが複雑になりすぎる。運命を切り開くために行動したいのに、その行動にはデメリットが伴い俺を縛ろうとする。頼りすぎかもしれないがロキシーに相談しよう。それで不足ならオルステッドを強制的に呼び出す。オルステッドは俺の相談相手ではないとしても、見返りに駒として動けば許してはくれるだろう。

 

--

 

話は俺が不在の間に起こったことを聞いた後に戻る。

 

「すみません、父さま。父さまはそれなりにやりますし、シルフィも居て、僕の方でもブエナ村に護衛を付けておいたのでこんな事態になるとは思っていませんでした。相手の強さを見誤ったようです」

 

パウロは何も言わなかった。それは判る。何をパウロが言おうとも結局は彼自身の力不足と言われればそれだけだからだろう。一方で、不満をぶつけてきたのはゼニスだった。

 

「ねぇルディ、説明してちょうだい。あの人たちは何なの?」

 

「その前にここ1か月、どこに行っていたかを説明したいと思います」

 

俺はゼニスの疑問を解消するために自分のしでかしたことを語り、それからゼニスの質問に答えることにした。

 

「それで母さまの質問に対する答えですが、ここを襲った者が何者なのか僕にも見当はついていません。ここを襲った中に鉤爪の男はいましたか?」

 

先程のパウロの説明ではそうではない。だが一応の確認は必要だ。

 

「いや、どこぞの軍隊の部隊の1つだろう。さっきも説明したと思うが剣と十字弓を使う男たちだった。隊長は変わった訛りのある男でレイブン・バダラクエコーという名前だ。シルフィが言うには口調も創っていたそうだから、名前も偽名である可能性が高い」

 

「……では僕が見た者とは違う者のようですね。こちらで見たのはシャンドルという純白の鎧を着た北神流の男とその男の5人の弟子たちです」

 

「強かったのか?」

 

「恐ろしく強い相手でした。ロキシーと2人掛かりで追い返すのが精一杯なほどに」

 

「そうか。村を襲撃してきたやつらは俺たち家族にアスラ王国から離れろと警告してきた。あいつらの戦力があればブエナ村ごと皆殺しにできるのに態々(わざわざ)面倒な手順を踏んだのは、博士と勇者にそうしろと言われたからともな」

 

「『勇者』と言うのはもしかしたら僕が闘った相手かもしれません。というか、あれよりも強くて発言権を持った『勇者』が存在していると考えたくないというのもあります」

 

『勇者』……『英雄』ならもっとしっくりくるのだが。

 

「それだけの余力を持った組織だとすると、あまり楽観はできねぇ事態だ。家族もそうだが、この村の騎士としてこの村に危険を持ち込みたくない。それでお前の意見も聞きたい。お前はどう考えている?」

 

「彼らに従ってアスラ王国を離れると、罠が待っているという可能性は否定できません。ですが父さまの見立て通り、皆殺しをちらつかせるだけで相手を逃がそうとしているならば、アスラ王国を離れるのはそこまで危険がないとも思えます。国外に引っ越すなら、僕はラノア王国が良いと思います」

 

「ラノア王国を勧める理由はあるのか?」

 

「敵の剣術は北神流でしたから、北神流の本家がある王竜王国やその先にあるミリス神聖国に向う旅は危険です。また、妹たちが勉強するなら1番良いのがラノア魔法大学だと思います」

 

「別にどこにだって学校はあると思うが」

 

「僕が見るにアイシャは才能が有りすぎて小さな学校では受け入れられません。それにノルンは比べられてしまったときに小さな学校では居場所がなくなり、辛くなるとも思います。そう言った時に色々な学科があって規模の大きい魔法大学なら都合が良いでしょう」

 

「私の母校ですから顔が利くと思います」

 

ロキシーも口添えしてくれた。

 

「そうか。ゼニスの実家もあるし、ミリシオンに行こうかと思っていたんだがな」

 

「あそこは妻を2人持つ家族が楽しく暮らせる場所ではないと聞きます」

 

「家出してもう10年以上……いきなり押しかけて助けを求めるのも難しいと思うわ」

 

パウロの意見には俺がとやかく言わなくても、リーリャとゼニスが反対した。

 

「なら決まりだな。ラノア王国に行くか」

 

「騎士は廃業ということですね」

 

「ああ。どちらにせよ、この腕ではな。フィリップには迷惑をかけるが代わりを用意してもらう。それとな、今回のことあまり気にするな。お前が何かをしてその影響が家族にあったとしても、俺が何とかするつもりだった。そのための鍛錬をしていたし、シルフィも居た。だが事態は予想を超えていた。つまり……」

 

パウロは1度、溜息のようなものをついて残った左手で頭を掻いた。

 

「今回のことは俺にも落ち度がある、そう考えろ。お前のせいだけじゃない」

 

ちょっとぎこちないけど俺を慮るパウロの言葉。ロアでもここでも皆、俺を心配してくれているのが伝わってくる。俺は精神を病んで死にかけた。まだそれは最近の話だ。そうだな。全部が俺の責任とするのは傲慢か。一方で次に同じことをしないように考えて行くことを諦めたくはない。

 

「そうですか。父さまがそう決めたなら反対はしません。この家の主は父さまですから」

 

「お前たちはどうする?」

 

そう問いかけられて俺とロキシーは顔を見合わせる。

 

「シルフィにあって、それから決めたいと思います」

 

「何? 話をする気になったのか?」

 

「ええ。シルフィも襲撃者と闘ったという話ですから何か得るものがあったかもしれません。状況を見て災害のときのことを弁解するか決めたいと思っています」

 

「わりぃ。シルフィは無事なんだが……あいつ旅に出た」

 

「は?」

 

--

 

シルフィがナンシーという剣士と旅に出た。それは俺の予定を変更せざる得ない状況ということを意味している。それを残念とは思わなかった。俺はそれが彼女のためになる、そう思った。かねてから彼女はもっと世間を知るべきだと思ってもいた。それにどこに行ったとしても主要都市なら転移魔法陣で追いつくことができる。不穏な組織が暗躍しているせいで心配な面があるが、普通に旅するだけなら彼女の力で対処できないような事件に巻き込まれることはないだろう。あまり焦ってもしかたがないかもしれない。そんなことを考えてシルフィのことは保留にした。

それで俺はこの村を家族が離れるにあたってやるべきことのために動いた。シルフィにも関係する話だ。まずはパウロとゼニスに声をかける。

 

「父さま、母さま、実はロールズさんとお2人にお伝えせねばならないことがあるので、3人でロールズさんの家に行きたいのです。お願いできませんか?」

 

「フィアーナに伝えるのでは駄目なの?」

 

「関係するのはロールズさんです」

 

「まぁ行けば判ることなら行こう」

「そうね」

 

それからロールズが狩りから戻ってきたら知らせてくれるようにフィアーナに頼み、引っ越しの準備を手伝ったり、今後の活動方針についてロキシーと相談して過ごした。

 

--

 

フィアーナからロールズが戻ったと聞いた俺は2人を伴ってロールズの家に行くことになった。

 

「お久しぶりです。ロールズさん」

 

「やぁしばらくぶりだね、ルディ君。前に会ったのは誕生日会のときだったか。こうしてみるとあの時は調子が悪そうだったのかな? 今は随分元気そうに見えるよ」

 

関わりは少なくとも、この人も俺のことを良く見ている。挨拶からそんな風に受け取った。

 

「時間を取ってもらってすまんな。息子がどうしてもお前に話があるというんでな」

 

「構わないさ。今回のことは大変だったなパウロ」

 

「少しドジっちまっただけさ」

 

そんな2人の会話の裏でゼニスとフィアーナも何事か話していた。一通りの挨拶が終わると、俺とロールズとパウロは食卓に使っているのだろうテーブルに、フィアーナとゼニスは壁際の長椅子に並んで座った。

 

「それで、私に折り入って話があるそうだね」

 

「はい。僕が3年間の旅で感じた事と父さまから聞いた話、旅の後に会った人から聞いた話を総合したことです」

 

今回の件、正直に言えば前世で知り得た話だ。嘘や誤魔化しはなるべくしたくないが、この話はどうしてもうまくいかなかったのでロキシーと相談して話す内容を決めている。

 

「驚かないで聞いて欲しいのですが、もしかしてロールズさんの家名はドラゴンロードではありませんか?」

 

「なんだと!」

 

むしろ驚いたのはパウロだった。まぁそれも想定の範囲内で、ロールズは冷静だった。

 

「私は家名を捨てた身だが、どうしてそう思ったのかを教えてくれないかな?」

 

「もちろんです。僕は3年の間に世界各地を周ってきたのですが、長耳族(エルフ)に会うことはありませんでした。昔、家庭教師の先生に習った『長耳族の里は閉鎖的ではないけれど彼らは外にほとんどでない』という話と一致します。また『長耳族は非常に長い寿命を持つが故に他の種族と反りが合わない』と言っていました。それが全て真実なら、ロールズさんのような長耳族と人族のハーフというのは本来は存在しません」

 

俺の話を聞いているロールズは微動だにしていない。話を続けよう。

 

「一方で父と母が冒険者時代に組んでいた黒狼の牙というパーティにエリナリーゼ・ドラゴンロードという長耳族の方がいたと聞きました。父も母もその人物について余り話をしてくれませんでしたが、旅の途中で出会った旧メンバーのギレーヌとタルハンドさんの話では、彼女は呪いを持っていて里を追い出され、その呪いのせいで種族を問わず男性と頻繁に交わっていたと聞いています。もし彼女が稀に子供を身ごもったとしたら、その子は長耳族と異種族のハーフになります」

 

「それが私だというのは少々こじつけではないかな?」

 

「僕ももしかしたらくらいの気持ちで、確信はありませんでした。でもシルフィに誕生日プレゼントとしてもらったこの首飾り。よく似たものをエリナリーゼさんが身に付けていたという話も聞きました。それでまさかと思うようになりました」

 

俺が話し終わると部屋を沈黙が支配した。会話の相手であるはずのロールズは何も答えない。が、その迷っている素振りはもう俺の話が真実だと告げているようなものだ。それを理解したであろうパウロがこの沈黙を破る。

 

「ロールズ、お前……エリナリーゼの息子なのか?」

 

ロールズは顔を上げて、そしてその顔が諦めた。この場の雰囲気から言い逃れできないと理解したのだろう。

 

「……そうだ。母と私とは色々あったし、君も喧嘩別れしたと言っていたので言い出せなかった」

 

なぜ言わなかったのかの理由を添えてロールズは認めた。腰を浮かせて驚いていたパウロが椅子に座り直す。

 

「正直驚いたが……知り合いの子供が同じ村に住んでいたとは。そういうことも、あるか。しかしルディ。お前、ロールズの秘密を暴いてどうする気だ?」

 

そう問いかけられたが、一旦、俺はゼニスの顔も窺う。目が合ったゼニスは特に言うことはないらしい。パウロの質問は尤もで、俺だって別に他人が秘密にしていることを暴いて喜ぶ趣味はない。パウロとゼニスが事実を受け入れたのなら次の話をしよう。そう考えてテーブルへと向き直った。

 

「ここからが本題なのですが、そろそろシルフィとは仲直りしたいと思っていますし、成人する頃までには彼女と交わした結婚の約束を果たしたいと思っています」

 

「ルディ君、君はシルフィがエリナリーゼの孫だと知っても気持ちに変わりはないのかい? 呪いを受け継いでいるかもしれないんだよ?」

 

「シルフィはシルフィ、エリナリーゼさんはエリナリーゼさんです。それに呪いは魔力異常であって子供に引き継がれるようなものではありません」

 

「そう……なのかい?」

「あなた……」

 

ロールズが困ったような顔をしてフィアーナがソファから立ち上がった。俺はロールズの対応が良く判らなかった。

 

「ん? 何か?」

 

「もしかすると娘にも呪いがあるかもしれないと伝えてしまったんだが」

 

なるほど。呪いと神子の違いも判っていない世界だから、そういう勘違いも仕方がない。ロールズの行いはシルフィを想ってのことだ。責めるようなことでもない。

 

「そうですか。僕は両親を引っ越し先まで送った後に彼女に会いに行くつもりですけれど、もしかするとすれ違いになるかもしれません。もし僕と会わずにシルフィが旅を終えて帰ってきたなら、誤解を解いて頂ければと思います」

 

俺はそこまででロールズとの話を終わらせて両親を視界に収めた。

 

「父さま」

 

「何だ?」

 

「シルフィと結婚ということになったら、エリナリーゼさんと親戚になりますけどよろしいですか?」

 

「この3年間シルフィのことを応援してきたんだ。今さら俺の昔のいざこざで手の平を返せねぇよ」

 

「母さまもよろしいですね?」

 

「随分会っていないから、結婚式に呼ぶための連絡ができるようにしておかないとね」

 

シルフィと結婚の約束をしたとき、事前に話しておかなければいけないと思っていたことを無事に話せて良かった。俺がほっとしている間にパウロはロールズと、ゼニスはフィアーナと長年仲良くしていた家族同士の別れの挨拶をした。ゼニスはフィアーナと「結婚式で会いましょう」なんて話していた。

 

そして俺と両親は帰路につく。その道すがら。

 

「ルディ」

 

「どうしました?」

 

「結婚より先にちゃんと仲直りしろよ? 必要なら俺がとっておきのテクニックを伝授してやってもいい」

 

「多分そういうのは必要ないと思いますが。何かに役に立つかもしれませんからラノアに着くまでに聞かせてください」

 

「あなた、あまり変なことを教えないでよ?」

 

「へいへい」

 

俺は気安い両親の会話が心から楽しくて少し大きな声で笑った。こんなことは久しぶりだったかもしれない。それでパウロの方をチラッとみると、思ったより驚いた表情をしていた。

 

「なんかルディがそうやって笑うの久しぶりに見た気がするぞ、おい」

 

「あのちょっと変な笑い方?」

 

「変なってことはないけどな」

 

俺は晴れやかな気分だったから、笑うのを急に止めたりしなかった。だが笑顔の練習をやり直そう。そう心に決めた。

 

--

 

その後は引っ越しの準備やパウロが村を離れるために村人への説明回り、家族で移動するための馬車の製作……その辺りの話は別の機会にするとしよう。

ともかく、俺とロキシーの力作の馬車をカラヴァッジョが曳き、それをパウロが御者する形でラノアへの旅が始まった。

パウロに「片腕しかなくとも御者はできるのですか?」と聞くと、「別にこれくらい平気だ。あまり怪我人扱いするな」と返された。ならばと俺は「旅すがら僕にも御者の技術を教えてください」と願いでて、「いいぞ。まずは見ていろ」と色よい返事をもらった。

アイシャとノルンは初めての旅に大騒ぎしていたが、それも長くは続かず、ロアの町に来るまでにはすっかり母親の膝の上だ。俺とロキシーも並んで座っているが、楽しい旅という感じにはなれなかった。待ち伏せや罠もしくは斥候の存在を警戒しているため気持ちを緩められないでいる。

結局は特に何かがある訳でもなくサウロス邸に到着した。パウロがアルフォンスに取り次いで案内された部屋は、この屋敷で1番広い部屋、食堂だった。臨時の屋敷には応接室は必要ないという潔さ、もしくは質実剛健な造りとも表現すべきか。それはボレアス家という武家の家系の生き方を体現しているとも言え、実にサウロスらしいものだ。

そこに家族で1列に並んで座って待った。家族揃ってサウロスに会うなんて思いもしなかったから少し緊張する。まぁ普通に会うのだって緊張しないこともないんだが、別の緊張感があるな。

待つことに飽きたのか、少し眠ったからだろうか妹2人がまた元気に騒ぎだそうとして、それをリーリャに叱られている頃、部屋に嵐が現れた。その様を見た幼女たちは叱られているという状況でもリーリャから意識を逸らして目を丸くしている。これを叱ってはいけないよ母さん。そんな風に思ったが、リーリャも驚いて叱るのを中断していた。うーん。それはちょっと失礼だから早く立ち直って欲しい。運が良いことにサウロスはそちらには意識を向けず、パウロを見やり、そして彼の失われた腕に気付いた。

 

「何かあったようだな」

 

サウロスの声音は意外にも優しいものだった。そこで俺達も立ち上がり、サウロスに挨拶をする。初対面のリーリャ、ノルンとアイシャは自己紹介をし、もう1度、全員がテーブルについた。それが終わると、見計らったようにフィリップが現れてサウロスの隣に座った。

 

「それで話があるのなら聞こう」

 

サウロスがそう言ったのを受けてパウロと彼の会話が始まった。

 

「はい。先頃、ブエナ村に襲撃がありまして、そのせいでこの通り腕を失いました」

 

「ほう。お前に重傷を負わせる相手とはどこの勢力か見当はつくのか?」

 

「それがどうやら息子に関係している何かであって、俺やブエナ村には関係がなさそうです。特にノトスとは関係がないように思います」

 

「なぜそのように思うか言ってみろ」

 

「俺がブエナ村で襲撃を受け、息子も別の襲撃を受けました。そして襲った奴らは、『ルーデウスの一族はアスラ王国に不幸をもたらす。故にこの国を去れ』という内容の言葉を残しています」

 

「なるほどな」

 

「ルーデウス、災害の首謀者疑惑の影響ということはあるのかい?」

 

サウロスとパウロの会話が一段落したとみて、フィリップが俺に話しかけた。

 

「あると思います。アスラ王がダリウス卿より僕を選んだということは、僕が思っていた以上にこの国のパワーバランスを崩しているようです。それがアスラ王国内の勢力なのか、なんらかの利益のためにアスラ王国には平和のままでいて欲しいという国外勢力なのかはわかりません」

 

「国外勢力を考える必要はないと思うけど?」

 

「僕を襲撃してきた者は水神レイダと同じような存在でした。あのような力を手懐け、御する勢力がアスラ王国内にあるようには思えません。ならば周辺国にそれがあるのかと問われれば、それもまた否となります。正直にいって、そういう意味で不気味な集団です」

 

そう言うと、フィリップも俺の意見にはさらなる質問を返さなかった。俺の意見はロキシーと引っ越し準備をしながら相談して纏めたものなので当然だ。

 

「フィリップ。それで悪いんだが、俺達家族を狙っている以上は俺達がブエナ村に居座ると村人を巻き込みかねない。騎士としてそれが本末転倒だと俺は考えてラノアに引っ越すことにしたよ。だから急なんだが交代の騎士を用意して欲しい」

 

「そうか。代わりの騎士については余り気にしなくて良い。幸いにもフィットアの民の多くは災害を免れたから人材は豊富だ。すぐに新しい者を派遣するよ」

 

「助かる」

 

パウロはフィリップにそう言ったが、フィリップはロアの町長であってフィットア領を管轄しているのはサウロスだ。話かけた相手を間違えている気がしたが、ゼニスが妊娠して騎士にしてくれるように頼みこんだ相手はフィリップなのかもしれない。そうであるなら間違ってはいないな。

伝えるべき話を終えると食堂を解散の雰囲気が支配した。俺はいち早く立ち上がり、それをフィリップが呼び止める。

 

「ルーデウス、このままラノアへ行くのかい?」

 

「ええ。ラノアまで遠いですし、向うでの新生活には色々と手伝わねばならないこともありますので」

 

「さっきの話だと、アスラ王国には余り関わらないようにするみたいだが家の娘のことはどうする?」

 

「降って湧いたような話ですから、エリスが今後どうするのか決まったら最寄りのルード商店に連絡して頂きたいと思っています」

 

「ボレアスの意思はもう決まっている。エリスには今後は、ボレアスを名乗らせない。つまり貴族を辞めて君の所に行くことを許可した」

 

フィリップの決断を受けて俺はサウロスの意見も知りたいと思った。

 

「よろしいのですか?」

 

「エリスの涙はもう見たくない。ルーデウス、お前があの()を幸せにしてくれるならそれで良い」

 

そうか。サウロスが納得しているなら誰も文句はないだろう。

 

「判りました。ではエリスに会ってきます」

 

「その必要はないわ!」

 

振り向くと、旅装のエリスが立っていた。その後ろにはギレーヌとヒルダもいる。俺以外の家族が食堂を出て行き、そこに3人が入って来る。といっても気配から察するに廊下で待っているようだが。

 

「ルディ、ようやく来たわね!」

 

「ちょっと事件が起こってね」

 

「そうなの?」

 

「それは途中で話すよ。それで結論は出たらしいね」

 

「ええ。家の許しが出たからルディについて行くわ。貴族の役目を投げ出すことになるから、ボレアスの名前を捨てることになるの。これからはエリス・グレイラット。よろしく頼むわよ」

 

「こちらこそよろしく」

 

エリスは切れ味のあるターンで俺から彼女の両親たちの方を向いた。俺はなんとなく流れを察して彼女の隣に並ぶ。

 

「お祖父さま、お父さま、お母さま」

 

エリスの家族の視線が、前回と同じように彼女に集まった。それでもエリスは前とは違った。

 

「今から私はエリス・グレイラットになります。でも安心してください。ボレアスの武家の娘として生まれたことは絶対に消えません。ですから、これからも私はボレアスの名に恥じぬ生き方をすると誓います。今日までありがとうございました!」

 

そう言ってエリスは深く、深く貴族でない剣士の礼をした。

 

「エリス!」

 

「お母さん、私、頑張るから」

 

ヒルダがエリスを抱きしめた。エリスも言ったように貴族の名前を捨てても、ヒルダとエリスは親子だ。それは変わらない。

フィリップ、サウロスとも同じようにして、そしてエリスは俺のところまでもどってきた。俺は自然とまだちょっと涙目のエリスの手を握る。それで俺もちょうど良いキメ台詞が思いついた。

 

「エリスのことは任せてください。また吉報を持ってお伺いしたいと思います!」

 

「ちょっとルーデウス!?」

「まぁ!」

 

エリスは本当に驚いていたが、ヒルダの驚きは半分冗談だろう。フィリップとサウロスは嬉しそうだった。これは前世で夢見たシーンだったかもしれない。前世が夢ならこれは何なんだろうか。そうして俺とエリスは廊下に出て家族と合流すると、そのまま屋敷の玄関まで歩いた。

 

--

 

玄関でエリスが振り返って俺もつられて振り返ると、ギレーヌが立ち止まる。何か2人が目線で会話をした気がした。

 

「パウロ、ゼニス、ルディ」

 

ギレーヌの声で呼ばれたパウロとゼニスだけでなく残りの家族は全員が振り返った。

 

「私はお嬢様との約束でロアの復興に尽力する。だから、お嬢様を頼む」

 

「良いの? エリス」

 

「待ってる間にギレーヌとはこれからどうするか決めていたから問題ないわ」

 

そうか、そうなるのか。

 

「ギレーヌ、エリスの事は任されます。それに何か困ったことがあったらルード商店に連絡をください。ギレーヌのこと信用してますからね」

 

「ラノアで落ち着いたらお手紙書くわ」

 

俺とゼニスが返事をして、家族は馬車に乗り込んだ。パウロは返事をしなかった。と考えていたら、出発する時にパウロが思い出したように御者台からギレーヌに声をかける。

 

「あぁそうだ。今度の会合にはエリナリーゼも呼びたいから見つけたら連絡をくれ」

 

「なに? どういうことだ?」

 

「そんじゃあな!」

 

ギレーヌの焦りを背中に新天地へ。グレイラット家が行く。

 

 

 




次回予告
元パーティメンバーが集まり宴を催す。
再会の交歓も束の間、話題の中心は
ギレーヌの悩みへ。

次回『再会の宴_前編』
いつかその言葉が救いになるか、
それとも呪いになるか。


-10歳と8か月
 茶番が終わる
 ジェイムズの家へ
 水神流宗家の道場へ
 ロアへ戻り、サウロス達に会う
 ガレ川の近くで北神二世と闘う
 隻腕のパウロと会話する ←New!
 //ロキシーと馬車を製作する ←New!
 ロールズと話す ←New!
 ブエナ村を出発 ←New!
 ロアへ行き、サウロスに騎士の廃業を伝える ←New!
 エリス合流 ←New!

★副題はボトムズから引用。

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