無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第050話_新婚旅行2 からの続きになります。
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第056話_説得

---未来人へ。過去を欲するより未来へ踏み出すべきではないか?---

 

結婚報告を無事終え、秘密を共有しあった俺達は、アルスでタルハンドと合流した後、3人でブエナ村へと帰って来た。タルハンドは臨時の転移魔法陣で転移させて、常設の転移ネットワークの存在を知らせないようにしている。そしてここに来るまでに、転移魔法陣の使用は禁忌とされているので内緒にするようにと釘をさすことも忘れていない。

家に着き、両親たちとリビングに集まる。これだけ人が多いとこの家では手狭(てぜま)だなと考えつつ、俺は無事に結納を済ませたことを報告した。それからタルハンドから再会の挨拶―リーリャや娘達には初めましての挨拶―があった。

挨拶が一段落してから家族に土産を渡す。ゼニスは早速アラツとミストルテの木の苗を植え替えるべく「庭を作りましょう」とノルンとアイシャを連れて庭へと歩いて行く。ノルンとアイシャも大きくなった。庭いじりの手伝いくらい造作もないだろう。リーリャはロキシーと2人で新調した調理器具とミグルド族の調味料を持って台所へ。「服も作りたいのでご教示お願いします」なんて話す声がダイニングにまで聞こえてくる。最後にパウロにウィスキーを渡した。タルハンドが「儂の分は?」と聞いてきたので「皆さんで飲むための樽酒が用意してありますから勘弁してください」と宥めておいた。炭鉱族らしい反応とパウロは笑っていた。転移ネットワークに置きっぱなしなので、後から取ってこよう。

 

--

 

夜になって、俺はロキシーに明日からロアへ行き、ギレーヌの代わりにエリスの護衛をしたいと告げた。理由はタルハンドがいる間にロアからギレーヌを呼び、旧交を深めて欲しいと思ったからだ。

ただ俺には不安もあった。明確に告白しても/告白されてもいないが、状況的に俺はエリスを1度振っている。本心はどうあれ彼女の心を傷つけてしまった。彼女がどう思うかによって距離感を考えたい。

俺の未来視では真っ暗な穴が開き、完全に彼女との運命は絶たれた。ロキシーに助けてもらってから悪夢を見ていないからといって、エリスが許してくれていると考えるのは間違いだろうと思う。そんな風に俺は自分の想いをロキシーに打ち明けた。

 

 

--ロキシー視点--

 

ルディからギレーヌの代わりをするためエリスと顔を合わすことになる、でも不安があると相談された。確かに、エリスがルディを嫌っているなら自分が上手く取り持たねばならない。ルディはエリスも愛しているのだ。最近の彼は悪夢を見ないそうだが、エリスとの未来を取り戻すことで、より心の安寧が得られるだろう。そう伝えるとルディは困った顔をした。

 

「エリスが僕をまだ好きな場合、あまり良い流れにならないと思います」

 

彼の言葉の意図が良くわからなかった。エリスがルディをまだ必要としてくれるなら、それでお互い幸せなはず、と感じた。またこれまでのような愛のカタチ問題なのだろうか、この弟子にして心の持ち方というものは制御し難いものなのかと微笑ましく思ったほどだ。

でも違った。ルディは『シルフィと仲直りするまでは私だけのモノでいてくださいね』という自分との約束を忘れていなかったのだ。もしエリスがルディとの復縁を望めば、ルディは私だけのモノではなくなる。約束をいきなり反故にしたくない、不誠実だと彼は感じているのだ。もしかしたら新婚旅行が終わった途端に約束を破るのは気が咎めるだけで、何年もシルフィとの復縁ができなかったとしたら、その時は守れなくとも良いという気持ちかもしれない。

私はそれを聞いて嬉しい半面、まだ彼は彼自身の心のことが判っていないのだなと思った。もしこのチャンスを逃したらエリスとは一生、心を通わすことがないかもしれない。彼女の心が離れていたら、それを取り戻すくらいの努力が必要な場面なのだ。

私との約束などよりも大きな問題のはずだ。また悪夢が襲ってきて私が救えなければ、彼も私も不幸になる。そのリスクを考えなければならない。

シルフィと仲直りするまでに私が肉体的に合わなくなってしまったら人族のエリスでなければできない役割がある。だから、「大丈夫です。その場合も私にまかせなさい」と言うことができた。それから私はエリスさんがどう思っているかに合わせて急ぎ作戦を練った。

 

 

--ルーデウス視点--

 

次の日、俺とロキシーはロアに居た。城塞都市があった場所もその名前の通りの城壁も城門も失われて、城門の外に広がっていた黄金の麦畑もない。災害から6か月が経ったがロアの復興は1か月前から始まったばかりだ。だが未来は明るいだろう。サウロスとフィリップが居れば前世のような暗さに支配されずにやるべきことをやっていくはずだ。川に近いところに真新しい仮設住宅や避難キャンプから持ってきたテントが並ぶ。

水辺に近いのは水道設備が消失したためだろう。別の理由として川を使って仮設住宅の材木を上流の森から持ってきたのかもしれない。

ロアは元々2つの川に囲まれた場所に位置している。一本はアルテイル川の本流。この川は下流でアルカトルンを通って来たストル川とマリーバードの北、フィットア領側で合流してアルスへと至る。もう一本はロアのすぐ上流でアルテイル川から分流し、ムスペルムを通ってミルボッツ領へ至るガレ川だ。どちらの川も元々の城壁の外にある。ロキシーと俺が見ているのはガレ川の状況だ。北側にあるアルテイル川も似たような状況だろう。

ガレ川の手前にも橋を渡った先にも兵站倉庫が点在している。そこへ資材を運びこむための荷馬車が引っ切り無しに往来し、積み荷で満たしていく。資金を失ったフィットア領に買い付け能力はないから、フィットア領外にあるルード商店の倉庫から主に食料品を持って来ているはずだ。

そんな光景を横目で見つつ、ガレ川に横たわる石板の橋をわたり、そして川辺に一際大きく打ち建てられたログハウスの中に入る。入り口にある受付カウンターで話を通すと、この建物は現在は役所として機能していると説明された。つまり、ここはサウロス邸ではない。どうやらサウロス邸は北にあるアルテイル川の川辺にあるらしい。話を聞きながらなるほどなと考えていると、フィリップは復興の開始当初こちらに執務室を構えていたが、つい先日サウロス邸が出来たのでそちらに移ったと聞かされた。

そこでロキシーにルード商店の復旧作業の段取りを頼み、自分はフィリップに会うためサウロス邸へと向かった。かつて街があったところを歩いていく。城壁も城門もないので最短距離をまっすぐにだ。アルテイル川の集落に辿り着くまでに幾人かの役人の指示で動く作業員を見た。どうやら転移して消えた下水道を再建設しているようだ。地下空洞自体が残っていても内壁が消失したために崩落している部分があるかもしれない。良く考えると上水道の取水口部分も消失しているはずで、川が氾濫しやすい状態ではなかろうか。

アルテイル川に沿ってできた集落を辿っていく。ほどなくして大きな仮設住宅があった。どうやらここがサウロス邸らしい。

屋敷に入ると、入り口近くの部屋に執事のアルフォンスを見つけ、彼の所へと歩いて行く。アルフォンスの方でも俺を認識したようなので、挨拶をしてからフィリップへの面会を申し出ると、すぐさま屋敷の奥へと消えて行ってしまった。彼が無事なら北西の指揮を執っていたサウロスも無事だろう。礼を失することがないように後で挨拶が必要だな。そう考えている間にアルフォンスが戻ってきて、今から会えるというので執務室への案内を頼んだ。

フィリップは思ったよりも元気そうだった。むしろ、俺が元気にしていることを喜んでいるようにもみえた。そんな彼に俺の現状が見透かされそうで少し目が泳いでしまった。とにかく、話を進めるためにフィリップに話したのは、ギレーヌをブエナ村の会合に行かせるために自分がエリスの護衛をすること、物資や資金が十分かの確認、復興そのものを手伝うための提案の持ち込み、の3つの用件だ。

物資と資金については提案の内容も含めると、城壁建設、橋、護岸工事の資材の準備と建築士の派遣、領民に仕事を配るための資本金の用意を頼まれた。だが資本金は全部借款扱いになった。遅れてサウロスにも挨拶に行き、フィリップに話したことと同じことを話したが、領民に現金を配るのは良しとされなかった。用意した金が逆に余ってしまうなら……上下水道の埋設、学校や研究所の建設、街道整備の提案書の作成をするか。

屋敷を出てロキシーの所に戻るためにまたガレ川の役所に向って歩いた。が、役所に着く前にロキシーと合流できた。彼女はフィットア領の役人を伴って区画の図面を見つつ、商業区画の杭を打っていた。

 

ロキシーと役人の作業が終わるのを待つことしばし。

 

作業の終わったロキシーから話を聞くと、書類作成や苦情対応が輻輳して商業区画は手が回っていなかったそうだ。普通ならそこで諦めるところだが、ロキシーは書類作成と苦情対応を手伝うことで役人を一人手隙にさせ、商業区画の境界杭の設置を行っているというのだ。全く家の嫁は仕事が出来過ぎる。魔族に対する偏見を乗り越えて、このままロアの役人として就職してしまうのではないか。

ルード商店があった区画の杭打ちが終わると役人は感謝の意を表してから次の仕事へと帰っていった。次の目的地へ行くことをロキシーに報告して歩く。向っているのはアルテイル川のほとりだ。

 

--

 

入り口に番狼が立ち、なにもない空き地で子供たちが遊んでいる。子供たちの中には狼に構って欲しくて尻尾を引っ張ろうとする輩もいる。年齢は下がノルンやアイシャと同じくらい、上は俺と同じくらいと言ったところだ。子供の歓声が聞こえる中で仁王立ちする番狼へと近づいて行った。

 

「どうもギレーヌ。お元気そうで何よりです」

 

「ルディか、体調は良くなったようだな。だが、ここに来ない方が良いのではないか?」

 

彼女の挨拶の半分は俺の心配だった。ギレーヌの言う通りになった、彼女の心配は正しかった。だからこそ感謝を示したい。

 

「フィリップ様とサウロス様の許可は得ています。ご心配は無用ですよ。それに用があるのはギレーヌあなたにです」

 

「私にか?」

 

「ええ。ブエナ村で行われる元黒狼の牙の会合に参加しませんか? タルハンドさんも来ていますよ」

 

「私はお嬢様の護衛の任務がある」

 

「その話でしたらギレーヌが不在の間は僕が代わりをすることになっています」

 

「お前は自分のことが未だ判っていないのか。本当に死んでしまうことになるぞ」

 

「あの……ルディはもう大丈夫です」

 

言い合いになる直前にロキシーが会話を一旦区切ってくれる。

 

「おっと、紹介が遅れてしまいすみません。こちらはロキシー・ミグルディア。僕の魔術の先生です。ロキシー、こちらがあの有名な剣王ギレーヌですよ」

 

俺はその意を汲んで話の舵を切った。ただ結局、俺の紹介の後に2人は自己紹介をし合った。当然だが、ギレーヌは呼び捨てにしてくれと頼み、ロキシーもならば自分もと笑った。

 

「しかしなぜ大丈夫だと言える? ロキシー、あなたはルディの状況を知っているのか?」

 

「ルディは貴方の言うように心が死にかけました。ですが、彼はそこから立ち直ったのです」

 

「ほぅ。どうやって? 彼の両親も私もフィットア領の領主様達もお手上げだったのだが」

 

「あ、あの……」

 

「ロキシーはちっちゃいですけど、こう見えて大人ですし、僕の先生ですからね。難しい問題について相談できたんですよ」

 

ロキシーが決定的なことを言う予感がしたので、割り込み、話をぼかすことにする。

 

「魔族ですのでそれなりに長く生きていますからね。ちっちゃいは余分ですけど」

 

「ほう」

 

ギレーヌは目を細めてそれだけ言うと、それ以上は何も言わずにエリスに事の次第を伝えに行った。彼女の態度は俺がせっかくぼかした真実まで理解されてしまったのではと思わせる。ギレーヌは鼻が利く、仕方ないか。

 

--

 

入り口でロキシーと談笑しつつ、ギレーヌを待っていた。しばらくすると荷物入れだろう道具袋をもったギレーヌと普段着のエリスが玄関へと現れる。

 

「ルディ!元気そうね」

 

「やぁエリス、君もね」

 

「この子は?」

 

「僕の魔術のお師匠さま。ロキシーだよ」

 

「初めましてエリスさん。ロキシー・ミグルディアです。今日からしばらくよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。ルディから優秀な先生だとお伺いしています。でもどういうことなの? ルディ」

 

そう訊いてきたエリスに事の次第を手短に話した。最後にギレーヌが「お嬢様、すぐ帰ってきます。ルディ、よろしく頼んだぞ」と告げる。戸惑うエリスを前に護衛の任務をギレーヌから引き継ぐと、ギレーヌはブエナ村へと歩み始めた。

エリスが出て来た仮設住宅は他のものより大きい。話によるとここは新たに出来た孤児院だ。残念だが親が災害に巻き込まれて死んだり、子供を置いて行方不明になったために孤児が居る。孤児院の運営元は領主のサウロスでエリスは派遣されている形だ。

エリス以外の他の大人としてミリス教の神父とシスター、それにボレアス家のメイドが手伝いをしている。孤児院、俺が提案すべきものの1つだったかもしれない。孤児の数は26人。魔力の暴走が起きた時に安全地帯との境界にいた家族の数と親だけを人攫いが攫って行った。その数の和が26だったということだろう。この子達も俺が見捨てた人間の関係者だとすれば、後々恨めしく思うのだろうか。思うのかもしれないな。それに対して今の俺に出来ることは復興を遅滞させないことだ。裏からフィリップやサウロスを支援することに徹しよう。

エリスに促されて玄関から中へと入って行く。この建物は南向きに部屋が並び、北側に廊下がある。扉が閉まっていない子供部屋を覗くと部屋の中には2階建てベッドが両側の壁際に1つずつあった。1部屋に4人か。魔法大学に通っていた頃の相部屋をさらに窮屈にした環境だが、臨時の施設としては割としっかりした造りになっている。エリスに通されたのは食堂らしく、子供たちのための低く横長のテーブルと長椅子が置かれた部屋だ。まぁ俺とロキシーも身体が小さいので何の苦労もない。そこに座ると奥から猫耳のメイドがお茶を持って現れ、俺達の前に1つずつ置いてまた奥へと引っ込んでいった。屋敷が無くなればメイドの仕事も減る。屋敷で余らせておくより彼女達をいろいろな場所に派遣しているというところだろうか。

お茶を飲み終わる頃、食堂に見覚えのある男が入ってきた。その者に声をかけたのはエリスだった。

 

「ギース。あなた子供たちを連れてどこにいってたの」

 

「散歩に行っていただけだぜ。そう怖い顔で睨まないでくれよ。しっかし、門番みたいなギレーヌはどうした? そこの小さいのは新入りか?」

 

俺は『新入り』の言葉に少し笑いそうになった。

 

「この将来かっこ良くなること間違いなしの男の子がルーデウスよ。隣が彼の魔術の先生のロキシーさん」

 

「へぇ!つまりパウロの息子かよ! おい、あいつは元気か?」

 

「初めまして、ギースさん。父も母も健在です。まさかこんな所でお目にかかれるなんて思いもよりませんでしたので驚いているのですが、今から急げばギレーヌに追いつくことが出来ると思いますよ」

 

「やけに礼儀正しいな。本当にあいつの息子か?」

 

「まぁ、ゼニスの息子でもありますから」

 

「そりゃそうか」

 

このやり取りもそろそろ終わりにしたいがまだ色ボケお姉さんが残っている。厄介だ。

 

「あら、あなたは」

 

「おぉ、嬢ちゃんは確かどこかで」

 

「アルスでお会いしたときシーローンに行けと」

 

「あーそうだった、そうだった。なんだシーローンには行かなかったのか?」

 

「シーローンに行っていろいろあって、また戻ってきたんです」

 

「へぇ。まぁなんだ。ここで会ったのも何か縁があるのかもな。しかし、ギレーヌに追いつくとはどういうことだ? どこかに行ったのか?」

 

「ブエナ村にタルハンドさんが来たので黒狼のメンバー皆で会合を開くのです。お酒も用意してありますよ」

 

「おいおいおいおい! 今、酒っつったか? 酒が飲めるのか? 酒だよな! クソ! ギレーヌのやつ分かっていて置いていきやがったな!」

 

タルハンドの事より酒の話しか耳に入っていないのではなかろうか。

 

「早く行かないとタルハンドさんが全部飲んでしまうかもしれません。お酒に目がない方ですから」

 

言い終わる前にギースは部屋を出て行った。ギース。ヒトガミの使徒。なぜここに?ギレーヌの手伝いってところか。よくわからないが、彼の動向は気にしなければならない。彼自身が悪でないとしても彼の動向の一端からヒトガミの意図を探ることはできる。少し家族が心配だが……ギレーヌとパウロが居る場所にバルバトスを配置しても役に立たないだろう。察知されて倒されるのは後々が面倒だ。

ギースも旅立って代わりに俺とロキシーとエリスが残った。話によるとエリスはここで子供たちと寝泊まりしているということなので、俺とロキシーもギレーヌが戻ってくるまではここで寝泊まりする。護衛するならここの間取りなどを把握しておいた方が良いだろう。ロキシーは少しエリスと話があるらしい。そんな訳で俺は孤児院の中を見回った。ざっと見たところ建物内にあるのは食堂と寝る場所だけだ。トイレは外か。場所を把握しておく必要があるな。

玄関から外に出ると走り回っている俺と同じくらいの年齢の子達が見えた。そして玄関脇の軒下に2人の幼い子供が座っていじけていた。男の子と女の子の2人だった。

 

「どうした?」

 

無視するのが後ろめたく、俺は2人の前にしゃがんで声をかけた。

 

「ギースおじちゃんがでかけちゃったんだ」

「ギレにゃんもいなくなってる」

 

「ぼくたちのこときらいになったのかな?」

「大人を信じちゃいけないんだよ」

 

なるほど、子供の繊細さと寂しさを表す顔にかつてミリスでパウロと2人暮らしをしていた頃のノルンの姿を見た。

 

「2人とも昔の知り合いのところに行っただけですぐ帰って来るよ」

 

「ほんと?」

 

「まぁたぶんだけど」

 

「たぶん……」

 

ギレーヌは確実に帰ってくるが、ギースはどこに行くかは判らない。ギースがこの子達に好かれる理由を訊いてみたいと思った。

 

「ギースはそんなに良くしてくれたのかい?」

 

「うん!お母さんに会いたいって言っても一緒に探してくれるのはギースおじちゃんだけだよ」

「見つからないのはわかってるんだけど……」

 

そうか。子供たちと散歩に出かけていたという話と繋がった。何ともならない困り事に付き合う。好かれるわけだ。

 

「ギレにゃんのお尻尾もとってもモフモフなの」

「思いっきり引っ張って叱られたけどね」

 

ギレーヌは仕事に忠実だから子供の存在は基本放置かもしれない。それでもそれなりに好かれているようだ。子供はやはりあの胸が……いや言うまい。

 

「まぁ元気だしなよ。ほら皆と遊んでおいで。きっと気分がまぎれるから」

 

「うん」

「わかった」

 

2人は立ち上がって遊んでいる皆の所に混ざりに行った。出会いと別れ。すぐ帰ってきたとしてもあの2人の心を鍛えた。アイシャやノルンの姿が重なったが、妹達をどう育てるかを決めるのは基本はパウロ達だ。前世の記憶からつい父親の立場で考えてしまう。でも転移事件を乗り切ったならそれは間違いで、兄として家庭教師をする距離感を保っていく。

 

--

 

その日の夜になり、配給された物資で作られた夕食を子供たちに混ざって食べた後、猫耳メイドの方はロキシーを、エリスが俺を、寝泊まりする部屋にそれぞれ案内してくれた。案内された部屋はおそらくギースが使っていた部屋だ。ということはロキシーが案内されたのはギレーヌの部屋かもしれない。まて、相部屋ならメイドもしくはエリスと一緒の部屋と言うのもあり得る。抜け出して俺のところに来てくれるだろうか。

部屋は子供用の2階建てベッドが2台置かれた間取りではなく、大人用の組み立て式のベッドが2個置かれている。俺が部屋に入るとエリスも続いて入ってきた。昼間にロキシーとエリスが何を話したのかは聞いていないが、ロキシーは後で俺の悪夢対策のためにこの部屋に戻ってくるはずで、それまでにはエリスに帰ってもらわねば……そんなことを考えながらベッドを調べる。ギースはノミを飼ってるからうっかり同じベッドを使うのを避けたい。ベッドの乱れ具合からギースの使っていないであろうベッドに座った。エリスは対面のベッドに座ろうとする。

 

「ギースさんはノミを飼っているらしいから、そのベッドには座らない方が良いと思うよ」

 

「そ、そうなの?」

 

「昔に父から聞いた話だとね」

 

そう返事をしたエリスが俺の隣に座った。距離が思ったより近い。そういうつもりではなかったんだが。困ったな。

 

「ねぇ、ルディ。私、シルフィと避難キャンプで会ったんだけど。あの子がルディのことをどう思ってるか気付いているの?」

 

並んで座った彼女が切り出したのは驚くことにシルフィの話だった。ちょっと意外だがロキシーのお膳立てだろう。

 

「たぶんだけど彼女は俺に怯えている」

 

「そう、知っていたのね。それでどうするつもりなの?」

 

「どうもできないよ。僕が怯えるなと言っても怖いモノは怖いだろうからね」

 

「いいのそれで?」

 

身から出た錆……では通じないか。

 

「自分の行いが招いた結果だからね。責任は取るよ。それにしてもエリス。君がシルフィの心配をするのはロキシーに何か言われたとか?」

 

「んー違うわ。魔法災害の後、避難キャンプの女性部にあの子が参加していたから少し話したのよ。それでもうあなたとは友達でいられないと言っていたから気になってね。シルフィが心配じゃないの?」

 

「彼女はまだ年齢的にも外の世界に出るのは早い。村の復興もあるし、ご両親も健在だし、心配いらないよ」

 

『友達でいられない』その言葉は重かったが、俺の未来が真っ暗になったことを深く考えてみればその可能性が高かったことだ。そう自分に言い聞かせて挫けそうな心を立て直し、返事をした。

 

「そう……なら、私のことは心配してくれた? よくは知らないけどこの大災害を回避するためにルディはずっと旅をしていたんでしょう?」

 

「フィリップさまには避難計画も復興計画もお願いしていたし、ギレーヌも居たから無事だと信じていたよ」

 

「信じてた……まぁ良いわ。後はロキシーさんからルディが死にかけていたって聞いた。その理由のほとんどが私のためだったって。どうしてそこまでしてくれたのかしら?」

 

俺は少し迷ってから災害前に使い古した言い訳を言うことにした。

 

「父の話はどの辺りまで聞き及んでるかしらないけど……」

 

「この2年の間に社交界の知識もいろいろ覚えたわ」

 

「なら話は早いね。僕の父はミルボッツ領の領主の座を捨てて冒険者になったんだけど、同じパーティメンバーの母を妊娠させてね。2人はパーティを脱退して遠縁のボレアス家を頼った。それでサウロスさまにブエナ村の騎士の地位を与えて頂いたんだよ。そうして生まれたのが僕。つまり、僕の命は一度ボレアス家に救われている。その恩返しがしたかっただけなんだ」

 

これまでと同じ論法を彼女に使ったのは、エリスだってまだ12歳か13歳、真実を伝えて良い歳ではないと思ったからだ。だが彼女の瞳が厳しさを増すと声が怒気を孕みつつあった。

 

「この2年半の私の成長を甘くみていない? そういう建前に騙されると思ってるなら違うと知ってもらうわ」

 

「甘くみてなんか……」

 

「ルディ!」

「はひっ」

 

強い口調で窘められて即座に返事をした。のんびりしていたら襟元を掴まれる展開だ。

 

「怒らないから本当のことを話して。ロキシーさんに聞いても信じられないところがあるの。だからあなたから聞きたい。夢の中の私はどんなだった?」

 

夢の中の話として聞いたのなら話しやすい。ありがとうロキシー。

 

「そうか、夢の話を聞いたんだね。夢の中の僕はエリスの家庭教師を3年間勤めていてね。それが君との出会いだった。剣術がエリスより出来なかったから勉強嫌いの君によく殴り倒されたよ。だから正直、凶暴でプライドの高い女の子っていう印象がある。今のエリスからしたらそんなはずないって思うだろうけどね」

 

「そんなことはないわ。ルディが屋敷(うち)に来た初日に私が夜襲をかけたでしょ? あれが成功していたらきっと私の印象は今と違って夢の中と似ていたと思う。そう……未来を知っていたから初めて挨拶をした時に『魅力的になれる』って言ってくれたのかしら?」

 

「夢の中で初めてエリスに会ったときも将来美人になると思っていたから、そこはあまり関係ないかな。それより僕が剣術指導で使ったやり方を誰に習ったかは知っておいて欲しいよ」

 

「『昔教えてくれた人の真似だ』って言っていたあれね」

 

「随分前に一度しただけの話なのによく覚えてるね。夢の中の僕とエリスは今回の災害のせいでロアから魔大陸に転移する。そこでスペルド族の男と出会ってロアへ帰還する旅を3年もするんだけどギレーヌと離れ離れになったエリスが3年の間に戦士の技を学ぶのがそのスペルド族の男なんだ」

 

「つまりその魔族の教え方をルディが真似したってことね」

 

「うん。僕とは流派が違うし、500年近い戦闘経験を持った戦士だから学べることが今も沢山あると思う。いつか出会うことがあったら教えを請うと良い」

 

俺はエリスとギレーヌの師弟関係も好きだがエリスとルイジェルドの関係も好きだった。フィリップもサウロスも居れば父親代わりは必要ないし、別の形で出会えば別の関係性が構築されるのだろうけど、それでもあの旅がルイジェルドの心を少しだけ癒した気もしている。だからその道を残したいと思う。

 

「そう、本当に未来を視たのね」

 

エリスは俺の話を聞いてようやく夢の話を信じ始めたようだった。

 

「でもどうしたいの? ルディの望みが判らない」

 

「僕はエリスにはエリス自身で未来を選んで欲しい。それとこれは僕とエリスとシルフィの3人に共通することだけど、僕が視た未来でこの災害が起きて僕らは家族との時間を奪われてしまった。だから街は消えてしまったけれど命だけでも助かることができたのだから家族との時間を大切にしてもらいたいんだ」

 

俺が勝手に作った目標を無理強いしたくはないが、夢の話を聞いたなら俺が誘導していた真意はもう隠さないで良いだろう。

 

「そんな風に思っていたのなら、期待には応えられなかったかもしれないわ。でも私の2年半も知って欲しいの。聞いてくれる?」

 

俺は頷いた。フィリップからは勝手に語るべきものではないと聞いて少し気にはなっていた話だ。彼女は何を思い、何をして過ごしていたのだろうか。

 

「ルディがお屋敷を去ったときにお別れの手紙を残していったでしょう? あのとき、ルディのことが好きって言いそびれてしまったから私、ショックだった。それでも手紙の最後に書かれた言葉を頼りにルディの意図を考えようって、もしかしたらまだ私を捨てたわけじゃないかもしれないって思ったの。ギレーヌもあのカトラスは王様にだって手に入れることができない名刀だって言ってくれたからそう思えた」

 

俺も思いつめていたし、そこまでの意図はなかったんだが言うまい。俺は黙って彼女の話を聞いていた。

 

「それで武家のボレアスで剣を大事にして勉強と礼儀作法が必要なこと、それは騎士なのかなって考えた。だからお祖父さまにお願いしてフィットア領内の騎士団で修行させて頂いたわ。見習い騎士として街の警邏に参加したり、定期の魔獣討伐にも参加した。でもフィットア領で私が満足する仕事はなかったし、結婚相手として見られることも多かった。それなら王国騎士団もありかなと考えたけれど、ボレアス家と対立したり、人質みたいに扱われる可能性もあったから結局、騎士の道は諦めたの」

 

ふむ……ルークと結婚したルートなら既婚者でノトス家ともつながり、騎士の道を諦めずに済むことになるのだろうか。年齢も関係しているのかもしれない。

 

「それで次にね、昔から成りたかった冒険者を目指したの。冒険者の常識やルールを学びながらギレーヌ以外の冒険者とも一緒に任務をこなしてみたりした。けどアスラ王国は平和な地域だから冒険者活動でもやっぱり満足できなかった。世間を知ることでギレーヌが頭一つ抜けて強いってことも、ルディがすごい存在だってことも知れたわ。

同時に別のことにも気付いたの。自分の置かれた状況に流されずに自分で考えて自分で判断する。ルディがそうできるように仕向けてくれていた。そしてこれで良かった。だって私は騎士や冒険者になって自分がそれに満足できないって実感できたんだもの。私の中で満足できたのはルディとアルスに旅した時だった」

 

確かに俺はエリスが冒険者になれるようにと冒険者としての必須能力が身に付くように仕向けた。でも彼女がその意図を考え、そこに気づくとは思っていなかった。ただし、まだ貴族の道は残っている気もする。けれどそれを言ってしまうのは野暮な気もした。

 

「それでね。ついこの前のルディの10歳の誕生日パーティーのとき、私の想いを伝えようと思ったの。でも上手く行かなくて。あぁ私は振られてしまったんだって、捨てられてしまったんだって。私よりシルフィって幼馴染の方が大事だって。アルスに行った旅の時からあなたの想いは変えられなかったんだって。私が入り込む余地なんて無かったんだって。そう理解してしまって悲しかった」

 

彼女の言葉は重い。そこまで彼女を苦しめたのは俺だ。

 

「でもね、お祖父さまが『武家の娘ならいつまでもクヨクヨするでない』って言ってくれて。お祖父さまのあんな悲しそうな顔、初めて見たの。だから私はこれからを考えはじめた。剣士として最強になる。なんのために強くなるのか。冒険者として活躍する。なんのために冒険をするのか。これからルディ無しで生きていく。なんの意味があるのか。でも答えが出る前にシルフィと会って、シルフィの気持ちを知った。だから私はまた迷ってしまった」

 

「どうして?」

 

俺には迷った理由が全く思い当たらなかったので踏み込んで聞いてしまった。それは他人と関わっていく以上は当たり前のことだったけれども、こと嫁たちの事に関してはなぜか判った気になっていた表れだった。聞いてしまってからそう理解した。

 

「どうしてって……。ギースとギレーヌに引き留められてしまって……ううん、違うわ。もし引き留められなくてもルディがいるテントまで行かずに戻って来たと思う。シルフィが勘違いしたままじゃ、彼女は後悔するって思った」

 

俺は今のエリスの気持ちにしっかりと向き合わないといけない。まだ続きがあるならと、続きを黙って待った。

 

「傷心中のルディに私の想いをぶつけてあなたを手に入れる。それが意味するところって結局は、シルフィからルディを奪うってことよ。ルディからシルフィを奪うってことでもあるわね。私が剣で強くなったら、ルディを守る剣になるはずだった。私が冒険者をできるようになったら、ルディと未知を探しに行くはずだった。なのに、私の願いはルディを傷つけるものになる。それが正しいことだって思えなかったの。だけど最後のチャンスをふいにしたとも思った。だから孤児院で気を紛らわせていたのよ」

 

前世でエリスが俺に決闘を申し込んだあの時に、俺が選択ミスをしていたらこんな感じで彼女は身を引いたと感じる。そして誤解されてでも遠くから俺を見守って行くのではないか。貰った日記と同じように。そうだ、俺と出会ったならルークとの道があるわけがないじゃないか……。

 

「でもね、ロキシーさんに話を聞いて考えが変ったわ。だってルディはロキシーさんも私も愛しているんでしょう? シルフィと本当の愛を探していてくれて構わない。むしろ支えさせて欲しいの。代わりにあなたと一緒に居させて欲しい。あなたが居なくてずっと寂しかった。私を独りにしないで。ねぇ、ダメ?」

 

彼女の目をジッと見つめる。俺も彼女も苦しんだ。我慢もした。俺の選択ミスに付き合って、それでも好いてくれる。暗闇の中で寂しくて助けを求めた俺だから彼女の先に待っているものが良く判った。でも約束がある。断る訳ではないけれど、確認はしておかねばならない。

 

「弱ったな。まず僕と一緒にいるなら剣王くらいにはならないといけない。修行はきっと過酷だよ。それに僕がシルフィと仲直りするまではロキシーだけのモノになるって約束してしまったんだけど」

 

「私、ルディと一緒に最強を目指すわ。ロキシーさんの方も大丈夫。だって一緒に支えませんか?ってロキシーさんに誘われたんだから」

 

最強を目指す、いつかも言っていた。あの時の話に俺は居なかったけれど、今は一緒にって。俺はこうなりたかった。それが叶った。

 

「エリスの気持ちはすごく嬉しい。でもまず1つ謝らせて欲しい。ずっと冷たい態度をとってしまってゴメン。こんな俺だけどエリスが傍にいなきゃやっぱりダメなんだ」

 

「うん」

 

「好きだ。エリス」

 

「好きよ。ルディ」

 

 

 




次回予告
アンがルーデウスを過去へと転移させた。
本来変わるはずのない運命だった彼の運命を変えて。
ルーデウスの強い運命力を彼の子孫が引き継ぐように
彼から生み出された彼女もまた
強い運命力を持っていたというのか。

次回『ハル』
そして彼女は出会った。



図1.フィットア領の水域




図2.復興状況



・時間軸の整理
-10歳と5か月
 黒い夢を見る
 ロキシーに告白する
 ロキシーと結ばれる
 新婚旅行に行く
 タルハンドと合流し、ブエナ村に戻る ←New!

-10歳と6か月
 ロアへ行き、エリスの護衛へ(44話のフィリップ視点と繋がります) ←New!

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