無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第054話_シルフィ・ライクト・ヒム IV

---導かれた道が取り得る中で最も正しい道とは限らない---

 

師匠の見え見えの打ち込みが頭上に迫るところを左から右にステップし躱そうとする。当然だが師匠も私の動作に追随するように剣の軌道が変化し、左の肩口に迫ってくる。左に迫る木剣を自分の剣で防ぎ、相手の力を進行方向に逃がすことで距離を稼ぐ。

躱しきって着地すると師匠の次の動きを予測する。師匠はもう一度、正眼で構えなおしてこちらの動きに対応するだろう。私は師匠のさらに後ろを見透かすように視線を動かす、そこに何かがあるかのように。でも師匠はその動きには何の対応もしない。

師匠が構え、私も中段から相手の剣に張り付くように連続で3回打ち込む。視線の誘導によって4回目も師匠は私の剣を受けにきて、私はその剣を空振りさせて、返す木剣で下から切り上げた。

が、体重の乗っていない切り上げは完全に後からだった師匠の動きにより、剣鍔で止められ、私の木剣と師匠の剣が1つになる。力が拮抗した瞬間、まるで2つの剣は2つで1つの剣になり、師匠の鍔が動くだけで私は自分の重心がわからなくなった。態勢を崩して尻もちを着く。

昔から師匠との打ち込みは必ず私の負けで終わる。でもルディの教えを見てからは何かを導くようなポイントを持った返しに変わった。今回もそうだとすれば師匠が伝えようとしたことを理解しなければならない。尻もちを着いたまま考えていると師匠の手が差し出された。手を取って立ち上がり、お尻についた砂を(はた)く。

 

「シルフィ、目に頼りすぎるな」

 

「どうしてですか?」

 

「そうあちこち見えないからさ」

 

今日はアドバイスがあった。アドバイスは無いときもある。その方がルディの教え方に近い。わざわざアドバイスした意図も大事だから、こういうときは聞き返した方が良い。

 

「でもこれ、目線による誘導を使って相手にフェイントをかける訓練ですよね?」

 

「だからだよ」

 

師匠の今日のアドバイスは終わってしまった。

 

「わかんないですよ」

 

師匠の背中にそう叩きつけると立ち止まった師匠が後ろ姿のまま頭を掻いて言った。

 

「わかんねぇからだよ」

 

意味がわからないが最近の師匠のヒントはこういうものだ。少し考えてみよう。

 

--

 

ルディがまたまた旅に出たので昼のお茶会に呼ばれるようになった。私に関係する話をするときはこの前のデートの話題が多めだ。服が好評だった話をすると、教えた裁縫で今度は自分で作って見なさいと言われた。ゼニスさんとリーリャさんは妹ちゃん達の服を作るそうだ。お料理についても「お弁当の作り方を教えて欲しい」と頼むと「任せなさい」とお母さんが言ってくれた。

お嫁さんにしてくれるという話とキスした話へのグレイラット家2人の反応は「歓迎するわ。でもこれからが大変なのよね」、「そうですね。大変だと思います」とあっさりしたものだった。

私が「そうですね、秘密事が多いのが悩みです」と答えると、「好きな相手にもねぇ。だからこそなのかしら」、「不安に思うくらいなら訊き出すべきです」という深刻さの伝わってくる感想と意見があった。

 

「シルフィ、10歳になったら学校に行く?」

 

「どうして?お母さん」

 

「ルディ君があなたは魔法大学に進学するだろうって昔いってたから」

 

「ええー? ルディ自身が学校に行かないっていうし、私も学校で教わる魔術はないってこの前は言われたから、ルディが旅を終えてブエナ村にいるなら離れたくないよ」

 

「そう……」

「いいのかしら」

「気持ちは分かりますが」

 

「でも、これ以上離れ離れっていうのもね。それにルディ君もさすがに当時は村の外のレベルが判らなかったという線もあるわね」

 

「教本の課題をみせてもらったときにどうみても大学か王立図書館に行って調べる内容だと思ったのも確かよ。まぁ、シルフィちゃんは頑張っているし何より女の子の気持ちをそんな風に操ろうっていうところはあの子の欠点よね」

 

「カフェに行こうと約束したり、宮廷魔導師にならないかと聞いてみたり、村から出したいという意図を感じますが」

 

「村から出て何を?」

 

「シルフィちゃん、何か気付くことはありますか?」

 

「大人になったら新流派の道場を開くのが夢だって言ってましたから、それなりに大きな町に引っ越すつもりかもしれないです。ただ、皆のことをどうするのかはわからないです」

 

そう言うと3人は顔を見合わせたり、首を振ったり、何だろうか。何か見当違いなことを言ってしまったのかな。お茶会が終わって私はお昼寝中の妹ちゃん達を眺めていて、お母さん達は台所にティーセットを片付けに行った。

 

 

--ゼニス視点--

 

お茶会を終えて洗い物をしていると、リーリャとフィアーナも手伝いに来てくれた。

いや、先程の話の続きね。

 

「ルディ君は何を考えているのかしら……」

 

「本当は一緒に連れて行きたくて興味を示すか確認した、というのはあり得ます。でもシルフィちゃんはブエナ村を出るつもりがなかったという感じでしょうか」

 

「周りが無理に話を進めるのはダメよ。息子の言う通り、もう少し大人になってから改めて考えれば良いと思うわ。それより想像以上に旅が長いのが心配なのよね」

 

姉さんはそれで結局不幸になったし、私もそれが嫌で家出をしたのだから息子に同じ想いはさせたくない。

でもだ。夢が道場を開くことだって話なら、今の旅はきっとあの子が私たちのために無理していることだ。言われなくても無理しちゃう子なんてどうやって育てたら良いのか。誰か教えて欲しい。

 

「あとどれくらいこんな生活を続ける予定なの?」

 

「それがはっきりしたことは教えてくれなくて。シルフィちゃんが大事なはずだから小まめに帰って来るとは思うし、1人で抱えきれなくなる前に相談してくれる約束だからきっと大丈夫よ」

 

「王様にまで会ったという話ですから、相談しても旅を諦めなさいと言われるのがオチだと判っているのかもしれません」

 

諦めさせるのが最後の手段だとしても、あの子が潰れてしまわないように何ができるかは考えていかないといけない。あの子の母親として。

 

 

--シルフィ視点--

 

ルディが旅に出てまた半年が経った。

ゼニスさんやリーリャさんとルディはそろそろ帰って来るだろうという話をしていたが、ここ数日はグレイラット家には行くことができなかった。村の治療院にもゼニスさんにも治せない重病人が出て、私が治療するために治療院と家を往復していたのだ。

私は上級の解毒魔術をルディが教えてくれただけしか知っていなかったから、それで治療ができて本当に良かった。もし私が治せない病気で私がちゃんと調べていれば助かったなんて状況だったらと思うとゾっとした。

 

一仕事終えて家でゆっくりしていると、突然ルディが私の家に会いに来た。どうやら昨日の朝に帰って来たらしい。

でも様子がおかしい。表情は暗く、私が好きな包み込んでくれるような優しさを感じない。余裕がない。こんな彼を見たことは一度もない。そして服装もおかしい。昨日、帰ってきたはずの彼がまた旅に出る格好をしているのだ。

何かあったのだとしたら相当深刻な問題な気がする。私に出来ることは何だろうか。

 

「ルディ、大丈夫?」

 

「あぁ、元気だよ」

 

声からは元気の無さが滲み出てきている。充電が必要だろうか。それで済むなら抱きしめてくれるはずだよね。もしよかったら抱きしめてキスしてくれても良いんだよ?

そのとき、彼の肘から先が動いたので充電の儀式になるかと思った。が、その動きは逆回しで戻って行ってしまう。すこしガッカリした。

 

「また旅にでるの?」

 

「寂しい?」

 

「私も連れてって」

 

自分でも衝動的な発言だったが、この半年の課題から感じたルディの気持ちを汲み取ればこれが正解のはず。でも返って来たのは肩透かしな言葉だった。

 

「ロールズさんとフィアーナさんを悲しませたくない」

 

「ルディだって、おじさまやおばさまたちを悲しませてる」

 

「そうだね」

 

「ごめんなさい」

 

「良いんだ。本当のことだから」

 

ワガママを言っているつもりはなかった。むしろ彼の意見を汲んだはずだった。でも彼はそう受け取らなかった。それで言うべきではないことを言ってしまった。

ルディが怒って喧嘩になって、それで元に戻ったって今より良い。私はもっとワガママを言ってそれから甘えようと考えた。少しくらい困らせた方が彼は私を気に掛けてくれる。私が作戦に出ようとしたとき、残念ながらルディが先に口を開いた。

 

「シルフィ、この前の課題はどうなってる?」

 

「3冊とも読み終わって禁書は言付け通り燃やしたよ。解毒魔術の中級はゼニスおばさんに協力してもらって全部埋めれたと思う。ただ、上級はここではどうしようもなくてそのままになってるの」

 

「そう。ならここに答えがあるから確認して解毒の上級も全部マスターすると良い。シルフィなら必ずできる」

 

「でも……いいの?」

 

「構わないさ。元々ブエナ村に居たら知りようもない課題だった。よく考えずに課題を出して悪かったよ。こっちこそごめんな」

 

私はルディから上級解毒魔術の呪文と効果についてのメモを受け取った。そして彼は別れの挨拶をすると自宅へと帰って行った。村を出るなら道が反対だ。

でも旅に出る格好をしている。胸騒ぎが大きくなった。なぜだか彼がしばらく帰ってこない。そんな予感がしていた。

 

--

 

しばらくして師匠とゼニスさんとお母さんが慌てて村の外に出掛けて行った。なぜお母さんが付いて行くのか理由は良く分からなかった。リーリャさんにその点を尋ねたが客観的な視点を必要とする話らしい。そう聞いて村のお仕事に関することかなとその時は思った。

帰って来た師匠の態度はそう変わらないように見えたけど、稽古の最中に深刻な顔をすることがあった。一方、ゼニスさんの口数が少なくなった。それだけでなくぼんやりしているなって思うことが多くなった。2人を見て私はルディに何かあったんだとようやく気付いた。

やはり、ルディが長く旅に出ていることでルディの両親は悲しんでいる。

 

半年。また半年彼に会えなかった。旅立ちの挨拶にきた1日をカウントしなければ、デートをしてキスをして好きだよって言ってもらって、それからもう1年以上になる。彼は私と会えなくて寂しくないのだろうか。

こんなに私は会いたいのに。

ずっとエリスさんのところにいるのはなぜなのか。

 

「お母さん、ロアに行っても良い?」

 

「もう1年以上になるものね」

 

お母さんは1日だけ帰って来た彼が私に会いに来たことを知らない。

 

「うん」

 

「でもルディ君はロアに居ないわよ」

 

「え?」

 

私がリーリャさんと2人でグレイラット家に泊った日、お母さんは師匠とゼニスさんとロアに行ったのだった。もしルディがロアに居たならそこで会っただろう。

 

「だったら、ルディってどこにいるの?」

 

「それがね。行方不明なの」

 

頭が真っ白になりかけた。

 

「どうして?」

 

「どうしてって。ルディ君は『10歳の誕生日には戻ってきます』と書き置きをして旅に出たみたいだけど、1年前にはロアの領主様のお屋敷で借りていた部屋は引き払っていたのよ。パウロさんたちは領主様の所に居ると思っていて、領主様の方では実家に帰ったと思っていたから、この1年の間は彼がどこにいるのかを誰も知らないの」

 

師匠とゼニスさんの態度が変なのも頷けた。リーリャさんも思うところはあるのだろうが、私では見抜けない変化だったということだろう。でもそれなら。

 

「だったらどうして探さないの?」

 

「パウロさんにはお役目があるし、ノルンちゃんやアイシャちゃんが小さくて誰も探しに行けないのよ。

それにね。お母さんには少し判らない話だったけれど、ルディ君が隠れようと思ったら私たちの力では彼を見つけられないと言っていたわ」

 

「わかんないよ。ルディは旅に出て何をしているの? どうして隠れる必要があるの?」

 

「彼はフィットア領に悪いことが起こるのを防ぐために旅をしているらしくて、防げなかったときのためにお金を稼いでいるそうね。でも家出をして姿を(くら)ましてしまったのは良く分からないわ。理由をいろいろと想像することはできるけれどね」

 

ようやくルディのやって来たことを知ることができた。以前にリーリャさんも「自分を犠牲にして旅をしている」と言っていたけれども、そのスケールの大きさに驚いた。それはいい。問題は彼が消えた理由が良く分からないことだ。

 

「なら私が探してくる!」

 

「待ちなさい、シルフィ。貴方にそれをさせるわけにはいかないわ」

 

「ルディが心配なの!」

 

「うん。判ってるわ。大丈夫。ちゃんと説明してあげるから……」

 

お母さんの話は少し長かったのでまとめると、『幼い子供の一人旅というのは想像以上に難しく、力があっても基本的には不可能であること』、『本当に10歳の誕生日までに戻ってくるなら今から探しに行ってもすれ違いになる可能性が高いこと』、『もうすぐ私の身体に変化がくること』ということだった。

師匠の話も合わせれば師匠が強くなる必要があるような何かがあるかもしれず、私はそのとき両親を守るという役目がある。

お母さんの言い分も私は理解できてしまった。旅に出る覚悟もお金も探しに行く当てもないせいもあった。師匠の話―両親を守る―については結界魔術を使うことで私がいなくても守る方法を考えることもできる。ただ塗料や粘土、それにお母さん達でも使えるように魔力結晶が必要だ。

ルディのことが心配だけど、私のことをどうでも良いと思っているわけではないなら我慢しろということなんだ。私は結局、ブエナ村を出なかった。

 

--

 

ついに1年が過ぎてもルディは帰って来なかった。その間に私は師匠から水神流の上級、北神流の中級相当の力があると言われた。剣術の稽古中に体内から治療魔術を使うときのような魔力の流れを感じ、筋肉だけではとても出来ないような瞬発力や反射神経が得られるときがある。ほぼ無意識な現象だけど、それは闘気(オーラ)というもので意識的に操作できれば聖級剣士の証らしい。

師匠は剣神流の剣士でもあるが、彼曰く魔法剣士の戦法は剣神流の教えと合わないそうだ。だから剣神流を使えるようになるのではなく、戦法から剣神流剣士に負けないような戦い方を考えておく必要があると私も思う。ということで最近は剣神流を使う相手として師匠と手合せをしている。

それだけではない。師匠は最近、冒険者時代の旅の話をするようになった。冒険者になり、広い世界に出ていろいろな経験をした話だ。師匠は昔話をするとき少し幸せそうだった。今が辛いから昔を思い出しているのかもしれない。

 

--

 

ルディに渡されたメモから残りの上級の解毒魔術もマスターした。無詠唱魔術として使う分には何の苦労もなかったけれども、詠唱文を覚えるのは苦労した。といっても、その苦労とは数が多くて暗記に時間を要したというだけだ。

また、異なる魔術を両手で同時に使う方法は相変わらず体得できていなかった。混合魔術をノータイムで発動でき応用魔術の幅が広がるこの技術は、ルディに追いつくためには絶対に欲しいところだ。だからこれまでに考えた方法や試した結果は細かくレポートとしてまとめてある。

あとは妹ちゃんたちが歩くようになって言葉を覚える間に、自分の服を3着作った。オシャレなものと言うよりは普段着や旅に出て困らないようなしっかりとした生地のものだ。思い通りの出来だったので満足している。

そして今はリーリャさんから礼儀作法を教わっている。10歳の誕生日までには立派なレディになれますよと言われているから安心して良いだろう。

明確に聞いた訳ではないけど、ルディの育て方を反省してノルンちゃんとアイシャちゃんには早くからの英才教育はしないようだ。それでも彼女たちが求めれば違うのだろうけど。

 

--

 

月日は流れて、もうすぐ1年半が経とうとしている。

礼儀作法の習い事も終わった。時を同じくして子供の手が掛からなくなってきたということで最近はグレイラット家での花嫁修業も終わった。だからお母さんに付き添ってお茶会に出席するときくらいしかルディの家には行っていない。名目は彼の部屋の掃除と妹たち―ノルンやアイシャ―と遊ぶことだ。彼女たちが生まれてからずっと一緒なせいか、最近は彼女たちのことを自分の妹みたいに感じる。だから呼び方も呼び捨てになった。

今日も机とベッド以外に何もない彼の部屋を掃除して、もう私の匂いだけがするベッドに入ると恋しさで頭がどうにかなりそうだった。

本当にルディは帰って来るのだろうか。もし帰って来なかったら私はどうするべきなのか。ひたすら待ち続けることが正解だとは思えない。なぜ彼は居なくなってしまったのか。そう考えながらベッドの中から出る。

部屋の扉を開けると、楽しそうな声がした。

 

「わーーーーー!! まってよーーーー!」

「あははははははは! どーーーーーーーん!」

 

ドゴン!

 

「ヴアアアア、ア゙イ゙ジャ゙ガオジダアアアアア」

「あはははははははははは!」

 

訂正。大人でもこれだけ勢いよく頭をぶつけたら痛くて涙が出る。そういう音がした。子供らしいだろうが私が見逃す案件ではない。

 

ゴン!

 

アイシャの脳天にゲンコツをする。当然、手加減はしている。

 

「なにしてるの!」

「いったーい」

 

頭をさすりながらアイシャが痛みを訴えた。

 

「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

「ノルンねぇとかけっこしてもつまんないんだもん。シルフィねぇべんきょうおしえてよ!」

「ム゙ブア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」

 

泣いているノルンと悪気のないアイシャ。いじめは良くない。遊んでるだけ? やられた方は一生覚えている。

 

「それでアイシャはノルンが泣くのが面白いってこと?」

「ふぇっ? そうじゃないけど……」

 

話してる間に無詠唱の治癒魔術でノルンを癒す。

 

「はい! ノルン、もう痛くないんだから泣き止みなさい」

「ア゙リ゙ガドオ゙ネ゙ェ゙ヂャ゙ン゙」

 

ありがとうが言える。偉いね。さてどうしようかしら。アイシャの好奇心を満たしながらノルンが楽しめるような……。

 

「そうね……」

 

私が詳しく知ってることと言えば……ルディのことだ。それが正しいことなのかは分からなかったけど、ルディのことを話すことにした。ルディの話をするのは楽しかった。

私がイジメから解放された話をすると

 

「しるふぃねぇ、つらいね」

「さいってーそいつら。『ギゼル兄のこと無視すんなよ』ってダサくない?」

 

と感想が返って来た。思いはそれぞれだ。私はルディを真似して余計なことを言わなかった。内緒にしろと言われた重力魔術については別の魔術に置き換えておく。今後、結界魔術の話もしないようにしておく必要がある。

それからもお茶会に来る度に2人にルディのエピソードを話した。

 

「おにぃたんすのい」

「ええ、そんなのぜーーーったいうそだよ。ノルンねぇどうしてしんじちゃうかなぁ」

 

というのが2人の口癖だ。それから私はこういうのだ。

 

「ルディはなぜそう言ったのだと思う?」

 

2人の意見を聞くのも楽しかった。ノルンはルディと出会った頃の私と近い思考をしていた。もうすぐ4歳なんだから普通かな。アイシャの考え方は逆にルディに似ている。普段から思うことだけどアイシャは何でもできる女の子になりそうな、そんな片鱗を見せている。だからアイシャの才能の伸び具合に注意して私と同じレベルくらいまでとしよう。ただノルンに対する容赦がないのは上手に気持ちを逸らしてあげなければいけない。他の村の子と同じく家の手伝いで忙しくなればそういうのもなくなるだろう。そうなって欲しい。

 

--

 

お母さんがルディに言われて育てていた草から染料を作り始めた。私のための物だからと手伝おうとしたら、「あなたには別にやることがあるでしょ?」と言われてしまった。なんのことかと思った。

お父さんも夕飯後に仕事道具のメンテを終えると木の板を組み合わせて作った箱の表面を彫っていた。どこかで見たことがあると思ったらお母さんの化粧箱にそっくりだ。気になって「誰のを作っているの?」と聞くと「今度の誕生日プレゼントだよ」と教えてくれた。

あぁそうか、私の10歳の誕生日だ。ということはお母さんが作っていた染料もプレゼントという線が濃厚だ。楽しみに待っていろと言われれば待っていれば良い。そこでお母さんの言うことも理解した。私の10歳の誕生日が来るということは、少し後にルディの誕生日も来る。その時のプレゼントを準備しよう。

もしかしたらルディからは貰えないかもしれないけど、お母さんの誕生日プレゼントの染料の草の種はそもそもルディがくれたものだ。気にすることはない。それより元気で帰ってきて欲しい。帰ってきたら何を贈ろうか。彼が欲しいもの。最近覚えた裁縫で服でも作ろうか。でも、この前のデートでは良い服を着ていた。

都会のちゃんとした服屋さんで購入したものだろう。お金も稼いでいるらしいし、困ったな。

お母さんに聞いてみると、「そういうのはなんでもいいのよ」と言われた。なんでもいいっていうのが一番困る。

男の子の喜びそうなものなら同性の方が判るかもしれないと思って、お父さんに訊いてみると、「我が家に伝わる幸運のお守りが良いだろう」と作り方を教えてくれた。お父さんも常に身に付けている。

誕生日の後にまた旅に出るようなら丁度良い。プレゼントが私の気持ちを上手く伝えてくれると思った。

木彫りのペンダント。慣れていなくて思ったより完成までに日数がかかった。頑張って作ったけど出来は思わしくない。左右のバランスがおかしくて不格好なのだ。でも、これはこれで趣き深い気がする。あとは渡す相手が戻って来てくれるかどうかだ。

 

--

 

私の誕生日が近づくと、師匠が「10歳の誕生日を一緒にやらないか?」と言い出した。

 

「一緒にってルディとですか?」

 

「あぁ、まぁそういうことだな」

 

「構わないですけど私の誕生日はもうすぐです。ルディが帰って来なかったら一緒にやれないですけど」

 

「そのことなんだが……落ち着いて聞いて欲しい」

 

私はコクコクと頷いた。少し待ったが話が進まないので不安が掻き立てられる。不安そうな顔だったかもしれない。師匠は私の目をみてから一度息をついた。

 

「実は10日ほど前にルディは帰ってきたんだ」

 

「でも朝練に姿を見せないなんて。ルディに何か?」

 

「まぁその……。身体は元気みたいなんだが少し雰囲気がおかしくてな。朝錬をしていない理由も良く分からないんだ。長旅で疲れているのかもしれん。だから誕生日までは会わない方が良いだろうというのが俺の判断だ」

 

「判りました。誕生日、楽しみにしてます」

 

充電が必要なら早めに会った方が良いと思うのだが、師匠の判断も反論できない程には筋が通っている。それに私の誕生日にルディは居ないと思っていたから一緒に祝えることがとても嬉しかった。

そして誕生日会があり、プレゼントを交換し、お母さんと髪染めの練習をして、ルディが少しロアに出掛けて……。

 

これからと言う時にあの事件が起きた。

 

 

 




次回予告
人の神があらゆる介入をし、それでも匙を投げる程の
本来変わるはずのない、分かち難い魔族の女性との絆。
その絆に反した、別の者だけを選ぶという決断。
たとえ変わるはずのない運命を変えられる
強い運命を持った者の決断だとしても。

次回『廻る少女たちの運命の輪』
矛盾が運命を狂わせていく。

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