無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第042話_クロッシングポイント

---運命の交差する刻---

 

俺は家族に避難するように伝えるために実家に帰って来た。短く話し合った末にパウロは村人を、俺は自分の家族とロールズ家を連れて行くという分担になった。

パウロに避難経路を書いたメモを渡し、村人を避難させるようにお願いすると、パウロの行動は迅速だった。カラヴァッジョに乗り、迷いなく走って行く。

俺は残った家族にもパウロにした話と同じ説明をして避難の準備をするように伝える。それから自室に戻り、背嚢へ誕生日にもらった手紙と絵を納めると、ロールズの一家を迎えに行った。

急に来た俺にシルフィとフィアーナが怪訝な顔をするが、すぐに持てるだけの保存食と衣類とお金を持って避難をするようにと伝える。

 

「でもお父さんが……」

 

「俺が探してくる。2人はウチの家族と合流して」

 

不安げな顔で難色を示したシルフィに俺は力強く答える。

 

「いやその前に……」

 

別の事に気付いた俺はシルフィの元へと歩き、そして彼女の髪の毛を1房手に取った。

 

「?」

 

「シルフィの髪は綺麗だけど、これから知らない人がたくさん居るところに行くから染めた方が良いと思う」

 

「うん、わかった」

 

俺はフィアーナにも髪染めの手伝いをお願いした。

 

「主人は2日前から狩りに行ってます」

 

「染め終わったら、僕が戻らなくてもウチの家族と村の南の入り口に移動してください。父の指揮の元にそこから村で固まって移動します。移動が始まった場合は僕やロールズさんを待たずに父と一緒に移動するようお願いします」

 

「ルディ君は……」

 

「必ずロールズさんを見つけて合流します」

 

フィアーナが頷いたのを見て俺は踵を返した。こういう状況であれなセリフを吐くと良くないことが起こる気がするのは昔の常識であって、この世界では大丈夫なことが多い、きっと大丈夫。

俺は森に入り、バルバトス3体のシーフ能力を使って足跡を追う。3時間でロールズを発見し、彼を無事に家族の元に合流させることに成功した。上出来だろう。合流したロールズは娘の髪色をみて少し驚いたが特に過剰な反応はなかったのも良かった。もしかしたら、事前に試したことがあるのかもしれない。

パウロ、リーリャ、ゼニス、ノルン、アイシャ。

シルフィ、ロールズ、シルフィアーナ。

皆いる。この先に何が起こるかは分からないが、避難計画の通りに事が運べば転移事件を乗り切れる。

南東の避難地点に4日で辿り着くと、既に南の村の人々がフィリップの作った避難計画に従い、所定の位置で避難キャンプを作っているのが見える。

村の警護騎士たるパウロの指示の元、ブエナ村の住人も所定の位置に避難キャンプを作り、生活を始めた。パウロの人徳のおかげでブエナ村の村人からの不平は出ていない。

だが問題は食糧だ。着の身着のままとは言わないが手に持てるだけ、背に背負えるだけしか持つことができなかった。ブエナ村の住人が普段通りに食べてしまったら、数日中に手持ちが無くなる者が出始める。食糧が減って行けば村人の不安は増大する。それをパウロがどこまで抑えることができるのか、問題がありそうならアドバイスせねばならない。食糧問題を解決するための保存食は目と鼻の先に俺が用意した地下洞の中にある。しかし責任者のフィリップが到着してから保存食を配給する流れが自然だ。俺はなるべく多くを助けたいし、混乱も避けたいが、俺自身や家族が疑われるようなことをするつもりはない。

そして避難開始から6日目、ロアからの避難者が続々と現れた。これまで3つの村およそ600人が避難してきた場所に15倍以上の避難者が来る。フィリップと合流できたのは、7日目に入ってからだった。エリス、フィリップ、ヒルダ、ギレーヌ、エドナ、それ以外にも獣族のメイドが何人か。サウロスが北西の責任者だからアルフォンスやここに居ない面子は同じく北西に向ったのだろう。俺はエリスに声をかけなかった。声をかけることができなかった。

シルフィの前でエリスに声をかけることをしたくない。俺の誕生日の夜、フィリップが語ったことは記憶にまだ新しい。彼が語ったことをシルフィやリーリャに確認する気にはなれなかったし、パウロは皆から手紙が来たといい、フィリップは大人達がロアに集まって話し合ったという。俺は俺の人生を選び取っている。このやり直しで何をするべきか、何を目標とするか、それらを決めたのは俺だ。一方で俺だけで決めることができないこと ―相手のあること― について相手が何を選びたいのかを優先しているのも事実だ。

なぜか。

未来が完全に一致しないとしても俺はこの先の未来に対しても未だ未だ先回りできる。それを使えば彼女達を洗脳できてしまうし、心も命も弄ぶことができる。俺はそんなことをしたくはない。それがフィリップ達からしたら優柔不断だったり、決断力の無さに映るとしてもだ。

エリスの心を弄んでしまったというのは事実だ。非難は甘んじて受けよう。でも、もう転移事件は起きるんだ。

心を弄ぶようなことはこれ以上しない。エリスが俺を選ぶ選択は俺から道を塞いだ。シルフィが俺を最後まで選べばそれで終わり。シルフィが俺を選ばなければロキシーを探そう。ロキシーにだって愛想を尽かされているかもしれない。それもしょうがない。俺はヒトガミとは違う。違うはずだ。

 

フィリップが臨時の指揮所を構築するのを確認して、俺はルード商店の商品保管庫にある保存食を解放するので配給所を作るように提案した。

7日目が過ぎ8日目になってもロアからの避難者の列は途切れなかった。今日中に領外の安全領域に出れなければ犠牲者が出るだろう。

9日目になってロアの空が紫と茶色が混じったような色に変色していった。俺は前世の記憶を呼び起こし、肌がゾワゾワした。大規模な魔力の暴走、それに召喚光。それが北北西の空、ロアのある位置辺りで今か今かと爆発するときを待っている。こうなった以上、スケアコートは力を使い果たして、アルマンフィが回収しただろう。

そして時は来た。荒ぶる魔力の光りがフィットア領の各地を染め上げて行く。

そして何もかもが無くなったはずだ。家も、水車小屋も、教会も、黄金の麦畑も、ありとあらゆるもの……人間も。

目前で避難の間に合わなかった人間が飲み込まれたのを端緒に、恐怖が範囲外にいるはずの避難民たちに大きな波のように襲い掛かった。転移していく者たちが光の流星となって空を飛んでいくあのおぞましくも美しい光景を目にしている者は殆どいない。安全だったはずの避難民たちもが逃げ惑う。喧噪と怒号、阿鼻叫喚の中、俺は家族とシルフィを守った。

守りながら俺は喜び踊り出したかった。こんなに多くの人が助かった。命があればまだ生きていける。オルステッドの元で働いていた時だってこんなに一度に助けたことはない。場違いな喜びを顔から悟られないように必死に眉を顰めて表情を作った。でも抑えられていなかった。

 

「ねぇルディ、なんで笑ってるの?」

 

「え?」

 

シルフィの方を向きながら俺の顔面は硬直した。周囲の騒いでる声が一瞬で耳に入らなくなる。彼女の訝し気な表情。その表情に(いささ)かのショックを受けて握っていた手を緩めてしまった。彼女が一歩後退(あとじ)さり、俺から離れる。表情は困惑へ。それが何を意味するのか、たった一歩の距離が慣性運動でどこまでも離れて行く。そう悟った。俺はそれに抗う術を持っていなかった。

魔力災害が収まり夜の闇が迫ると生き残った人々も静けさを取り戻したが、そこかしこで嗚咽と怨嗟、心を乱して狂う者がいる。生活を奪われ、家族を奪われ、未来を奪われた人々。誰もが悲しみに暮れている。シルフィのことを考えると別の意味で俺の胸の痛みも強かった。他のことを考えようとしたらエリスの顔が浮かんだ。また別の女の事か。自分ながらに唾棄したくなるような思考に嫌気がさす。まぁ良いだろう。あいつ(エリス)は強い。ギレーヌもいればフィリップとヒルダも居る。きっと大丈夫。そう心の片隅で願った。

後悔してばかりも居られなかった。今晩中にやらねばならないこともある。そっとキャンプ地を抜け出した俺はスパルナに乗って各地の川を周り、石で出来た板で即席の橋を造った。見た者は首を傾げるだろうが、魔力災害の混乱で有耶無耶にできるという算段だ。ちゃんとした橋は後でつくれば良い。俺は明け方頃にキャンプ地に戻るとそのまま1時間程の浅い睡眠に就いた。

 

--

 

翌日から責任者のフィリップの指示の元、復興が始まった。と言っても1か月はこの避難キャンプで留まることになる。なぜなら故郷に帰っても何もなく食糧不足で飢えるだけだからだ。まずは領外に近いところから通商路と物流を構築する。ルード商店に依頼された商隊がそのために必要な物資を買い付けてやってくる手筈になっている。

一方で俺にもやらねばならないことがある。配給を受け取って朝食を摂るために家族が揃ったところで、避難キャンプを離れる旨を告げた。期間は数日から1か月だ。だが何をするか、詳細を伝えることができなかった。そのせいで親たちに不満が残ったようだが、災厄を目の当たりにしたためか俺の邪魔をする気も無いようであった。

パウロが指揮所と村の橋渡しをするための仕事に行き、俺も行動に移る。っとその前に。

 

「母さま、母さん、このタイミングで僕がここを離れることはどう考えてもおかしな話ですから、不審に思われたならロールズさんたちに予言のことを話していただいても構いません」

 

「そのことならもう話してしまったの」

 

ゼニスの言葉に俺は少しだけ記憶を巡らした。

 

「あぁサウロス邸に行ったという話のときにですか。なら問題ありません。行ってきます」

 

「いってらっしゃい」

「気を付けてね」

 

--

 

俺はまず一番距離が近いムスペルムのルード商店跡地に行き、地下室を掘り返して転移魔法陣から魔大陸地下室へと転移する。そして、置いてある「オルステッド向けの書類束」と「日本語―人間語辞典」を持ち出した。

次に俺はフィットア領の領内と周辺をスパルナに跨って見て回った。ナナホシがアスラ王国のどこかに召喚されたことまでは思い出せたが、残念ながら俺の記憶ではナナホシが召喚された細かい位置について情報が抜け落ちている。初めてラノア大学で会った時、その辺りの説明を受けた気もしないでもなかったが、どうしても思い出せなかった。

だから虱潰しに見て回るしかなかった。それでも闇雲に調べることはしない。俺が想像するに、オルステッドは魔力の暴走と召喚光を見てフィットア領方面にやってきた。その理由は己の知らない事象がこのループで起きたことを確認するためだったと予想できる。そうした結果がオルステッドとナナホシを引き合わせた。となればナナホシが召喚されたというアスラ国内の位置はフィットア領かその周辺と考えるのが妥当だ。

俺の目で見えなくてもバルバトスなら見逃さないと踏んで、バルバトスも召喚している。そうして探すこと2日、80年以上前に見た懐かしい日本のセーラー服の女と不釣り合いな銀色の男を見つけた。場所はアルカトルンからドナーティ領の東端にある町ダスカニアへと向かう道沿い、いや道があったはずの場所だ。

俺はスパルナに乗ったまま彼らの進行方向に降り立った。社長やっと会えましたね。心の中で呟く。一応、胸に穴を開けられないように俺の間合いの10倍を取った。だがオルステッドは初見の相手をいきなり殺したりしない。ヒトガミの使徒かどうか確認する気がする。

 

「こんにちは、龍神オルステッド様とお見受け致します」

 

「何者だ小僧」

 

懐かしい声、懐かしい怖い顔。俺を知らない。でも確認は大事だ。

 

「僕はパウロ・グレイラットの息子、ルーデウス・グレイラット」

 

「パウロには娘が二人いるだけで息子はいない」

 

貴方の記憶では。いや、俺と出会っていないループのオルステッドか。もしくは彼は今回のループの何かのために知らない振りをしている可能性もある。とにかくオルステッドが何を考えているにしろ、俺は自分の目標のために動く。ヒトガミとの戦いの行方については丸投げで良い。

 

「僕は、その娘たちが生まれる前に死産した子に憑依した霊魂憑依者です」

 

「なるほどな……それでなぜ俺に接触する。恐怖を感じないのはなぜだ」

 

「僕はオルステッド様の呪いが効きにくい体質なのです。理由はそこのナナホシと同じ世界からきたものであるからかもしれません。そして憑依する前はオルステッド様の部下として活動しました」

 

「矛盾している。俺には異世界の協力者などこれまで居なかった」

 

「ややこしいのですが、前前世で僕は異世界人でした。そしてこの大規模魔力災害の準備役としてこの世界に転生したようです。その後、僕はオルステッド様の部下になりました。が、何の因果かそこから過去転生して今に至ったのです。ちなみに何周目ですか?」

 

「何?」

 

「いえ、100周目以上は数えていないのでしたね。まぁこれ以上の話を一気に説明しても混乱と不審を招くだけだと思いますのでこれをご覧ください」

 

俺は重力魔術で書類束を飛ばして彼の足元に落とした。

 

『ナナホシにはこれを』

 

錆びついた日本語で呼びかけてから、同じように辞書を彼女の手元までフワフワと飛ばす。

 

『あなた日本語が話せるの?』

 

『話せますが、僕のような子供が高校生の異世界人を家に連れ帰ったら家族が大騒ぎですからね。引率はそこに居るオルステッド様にお任せします。大学の研究室で会えることを楽しみにしてますよ』

 

『異世界……やっぱり……』

 

彼女との会話はこれくらいで良いだろう。俺は人間語に切り替えてオルステッドの方を向いた。

 

「オルステッド様、少しお話しませんか?」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「オルステッド様に1つの質問と取り急ぎ必要な3つのお願いを聴いて頂きたいと思います。でもきっと色よい返事はもらえないでしょう。だって、僕は見るからに怪しいですから。僕の知っているオルステッド様はそういうヤツを相手にしません」

 

「ならばどうする」

 

俺がナナホシと話している間に彼の手には書類が握られている。俺は道の脇に昔、社長室にあったものに似せて机と椅子を土魔術で作って見せた。

 

「少し長くなるので座って話しましょう」

 

俺が先に座るとオルステッドが対面に座った。ナナホシもついてきてオルステッドの隣に座る。

 

「僕は過去転生で現世に生まれた後、最初はヒトガミが出て来た場合だけオルステッド様に会うつもりでした。どうせヒトガミなんて遠くから小賢しく立ち回ることしかできないのです。接触してきたら信じたフリだけして時間を稼ぎ、オルステッド様に会えば良い、そう思っていました。それで僕は前世の記憶を利用して後悔しないように立ち回りました。1番大きいのが今回の大規模魔力災害への介入です。被害を最小限にとどめるように僕は努力しました。でもその過程でわかったことがあります」

 

オルステッドは黙って聞いている。ヒトガミという単語で即死させられる可能性があったが、彼の興味を惹くことに成功したと考えて良いだろう。人間語のわからないナナホシは隣で辞書をパラパラと見ていた。

 

「信用を得ようと上手く立ち回りすぎると、他人からは奇異に見えます。僕のような子供では不自然だということもありますね。そのせいで他人に話せないことが増えました。信じている家族にも。これから家族になってくれるはずの人にも。それに僕は愛を信じているのです。前世の記憶を使って愛を歪めたくはありませんでした。そのために愛する人にはズルをしないように立ち回ろうとしたのです」

 

喉が渇いたので土魔術で作ったコップに水を注いでグイっと飲む。

 

「でも上手くいきませんでした。前世で上手くいったことに違うアプローチをすると、悲しませたり、酷い仕打ちをしたり。心を弄ぶことになりました。それで……何でも相談できる人が必要だと思ったのです」

 

「俺は知らない未来について正しく回答できる能力を持っているわけではない」

 

「正しいとかどうでも良いのです。たまに普通の人に話しにくいことを相談したいのです。胸に燻っている気持ちを誰かに話してしまいたいのです。ずっとこういうことを続けてきたオルステッド様なら気兼ねなく話せますし、僕の話を聞いたからと言ってオルステッド様の人生が狂うことはありません。それに前世の記憶であなたのことを僕は信用しています」

 

「まあいい。お前の目的は判った。それで質問と願いについて話せ」

 

きっと、オルステッドは俺のことをまだ信じてはいないだろう。今の話すらもヒトガミの罠という可能性があるんだ。それは今後の俺の行動で判断してもらおう。

 

「まず質問ですが、アリエル第2王女を権力争いで勝たせるためのダリウス大臣の処遇を考えあぐねています。僕はダリウスがやることを個人的には好きになれません。できればさっさと失脚させてしまいたいのですが、彼をこの時点で失脚させるのとアリエルが魔法大学に逃げのびた後に失脚させるパターンどちらがより良い未来に行くかご存知ですか?」

 

「アリエルが魔法大学に行った方がその後の未来において、魔術関連の人脈が増えるはずだが、今回は新しいことが起きすぎている。保証できん」

 

「つまり、オルステッド様の知る限りにおいて、アリエルが魔法大学に行くか行かないかによる違いは人脈の多寡であって魔術を持って国難に対処する点は変わらないということですね。……なるほど。では新しいルートを知るためなら私の都合でさっさと失脚させてしまっても良さそうですね」

 

「そういう言い方もできるな」

 

「判りました。では3つのお願いです。1つ目の願いはヒトガミの目から僕を隠すための龍神の腕輪をください。僕は前世において一時期、ヤツの使徒でした。僕は呪いが利きにくい体質なので普通の人間のように盲目的にヤツを信じる事はありませんでしたが、そんな使いにくい僕に10数回も接触してくる意図についてどう考えられますか?」

 

「先にお前の意見をききたい」

 

「分かりました。前世で会ったオルステッド様の言葉を借りるなら、ヤツは僕の運命力を利用して本来なら変わるはずが無い強い運命によって定められた歴史を変えようとしています。そこから組み立てた僕の意見は、刻の流れは大きな川の流れのような物だという事です。そしてその流れた跡を歴史と呼ぶことができます。少しおかしな表現ですが、これからできるだろう流れた跡のことを未来ということができます。川には大きな流れがあり、何もしなければ自然な方向に流れていきます。歴史も同じで人為的な介入がなければ大まかには同じ結果を生みます。これが本来は変わるはずのない強い運命によって定められた歴史です。また、ある時点から見た未来も人為的な介入がなければ同じことが起きると予想できます。刻の流れに介入して未来を変えることは、川の中に岩を置いて流れを変化させるようなものです。それが出来るのが運命力の強い者であり、その判断や決定が川の中の岩となります。

運命力の強い者の判断に何度も介入すれば本来はどうやっても変わることがなかった未来も変化しうることになります。それに前世でヤツは『転移事件が起こるまでは僕の存在に気付いていなかった』と言っていました。それすらも嘘かもしれませんが、今回のルートでいつヤツに気付かれるか、既に気付かれているかは僕には分かりようがないのですけど、一番可能性があるのはこのタイミングですから、早めに見えなくなっておきたいとは思います。もし信用ならなければその書類を読んだ後で考えて頂いても構いません。どうでしょうか?」

 

「お前の意見は判った。信じるかどうかは書類を読んでから考えよう」

 

「書類でわからないところがあった場合はその点についても質問に来てください。僕はミルボッツ領に至る道沿いの避難キャンプかブエナ村、もしくは復興のためロアに居ると思います。

次に2つ目の願いはそこの異世界人ナナホシについてです。彼女は魔力を一切持っておらず、周囲の魔力にあてられてドライン病という病いに(かか)ります。ですから魔力の濃度の高い場所に彼女を連れ歩かないこと、ソーカス草が私の管理する地下室にありますから、そこからいくつか持ち出して栽培し、その茶を飲ませてやってください。地下室の場所とソーカス茶の効能は書類に書いてあります」

 

「良いだろう。どちらにせよしばらく世話するつもりでいる」

 

「そうですか。最後の3つ目の願いはミリシオン周辺で神子暗殺を防いでください」

 

「そうする理由もこの書類に書いてあるのだな」

 

「そうです。さすが社長」

 

「社長?」

 

「すみません。気にしないでください。そうだ、オルステッド様に連絡を取る指輪があった気もしますがそれだけでも貸していただけませんか」

 

それまでほぼ無表情(顔は普段通り怖い)だったオルステッドが胡乱な目つきでこちらを見た気がする。

 

「ふん……」

 

そのまま彼は黙り込んだ。

 

「あ……いやその難しければ指輪も結構です」

 

「お前が指輪で呼んだとき俺はすぐに駆け付けなければならないのか?」

 

「め、滅相も無い!」

 

「ならどういう意味がある。アスラ王国での分岐が無い限り俺はここに来ることはほとんどない」

 

「その仕事の合い間にちょちょいっと来ていただければ良いのですが」

 

「お前の相談相手になるためだけに何か月もかけて往復する程に暇ではない」

 

「あー、なるほど。書類にもありますが、転移魔法陣を繋げたものがあるので移動時間についてはかなり短縮できると思います」

 

「転移魔法陣か」

 

「後5年……5年たって僕が成人すればもっと自由に動けるようになると思います。それまでにヒトガミが接触してきたら誤魔化しながらオルステッド様を待ちます。その間も僕の持っている転移ネットワークは使って頂いて構いません。それでいかがですか」

 

「ルーデウス、お前は俺と本当に仲が良かったと見える。お前が龍族といっても俺は信じただろう。だが念には念をというのも事実だ。そう遠くない内にどうするかを伝えに行く」

 

「判りました。それでは僕はこれで」

 

オルステッドとの邂逅が終わった。転移事件が発生し、オルステッドとも会った。これまでの準備で俺の心には小さくないシコリが残ったが、後はどん底から這い上がるだけで済む。この前のシルフィの表情を思い出すと、しばらくは孤独な生活が待っている。でも待ち望んでいたグレイラット家の生活が楽しみでもある。そう思って俺は避難キャンプに戻って来た。きっとこの胸の痛みも時間が解決するはず……だった。




次回予告
ルーデウスの行動の影響で
さまざまな事が起こっている。
前世の知識を使って行動した結果、
変わるはずのない未来が変化した。

次回『囚われた人_手紙と議論』
変化に関する小話を少しだけ。


ルーデウス10歳時

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え3着
 ・それなりに上等な服
 ・パウロからもらった剣
 ・インビジブルソード
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・長耳族の首飾り
 ・両親の手紙
 ・妹からもらった絵
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
  ガルーダ
  ダイコク
  エビス
  フクロクジュ
  ジュロウジン
  ビシャモン
  ベンザイ
  ホテイ
 ・商い行為許可証inフィットア領×3
 ・商い行為許可証inアスラ王領×4
 ・ラトレイア家人形
 ・ミグルド族秘伝の香辛料×2袋
 ・オルステッドに渡すための書類
 ・ナナホシのための日本語-人間語辞典

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