無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。

今回の話では
・Five Star Stories
のネタが含まれます。あらかじめご了承ください。


第032話_水帝vsルーデウス

---王都アルスは四百年前の戦争が生み出したパンドラの箱---

 

夕焼けに染まる王都アルスが視界に入った。

ロアの南門からムスペルムとマリーバードを経由し、アルスへと続く道はアルスの東側へと飲み込まれていく。アルスはこの世界で最大の都市だ。どこまでも続く街並みにエリスが目を瞠るのも頷ける。街の東にある丘から180度のパノラマ風景を見ても南北に、そして奥の方 ―西に向っても― 延々と街がある。

アスラ王領は西側を海に面した、ほぼ平地の土地だから海風の影響で作物の育ちにくい土地である。しかし、ミリス神聖国からウェストポート、イーストポートを経て続く街道の終着点であり、物資には事欠かない。人が集まるため商業が盛んだ。

このように巨大な街が維持できる理由の一つが豊富な水だ。街は母なるアルテイル川を湛え、分流され、張り巡らされた小さな川が潤しており、これらは基本的に下水のために利用される。スラム街でも衛生管理のために下水だけは完備している。といってもしっかりした浄水システムがあるわけではなく、川に垂れ流すため下流に行くほど川の臭いはきつくなる。それでもアルテイル川の本流は水量が多く問題にならない。

一方、上水は街の外から何本も延びる水道橋によってアルテイル川が下水と混ざる前の清流を引き込み、この広大な面積に住む人々の渇きを満たしている。水道橋が繋がっていない場所はスラムの一部とシルバーパレスだ。スラムの一部は王宮の管理外の地域であり、勝手に街を拡張して住んでいるため公共の設備が用意されていない。一方でシルバーパレスが水道橋と繋がっていないのは丘の上に高低差で水が届かないからではなく、警備上の問題だ。代わりに、シルバーパレスが誇る魔道院が水魔術によって大量の水を作る部署:"水霊(スイレー)"を設け、丘上の水利を確保している。

 

水道橋に話を戻そう。水道橋はおおよそ2階建てから3階建ての建築物と同等の背丈で東から西へと延びる。そして、シルバーパレスから同心円状に広がる城壁と何か所も交差しており、その高度な立体建築はアスラ王国の建築技術の高さを見せつけるかのようだ。そう、アルスには城壁がある。

『シルバーパレスを囲む城壁』、

『上級貴族と下級・中級貴族や騎士を隔てる城壁』、

『下級・中級貴族や騎士と中級市民街の区画を隔てる城壁』、

『中級市民街と下級市民街を隔てる城壁』、

『下級市民街とスラム街を隔てる城壁』

の全部で5つの城壁を持っている。それぞれには門があり、夜は通行が禁止される。

元々そういった階級毎に区画を分けていたということではない。街が発展するにつれて必要に合わせて城壁は拡張され、より城に近い区画が高い値段で取引されるようになった。その結果、各城壁の内と外で階級毎というか収入毎に区分けがされるようになった。一部の商人は貴族区画に家を建てるくらいの資金力を有しているが、貴族は概ねお得意様であり、いちいち彼らのプライドを傷つけることを商人たちはしなかった。よって暗黙の内に住み分けがなされるようになった。

俺たちが目指す水神流宗家の道場は、その中で下級・中級貴族や騎士が住む区画にある。

俺はスラム街に入っていく前にフェンリルと別れたので、今はギレーヌ達が乗る馬の隣を歩いている。スラム街といっても雑多な感じとは無縁だ。この先に続く城壁の門と道幅は同じだから、だいたい馬車が4台、上りと下りで2車線ずつは確保できている。これが南側の街道から来た場合はおおよそ馬車6台分、上下線で3車線ずつとなるのだからこの街で商売をすることのメリットにワクワクがとまらない。馬を引いていると、ギレーヌと何事か話して許可を得たエリスが馬から降りてきた。

 

「ねぇ、ルディ。アルスにはロアに無いものが沢山あるみたいね!」

 

「僕も知らないものが多いけど判るものなら紹介するよ」

 

エリスがこの前の社会見学の続きをしたいというのが伝わったので、そう先回りして答えてやる。ただ、完全にお上りさんというのが丸出しなので詐欺やひったくりには注意が必要だろう。

 

「ねぇ、あれは何をしているの?」

 

そうエリスが指さしたのは石畳の先、城門へと続く道の脇にある噴水広場で芸を見せている一人の男だった。

 

「あぁ、大道芸だね。器用にお皿を回したり、手品を見せたりしてその芸のすばらしさを見せる職業だよ」

 

「へぇ」

 

その後も城壁門を2つ抜け、中級市民街に着いた俺たちがそこで宿を取るまでエリスの質問攻撃は続いた。部屋は2階の一番奥まった角部屋だ。部屋について旅装を解く。

 

「このまま宗家の道場に行けば良かったんじゃないの?」

 

「道場の方に快く思われなかった場合、宿もなくアルスの中で野宿することになるよ」

 

「それはいやね」

 

まぁ宿が取れないこともさることながら、汚れた格好で道場に行ったら印象も悪くなろうと思ったのだ。

 

「エリス、ギレーヌ。今日も夕食後に鍛錬をしますか?」

 

「当然ね」

 

エリスが返事をして、ギレーヌも頷いた。

 

「なら、鍛錬が終わった後に旅の汚れを落としましょう。明日はアポなしで道場に行くのですから、なるべく清潔にして印象を良くしたいです。すみませんが、ギレーヌ。あとで宿の受付に頼んで桶を借りてきてください」

 

「わかった」

 

そんなやり取りをして食後に鍛錬をした。

俺は街中で見た大道芸からヒントを得たことを練習して、その出来が悪くなく、手応えがあった。だからそれぞれの鍛錬が終わり部屋に戻ってもイメージトレーニングを続けていた。ギレーヌが鍛錬前の俺の提案に従って持ってきた桶に混合魔術でお湯を注ぎ、そしてあまり考えずに自分のベッドへ。またイメージトレーニングに戻る。

 

ポチャ

 

水の中にタオルを浸す音がしたと思って音の方をみる。当然だがギレーヌが水浴びを始めていた。ギレーヌからしたら子供に見られても平気なのだろう。俺も別に興奮したりすることはない。だがその瞬間、エリスが俺を部屋の外へと押しのけたので全部をみることはなかった。エリスに恥じらいがある。いや前世でもあったか。

 

--

 

翌日、朝からギレーヌの案内で俺とエリスは水神流宗家の道場にやって来た。道場の入り口に歩いていくギレーヌ。彼女には顔役としての役割をお願いしているが、交渉役を期待してはいない。一応、成るようになれば良いけれども、行き詰ったときには自分が率先して交渉する必要があるだろう。そう心に決めながら彼女の後ろにエリスと並んでついて行った。

かつて、俺は剣の聖地にて剣神流の道場を見たことがある。あそこは日本の剣道場に近く板張りの室内に履物を脱ぐスタイルだったが、水神流の道場は室内の床を石で造り、土足で入るスタイルだ。

その入り口でギレーヌがただ立っていた。名乗りをあげることもない。他流派同士の礼式か何かだろうか?そう訝しんだのも数瞬のことだった。道場の中で打ち込みをしていた二人とそれを監督する師範代のような者。そして左右の壁にならぶ数人の剣士、その瞳がすべて入り口に注がれた。

 

「何者だ」

 

師範代らしき女性が問いただす。

 

「私は剣王ギレーヌ・デドルディアだ」

 

その言葉で道場の温度が一気に下がり、警戒感を感じ取ることができた。さすがは水神流といったところか。道場破りだなんだと血気盛んな若者が口走る光景を想像していたが、皆、冷静に師範代と剣王の会話の行く末を見守っている。

師範代らしき女性はギレーヌとの間合いをおよそ8歩と捉えたようで、その位置まで歩いてくるとさらに質問をした。

 

「剣王がこの道場にどのようなご用件ですか?」

 

「知らん」

 

「は?」

 

間の抜けた問答だった。ギレーヌは顔役として来たにすぎないのだが、あまりにも説明不足だろう。俺は無邪気な顔でなるべく慌てずに行動を起こした。

 

「すみません。ギレーヌにここへの案内を頼んだのは僕です」

 

「君は?」

 

「僕はルーデウス・グレイラット。フィットア領のロアから、水神レイダ・リィアに手合せして頂こうと思って会いに来ました」

 

一瞬、師範代は困った顔をしたが、それでも淑女の笑顔で応えた。

 

「悪いが水神様はお忙しい方。君のような小さき者の相手をいちいちすることはできない」

 

「ちょっと会って技を見せるくらいいいじゃない!ルディは強いのよ!」

 

それまで黙って聞いていたエリスが気炎を吐くが、その発言のせいで壁にもたれている何人かの水神流剣士の顔を笑いに変えたに過ぎなかった。しかし、その気配を察した師範代は手でジェスチャーしてその笑いを止めさせるとエリスにも同じ質問を繰り返す。

 

「君は?」

 

「エリス・ボレアス・グレイラット、ギレーヌの弟子よ」

 

エリスの説明を補足するようにギレーヌは頷いたが、その後に釘を刺した。

 

「エリス、弟子ならばつまらん口を挿むな」

 

「ご、ごめんなさい」

 

エリスが謝ると、ギレーヌは師範代に視線を戻した。

 

「弟子の教育が不十分な上に説明も下手ですまない。この子と勝負して私は負けてな。この子の望みを叶えなければならん」

 

ギレーヌの口調の後半はこれから闘ってでもレイダを引っ張り出そうという意思を隠していなかった。それを受けた師範代も戦闘態勢を取っていく。やはり脳筋はまだ治っていないようだ。俺は再度、口を差し挟んだ。

 

「待ってください。ギレーヌも落ち着いて。僕がギレーヌに頼んだのはここまで連れてきてくれることです。レイダに会うことではありません」

 

「む、そうだったか」

 

ギレーヌが必殺の構えを解く。だが師範代は構えを完全には解かなかった。まずは身元を確認しよう。

 

「あの、貴方はここの師範代ということでよろしいですか?」

 

「ここの道場を預かる水帝サンドラ・ドラゴ・カステッポだ」

 

水帝、どうりで強そうなわけだ。

 

「サンドラさん、初めまして。改めてお願いしたいのですが、水神レイダ・リィアに会うことは叶いませんか?お忙しいことも承知していますが、それでもお願いしたいのです。例えば、僕がそれに見合うだけの実力を示せば、とか条件を付けて頂いても構いません」

 

「水神様は忙しいのだ。どうしてもというなら私が露払いをする」

 

「つまり、貴方を倒せばレイダへ取り次いでいただけると思っても?」

 

「おい小僧!師範が相手をしなくても俺が相手になってやるぞ」

 

右手の壁の一番奥にいる男が叫んだ。

 

「彼は?」

 

俺はサンドラに向き直り質問する。サンドラはこちらを見たまま、誰が口を出したのかも確認しなかった。声で判るのだろう。

 

「あいつは水聖級の弟子だ」

 

「彼では相手になりませんので貴方にしてください」

 

「なっ!?」

 

男は驚愕に顔面を変形させたが無視だ。俺の指名を受けてサンドラが道場内にいる全員に聞こえるように言った。

 

「先ほどの剣王殿の話を信じるなら、君は剣王より強い武人ということだ。私が相手をするのが妥当だろう」

 

さすが水帝。話をちゃんと聞いて冷静に判断している。そうして水帝との手合せが始まった。

広い道場の真ん中でサンドラと俺は木剣を構え、さらに俺だけ木剣の小太刀を脇に差している。開始の合図がないので俺は口を開いた。

 

「あの、どうやって始めるのでしょうか?水神流と手合せしたことがないのでルールが判らないのですが」

 

どうもマヌケな質問だったようで道場内でまた笑いが起きた。しかし水帝は表情一つ変えはしなかった。

 

「他流試合ならそちらは好きに攻撃していい。こちらが凌ぎ切れば私の勝ちになる」

 

「何度でも攻撃してよいのですか?」

 

「君が本当に剣王クラスなら、5回といったところだろう」

 

なるほど5回か。

 

「判りました。貴方を殺すつもりはないのですが、もし4回で勝負がつかなければ5回目は致死ダメージの打ち込みをします。その点、お弟子さんにも理解いただけると幸いです」

 

「小さき者よ。そのような安い挑発に水神流が心を動かすことはない」

 

挑発ではなかったのだが、そう取られても仕方がないか。

 

「では、参ります」

 

俺は中距離からの木剣で旋風剣(タイフォーン)を放ち、着弾にあわせて三連剣(トライブレード)を放った。サンドラはこれを水神流剣技・流で防いだ。さすがは水帝。完璧な(ナガレ)は、竜巻でも衝撃波でもびくともしない。正確に攻撃を受け止めて、最初に構えた態勢を崩していない。俺が対峙した経験のある剣士で言えば、オルステッドに似ている雰囲気だ。

サンドラが口を開いた。

 

「変わった剣技を使う」

 

俺はサンドラの話は聞かずに今の攻防について思いを巡らせた。流で受け止められたのは完全な同時攻撃ではなかったからかもしれない。三連剣(トライブレード)も闘気を纏った水神流剣士であれば対処できる程度の逐次攻撃となるようだ。ならば次はより同時に近い攻撃をしよう。

 

「2回目、いきます」

 

俺は分身剣(パラレル・アタック)から生み出す4身同時真空剣(メイデンブレード)を放った。ほぼ同時の4つの真空波とわずかに遅れて到達する同じく4つの衝撃波。サンドラはこれを何か摩訶不思議な動きを2回繰り返し、潰した。未知の水神流の技。おそらく5つの奥義の一つ。何人かの弟子が「おぉ」と感嘆の声を上げている。

 

「不可視の真空波と衝撃波を剣の闘気で巻き込んで受け流す。水神流剣士が魔力を感知するのに加えて、この技を使われると厄介ですね。水神流の奥義の一つといった所ですか」

 

話しながら打開策を考える。中距離、遠距離からの魔剣技や魔術では、殺さずに防御を突破することが難しそうだ。ならばこちらとしても得意ではないが、近距離戦に持ち込むほうが勝機がある。

 

「では」

 

俺は走り込んで接近しつつ、残像剣(ディレイ・アタック)を発動する。右手の振り下ろしが受け止められる寸前に、左手で小太刀を抜き取ると同時に無走剣(ブラインドソード)で斬り上げる。水帝の対処は右の振り下ろしを受けずに躱し、左の小太刀を止める動きだった。無走剣(ブラインドソード)の超速の居合斬りが水帝の防御をすり抜け……すり抜けたと思った瞬間に

 

 カキンッ

 

剣が交差した。超速の居合斬りが水帝の剣に弾かれる。そのまま上体が浮き上がる。ほぼ同時に水神流のカウンター。右手で剣をもったまま、無詠唱の『物理障壁(フィジカルシールド)』を展開し防御した。石畳の上を転がりながら治癒魔術で殺しきれなかったダメージを回復する。

 

あぶねぇ

 

無走剣(ブラインドソード)の居合斬りは何かで防がれた。

立ち上がり、今の技を思い出す。水神流の模擬戦は待ってくれるから咄嗟の判断が苦手な俺向きだ。思い出せ、一瞬のことだった。無走剣(ブラインドソード)が相手の防御をすり抜けたはずが、僅かに遅れて2度目の防御が来ていた。それが俺の小太刀に追いつき軌道を変化させ、その後もう1回剣が動いたのが見えた。つまり、何等かの剣技で3連続カウンターが来るはずだったが、こちらの剣速が上回ったおかげで2発はやり過ごし1発だけがカウンターとして返されたわけか。そう考えを纏める。

 

「ミリスの神殿騎士が水神流剣技・流と併用して使う『物理障壁』。なぜ子供が使える。いや、それより詠唱が……」

 

水帝が驚愕の顔を見せたことで周囲の弟子たちもざわつき始めた。それよりも……ギレーヌが言っていた通りだった。『いいか、剣筋を見破らせるな』。剣筋――俺の流派で言えば攻撃方向だ。それを見破られている。最速で動かしてもそれが見破られてしまう。水帝の壁は思ったよりも厚い。ギレーヌに言われて以来、考えていた作戦を実行に移そう。正直、水神相手に使う予定だったのにここで使うことになるとは思わなかった。

 

「よろしければもう一度いきます」

 

そう言うと水帝も構えを戻す。俺は右手に持っていた木剣を床に置く。水帝は表情を崩さずにこちらをじっと見ている。左手用の小太刀を右手で持ち直し、僅かに身体から開く。左手の拳を開いた状態で無手のまま右手の前へ。そこで一拍おく。息を吸い込み、下半身は水帝側を向けたままに上半身は右前方を向けた構えを取る。そこから両手を横に伸ばしつつ、水帝へと駆ける。

同じタイミングなら今度は先読みされてしまう。闘気の配分は先ほどより足側に大きく。その分上半身の攻撃速度が落ちるが、利き手ならはやく繋げられる。俺は駆け出しながら残像剣(ディレイ・アタック)を発動。右手の小太刀にタイミングを合わせる水帝が見える。先程より水帝の対応が早いがそれでもさっきより右手の初動は早く、さらに上回る。でもこれでは先ほどと同じことが待っている。

それなら!

剣をお手玉し、左手に持ち直すと間を置かずに無走剣(ブラインドソード)を走らせた。

小太刀が水帝の胸を浅く切り、血しぶきが上がる。俺は止まり切れずに水帝を通りすぎ、もんどりうって倒れた。

 

一瞬の静寂。

 

俺が立ち上がり服の埃を払うと、既に水帝は立ち上がって振り返っていた。水帝の方が立ち上がるのは早かった。水帝の傷は浅い。だが表情は暗い。

 

「君の勝ちだ。君は小人(ホビット)族なのか?」

 

「いえ、正真正銘の人族ですよ」

 

「いくつだ」

 

「最近、7歳になりました」

 

「馬鹿な……。いやすまない敗れた私が言うべきことではなかった。水神様はシルバーパレスに居る。私から紹介状を書こう。そこのギレーヌがいれば王城にも入れるとは思うが、アポイントも私でとる。だが彼女は私より強いぞ」

 

「最初から言っているのですが、僕はレイダ・リィアに勝つために手合せを願うわけではありません。そもそも剥奪剣界に勝てる術が見つかっていないのです」

 

「なぜそれを知っている……」

 

「それが2つの奥義の複合技ということも知っています。ですから、その基本となる2つの奥義を見せてもらおうと思っているんですよ」

 

「殺し合いをするのではないのだな」

 

「シルバーパレスでそんなことしたら生きて帰れません」

 

「なら『負けた者の弟子に成れ』とは言わないが、アポが取れるまで水神流を知ると良い。水神様と闘うなら最低限の技の原理を知らなければ剥奪剣界までたどり着けないだろう」

 

「よろしいのですか?」

 

「あぁ。君はもしかすると水神流の奥義と複合技を併せた6つの技をすべて使えるかもしれない。私の直観だがな」

 

「昔は水神レイダルになることを目指していました。でも最近釘を刺されまして、もし技を全て体得しても水神にはなるつもりはありません」

 

「残念だ。水神レイダルの生まれ変わりなら子供に私が負けたのも頷けたというのにな」

 

サンドラは俺との会話が終わるとギレーヌに近づいて行く。

 

「剣王ギレーヌ。お前がこの者を連れてきてくれたおかげで良い戦いができた。感謝する。水神様と繋ぎがとれるまでしばらく逗留し、交流戦をしないか?そこに連れているのはお前の弟子なのだろう?」

 

「願ってもない。世話になる」

 

その後、俺はサンドラの胸の傷を治癒魔術で治したが、近くでみるとその豊満な丘が丸見えだった。たしかに豊満であった。いかんいかん。とにかく、服は治せなかったのでサンドラは着替えに行った。

居場所がなかったのでエリスとギレーヌのところに集まる。エリスが声をかけてきた。

 

「やったわね。ルディ」

 

「ギリギリだったよ」

 

そう返すと、ギレーヌも訊いてきた。

 

「今回ほとんど攻撃魔術を使わなかったのはなぜだ?」

 

「えっ? 水神流は魔術すらはじき返しますのでここでされたら建物が壊れてしまいますよ」

 

「むっ、そうか」

 

「でも、さっきのを防がれたら5回目は全力で打ち込むつもりでした」

 

「ちょっと待って!」

 

遠くからサンドラとは違う(たお)やかな女性の声が聞こえた。これは……若かりしイゾルテ!?待て、前世でエリスと同じくらいの年齢だと思っていたのにどうみても15歳を超えた成人女性だろこれ。イゾルテって俺が出会ったとき、何歳だったんだ。

現実逃避のせいでボンヤリしていた。イケナイ。美人に見とれてるとどんな恐ろしいことが起こるか分からない。そう思って気を引き締めたが、何を待てば良いのかわからず黙るしかなかった。だから彼女の次の言葉を待った。

 

「今のが貴方の全力ではないと言わなかった?」

 

たしかに水神流の道場内で言うべき発言ではなかったな。

 

「僕は魔法剣士なので、魔術を使う手筋があったというだけで剣技は全力でした」

 

「そ、そう。でも、それだけ強いのになぜ水神レイダルを目指さないのですか?」

 

父親に言われたから……では説得力がないか。さて、納得してくれると良いのだが。

 

「僕が使った剣技はどれも水神流ではありません。技術体系が根本から異なる剣技ですから、僕が水神になったら流派が混乱しますよ。つまり、強い者が水神になるのではなく、水神流の中でなるべき者が水神になった方が良いというだけです。お分かりですか?」

 

「たしか……に」

 

こんな小さな子供に言い含められたからだろうか、イゾルテらしき女性は肩を落として水神流剣士のいる方に戻っていった。俺はもう話は終わりだというように、エリスやギレーヌと向き合って話を再開する。イゾルテ……前世では未亡人然とした儚さがあったが、若き彼女は落ち着きの中にも活力があって女子高の生徒のような……いや、早咲きの野薔薇のような美しさがあるな。うん。そう野薔薇ね。

 

「ここでお世話になるなら宿は引き払う?馬小屋がなければ馬と僕は宿に泊まるのでもいいけど」

 

「こういう場所なら馬小屋くらいあるだろう」

 

「そうよ、ルディだけ1人なんて寂しいじゃない」

 

「あぁ昔パウロは大きな街にくると宿場街から帰ってこない日があったな。ルディお前もか?」

 

エリスは健気なことを言い、ギレーヌは嫌なことを言う。前世の記憶にある2人の関係でいえばちょっと違う気もするがこういう関係も中々微笑ましい。

 

「父と同じに見るのはやめてくださいよもう」

 

いじられ役が板についた大学のごつい女を思い出しながら俺は応えた。

 

--

 

その後、サンドラが道場に戻ってくるとイゾルテと最初に見た時に手合せをしていた男を呼び出していた。何事か話すとイゾルテとその男の2人の案内で道場の隣にある屋敷へ向かった。

サンドラは道場に残り、稽古の続きをするらしい。目の前で師範代が負けたからといっても浮足立たず、弟子たちが冷静に自分たちのやるべきことをするというのは普段の教えのおかげだろう。

さて、隣の屋敷の応接室に俺たち3人は通され、応接セットの3人掛けのソファに並んで座らされた。イゾルテと男も遅れて座ると、メイドがやってきて5人分の紅茶を置いて行く。気品を感じさせる芳醇な匂いが心地よい。

 

「さて、挨拶が遅れて申し訳ない」

 

男が話を切り出した。

 

「私はタントリス・クルーエル。水神レイダ・リィアの孫でこの屋敷を取り仕切る者です。そして隣に座るのがイゾルテ・クルーエル。私の妹です」

 

男の紹介でイゾルテが綺麗にお辞儀した。男の話は続く。

 

「サンドラ師範との一戦、お見事でした。えぇっと、ルーデウス・グレイラット君?」

 

「ルーデウスと呼び捨てにしてください」

 

「ではルーデウス。サンドラ師範がお許しになった以上、明日からここの道場に通って頂いて構いません。朝の鍛錬から行うなら道場に近いここに泊るのがよろしいでしょう。もちろん、無理にとは言いません」

 

「ではお願いします。それと、ここまで馬に乗ってきましたので1頭分、馬小屋をお借りしたいのですが可能でしょうか?」

 

「えぇどうぞ」

 

俺たちは宿を引き払い、馬をつれてクルーエル家の屋敷に逗留することとなり、次の日の朝から鍛錬に参加した。

 

--

 

水神流の門弟たちにとって、剣神流の2人は良い手合いだった。守りの水神流に対する、攻めの剣神流。ギレーヌの最速剣を辛うじて躱すことができるのはイゾルテとサンドラだけだ。エリスも良くやっていた。彼女の実力は、ギレーヌの教えにより9歳にして上級剣士でも上位の力を持つまでに至っている。それを尻込みせずに発揮している。ただ、さすがは水神流宗家の道場。ここに通う水神流の剣士は見込みのある上級剣士と水聖、水王であり、エリスが特別才能のある者とは扱われなかった。そして、対処を知らぬエリスは良いカモだった。つまり、誰にも勝てなかった。

朝の鍛錬を終えた時点でエリスの機嫌は急降下していた。別に何か嫌なことを水神流の門弟たちに言われたわけではない。水神流は後の先を取るために、相手を挑発することはある。でもエリスにそのような挑発をしなくとも彼女は猪のように突っ込んでくるのだ。そして、彼らはこの道場にふさわしく客人に紳士的である。

結局エリスは有効打を与えられず、見通しの暗いことにイライラしている。俺に出来ることは?……いや、あまり手を出さない方がいいだろう。失敗することで得るものもある。本当にまずくなった時にだけ手を差し伸べることにする。それで良い。

転移事件の後、ルイジェルドと3人で旅をしている間、俺はエリスをお嬢様として守った。ほとんど家に軟禁されていた彼女がいきなり魔大陸に放り出され、スペルド族に怯えていたから、そうすることにした。いつしかルイジェルドを信頼できるようになっても俺の態度は変わらなかった。結果、彼女は過保護に育った。旅の中で彼女はもっと何でもできるようになるはずだった。それを奪ったのは当時の俺の判断だ。今回は同じ後悔をせずに行こう。

朝食後、道場に行くと熱心な者や朝の鍛錬に顔を出さなかった者が何人も修行していた。俺とギレーヌとエリスは水帝と相談し、彼女の計らいでエリスは上級剣士のグループに入っていった。残った俺と水帝は昨日見せあった技や予測について話し合った。ギレーヌは基本的に黙ったままだ。

 

「最初の打ち込みで行った遠距離技は、旋風剣(タイフォーン)三連剣(トライブレード)です。なるべく同時になるように当てたつもりですが、サンドラさんの(ナガレ)に防がれたように思います」

 

旋風剣(タイフォーン)はあの竜巻を起こす技で、三連剣(トライブレード)はその後の飛ばし技のようだな」

 

「そうです」

 

「君が言うように、防いだ私の技は(ナガレ)だ。守りに徹する水神流は同時攻撃に耐えられる。そうだな、水帝の私でも格下の剣聖が使うレベルの光の太刀なら2発同時に捌けると考えてくれて良い」

 

「なるほど、なら2回目の打ち込みで使った分身剣(パラレル・アタック)から同時に4つの真空剣(メイデンブレード)を組み合わせる連携は剣聖の光の太刀を同時に2発打たれるより速度的には上回っていたということですね」

 

分身剣(パラレル・アタック)……あの技は恐ろしい技だな。闘気をあのように使って動くとは、今考えても真似できそうにない。動の剣神流ならあれが真似できるか?」

 

「私にも真似できなかった。3か月前に見てから何度か考えたのだが、ルディ、私が至った結論はお前が闘気の量を自在に制御できるというものだ」

 

サンドラに話しかけられたギレーヌから分身剣を真似しようとしたことを初めて聞く。

 

「その通り。動きの終着点での足さばきを制御できねばあの技は使えません」

 

「君はその歳でそれができるというのか」

 

「僕は魔術師ですから、魔術の制御に似ていますよ。こちらもお教え願いたいものです。2回目の打ち込みは(ナガレ)でない別の技で受け止められました。あれは何ですか?」

 

「あれは水神流、第壱の奥義・天沼矛(あめのぬぼこ)という」

 

「ほぅ。僕の見立ててでは、剣に練り込んだ闘気を使って対象を巻き込み、そして受け流す技のように思います」

 

「一度見ただけで……技のやり方はその通り、この技は相手の剣の闘気・魔力の流れを完全に掴み相手の攻撃を使って別の攻撃を防御または攻撃させることで複数の敵からの同時攻撃に対処する技だ」

 

「なるほど便利な技ですね。ちなみにその技で対処する場合、何分身まで捌けると思いますか?」

 

「倍の数は凌げる」

 

「つまり10分身ができれば突破できるということですか」

 

「まさか、できるのか?」

 

「いずれは」

 

そう言ってニヤリと笑ったが2人の反応は薄かった。一瞬、変な雰囲気になったのを打破したのはサンドラだ。

 

「3度目の話をしよう。それまで遠距離で攻撃してきたのに近距離に変えた理由は?」

 

「今の僕ができる最大同時攻撃が、4分身からの真空波だからです。それを止められた時点で飽和攻撃で対処することを断念しました」

 

「それで接近戦を挑んだというわけか」

 

「でも、カウンターを当てられました。右手からの振り下ろしが問題ないと考えたのはなぜですか?」

 

「あの剣から闘気をほぼ感じなかったからだ。だから、受け止めるフリだけして別の攻撃に集中し、備えた」

 

「あの3連続カウンターも何かの技のようでした」

 

「水神流、第弐の奥義・大波弦(だいはげん)だ。高速の剣捌きで相手の1度の攻撃に3回カウンターを当てる。だが、君の攻撃に対しては『入り』と『終り』のカウンターは間に合わず、『躱し』を当てただけ、そのカウンターも『物理障壁(フィジカルシールド)』らしきもので有効打にはならなかった」

 

「いえ、そのカウンターは有効打になりましたよ。『物理障壁(フィジカルシールド)』では防ぎきれずにダメージを受けました」

 

「しかし、君はすぐに立ち上がった」

 

「治癒魔術で回復したんです」

 

「こいつは、魔術を無詠唱で使える。屋外で闘った私のときは魔術も容赦がなかったぞ」

 

黙っていたギレーヌが補足する。

 

「なら、あの居合斬りの速さも魔術によるものか」

 

「いえ、あれは剣技ですよ。無走剣(ブラインドソード)と言います。まだ練習不足のせいで剣では難しく、小太刀サイズでしか使えません」

 

「それで4回目のときは若干タイミングが違ったのか」

 

いや、そこは本当は残像剣(ディレイ・アタック)に傾けた闘気とのバランスによって遅くなっただけなんだが……まぁ練習不足のせいと思われていても大差ないだろう。

 

「ルディ、あの剣をお手玉するやり方はなんというんだ」

 

「以前、ギレーヌが剣筋を読ませるなと教えてくれたので、それをやっただけで。技とは言えないと思いますが」

 

「そうか」

 

ギレーヌは少し残念そうだった。

 

「あれも一つの技と言ってもいい。居合斬りとの連携が特に厳しい」

 

水帝の防御を突破したやり方に剣技の名前も付けなかったら、サンドラも示しが付かないかもしれないな。

 

「わかりました。連携技の一つとして考えておきます」

 

後にこの技は飛燕剣(エコーブレード)と名付けられた。




次回予告
世界最高峰の御仁が必殺の間合いで相対している。
指輪に魔力を込めただけで義手の手首ごと切り落とされた。
ただの魔術師にそれ以上、何が出来る?
もう俺はただの傍観者でいる他なかった。
無力感すらない程の諦めに近い記憶の1つだ。

次回『水神vsルーデウス』
さぁ教えてくれ。
俺はどこまでやれる?


ルーデウス7歳と2か月時

持ち物:
 ・日記帳
 ・着替え3着
 ・パウロからもらった剣
 ・ゼニスからもらった地図
 ・ミグルド族のお守り
 ・魔力結晶×8
 ・魔力付与品(マジックアイテム)
  短剣(未鑑定)
 ・魔石
  黄色(大)
 ・神獣の石板
  スパルナ
  フェンリル
  バルバトス
  ダイコク
 ・アスラ金貨100枚
 ・フィリップからもらった旅の軍資金 (食事や宿泊で使用したため減っている)

★副題はボトムズの次回予告からインスパイアを受けています。

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