無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第016話_子供の商売

---得ようと思ったら、まず与えよ---

 

5歳を過ぎて、俺の体も少し大きくなった。ただどう見ても子供だ、5歳児だ。なんとかパウロのお遣いと偽って、行商人と交渉し、金策ができるだろうか、試す必要がある。これまでに練った計画を実行に移してみよう。

 

しかし、いくら稼げば良いのかが問題だ。まずは被害状況に分けて整理しておこう。

最初に考えるのは、『転移事件を防ぐ。またはフィットア領から離れた場所で転移事件を起こす』ことで被害をゼロにすることだ。この場合は被害額はゼロで済む。つまり金策はほぼ必要ない。

次に考えるのは、『前回と同じく転移事件が起きる』場合だ。このときは復興資金と捜索資金が必要で額が最大になり、復興に必要な人材が多数亡くなってしまうのも痛い。

3番目に考えるのは『転移事件が起きるが、サウロスやフィリップと協力して領民を避難させ助ける』場合だ。このときは捜索資金はほぼ不要である一方、全てを失って生き残った領民が多くなり、復興資金単体では前回と同じように転移事件が起きた場合より多くなる。これによって復興資金の合計額は少なくなるが領民を維持するための初期費用は多く掛かる。

最後に『転移事件が起きるが、サウロスやフィリップと協力して領民とその資産を避難させ助ける』場合だ。このときは復興資金は町の復興と個人の家を保証すれば良いから復興資金額は最小になるだろう。

 

『転移事件を防ぐ。またはフィットア領から離れた場所で転移事件を起こす』の場合について考えよう。もしエリスの家の塔に赤い珠がない場合、これを探さなければいけない。どこで起きるかがわからないのは一番面倒だ。もしエリスの家の塔に赤い珠がある場合、ナナホシとの運命を考えると、転移災害を防ぐことは不可能と考えて良い。そこで考えるのが赤い珠を移動させることができるかどうかだ。移動させることができれば、赤竜山脈まで運ぶことで無事ミッションクリアとなる。移動させることができなければ、転移事件発生となるので他の場合の検討が必要だ。

 

『前回と同じく転移事件が起きる』は論外だ。考えなくて良い。そうならないために動く必要がある。

 

残りの状況はいつ起きるかによって分かれる。今回も俺の誕生日の次の日に起きるのか? それともエリスと親密になった次の日に起きるのか? ナナホシの推測でいくと後者になる。考えを述べてみよう。

 

ロキシー、シルフィ、エリスの3人と俺の恋愛フラグが全て満たされると、ナナホシの友人で異世界転生させられたヤツA君(仮称)が俺の子孫たちと協力してヒトガミを倒す可能性が出てくる。A君が帰るためにはナナホシの異世界転送魔法装置が必要になり、それを作るナナホシも必要になる。ナナホシをこの世界に呼び出すためにフィットア領で転移事件が起こる。

 

つまり、開始条件は『ロキシー、シルフィ、エリスの3人と俺の恋愛フラグが全て満たされる』であり、ロキシーとシルフィの恋愛フラグが既に満たされているなら、『エリスとの恋愛フラグが満たされた』とき、転移事件の開始状態が満たされることになる。

 

つまり、エリスとの恋愛フラグが満たされるのを引き延ばせば、転移事件はそれだけ遅くなると推測できる。ただ、あまり引き延ばすと彼女はルークと結婚してしまうかもしれない。それはそれで仕方がないが、あまり考えたくはない。

 

『領民と資産を避難させた』または『領民を避難させた』場合で俺の資金繰りが間に合わず、サウロスを説得できなければ彼はボレアス家の資産が尽きるまで復興資金につぎ込み、結果フィットア領は他の貴族に食い荒らされるか、ダリウス大臣にエリスを差し出すことになる。これもバッドエンドだ。

 

では、それぞれの場合の必要資金はいくらになるのかに話を戻そう。フィットア領で約10万人が暮らしているとする。正確な数値を知るためにフィリップのところの書庫に行った方が良いだろうが、その仮定で計算すると世帯数はだいたい2万世帯くらいになるだろう。復興援助として1世帯当たり年間アスラ金貨4枚、5年間援助するとして20枚、それが2万世帯なら40万枚必要になる。これに復興キャンプや新しい工場の建設などを考えると、『領民と資産を避難させた』場合はアスラ金貨80万枚、『領民を避難させた』場合はアスラ金貨120万枚が必要になる、というのが俺の考えだ。

 

エリスとの恋愛フラグが満たされるのが10歳。少し引き延ばしても11歳くらいが限界だとすると、後6年、年間金貨20万枚以上が必要だ。これでも足りないかもしれないがその時はその時で考えるしかない。

 

さて、この検討によって今後の行動方針も『資金繰りを始める』、『シルフィのフラグを立てる』、『ロアの町に行き、赤い珠があるか確認する』、『赤い珠が移動できないか実験する(移動できればOK)』、『移動できない場合、転移事件の被害を抑えるように動く』、『集めた資金でボレアス家の崩壊を食い止める』にまとめられる。

 

--

 

定期的にブエナ村には商隊や行商人がやってきて、ロアや王都の物を売り、ブエナ村で農作物を買い付けていく。商隊はブエナ村と取引をしていて個人の取引はしないそうだ。個人と取引するのは行商人らしい。前にロキシーが魔石を売っていたのも行商人だった。

 

この村にくる行商人はメーマック・アングレームという30歳くらいのやせぎすの男だ。まぁこんな辺鄙な村にくるくらいだから基本的に商才はないだろう。ロアや王都の敏腕商人からは随分と劣る人物と推測できる。ただし、清廉で欲のない男と専らの噂だ。メーマックがブエナ村にまた来たというので、俺はこの男に売りたい商品のサンプルを持って会いに行った。時刻は他の村人がはける夕刻だ。

 

彼がいるのはこの村にある商館宿だ。といっても平屋の一軒家で商隊が泊まるのも同じくここだ。商館の脇には馬小屋があり、その前には荷物を運んできた幌馬車が馬をはずして置いてあった。

 

表の入り口から部屋に入ると、そこは店になっていた。持ってきた商品を並べるための棚があり、カウンターもある。ただ狙い通り今は客は俺以外に一人もいない。俺は一応、商品に興味がある様子で棚を見て、昔のように市場調査をした。

 

すると、メーマックがカウンターから声をかけてきた。

 

「おい、坊主どこの子供だ、初めてみる顔だな」

 

この男は、村の子供の顔まで覚えているようだ。真面目さが窺える。俺は棚から離れ、メーマックに近づいて挨拶をした。

 

「パウロ・グレイラットが長男、ルーデウス・グレイラットです」

 

「あぁパウロのところの息子か、大きくなったな。いくつだ」

 

「最近、5歳になりました。以後お見知りおきを」

 

「俺はメーマックってんだ。よろしくな。それで、何してるんだ?」

 

「市場調査です。どんなものがどれだけの価値があるかわからないと商売はできないでしょう?」

 

「なんだ、騎士の息子が商人にでもなる気か?」

 

言葉はあれだが、蔑む感じではない。単に驚いているだけだろう。

 

「そういうわけではありません。ただこれから生きていくためにお金は大事でしょうから、こうしてるだけです」

 

「ほー、その年で金の大切さがわかるか」

 

100年以上生きているからな。

 

「何か欲しいものでもあるのか、よかったら俺が今度仕入れてきてやるぞ」

 

「すみません、欲しいものというより売りたいものがあるんです」

 

「どんなだ?」

 

今度は逆に、声はフランクだったが、メーマックの表情から軟らかさが抜け、硬さが増した。子供が売りたいもの、いくら彼でも怪しいと思うのだろう。

 

「二つありまして、まずはこれです」

 

俺は背負い袋から削り出しの石コップを取り出してカウンターに置いた。まずはジャブだ。

 

「ふむ、手に取っても?」

 

「構いません」

 

彼は石のコップを手に取り、この辺では珍しいルーペで商品の表面を観察したり、重さを手だけで量ったりしている。

 

「なかなかイイ(つくり)だな。石から削り出したコップなんて初めてみたぞ。銅貨3枚でどうだ」

 

さすがに安すぎる。

 

「僕ならこれを銀貨1枚で売ることができます。仕入れ値としたらその3割、大銅貨3枚が妥当だと思っています」

 

そういうとメーマックの顔は急にキリっとした。

 

「おまえさん5歳で算術ができるのか? それともこれはパウロの差し金か?」

 

差し金。当初の計画ではパウロの遣いということにしておこうと思ったのだが、パウロの差し金ですと答えるのは気が引ける。だから少し方向修正して話した。

 

「いえ、今日は父には内緒できました。メーマックさんが怪しく思うのも当然ですよね。偉そうな物言いをしてしまい申し訳ありません。

お詫びと言ってはなんですが、そちらのコップは差し上げます。実際に使ってみて頂くのが商品の価値を知ってもらうのに重要なことだと思っていますので。それと同じものをもう1つお預けしますのでどこかのお金持ちの取引先に献上していただけませんか?」

 

そういって背負い袋からもう一つ同じコップを取り出してカウンターに置いた。

 

「……いいだろう。ただし、後払いでも価値に見合った金を払うことにする。それが商売だからな」

 

メーマックは少し難しい顔をしていたがそれを引き受けてくれた。こちらはいらないと言ったのに金も後で払うという。根っからの商売人ってことか。

 

「ありがとうございます。それでもう一つあるのですが」

 

そう言って俺はルード鋼を1つカウンターに置いた。

 

「なんだこれ。見たこともないし、重い。何の金属だ?」

 

「ルード鋼というものです」

 

「初めて聞いたな」

 

「そうですか……ではメーマックさんでは価値がお分かりになりませんね」

 

メーマックはルード鋼をまじまじと見ているようで何も言ってこない。

 

「これもお願いになってしまって恐縮なのですが、アスラ王都の炭鉱族の鍛冶屋に売ってもらうことは可能でしょうか? ただし、鍛冶屋がこれを加工できない場合は、売らずに持ち帰ってください。研究したいといった場合には売っても構いませんが、金額は高めの設定にしてください。そうですね……アスラ金貨100枚でお願いします」

 

「アスラ金貨100枚!? それだけの価値があるのか……」

 

「僕にも判りません。どうですか? やっていただけますか?」

 

「いいだろう。ブエナ村にきてこんな面白い商材みたことない、やってやるよ」

 

「ありがとうございます。あぁそれと……」

 

「まだ何かあるのか?」

 

「クーエル草とカスミザミの花の種をそれぞれ100個ずつ買い付けていただきたいのですが」

 

「もののついでだアスラ王都で見つけたら仕入れてきてやるよ」

 

「お願いいたします」

 

そういってメーマックと別れた。無難にやれたと思う。彼は割と信のおける人物だろう。ただし、彼一人に頼るのは危険だ。そう思って、ブエナ村の北西にある隣村と南にある隣村まで行き同じように行商人のアブデラとアナトリアに会ってコップとルード鋼の販売をお願いした。種の買い付けは被ると困るのでメーマックだけだ。

 

--

 

資金繰りの話と並行して、早朝にパウロを相手に剣の修行、夕方に魔術の鍛錬をする。ロキシーが居た頃は昼から剣の修行をしていたが、ロキシーが出て行ったので朝が剣術の時間に変わった。つまり、剣の修行から魔術の鍛錬までの間は自由時間だ。

 

まずは剣の修行の状況について話そう。前世では攻撃の剣神流と防御の水神流を同時に教えてくれたのだが、主に剣神流を教わった気がする。いずれ俺がパウロの手に余るころにギレーヌに引き継がせる魂胆があったんだろう。だが、今回は水神流を基本にした指導になった。おそらく以前に俺がレイダルを目指すと言ったせいで少し変化したのだろう。それでも剣神流の型もやるのは変わらなかった。

 

またパウロが俺の素振りを見て感心していた。彼曰く、自然体で身体のブレの少ない素振りだそうだ。それはそうだろう。ギレーヌ、ルイジェルドから習い、エリスを参考にして、ノルンに教えた経験を活かしているのだ。むしろパウロより長い年月、剣の修行をしてきたと言える。

 

最後に訓練方法についてだが、相変わらずパウロは感覚派だ。ギレーヌとアルビレオの指摘ではパウロの訓練方法は俺には合っていないんだった。なので、パウロがさせたいことを訊いたら、どう訓練するべきかを自分で考えるようにした。

 

--

 

ある日もパウロとの朝の稽古が終わったので、俺は汗を拭った後にフィールドワークへと出かけた。とりあえずは昼までだ。俺はとりあえず村を半周ほど走り込みする。大人たちからみたら元気なガキに見えるだろう。ちなみに目標は前にも書いたがこの村を1周できるくらいの体力をつけることだ。

 

そんなことをしている内にあの子を見つけた。緑色の短髪で尖った耳、ズボンを履いたあいつだ。手には弁当の入ったバスケットを持っている。あの日と同じようにいじめられるのか心配になって遠くから窺った。

 

今回は前よりひどかった。10歳くらいの男の子2人と前にも見たソマル君を含む3人のジャリボーイ。彼らは止して置けばいいのにわざわざあいつに絡みによって来た。何が気にいらないのだろうか、こんな小さな村で一人の子をいじめてそんなに家庭で不満があるんだろうか。俺みたいにヌクヌク育ってきたやつにはわからん事情があいつらにもあるんだろうか。でもだからって、いじめられた子がいじめられることに甘んじていなければいけないわけもない。

 

絡みにきた男の子5人から逃げることもできず、あいつは簡単に取り囲まれてしまった。

 

「おい、悪魔がなんで昼に外をあるいてるんだよ」

 

「……」

 

「なぁ、ギゼル兄のこと無視すんなよ。ちゃんと答えろ」

 

「やめてぇ……」

 

「悪魔が泣いてもだれもたすけねーっての」

 

「お前が持ってるのもどうせ猫の死骸かなんかだろ、見せてみろ」

 

「違う……お弁当だよぉ……ダメぇ」

 

「ほらっ」

 

そういうとあいつの手からバスケットが奪い取られた。勢いがあまったんだろうバスケットは弧を描いて

 

「あ、やべっ」

 

ギゼル兄君(推定10歳)がつぶやいたが、もう手遅れだ。君ではね。そして見る見るうちにバスケットは地面へと向かって落ちていく。でも寸前で止まって、そこからあり得ない方向に動いて俺の手の中に納まった。

 

「?」

 

ギゼル兄君は目が点になっている。重力魔術を見るのは初めてかい?他の4人も俺のほうを見た。

 

「てめぇなにやった!騎士のところのガキだろう!」

 

「なんだよ、俺たちに挨拶もなしか?なぐられてぇのか!」

 

周りの取り巻きは凄んでいるが、俺からしたらまったく怖くないのでかわいらしいものだ。

 

「お弁当が台無しになるところだったからバスケットを助けただけですよ。何かまずかったですか?」

 

「ねぇけど邪魔すんな。てめぇには関係ねぇだろぅ?」

 

ジャリボーイAが肩をいからせて、唾が飛ぶほどに言葉で突き放してきた。

 

「まぁそうですが、君たちはその子に関係があるんですか? 僕と同じように関係がないならその子の邪魔をする必要もないでしょう?」

 

今まで何も言わなかったギゼル兄君ではないもう一人の子(推定10歳)が無言で俺の前にきた。そして無言で拳を振り下ろした。ほぅ子供のくせにいいもの持ってる。ただ躱せない動作じゃない。俺はすっと右ステップした。

 

「なっ、剣神流、初級剣士のクルスラさんの拳を避けるなんて」

 

ジャリボーイBのナイス解説。クルスラ君はさらに左、右と連続でパンチする。左はそもそも当たる間合いにない。続く右だけをさらにバックステップで避けた。どさり、クルスラ君は態勢を崩して自分から地面にダイブ。

 

「やりやがったな!」

 

何にもしてないんだが。

 

「やっちまえ!」

 

「おぅっ」

 

「……ヤメテぇ」

 

クルスラ君も立ち上がる。彼らが俺の方に殺到してきたので、一旦、下がってあいつとの距離を稼いだ後、こいつらに捕まえられる寸でのところで重力魔術を使ってあいつの横まで跳んだ。そしてあいつの手を掴むとさらに跳んで逃げた。

 

「ふぅ。撒けたかな」

 

「うぅ」

 

あいつはまだ泣いている。仕方がないやつだ。

 

「ほら、顔をあげて。涙と鼻水でぐちゃぐちゃじゃないか」

 

そういって俺はハンカチで顔を拭ってやった。

 

「ありがとう」

 

この感謝は顔を拭ったことに対するものだろうか、それともいじめから助けてやったことに対するものだろうか。両方だろうか。

 

「当たり前のことをしただけだよ。そのバスケットを届けにいくんだろ?」

 

「うん。お父さんのところに行くの」

 

「なら一緒にいかなきゃいけないな」

 

「なんで?」

 

「あいつらはそれにお弁当があることを知ってる。少し考えれば行く先が判るだろう。待ち伏せされていたらまたヒドイ目にあうぞ」

 

「なら一緒にいって」

 

「わかった。ところでお前、名前は?」

 

「シルフ……」

 

また、小さい声で言ってくれるんだな。良いだろう。同じことを言ってやるよ。

 

「へぇ、シルフか、風の妖精みたいで良い名前だな!」

 

「きみは?」

 

「俺はルーデウス。ルディって呼んでくれよ」

 

今世でも俺はシルフに出会った。でもフィッツ先輩には会わないように努力をしよう。

 

--

 

「お父さん、これ、お弁当……」

 

「お、いつもすまないなルフィ。今日はイジメられなかったかい?」

 

「大丈夫、ルディに助けてもらった」

 

「ルディ?」

 

「ルディ!」

 

俺は物見櫓の反対側で町の方を向いていたが、シルフが呼ぶので駆けてきた。

 

「この子ルディっていうの、助けてくれた」

 

「そうかい、ルディ君ありがとうな。この子と仲良くしてやってくれるかな?」

 

「こんにちは、シルフのお父さん。先ほどシルフと友達になりましたのでこれから仲良くしますよ。えっと、僕はルーデウス・グレイラット。パウロの息子です」

 

「あぁパウロさんのところの、ちゃんと挨拶ができて偉いね。私はこの子のお父さんでロールズっていうんだ。森の狩人をやっているよ」

 

「ロールズさん、シルフと二人で遊んできてもいいですか?」

 

「ああ、もちろんだとも。ただし、森の方には近づかないようにね」

 

「判りました。遊んだらちゃんとご自宅までお送りしますので、ご安心ください。あ、バスケットは……」

 

「いいよ、私が自分で持って帰るから」

 

「そうですか、では失礼します」

 

--

 

俺にとっては懐かしの丘の上の大木まで二人でやってきた。

 

「さて何して遊ぶ?」

 

「ねぇ、さっきのおそらをとぶやつおしえて?」

 

「あぁいいけど、あれはすぐには難しいかな」

 

「そ、そうなんだ」

 

「でも、簡単なやつから少しずつ練習すれば、きっとシルフにもできるよ」

 

「ほんと?」

 

「あぁ、シルフががんばるっていうなら教えるよ」

 

「わかった、がんばるよ!」

 

そして、あの懐かしい時間が返ってくる。今回は混合魔術じゃなくて重力魔術か。本に載っていないからシルフ用に重力魔術の教本も作っておかないと、時間的に間に合わないな。

 

--

 

夕方になり、俺はシルフを自宅に送った。玄関先までじゃなくて家の中まで入っていった。

 

「ルフィ、おかえりなさい」

 

「ただいま、お母さん」

 

「あら、お友達?」

 

「うん、ルディだよ!」

 

「ルーデウス・グレイラットです。以後お見知りおきを」

 

「まぁまぁ丁寧に。私はこの子の母のシルフィアーナです。よろしくね」

 

シルフの母は人族と獣族のハーフだ。犬耳はあるが尾は無いか服の中に隠れるくらい小さいのだろう。見えなかった。この人の先祖はアスラ貴族の奴隷だったんだよな……それは今はいいか。もしボレアス家が買い手だったらグレイラットに嫌な思い出があるかもしれないな。

 

「こちらこそよろしくお願いします。今日、少しトラブルがあったので家までご同道させてもらいました」

 

「あぁそうなの」

 

シルフィアーナは何があったか理解したようだった。

 

「そのことでご相談があるのですが、よろしいですか?」

 

「えぇ」

 

「今度、僕がクーエル草とカスミザミの花の種を持ってきたらそれを庭で栽培して欲しいのです。それでシルフの悩みは解決するでしょうから」

 

「よくわからないけど、いいですよ」

 

「では、僕はこれで失礼します」

 

--

 

家に帰ると敷地の入口でパウロが仁王立ちしていた。大きい子二人がいても親にチクるのは変わらんのか。いや、たしかソマル君の母親がパウロに横恋慕しているんだったな。ってことはソマル君に関われば必ずということだろう。

 

「何かいうことは?」

 

「父さまの口調と表情からだいたいどういう事か察しましたが、それについての弁明をする機会を与えてくださるのですか? それとも謝罪の言葉を要求されているのですか?」

 

「後者だ」

 

「ならば言うべきことはありません」

 

「なぜ悪いことをしたのにごめんなさいができないんだ? お前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」

 

自分で俺をそんな風には育ててはいないと自信があるなら、そんな風な目で見てはいけないんだよパウロ。それ以外に間違いがあるかもしれない。そこを考えるべきだ。自己矛盾していることに気付けない。叱りたいだけならそこに愛はないぞ。

 

「……」

 

「どうした、何故なにも言わない?」

 

「叱りたいなら好きなだけ叱ればいいですよ。でも後悔するのは父さまです」

 

「なに!?」

 

パウロの眦が釣り上がる。

 

「怒鳴りつけて謝らせて、それが何になるのか僕にはわかりません」

 

「ルディ!」

 

バシッ、と頬を平手打ち。たいして力をいれていないから息子の体が飛んでいくこともない。

 

「随分とやわな平手打ちですね。手加減ですか? それとも何か迷いでもあるんですか?」

 

「この!」

 

二発目、今度は鉄拳制裁を頭頂部に。少し痛かったので無詠唱治癒魔術で回復する。

 

「気が済みましたか?」

 

「今日は家に入るな。そこで一晩反省していろ」

 

「お好きなように」

 

日が暮れて夕食が終わった頃、俺はまだ敷地に入らず入口前に座っていた。土魔術でテーブルと椅子を作ってのんびり白湯(さゆ)を飲んでいた。育ち盛りの腹はぐぅぐぅと悲鳴をあげているが、無視だ無視。俺がこのイベントを以前のようにすんなり終わらせなかったのには理由があるのだ。それは転移事件の後、ミリシオンでやった親子喧嘩をここで済ませてしまおうっていうつもりだからだ。5歳当時の俺は生まれてくるだろう妹のためにと思っていたが、そんなことではパウロは父親として自信を無くすだけで、どこをどう直そうかとかちゃんと分析する時間を得られなかったんだ。だから、ちょっと状況が悪くなると繰り返す。引きこもりだった頃の俺とよく似ている。

 

「はぁどのパターンになるかな」

 

独りごちる。この作戦、既に地下室で検討済みのいくつかあるパターンの一つだ。オルステッドみたいに何度もやり直せるわけじゃない。想定して、パターン化して一番上手く行きそうな方法を選んでいるだけだ。判っていたことだが、この作業は精神をすり減らす。お湯でも飲んで遠くを見つめてないとやってられない。

 

玄関の戸が開いた。さて誰が出てくるか。出てきたのはパウロだった。俺は彼に合わせるように椅子から降りて、敷地の入口に立った。

 

「謝る気になったか?」

 

「その必要を感じません。父さまこそご自分のしたこと、現在の状況、誰にそそのかされたのか、その状況分析。父さまが誰を信じて、誰を信じないのか。そこに冷静な判断があるのですか?」

 

「誰にものを言っている! 大人をバカにしていいと思っているのか!?」

 

「バカにするつもりはありません。でも、そう感じるのなら父さまの中ではそうです。誰にものを言っている……ですか。貴族様の偉そうな物言いは誰かを傷つけますよ。誰に似たんでしょうね」

 

パウロが顔面をさっと青くして金縛りにあったようなので、彼を無視して俺は元居た椅子に戻った。パウロは(しばら)くそのままでいたが、(ようや)く金縛りが解けたのか足取りを重くして家へと戻っていった。まだ時間がかかりそうだな。

腹が減ったよ。

 

 

--パウロ視点--

 

昼すぎにエトの奥さんが子供同士で喧嘩してうちの子が殴られたといって怒鳴り込んできた。家の息子だって殴られたんならお互い様じゃないのか?って思ったが、あの子は既に中級剣士くらいの力を持っている。アサルトドックを短剣で二匹相手にできるんだ。対等じゃない。同い年くらいの相手を殴っていいわけない。

でも家の息子も子供らしいところがある。ようやく父親らしいことができると俺は内心喜んだ。息子が悪いことをしたなら謝らせよう。そう思って、夕方帰ってきた息子に毅然とした態度で臨んだ。それでも頑として息子は謝らなかった。

感情に任せて平手打ちをしたら、そんなものかと煽ってきた。怒りにまかせて今度はグーで頭を叩いた。それでも息子の反抗する目は死んでいなかった。時間が必要だろうと外で立たせておいた。

 

立たせている間に俺も少し冷静になった。弁明をする機会を与えてくれるかと聞いてきたのに与えなかった。言い訳ばかりする子になってほしくない。それで誤魔化そうとするのは誠実さとはかけ離れている。

叱りたいなら好きなだけ叱ればいいと言ってきた。俺の気が済むようにと。そこは見透かされた気がした。ようやく父親らしいことができると喜んだ俺の心をたった5歳の子供になんとはなしに読まれたんだ。

でも後悔するのは俺だと?たしかに殴ってしまったことには後悔がある。でもそう仕向けたのは息子の方だ。

 

日が暮れてそろそろ良いだろうと思った。お腹もすいているだろうと。そう思って庭に出てみれば、土魔術でテーブルと椅子をつくってお湯を飲みながらくつろいでる息子がいた。反省?こいつはしていない。時間の無駄だった。

 

謝る気になったか聞いてやったのに必要がないときた。俺の方こそ冷静になって信じるべきものについて考えてみろという。馬鹿にしている。剣士は馬鹿だから魔術師のいうことに従っていればいいんだと言ったやつがいたが、そのときは俺はアゴが砕けるまでぶちのめしてやったんだ。この息子があいつと同じことをいうのか?なんでだ。どうしてこうなった。

そして、最後に恐ろしいことを言った。俺が貴族の誰かに似ていると。思い当たった、俺の親父だ。急に血の気が引いた。俺はあの親父が嫌で家出したのに同じだって?どうすればいい、何がいけなかった。

 

頭が痛くなるのを堪えて、家に入り、ダイニングの椅子にどっかりと座った。

 

「大丈夫?あなた」

 

俺の様子にゼニスが水をもって駆けつけてくれた。震える手で木のコップをとり、そのままこぼすのも構わずに飲み干した。

 

「なぁ……もしかしてルディは何もやってないのか?」

 

俺は一番恐ろしいことを言った。もしそうなら俺の人生は終わる。

 

「あの子は殴ったといったのでしょう?」

 

ゼニスも困った顔で答えてくる。

 

「いや……あいつは殴ったとは言っていない」

 

「え?」

 

沈黙が流れた。

 

「私が事情を聴いてきましょうか?」

 

リーリャが申し出た。ダメだ。ここで他人の力を借りちゃ。俺はその時点で終わる。

 

「いや、俺が行く」

 

「そうですか」

 

二人にもわかるのだろう。俺がいって余計拗れるかもしれないという可能性を。テーブルの上に載っているルディのための冷めてしまった夕飯が俺をせかしてくる気がした。

 

「ちょっと、行ってくる」

 

玄関をあけると、もう外は真っ暗だ。ちょうど新月で月明りもない。そんな中で真っ暗な暗闇を恐れず、テーブルに肘をついて遠くを見ている息子がいた。その目線の先も真っ暗で何も見えるものはないだろうに。でもあいつの周りはボンヤリと明るかった。見たこともない光の情景だった。それを操ってこの静けさを楽しんでいるようにも見えた。普通の子供ならションベンちびって泣いてるところだ。だいたいの親は夜、外に出るとスペルド族に食べられるという話をするからな。家にはロキシーが居たし、ルディは聞き分けが良かったのでそういう話をしなかったな。

 

息子の元までいくと、先程までなかった椅子が一つ増えていた。

 

「どうぞ」

 

息子が促した。俺は無言で座った。

 

「状況説明を」

 

息子は目を見て話しかけてきた。さながら作戦会議だった。

 

「昼すぎにエトの奥さんがきてお前が自分の息子と喧嘩したと大騒ぎしていった」

 

「それでその言葉を信じたのですね」

 

「あぁ」

 

「続きをどうぞ」

 

「お前には力があるから喧嘩するなと言ったのに約束を破ったから叱ってやろうと思った」

 

「それから?」

 

「後はお前を叱りつけて、家に入れずに今に至る」

 

息子の目を見続けることができず、俺が情けなく俯くとハァと息子のため息が聞こえた。息子を叱ろうと思ったのに、父親らしいところを見せようと思ったのになぜ俺が叱られているような気持ちになってるんだ。……なぜだ。

なぜ?……いや何かを間違えたんだろう。俺は顔を上げた。

 

「まて、エトの奥さんの言葉は嘘なのか?」

 

「彼女が嘘をついている。僕が悪いことをした。どちらも父さまがそうならいいなと思いたいことなのでは?」

 

「うっ」

 

「僕から見れば事実ではありません。エトさんの奥さんの中では事実です。その事実は怪我をした子が言ったことです。その子が自分にとって都合の悪いことを言わなければそういう話になる可能性があります。一番嫌な想定は、息子さんは本当のことを話したのにお母さんが事実を捻じ曲げている可能性ですね」

 

たしかに、喧嘩をしたんだとすれば、やましい事があるからかもしれない。だから事実が捻じ曲がる。

 

「それだけではありません。父さまは僕に弁明をする機会を与えなかったのです。まぁもし与えたとしても、その上で僕の言葉が信じられるかどうか検討しなければいけませんよね」

 

お互いの言い分があれば両方を聞かなければいけない。エトの奥さんの話を聞いたならルディの話も聞くべきだ。しかもどちらが信用に足るのか立場ではなく証言と状況から判断しろということか。相手が大人だから、子供だから、そういう色眼鏡でみたら目が曇ると言っている。だから叱りたいなら叱れか……。俺は殴りたいから殴り、叱りたいから叱った。日頃、親父らしくできずに溜め込んだストレスを発散した。そうだな、こんなところは俺は俺の親父とそっくりだ。勘当されて12年、俺は親父にどうして欲しいかもわかってなかった。それを5歳の息子に教えられているのか。

情けない。

情けないがやり直せるならやり直さなくちゃいけない。そうでなければルディを家に入れてやることもできない。それに失敗したらこいつは家を出て行くしかない。

 

「なら、お前の言い分を聞かせてくれ」

 

ルディの語る言い分は、ギゼル、クルスラ、ソマルそれに名前の知らない子供二人が、よってたかってロールズの子供を魔族の子だとイジメていた。お弁当が入ったバスケットが飛んできたので受け止めた。いじめを止めようとしたら殴りかかられたので一切手を出さずにロールズの子供を抱えて逃げた。そんな話だった。

喧嘩?殴った?どこにも出てきてない。エトの奥さんの話とはまるで食い違う。

 

「まて、ソマル君は目に殴られた痣があったぞ」

 

ルディが手を叩いて拍手した。よくできましたといわんばかりだ。

 

「殴っていないという僕の証言と食い違いますね。例えば僕の手とその痣の大きさが一致するんでしょうか? 一致するならば僕は殴った容疑者となります。またこの村の中でアリバイがなくて、同じ手の大きさの子供がいればその子も容疑者になりますね。一番可能性があるのは、ギゼルかクルスラか他の二人かそれとも自分で殴ったというところです。手が小さいならソマル君のお母さんも容疑者ですね」

 

自分の言い分と異なるのにそう言ってルディは嬉しそうに笑った。何が嬉しいんだ。やってもいないことで疑われているんだぞ。

 

「さて、父さま、分かったことは何ですか?」

 

「お前は喧嘩をしていないと言い、ソマル君はやったと言い、意見が食い違っている」

 

「他に当事者で話を聞いてない人物は?」

 

「ロールズの子供、クルスラ、ギゼル、おまえが名前を知らない子供二人だ」

 

「そうですね。もし犯人捜しがしたいのならその子たちに聞いた上で判断したほうが良いでしょう。犯人捜しをお望みでないのならこの件は有耶無耶にしたほういいでしょう。僕がついていればシルフはイジメからは逃れられます」

 

「因みに、犯人を捜して、やっぱり僕だったらどうしますか?」

 

叱る?叱りたいから?いや、

 

「……お前が真っ直ぐ育つための場を用意する」

 

「でも叱ってもらった方がいい時もありますよ。父さま」

 

ぐっ……。

 

俺は立ち上がった。言わなきゃいけない。

 

「話も聞かずに殴ってすまなかった。こんな父親を許してくれるか?ルディ」

 

息子も立ち上がった。

 

「父さま、誰だって失敗します。僕は気にしていません。それに初めて父さまに叱られて少し嬉しかったんです。でも妹とか、また僕と喧嘩しそうになったら冷静になってみてください。短気は損ですよ」

 

その後、家に二人で入った。ゼニスがルディを抱きしめて夕飯を食べさせてやってくれた。俺はほっとして、そして同時に落ち込んでリビングのソファに座っていた。

いつのまにかルディはリーリャと話している。そしてゼニスが俺の隣に座っていた。

 

「失敗しちゃったみたいね」

 

「あぁ……」

 

「今日は私があなたを慰めてあげるわ」

 

「でも、ルディが……」

 

「あの子はリーリャと寝るそうよ」

 

そうか……俺のほうが落ち込んでいるからゼニスを譲ってくれたのかもしれない。この経験不足の父親に。

 




地下室の在庫(ルーデウス5歳過ぎ)
 ・ルード鋼 1,300個以上(+200)
 ・前世で起こったイベントの内容、要因とその後をまとめた前世日記
 ・魔法陣の下書き
 ・この周辺のダンジョンの位置とダンジョン内の情報
 ・紫の魔石(小)

★副題はゲーテの格言。カーボーイビバップでジェットも使っている。

次回予告
天才と呼ばれた少年時代。
家を飛び出し、流れ流れて冒険者。
剣王に鼻をへし折られるも、俺だけの剣を求め続ける。
この才にはまだ先があるはずなのだ。

次回『打倒!親父さま』
だが、こいつは何だ。

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