無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第120話_淡い期待

--- 失敗を織り込まない計画を立てるべからず。失敗を織り込んだ計画を中断するべからず。 ---

 

髪の染め直しに一日を費やして、明けた王都5日目。

中級市民街の朝、早朝にも関わらず大通りは沢山の旅行客で埋め尽くされている。

その状況を眼下に私は一人、冒険者ギルドへと繰り出した。

 

到着すると、数人の学生冒険者が掲示板を前に依頼を吟味する姿がまず目に入った。

それから貼り紙を手に受付と依頼内容を確認する者、仲間らとどれを受けるかの相談をするためテーブル席に集まる者ら。

それなりに繁盛しているようで次々に、貼り紙がその数を減らしていく。

ふと気になって探してみるが、一昨日見た逃走少女の姿はないようだ。

そうこうしている間に人だかりは落ち着いていく。

開けた掲示板に依頼を眺めに行くと、残り物は……護衛依頼、ペットの捜索依頼、王都内で物を運ぶ配送依頼の3種類。

ならばと私は配送依頼の中で一番依頼料の安い物を手に取る。

 

受付に持って行くと、「あらシルフィちゃん」と見知ったお姉さんが営業スマイルで応対を開始。

お姉さんは受付台の上で地図を広げ、受領場所と引き渡し場所を指差す。

それらを頭に刻んでいる内に、お姉さんは依頼の貼り紙にも書いてあった運ぶ荷物の内容について説明する。

壺と書いてあったが……どうやら大きいらしい。

 

「重いと思うけど。1人よね?」

 

暗に「できるの?」という顔。

 

「あ、そうですね。

 でもたぶん、行けると思います」

 

「そう?

 依頼を諦めても大した罰金にならないから無理しないで。

 割ってしまうと弁償額が大きいから」

 

私の答えを安請け合いと思ったのか、お姉さんはそう案じてくれた。

気持ちは有難かったので「そうします」とだけ答えると、依頼を受けるつもりと伝わったのだろう。

お姉さんは受付台の裏側から一枚のカードを取り出す。

 

「これは依頼の『受付カード』」

 

私が聞くより先にそうお姉さんが宣言する。

 

「これを受領場所の人に見せれば依頼を受けた冒険者だと判るから、荷物を渡してもらえるはずよ。

 そうしたら引き渡し場所まで運んで『完了カード』を貰ってきてね」

 

「『完了カード』?」

 

「ここに依頼番号が振ってあるでしょう?」

 

そうお姉さんが受付カード上の一点を指差す。

確かによく見ると、記号と番号の組み合わせが刻まれている。

頷くと、

 

「『受付カード』の番号をもとにして、どの商品の運搬依頼かが判るようになっているの。

 それを引き渡し場所に届けた事を示すのが同じ番号の振ってある『完了カード』よ。

 2枚セットでここに持ってきたら依頼料が支払われるから、無くさないでね」

 

「あ、はい」

 

そう言いながら、台の上に置かれた受付カードを掴み取る。

 

「期日は2日。それ以上になると運んでも依頼は失敗になるから」

 

「行ってきます」

 

「がんばって~」

 

気軽な声を背に私はギルドを後にした。

 

--

 

記憶していた場所に向かうと、そこには立派な商会の建物があった。

1階は馬車の停泊所らしく、馬に繋がれていない荷台が1つ、車止めをつけられて安置されている。

馬は裏手か近くの厩舎にいるのだろう。

誰もいないそこを突っ切ると広すぎないエントランスホールに出る。

テーブルセットのいくつかには酒樽と接吻したまま眠る男達。

荷物を運んできた商会員だろうか。

起きる気配のない彼らを掻い潜って見つけたのは冒険者ギルドと似た受付台だった。

残念ながら誰もいないけれど。

仕方なく、

 

「あのー? どなたか居ませんか? 冒険者ギルドから来ました」

 

誰何の声に返事がない。

……かに思われたが、

 

「はいはいはい、少々お待ちを~」

 

とエプロン姿の少年が1人奥の部屋から現れて受付台へと収まった。

年の頃は私と同じか、少し上に見える。

 

「マラノ商会へようこそ。

 御用件は何でございましょう?」

 

滔々と紡がれるセリフと張り付けられた笑顔。

それに少しだけ気おされて、

 

「あ、ええと配送の依頼を受け取りにきました」

 

と少し拙く返す。

すると、

 

「はいはい」

 

という言葉と共に商会受付は右手を差し出す。

掌を上にして、親指以外の指をくいくいと動かした。

そして空いている左手だけで台の端に置いてあった帳簿を手元に寄せ、開く。

慣れた手つきだと思った。けれど指の意味が分からない。

何を意味するものだろう、と困っていると顔を上げた商会受付は渋い顔をする。

 

「『受付カード』ですよ。

 持ってますか?」

 

意味がわかって急いで懐からカードを取り出し見せる。

商会受付は番号を指差し確認した後、帳簿の紙の上を探すようになぞる。

 

「ご確認しますね」

 

と口にしながらページをめくり、指が止まると「あぁあれね」と呟き洩らす。

それからこちらを見て「結構重いですよ」と不安顔を見せた。

ギルドでも同じことを言われていたので、

 

「承知してます」

 

と私はすぐに返し、商会受付は頭を少し掻いた。

どう思ったのかは判らないけれど商会受付は「付いて来てください」と先導し、建物の裏側へと向う。

(いざな)われたのは棚が縦に5列並ぶ部屋。運び込まれた荷物が整頓されているようだった。

雰囲気はなんとなく災害後にブエナ村に建てられた倉庫に似ている。

商会受付はその入り口で柱に引っ掛けられていたランプを手にし、近くの台の上で火打石を使って手早く火を灯すと奥へ。

付いて行くと、そこには少し大きな壺が3つ並んでいた。

 

「一番右の、これですね」

 

商会受付はそういって1つの壺を指し示す。

確かに大きい。ギリギリ抱えられるかどうか。

仮に持ち上げて運ぶ事ができたとして、前を見て歩くのは難しいだろう。

私が直ぐ動かなかったために、

 

「持てます?」

 

と商会受付。

「持てます」と返しても疑いの表情は晴れない。

どうやら目の前で持ち上げる必要があるらしい。

床に置かれた壺に対して膝を曲げて腰を落とすと、両手を広げて抱き寄せようとする。

動かない。自分の体重よりもずっと重たい、気がする。

一瞬の内に別の方法に頭を巡らす。

持ち上げられないのでは? と商会受付が怪しまないよう、ほんの一瞬で。

頭の中で過ぎったのは、肉体に闘気を込めて強い力を発揮するか、それとも壺に闘気を満たしてみるか。

もしくは重力魔術『無重力』を使って軽くするか。

強い力では壺が割れる可能性があるから闘気はダメ。

次いで壺を闘気で満たしても持ち上げられるように変化するかは判らないのでダメ。

ならばと心を決し、無詠唱魔術を作用させて壺を軽くする。

ほんの僅か、持ち上がるぎりぎりの軽さに。

慎重に。

 

私が持ち上げ、確かな足取りで倉庫の外まで運ぶと、

 

「いやぁすごい力持ちですね。

 私なんてとても1人じゃ運べませんよ」

 

と商会受付は目を丸くした。

彼を欺いてしまった。その事実に微かな罪悪感を覚え、私は商会を後にした。

 

--

 

横歩きの形で商会を抜け、人通りの少ない脇道に移動すると壁を蹴り登って屋上ルートへ。

周りに人の目がない事を確認したら中級市民街の通りを左回りで半周して、引き渡し場所まで走った。

頭に記憶していた場所の近くで地上に戻り、また歩く。

そこには1階に両開きの解放された扉を持つ木工所らしき場所があった。

中に入ると、持ってきた壺と似たようなものがいくつか置かれている。

 

「マラノ商会からのお荷物を届けに参りました。

 誰か、みえますか?」

 

私が声を張ってそう問いかけると、部屋の奥から1人の男が姿を現す。

 

「なんだ。子供かよ」

 

男の呟きは小さかったけれど、よく聞こえた。

 

「壺をお持ちしました」

 

私が傍らに置いた壺を指す。

 

「そうかよ。なら置いて行きな」

 

男は奥の部屋へと戻ろうとする。

 

「『完了カード』を頂きたいのですが」

 

そう呼び止めると男は左目を引き攣らせて、

 

「1人か?」

 

「えっと?」

 

「お前、1人で運んだのかって聞いてるんだ」

 

「あ、はい。

 私1人で運びました」

 

チッ。っという舌打ちの音。

男は苛立たし気に腹を掻く。

機嫌がすこぶる悪いらしく、何か嫌な感じだ。

さらに、

 

「その馬鹿力で壺を割ってないだろうな?」

 

と良くわからない事を宣った。

どこをどうみたのだろう。

言われて自分も確認してみたが、壺に傷はない。

 

「大丈夫ですよ」

 

「なら良い。

 『完了』だ。さっさと行け」

 

男は捨て台詞の後に、地面へカードらしきものを投げつける。

私はそれを拾いあげた。

見た目は『受付カード』によく似ている。

とすればこれが『完了カード』なのだろう。

私はもうそれ以上、何も言わずにその場を去った。

 

--

 

私が差し出したカードを冒険者ギルドのお姉さんが受け取る。

「あら、完了になっている」と漏らした言葉から彼女がどう思っているかは少しだけ垣間見えた。

それを愛想笑いで考えないようにして、銅貨5枚を手に再び掲示板へと向かった。

 

銅貨5枚の仕事。

ブエナ村で少女が手にするなら悪くない額、だけど王都でこれは良くない。

1人分の昼食で困る額は少なすぎた。

いわんや荷車を借りたり、複数人で運ぼうものなら収支は完全にマイナス。

あの依頼主の態度を見れば碌な客ではないのは明らかで、だからこそ誰にも受けて貰えず依頼は残っていたのだろう。

そういうあれこれを想像しつつ……。

結局、足りないならもう1つ依頼を受けてしまえば良いという考えに至る。

 

「また配達の依頼?

 人気が無いからギルドは助かるけれど」

 

すぐさま取って返した受付でお姉さんは先とは異なる驚きを露わにする。

余計な合いの手を挟まず、『受付カード』をもらい受けながらお姉さんが指示する配送の順路を頭に入れて出発。

2件目を卒なくこなし、昼ご飯を挟む。

 

――3件目。

 

「感心感心。

 勤労少女。がんばって!」

 

――4件目。

 

「……下級市民街の端から端までの依頼だったわよね?」

 

お姉さんの顔にヒビ割れが生じる。

 

――5件目。

 

「シルフィちゃん。誰か手伝ってくれてる人がいるわよね?」

 

「いえ。1人でやってますけれど」

 

「……」

 

お姉さんの顔は心配気な表情に変化していた。

 

――6件目。

 

「嘘。

 1日で6件って最高記録かも……」

 

お姉さんは半ば呆然としていて、正気に戻るまで少しだけ時間が掛かった。

依頼料を渡してくれさえいたら私はその様を眺め続けるような意地悪をせずに済んだのに。

そう考えながら暗くなる前にギルドを後にした。

 

部屋に到着後、手荷物を整理する流れの中で銭袋を手にとる。

朝よりも少しだけ重くなったそれ、といえど王都に来る前よりもまだ軽い。

宿代、食事代、情報料。

裁縫セットや剣の整備もこれからは必要になって来る。

どこかの町で暮らすなら住む家の購入資金を貯金したり、税金の払いが生じる。

だから今のままでは全然足りなくて、もっと効率良く稼ぐ必要がある。

 

「んー」

 

低ランクの依頼だから?

より上位のランク向けの依頼なら1回当たりの報酬が高いというのは事実だ。

でもそれが直、金銭的効率の良い依頼かは不確か。

私の記憶した依頼の中で最も高ランクの依頼を考えてみよう。

内容は遠征商隊の警護で、そのメンバーの欠員補充。

報酬はチームで金貨5枚だった。

既に4人のメンバーがいるので1人頭1枚。

短く見積もっても1月以上の仕事になるだろう。

つまり実質1日当たり銅貨33枚。

旅すがらの飲食は商隊持ちなら、もう少しだけ割は良くなるとして……

 

「多めに見積もって1日当たり銅貨50、いや60枚くらい?」

 

配達の仕事を1日10件もこなせば、その効率に並ぶ事が可能。

収入面の最効率がそれくらいだとして、支出面にも見直す点はある。

今はナンシーさんに従って中級市民街の宿を使い、周辺の飲食店で食事を済ませているけれど、飲食店にも宿にも冒険者の姿は無かった。

昼間の通りで冒険者風の者とすれ違った事はある。

でも彼らはきっと別の用事のために通りを歩いていただけであり、定宿にしている風はなかった。

だとしたら、アルスの下級市民街で暮らす場合の経費度合を知るべきかもしれない。

 

今日の発見を頭に刻み、明日以降の課題が固まった事に満足する。

それでもまだナンシーさんは帰って来ず、時間を持て余したせいだろう。

ふと、さきほど見たお姉さんの表情を思い起こし、それから配達を速やかにこなした理由について考える。

私は闘気と必要最低限の重力魔術を使った。

重力魔術は他人に教えてはいけない内緒の魔術。

闘気はS級冒険者であり、上級剣士のパウロさんも扱い切れない、限られた者だけが持つ肉体操作技術。

だから、多くの冒険者が私と同じように効率良く依頼をこなせないというのは判る。

けれども聖級以上の剣士は存在する。

あのブエナ村の襲撃者のような者とか。

ナンシーさんとか。

他には逃げ込み先として指定された、水神流宗家の道場にもおそらく。

彼らが冒険者……いや配達業者としてお金を稼ごうとすれば私と同じく危険な高ランク依頼を選ばなくてもお金を稼げる。

もしくは『剣の聖地』だって、どこかの援助を受けたり質素に暮らす必要がない。

 

闘気持ちが闘気を使って仕事をしない理由。

考えてみても私にはその理由が思い浮かばない。

理由なんて無いのかも。

たとえば闘気を扱える聖級以上の剣士であっても、そんな事はできない?

私がコピーしたナンシーさんの闘気が特異だった、という可能性。

もしくは私に備わった特異性?

 

 

夕食の席で疑問をぶつけてみると、

 

「不思議よね」

 

とナンシーさんは苦笑い。

"そんな事が出来るのか?"という驚きは見せていない。

つまりナンシーさんも同じ事ができ、同じ疑問を抱き、しかしその理由に思い至っていない?

答えが得られなかったのは私の訊ね方が悪かったかもしれない。

だから重ねる質問。

 

「聖級以上の剣士でも闘気は戦闘時にしか扱えないとか。

 制限があるのでしょうか?」

 

ナンシーさんは首を横に振る。

 

「体験的に身に付けたせいで、そういう制限が無意識にかかっている可能性もあるけれど。

 ……むしろ枷となるのは闘気の量でしょうね」

 

教わった内容だと、すぐに分かった。

 

「剣士が鍛錬を積む過程において、魔力量――気量を増大させるチャンスが無くて初期値に留まるから?」

 

復習の意味も込めて口にすると、

 

「根本の原因は気量が少ないからだと思うわ。

 でも考えてみて。

 闘気を使う事で魔術程の消耗を実感できる?」

 

そう言われてみれば。

 

「意識を失う程に闘気を使うのは無理な気がします」

 

「気の量が少なくても、消費量が少ないから大きな問題にならない。

 これは1つの論理かもね。

 でも実は気の量が少ないから無意識下で消費量を抑制している、という可能性はあるの」

 

身に付け方による抑制か、気量の枯渇を防ぐための抑制か。

どちらにせよ無意識下での抑制だとナンシーさんは予想する。

そして私は少なくとも、ナンシーさんはもしかすると、そういった抑制の働かない部類に属する。

だから闘気を普段使いできる。

 

--

 

配達の仕事だけでなく、住居や仕事場もしくは煙突の清掃、塀を維持するための積み石運び、水汲み(実質は水魔術での生成)、料理店の裏方などEランク冒険者が受けられる依頼を総ざらいする日々が数日続いた。

その日も冒険者活動の為にと朝食を手早く済ませ、ナンシーさんと別れて宿からギルドへと向う最中だった。

先程までは何の事もなかった身体が妙に重く、お腹が痛む。急激な体調の変化。

無詠唱の治癒魔術を試すと痛みが一瞬和らぎ……そしてまたぶり返す。

これは。

 

「月の物なら仕方がないわね。

 無理をせず数日は安静にしておきなさい」

 

宿に引き返し、まだ身支度途中のナンシーさんを横目にベッドに潜り……気が付くともう外は夜に傾き始めていた。

まだ痛む腹に定期的に治癒魔術を掛けてやり過ごし、ナンシーさんが帰宅。

容体を訊かれた流れで話は前進する。

 

「もう少し大人になって痛みに慣れてくると、普通の生活が出来るようになるから」

 

「ナンシーさんくらいにですか?」

 

「えぇまぁ。

 元々、私は軽い方だけれどね」

 

有難い先輩のお言葉。

どうやらこの痛みは個人差もあるし、慣れでどうにか紛らわせる方法もあるらしい。

考えてみれば、お母さんを含めた村の奥さまの方々が私のように辛そうにしているのを見た事は無い。

それが知れてもシンドさが消える訳ではないのだけど、精神的な気休めにはなった。

 

気持ちに余裕が出たからか。

それとも気を紛らわせば痛みが少しだけ和らぐと理解できたからか。

冒険活動以外で少し出歩く事にし、さて何をしようかと考えて受付のお姉さんが示してくれた物を思い出した。

 

「地図、描いてみよう、かな」

 

そう決めると店で紙束と筆記具を手に入れ、それから建物の屋上で見える範囲の街並みを図化する。

出来栄えはそれほど良くはない。けれど、悪いという事もなく自分で使うには十分に見えた。

ナンシーさんの言いつけを守り、貴族街には入らず中級・下級の市民街を描く。

配達先に貴族街は今のところ無いし。

そうして出来上がった地図には、区画を移動するための門の付近で人通りの少ない場所だと感じたところを描き込む。

そこは屋上からの降着ポイントで、移動時間の短縮に使えるだろうと思えた。

 

痛みと闘っている間にさらに4日が過ぎた。

そして5日目の朝が来て顔を洗い、歯を磨く。

何のことはない朝の支度の中で、ふいに痛みがないと気付く。

どうやら波は過ぎたよう。

さらに1日様子をみてからナンシーさんに復調した事を話す。

 

「また冒険者活動?」

 

「やれそうな事がありますし、休んだ分働かないとですし」

 

ナンシーさんはお金に頓着しないだろう。

だから『無理に働く必要はない』的な事を言われる。

でも大丈夫。私なりの意見は用意してある。

そう頭の中で会話をイメージしていた。

けど。

 

「なら、楽しんでらっしゃい」

 

意外な言葉と笑顔を頂戴した。

 

--

 

1日で処理できた配達依頼が10件を超えたのは、地図のおかげだろうか。

次の日からも降下ポイントの再調整、闘気の練り方、糸を飛ばすタイミングなど1件毎の処理時間を僅かにでも短くする可能性を追求し、復帰から10日後にはついに15件をこなした。

簡単な依頼も多かったから、一概に努力が報われた訳ではないと私にも判っている。

それでも自分の求めていた結果が達成できれば、気分は晴れやかだった。

今日も配達依頼を受けようと、冒険者ギルドに来るまでは。

 

意気揚々と掲示板に向かった私はそこで凍りつく。

依頼は昨日と遜色ない分量が貼り付けられているが、配達依頼が1件もない。

そうこうしている間に、後ろから呼びかける声が聞こえた。

 

「ちょっと、ぼーっとしてないでよ」

 

漫然と掲示板を眺めていた私が邪魔だったのか、そんな声が飛ぶ。

私は咄嗟に手にした依頼書を剥がして掲示板の前から横へと移動。

「すみません」と謝りながら声の主を窺い見た。

三角帽子を頭に載せた魔術師然とした女の子。彼女の向う隣には剣士風の男の子。

彼らは私に目もくれずに張り出された依頼を物色している。

自分と同じくらいの駆け出しだろうか。それとも……

 

男女ペアの2人を見て、心の中で何かが蠢きだしたようだった。

冷静さを欠いていた。

だから剥がしてしまった依頼書を元に戻せばよかったのに、そうしなかった。

なぜだか、その場を早く立ち去りたくて、そのまま依頼書を持って受付へと向かった。

 

--

 

「迷子の猫探し?」

 

「FランクとEランクの依頼はだいたい分かって来たので」

 

随分と陽が暮れてから宿へと戻った私は扉の傍に立ったまま、既に部屋でくつろいでいたナンシーさんに遅れた理由を説明している最中だ。

続けて手にしていた未だお尻の青いトマツを投げる。

弧を描くように飛んでいったそれをナンシーさんが両手を使って握りつぶさないようにうまくキャッチし、顔を落として何が投げつけられたか理解すると服で拭いて一齧りした。

彼女の口が塞がっている内に、より詳細へと移りたい。

 

「趣向を変えて、難しそうな依頼を受けてみたんです」

 

ナンシーさんんは2、3度頷いてから「美味しいわね」と一言。

 

「時間によって猫の行動範囲が変わるかもと思いまして。

 捜索を続けていたらいつの間にか外が暗くなっていました。

 ご心配をおかけしてすみません」

 

謝罪の言葉を吐き出し終えたので、ベッド脇まで移動する。

サイドテーブルへと手荷物を降ろしてから、上着をポールハンガーに掛けて自分のベッドへ腰を落ち着け、ブーツの紐を緩めたところで「猫ちゃんは見つかったのかしら?」とナンシーさん。

 

「いえ。未だ」

 

「なら明日も捜索なのね」

 

「捜索期間が限られていますから」

 

そう返事をしながらブーツから足を抜き出し、ベッドの中へと潜り込む。

寝る体勢は整った。

帰路の途中で魔力の消耗鍛錬は済んでいる。

後は寝るのみだけれどナンシーさんは質問を繰り返した。

 

「そのテーブルの上の買い込んだ物は?

 餌で猫でも釣ろうとしたの?」

 

部屋へ入った時には手に持っていた幾つかの野菜や果物の詰まった編み籠。

先程トマツを投げたのもここから取り出したもので、ナンシーさんの興味を惹いてしまったらしい。

それともトマツで口を塞いだ事を見透かされているのかも。

 

「あぁええっと。

 猫を探すために近所の店に聞き込みをした際に情報料代わりに買いました」

 

「でもこんなに買い込んで」

 

「赤字ですね。

 ペット探しで採算を合わせるのは難しいみたいで」

 

「お金なら」

 

「あ、ええと。

 余裕はあるので大丈夫です。

 宿代とか立て替えて頂いている諸々の経費を考えるとあれですけど」

 

心配いらない事は私の表情から判ったみたいでナンシーさんは1つ頷き、まもなく部屋に灯っていた魔術光が掻き消える。

 

「そう。

 悪かったわ。余計な口出ししちゃって」

 

「そんな事、ないです」

 

静かな部屋に歯切れの悪い声が溶け消えた。

口の中に苦い味が広がって、眠りに落ちるまでの時間がいつもよりも長かった気がする。

なぜ口が苦かったのかの理由は分からなかった。

 

--

 

あれこれと試したけれど努力の甲斐なく期限が切れた、その翌日。

未達成の報告に赴いた私に、依頼主の少女からの

 

「無能。

 冒険者なんかに頼まなければ良かった」

 

という罵詈が降りかかる。

村でいじめられていた頃のように浴びせかけられた感情に似た、懐かしさ。

あるのは後悔と怒りだろうか。

と考えつつも反論する無意味さを悟って黙して待っていると、態度が気に入らなかったのかムっとした表情を強くした彼女は

 

「さっさとどこかへ行って。

 顔も見たくないわ」

 

と言い終わるや扉を閉めてしまった。

報告は聞き入れて貰えたのだろうと理解し、私はその場を離れた。

 

相手の強い感情にさらされて自分の感情は蓋がされていたようだった。

それが1人で歩いている内に外されていく。

蓋が完全に外れたのだろう、

 

「あんな言葉を投げつけられる謂れ……ないよ」

 

沸々と湧いて来る感情。

 

私はこの後、ギルドで違約金を払う。

それこそが契約未達成の際の罰だと決められている。

あのような言葉を投げつけられ、私が嫌な気分になる契約ではない。

そうだ。

あんなのは間違っている。

 

そうやって自分を納得させ、全てを吐き出し終える。

ちょうどギルドに到着して状況を受付のお姉さんに説明。

違約金を払おうとすると、お姉さんは一旦それを遮った。

 

「ちゃんと言わなかったのが悪いとは思うのだけど……その、依頼主に失敗の報告をする必要はないのよ」

 

とお姉さん。

私はその言葉に「え?」っといったっきり体を硬直させる。

 

「そういうのは依頼の『完了カード』の回収と依頼料の返却を代行する担当がギルド内にいるのよ」

 

「そう……なんですね。

 あはは」

 

「ええ。

 ギルドの登録用紙には書いてないから知らなかったかもしれないけれど。

 判らない事は私達、受付にきいてくれたら良いから」

 

話は終りらしい。

私は「分かりました」と応えた後、違約金の支払いを済ませる。

今日はもう冒険者活動をするような気分ではなくなってしまった。

 

 

ギルドを出た私は夕方まで街を散策して宿に戻った。

今日の出来事をどう報告しようかと悩み始めた私。

自分のミス、考え違い、先走り。

それによって受けてしまった胸中の蟠り。

話の筋はだいたいそんなものだ。

失敗談を話すのは少しだけ気が引けるけれど嘘を吐くわけにはいかないし。

むしろ失敗する事もお父さんの願いと言ってくれるかもしれない。

 

でも確信はない。

むしろ想像上のナンシーさんはいつものように話の根底、基礎の部分の何かを指摘するのではないか。

例えば、依頼をし、達成されるのを待っていた少女の気持ち。

あの依頼に託した彼女の淡い期待の裏返しがあの罵りに変化する。

私はそれを道理とも不条理とも思う訳だけど、そもそも今日私はどんな態度を期待していた?

壺のときや他の配達のときは?

仕事が上手くいって「ありがとう」と感謝されるのは、気持ちの良い感覚だ。

働く意味がある気がした。

仕事が上手くいかなかったペット探しは感謝されず、気持ちは沈んだ。

仕事が上手くいったのに金を渋る男を相手にするのは、自分の仕事の出来を低く評価された気がした。

 

……なぜ? どうして?

私は働く意味を求めているの?




次回予告
1つずつ積み上げた何かが1つずつ崩れては落ちる。
色々な事が収束し始めている。
この旅の終りが見えただろうか。
いや、騙されてはいけない。

次回『水路』
王都に張り巡らされるのは何だ。

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