無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

12 / 125
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第012話_隠密作戦

---親が喜ぶ顔を見るのは何文の得か?---

 

天国にきてから聴覚が戻った。

いや地獄でも聴覚自体は封印されていなかったが、ボンヤリしていた。それが明瞭になった。驚いたことに天国の言葉は人間語だった。一度、リーリャという単語が聞こえた気がした。もしかして天国でリーリャに会えるかもしれない。それだけじゃない。ゼニスやパウロらしい声も聞こえる。皆、ここにいると思うと話せるようになったときに何を話そうか、考えてソワソワした。

ただ問題もあった。天国に来てから眠くて眠くて仕方がない。早く筋トレして剣士として活動したいのにな。

 

--

 

十日が過ぎた頃、目が開いた。視覚が戻ったのだ。地獄で封印されていたせいなのか、まだボンヤリしている。ピントを合わせるための目の筋力自体が衰えているようだな。まだ相変わらず眠い。転移事件で飛んだあとでもここまで酷くなかったのにな。

 

--

 

3週間後、目の焦点があってきた。そして見たのは若かりしゼニス、パウロ、リーリャだった。背景もおそらくブエナ村にあった実家だ。

 

え?

 

この光景は覚えがある。最初に転生して意識が戻ったときにそっくりだ。いやそれよりも少し前だと思う。考えられるのは、『ここは天国で俺はルーデウスで、ここに居る皆が死ぬ前の記憶を持っている』、『ここは天国だが、俺はルーデウスではなく、ここに居る皆も死ぬ前の記憶を持っていない』、『俺はもう一度転生した』の3つが考えられる。

それ以外の場合も当然ある。だが、考えても仕方ないだろう。とにかく3つの場合について不自然にならないように振る舞うことを目指そう。隠密作戦だ。

視覚がはっきりしたので樹液だと思っていたものの正体もわかった。ゼニスの母乳だった。だが俺は過ちを繰り返さなかった。ゼニスの胸を舐めたりはしない。普通の赤ん坊は本能的にこなせるだろうが、俺は意識を持ってしまっている。意識的に胸を吸わなきゃならない。舐めないように気を付けながら。まぁでも心配ない。俺は3人の嫁との激しい毎日を切り抜けた歴戦の勇者だ。テクニックに自信がある。まぁもし舐めてしまってもゼニスは嫌がっていなかった。それより、ぼやきを聞いたリーリャの態度がとんでもなく硬化したことに注意せねばなるまい。

そんなことはどうでもいい。一番のショックは『俺はすぐに剣士になれない』ということだ。体が赤子に戻っているのだ。成長してまた鍛えないと、いくら闘気が纏えても剣士として活動することはできない。仕方ない。それでも頭と首しか闘気が纏えない不十分な状況よりは全然ましだ。気持ちを切り替えて闘気の訓練をしつつ、作戦案を練ろう。

 

--

 

8か月後、俺はハイハイをするようになった。前の周回の俺は半年ぐらいで出来ていた気がするが、違いはなんだろうか。まぁいい。俺が家の中で神出鬼没だったのでリーリャが困っていたという話もある。俺は隠密活動中だから諜報活動をするために、リーリャやゼニス、パウロの近くで情報収集をせねばならない。ハイハイができるからといって好きなところをうろつくのは止めよう。後は笑顔だ。生前というと2回あるのでややこしいが、アイシャと練習した笑顔は上手くできているだろうか。鏡が無くて確認ができん。決してダリウス大臣みたいな笑顔をしてはならんというのに。

はぁなんか気疲れする。オルステッドの気持ちが判り始めた。こりゃ毎日が疲れるわ。そう、オルステッドも気になる。もし俺が転生していたとしてもオルステッドだって転生できる。彼は俺を知らない周回なのか、知っている周回なのか。歩けるようになったらその辺のことをメモしよう。

ちなみに隠密活動の成果として、俺の名前はやっぱりルーデウスだったということを記しておく。愛称は今回もルディだ。

この頃からパウロが所蔵の「ペルギウスの伝説」と「三剣士と迷宮」を読み聞かせしてくれた。ぶっちゃけ言葉も理解していないはずの子供に読み聞かせは早すぎる。歌とか歌ってくれんかね。それでも俺はパウロが読み聞かせてくれる内容を拙く繰り返したりして反応を返していた。そういう反応に気を良くしたパウロは、読み聞かせの後も自分の武勇伝を語っていた。パウロが話す内容は、昔にギレーヌからきいたことあるストーリーと一致するものもあった。つまり、ちょっと胃が痛くなる話が多かった。またいくつかの話ではギレーヌが語らなかった後日談があることを知った。後日談には概ね、お色気シーンがある。といってもさすがにパウロも0歳児の子供に話す訳もなく、「その話はいっか!」と一人で納得して話が終わるパターンが常態化していた。それでも息子のために色んな話をしてくれるパウロは、やっぱり良い父親してるなと思った。俺は自分の娘や息子にここまでしてやれなかった。仕事を優先して小さい彼らをよく見ていないときもあった。それに比べたらパウロはずっと良い父親だ。パウロは俺に愛情を注いでくれている。それが俺にもよくわかる。俺も子供たちには愛情を注いだつもりだ。それが子供たちに伝わっただろうか。伝わっていたなら、比べてはいけないのかもしれない。

ハイハイが遅かったので俺自身が少し心配になり、壁や椅子、階段をつかって伝い歩きを練習した。途中でゼニスとリーリャが俺をみつけてまだ早いのでは?なんて相談していたが、結局、ゼニスやリーリャが〈ここまでおいで〉をして手伝ってくれた。ちょっとシルフィがルーシーにやってたのを思い出した。シルフィにも会いたいがまだまだ先の話だ。

ここまでの情報収集でどうやら彼らに生前の記憶はないことが判った。俺の名前がルディであることも含めると、3つの想定の内、3番目の「2度目の転生」をしたというのが濃厚だ。先にも考えたが、それ以外のパターンも当然ありうるから隠密作戦を継続するつもりだ。

 

--

 

生後11か月が過ぎ、俺は2本の足で歩けるようになった。バタバタと庭を駆け回る。ララは参考にならないが、それ以外の子供たちのことを思い出してその真似をした。そう、闘気を纏いながら無邪気に走り回った。ただ速度にだけは気を付けた。0歳の子供が時速50kmで走ったら親がびっくりするからな。

同時に、俺は魔力量増大訓練をするかどうか悩んでいた。前回は2歳くらいから魔力量を増やそうと訓練していたはずだ。0歳児からやったらどうなるか、誘惑は強い。だがどれだけ魔力量が多くても生前の焼き直しになる可能性が高すぎる。それよりもあと1年、纏気したまま動き続けるのが重要だと判断した。もしこの世界が前回と同じで俺が過去に戻ったというなら、2歳から魔力量の訓練をしたって間に合うことは判っているのだから。

言葉についても生前の子供たちを参考にまだ単語を少し言う程度にしておいた。たまに庭の石ころを拾っては闘気で飛ばす訓練をする。生前、岩砲弾で攻撃していたのが懐かしい。しかし闘気による身体強化(ブースト)というのはとんでもない解放感だ。超人(チェダーマン)になった気分だった。まぁ自己鍛錬は重要だが、諜報活動も必要だ。いや諜報活動より、幼い頃にもっと親孝行しておくべきだと俺は考えを改めた。たくさん思い出をつくろう。この世界が前回と同じなら15歳で成人だ。途中から学校に通わせたらすぐ巣立ちの時が来る。俺自身は7歳からロアでの家庭教師が始まって親離れしてしまった。物心ついたのが2歳だとしても俺がゼニスとまともに会話したのはたった5年だ。あまりにも短すぎた。

 

--

 

半年が過ぎ、年齢は1歳半になった。この頃から俺はゼニスの足にしがみつき、「母さま、母さま、あれなぁに?」と聞くようにした。ゼニスは嬉しそうに教えてくれる。そしたら「ありがと!」と感謝した。あざといなんて言わないで欲しい。俺が考えたなるべく自然な接し方なんだ。ゼニスのまぶしい笑顔が俺の宝物になった。ゼニスばっかりに懐いているとパウロが拗ねるので、パウロが剣術の訓練をし始めたら、近くの枝を持って真似してみた。パウロが俺に、お前はいい剣士になる!ってよく言ってくれる。どうせ煽ててるだけだろうとは思うが、親バカなだけかもしれんな。たまに足をもつれさせて転ぶと心配そうに近寄ってくれるのが嬉しかった。嬉しすぎて、胸がいっぱいになって泣いてしまうと「ルディは泣き虫だな」なんてパウロが言ってきた。痛くて泣いてるんじゃないんだぞ。父親を経験するとほんと涙もろくなってしまうんだ。20歳そこそこのパウロに抱っこされてゼニスのとこまでいってヒーリングを掛けてもらう。幸せな時間だった。

 

幸せな時間はすごい早さで過ぎていく。もう俺は2歳になってしまった。そろそろ魔力量増大訓練を始めることにした。前回は、水魔術で始めた訓練だが、今回は最初から土魔術だ。トイレに行くついでに土魔術で小さな小石を生成する。小さければ小さいほど消費量は多い。ちなみに、ブエナ村はド田舎だからトイレは汲み取り式で外にある。だから、トイレに行く次いでにつくった石は外に向かって闘気をつかって投げた。

 

--

 

2歳と少したったある日、豪雷積層雲(キュムロニンバス)でも使ったんじゃないかと思うくらいの豪雨が来た。そんな日でもパウロとゼニスは妹作りに励んでいた。本当は親子三人で寝る思い出でも作ろうかと思ったんだが、この二人からすると普段より激しくできるとか思ってそうだ。ま、妹欲しいし構わんよ。そう思って、俺はリーリャのところにいって怖いからって一緒に寝てもらった。目が醒めたら、俺はリーリャに抱き着いて寝ていた。なんか許されてる感じがしたけど、飛び起きてから「ご、ごめんなさい」って謝った。リーリャは「良いんですよ、坊ちゃま」なんて言ってくれた。その後、事情を聴いたパウロに冷やかされたので、最初は二人の部屋にいこうとしたんだって仄めかしておいた。

 

さて、今回の俺は本を携帯する天才少年なんていう判り易い素振りは全く見せてない。隠密のルーデウスと呼んでもらっても良いくらいだ。子供らしい可愛げもあるし、大人を真似することで成長している感じを表現している。ただ、そろそろロキシーを呼び出す下地作りはしないとダメだろう。3歳になったら魔術をぶっ放して家庭教師をつけてもらわなくちゃいけない。要点を絞ると、『魔術の才能を見せ、ロキシーを家庭教師として呼ぶ時期』、『ロキシーとの接し方』、『パウロとゼニスの約束で俺は剣士の修行をしなければいけない』の3点について考えることになる。

 

まずロキシーを呼ぶ時期についてタイミングを見誤ると、白髭のお爺さん魔術師が家庭教師に来る可能性がある。俺とロキシーには強い運命があったから、なんだかんだで引き寄せる可能性もあるが、万全を期すなら3歳を過ぎてから魔術の才能を見せるべきだ。それまでは秘密特訓で良いだろう。

次にロキシーとの接し方についてだ。ロキシーとはなるべく仲良くなりたい。ただ魔術師と教師、両面での自信を無くしてあげないと彼女は今回も強く後悔することになるだろう。俺は前の人生では甘かった。やるならトコトンだ。そのためには1年で水聖級魔術師になって、あとはフィールドワークやダンジョン探索に行かねばならない。つまり、フィットア領、できればブエナ村周辺でダンジョンを見つけておかなければならない。

最後に剣術の修行についてだ。俺は既に闘気を身に付けて、それを意識的に操作できる。掌や足に気を集めてブーストすることも可能だ。そういう意味では剣さえ持てればパウロも敵ではない可能性がある。俺はアルビレオの指摘で前の人生の後半は魔法剣士系の戦術理論を真剣に組み立てていた。闘気を纏えなかったので理論だけで終わっているが、いくつかの魔法剣技も開発済みだ。ただ、父親をボコボコにしたいわけではない。必要がなければ15歳くらいで力を示してやれば良いだろう。逆に必要に迫られれば力を示すことになるだろう。要は、剣術の稽古ができるように体を鍛えておけば良い。

 

上記以外にやらなきゃいけないことも追加すると、この先の約1年のやることリストはこうなる。

 1.魔術については秘密特訓をする。

 2.フィットア領できればブエナ村付近でダンジョンを発見しておく。

 3.剣術の稽古に耐えられるように体を鍛えておく。

 4.前世で発生したイベントをまとめ、忘れるの防止(オルステッドの真似)

 5.お金を稼ぐ(ナナホシの真似)

 




次回予告
招かれる神と対峙する。
再生する記録映像のように、これを追体験すれば
確定した幸福な未来が待っている。
それが少しの手違いで全く変わってしまうかもしれない。

次回『ロキシー登場』
ルーデウスは使徒たりえない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。