無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第119話_望み

--- 人間存在の究極目的 ---

 

王都3日目。

一人で座っていると、私と年齢に大差のないだろう小坊主がシーツを干しに屋上へと上がってきた。

話しかけられるのが億劫で息を潜めていると、彼はこちらに気付かぬままいそいそと作業を終わらせ階下へと戻っていく。

一安心して息を吐きだし、そのせいで洗われたばかりのシーツの香りを大きく吸い込む羽目になった。

小さく咳き込んだ後、シーツを恨めし気に見ればブエナ村では手に入らないような純白に近しいそれらが柔らかにはためく。

次第に強まる風は心地良く髪をなで、さらに少し離れた建物の(かまど)の煙に弧を描かせる。

眼下を歩く人々は様々な出で立ちの者が大通りを右へ左へと歩いて行く。

ある者はゆっくりと、またある者は小走りに。

ひとしきり、様子を見ていた私はふいに視線を元に戻す。

人の数に負けない程の無数に並ぶ家屋。

先には区画を隔てる塀が顔を見せ、その上には青い空。

通りを歩く者は皆、昨日までの私のように王都の空は狭いと思うのか。

それとも空はどこでも同じく広いと知っているのか。

今日の私のように。

 

余念を風に流しながら昨日の研究のおさらいと闘気糸の鍛錬で時間を潰す。

一晩明ける事で新たな気付きの可能性を期待した鍛錬。

けれどそうそう上手くはいかない。

全てが無駄とは言えないけども、徒労感が小さな疲れを示す頃には照り付ける太陽が高い位置にあった。

もう昼だ。しかし旅慣れた体は空腹を覚えない。

そんな精神と肉体の不合理から目を逸らすように再び通りの様子を視界に入れる。

映ったのは人を躱しながら走り去る者と追いかける一団。

追いかけるのはガラの悪そうな男たちで、周りの通行人を大声で威嚇しながら走る様子からあからさまな怪しさが感じ取れた。

 

『面倒事に一々付き合うと、トラブルに愛される体質になってしまう』という教えに逆らうつもりはないけれど。

遠くから見守る程度なら、それに。

こういう無頼漢の存在をあらかじめ情報収集できれば、王都でのトラブルを未然に防げるはず。

という説明で自分を納得させるや、腰を上げて屋根伝いに一団を追った。

 

屋上伝いに闘気で走れば、間もなく逃走者に追いつく。

逃走者は女だった。

私とそう年齢の変わらなそうな人族の少女。

彼女は革鎧を着こんでいて冒険者風の出で立ちではあるものの、武器類を携行していない。

なんともアンバランスな出で立ち。

護身用のナイフを服の下に隠しているタイプだろうか。

 

そんな少女が何度も後ろを気にしながら走るせいで、追う男たちはあと半区画の距離まで詰めていた。

数は4人。

追いすがる男らがまたしても通行人に怒声をあげる。

声が一層近くなったからか少女は慌てた様子で次の角を曲がって小さな路地へと逃げ込んだ。

そして男たちも彼女が消えた路地へと迷う事なく歩を進める。

 

私はそこで無頼漢らが声を張り上げていたのは彼らの頭が悪いからではなく、むしろ逆と悟る。

大通りで昼間から喧嘩沙汰ともなれば街の兵士が来るに違いない。

だから、彼らは威嚇行動によって少女を路地へと誘導したのだ。

男たちは路地に入ってから走る速度を上げ、一気に距離を詰める。

一番先頭の男の手が少女の肩を掴む、まさにその時。

 

私の氷壁が路地に出現し、彼女と男らを隔てた。

土壁では後処理が面倒だからとこちらを選択。

逃げる少女を掴まんとする手が壁に激突すると、先頭の男は態勢を崩してひっくり返る。

間の悪い事に後続の2人もそれに巻き込まれて悪態を吐き、最後尾の男だけが難を逃れて「とまれ!」の声を響かせる。

少女は状況を一瞥しただけで、足を止める訳もなく辻の先へと消えた。

 

少女自身、逃げ切れた事情をどこまで理解したかは判らない。

一方、男たちは少女が去った後に「魔術師だったのだろう」という結論に至り、「魔術師の割には体力があったな」等と言葉を交わしながら、元の道を帰り始めた。

私は男達の生態を知るために、その後を追った。

 

--

 

私の見立てとは異なり、男達が向かったのは冒険者ギルドだった。

彼らは冒険者?

逃げた少女も冒険者然としていた。

と言う事は、さっきのあれは冒険者同士のいざこざ?

それとも男達がギルドの依頼を受けて彼女を追っていた?

なら少女を追う理由がギルドにはある?

見た目で人の本質は測れない。またなのか。

今回も同じなのだろうか?

ギルドの受付でそれとなく聞けば、事情はよく分かるはず。

今すぐそれらを確認したい。

その気持ちをどうするか。

いままさに男らが冒険者ギルドから出てどこかへ向かおうとしている。

受付のお姉さんから情報を得ようとすれば、彼らを見失うだろう。

私は膨らむなぜの気持ちを苦労して抑え、彼らの足取りを追い続けた。

 

彼らはギルドに短い時間滞在した後、大通りをさらに進み、程なくして脇道へ。

曲がるにつれて狭くなっていく路地を何度か曲がり、ついに人一人が通れるくらいの路地に到着すると、男達は無個性な建物へ順に入った。

彼らの居場所を突き止めた。

それで十分かもしれない。

けれど、もう少しだけ彼らの暮らしぶりについて知っておいても損はない。

リスクとリターン。

それを見極めるとすれば、まだ余裕があるように思えた私は、屋上からその建物へと侵入する。

 

屋上からの階段を降りながら、耳をそばだてても物音は聞き取れない。

階段の先には通路が現れる。

軽々に通路へ顔を出さず、闘気糸を使って探りを入れても反応はなし。

あの4人はまだ階下にいる。

また、あの者ら以外の者が居るとしてもこの階には居ない。

私は感覚を信じて、通路の先に頭を出して目視する。

やはり人は、居ない。

ほっと一息。

その後は同じ要領を繰り返し、通路の先にある部屋を確認していった。

 

無人の部屋。

そこで何をどう調べれば良いか。

何が正しいか。

判らぬままに彼らに繋がる情報を探す。

物が雑多に積み重なった部屋……は物置?

埃の積もった空き室。

次の階に降りると酒瓶の転がる部屋や脱ぎすてられた服の散乱した部屋など。

こちらは最上階よりもやや生活感のある部屋が増える。

寝具の数は4。彼らが居る1階に寝室がなければ人数と合致する。

 

得られた情報はそれだけだった。

どうしても知りたい情報があるなら、マリーバードで見たナンシーさんの尋問術を真似て見るという手もあるけれど。

今回の調査はただの興味本位。

存在を知られる事で襲撃者に繋がってしまうかもしれないリスクとは比べられない。

そう判断した私は彼らに気付かれぬように屋上に戻り、ギルドへと向かった。

 

--

 

「騒ぎでも見た?」

 

昼下がり。

カウンターで気だるげに座っていた受付のお姉さんが背筋を伸ばす。

 

「それです。何か事件と思いまして」

 

お姉さんは見た目通りの人族なら、17、8といった所で私より少し年嵩にみえる。

 

「たまにあるあれよ」

 

"あれ"が何を指すのか分からず「たまに、ある、あれ?」と返すと、お姉さんは「うん?」と小首を傾げた後に合点がいった様で「あぁ」と繋ぐ。

 

「あなた、若いけど他の街の冒険者ね」

 

「ええ。王都には来たばかりで。

 あ、私、シルフィって言います」

 

私の説明に「そう、よろしくね。シルフィちゃん」と納得した様子のお姉さん。

仕事熱心というより興味が湧いた顔で少し思案したかと思うと、

 

「ここでは当たり前の事なので覚えておいて欲しいのだけど、王都の下町では学生が冒険者になってアルバイトするの」

 

と話す。

私は初耳の言葉から感じた戸惑いを抑えて、言葉を吟味する。

つまり少女は冒険者、男らは依頼人なのだろう。

そして、なんとなくお姉さんの言いたい事が判った。

 

「確かに、依頼の多くは誰にでも出来そうな……お手伝いの範疇でした」

 

「そう。王都周辺では兵士の巡回で魔物は駆逐されている。

 で討伐依頼の代わりに、簡単な仕事を斡旋してるの」

 

「学生にも出来そうな仕事があるせいで、学生が冒険者をしている、と」

 

私の確認にお姉さんは「んー。少し違うかな」と笑う。

続けて、

 

「確かに、シルフィちゃんの言う通りの部分もあるのだけど。

 むしろアルバイトの仕事をお店が出すのはその学生を狙っているからなのよ」

 

そういってお姉さんは歴史を語り出した。

冒険者ギルドの花形依頼は魔物の討伐、次点で危険地帯にある資材の調達なのだそうだ。

その2つは今の王都が形成されて以後、安全と引き換えに成立しなくなった。

だから当時の冒険者ギルドでは危険な経路で他の街へ出向く長期任務――例えば商隊の警護――の依頼が主に。

問題は、多くの商隊でメンバーを固定しがち故に、欠けたメンバーの補充程度の依頼数に留まってしまった事だろう。

 

――話を聞いて、安全な地域でも雑事があるはず、そう今の王都のギルドのように。

私は意識上でだけ頭を巡らす。

 

しかし、お姉さんは私の思い違いを見越したようにその点を指摘する。

 

「依頼を増やすために、冒険者ギルドは方々(ほうぼう)に掛け合ったみたいだけれど、すぐには効果が表れなかったそうよ」

 

と。

その理由は安全な王都において商工業が発達したため。

そして危険なく商売が出来るなら、わざわざ王都で冒険者ギルドに依頼を出す必要はなく、発注者は各業者・組合に直接発注するのみ。

そこに冒険者ギルドが介在する余地はない。

 

「でもね。そこで面白い事が起きたのよ。

 なんだかわかる?」

 

首を横に振って黙っていると、お姉さんは少しがっかりしたような表情で続きを語る。

日々、人口増を続けていた王都では仕事は山のようにあり、時にそれは業界の許容量を越えるときがあったという。

すると、冒険者ギルドに依頼が降りてくるときがあったのだそうだ。

直接の依頼というよりは業者の手伝いという形で。

これに冒険者たちが飛びついた。

どうやら王城や貴族の私兵に仕官するべく王都にやってきた者らが日銭を稼ぎたくて機会を窺っていたらしい。

そうして依頼が消化されると、仕官の道を諦めて手に職を付ける者が出てくる。

頭が切れる商売人は、そこではたと気付いた。

定期的に冒険者ギルドに仕事を出しておけば、自分の業界に興味がある者や能力のある者を発掘できる、と。

元々利幅の少ない、優先順位の低い仕事がギルドに流されるのも考慮し、孫請けではなく冒険者ギルドを元受けにした依頼形式に変更すれば、仕事の責任問題も回避できて金銭の効率も比較しやすいだろう、と。

 

こうして王都の冒険者ギルドは低ランクのお遣いクエストが多い場所となった訳だけれど、話はそこに留まらない。

今度は王都内にある平民向けの学校が、これに目を付ける。

学校はやる気のある者には学外活動の一環として冒険者を勧め、学生はさまざまな職業を体験する。

元々家業を継ぐ予定の者でも見識を広めるため色々な系統の依頼をこなすのが良いとされ、家業がない者ならば自分の興味がどこにあるのかを探すため依頼をこなすのが良いとされる。

中には王都内での依頼に飽き足らず本当の冒険者を志す者もいるらしいのだけど、まぁそういう者は遠からず冒険者になるので実害はないという判断らしい。

 

「人材発掘のために商人が冒険者ギルドを利用した仕組みに、学校が乗った訳ですか」

 

「おかげで王都の冒険者ギルドは存続できているし、三方良しでしょう?」

 

「ですね」

 

お姉さんの話によって漸く、今日の事情が見えてきた。

 

「で、元受けになってしまったので冒険者ギルドには責任があってね。

 学生冒険者には研修を受けさせて、改善されれば良し、問題児にはそれとなく怖い目に遭ってもらう依頼を流して、問題が大きくならない内に是正を求めてる」

 

「逃げていた少女は問題児だったのですか」

 

「ちょっとプライドが高いきらいがあってね。

 気に入らない事があると、相手のせいにして逃げちゃう子みたいで。

 それで依頼失敗が続いてたから」

 

私は微妙な表情をすると、「あぁ少し話し過ぎちゃったわね」とお姉さんは話を打ち切ろうとする。

 

「あの、もう1つ良いですか?」

 

「ええ、もちろん。

 冒険者からの相談に応えるのも私の仕事の範疇だから」

 

お姉さんは室内を見回し、他の冒険者が居ない事を確認し直すと、「立ち話は何だから」と言いながらテーブル席に私を招いた。

 

「それで、何が訊きたいのかしら?」

 

「どうしてこのお仕事をする事になったのか、って事を知りたくて。

 もしかして元は冒険者だったとか?」

 

「いいえ。

 私は冒険者をしてないの」

 

私が目線で続きを訴える。

その視線に困ったような表情をするお姉さんは、「うーん。そういう質問かぁ」と腕を組んで思案する姿勢を見せた。

 

「余り話したくないなら無理にとは」

 

私は丁重に断ろうと決意する。

しかし、

 

「魅力的な女って秘密の1つや2つは持っていないとダメじゃない?」

 

と、お姉さんは良く判らない言葉を漏らす。

良く判らず「はぁ」と返すと、お姉さんはそれを肯定と受け取ったらしかった。

 

「シルフィちゃんって正直、王都に来る冒険者の中では異質なのよね」

 

自分ではそう思えない。

どこが、と考えてみる。

けれど私が自分で答えを出す前に、お姉さんは答えを出す。

 

「妙に、腰に佩いている剣が様になってるのよ。

 シルフィちゃんってもしかして物凄く強い?」

 

「私なんて全然。

 まぁ学生さんと比べたら少し、強いくらいです」

 

「やっぱり」

 

私は少し強いと言っただけ。

お姉さんの言う、物凄く強いには同意していない。

だけどお姉さんは我が意を得たりと続けた。

 

「ここでね。

 冒険者を見てると、伸びそうな子とダメそうな子を見分けられるようになる。

 あ、ちなみにシルフィちゃんは前者」

 

「それはありがとうございます」

 

褒められた事に軽く謝意を示しつつ言葉の意味を探る。

直観のような物というよりは、立ち居振る舞いを観察して判断するような非言語的な経験則に基づく何か。

お姉さんの言葉はそのような含意があると思う。

それでどうやら最初の質問は忘れられてるらしいとも気付く。

話を続けても回答は得られないだろう。

と思った矢先、お姉さんは一人でに気付いたようだった。

 

「あら、私ばっかり話しちゃってるわね。

 ええと、シルフィちゃんの質問は何だっけ?」

 

とお姉さんは意識を取り戻し、表情も元に戻っている。

どうやら私の話を聞いてくれるらしい。

 

「どうして冒険者ギルドの受付になったのでしょうか?」

 

そう改めて、質問し直す。

 

「あぁ、そうそう。そうだった。

 簡単に言うと……領地学校(ステートスクール)を卒業するときに学校の先生が紹介してくれたの」

 

「ステートスクール?」

 

聞きなれない単語。

この辺りの学校の事だろうと思う。

 

「シルフィちゃんは外から来たから知らないでしょうけど。

 ええとね。領地学校はアスラ王都に住む平民の子供が行く学校の事よ。

 一番ポピュラーな所。

 それとは別に実践学校(プログレッシブスクール)という場所もあるの。

 こっちはより職業の専門的な内容を教えてくれる所。

 あぁ、一応説明しておくと王貴族の方は別で、幼年学校を経て王立学校で勉強するわ」

 

「私は学校には通いませんでしたけれど、村に居た騎士様の息子さんに勉強を教わりました」

 

「あら素敵。

 許嫁(いいなずけ)かしら?」

 

言い当てられて驚いた顔をしていたと思う。

お姉さんは得意げに「ありがちよね」と鼻を鳴らした。

そしてその顔を直ぐに曇らせる。

 

「でも、シルフィちゃんが冒険者になって王都に来たってことは破談かぁ。

 もしかして私みたいなパターン?」

 

正直『私みたい』と言われても知る由もない。

一応の礼儀として「……聞いた方が良いですか?」と合いの手を入れてみると、「知りたいならね」とお姉さん。

質問しといて、面倒そうだと話を切り上げる訳にはいかなそうにみえる。

諦めて、「お姉さんみたいなパターンってどんなでしょう?」と訊ねる。

すると、

 

「私も許嫁が居たんだけどね。亡くなったの。

 水道橋の水質検査士だった人でね。私より5歳も年上だった。

 学校を卒業したら結婚する予定が、卒業の1年前に足を滑らせたのか貯水槽の中で冷たくなってたんだ」

 

かなり重い内容に二の句が継げずにいると、お姉さんは口早に、

 

「辛気臭い話じゃないのよ。

 ごめんごめん。

 お詫びにもうちょっと詳しくこの辺の事情について話してあげるわ」

 

と捲し立てた。

 

--

 

お姉さんの話から色々なことを知った。

 

まずスラム街は正確には王都ではない。

中の住民からすると情報が殆ど来ない場所で子供達がどのように暮しているかも住民は知らないそうだ。

 

城壁を1つ潜った先にある下級市民街。

ここには8つの実践学校があって多くの下級市民の子供が通っているという。

 

さらに城壁を隔てた内側にあるのが中級市民街。

この区域には6つ領地学校が設置されていてその1つに受付のお姉さんも通っていたらしく、一番詳しい話を聞いた。

領地学校は住んでいる所による区別なく入学者を受け入れるシステムなので下級市民街でもこちらの学校に来る子供も居る。

……といってお姉さんの口ぶりからするとスラムの子供はここには通わないので、おそらく"王都の住民なら"という但し書きはつくのだろうけど。

 

さらにさらに内側にあるのは下級・中級の貴族と騎士区画。

幼年学校と王立学校があり、ここに上級貴族も通う。

区画の分け方からみても判る通り貴族には階級による区別があって下級貴族の子息はいじめの標的になることも少なくない。

いじめを受けた一部の貴族の子弟は領地学校に転校してから冒険者になる子もいるとか。

他には実践学校の上位版として、この区画に商学校がある。

これは王都で商業が盛んだからこそで、ドナーティ領なら鍛冶、ミルボッツ領なら酒造、ウィシル領なら畜産の専門学校がある。

フィットア領にも農業の専門学校があったけれど最近、消失してしまったという話だ。

 

そんな彼女の話す学校事情の中で聞きたかった内容に掠るものがあった。

当たり前の事だけど、学校を卒業した男子は就職してどこかで働く。

女子の場合は少し違って就職もあるけれど、相手が居るなら家庭に入る。

家庭に入る子についてはこの際、除外するとして就職組がどんな職業に就くのか。

実践学校は就職先に合わせた専門のカリキュラムに沿って学ぶ場所なので、逆説的にそこに通うような子供は既に就職先は決まっている。よって卒業後は就職先の下働きから始めたり、家業を継いだりする。

一方の領地学校は広範な知識を学ぶ場所だから、就職先を生徒が自分で探さなければならない。

そこからは最初に聞いた話。

王都の冒険者としてギルドでアルバイトをし、自分に合った職業を見つけるのだそうだ。

 

 

――そして理解が新しい疑問を生む。

気になる事は聞いてしまった方が良いだろう。

きっと話の種になる。

 

「ではこのギルドに来る殆どは学生なのでしょうか?

 見る限り、だいたい半分くらいは普通の冒険者だったような」

 

「どうかしら」とお姉さんは一度口ごもり、それから「もう少し学生は少ないでしょうね。3人に1人かしら」と答えてくれた。

思ったより冒険者は多く、学生が少ないらしい。

私の警戒に引っ掛からない冒険者がまだまだ沢山いるということだろうか。

それとも学生の内から真剣に冒険者をやる者が多いのだろうか。

 

さらに話は冒険者が王都に来る理由へと向かった。

お姉さんの弁に拠れば王都に来る冒険者の半分は行商人の護衛らしい。

アスラ王国内の街道沿いは魔物が駆逐されているから護衛が必要なのは商館に属し、国外と交易する行商人だろうと理解する。

そこから思い返してみると、ブエナ村に来ていた商人も冒険者を伴ってはいなかったし、村から王都までの間にすれ違った荷馬車にも護衛は居なかった。つまり商人組合所属の(国内を行脚している)行商人には護衛は要らないのだろう。

 

話を外国から来る行商人に戻すと、国の輸出入を担う彼らは魔法三大国や王竜王国との取引を行うために商団を組んで専属の護衛を雇っているのだそうだ。

けれど、旅の途中での欠員補充などを理由に冒険者が加入することも少なくないという。

そうして無事に商団が王都に着くと、商館から正式な護衛を補充され、冒険者は余程の手練れでなければ引き留められずに依頼終了、解任される。

だから臨時の護衛でやって来た冒険者達は冒険者ギルドで次の依頼を探す事になる。

 

懐に余裕があれば観光をしてから――余裕がなくとも中には冒険者活動をしながら観光する者もいるが――別の護衛や配達を受けて元居た町へと帰っていく。また少数だけれど元の街とは別の街へと移っていく者もいるらしく、そういう者も何らかの目的地に近い場所へ行くための護衛や配達の依頼を受ける。シーフ系の職業に就く目端の利く者らは情報系の依頼を受けて、ギルドの連絡要員をする者もいるという。

 

ここまでの話は想像の及ぶもので理解するのは難しくなかったから、私は冒険者が来る理由はそれで全部だと勘違いした。

けれど……

 

「と、いうのは冒険者を続けるつもりがある人達よね」と切り出したお姉さん。

彼女は「王都で職に就く人もいるの」と継ぎ足した。

 

「王都に来て冒険者を辞める人が居るということでしょうか?」

 

「そういうこと。

 ただ、次の職業が決まるまでは冒険者活動を続ける人が多いわ。

 その辺りは学生と同じ、かな」

 

少しだけ学生と違うのは、王都外で活動してきた冒険者にはそれなりに荒事への実績があるという事。

そこを強調して王宮や貴族への仕官を目指すものらしい。

戦闘が得意な者は兵士に、魔術師は王宮の魔道院へ、その他の職業は主に諜報員として雇われる道があるそうだ。

 

--

 

お姉さんの話はそこで終わり。

私は宿へと戻り、荷物を降ろしたところでふと手を止めてしまった。

 

「何かの目的のために他の街へ行く?」

 

考えが声に。

幸いにもナンシーさんはまだ帰ってきていない。

想像の羽を広げるのに支障のない一人だけの部屋。

自分の止まってしまった手を顔の前へと持ち上げて手首を動かして掌と甲を交互に見る。

先程までのお姉さんの説明が甲、あくまで受付の視点で語られた物。

その視点では学生が冒険者をする話の一部が冒険の末に王都に来て就職する冒険者の話と通じていた。

それは間違っていないけれど……。

 

掌の側。内側、つまりそれは冒険者をする学生や王都に来る冒険者の視点。

彼らには目的がある。

学生は就職先を探すか起業資金を貯める目的で冒険者活動をする。

中には目的が変化して冒険者自体に興味を持ち、冒険者になる者がいる。

王都に来る冒険者も同じで冒険者が冒険者活動をするのは依頼料を稼ぐため。

だけど冒険者を辞めて新たな職を見つける者がいたり、あるいは活動自体が好きか他にやりたい仕事が無くて冒険者を続けようとする者がいる。

結局は冒険者を一時(いっとき)の仕事とするか生涯の仕事とするかで分類できる。

その前提に立てばお姉さんの勘違いに気付ける。

王都で就職するつもりがない冒険者であっても、それだけで冒険者を生涯の仕事にしているとは限らない。

本当は王都ではダメな理由があって他の街で就職したいと考えている者もいるかもしれない。

 

「王都に無い物って何だろう?」

 

街道から来たのならシーローンや王竜王国、もっと遠くならミリス神聖国から旅してきた事になる。

西から来たのなら行先は東か北?

東ならベガリット大陸だけど、それなら王竜王国から船に乗った方が手っ取り早い。

ということは西から王都を通って他の街に行くとしたら、北が有力だろうか。

北には……そうアスラ王国の北には剣の聖地や魔法大学がある。

お金を貯めて魔法大学に行く。

それは聞いた事のある話。

なら剣の聖地もお金を貯めて行くところかもしれない。でも判らない。

 

だって……剣の聖地に行ってどうするの?

そりゃぁ当然、剣の修行をするのだろうけど。

なら強くなってどうするのだろう。

 

魔法大学だってそう。高度な魔術を手に入れてどうする?

大学を卒業したら何がある?

冒険者活動も他の就職先も。働いてお金を稼いでどうする?

そのお金でご飯を食べて税金を払って。

それで?

 

「人は何のために生まれ、何のために生きているのかな」

 

気が付くと外は暗く、天井に魔術光が1つ瞬いた。

いつの間にか帰って来たナンシーさんの生み出したそれが部屋を照らす。

物思いに耽っていたせいか彼女が部屋に入って来た物音に気付かなかった。

ナンシーさんは備え付けのサイドテーブルに荷物を置き、一通りの荷物整理を行っている。

私はそれをぼんやりと見ながら、先程自分が呟いた独り言を聞かれていないだろうかとモヤモヤした。

もし聞かれたのなら何かアドバイスをもらえるかもしれないと思いつつ、そんなに都合の良い事もなく時は過ぎた。

 

--

 

部屋の隅に立って極小の氷を生成して鍛錬する。

室内の気温で溶けて消える氷を20個作ると魔力は底をついた。

幸運な事に魔力量はまだ成長期を過ぎてはいないようで生成できる氷の数は数日毎(すうじつごと)に増えている。

脱力感に飲み込まれながらベッドに入り、サイドテーブルの前に座っていたナンシーさんが背負い袋に何かを詰め、私と同じくベッドへと潜った。

魔術光が力を失い、部屋には仄かに月の光が差し込む。

 

「迷っているのね」

 

ナンシーさんの声が響く。

独り言を耳にしていたからか、それともこの数刻の態度から読み取られたのか。

どちらでも構わなかった。

 

「判っているつもりで判っていなかった事に気付いたんです」

 

それを"迷っている"と表現するのかもしれない。

言葉にしてからそれを悟った。当然ナンシーさんもそう思っただろう。

でも私を揶揄するような声は返ってこなかった。

 

「ナンシーさんにとって生きる意味とは何ですか?」

 

「聞いてどうするの?」

 

「参考にさせて欲しくて」

 

「――教えられないわ」

 

意を決した言葉は容易く跳ね除けられる。

――だけど。

 

「あくまで一般論の話なら構わないわ。

 聞く?」

 

「聞かせてください」

 

「殆どの人はそんな事に悩んだりはしない、と私は思うの」

 

悩む私は普通ではない、らしい。

でもその理由がわからない。

黙っていると、ナンシーさんは続けた。

 

「なぜなら毎日を生きるので精一杯だから」

 

「生活費と宿代を稼ぐために?」

 

「まぁ……持ち家があるのなら宿代の代わりに税金を払っているわね」

 

「そんな訳ないですよ」

 

「あら、どうして?」

 

「だって、王都では子供がお小遣い稼ぎで冒険者活動をしています。

 そのお金があれば田舎では手に入らないような高額なお金が手に入ります」

 

「……常識をもちなさいな」

 

呆れ声に「ええと、すみません」と平謝りする。

けれどよくわからない。

私の発言は常識がなかったらしい。

でもアルバイトの仕事を日々こなせば生きて行くのは難しくないはずで。

もしかしたら税金が高いのかもしれないけど、宿屋暮らしでも払いきれるとすればやはり判らない。

そんな私に、

 

「あなたはまだ独り立ちを始めたばかりのヒヨコなのだもの。

 謝る必要は無いけれど。

 あなたの苦手な事でも多くの人にとっては簡単な事がある、という事実は覚えておいて欲しいの」

 

月明りの中、ナンシーさんが彼女自身のベッドに浅く腰かけ直す。

そして横たわったままの私の方へ向くと、手首をクルリと回して掌を天井に向けたまま人差し指で私の顔を捉えた。

 

「例えば、その髪はそろそろ染めた方が良いでしょうね」

 

ナンシーさんは私が髪を染めていると知っている。

秘密を1つ暴かれてしまったけれど、それを批難する意味は感じなかった。

それよりも大事なのは本当にそうかという事。

急いで横髪を手で掴んで、毛先を確認。

見えている範囲は綺麗に染まっているようにみえる。

でも、これだけ伸びてきているのなら根元の緑が目立つかもしれない。

ナンシーさんの言葉が降って来る。

 

「シルフィは髪の色を気にしなければ生活できない。

 でも多くの人は髪に問題を抱えていない。

 逆も同じで、あなたにとって生活費を稼ぐ事は簡単でも、多くの人は精一杯努力をしなければいけない」

 

生活費を稼ぐ事がどの程度の困難を伴うのか。

実感が伴わないのは良くない気がした。

今度、試してみよう。

視線を戻すと、ナンシーさんはベッド脇で面白そうにこちらを見ていた。

それに気づいた私をみて、

 

「人は……人族は特にだけど。

 社会を構成して生きている。

 働きながら毎日をただ生きる。

 ご飯を食べるため、家賃を払うため、税金を払うため。

 そういう見方をすると、その行為の虚しさに何の意味があるのか分からなくなる」

 

ナンシーさんが再びベッドの中へと潜り込む。

その視線は上だ。

 

「でも今のような社会を構成する前はどうだったのかしら。

 お腹が空いたら木の実を食べて、眠くなったら眠る。

 ずっと昔。人はそうやって暮していたそうよ」

 

私が生まれる前の国の形。

街はどうやって生まれたのか、村は誰が作ったのか。

何もなくなってしまったブエナ村を再建するように、昔も誰かがここに街を作ったのだろうということは想像できる。

それが果てしない道のりだっただろうという事も。

 

「それが今のように変化したのは、外敵から身を守るため。

 外敵と闘う兵士、壁を作る職人。

 代わりに農夫が食料を集める。もしくは作る。

 数は多い方が良いと気付いて、人を集める。

 街はどんどんと大きくなる。大きな社会では人間関係も複雑になる。

 すると諍いが絶えなくなり、調停するためのルールが生まれる。

 意思決定も難しくなり、王様や役人が必要になる」

 

ナンシーさんは大きく息を吐く。

 

「前に人殺しをしても良い国があったらどうなるかを一緒に考えたわよね。

 あれに似ているかもしれない。

 昔の人は昔の暮らし方で安心して生活できなかった。

 生きる事に不安があった。

 だから人は今の社会、今の生活様式を作り上げた。

 そう言われてる。

 つまり、この社会は皆が外敵に怯えずに暮らせる社会。

 その社会制度の中で構成員の大半は一生懸命に働かなければ生きていけない。

 大変な事だけど、安心して生きられるという目的は確かに達成できている」

 

ナンシーさんの言わんとする事が理解できたような気はする。

つまり、今の社会は安心に重きを置いた社会。それ以外の事には余力がない。

国同士が争い合ってお互いに相手の国を滅ぼそうとしている?

それとも足を引っ張り合っている?

そのツケで国民の大半がギリギリの生活を強いられる?

そう言う事なのだろうか。

でも、それじゃぁどうして?

 

「世界で一番裕福なはずのアスラ王国でそうなら、他の国はもっと厳しいですよね?」

 

「アスラ王国、魔法三大国、王竜王国とその属国、ミリス神聖国、それからビヘイリル王国。

 これらの国は安全面ではまぁだいたい同じね。

 大半の国民が働くために生きているという面もそう。

 ならばこの国のどこが裕福かとなるのだけれど、経済規模の大きさと高い食料生産力に因るでしょう」

 

「北方大地や紛争地帯、魔大陸は安心して暮らせない場所という訳ですね」

 

「ええ。

 そして残った場所、シルフィが考えるべきは『剣の聖地』かしら」

 

『剣の聖地』。

奇しくも昼間に少し疑問を持った場所の話だ。

 

「なぜでしょう?」

 

「あそこは雪に囲まれた場所で、農業生産力は非常に貧弱。

 しかも住人の殆どはまともに働きもせずに剣の修行に明け暮れている。

 でも困っていない」

 

「それはつまり、剣の達人が沢山居れば兵士を雇う必要がないから?」

 

「付け加えるなら他に2点。

 一つは剣士の生活は質素でお金が殆ど必要ない事。

 もう一つは魔法三大国とアスラ王国からの援助で成り立っている事」

 

「援助?」

 

「魔法三大国としては魔術で苦手な相手が現れた時のために剣士との伝手を残しておきたいのね。

 軒先に怖い連中がいるから仲良くしておこうという意味もあるかもしれない。

 アスラ王国側の視点に立つと、魔法三大国と仲良くされ過ぎないように自分も援助しておこうという感じかしら」

 

どちらも上手いやり方のように聞こえた。

話を飲み込むのに少しの間を掛けた。

どうやら話は終りらしい。

 

「細かく教えてくださってありがとうございます」

 

「ちょっとした小話よ。

 私の想像が全部正解という訳もないの。

 畏まって有難がる必要もないわ。

 それに王都にあなたを連れて来た甲斐があったと知れたのだもの」

 

「お陰様で見聞は広まりました」

 

「違うの」

 

「違う?」

 

「私が言ってるのは、そうやって思い悩んでくれている事よ」

 

……悩むのは辛いです。

そう言い出したかった。

 

「ロールズさんの望んだ通りになった」

 

「お父さんの?」

 

「ええ」

 

ナンシーさんは多くを語らなかった。

それにもきっと意味はある気がして、それ以上の理由を聞く気にはならなかった。

静かに時間は過ぎて行き、いつしか私は眠りについた。




次回予告
態度の悪い客。
急な差し込み。
見つからない猫。
お金を稼ぐ意義がわからなくなっちゃった。

次回『淡い期待』
余裕がなければ多くを考えずに済む。

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