無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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第114話_広がる世界

--- 私が殺すのではない。リスクがあなたを殺すのだ ---

 

ブエナ村を出て12日目。

ナンシーさんの随伴者としてブエナ村から真っ直ぐ、真っ直ぐひたすら真っ直ぐに歩いた先にその街は在った。

最初の街、マリーバード。

あと3日ほど歩けば王都アルスだとナンシーさんは旅の間に語っていたが、もうここがその王都なのでは?

私はそれくらい驚いていた。

 

溢れる群衆は避難キャンプでも目にした。

だけどそれ以外はまるで私が見た事のない世界。

大きな通りには切り出した石が敷かれ、その上を軽やかな音を響かせる馬車が行き交う。

また道の両脇には3階建ての立派な屋敷が見えなくなるまで続く。

目にする紳士・淑女の真っ新な服はシワもシミもなく、彼ら彼女らが領主や貴族と呼ばれる人なのだろうと思われる。

何より空気が違う。なんというのかすえた、もしくはやや埃っぽさを含んだそれはブエナ村では嗅いだことのない物だ。

ここの人々は一体どのように暮らしているのだろう。

とてもブエナ村と同じとは思えなかった。

興味が頭をもたげてくるのを必死に抑え、私はナンシーさんの後を追いかけた。

 

街の奥へ奥へ。

もう反対側へ出て行くのではないかと思うくらい歩いて、それでも街並みはより一層に立派になるばかり。

壁一面が全てレンガで固められた見るからに頑丈そうな佇まいを見つけて、ナンシーさんは迷いなく建物の中へと飛び込んでいった。私もそれに続く。

ここを探していたのだろうか。

 

中に入った直後。

矢を射るような視線が向けられるのを感じ、その感覚を追ってこちらも相手を一瞥。

帯剣し、なめし革の鎧をまとった男。

別の1人は帽子を深々と被った魔術師。その帽子の一部分だけが視界を通すように三角に切れている。

彼も身体の線を見るに男性のよう。

3人目は部屋の隅に置かれた観葉植物の脇に立ち、こちらを見ながらぶつぶつと何事か口走る少女。

 

「私とこの子の登録をしたいの」

 

先行するナンシーさんは受付の男に用件を切り出していた。

 

「はい、ご新規の登録ですね」

 

「ええ」

 

「では、こちらの書類の規約と注意事項をお読みください。

 ご了解頂けましたら、同意の証として名前と職業のご記入を。

 もし文字の読み書きができない場合はこちらで代読・代筆させていただきますので……」

 

「いえ、結構よ」

 

「承知いたしました」

 

ナンシーさんと受付さんの会話が終わると、私の目の前に登録用紙が1枚、それと記入用のペンとインクが差し出される。

同じものはナンシーさんの方にも配られた。

それを最初から最後まで読む。

書かれている事は利用規約と違反時の罰則、ランク制度。

師匠がノルンちゃんに話していた内容と一致する。

だとすれば、どうやらここは冒険者ギルドらしい。

登録用紙の最後に名前を記入。

それから職業は……なんだろう冒険者?

でもそれだとここに居るのは全員冒険者になってしまう。

 

「職業って」

 

「私と同じにしておきなさい」

 

疑問文が完全に完成する間もなくナンシーさんは答え、彼女の記入済みの用紙が見えるように傾けられる。

職業欄には"剣士"の文字。

私は1つ頷いて同じように書き加えた。

 

ペンを置くと、用紙は受付さんが無言で回収していく。

受付さん(男性)は用紙の内容を確認してそれからチラリと私を見た。

何か不味い事でも書いただろうか。

良く判らない。

書き直しを命じられるかもと思い少し身構えるも何もなく「では、こちらの板に手を載せてください」と促される。

 

透明な板のようなもの――良く見ればその中央に魔法陣が描かれている――が私の前ではなくナンシーさんの前へ。

ナンシーさんが言われた通りに手を置き、受付さんが板の端を指で叩いてから用紙を読み上げる。

 

「名前、ナンシー。

 職業、剣士。ランク、F」

 

再び、受付さんが同じように指で板を叩く。

赤い魔術光が煌めき、そして消える。

さらに彼が板の下にあったのだろう何かを取り出すと、「ではこれを」と告げながらその何かをナンシーさんへ差し出した。

 

私はそのやりとりを見て、驚いていた。

ナンシーさんって本名だったのだろうか。

てっきり愛称だと思っていたのだけど。

 

まぁ、良いか。

自分の目の前に同じように用意された板に手を載せる。

 

「名前、シルフィエット・ドラゴンロード。

 職業、剣士。ランク、F」

 

出発前にお父さんから聞いた家名。もしかして必要になるかもしれないと言われて、早速役に立った。

同じやり取りによって手渡されたのは小さな金属片。

そこに今告げられた内容と告げられていない内容、即ち「性別、女。種族、人族を主とする混血種。年齢、10歳」と記載されていた。

そうか、これが規約にあった"冒険者カード"らしい。

それよりも、あの魔道具……凄い。

あの魔法陣はどういった魔術だろう?

音声を認識して金属片に文字を打刻してるだけでなく、治癒魔術のように対象の情報を読み取って必要事項を登録してくれる?

 

「冒険者カードは大事になさってください。

 何かご質問は?」

 

「ないわ」

 

私に相談なくナンシーさんがそう答える。

かと言って質問はないので文句もない。

 

「パーティー登録はなさいますか?」

 

「不要よ」

 

「では登録完了となります。

 依頼を受ける場合は依頼書をあちらの掲示板から剥がして、冒険者カードと共にこちらへご提出ください。

 依頼書を捨てたり、隠したりする行為は"他冒険者の依頼を妨害する行為"に当たり罰金の対象となります。ご注意を」

 

「わかったわ」

 

「では良い冒険者ライフを」

 

受付さんが笑顔でそう言い終わるが、「ちょっと別件なのだけど言いかしら?」とナンシーさんは話を続ける。

 

「お応えできるものならば」

 

「それなりの物品が預けられる宿を取りたいのだけど」

 

「それですと少々割高になります。

 Fランク冒険者には……」

 

「それでもあるのよね?」

 

「それはもちろん。

 ございます」

 

「なら教えて頂戴」

 

宿屋の場所を聞いたナンシーさんは掲示板には目もくれずに建物の外へと向かった。

私もそれに倣った。

 

--

 

教えられた道順のまま宿まできたところでナンシーさんは立ち止まらずに通りを突っ切って行く。

私はそれを驚かず、足を止める事もなく追従する。

視界の端で宿屋の外観を記憶しつつ、もしかしたらこの後にナンシーさんと二手に分かれるかもしれないと考える。

一瞬、ナンシーさんと目が合う。

私はほんの僅かに頷いた。

ナンシーさんは通りの角、その手前で足を止め振り返った。

 

「迷ったわね」

 

言いながらも視線の端で何かを追っている。

気にせず居た方がいいのだろう。

 

「もう一度、ギルドまで戻りましょうか?」

 

「近くのはずなんだけれどね」

 

「そうですけど、本当に迷子になるよりはましですよね」

 

「仕方ないわね」

 

ややオーバーリアクション気味に肩を動かして気持ちを表したナンシーさんが私を追い越して戻っていく。

釣られるように踵を返し、またギルドまで。

 

ギルドに戻り、ナンシーさんは受付に再度話を聞き、今度は地図を描いてもらう。

その間に掲示板を眺めながら、居なくなっている人物を確認。

全員の顔を覚えていた訳ではないけれど、視線を向けていた3人は覚えている。

 

なめし革の鎧男、いない。

魔術師の男、いる。

気味の悪い少女、いない。

 

「地図を描いてもらったわ。

 何か良い依頼はあった?」

 

「私たちが受けられるのは"3"件ありましたけど、その内の"2"件のどちらかが『怪しい』と思います」

 

「ふぅん。

 まぁ急ぐ事もないから、その話は宿についてから話すのが良さそうね」

 

「分かりました」

 

 

--

 

今度こそ宿屋へと入り、2階の一室を借り受ける。

外から見ても分かっていたけれど部屋の外側には丸い窓枠があり、室内をぼんやりと照らしていた。

かと言って無防備な訳ではなく半透明なガラスが嵌められている。

日中は明り取りのために魔術を使う必要はなく、とても便利だ。

よくよく思い出してみれば先程の冒険者ギルドにも窓はあって窓枠の上部だけ長細い石が使われていた。

装飾的なデザインというよりは何らかの理由でそうされているようだったけど。

……まぁ良い。

私がそのように考えている間に室内にある2つのベッドの内、入り口側のものにナンシーさんが手荷物を置いた。

ということは私は窓側になるらしい。

そう理解して自分の手荷物を窓側のベッドに置く。

 

「漸く人心地着けるわね」

 

「こんなふかふかのベッド。

 宿代が高くなりませんか?」

 

「相場よ。

 3日素泊まりで銀貨1枚と大銅貨2枚」

 

「えっと、1人頭で1日大銅貨2枚くらいですか」

 

そう言ってから自分の巾着袋の中を見る。

金貨1枚と銀貨5枚、それに大銅貨3枚。

大銅貨換算で153枚。それが私の全財産。

同等の部屋に泊まり続けたなら76日で資金が尽きる。

たったの76日。

このお金は師匠から餞別として頂いた物。

というよりは日頃の手伝い賃が支払われた形。

ちなみにお父さんからは旅費の代わりに手作りの道具袋と獣の革をなめして作った新品のショートブーツを手渡されている。

 

そんなショートブーツの紐を解いて脱ぐ。

蒸れた足先を動かしながら石の桶でも作って水を張って足だけでも洗おうか。

なんて考えていると、

 

「シルフィ。

 今日、ここで冒険者ギルドの登録をした意味は分かるかしら?」

 

ナンシーさんの話はやや唐突に思えたけれど、そこからこれまでの事を思い返して答えるべき内容を理解する。

 

「もしかしてですけど。

 冒険者登録をすると新人は目を付けられる、ということでしょうか。

 王都で絡まれるのは厄介なので、ここで登録しておいた。

 そう言う事だと思います」

 

私の答えに頷くナンシーさん。

 

「だから実害がない限り、怪しい奴らが居ても無視して良いわよ」

 

正解とは言ってくれなかったけれど、どうやら合っていたみたい。

 

「あと女だけのパーティというのもね。

 特に魔術師は無力化しやすい上に体力もない者が多いし、寝無し草の冒険者や旅人なら攫っても騒ぎになり難いから標的になりやすいの」

 

「だから職業欄を剣士にしたのですね」

 

「そう言う事」

 

「こういうのは他にも色々あるんですか?」

 

「心得的なもののことかしら」

 

「はい」

 

「いくつかはね。

 でも今日はそれを説明している時間がないかもしれない。

 そろそろ日も暮れる頃だから」

 

ナンシーさんが言わなかった事が良く判った。

今日の夜、人攫いが来るかもしれないというのだ。

でも街にはあんなに沢山の人が居て、私達を狙う確率とはどれくらい?

少し考えてみてもさっぱりわからない。

だから、

 

「用心するに越したことはない、ですよね」

 

と確認する。

ナンシーさんは私の相槌に満足して、1つ頷いて話を進めるらしかった。

 

「確か3人の内2人が怪しいという話だったと理解したのだけど」

 

「はい。

 冒険者ギルドに入ったとき、怪しい視線は3つありました。

 革鎧を着た剣士と観葉植物の影に隠れていた少女、それに帽子のツバに切れ目のある魔術師の3人です。

 その中で魔術師は除外できると思います」

 

「では革鎧の剣士と少女のどちらか、もしくは両者が怪しいとあなたは見ているわけね」

 

「人攫いをするなら、剣士の男かと思いますけれど」

 

「ふぅん」とナンシーさんは言ってから「まぁ、結論は明日の朝までには出るでしょうね」と締めくくった。

 

--

 

夜になるまでにナンシーさんは魔訶不思議な事を始めた。

壁や床を叩き、さらに備え付けの机を動かして上に乗り、天井も叩く。

叩きながら耳を澄ましているようにも見えた。

そして無詠唱の土魔術で造った分厚い板を西側の壁の一部に置くと、北東隅の天井を塞ぐために土柱を立ててしまった。

その辺りに何かがあるのだろうか。

 

「あの……」

 

「なぁに?」

 

「来ると思いますか?」

 

「まず間違いなく来るでしょうね」

 

なぜだろう。

先程までは無いかもしれないけれど用心のためだと言っていたのに。

どうしてか分からないけれど、その確信がナンシーさんの中に生まれたらしかった。

後で種明かしがあるにしても今の内に考えておきたい。

ちゃんとした説明までのこの時間は、きっと自分で考える力を養っておけという事なのだろうから。

 

考えよう。

冒険者ギルドを出てから誰かの視線は間違いなくあった。

1つか2つか……それ以上か。

もしあれらの視線が彼らだったとして。

私達がこの宿屋に泊ったのを確認し、そして罠に嵌ったと夜襲を掛けてくる?

その根拠は壁や天井に怪しい所があったから?

私達がこの宿を取ると予め知っていた?

どうして?

何か、見落としているのかもしれない――

 

「シルフィ」

 

「は、はい」

 

思考の途中でナンシーさんに呼びかけられて驚きの余り声が弾んでしまった。

だけど彼女が口に手を当てている事に気付いて、返事のトーンは尻すぼみになっていた。

続けてヒソヒソとした声でナンシーさんは「靴を履いておきなさい」と指示をくれた。

私は靴に足を突っ込んで、そそくさと紐を結んだ。

 

ゴト、ガタッ……"動かねぇ。なんだよ、おぃ聞いてねぇぞ"

壁越しにくぐもった声が小さく響く。

 

「なんだこりゃ。入れねぇ」

 

もう少しだけ明瞭な呟きが今度は天井から降って来る。

視線を向ければ天井板が一枚ずらされて隙間が出来ていた。

 

「来るわ」

 

ナンシーさんがベッドから立ち上がるとほぼ同時に剣を抜き放って入り口へと向ける。

遅れまいと私も立ち上がった。

剣は……鞘ごと枕の下。

それを引っ掴んでいる隙に、バタン!と入り口のドアが内側に開いた。

 

ぐぁ!という男の叫び。

それが引き金になったように吐き気を催すような生臭さが部屋に充満する。

夕飯を抜きにしたのはこのためか。

 

バタバタと続く足音。

剣を抜き放ち、漸く構えたところで視界に入ったのは予想通りの光景。

廊下の灯りに照らされながら倒れた見知らぬ男。

ナンシーさんの剣には血の煌めき。

現在進行形で床に広がっている染みは臭いの根源、即ち血。

 

「クソ! 気付かれてるじゃねぇか!」

「どうする?」

「尻尾撒いて逃げても俺達が殺されるだけだゾ」

「この人数だ。一気にカタを付けるっきゃねぇ」

 

飛び交う身勝手な会話。

声は3人か4人。

 

「まだよ。5人はいるようね」

 

心の中を読まれたようにナンシーさんがそう呟いた。

しかも数が私の想ったものより多い。

 

「大した腕ではなさそうです」

 

「気を抜いては駄目よ。

 こういうのを煙幕に強豪が潜んでいる可能性を忘れないで」

 

「前に闘ったような、ですね」と返す言葉にナンシーさんが大きく頷いた。

 

「分かりました」

 

私はそう言って一度、肩の力を抜いてから剣を握る手の力を入れ直した。

 

--

 

結局、襲撃者はナンシーさんの言う通り5人だった。

廊下へと飛び出したナンシーさんと私。

立ちどころに3人がナンシーさんの手によって切り伏せられる。

特に打ち合わせも無かったけれど廊下の左側をナンシーさんが向いたので逆方向を私は担当した。

 

目の前には男が1人。手にはショートソード。

見覚えのある顔。

 

男が剣を突き刺そうと駆けて来る。

鈍重な動き。それでもゆっくりと間合いは狭まった。

両手で握っていた剣を右手だけの片手で持ち直し、縺れて転んでしまいそうな男の足を狙って軽く足払い。

彼の動きが余りにも遅いので、どこに重心があるのかが手に取るように解った。

 

当然に前倒しになる男。刺突の形で剣を握っている彼はどうなってしまうのか。

もしかしたら自身の剣が腹に刺さって死んでしまうかもしれない。

 

そうならないように転ばんとする男の背中側の腰ベルトをむんずと掴み持ち上げる。

闘気を修得する前では絶対にできない腕力で。

そして暴れられる前に振り子の要領で頭を壁に激突させる。

もしやり過ぎていたら首の骨が折れていたか、頭蓋が陥没していたか。

でもまぁ、手加減は成功したようで男の手がだらんとなっただけで済んだ。

 

ベルトから手を放すと力なく倒れた男。

そんな彼を『土枷』で身動きが取れないようにして壁に横たえる。

やはり見た顔。

彼は……ギルドの受付だった。

考えられたのはそこまで。

気配を感じて振り向くとナンシーさんが別の男の足首を掴んで廊下を引き摺ってくるところだった。

 

--

 

「それで?」

 

部屋へと戻った私たち。

ナンシーさんは足枷……どころか首より下を土の中へと埋めた男に詰問を始めた。

 

私はその光景をみて、先程までの襲撃での驚きを超えて驚愕していた。

元来の『泥沼』は相手の足元、もっと正確に言えば視界の届く範囲内の特定位置に対して行う混合魔術。

土魔術『流砂』によって既存の土を砂に変え、続けて水魔術『水流』で水の生成と砂との撹拌を行い、泥と化す。

撹拌のために水の流れを上手く操作しなければ泥にはならない難度の高い魔術だ。

 

ナンシーさんは多段階工程と繊細な制御が必要な泥化処理をあっさりとやってのけた。

しかも既存の『泥沼』とも違う。

ここは宿の一室で2階。そこに土はないし、床も壁も砂になっていない。

ということは。

『土壁』を応用して上部の開いた立方体を作り、その中に空中で生成した土を流し込む。

続いて流し込んだ土を『泥沼』で泥に変える。

最後に、男を投げ込んでから火魔術『地熱』で固めたという事だろうか。

 

『土壁』『流砂』『水流』『地熱』。

少なくとも4つの魔術をほぼ同時に?

そんな事が可能なの?

ルディのしてみせた、私がずっと出来ずに悩み続けた魔術の同時無詠唱。

彼女はそれが出来る。そうとしか考えられない。

しかも4つも同時に。

私の頭は余りの出来事にそこから思考停止した。

 

 

そうそう。

不思議な事にこれだけ騒ぎになっても他の客が文句を言いに来る気配はなかった。

 

--

 

一夜明けて。

目の前に転がる3つの死体。

それらはすっかり冷えて、まだ新鮮だった頃のような生臭さはすっかり抜け落ちていた。

それでも死体の隣で悠長に寝るという選択肢はありえなかったし、捕らえた2人をナンシーさんが休む間も無く尋問したので部屋の中が静まるということもなかった。

 

その聞き取りの様子を私は眠気眼(ねむけまなこ)で眺めていたけれど、どうやらこの事件が起こるより前にナンシーさんは『土枷』で身動きが出来ない男、そう冒険者ギルドの受付の彼が怪しいとにらんでいたようだった。

 

発端は宿の安全性を確かめた時に感じたという。

こういう習性も心得に入ると思った。

抜け穴がありそうな壁や天井の仕掛け。それらは内側からは動かせない。

受付に勧められた"安全なはずの宿"が"安全でない"。

なぜここに来たかを考えれば、犯人一味に加担しているのが誰かは容易に想像がつく。

という事らしい。

 

事実はナンシーさんの心得の通り。

私達は旅の冒険者で、女だけの新人。

しかも片方は年端もいかない少女とくれば、攫って盗賊団に売るのも簡単だろうと彼らは画策したのだった。

 

「よう。

 やっぱりこうなったか」

 

扉がバタンと開いたと同時にそう声が掛かった。

3つの死体と拘束された2人の男をみたにしては呑気な挨拶。

それをしてみせたのは、革鎧の男。

 

「あなたは昨日、ギルドに居たわね」

 

「おうよ」

 

「それで?」

 

「正真正銘の冒険者さ。

 名前はアンクードってんだ」

 

そう名乗った剣士の後ろからあの魔術師も現れる。

 

「私は調査担当のタルカ」

 

「お役人?」

 

「そうなりますね」

 

私はまずいと思い、荷物をそっと引き寄せる。

役人ぐるみ? そうでないとしても殺人罪や監禁罪で捕まる可能性が……。

 

「シルフィ、落ち着いて」

 

そこにナンシーさんから言葉が飛んだ。

 

「おぉ待ってくれよ。

 悪いようにはしねぇからさ」

 

「ここのところ、新人(ニュービー)の失踪事件が頻発していましてね。

 私と彼で内偵していたのです」

 

私が何を意図したか。

ナンシーさんの言葉を切っ掛けに彼らも理解した末の状況説明。

簡潔にして間違えようもなかった。

 

「私たちを囮に使うなんてヒドイ話ね」

 

「俺の追跡を簡単に察知しちまうあんたらなら屁でもなかったろう?」

 

「まぁ良いわ。

 それで盗賊団の方は押さえたのかしら?」

 

「万事な。

 時間になっても合流ポイントに来ない襲撃部隊の様子を見に来た奴を捕まえて、夜中の内に全員お縄に出来ている」

 

「そう」

 

話はどんどんと進んでいく。

収束に向かって。

 

「あの……私たちも罪に問われるのでしょうか?」

 

「は?」

 

剣士のアンクードは間の抜けた返事を返した。

ナンシーさんにも後で叱られるかもしれない。

それでもやっぱり……。

 

「だって3人殺しました」

 

自分たちの犯した罪。

それは間違えようもない物。

 

「正当防衛として処理しますからご安心を。

 むしろ事件解決に協力したということで協力金と冒険者ポイントも支払われますよ」

 

魔術師の装いをしたタルカがそう答え、呆然とした顔から復帰したアンクードも「安心しなよ嬢ちゃん」と元気付けてくれる。

でも……私たちはそういった事情を知らずに殺人を実行している。

ナンシーさんがどれだけ旅慣れていても訪れたばかりの街で偶然に起こった事件に巻き込まれ、その全容を予測していたなんて事はできるはずもない。

偶然に、結果として罪に問われないとしても本来ならば罪になる行為。

それが無罪放免で良いとは思えない。

 

「でも……」

 

「納得されていないご様子ですが。

 それはこの国の司法と捜査局への不信に他なりません。

 そちらの方が私には見過ごせませんね」

 

タルカさんはそう言う。

けれど、それは論理矛盾を起こしている。

私達の行為を赦すようならそれは後でどれだけでも理由付けが出来ると言っているのと同じ。

全く逆だ。

それこそが秩序を揺るがし、不信はいや増す。

 

「連れがおかしなことを言って悪かったわね」

 

納得のいっていない私に代わってナンシーさんが謝った。

言い募るのがおかしな事も分かる。

このまま見逃してもらえるなら……近視眼的には自分にとってありがたい話なのは間違いない。

だけど。

 

「いえ、新人としてならこれくらいでしょう」

「あんたもこれから苦労するかもな」

 

2人は何でもなかったという態度で笑ってこれを受け入れ、ナンシーさんも「そうね」と返す。

皆嘘つきだ。

真実から目を背けて目の前の事ばかりを並べて。

 

「犯人の身柄は貴方達に引き渡して良いのかしら?」

 

「当然です。

 こちらで適切に処理しますよ」

 

「用意しておいた依頼の完了カードもな。

 こいつを持って行けば冒険者ギルドから報酬が貰える。

 あぁ先に依頼の受領処理が必要になるけどな」

 

「オーケーよ。

 徹夜が堪えるからお先に失礼するわ」

 

「あぁ巻き込んで悪かったな」

 

ナンシーさんはアンクードに手をヒラヒラと動かして応えた。

そして彼女が荷物を背負うのを見て、私もそれに従う。

言いたい事はたくさんあるし、反発の声は心で幾つも上がって来る。

だけど……ならどうすれば良いのか。

3つの案が浮かぶ程、しっかり考えるには時間が短すぎた。

 

--

 

結局、何も言えずに宿を後にする。

冒険者としての初日は最低な気分のまま、日を跨いで続いた。

 

朝の日差しが徹夜明けの目と瞼を焼く。

ナンシーさんと共に3度目の冒険者ギルドへ赴き、受付に夜の出来事を話してから完了カードを差し出す。

報酬と昨日の宿代が支払われ、そして

 

「おめでとうございます。

 お2人とも本日からEランクに昇格となります」

 

受付の女性が笑顔で口にした事に、「そうですか」とさも当たり前に返すナンシーさん。

私はそこまで平然には立ちまわれない。

つい、「え? もう?」と問いただしてしまった。

 

「特別依頼の達成を正当に評価させて頂きました」

 

律儀な受付。

 

「どうやらお節介が手を回したようね。

 宿代が追加で含まれているのも同じかしら?」

 

「はい」

 

ナンシーさんの相槌と受付のやりとり。

何がどうやらなのか。全く分からないまま話の幕は下りていく。

そこへ。

 

「ふふふ。

 また会えた」

 

出入口近くの柱の影に少女が1人。

 

「若い女性と少女の2人旅」

 

はぁはぁと息を荒げながら、

 

「どうして旅をする事になったの?

 もしかして逃避行かしら?

 いいわ……とっても」

 

彼女もまた何かの関係者なのかと思考し、ついつい足が止まる。

そんな私を振り返ってナンシーさんは「ほっておきなさい」と疲れたように諭した。

どうやら無害なタイプらしい。あまり相手にしたくないタイプだ。

 




次回予告
徹夜なんてするものではないのだけど。
あの子に伝わったなら結果オーライ、なのかしら?
この先に待っているのは別の可能性で。
ままならないわね。人生は。

次回『ナンシー先生の魔術塾』
不思議に思うって大事よ?

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