無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第108話_シーローンへ

--- 古き友よ ---

 

「あら、お出かけ?」

 

ルード商店ラノア支店の裏口を潜ると、カウンターに座っていたデネブから声が掛かった。

パウロが娘達の送り迎えと町の警邏を終えるまでの時間、そこにはいつもホテイが立っている筈だ。

けれども、今日に限ってはそこにデネブが座っていた。

 

「はい。一月程旅に」

 

「ふぅん。

 エリスちゃんは?」

 

「留守番です」

 

「あら、珍しいのね」

 

「偶にはそう言う事もありますよ」

 

「……悪いんだけど少し時間を頂けるかしら?」

 

独断も出来ずにロキシーの顔を見やれば、その瞳に映る想いは「お任せします」という物。

 

「構いませんよ」

 

「そう身構えなくても良いわ。

 ただの研究報告だから」

 

「それなら帰ってきてからでも良いでしょう」

 

「ずっと報告したいしたいって思ってたのにさらに一月も待たせるつもり?」

 

「いえ、そう言う事でしたら今お願いします」

 

俺の言葉に笑顔で応えたデネブは2階へと上がっていく。

俺達もそれに続いた。

 

--

 

2階に置かれたテーブルセット。

その一番奥の席にデネブがさっさと座り、俺とロキシーも追うように座る。

 

「まずは研究室の話からね」

 

「ええ」

 

用件は2つ以上あるらしい。

こちらは旅行に行くというのに。

 

「地下の建造物は前の倉庫でも作った事あったし、この辺りは大洪水も無いから良い物が出来たと思うんだけど」

 

「それはさぞ良い物が出来たのでしょう」

 

「んふふ。

 今度見に来なさいな。

 前にも言ったけれど私がルディちゃんやロキシーちゃんに秘密にする物なんてないからね」

 

「では旅から戻りましたら近い内に。

 でもベガリット大陸ではなく、こちらに作ったというのは意外です」

 

言外にあるのは長耳族にはラノアの冬は厳しかろうというニュアンスだ。

 

「一度は向うに作ってみたんだけど、ちゃんと内張りしたつもりでもどこからともなく砂が入ってきて髪に絡まるのよ」

 

あぁ確かに。

あそこの砂は髪に纏わりついて心地悪いからなぁ。

それに地下の研究所なら寒さはそこまで厳しくないのかもしれない。

 

「まぁそういう事情なら納得できます。

 では、そろそろ本題の方をお願いします」

 

「それもそうね」とデネブは相槌を打つと続けた。

 

「ざっくり言うと順調よ。

 石碑は地脈から魔力を吸い出して、隠蔽の魔術を常時発動してるみたいね。

 でもそれにしては魔法陣が大規模で魔力の消費量も多いのよ。

 そこが腑に落ちなくて。

 龍族の技術者が作ったというのなら、無駄な事をしているとは思えないのだけど」

 

地脈、俺が感じる魔力溜まりの事だろう。

デネブの感覚によると、それは地下水脈のようにどこかと繋がっているような訳か。

そういう技術的な話は正直なところ魔法大学でも解明されていない。

秘匿されている訳でもないのだろうが、愚かな魔術師はそれを説明できないし、賢い魔術師はその力を簡単にひけらかしたりしない。一応言っておくが、俺の評価においてデネブは後者だ。

 

この際、それは言うべき事ではない。

むしろ俺が言わなければいけないのは、別の事だ。

きっと彼女は以前の俺と同じように考えている。

 

「それはそうでしょうね」

 

「え?」

 

「デネブさん。

 僕が教えるまで石碑は何の為にあったと考えていましたか?」

 

「それは七大列強のランキングを表示……」

 

そこまできてデネブは「あっ」と言ったような表情で固まり、再び動きだすのに3秒掛かった。

 

「そうです。

 現在の七大列強の紋様を表示して変動があれば"魔術"によって自動的に変更するのがこの石碑に備わっている機能です」

 

「魔術を使って変動結果を手に入れた上、結果の表示と書き換えを行っている、ってこと?」

 

「あくまで予想ですが、再表示のためには既存の紋章を潰して任意の紋章を刻むことになるはずです」

 

「そうね。

 あの部分に描かれている物を調べればどうやってそれをしているかが判るってこと、か」

 

そこでデネブが立ち上がる。

 

「御免なさい。

 さっきは順調なんて言ったけれど、大事な部分の研究が未だだったみたい」

 

「いえ、隠蔽機能にしたって解析できたのなら十分な成果ですよ」

 

「ルディちゃんは嘘が下手ね」

 

「は?」

 

「まぁ良いわ、報告は終り。

 またね。ルディちゃん、ロキシーちゃん」

 

さっと立ち上がったデネブは俺達を残してそそくさと部屋を出て行った。

なんとも慌ただしい人だ。

 

--

 

デネブの報告を聞き終えた俺達は十日を掛けてサナキア王国、キッカ王国を周った。

明日にはシーローン王国へと入る段階。

最終日となった今日は夕暮れ前には切り上げてルード商店キッカ支店に戻り、晩飯までの時間を利用してロキシーとここまでの総括を始めた。

 

サナキア王国では、最近アスラから伝来したというナナホシ焼きを目にした。

今回のナナホシ焼きは鳥の唐揚げに似ている、のではなく醤油と生姜の代用品を用いた本格的な鳥の唐揚げそのものだ。

一皿あれば米を3杯は食えるという凶悪さに、サナキアの民も旅人も誰もが食べる名物になっていた。

料理が人気なのはこの際別にしてもナナホシが俺の本を読んだ上で元気にやっている証拠。

これだけ人気の商品なら彼女の研究費の足しになっているに違いない。

 

サナキア王国からキッカ王国に移ると、生々しい帝国の情報が手に入るようになった。

また何台か旅ではまず見かけないような瀟洒な造りの馬車を見かけた。

明らかに平民や冒険者の乗る物ではなく王侯貴族が使う馬車だ。

代わりに北へと向かうのは傭兵や冒険者だ。

街道やサナキアの中央通りを進む商隊(キャラバン)は彼らに埋もれて見分けが付かない程だった。

 

どうやらそれらの変化はシーローンが準戦時体制へと移行したことによるらしい。

なぜ馬車が、なぜ傭兵が、なぜシーローンが、それらを語るには帝国の情勢を説明するのが判り易い。

 

王竜王国で得た情報によれば帝国の侵攻はヴァーケルンが籠城を決め込んだ事で停滞していた。

しかし、サナキアで得た最新の情報ではヴァーケルンは籠城を解いて相互不可侵条約を結んだという。

 

「つまり、大規模な武力衝突なしに事実上の無血開城、帝国の脅威というのは止まる所を知らないと見るべきですね」

 

「帝国の単純な勝利とは言えないと思います」

 

「引き分けと言いたいのでしょうか?

 ルディはその根拠を持っている?」

 

「逆に問いますが、負けたというなら誰が負けたのでしょう。

 損害は無く、包囲されていたことで止まっていた経済も復活。

 ヴァーケルンに攻める意思がなかったのならこれは勝利ですよ」

 

「では条約はヴァーケルンから提案した政治的解決策だったとでも?」

 

「確かに。

 だというのなら帝国はその提案に乗った事になりますね」

 

ヴァーケルンが事実上陥落したことで、程なく帝国は紛争地帯の残りを手中に収めるであろうと見られている。

だが、王竜王国の属国であるシーローン王国に不戦敗の判断はない。王竜王国への防波堤として必ず戦争が起こる。

故にシーローンは準戦時体制へ、帝国が紛争地帯を平定すれば戦時体制へとエスカレーションしていくことになる。

 

広大な領地を持った帝国との戦争。

戦争を飯の種にする者達はその匂いを嗅ぎつけ集まってくる。それが先の傭兵たちの列だ。

そして国を追われた元支配階級の者らは同じ匂いから逃げるためにシーローンを離れ、さらに南下していくという訳だ。

 

「ヴァーケルンにいるというSS級の戦力というのも案外大したことはないのでしょうか」

 

ふと、ロキシーはそんな疑問を抱いたらしい。

確かにそのように考えることは出来る。

だが俺は別の可能性を考えている。

 

「その可能性もありますが、そうとも限りません」

 

いくつかの情報を総合すれば、帝国が条約を締結した事は普通なら考えにくい。

そこにある意味を考えるべきだろう。

 

帝国は圧倒的な軍事力を持った侵略国家だ。

また新興の国であり、勢いがある。国としての若さもあるだろう。

このような国は得てして無謀であり、老獪な政治交渉によって事なきを得るのは帝国内の人材的にも簡単ではない。

そもそも友好的であれ敵対的であれ交渉には信頼が必要だし、一定のルールに従い、共通の認識の元で会話が成り立つことが前提となる。

ならばヴァーケルンがどのように交渉を試みたとしても帝国が政治的解決を了承することは、本来ない。

 

成るべくして成り、成らざるべくして成らざる。

公理に反するならば、それは前提が間違っている。

 

そう。

帝国は新興の国でありながら、老獪で一定のルールを守れる国だということだ。

裏付ける情報として帝国は併合した国から収奪を行わず、反抗しなかった支配階級には持てるだけの資産を持って逃げる事を許したというし、まぁ反抗して粛清されるのは当然としても暗殺で済ませるスマートさが見える。

併合先で収奪を行わないのはさらに別の意図も垣間見える。

帝国は魔導技術を惜しみなく供与して、河川整備、灌漑、土地改良を行い、荒れ果てた大地は巨大な畑となりて国家を養う。

目先の利益ではなく、正しく国家運営によって利益を生み出そうとしている。

 

また、もう一方の国の特殊性もこの際は考慮すべきだ。

小国ヴァーケルンは紛争地帯に広がった特殊な冒険者ギルド『戦死者の館(ヴァルハラ)』の影響力の強い国であり、通常のS級を越えたSS級の戦力を擁するらしい。

文字だけを見れば冒険者ギルドの傭兵化・軍隊化なのだが、実体は真逆なのだという。

ヴァーケルンが冒険者ギルドを飲み込んだのではなく、冒険者ギルドがヴァーケルンを飲み込んだ。

故に冒険者ギルドこそがヴァーケルンの政治中枢を掌握していた。

それも国家転覆の意図があるのではなく、独自路線を行くための道具として傀儡化したに過ぎない。

ヴァーケルンに帝国の侵略の手が伸びればどうなるか。

いや冒険者ギルドの長たちはどう考えるか、と言った方が正確か。

彼らは考えただろう。

冒険者ギルドは国家横断的な存在。

裏から手を回してヴァーケルンを牛耳っていたのも独自の運用を容易くするため以上の物はない。

帝国と全面戦争になれば帝国領内に残った支部との関係を全て失い、巨大な損害となって返ってくる。

 

最後に残る問題はヴァーケルンに結集したミリスの守備隊の扱いとなろう。

彼らに課せられた任務は教会の守備。帝国領内がミリス教をどのように扱うのかが判らぬ以上、残した戦力。

それは闘う為ではなく、最悪の状況で司祭、神父と信者を逃がす目的があったと思われる。

そもそも残された大隊長クラスがヴァーケルン政府に指図出来るものでもない。

だとしても……ヴァーケルンはミリス神聖国と対立を望む訳ではない。

だから半年だけ抵抗のポーズを取ることで帝国領内のミリス教の情報が伝わるのを待ち、守備隊が納得できるように配慮した。

 

全ての配慮が機能し、利害が一致したタイミングでヴァーケルンは条約を提案したのではないか。

翻って単純な戦闘力に於いてSS級の者達が大した事あるのかないのかは不明でありつつも、政治のための暴力装置としては十分に機能したと評価できる。

 

――という予想を説明してみせた。

まぁシーローンまで行けばもっと正確な情報も得られるだろう。

今の段階でSS級なる者達を強く見積るのも、弱く見積るのも本来は良くはない。

だが弱く見積るよりは強く見積って肩透かしにあった方がいくらか安全だ。

 

俺の話を聞いて納得顔のロキシー。

口元にペンのお尻を付けて次なる話題を考えているらしい。

 

「では、帝国とシーローンの間で戦争は起こるでしょうか?」

 

ペンを口元から離したロキシーの質問。

 

答える側の俺は少し考える。

捻り出した答えは「起こらない」だった。

それを説明するには2つの視点を考えれば良い。

 

1つはオルステッドが唱える運命理論。

オルステッドは前世で次の様に言っていた。

「俺の知る歴史では、シーローン王国は今から約30年後、パックス・シーローンのクーデターによって滅びる」

と。そしてパックスはシーローン共和国を誕生させると奴隷商人を重用し、その子孫にラプラスの転生体が生まれる、とも。

 

まぁパックスが王になることはシーローン共和国を誕生させる確定フラグではなかったと前世で証明されていて、オルステッドの読みの間違いだと判っている。

前世の体験を加味すると"パックスが『仲間を作って』現王権を打倒して王になった場合、共和制を提案する"。

オルステッドの力を使って無理矢理パックスを王にしたり、王竜王国で認められて死神を借り受けて王位を手に入れても共和国は誕生しないし、ラプラスの転生体が生まれるという奴隷商人の家系図を再現してもそうはならない。

 

そこは今回論点ではない。

着目すべきなのはオルステッドの『知る歴史では』という点だ。

その言を俺が関わらなかった歴史と単純に表現するのは言い過ぎだろう。

いくら俺の運命力が強くても俺自身の誕生が歴史の転換点、マイルストーンと言うことではないし、それにどんなに強い運命力を持っていても活かせねば歴史は変わらない。

魔石病を報せに未来からタイムスリップした俺自身の辿った未来が証明している事だ。

 

そして以前にも考えたことだが、マイルストーンとは結局のところヒトガミが力を有効利用するために逆算して決めたタイミングでしかない。

つまり前世で帝国が発生していないのは、転移事件の時からヒトガミが俺を使徒にして活動したからだ。

それも転移事件によって誰か元居た使徒が死んでしまって力の使い先が無くなったからなのか、元から丁度、必要な力が溜まる頃合いかのどちらかだと推測できる。

兎に角、この時期のヒトガミには使徒を1人作る余裕があり、ヒトガミが賭けているのがヤツの命である以上、余裕を無駄にはしないだろう。

俺を使徒にしていないのだから他の誰かを使徒にして何かを行っている筈。

 

だとして他の誰かが帝国を興すのだとしたら、オルステッドは帝国の存在する未来を知っている。

それこそが彼の辿って来た本来の歴史のはずだ。

本来の歴史において、シーローン王国は今から40年後まで存続しているなら、帝国はシーローンを攻めないし、戦争は起きない。

 

オルステッドの読みはおそらく次のようなもの。

ヒトガミが帝国に紛争地帯を糾合させ、防波堤を作った。

その防波堤はシーローン共和国が紛争地帯を支配することを妨害する役割を持っている。

なぜならヒトガミは未来視によってシーローン共和国が紛争地帯の半分を支配することで共和国内にラプラスが転生し、オルステッドによって容易に殺されてしまうシナリオを視ているから。

だがオルステッドはおそらくラプラスと闘った事があり、さらには転生後のラプラスを容易に殺した経験があるだから、この妨害工作を突破できるのだろう。

それはつまり共和国建国前に帝国が崩壊するように動くという事。

 

そう推察することができる。

ただし、運命論による説明は俯瞰的な見方、この世界の未来という名の結果に対する後付け的側面だ。

だから結論としてはその通りでも根拠が薄いように感じるかもしれない。

ではどうするか。

そこで考えるべきなのはもう1つの視点、帝国の主観的な戦略だ。

 

主観的な、と語るには理由がある。

オルステッドと長く付き合ってきた俺の考え方も運命論に頼りがちだ。

そしてオルステッドの敵『ヒトガミ』の意図を想像する余り、その前面で活動する使徒や使徒の仲間の気持ちを無視してしまう。

そう例えばビヘイリル王国戦でのギースの気持ちとかを理解できなくなってしまう。

未来を予想するとき、オルステッドとヒトガミにとっては結果が重要だろう。

だが、俺達にはその途中経過も気になるところであり、途中を考えるなら実際に動く使徒達の気持ちを考えねばならない。

 

今回で言えば、それは帝国を動かす者達の意図だ。

彼らは為政者の穏当な退場を願った。通じない相手には暗殺を仕掛け、軍の衝突を避けた。

そして圧政を取り除き、貧困からの脱却を目指した。

北神二世の為人(ひととなり)が判っていれば、そういった大義が存在する事は理解できる。

 

そんな彼らは南進に対してどう考えるだろうか。

紛争地帯の南には街道を持った国が点在している。

それら諸国は街道の宿場町的な効果や経済の流通性の高さのおかげで紛争地帯より幸福度の高い国々になっている。

また街道貿易の安定性を維持するためにアスラ王国、王竜王国、ミリス神聖国の三大国(ビッグスリー)は、街道沿いの他国を属国にしたり、傀儡化したり、借款によって、もしくは信仰によって融通が効くようにしている。

帝国がそれらの国に手を出す大義もなく、また出せば三大国の介入を招くのでは軽々には動いてこないだろう。

 

少なくともシーローン王国と今すぐに戦争が始まることはない。

始めれば王竜王国とアスラ王国、両軍との二正面作戦になるのは必定であり、愚策極まる。

これまでに考えた事からも帝国には頭がついているし、その頭にはまともな脳みそがついている。

故にそのような愚を犯さないだろう。

もし本当にシーローン王国ひいては王竜王国と戦争をするのなら、長い時間をかけてアスラ王国が静観する状況を作る筈だし、帝国内の戦争準備として練兵や拠点の要塞化、兵站の整理も必要になる。

それらは年単位の国家事業となり、軍靴の足音ともなろう。

 

今はまだその時ではない。

 

--

 

十分な下調べを終えて、遂に俺達はシーローン王国首都ラタキアに到着する。

これまで旅の途中で怪しい気配を漂わせる人物や俺達に向けられる視線を感じる事は無く、ましてや待ち伏せや暗殺者の襲来のような目立った事件は起こる訳もなく。それを喜ぶべきか残念と取るか。

旅が安全であることに越したことはないのだが、かといって旅に目立った成果がないというのも問題ではある。

 

色々と苦い思い出の残る場所であり因縁の濃い土地で情報収集を始める。

一日を終えた感想は、予想外に帝国の生の声が入って来ないというものだった。

それは帝国の支配を嫌って逃げ出してくる者がほぼいない事を意味する。

先頃話したように、どこかの支配階級が夜逃げしてきたがそういう手合いは帝国を怖れてさらに南の国へと逃げていった。

戦争の空気が蔓延しているし、元々貧乏で治安の悪い紛争地帯とはほとんど交易が無いせいで行商人の情報は皆無。

冒険者もギルドが独立しているせいで情報ゼロ。

 

他方、シーローン王国の情勢はよくわかって来た。

町中には好待遇を謳う新兵募集の貼紙が掲げられ、登録事務所には長蛇の列。

晴れて任官できれば近くの砦に派遣され、厳しい訓練の日々が待っていることだろう。

流入する傭兵の中には柄の悪い連中が多いのか、巡回する憲兵たちは鋭い視線で警備に勤しむ。

 

次に目立ったのは川の近くに建てられた鍛冶屋の煙突だろう。

もうもうと煙が吐き出され、多くの職人がせわしなく働いていた。

時より親方らしき人物の怒声が響くのもこの国の置かれた状況を如実に表している。

造られた武具はそのまま軍に召し上げられるのだろうか。

 

逆に翳りが見えたのは商店街だった。

早くも戦争を見据えて財布の紐は固いのだろうか。

その中でも武器屋には輸入品らしきミドルソードが軒先にまで並べられ、店の中で商談をしている様子が窺えたので、辛うじて活気があるといえるだろう。それに比べて我がルード商店は閑散としている。

まぁしょうがないか。

 

二日目に入り、昨日とは別の場所を歩きまわる。

声を掛けられたのは、街の少々入り組んだ場所。

 

「兄さん。姉さん。この先は行き止まりだぜ?

 うちの店以外はな」

 

上半身裸に肩当と固定するためのベルト、それに革のズボンといった出で立ちの男だった。

腰には剣、ベルトにも短剣を2本携え、どこぞのゴロツキといった雰囲気を上手く醸し出している。

その男が指差す建物は大きな間口を持ったかなり立派な建物。

建物の軒先には『ゴスペル商会 奴隷販売所』と大きく書かれた看板が掲げられている。

 

「戦士系はみな召し上げられちまったが、あんたらみたいな小人族の好きそうな奴等が揃ってる。

 見ていくか?」

 

「どうします?」

 

ロキシーは気乗りしない感じだが、

 

「良いじゃないですか。

 見物していきましょう」

 

「話が分かるな、兄さん」

 

俺はロキシーの同意を待たずに店内に入った。

 

--

 

真っ暗な店に入ると目の前に無人の受付カウンターらしきものがぼんやりと見えた。

俺達を案内する男はそこから松明を取り出し、火を付けて掲げると歩きだした。

無駄口はない。

 

無言のジェスチャーに目の前の男が受付係だったのだと理解し、そして男に連れられてカウンター左手奥に向って歩いていく。

現れた1枚の鉄扉。男がそれを押し開ける。

出て行った先は外だった。

 

込み入った路地ではこれ程の光量は得られない。

かと言って歩いた歩数を考えれば、大通りまで出て来た訳でもない。

それはどういうことかと訝しみ、そして目が慣れて周りが見えるようになるとその謎は一気に消え失せた。

ここは広い中庭だ。

お立ち台の上で展示されている奴隷、その前に立って商品説明をする奴隷商人。それを聞く客たち。

 

「さぁ、見てってくんな」

 

男の案内はそこまで、俺達は入り口に置いてけぼり。

 

「奴隷を買う予定はありませんでしたよね」

 

「大丈夫。付いて来てください」

 

「……はい」

 

心配顔のロキシーを背に俺はあれこれと見て回った。

 

お立ち台を見上げる客達に目を向けると、いずれもそれなりの身形をしている男達が居た。

貴族風の者、ナマズのように鼻下のヒゲを伸ばした男、とにかく太った男。

他にも幾人かの男が奴隷を見て、たまに指を立てては買い付けを行っているようだった。

 

オークション方式の奴隷売買か。

ラノアとはやり方が違うらしい。

お立ち台は1つで右手には次の奴隷らに手枷と足枷を付けて数珠繋ぎにした別の奴隷商人が控えている。

 

まぁひとしきりその光景を見た後、俺は壁際の『相談所』と書かれた場所へと足を伸ばす。

相談係の女が一人。

 

「目録は閲覧できますか?」

 

単刀直入に切り出すと、係の女は黙って綴りを開いた。

左隅を紐で縛った紙綴り。

 

「拝見します」

 

一応、そういってから俺は目録を頂戴し、1枚1枚眺めていく。

各紙には姿絵、人種、性別、年齢、経歴、その他の事項が記載されている。

ただし、俺が着目したのはそれらの部分ではない。

俺が見ているのは取り扱い業者の名前だ。

 

ざっと見ていく中に目当ての文字列を見つける。

 

『取扱い:ゴスペル商会傘下、マケドニアス商店、店主デルマルド』

 

……インプット完了。

この世界において店の名前にルールやしきたりは特にない。

が、古くから家族でやっている所は商店名にファミリーネームを付けている。

マケドニアス商店。今後の動向を気にしておくと良いだろう。

店主の名前は思っていたのとは違うが、40年後には代替わりしている可能性も高い。

 

それからも綴りの終りまでしっかりと眺めてから目録を返し、お目当ての物を悟られないよう気を配りつつ奴隷販売所を後にした。

 

--

 

追跡者が居ない事を警戒し、暫く遠回りしてルード商店シーローン支店の裏口まで帰ってくると、商店スペースの方では何やら言い争う声がする。

 

「しらばっくれても無駄であるぞ。

 ワイバーンの広場に寄贈されたという彫像。

 まるで今より動きださんとする精巧な像だという話。

 是非私に、いやシーローン王国にも。

 別の像でも良いのだ」

 

「ワイバーン支店がやった事は私の耳には入っておりません。

 系列店同士には取引も何もないのです。

 一支店長の私に言われましても……」

 

「金なら払う!」

 

「ですから無理な物は無理なのです」

 

ロキシーと顔を見合わせてから柱の影を利用して声の主を見遣る。

店主にそう言い募るのは、黒を基調に赤色のラインと豪奢な刺繍のついた服を纏った面長のひょろりとした男。

声は俺の聞き馴染んだ物よりかなり若々しいが、間違いない。

怪力の神子ザノバ・シーローン。かつての盟友。

その彼が目と顔を紅潮させて何やらまくし立てている。

 

「余は誰ぞ?」

 

「……シーローン王国第三王子にして神子なる力を持つお方、ザノバ・シーローン様にございます」

 

「その余がこうして頼んでおるのだぞ?」

 

「身に余る光栄だと思います」

 

「ならば、なぜ首を縦に振らん!」

 

「ですから、売れと言われましても商品がございませんので」

 

「貴様、ここが明日には更地になっていても良いというのだな?」

 

それは困る。

一見、ここの店主ジュロウの言い分は正しい。そしてザノバの言っていることは無茶だ。

だが、まともな商人なら引き受けてしまった後に本店から取り寄せる機転を持つべきだろう。

ここは一計を案じてみようか。

 

「ロキシー、少し動いてみようと思います」

 

「判りました」

 

変装を解きながら、俺は入り口の方へと歩いて行った。

 

--

 

「ジュロウ。下がりなさい」

 

「これはルー……」と言いかけたジュロウを首を振ることで黙らせる。

すると、

 

「誰だ貴様は」

 

と目の前のザノバ。

俺は一度、深くお辞儀してから、

 

「ルード商店総支配人、ルーデウス・グレイラットにございます。

 ザノバ様」

 

と自己紹介する。

その後の流れは、

 

「おぉ。お主がか!」

 

「何か弊店にご用命があるとお察ししますが」

 

「うむ。

 ワイバーンに寄贈したという像が大変素晴らしいというではないか。

 余は人形には目がないのだ」

 

「同じ物を作れと?」

 

「そうだ。

 いや、宗主国である王竜王国と比肩する物ではまずいな。

 サイズは小さくて良い。だが同程度の精巧さを求めたい」

 

「そういう事でしたら、代金はアスラ金貨で200枚。

 いかがでしょう?」

 

と提案するところまではスムーズだったが、

 

「ぬっ。200枚か」

 

とザノバの額に汗が流れる。

 

「そのだな……。

 今は戦時下故、あまり嗜好品に金をかけることは出来ぬのだ。

 シーローン王家に寄贈するのだ。大金をせびらぬでも良いではないか」

 

俺がそこで「それでも構いませんが」と応えると、ザノバは「おぉッ」と前のめりになる。

そこで俺は「ただし」と付け加えた。

 

「ルード商店はアスラ王国と武器取引をしておりました。

 その商店と懇意にし過ぎれば王竜王国から有らぬ疑いを受けると考えますが。

 それでも宜しいので?」

 

この問いに

 

「ぬぅ……確かに」

 

と納得の様子。

おろ。これは予想が外れたか。

と内心でソワソワしつつ、それでも真顔で結論を待っていると、ザノバは「いやしかし」「だがやはり」などと葛藤を続けていた。

結局、

 

「ですが、そうですね。

 かつて我が師ロキシー・ミグルディアがこの地の軍事顧問として在籍していたと聞きます。

 その点を建前として寄贈することはできましょう。

 ミグルド族の彼女ならばサイズ感もご用命に沿うと存じます。

 いやしかし、そうすると魔族の像になってしまいますね……魔族崇拝だと疑われるのもまた問題です」

 

と手を差し伸べれば、

 

「記念の像ならば構わぬ。

 その辺りの説明は余が何とかする」

 

とザノバは笑顔を取り戻す。

しかし、只ではいけない。

経験的に無思慮でこういった行いをすると、後にまずい事が起こる。

だから予防策をとる。

 

「ようございましょう。

 さて、しかし困りましたな」

 

「何かまだ困りごとがあるのか?」

 

「私共に何かの得がございませんと、きっとザノバ様とは永いお付き合いができますまい」

 

俺の指摘。

その言外にはこれからも定期的に人形を献上しようという意思がある。

それを敏感に嗅ぎ取ったのだろう。

 

「余に出来る事なら何でも協力しよう!」

 

「ほう……なんでも?」

 

「シーローン家の辞書に二言はない」

 

と話は転がった。

 

 


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