無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第107話_居候

--- 幻惑剣はランドルフの我流の剣であった ---

 

朝の鍛錬。

エリスが素振りで身体を暖めている。

準備体操をする俺も普段通り、変わりなく。

いつもの通りだ。

だがエリスを見たパウロは何かを嗅ぎ取ったらしい。

 

「なんだ? 朝っぱらから何かあったか?」

 

エリスは何も答えずに剣を振り続ける。

見兼ねた俺が手を休める。

 

「大した事ではありません」

 

本人が言いたくないこと――実は夜半に騒ぎを起こして死にかけた事――を俺が率先して話すこともない。まるで告げ口じみている。

そう思った俺はただそれだけを返した。

 

「ふぅん」

 

その(いら)えと共にパウロは訝し気な顔をしたが、それ以上の説明がないため何とも言い難い物へと顔つきを変化させた。何かを察するには余りある間。

パウロはもう余計な事を問い質さず、離れてウォーミングアップを始める。

見届けた後の俺も準備体操に戻り、いつもの朝の鍛錬は始まった。

 

エリスは一足分の素振りを終えると、走り込んでの飛び込み斬り、袈裟斬り、胴薙ぎを気合いの籠った掛け声と共に打ち込む。

剣神流の最速剣を目指すため、上段、中段、下段それぞれの構えからの斬り込みを試していく。

 

俺は千鳥足を交えつつ、両手にそれぞれお猪口(ちょこ)を持つような手つきで拳を打ち出す。

腰は入っておらず一撃一撃に威力はない。

だがそれでいい。

そこから円を描くように重心を動かし、丁度手前へと重心が動いた処で仮想敵の懐へと背中から倒れ込む。それは相手の大腿部に飛び込む形となり、下から首元への一撃となる。

実際には背中から飛び込む相手はいないので、代わりに土魔術で地面から土の柱を生えさせて身体を受け止めさせる。

そこから手を使わずに立ち上がるのは操り人形で誰かに引っ張られるような動きとなる。

変則的な動きから小さくジャンプし、肘打ちを加える。

 

酔拳を使いながらの土魔術。

それは死神戦において『土槍』で足場を変化させる『残像剣』、即ち『残像剣・大地蠢動(ディレイ・アタック・アースウェーブ)』を使い剣をすり抜けさせたのと基本的には同じだ。

だとすれば仮想敵の代わりにした手順を相手がいる時に使うことも出来る。

酔拳のように本当に相手の大腿部に飛び込むより、何もない空中に斜めに土の柱を生成し、そこへ背面から飛び込む方が良いか。そして相手の足元も動かすことで位置調整をして攻撃する。

イメージはカンフー映画の酒場のシーンにてテーブルを背に攻撃に転じる流れ。それを何もない庭でも出来るようにする。

 

足場や周囲の環境を任意に変化させる。

それも立体的に変化させることで本来は無謀な攻撃も意味のあるそれへと変化し、さらに重心移動を無視した動きは相手の予測を裏切る。

やっている事は重力魔術に似ているが重力魔術のレア度を考えれば多用を避けられる分、こちらを練習する意義は十分。

もっと多彩な動きがあったはずだが思い出せない物は自分で考えよう。

 

パウロのウォーミングアップの途中で遅れて起きて来たノルンが合流し、2人は一緒に体力づくりをする。ノルンの息が上がると、その後はパウロ一人で鍛錬のメニューをこなす。

いつも通りの素振り、そこから3歩踏み込んでの打ち込み。

さらに回避行動で後退しながら水神流『流』を構える動き。

剣を持ったまま軽くジャンプし、着地と共に走り出す。

北神流剣技の足払いから剣の柄を使った顎への打撃。そして剣を持ち直しての横薙ぎ。

 

そんな個々のトレーニングが半時続き、アイシャとノルンがコップに水を持って来ると自然と小休止に入った。

5人が集まり、休憩用の屋外に置かれたテーブルに座る。

パウロと妹達はいつものように歓談し、エリスは今日に限っては無言で席に、俺もその隣で黙ったままだ。

身体が冷える前、5分程か。

パウロが妹2人の頭を撫でたことで休憩は終わる。

 

パウロとエリスはそれぞれ立ち上がると向かい合って、手合いを始めた。

俺は審判役だ。

 

木剣を構えた2人は一瞬、睨み合った。

いつもはあるはずのエリスの先制が無かったからだ。

ほんの一瞬、遅れて走り出すエリス。

それは見ているこっちも昨夜の事をついつい思い出してしまう光景ではある。

 

裂帛の気合いと共に繰り出す剣。

パウロの剣がそれを受け流す。

受け流されたエリスの剣は右上から左下へ、振り切った瞬間に横ステップでフェイントが入る。

パウロはそれに引っ掛かったかのように体勢を浮かせる。

その隙にエリスが沈み込んだ。

膝を使って溜めた突撃。

背丈の差も相まってパウロの上半身が倒れ込むが、一転ギリギリでパウロは繰り出される剣を仰け反り(スウェー)で回避した。

エリスの攻撃はそこまで。

その終りを狙ったパウロが攻撃に転じ、無理な体勢ながら差し出した剣がエリスの剣を絡めとる。

 

やや体勢不十分の『流』。

不発だったか? カウンターは返すことができず、エリスはたたらを踏んだに留まった。

俺には何が起きたか一瞬では理解できなかった。エリスも表情から察するに同じだったのだろう。

鋭い動きに微妙な遅さが混じった。

 

……エリスの剣は明らかに勢いを殺されている。

闘気すら失われたそれ。

『断』なのか?

 

そう考えた瞬間、剣を引き戻していないパウロがそのままの態勢から後方宙返りの要領で飛び跳ね、下から蹴り上がったつま先がエリスの顎を狙う。

本来なら不可能な体勢から飛び上がるパウロ。

エリスは剣を手放して両手を重ねて防御した。

瞬時の判断で自分から後方に身体を投げ出して吹き飛んでいく。

 

エリスが後方に飛びかけたところで追いついたパウロのつま先。

そこからのエリスの加速。

エリスも同じくバク宙の要領で足からの着地。足首、膝、腰を使って勢いを殺していた。

 

両者の攻防によって俺は何が起きたのかを理解した。

エリスとパウロ。

やっている事はよく似ている。

エリスの動きは闘気による身体能力強化の基本と言うことができ、その衝撃吸収機能は水神流奥義『流』に通ずる。

それに対するパウロのカウンターとして使った後方宙返りキックも『流』だ。

『流』は肩、腕、手首で吸収したそれを相手へ返すと同時に相手の手首をロックして強烈なカウンターに変化させるのだから、エリスの攻撃の勢いを纏った闘気によって吸収し、それをバク宙蹴りとして返した今の技はその応用に入るだろう。

 

相手の攻撃を自らの闘気に変換して別の運動エネルギーに変える。

並みの水神流剣士では『流』の基本でありながら、剣のカウンターとしてしか利用できない。

剣技を体技に変換する。その発想はパウロが北神流を学んでいるからか、それとも剣の天才と呼ばれる実力者故か。

 

感心している間に、いつもならエリスは落ちた剣を拾って次の攻撃に移っただろう。

そのためにパウロは構えを解かなかったし、審判の俺も止めの合図を掛けなかった。

 

だがエリスは立ち上がらなかった。

顎を守った彼女は腰を地に付けてへたり込んでいた。

その様子にパウロも構えを解く。

 

「参ったわ」

 

「終いだ」

 

手合いが終わる。

両手が治って以来の勝利を得たパウロ。

だがいつも通り彼は木剣を納めて汗を拭いに行っただけだった。

 

「立てる?」

 

「足が滑っちゃったわ」

 

俺が手を差し出し、それを取るエリスの言葉が俺を黙らせる。

彼女も判っているはずだ。足が滑った訳ではないと。

 

--

 

鍛錬を終えて風呂、食事、朝食後の皿洗いの順で朝の用事を済ませ、研究室へと籠る。

エリスの事が頭でこんがらがる。

彼女の今後について紙に書き出し、それがどんな意味を表すだろうかと頭を悩ませる。

 

「ふぅむ」

 

ランドルフとの約束もある。

彼が来たらエリスはどう対応するだろうか。

どうするべきだろうか。

 

それを評価するにはランドルフについても深く考えていかねばならない。

彼を家の食客として招き入れると、仲間の間は家族の安全が高まるだろう。

それは問題ない。問題ないがそれだけだ。

もっと価値ある物にするためには、俺達が剣指南役としての彼から何を学び取るか。

 

昨夜の闘いを思い出そう。

相手は現役を退いたとはいえ北帝かつ水王の怪物。

そんな相手に重力魔術を使わずに対応出来たのは闘気の鍛錬の成果が初めて出たように感じる。

それ自体は嬉しい。

俺はランドルフの持っていない闘気の技術を幾つか体得し、有利に闘いを進めていた。

 

一方で思い出されるのは昼間に見たプレッシャーのオンオフだ。

ランドルフはそれが出来る人物。

戦闘技術にまでは昇華していないが、この技術を鍛えれば闘気を込めた場所を相手に悟らせないようにできるに違いない。

もし俺と同じように戦闘中に相手の闘気を見る技術を持っていても、それによって攻撃を予測させ難くできる。

また闘気のオンオフとは魔力のオンオフだ。

速くできるのなら魔術についても新たな道が開けるかもしれない。

敢えて予想的に表現すれば、それは無詠唱『高速』魔術と言える。

列強クラスと渡り合う、いや凌駕するためにはそれくらい非常識な力が必要になるだろう。

俺がそれを手に入れることが出来るかどうかは判らないが、その鍛錬方法を編み出すことが出来れば七星流はもっと強くなる。

 

「良し」

 

俺にとっての目標は決まった。

後はパウロとエリスの2人がどうするか……元はルイジェルドを連れて来るつもりだったのだが。

かといってランドルフが駄目とは思わない。

昨日見た彼の剣線は我流の剣士といっても無頼の型ではなく、由緒正しき剣だったように思える。

北神二世がその長い年月をかけて研鑽した物を引き継ぎ、かつ失っていない。

 

悩みの源泉は彼が師として優秀かどうかだ。

それを俺は知らない。

年齢を重ねている人物だが弟子を取ったという話は聞かず、元部族の戦士長と比べるとどうもその辺りが上手いとは思えない。

 

それでも約束があるパウロは頼めばランドルフに師事して剣を学んでくれるだろう。

他方でエリスにはいくつもの問題が残っている気がする。

そう。あの様子は、

 

「きっと戦士の病だろう」

 

--

 

「エリスさん、大丈夫でしょうか?

 食事の時に少し様子がおかしかったのですが」

 

研究室で俺の対面に座ってそう問いかけて来たのはロキシーだ。

鬼気迫る形相のまま無言で食事をしていた事を言っているのだろう。

 

「朝の鍛錬でも本調子ではありませんでしたが……致し方のない事だと思います」

 

「あんなに恐ろしい目に遭えば衝撃は大きかったはずです。

 問題は立ち直ることが出来るか、私達に出来る事をした方が良いでしょう」

 

「出来る事は……ありません」

 

俺は少し考えながらそう答えた。

あの病は他人がどうこう出来る物ではない。

パウロもエリスも自分自身の力で脱する他ない。

 

「エリスさんは出て行ってしまうかもしれませんよ?」

 

ロキシーの言う通りかもしれない。

俺に怯える少女の顔や赤い髪の散乱した部屋の事が頭を過り、そして考えが1つに纏まる。

 

「有り得そうな事です。

 もしかしたら剣の聖地を目指すかもしれませんね」

 

「それはどういう……?」

 

訝るロキシーに俺は自分の意見を語って聞かせた。

そもそもエリスは通常、剣聖目前の上級剣士で終る筈だったという事。

全てのフラグが必要かは判らないが、転移災害に巻き込まれてルイジェルドから戦士の技を学び、剣の聖地で対龍神戦を想定した強い覚悟で修行すると、剣王になれるという事。

ここまでは日記を読んだロキシーも理解してる事だろう。

 

そして転移災害で転移せず、ルイジェルドに会わなかった彼女。

龍神に挑むことも無くラノアでパウロと鍛錬する毎日。

本人の努力と俺との関わり方の違いが今回は剣聖へとそれを押し上げたとみる事は出来る。

だが、ここからさらに強くなるには彼女の適性に合った師匠が必要だ。

前世で言えばルイジェルドやガル・ファリオン。

より良い師匠が居れば別なのだが、それが居ないのなら彼らに学ぶのが適任だろうと予測できる。

 

最初は今のままでも良いと思っていた。

エリスの人生はエリスの物で、俺が操作して意のままに操るべき物ではないからだ。

 

だが情勢がそれを許さない。

どうやら俺を危険視しているのは帝国で間違いないらしい。

列強を主軸に据えた戦力がアスラ王国を通って、もしくは直接に赤竜山脈を越えて来るかもしれない。

 

まぁ北神二世が俺に告げた言葉を翻すまでには未だ些かの猶予があるはずだ。

だからその猶予を使って前衛を鍛えるように、予定を少しだけ軌道修正した。

帝国の調査が終わったらシルフィを探す。その次にルイジェルドの捜索をし、食客として迎え入れてエリスを育ててもらう。

ルイジェルドの修行の次は剣の聖地へ。

そんなつもりでいた。

 

しかし運命はままならない。

前世であるならいざ知らず、現世の落ち着きのあるエリスがまさか死神に闘いを挑もうとすると誰が予測出来ただろうか。

前世で龍神と闘った後のように戦士の病に罹るなんて誰が予想出来ただろうか。

そして死神がルイジェルドの代わりの食客となるとは。

 

それはパウロにとっては面白い事になると俺は感じている。

だがエリスの予定は再度の軌道修正をする他ない。

心機一転、修行の場を変えて剣の聖地で『打倒・死神』に燃えれば彼女はより強くなるかもしれない。

 

「私が雷魔術を開発せねばならないように、エリスさんにも剣王になってもらわねば困るということですね」

 

「残念ながら、呑気に老後を楽しむ訳にはいかないようです」

 

「もし剣の聖地で修行することになっても放任ではいけませんよ。

 彼女の剣を受けるくらいは良いでしょう?」

 

--

 

エリスがマトモに言葉を発しなくなって数日、やはり現れた護衛の顔を見た彼女は座っていた丸い座面のスツールから勢いよく立ち上がった。それを隣に座るノルンとアイシャが目を見開いてみていた。ただならぬ形相のエリスに2人は何かが起こるだろうと予感したのかもしれない。

しかし、逆隣りに座っていたロキシーが彼女の肩に手をおいたことで先手となる何かは失敗に終わる。

それらを横目に俺と客人はテーブルセットの入り口側の長椅子の前に向った。

 

対面に居る両親達の前で連れて来た客人が薄く笑うと、横に外れて剣士の礼をした。

それから彼が再び起立する。

間を置かず、

 

「初めまして。こんにちは。

 ランドルフ・マリーアンと申します。

 生まれは魔大陸。

 種族は人族と長耳族と不死魔族と、あと幾つかの混血ですから何族と言えば良いのか。

 自分でも判りません。

 趣味は料理ですが……ここは奥方が4名もおられるとお聞きしています。

 私の出番はないでしょう。

 本日から御厄介になります。どうぞよしなに」

 

朗々と流れた自己紹介に、

 

「パウロ・グレイラットだ。

 どうも最近は物騒なんでな。

 護衛を頼めるのなら歓迎するよ。

 えぇとそれから……」

 

そう我が家の主が応え、続けて家族を紹介して俺以外の家族はそのまま部屋を後にした。

全ては事前の段取り通りだ。

2人になった応接室で雇用契約書にサインをもらい、それから「足りない物や希望があれば」と尋ねた。

 

「特には。

 しかし、いつ来るか判らぬ襲撃を待つというのも暇ですねぇ」

 

「ですから一応、契約の中には剣の指南役も入れているのです」

 

「……エリスさんは私を見て戸惑っておられましたが」

 

「あっさり負けてからまだ日も浅いので仕方のない事です」

 

「彼女を指導しろと?」

 

「いえ、彼女には剣王ギレーヌという師匠がおります。

 本人が望まぬ限り指南の必要はありません」

 

「判らないなぁ。

 では誰に剣を教えよと?」

 

「私の父、パウロ・グレイラットに」

 

「ほう……。あの者ですか」

 

「やり方は任せしますし、見込みがなければ諦めて頂いても構いません。

 その時には雇用契約を少し変えますので」

 

ランドルフは少し考えたが、「良いでしょう」と請け負った。

 

 

--パウロ視点--

 

玄関口。開いた間口の柱にもたれて待っているとばつの悪そうな少女が旅装束で現れた。

先程、応接室で見た時まであったはずの長い髪をばっさりと切ってだ。

そこに秘めたる決意は幾許だろうか。

 

「挨拶くらいしていけよ」

 

「い……行ってきます」

 

そう呼び止めた事で俺に目を合わさずに通り過ぎようとするエリスの足が止まる。

行ってきます、か。

 

「帰ってくるつもりはあるんだな」

 

「当たり前よ」

 

そう煽ってやると少女は振り向いた。

その目に宿るのは気丈に振舞おうとする心の弱さか。

 

「なら行き先を言いな。

 探しに行く奴が苦労する」

 

「…………剣の聖地」

 

「修行に行ってくるっつーわけだ。

 まさかとは思うが俺に負けたせいか?」

 

「違うわ。

 あいつ。ランドルフが来たからよ」

 

「だろうな」

 

タイミング的にもその方が納得がいく。

 

「ということは俺に負けた日の前の晩。

 何かがあった訳だ」

 

「負けた負けたって煩いわね」

 

「おぉスマン。

 ならランドルフさんは相当強いんだろうな」

 

「判るの?」

 

俺に分る訳がないと表情、振る舞い、全てが示している。

失礼な奴だ。息子の嫁でないなら嫌味の一つも言いたくなる。

 

「いや全然。

 はっきり言ってそこらの有象無象、良くて上級剣士って感じにしか思えない」

 

「そう」

 

「ただ家には既に居るからな。全く強さを悟らせない奴が。

 ギレーヌだってこんな感覚にはならない。

 ってことは剣帝、北帝もしくはそれ以上のヤバい奴だろ?」

 

「そうよ。あいつは死神、列強五位の男らしいわ」

 

「へぇ。

 また大物だな」

 

「でも、どうして?」

 

エリスの顔には『どうしてそんな風に考えられるのか』という不可思議さが張り付いている。

 

「大したことじゃねぇよ。

 今までに何度もそうやって躓いて来ただけさ。先にな」

 

「ルディのせいで?」

 

間髪入れずにそう指摘した処だけは勘が良い。

ちょっとムカついてきたぜ。

 

「ハッ。

 あいつが直接やった事のせいもあるし、そうじゃなかった事もある。

 でもまぁだいたいあいつが関係してるな」

 

俺の話に納得したのか。

エリスが拳を握るのが見え、漸く向こうから話始める準備が整ったらしかった。

 

「私、ランドルフに負けたの。

 それもたった一撃、素手で殴られてそこから記憶がないのよ」

 

「そいつぁすげぇ」

 

「ルディは私が彼と闘うことで絶対に強くなれるはずだって言ってたけど、逆に私弱くなった気がするし。

 だから剣の聖地に行ってみることにするの」

 

なぜルディは強くなれると言ったのか。

なぜ自分では弱くなったと感じるのか。

どうして剣の聖地に行けば問題が解決するのか。

そんな考え方で本当に強くなれるのか。

 

俺にはそう思えない。

だから、「剣の聖地に行っても門前払いされるだけだな」という言葉が出て来た。

 

「どうしてよ」

 

だがこいつは違うらしい。

どうして。

どうしてか。

 

「剣神流の合理に合わねぇからさ。

 ランドルフさんに負けても成長すれば良かった。俺に負けたのは弱くなった証拠だ。

 おまえさんの理屈はそういうものでしかない」

 

「……」

 

「いいか。死神に負けるのも俺に負けるのも負けは負けだ。そこには必ず理由がある。

 逆に勝ちにも理由はある。

 その合理が判らないようでは剣の聖地で本当の強さは手に入らねぇ」

 

そうまくし立てて自分のらしくなさに頭を掻いた。

俺は息子の嫁に何、お説教垂れてんだ。

 

「……」

 

こんな言い方は俺らしくはない。

黙ったままのエリスを見て俺は息を吐きだした。

 

「俺もブエナ村で格上と刃を向け合って、大怪我までして暫くは剣を持つのが怖かった。

 いままで踏み込めた領域に一歩、いや一歩半の迷いが生じた。

 その気持ちのまま俺はお前と手合せをしていた。

 だが俺は弱くなった訳じゃない。迷いが生じた分だけ俺は強くなっていた」

 

「嘘よ」

 

「いや本当さ。

 判らないなら考えてみろ。

 いいか? 答えは1つじゃない。

 お前なりの答えを見つけ出してみろよ」

 

「……」

 

黙ったままのエリス。

納得がいったのかどうか、少し心配になって来たが……

 

「判った」

 

エリスが小さくそう呟いて背負っていた荷袋をストンと地面に降ろしたので俺はそこで漸く安堵することが出来た。

 

「あぁ。

 きっとそれが良いだろうな」

 

そしてそう付け加えた。

エリスが2階へと戻るのを見届ける。その足取りから迷いは消え去ったようだった。

きっと上手くやってくれるだろう。あの子にもギレーヌの尻尾みたいなのが生えてるかのようだ。

師弟揃って良く似てやがる。

俺が無人の階段を眺めてほくそ笑んでいると、「パウロ」と家の外から呼び声が聞こえた。振り向くとリーリャが立っていた。

恐らく庭のどこかに居たんだろう。

 

「居たのか」

 

「あなたがそこに陣取っているずっと前からね」

 

「そうか」

 

「良く引き留めてくれました。

 ありがとう」

 

「これで良かった……んだよな」

 

「どうなのかしら?

 でも私は引き留めてもらいたかったわ」

 

まぁそうか。

リーリャと同じで俺も引き留めたかった。

それで十分だな。

 

「そうだ。

 エリスの髪……短くしちまってたから切り揃えてやってくれよ」

 

この日から数日の後、俺とエリスの手合いは五分の闘いへと戻っていく。

 

 

--ルーデウス視点--

 

エリスが髪を切って俺達とは別の部屋に移り、また警邏も辞退して鍛錬を一日中するようになった。

これまで以上にむすっとした顔。

口はへの字に曲がり、今までよりも殺気立った雰囲気で居る事も多い。

だが機嫌が悪いのではなく、恐らくは考え事をしているからだろう。

 

たまに遠目で修行の内容を見ると、どうやらインファイトへの対応を鍛錬しているらしかった。

それを俺は面白いと思った。

 

本来の剣神流であるならば最短、最速の剣を放つことを良しとする。

まずは無駄のない素振り、そこからの連撃の鍛錬。

そして必要になるのが、もし相手の動きが速ければどうするか。

如何に「先の先」「対の先」「後の先」を取るか。

エリスが今までにしていた修行がこれに当たる。

 

だが彼女が今しているのはこれに当てはまらない。

インファイトという事は、自分から飛び込んだ時にこれを躱された事後の対策。

もしくは相手の飛び込みを許し、完全に後手に回った状態への対処だ。まぁ今に至った流れからして前者だろう。

 

そして鍛錬をしていく内に彼女は気付くだろう。

今後はインファイトに持ち込まれた瞬間についてを考慮しながら、飛び込まねばならぬという事に。

それはもう身体が意識している。

だから死神と闘う前程に、パウロに対しても飛び込めなくなってしまった。

だがパウロに対してなら本当はもう半歩は飛び込んでも良い。

躱されたとしても彼女の身体能力ならそれで対処が間に合うはずだ。

インファイトの鍛錬が上手く行けばさらに半歩の半歩を踏み込めるかもしれない。

 

俺はそういった事を闘気の集中度で理解しているが、当然そうでない方法もある。

前世の剣王エリスは恐らく俺の知らない方法を体得していた。

それはルイジェルドに学んだのか、剣神に学んだのか、それとも自力で編み出したのか定かではないが、同じように現世のエリスがそれを体得できるということを示している。

 

 

エリスをこんな風にしてくれたランドルフについても少し触れておこう。

剣の指南については特段何かをしているようには見えない。

たまにパウロの動きを面白そうに見守っているだけだ。

特に、エリスとパウロの手合いをじっと見ている事がある。

それ以外は自主鍛錬に精を出している。

対北神二世戦に向けて現役復帰する事を優先していると考えれば妥当な所だろう。

 

またシャリーアの防衛システムの強化については、死神を組み込んだ事で家族の逃走経路の安全性が向上した。

防衛網による検知が作動せずに突破を許した場合も死神が察知することにより家族に被害が及ぶ可能性は極めて少なくなったと言えよう。

もし死神の感知力をも騙す神子・呪い子の類いを憂慮するのなら万全とは言えないのだが、そこまで考える事は無駄だ。

帝国がそういう人材を保有しているかもしれないとしても、それは周辺国での調査の範囲を超えて、帝国に潜入しての調査が必要になる。

その結果は相手の過剰な反応を引き出すだけかもしれない。

であるなら今の状況で満足しておくべきだし、これ以上の完全性を求めればシルフィの捜索は永久に開始できない。

俺はそう評価した。

 

では妹達や母達は彼をどう評価しているか。

特に会話は無いけれど、たまに母達は「ランドルフさんが好きな料理は何かしら?」なんて話をしているし、パウロの師匠という触れ込みのためノルンは彼の鍛錬を珍しそうに見ていたりする。残るアイシャとは特に接点がないようだが、彼女の社交性を考えれば、まず問題はないだろう。つまり怖がられたり、家族内がギクシャクしたりといった雰囲気は微塵もない。

見た目はおどろおどろしいが空気のようにただそこに居る。

 

--

 

俺の隣にはロキシーが、視線の先にはエリスとランドルフ、それに両親達が立っていた。

妹達は既に学校へと向かっており、この場に居ない。

 

「本当に、残るのですか?」

 

と困った顔のロキシーがエリスに問いかけた通り。

ロキシーと俺は旅装束。

一方、見送り側にいるエリスは普段着だ。

 

「今の私は足手まといでしかないもの」

 

とエリス。

深刻な顔に明るい声で話す乙女心の複雑さよ。

それを見てだろう。

 

「分かりました。

 ルディのフォローは私が2人分務めましょう」

 

とロキシーは翻意を諦める。

俺も一言。

 

「エリス、君の力を貸して欲しい時が必ず来る」

 

「ええ。

 だからこそ今は修行に専念するの」

 

大きく頷いて同意してやると、逸る気持ちが抑えきれないのか。

エリスが一団から抜けて木剣による素振りを始める。

そして未だ残る中にいる居候へと視線を向ける。

 

「留守を頼みます。

 一月以内には戻って来ますので」

 

「では約束通り」

 

「ええ」

 

「期待させて頂きます」

 

戻って来たら死神との再戦が待っている。

現役当時の感覚に近づけてくれるほどに、家族の安全は高まっていくのだからやる気があるのは喜ぶべきだろう。

そして俺自身、新たな気付きを得たいと願っている。

 

最後に両親達に「では、行ってきます」と挨拶をしてシーローンへの旅が始まる。

 

 


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