無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第101話_左遷された公爵

---犬は我々を尊敬し、猫は我々を見下すが、豚は我々を対等に扱ってくれる---

 

本棚と少し古びた事務デスクの置かれた別室。

そこで行われた話し合いは、神子に会うためのつなぎと侵入経路の情報を得た事でひと段落ついていた。

書斎では母と娘の感動の再会が進んでいることだろう。

 

さてと、俺は居住まいを正す。

といって座っているのは本棚の上の物を取るのに使うのだろう足の短い脚立なので、そう緊張感はでない。

カーライルも事務デスクとセットになった椅子に腰かけて一息ついたようにリラックスした様子が見て取れる。

秘密の会合のため茶菓子などのもてなしはない。

 

「そろそろ向うも落ち着いたでしょうか」

 

俺の申し出に、

 

「今少し、2人にさせておきたい」

 

と却下するカーライル。

彼自身も久方ぶりに娘と再会したとなれば、それを噛みしめる時間が欲しいと思うのだが考えは違うらしい。

どういう気持ちなのだろうかと慮っても良く判らない。

なら自分の前世に当てはめてみるしかない。

嫁に出た娘達。久しぶりに会って……うん、余り話す事はないのかもしれない。

そう納得して、では黙ってこのまま待つのももったいない気がする。

ならば、もう少し情報収集の手を伸ばしたいと考えて「それともう1つ」と話しはじめると、俺の真剣な表情を読み取ったのだろうカーライルが再び視線をこちらに向けた。

 

「紛争地域の現況や暗殺者ギルドに詳しい人物をご存知でしたらご教示頂きたく」

 

「そこまで踏み込んでどうする?

 まさか潰して周る訳でもあるまい。

 それとも龍神絡みか?」

 

「いえ、龍神とは別件です」

 

カーライルは顎を手でさすりながら「どうしたものか」と呟いて迷いを見せる。

何か言い難い事情がある、という事だろう。

無理強いするつもりはない。

 

「言い難いのでしたらお答え頂く必要はありません」

 

話を切り上げようとすると、カーライルは今度は「困ったものだ」と嘆息してみせる。

今回の件でラトレイア家は被害者。

だからといって下手に首を突っ込んでさらなる災いを被りたくはないだろう。

大きな組織に所属するとままならない事も多いはずなのは俺だって承知している。

 

「ラトレイア家を守るため、お話になれない事があるのは理解しています」

 

俺は重ねて質問の取り下げを願った。

それに対し、カーライルは首を振る。

 

「私が言いたいのは『これではゼニスは気を揉んで大変だろう』と言う事だ」

 

自分が普通の子の範囲に収まらない自覚はある。

だから後ろめたい表情でその場を取り繕うことはしない。

かといって全てを暴露するつもりもなく、ただ黙っていた。

 

「判っていてやっている、ようだな」

 

とカーライル。

表情から色々と読み取ったらしい。

黙ったきりの俺は肯定も否定もしない。

 

「なぜ普通に暮らさない。

 危険な場所に首を突っ込まずに静かに暮らす事は難しくはなかろう」

 

カーライルの諭す声には聞き紛う事無い疲れがあった。

俺だってそうしたいのは山々だ。

しかし、

 

「受け身でいたせいで父さまが大怪我をしたのも事実です」

 

「ゼニスが話していた事件か」

 

俺はひとつ頷いて、

 

「襲撃者達の素性も未だに分っていません。

 今回の件とブエナ村の犯人が裏で繋がっているかは確かめねば、おちおち眠る事もできないのです」

 

とギリギリのラインで打ち明ける。

カーライルが目を細める。

 

「子供は良く寝ないと大きくなれぬな」

 

「ですからです」

 

俺の言にカーライルは1つ溜息を以って応えた。

どうやら納得してくれたらしく、

 

「紛争地域についてはガルガード殿が。

 暗殺者ギルド関連ならばバクシール公爵が適しているだろう」

 

と解を得る。

2つの名前。それらが同時に出たのはどのような因果だろうか。

奇しくも前世で少なからず縁の有った人物達だ。

前者は手紙を書いた人物で、後者はその手紙を読み信じなかった人物。

 

「ガルガードというと教導騎士団団長をされている?」

 

俺は記憶から引き出した情報を開陳する。

本人の顔は知らないので、代わりに息子のベルモンドの顔を思い浮かべておく。

 

「それなりに自分で情報収集をしてきたのだな」

 

「予習くらいは」

 

「ガルガード・ナッシュ・ヴェニク。

 彼は募兵期間のためにミリシオンに戻ってきている」

 

「紛争地域の何に詳しいのでしょう?」

 

「凡そ我が国が知り得る全ての事を知っているだろう。

 なぜなら教導騎士団の派遣先こそがかの紛争地帯であり、当然、各小国の表裏合わせた情報がなければ軍は動かせない。

 そして彼の御仁は意外に鼻が利く」

 

言われてみて、成る程と思った。

魔大陸に出兵していた騎士団が多くの死傷者を出した事件が過去にあり、そのときにルイジェルドさんがガッシュを助けたと聞いたことがある。

つまり、事態を重く見たミリス神聖国はその事件の後から派遣先を紛争地帯に変え、

『魔獣/魔族討伐』による練兵から『ミリス教の布教』をしながらの傭兵業へと移行したという訳か。

 

さて問題は初対面の俺に情報を教えてくれるだろうか。

事前準備としてルイジェルドさんを見つけ出し、手紙を書いてもらおうか。

いつかは会って集落の話を伝えておきたいので手間ではないし。

否……ルイジェルドさんの言を思い起こせば巨大な建物で多くの兵士に囲まれながら彼は仕事をしているという。

衆人環視の中でラトレイア家との関わりを伏せて話を聞く訳にもいかない。

 

「理解は出来ましたが、どうもその方と人知れず話す機会を持つのは難しいでしょう」

 

と結論付けておく。

そんな俺に対して、

 

「諦めるにはまだ早かろう。

 帝国のおかげで新しい練兵先を決める会議がある。

 私もそこに出向くから話を通しておくことが出来る」

 

とカーライルは提案してみせた。

それらを頭の中で計算する。

カーライルならば世間話の態で会談の場を用意できるかもしれない。

だが、その場には敵対勢力の間者が聞き耳を立てているに違いなく、リスクに見合った報酬が得られるだろうか?

天秤は傾く。

 

「辞めておきましょう。

 慎重さが大事な時。ラトレイア家が不審を招くべきではありません」

 

俺はもう一度、慎重論を以って辞退する。

カーライルは少し考えたようだが、俺の意見を尊重してくれるらしい。

他者の判断を頭ごなしに否定しないところがカーライルの美点だ。

彼は「ならどうする」とだけ口にした。

 

「それを決めるのはもう一方、バクシール公爵について聞いてからにします」

 

カーライルが「そうだな」と同意したので「たしか、ウェストポートで税関所長をしていた人ですよね」と先立って予習内容を伝える。

が、ここは不正確だったらしく、

 

「『していた』ではなく最近、着任した者だ」

 

と訂正が入った。

前世ではどうだったのだろう。

少なくともテレーズよりも前に着任していたはずだ。

だが、いつから着任していたか問われてみれば不明確ではある。

 

「割と信頼できるところからの情報だったのですが。

 あてになりませんね」

 

とおどけてから、

 

「それでなぜ、税関所長である公爵が暗殺者ギルドに詳しいということになるのでしょう?」

 

という疑問から入ってみると、

 

「かの公爵こそが『死の教師』の元締めだからだな」

 

という思いがけない答えが返って来た。

俺はつい「え?」という間抜けで不躾な疑問を投げてしまう。

それが逆にカーライルの表情を綻ばせた。

一本取った事に満足したのか、不調法は指摘せずに彼は続ける。

 

「正確に言うならば『だった』。

 8人居た『死の教師』も先の事件で5人が死に、残った3人も教皇の孫の同行者としてラノア魔法大学に旅立ってしまった。

 元締めだったバクシール公爵を残してな」

 

『死の教師』は解散。

襲撃失敗の責を問われたバクシール公爵は、

 

「つまりは今回の件で税関所長に左遷になったばかり、と」

 

「そういうことになる」

 

ウェストポートは警備も監視の目も厳しくない。

ある程度の見込みがあれば話を聞きに行く価値はあるようにみえる。

 

「公爵はどれくらいの情報を持っていると考えられますか?」

 

「そうだな。

 教皇には息子がいたのだが」

 

とカーライルは迂遠な答えを返す。

急にクリフ先輩の話になったので記憶を手繰っていく。

 

「ミリス内の権力争いで死亡してしまったとか」

 

「そうだ。

 事故にみせかけた暗殺でな。

 孫は生き残ったが、安全のために事実は隠匿され死亡した事になっていた。

 そうして教皇は密かに孫を孤児院にいれると、新たに組織した『死の教師』を孤児院の教師という形で潜り込ませていたのだ」

 

クリフ先輩を守るために、という事だろう。

それが先の質問になるのだろうか?

 

「さすがのお前でも繋がりは見えてこないようだな」

 

「ええ。

 設立の経緯から考えて『死の教師』とは護衛部隊であり、暗殺集団ではないというのは理解しましたが」

 

「では考えてみると良い。

 教皇の息子夫婦を襲った暗殺部隊はどこの手の者か」

 

……それは魔族排斥派だろう。

つまり今回より以前の、当時の対立勢力の手の者だ。

だとして何なのだろう?

 

「教皇猊下の目は国内ならば十分に見通せると言ったら判るか?」

 

カーライルのヒントに漸く合点がいく。

なるほど「他国の暗殺者ギルドを雇って襲わせた」ということだ。

 

「正解だ。

 あとは判るか?」

 

そう問われたことで話が元の質問に繋がったのが判る。

 

「『死の教師』は暗殺者ギルドの動向に最も注視していた」

 

「なれば、お前が欲しい情報も公爵なら応えることができるだろう。

 数ある左遷先の中でウェストポートの税関に回されたのもそういう知識を前提にしたものと言える」

 

「ははぁ。

 良く判りました」

 

と口にしながら、公爵が知識を活かして水際対策をしているという所までを知る。

 

「しかし紛争地帯か」

 

とカーライル。

まだ話は終わらないらしい。

 

「何か?」

 

「今は西バッハトマ帝国がある」

 

「そのようですね」

 

「彼の国が勃興して早1年。

 教導騎士団も予定を繰り上げて撤退した」

 

「それは想定外の事態に直面した際の予定行動だったと思います」

 

「まぁな。

 私が知り得るのは、教導騎士団は帝国が相当な脅威になると報告していることだ。

 そのせいで次の練兵先は決まらぬし、聖堂騎士団を増強すべきであると主張を受けている」

 

「残念ながら、僕もガッシュ団長のご意見に賛成ですね。

 帝国の脅威は王竜王国、ひいてはこのミリス神聖国にまで及ぶ可能性を持っています」

 

「その割をくって神殿騎士団が弱まるのは如何ともし難いか」

 

カーライルとの話し合いが終わる。

別室から書斎に帰ってくると、ゼニスもクレアとの話がほぼ終わっていたようではあった。

戻って来たカーライルと二言、三言を交わし、ゼニスは名残惜しそうにしつつ2人に別れのハグをする。

俺は軽く手を振った程度だ。

そうして神獣に後に残すことになる転移魔法陣を片付けるよう命令してから、元来たのと同じく別室でゼニスと共に転移してラノアへと戻った。

 

--

 

翌日、シャリーア。グレイラット邸。

朝のルーチンが終わった後、ゼニスが仕事に向かおうとするパウロを引き留めて昨日の経緯について話すのが見えた。

どうやら深夜遅くの出来事だったので説明せずに寝てしまったらしい。

俺の方はというと、夜中であるにも関わらず健気にも待っていたロキシーを軽く抱きしめた後、手に入れた情報を纏めて伝えた上でこれからの算段を付けている。

だから今は警邏から戻って来たエリスのために早めに風呂を沸かしておこうと考えながら、何食わぬ顔で食器を洗っているところだ。風呂焚きが終わったら今日はネットワークにある研究室へ行く。

 

 

予定通り滞りなく研究室へと辿り着くと、まだロキシーのいない無人の部屋が俺を出迎えた。

洗濯の手伝いに行って、終わるのはエリスが警邏から戻って合流したさらにその後だから当然か。

そんな想いの中でロキシーの作業机に目を遣ると、やりかけで置いてある書類束が目に留まった。

最初の1枚は龍神謹製の魔法陣の写し。

重ねておいてあった魔法陣をめくって見てみたが、いずれも同じ写しだった。

脇には機能部品に分解した図と検討の後のあるメモ書きも放置されている。

それから壁際の結界魔術に対する追加魔法陣を探すために新たに張られたパターン表に目を向ければ、この魔法陣から読み取った未知の機能部品のための列が追加されていることが見て取れた。

 

ここ3日、家族の説得やラトレイア家との想定問答を考えていた俺と違ってロキシーは手に入れた魔法陣の解析に取り組んでいた。

この召喚の工程には一体何が含まれているのか。

既にある魔法陣と比べてどのような工夫が為されているか。

それを読み解こうとした跡が書類から垣間見える。

 

龍神謹製の魔法陣。

ロキシーが写したコピーを使って守護魔獣を呼び出せば家族を護るのは相当に楽になるかもしれない。

一瞬そういった考えが頭をよぎり、直ぐに否定する。

 

その行為には不確定要素が多すぎる。

召喚した魔獣がどのような物になるかはイメージと魔力量で決まるが、あまりにも抽象的過ぎる。

既知の魔獣が召喚された場合、この街はパニックに陥るだろう。

召喚した物がこの世界における未知の生物だとしても、常識的にペットとしての大きさを越えていればやはり新手の魔獣と見なされる可能性は高い。

 

そういった魔獣を召喚した場合、前回の麒麟のように周辺の森に住まわせることは無理ではない。

だが、あの守護方法には問題点があったため、シャリーアではそれに頼らない警戒システムを作ったのだ。

ならばそういう守護魔獣は必要ない。

つまり、条件は現在組み上げた警戒システムに適合して家で飼えるタイプに限定される。ペットに近い見た目か人型タイプでなければならず、そこまで細かい条件を設定する為には魔法陣の研究をしっかりして召喚獣選択盤(サモンルーレット)を調整することになるだろう。

やはり軽々しくこの召喚魔法陣を起動させてはならない。

 

ちなみに、ミリスの神子にとっては条件は違ってくる。

オルステッドは神子のためにこの魔法陣を描いたのだから、運用が面倒な物を召喚してしまった場合は龍神に文句を言ってやり直しをお願いできるだろう。そして俺が勝手に自分のために使ってしまえば龍神の不信を買うことになるだろう。

きっとロキシーがコピーした魔法陣の起動確認を提案しないのも同じような考えによると思われる。

 

されども龍神謹製魔法陣から守護魔獣を召喚することは家族を護る戦力として大きく寄与するだろう。

なにせ前世で我が家を護っていたレオを召喚したのは……いや違う。レオを召喚したのはペルギウスの魔法陣だ。

オルステッドの物で呼び出されたのはアルマンフィとナースか。

うぅむ。

今、想定し得る襲撃者をアルマンフィで対処しきれるとは限らない。伝書鳩程度なら彼をペルギウスから取り上げるメリットもない。

ナースは強さが未知数。とすると龍神謹製の召喚魔法陣で事足りるかもわからないわけか。

ならペルギウスの所にいって召喚魔法陣を貰ってきてレオを呼び出そうか。

いや、きっとあいつは呼び出せないだろう。

今の時点で呼び出せるなら、この前の誘拐事件の時についてきたに違いないのだ。

 

急速に興味を失いつつある龍神の召喚魔法陣だが、ロキシーが機能部品を抽出・分析して未知の魔法陣の開発や既存魔法陣へ機能追加をするには良い情報源になったのは間違いない。

 

誰にともなく頷き、ロキシーの研究の邪魔をせぬ内にさっさと自分用のパターン表に転記してしまおう。

そう考えて、書類束をそのまま持って自分用の机へと向かった。

 

 

転記している内に、今回手に入れた魔法陣は前世で神子向けに調整された魔法陣だという事が思い出された。

もしかしたら細かい部分は違うかもしれないが、記憶の範囲内でこれはナースを呼び出した魔法陣だ。

それは当然と言って良いのか判らない。

別の言い方をすれば、アルマンフィを召喚した魔法陣とは細部が異なっていると思う。

 

転記を終えて俺は忘れていた記憶を手繰れそうな気がして来ていた。

今、目の前にある魔法陣が2つ目の魔法陣だとすれば記憶の中で思い出されるもう一つの魔法陣は最初に貰った魔法陣の筈だ。

俺は手が進むままにそれを描いた。

ペルギウスから学んだ魔法陣に関する基礎、それとナナホシから引き継いだ研究の内容と矛盾しない魔法陣。

残念ながら、どうしても思い出せない部分がある。

なぜ俺はあの時、ちゃんと魔法陣の写しを取らなかったのだろうか。

今思えば対して手間のかかる作業でもなかったのに。

 

悔やまれるが1つや2つのミスがあるのは仕方のない事と割り切る他ない。

一々落ち込んだり、目くじら立てたりしても無意味だ。

そもそも、まさか自分自身が過去に召喚されてしまうと思わなければ必要ではなかったのだから。

 

--

 

 

「な、なんだ貴様!

 もしや大司教派の手先か!?」

 

暗い部屋に月明りが差し込む部屋。

丸々とした体を薄手の寝間着で包んだ男がベッドから身を起こし、泡でも吹きだすようにそう言葉を吐く。

彼の視線の先には黒装束に身を包んだ俺が佇む。

 

「なぜ黙っておる!

 それともまさか教皇派か?

 用済みとなった私を……」

 

慌てふためく公爵があらぬ方向へと疑念を膨らませていくとして、悠長に待つ必要を感じない。

 

「どちらでもないですよ」

 

と指摘してやると、「な……に……?」と公爵は口を空けたまま固まった。

これなら話を進められるだろうか。

 

「少し訊きたいことがあるのです」

 

「う、嘘だ!

 普通、ちょっと訊きたい事がある位で屋敷に忍び込むような奴は居らん!

 誰か! 曲者だ!」

 

どうやら無理らしい。

どうしたものかと考えてこめかみを掻いていると、「なぜだ。なぜ誰も来ない。警備は何をしておる!」と騒ぎ始める始末。

とりあえず大声を上げたところで誰も来ることはないので騒ぎたいだけ騒がせ、疲れるのを待つことにするも程なくして息を切らした公爵が「まさか、皆……?」と震え出した。

 

「いえ結界魔術を使って音を遮断しているだけです」

 

「結界? 貴様『杖グループ』の一員か。

 左遷された儂を殺して何とする!」

 

疲れてくれたは良いが、次は錯乱状態らしく話は通じそうにない。

 

「少しは落ち着いてください。

 ほら、深呼吸して。ハイ吸ってー。ハイ吐いてー」

 

冗談で言ってみたつもりだった。

が、なぜか目の前の豚は俺の言う通りにヒッヒッフーしてみせる。

いや、ヒッヒッフーではないが。

いつもは余り俺のウィットに富んだ冗談は功を奏さないが、今日は違うらしい。

 

「……何者なのだと聞いても意味は、ないな。

 儂はお前の言うことを信じることが出来ない。

 お前は儂の言うことが信じられるのか?」

 

声をすぼめ、汗を拭った公爵の言動は随分に落ち着いた物になってきている。

今度こそ対話が可能だろう。

 

「鵜呑みに何てしません。

 ちゃんと裏取りはしますよ」

 

「では何が訊きたい」

 

割と簡単にゲロってくれるらしい。

話し終えたら口封じされるとか思われたら面倒だと考えていたけれど杞憂か。

 

「いくつかありますが。

 なぜ今、神子を襲撃したのですか?

 そこから教えて頂きたいのです」

 

「指示があったからに決まっておろう」

 

「教皇がなぜこの時期に襲撃を指示したのでしょうか」

 

「そんなことを儂は教えられているわけではない」

 

白々しい役人的な答弁だ。

だが強く出れば、また元の木阿弥かもしれないと辛抱強く聞き直すことにした。

 

「でも想像することは出来るはずです」

 

すると「ぐひ……」と呻く公爵。

俺はただ見ているだけだったが、公爵の瞳孔が広がったような気がした。

そして「ぶぶひ」と鼻息を鳴らして口角に唾が溜まるのを目にする。

震える指で身体中を掻きむしり、引っ掻いたせいで赤く腫れた首回りが何とも痛々しい。

急に始まった異常行動に対処するか否かを考える間に、公爵の腕がだらんと落ち、完全に血の気を失った彼が言葉を紡ぐ。

 

「……数か月前に他国の暗殺者が数名手引きされた。

 儂らはそれを察知したが、教皇側の司教から見逃すように言われている。

 何かの陰謀が画策されたとみて間違いない訳だが、儂に指示をした司教の顔色を見る限り、陰謀は成就しなかったようだ。

 手駒として雇った暗殺者たちが戻らなかったので追加の仕事を断られたのだろう。

 それで次の作戦に投入されたのが儂ら『死の教師』という流れだろうな」

 

「その暗殺者はどこの手の者だと思いますか?」

 

「西バッハトマ帝国の暗部だと儂は考えておる」

 

「帝国は生まれたばかりの国。

 最近できた暗部をミリスが手駒として使うとは考え難いですが、なぜでしょう?」

 

そもそも俺の前世の記憶では西バッハトマ帝国なる国は存在すらしていなかった。別の暗殺者集団を雇って似たような作戦が同一の時期に起こる確率があるのか?

疑問符が心で浮かぶがそれはすぐさま解決する。

公爵の次の言葉によって。

 

「違うな。

 紛争地帯には『海牛(シーブル)』、『暗黒の悲嘆の深淵(アムスヴェルトニール)』、『北神流奇抜派』、3つの暗殺者集団があった。

 そして『海牛』と『奇抜派』が帝国に取り込まれたのだ」

 

「暗殺者集団と北神流を傘下に収める程の力が帝国にはある訳ですか」

 

「そういうことになるだろう。

 帝国の建国に関わった中には北神が居たと聞く。『奇抜派』がそこに流れたということはあり得る話だ。

 また『海牛』が活動の場としていた地域にバッハ王国があった」

 

「バッハ王国はその一部を帝国に割譲したのでしたね」

 

「ふん。

 バッハ国王は領土の割譲でお茶を濁そうとしたようだがな。

 従属を望んだ帝国によって結局、滅ぼされたわ」

 

「武力でということですか?」

 

「帝国によって取り込まれた『海牛』が王族を一掃したのだ。

 『奇抜派』が国内覇権を取り、国外派兵は『海牛』の勢力を使うという役割分担なのだろう。

 無理にいがみ合っていた暗殺者集団を絡ませないとは、実に効率的だ」

 

「筋は通っているように聞こえますが、それでも大森林に派遣されたのが『暗黒の悲嘆の深淵』という可能性は残りますよね」

 

「むしろその可能性はずっと低くなる」

 

「なぜですか?」

 

「紛争地帯で帝国に飲み込まれぬように踏ん張っているのが『戦死者の館(ヴァルハラ)』であり、その下部組織の『暗黒の悲嘆の深淵』だからな」

 

「『戦死者の館』というのは聞いたことのない組織です」

 

「儂も多くは知らん。

 勢力的な事は判っても、詳細は伝わって来ぬのでな。

 元は冒険者ギルドだったはずのものを何者かが乗っ取り、怪しげな実験に使っているという噂だが。

 中央大陸南部の冒険者ギルドにはまだ『戦死者の館』の息がかかった者達もいるという。

 知っているのはそれくらいだ」

 

「神子襲撃については良く判りました。

 もう1つ。クリフ・グリモルがラノアへと旅立ったとするなら残った『死の教師』達はどうなりますか?

 聞くところによると3人程がまだ生きているそうですが」

 

「な! なぜだ。

 なぜそれを知っている!」

 

「優秀な魔術師である彼を成長するまでミリシオンから遠ざけておこうとするという意図を推測するのは難しくありません。

 だから教えてください。

 残った『死の教師』はどこに行ったのですか?」

 

「クリフ様の護衛のためにラノアへ随行し、そのままラノア大学で教師になるはずだ」

 

「ほぅ……」

 

「なんだ。

 もう何も隠していないぞ!」

 

この言い方はまだ何かを隠しているのだろうが、俺が知りたいことではきっとない。

ま、どうでもいいか。

 

--

 

公爵に別れを告げた後、結界を解いて窓から飛び出した。

邸宅がそれほど広くないのは、ここが左遷される税関所長の住まいとして用意された物だからだろう。

闘気を使った身体強化と『跳躍(リープ)』に伴う重力制御を同時に併用して2回のジャンプで屋敷の塀を飛び越える。

 

港とは逆方向に貴族区画を抜けて郊外へと走り去り、林の中に用意した臨時の転移ノードを使って速やかにラノアへと戻る筈だった。

だが月夜の中、野原に人影が1つ。

少々変わった出で立ちの男。冒険者か。

背中にも腰にも得物はないが、只者ではない。

存在感があるのに殺気は無く妙な気配。

 

その男が仁王立ちしてこちらを真っ直ぐに見ていた。

どうやって気が付いたのか。まるで俺がここを通るのを知っていて待っていたような気さえする。

気になるが関わるべきではない。

厄介事を増やして歩きたい訳ではないのだ。

 

男を横目に俺は間合いを抜けようとした。

視界にギリギリ入るくらいの距離。

剣の間合いではない。

だが追い越した瞬間、背後を取られた。

 

そして追従してくる男。

このままでは転移するところを見られてしまう。

ならば退場願うしかないか。

急制動をかけながら振り向き、隙をつかせぬように剣を抜く。

 

「何の用ですか?」

 

「夢に蔓延る邪壊思念。(めっ)せねばなるまい」

 

滅する?

声の張りから相手が老人だと認識しつつ、その不穏な言葉に闘気を練り上げる。

老人のマントの下に僅かに見える肉体は屈強そのもの。

 

「僕を殺そうというのなら」

 

言いかけた所で老人は首を振り、また口を開いた。

 

「我、滅するは元凶なりし者也」

 

どうやら違うらしい。

何しに来たんだこのじいさん。

 

「汝に近づく影在り。されど操る影こそ真の影也」

 

何の事を言っているのか、誰の事を言っているのか。

駄目だ。

思わせぶりな事ばかり言われても俺には理解できん。

そう考えていると、老人が彼方を見据えた。

その視線は何を見る?

 

視線を逸らさず老人を見続けていると、不意に老人がこちらに何かを投げ放った。全くの悪意のない動作に若干、反応が遅れる。

視線を追っていたらそれこそ直撃だったかもしれない。

月夜の元、それが何なのかは咄嗟には見定めることが叶わなかったが、故意に剣を持たない無手の左手を狙ったことは明らかだった。

闘気を纏った手で投げつけられた物を掴む。

掴んだ刹那、もう老人の姿は消えていた。

だが声だけが響いた。

 

「汝のチャクラに導きあれ」

 

残された俺は暫く茫然としていたが、手の中の重さに下を向いた。

先程、老人が投げつけたのは2つの指輪だった。

捨てる訳にもいかずそれらを懐に入れ、俺はシャリーアへと戻った。

 

--

 

謎の老人から手に入れた指輪を鑑定したところ、1つは変化の指輪だと判った。

もう1つは魔石の嵌っただけの指輪らしい

俺は鑑定結果を聞いたとき、「あっ」と思った。

前世でアリエルとシルフィが使っていたそれであり、俺も使ったことがあり、かつ罠にはめられて痛い目を見たこともある魔道具を今まで失念していたからだ。

 

だが、これはあの魔道具とは異なる魔力付与品(マジックアイテム)だった。

アリエルが使っていた物は緑の指輪と赤の指輪でペアの魔道具であり、赤の指輪に刻まれた魔法陣を励起すると顔形と髪色が登録され、それから緑の指輪に刻まれた魔法陣を励起するとペアになっている指輪によって登録された顔形と髪色に変化できる。

あの指輪の弱点は声までは変えられないので声を知っている人物と話すとすぐに変装がバレてしまうという所だ。

 

対して、この指輪は装着すると目と鼻それに髪型を変えてくれる。

毎回同じ顔に変化するので一定の法則性があるようで、カボちゃんが意気揚々と説明していたが俺はそれを余り理解しなかった。

兎に角、利用に制限がなくてリスクも少ない優秀な魔力付与品だ。

まぁただ、逆に言うと周囲が知っている人物に化けておびき出すみたいなことはできない。

 

なぜこの指輪を俺にくれたのか。

老人の真意を予測するには言ってる事が難解過ぎ、そして説明不足過ぎる。

前世で出会わなかった彼は一体誰なのか。

その意味もまた考えねばならないのかもしれない。

そして、もう1つの指輪が何の変哲もない指輪というのも作為的な物を感じずにはいられない。

だから思う。もしこれを使うことが罠にハメる為の何かだとしたら、老人はヒトガミの使徒だろう。

 

俺はこの時期の使徒が誰なのかを知らない。

問題はなぜ俺に接触して来たのか。

直接操れないが俺に何かをさせたい、もしくは何かをすると困るからさせない用に誘導している。

そういうことなのだろうか。

だとしても立ち止まる訳にはいかない。

運命を切り開くために俺は前へ進もうと決めている。

 

 

公爵から得た情報についても整理しておこう。

ミリス神聖国教皇派が当時バッハ王国にあった『海牛』という暗殺者ギルドに聖獣誘拐を依頼した。

俺達が大森林で遭遇した4人の主犯格がおそらくそれだろう。

教皇は魔族排斥派の暴走によって聖獣が誘拐されたということにするつもりだったのだ。

それによって大司教派に打撃を与えようと画策し、依頼を受けた『海牛』所属のアサシンは例えば次のようなストーリーを歩んだと予想できる。

 

まず彼らは聖獣の守備が頑丈なため、守備を緩和させるために大規模な誘拐事件を起こした。

この作戦では得意なアサシネイトは出来ず、人手が多く必要となる。また夜目、耳、鼻の利く獣族の追手を巻かねばならない。

そういった不利な状況を解決するために彼らはスケープゴート役として金に困っている奴等を探した。

探し出したのはミリスの酒場とザントポートで雇った男達、さらにデネブ商会傘下の手代らだ。

彼らを雇い入れて、スケープゴート役にはこちらの依頼主が大司教派であることを匂わせる。

 

手代らにアジトを提供させた彼らは雇い入れた手駒を使って大森林中から子供を攫わせた。

同時に魔大陸へ送る物資の少ない新造船に関する情報を手に入れ、攫った子供達の大半をそれに乗せて魔大陸に運ぶ手筈を整えた。

計画は順調に進み、誘拐されてきた子供達をどんどんと倉庫に詰め込む。

そうして人数が部屋一杯になる頃、捜索のために警備が薄くなった聖獣の寝所に攻め入ると、まんまと聖獣を生け捕りにし、帰って来た。

 

計画の成功は後一歩だったと予想できる。

そこで俺達が介入し、計画は頓挫する。

だが、本当は聖獣を子供達とは別でミリシオンへと運ぶ計画だったとするとどうだろう。

大森林を通過してミリシオンへと移送するのはかなりのリスクがあるが、失敗した場合は魔大陸へ送った子供達の行先を教えて、聖獣を返しつつ、主犯は魔族排斥派の大司教であると嘘を騙れば良い。万が一成功した場合は、スケープゴート役の者達を使って大司教派の噂を流したって良い。

 

そう考えると、俺達が介入して計画が台無しになってしまったとしても大司教派に雇われたと言ってしまった方が良かったのではないだろうか。いや、フェンリルを聖獣と勘違いしていたし、子供が魔大陸に行ってしまったのを追いかけている隙に逃げ出す予定が悉く失敗し、圧倒的な戦力差から逃げられないと踏んで下手な嘘を吐かなかった、というのもあり得るか。

 

妄想半分といった所だが筋は通るだろう。

結果は前世でルイジェルドが虐殺しつくしたのと大差ない。

だからこそ同じように『死の教師』が神子襲撃事件を起こしたという訳だ。

その辺りの辻褄もあっているのだろう。

バラバラに起きた複数の事象が繋がっていく感じは、なんだか社長の元で働いていた頃と感覚が似ている。

 

なぜ聖獣を誘拐しようとしたのか。

どうやって聖獣を誘拐しようとしたのか。

という2つの部分については概ね納得した。

だが、まだ納得のいかない部分もある。

それは『いつ聖獣を誘拐する計画が動き出したか』という部分だ。

 

ミリスの教皇派はある時、国内で足が付きにくい暗殺者として『海牛』に仕事を依頼した。

紛争地域に教導騎士団を展開しているミリス神聖国が、勃興したばかりの帝国に仕事を依頼したという公爵やカボちゃんの解釈は考えにくい。そもそも依頼に対してアサシン部隊を編成し、紛争地帯北部から大森林まで部隊が届くのに半年というのは短すぎる。

となると、『海牛』が帝国に吸収される前から依頼は通っていて活動していたか、『海牛』は帝国に吸収される前から紛争地帯以外でも活動する部隊を持っていて例えば王竜王国辺りに拠点があるということか、そのどちらでもなく、それらは全て欺瞞情報で『海牛』とは関係のないミリス国内の暗殺者ギルドがやったことだという可能性を考えた方が現実的に思える。

 

そう考えると、カボちゃんと公爵の話で一致する部分は裏取りが出来たのではなく、情報源が一緒である可能性も考えなくてはならない。もっと別の情報源。明確には暗殺者当人たちからの裏取りが必要になってくるだろう。

逆にバクシール公爵の話で北神の名前が出て来た部分は、ガレ川で襲撃を受けた時に俺が出会った人物と合致するので裏取りが取れた情報だと言える。つまり俺達家族を1年以上前にアスラ王国から追い出し、ラノアへ移住させたのは西バッハトマ帝国に吸収された何らかの組織という事になるのだろうか。

 

組織が帝国に吸収されてどうなったのか。未だ俺達に目を付けているのかどうか。

家族を護るためにはその辺りを重点的に調査する方針にした方が良いだろう。

 

--

 

ラノアに短い夏がやって来る頃、無事にシルバーパレスへの潜入を果たした。

神子は特に何も説明せずとも目を見ただけでこちらの意図を理解してくれた。

そんな彼女に銀色の召喚獣を手渡して、俺のミリスでのミッションは終了した。

 

 




■変装するための指輪に関しての考察。

原作:第百八十二話「王都アルス」内のアリエルとの会話にて、
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「わざと隙を見せて、そこを襲わせるのです。
 それ用のマジックアイテムも所持していますので」
例の、姿を交換する指輪のことか。
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とある一方で、原作:第二百三十九話「作戦会議」内のシャンドルとの会話では
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「中に、顔を変える魔道具が入っております。必要だろうとの事です」
おお。
そういえばアスラ王国にはそんな魔道具があったな。
アリエルが変装につかったやつだ。
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とあり、魔力付与品なのか魔道具なのかが判らなくなっている。
ただ、これは基本的にはアスラ王国秘蔵の魔道具なのだと思われる。

理由としては、原作;第二百四十七話「三泊四日 スペルド族見学ツアー」にて
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「……ギースから伝言です。『魔道具は一つとは限らねぇ』と」
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とあるから。
魔法大学に通っていたアリエルがこれを魔力付与品と言い間違えているのは若干アヤシイですし、魔道具だとすると変化の魔法陣が存在し、かつ魔法陣を起動するための詠唱が存在することになるのですが、まぁその辺の設定の考察は割愛します。

■ルーデウス
-11歳と6か月
 オルステッドから神子救出の報せを受け、龍神謹製魔法陣を手に入れる
 ゼニスとミリシオンへ
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 怪しい人物に逢う←New


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