無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

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今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。


第100話_龍神謹製召喚魔法陣

--- 思いがけない見落としは万全を期したという油断から生ずる ---

 

妹達が魔法大学に通い始めて2か月が経った或る日、書斎にいる俺を呼ぶ声がした。

どうやらエリスが玄関先から声をあげてるようだ。

いつもの見回りから戻って来る頃合い。

さて、どのような用事だろうかと頭を巡らせてみるが思い当たる節はない。

兎に角も始めたばかりの作業は中断して顔を見せに行った方が良い。

そうしないと屋敷中に響き渡る大音声が続いた上に、少々理不尽な仕打ちを受ける羽目になる。

そう判断して、「ハイハイ、今行きますよ」と聞こえないだろうと思いながらも応じながら小走りで駆けた。

 

エリスの姿が見える。

彼女は開いた玄関に向って仁王立ちを決めている。

「どうしたの?」と訊ねながら近づくと、振り向いたエリスが何かを言う前に、彼女の後ろから顔をのぞかせた客がいた。

 

「こんにちはカポ!」と客が挨拶すると、エリスはこちらの顔を見るだけで特に何を言うでもなく身体をずらした。

客の人相をみて、またその語尾と気配から彼女がカボット人形のカボちゃんであることは明らかだ。

そんな事よりも気になるのは彼女の手の中にあるもの。

彼女はそれを挨拶のときにやや乱雑に振っていた。

何の用件か。

 

「やぁカボちゃん。

 その紙切れが用事の物?」

 

そう訊ねるとカボちゃんは、

 

「そうカポ!

 オルステッ〇×△」

 

いきなり不穏な固有名詞を躊躇いもなく人の家の玄関で宣おうとする。

俺は頭痛を感じつつも彼女の首に手早くヘッドロックを掛け、同時に腕を使って口を塞ぎ、最後までそれを言わせなかった。

それでもカボちゃんは何かをモゴモゴと言い続けた。

誰かに聞かれたらどうするというのか。

理解していない彼女に俺は「その名前を大きな声で言うのは止めてください」と厳命する。

状況を理解したカボちゃんは全く動かせない頭の代わりに身体の方を動かして頷こうとした。そこで縛りを解く。

 

「っぷはー。

 ひどい目に合ったカポ」

 

と目を白黒させるカボちゃん。

知らなかったようなので、これでも手加減したつもりだ。

だが、同じ過ちは繰り返させてはいけない。

心を鬼にして、

 

「次に同じことをしたら無詠唱魔術で跡形もなく消し飛ばします」

 

と右手を顔の高さまで掲げて握って見せる。

 

「わ、わ、わ、わかったカポ」

 

「判れば宜しい」

 

「それであの人の書き置きが来ましたか」

 

「あの人?

 そ、そうカポ。あの人から来たカポ。

 あ、会った事は無いけど、たぶんルーデウスの言うあの人カポ。

 ホテイは……えーっと、『向うのリンクから届いた』と言っていたカポ」

 

ホテイ。この場合はミリス支店ではなく彼の同僚であるラノア支店の店主をしている神獣だ。

 

「どれどれ」

 

カボちゃんが差し出した伝言メモを受け取り、目を通す。

なになに……。

それはミリスの神子の襲撃に関する依頼の完了報告だった。

内容からすると敵は教皇派の暗殺部隊『死の教師』。

神子の護衛は3人が死亡したとある。

そしてテレーズ叔母さまと神子の2人は無事なのだそうだ。

 

十分早めに伝えておいたので襲撃前に対処が欲しかった。

といってオルステッドにとってこの時期がどのようなイベントを処理しなければいけないかを知らないので無理は言えない。

もしくはこの事象が強い運命に守られた歴史だったのかもしれない。

そしてその報告書の締めくくりはこう締められている。

『神子の守護する魔獣はスクロールを用意するので俺が召喚せよ』と。

でも、そうすると召喚のためにはあれが必要だ。

ペルギウスに頼む事も不可能ではないが、俺の知る未来と同じなら……

 

「カボちゃん。

 メモの他にあの人から何か預かっていないかな?」

 

駄目元でそう訊ねてみる。

カボちゃんは言われるまで忘れていたように「あぁそれなら!」とたすき掛けしたポーチの中に手を伸ばした。まさぐった手が折り畳まれたものを取り出す。

畳まれたまま受け取って広げてみれば、複雑な紋様が描かれている。

そう。これ。これが必要になる。

見覚えのある術理。これは龍神謹製の守護魔獣召喚魔法陣で間違いない。

 

「よし、カボちゃん。

 ご苦労さま。

 ほら、これお駄賃だよ」

 

「ありがとうカポ!」

 

カボちゃんはチップをふんだくると、矢のような速さで駆けて行った。

そして残ったのは俺とエリス。

カボちゃんが見えなくなるとそれまで俺の隣で黙り込み、腕を組んで難しそうな顔をしていた彼女が口を開いた。

 

「また面倒事なのかしら」

 

「今回、面倒の種を撒いたのは僕だけれど。

 少し用事が出来たという意味では同じかな。

 準備が済み次第、ミリシオンに行くよ」

 

俺の答えに「ふーん」と少し気のない返事をした彼女は「付いて来て欲しい?」とこちらを試すように問うて来る。

これから相談する自分の予定。そこにエリスが付いていったらどうなるのだろうか?

頭の中で一瞬の内に状況が整理される。

 

「それは良いけど、母さまの実家に行くかもしれない。

 挨拶していくかい?」

 

「え?

 でもロキシーもよね?

 それってやっぱり不味いでしょ?」

 

「まぁ、ね。

 その辺りのことは相談して決めようか」

 

--

 

今の時間、ロキシーは洗濯場にいるはずだった。

だが既に家族の衣服がはためいて、いるはずのロキシーも母達の姿もなかった。

 

「もう、ここにはいないわよ」

 

此処まで付いてきたエリスが平然とした顔でそう話す。

いつもはもう少し長くここに居ると思ったが、違うらしい。

「そうなの?」と返すと、「当然よ」とエリス。

 

「その心は?」

 

「洗い手が4人に増えたからよ」

 

妹達は2人共大学に行っていて、パウロもルード商店で働いている。

とすると家族は俺以外に残り4人だから、誰が増えたかは消去法で判った。

 

「へぇ。エリスも手伝ってるのか」

 

「私の洗い物が多いもの。

 自分のくらい洗った方がいい気がしてきたのよね」

 

「それはそれは。

 だけど生地を傷めるような洗い方をして母さんを困らせないようにね」

 

「失礼ね。

 災害の時には洗濯場担当だったのよ?」

 

「なるほど。

 それは御見逸れしました」

 

どうやらエリスは洗濯が得意らしい。

転移災害から3年もの間、俺に下着を洗わせていた人物とは別人だとも。

 

「判ればいいのよ」

 

だが、そう考えるとエリスも忙しく動いているものだ。

朝の鍛錬、朝食、朝食の後は妹達の通学に付いて行き、見送るとそのまま街を警邏して戻ってきたら洗濯の手伝いをするのだから。

だとすると、先程のカボちゃんに気付いたのは警邏の後に偶然見かけたのではなく、洗濯後に再び鍛錬をしていたところで出くわしたという話なのか。

 

ひとしきり感心したところでエリスには応接間で待ってくれるように頼み、1人で特別研究室に向った。

洗濯が終わったのならロキシーはそこに居るだろう。

 

研究室に入ると、予想通りロキシーは作業に取り掛かっていた。

それを確認しつつもすぐには声を掛けず、まずは彼女の背中を通り越して、手にした魔法陣を保管箱へ入れる。

貴重な魔法陣。コピーを取るまでは取り扱いは厳重注意だ。

 

それから机に向かって魔法陣を描いていたロキシーを捕まえ、用件を説明して応接間へ。

ロキシーは既に座っていたエリスの隣のソファに座り、俺は彼女達の向いのソファに一人で腰を落ち着ける。

 

「龍神オルステッドにお願いしていた用事が終わったと連絡がありました」

 

俺がそう切り出すと、

 

「確かミリスの神子を助ける話でしたね。

 でも、その仕事の完了がトリガーになるようなものは無かったと思います。

 ということは『余裕が出来た』というお話でしょうか」

 

俺の報告を遮ってロキシーから彼女自身の理解度が示される。

そうやって確認してくれる事で俺の考え違いがありはしないかというのだろう。

人に教えられるくらいになれば勉強が身に着くのと同じようなものか。

 

「残念ですが違います」

 

「とすると、その後の相談ですか?

 神子暗殺を失敗させることでミリスの政治力学が働き、教皇の孫であるクリフ・グリモルがラノアにやって来て龍神のために働くのでしたね」

 

「クリフ先輩が龍神に協力するのは、生まれた子供をミリス教の権謀術数から守るためです。

 まぁそれまでも友人のために手伝ってくれる優しい人でしたが」

 

ロキシーの話を補足しつつ、胸中では『それに今のままでは彼は凡百の魔術師と大差なく、ラノアに来て多くの優秀な魔術師に出会い、世界を知らねば龍神のための魔道具を作ることは出来ないでしょうね』と付け足した。

ただ、そこまでの補足は本題から逸れてしまうので、己の中でだけに留めておく。

そして本題を切り出すタイミングは今だろう。

 

「実はオルステッドの報告書の中で逆に1つ依頼がありました」

 

「依頼……ですか」

 

その単語を不穏と受け取ったのか、ロキシーは厳しい顔つきに変化した。

 

「はい。

 神子を守るための魔獣の召喚は僕の方で行っておけ、とあります。

 時期は違いますが、僕が体験した未来でも同じ事をしましたので早めに処理せよということでしょう」

 

「これから行くという事でしょうか?

 それなら神子を助けるのもルディが行えば良かったようにも思いますが」

 

「それは違います。

 オルステッドの話振りを考えてみると、彼は過去に今回と同様、神子を助けた事があり、いつ助けに行けば良いかの最適解を持っています。

 一方の僕は神子がいつ襲撃を受けて殺されるのかを知りませんので、神子の動向を把握し続けなければいけません」

 

「ならばオルステッドにその時期を聞いておくだけでも良かったのではないでしょうか」

 

より効率的に動くならそれは正論だ。

だが、それは俺と龍神の関係が前世のようだったらという前提に立たねば難しい話。

とすると、ロキシーからは俺達の関係が前世のように映っているのかもしれない。

日記にはその気持ちが出ていて、日記を読んだ彼女もそれに引きずられている?

だからこそ次の言葉を紡ぐのは少し複雑な気分だった。

 

「それは……難しいと思います」

 

「なぜでしょう?」

 

「オルステッドにはこれまで仲間が居なかったからです」

 

「これまで……それは今も?」

 

「ええ。おそらく今も」

 

「ルディは……信用されていない?」

 

言葉は針のようで「有り体に言えばそうです」と返すのが精一杯。

俺の気持ちを他所にロキシーの確認は続いた。

 

「襲撃を阻止させたのが龍神への便宜だというのは判ります。

 ですがミリスの神子を助けたことでクリフ・グリモルがラノアへと旅立ったのなら、さらに守護魔獣を召喚する必要があるでしょうか?」

 

「これは僕が見た未来ではないので想像に過ぎませんが……。

 神子の運命は細く、多くの場合は10歳前後で死んでしまうと聞いています。

 オルステッドの知る未来の中で、神子を助けクリフがラノア魔法大学に行く事になっても、途中で神子が死んでしまうとクリフはミリスに戻って神父になってしまうのだと思います。

 それではクリフが解呪の魔道具を作ってはくれませんし、今回は僕の知る未来ともルートが変わってしまっているので、その辺りを確実にするために守護魔獣を付けておくのは妥当な処置だと思います」

 

説明を終えると、確認作業に満足したロキシーは最後に、

 

「でも厄介な案件です」

 

と事の難しさを評した。

 

「そうですね」

 

その指摘は同意せざるを得ず、短い沈黙が流れる。

それを破ったのは今まで黙っていたエリスだった。

 

「会いに行って魔獣を召喚するだけでしょ。簡単じゃない」

 

と実に気楽な様子。

ロキシーがそれを窘める。

 

「そうでもないのです。

 ルディが当たり前のように使っている転移魔法陣は禁忌の魔術。

 ザントポートくらいの田舎なら構いませんが、ラノアに居るはずのルディがミリシオンに現れて神子に守護魔獣を与えたとなれば、馬車の旅をした苦労もギゾルフィの配慮も台無しにしてしまいます」

 

「じゃぁどうするのよ」

 

「ですから厄介だと」

 

ロキシーの言う事は正しく、これは厄介な案件だ。

そしてエリスの言うように、俺が現地に行って召喚魔法陣を起動するしか手はない。

だからこそ答えは決まっていた。

 

「夜中に潜入して神子に守護魔獣を渡してきます」

 

「いーわねそれ。

 面白そうだし」

 

飛びつこうとしたエリス。

 

「そんなわけありませんよ。

 家族もろとも地の果てまででも追いかけてくる連中の懐に潜り込もうというのですよ。

 何か痕跡を残せばエリスの御実家だって巻き込まれてしまうでしょう」

 

「それは……まずいわね」

 

だがロキシーに一蹴され、お手上げの様子。

それは俺の提案に対しても同じだ。

だからこその対処方針を述べる必要があった。

 

「確かに情報も無く闇雲に潜入しても発見されてしまいます。

 ですから信頼できる伝手から情報を得て、万全の準備をして臨むつもりです」

 

「信頼できる伝手?」

「そのような人が居たでしょうか」

 

不思議そうな2人。

俺は勿体付けずに「ラトレイア家ですよ」と答えた。

 

「どこそれ?」

 

エリス……先に話をしておいたのに、今日は察しが悪いようだ。

 

「なるほどゼニスさんの御実家ですか」

 

とすぐさまロキシーが付け足したので納得顔に変わる。

そして、

 

「ですが出奔された身のゼニスさんの息子、つまりルディがずかずかと乗り込んでミリス教団に弓引くような頼み事をしたとして、聞き入れてもらうのは難しいのではありませんか?」

 

とロキシーがすぐさま異論を唱えたのは流石だと言うべきで、俺もそこまでの反論を予測して答えを用意していた。

 

「カーライルお祖父さまとクレアお祖母さま、2人共と僕は面識があります。

 そして彼らが最も望む物が何かわかっているつもりです。

 問題はその了承が得られるか、こちら側の説得が必要でしょうね」

 

--

 

ところ変わって昼食の後のダイニングにて。

 

「それマジで言ってんのか?」

 

午前中に相談した事柄の先にある説得とは、ゼニスが実家に顔を出してはどうかという提案を了承させること。

今まさに両親達に説明し終え、真っ先に意外そうな声をあげたのはパウロである。

リーリャはやや視線を宙に、ゼニスはただぼんやりと呆けている。

 

「父さまが駄目というなら、もしくは母さまが行く気がないというなら無理強いするつもりはありません。

 どうですか? 母さま」

 

「どうって。急に言われても……」

 

俺がそう直接的に問うと呆けた顔を元に戻したゼニスは困った顔で固まった。

パウロも最初だけでだんまりを決め込んで――10分程、静寂は続いた。

誰もがこの件に関して誰の意思を尊重したいのかは、その静寂が表していた。

 

ただ、この場の全員が無限の忍耐力を備えている訳ではない。

そしてただ見守る事が優しさではない。

結果として悩ませる時間を増やして辛い思いをさせる場合もある。

どういう気持ちがそうさせたのか、実のところ俺には判らない。

とにかく、この静寂を打ち破ったのはエリスだった。

 

「結婚して遠くで暮らしているから実家との関係が疎遠になった。

 これってよくある話よね。

 なら、別れた経緯が家出かどうかは関係ないと思うわ。

 会いたい理由があるなら会いに行けば良いし、そうじゃないなら行かなくて良いでしょ」

 

エリスの言葉が誰と誰の関係を指しているか。

それは言葉にされずとも、この場にいる誰にも明らかだった。

だからその言葉が俺の説得の方向と真逆でも裏切りとは感じない。

そも、あらかじめ俺がこういう台詞を言って欲しいとお願いした訳でもない。

彼女が自分で考えて、自分の意見を表明したに過ぎない。

 

「長く家を空けると帰るチャンスが無いものです。

 私の場合はルディがその機会を作ってくれました。

 久しぶりに両親にあってちゃんと結婚の報告ができて良かったと思っています」

 

ロキシーの経験はエリスより今のゼニスに近い立場かもしれない。

それもエリスに釣られて口に出来た台詞のような感じだが。

考えてみると、エリスの意見はリーリャの立場に近いだろうか。

 

そんな2人の意見表明にも微動だにせず、一点を見つめ続けるゼニスが一体何を思うのか。

残りの親達は何を思うのか。

リーリャはほぼ無表情で置物と化していた。それはまぁ妥当な態度だ。

そしてパウロは少し困った顔でゼニスを見つめていた。

 

沈黙はさらに続き、今日はもう答えがでないかもしれないと思い始めた頃。

パウロが大きな溜息を吐いて、それから天井を仰いだことで淀んでいた空気が流れていく。

対してゼニスは身を縮こまらせ、俯いた。

 

「俺がはっきり言わなきゃいけない。そんな話らしい」

 

そう言ってパウロは一瞬、俺に視線をくれて引き締まった顔で頷く。

 

「行って来いよ、ゼニス」

 

ゼニスはまだ俯いたままでいる。

 

「ゼニスよ。

 家出された側の気持ち、今の俺達3人にはよぉく判るはずだ。

 家出した子が戻ってきてくれた気持ちも判るはずだ」

 

その言葉にピクリとゼニスが肩を震わせた。

パウロは言葉を重ねていく。

 

「俺も今なら親父がどんな気持ちになったか想像くらいはできる。

 取り返せなくなって俺ははっきり言って後悔してる。

 まぁそいつはもうどうしようもないがよ。

 ロキシーちゃんも言っただろう。会えてよかったってさ。

 チャンスを目の前にして掴まなかったら、きっともっと後悔することになる。

 だから行って来いよ」

 

「奥さま、子供達の事は私に任せてください」

 

尻馬に乗ったように、いやここぞという時を待っていたかのようにリーリャが逃げ道を塞いだ。

彼女も行くべきだという気持ちなのだろう。

 

「うん……そうね」

 

ゼニスはそう言うことで気持ちを固めたらしく、

 

「私、実家で両親と話してくる」

 

という声には強い意思があった。

 

「それでいい」

 

パウロの顔には笑顔がある。

笑って送り出せるらしい。

 

「決まりですね。

 じゃぁ少し向こうと調整をしますので準備しておいてください。

 早ければ2、3日後の夜になると思います。

 それと父さま」

 

「なんだ?」

 

「父さまにも色々宿題は残っていますよ。

 どうするか、どうしたいのか、よく考えておいてください」

 

「ぉお? おぉ」

 

 

--カーライル視点--

 

コン、コン。

 

物音がしたような気がして目が開く。

目覚めは良い。

騎士としての日頃の訓練が脳よりも先に身体を動かす。

事態に的確に対応するために必要なのはまず状況把握だ。

隣で寝息を立てている妻を起こさぬように慎重にベッドをすり抜け、部屋の四隅や隠れられそうな家具に視線を投げる。

 

静かな夜。

月明りが差し込み窓際だけが白んだ部屋で十分に視界は取れている。

怪しい気配はない。気のせいか。

 

コン、コン。

 

判断を覆すような再びの音は窓の外から。

ベッドから最も離れた窓の外に何かが居る。

近づけば、小さな鳥が窓の外でキョロキョロと首を動かしているではないか。

鳥は窓越しに近づいて来る。人の存在に逃げ出すようには見えない。

 

渡り鳥や伝書鳩のような鳥ではなく、近くの森にひっそりと住むような小鳥。

魔物の気配ではないが『死の教師』の残り香、それともラトレイア家だけが生き残ったことへの怨恨かもしれぬ。

だが、どれもしっくりこない。

狙うのなら宿舎で寝泊まりするテス本人を狙うだろう。

それとも同じ事がテスの方でも起きているのだろうか。

 

……判らないが鳥はいつしか首を振るのを止め、私の方をじっと見ているようであった。

予測を正しいと感じる直観も部隊長には時には必要だ。

何にしても前に進むためには、と腹を決める。

が、その前にとベッド脇に戻って片手で剣の柄を握りしめた。

 

--

 

静かに窓を開けると、しんみりとした外の空気が部屋へとなだれ込んできた。

と共に、鳥は迷うことなく部屋へと歩み入って窓枠の端で立ち止まる。

それから片足を上げた奇妙なポーズのまま動かなくなった。

鳥が目をぱちくりさせるのが見える。

 

一体、何なのか。

ただの迷い鳥だとは到底思えない。

そこで一つの事に気付く。

足に赤い紐が巻き付いているのだ。

 

取れ、という訳だな。

と理解する。

 

良く見れば、足には金具のピンが付けられ、それによって赤い紐のようなものが固定されている。

おそるおそる鳥に手を伸ばして固定されたピンを外すと、赤い紐状の物を巻き取る。

手の中で金具の拘束を失った紐のような物は解けていった。

これは……紐ではない。

丸められた紙だ。

広げた紙にはこう書かれていた。

 

「近日、伺います。

 その時には書斎の人払いをお頼みしたく。

 ルード商店 店主」

 

小さな紙面に小さな文面。

手紙を読み終えて顔を上げてみれば、既にあの鳥は姿を晦まし、窓も閉まっていた。

 

--

 

あれから2日が経ち、クレアと2人。

いつもなら寝る時間にも関わらず、かといって何かを話すでもなく、私は遅くまでベッドで何かを待っていた。

 

すると室内に突然、あの鳥が現れる。

窓は開いていない。

 

「変ね……どこかの窓が開いているのかしら」と妻が呟くのに対し、「これはルーデウスの鳥だ」と答えながら、手を伸ばす。

鳥は迷うことなく私の伸ばした手に停まる。

 

「ルーデウスの?」と不思議そうに、しかしどこか嬉しそうな声音の妻を置き去りに考えてみる。

一昨日に文を寄越して消えたように見えた鳥。

実は部屋の中に隠れていたというのだろうか。

それともまた新たに文を携えて現れたのだろうか。

 

いや、今回は足に何もついていない。

だとすれば、これは。

文にあった、その時という訳だ。

 

「クレア」

 

「はい」

 

「シドニーに言って書斎の人払いをさせてくれ」

 

「こんな夜分。もう皆が眠っていますわ」

 

「それでもだ。

 この件、一切を教団に知られてはならん」

 

そう聞いてクレアは小さくベルを鳴らした。

ただそれだけをした。

 

数分後、書斎に灯りが点り、部屋へと続く通路の前に佇む執事は火の消えたカンテラを横に置いて、屋敷の主人に命ぜられてただ立っていた。

誰もその先へと来ぬように。

 

 

--ルーデウス視点--

 

召喚した小鳥型の神獣をルード商店ミリス支店から放ってラトレイア家の書斎へ繋がる別室に転移魔法陣と起動のための魔力結晶を設置したのが2日前。

そして今、シャリーアの屋敷で俺とゼニスが転移魔法陣の上に立ち、時間にあわせて魔法陣を起動して、転移する。

 

書斎の別室にゼニスを待たせたまま、俺は別の神獣を召喚してカーライル達の寝室へと紛れ込ませ、合図を送って別室へと戻った。

ゼニスは黙ったまま、転移した先の部屋をキョロキョロと見ている。

もしかすると、ここが書斎の別室であるとは理解していないのかもしれない。

そんな風に2人が別々の意味での観察をしている間に、屋敷の中で小さく呼び鈴が鳴り、書斎に灯りがともる。

隣室には人の気配が2つ現れ、それから少し離れて廊下に1つ現れた。

気配にそれ以上の動きはない。

頃合いとみて書斎へ繋がる扉を叩いてみると、「どうぞ」とカーライルからの返事が返って来た。

 

ゆっくりと扉を開けて部屋にあった気配の正体を一瞥する。

想像通りの光景。どうやらこちらの意図は正しく伝わっているらしい。

そして2人の視線は俺の後ろで固定されてしまっている。

だから俺はそこからを流れに任せる事にした。

 

ソファに座っていたクレアが息を飲み、口を手で押さえる様子が見える。

その手は震えているのかもしれない。

 

「おかえり」

 

無言の空気を破ったのはカーライル。

彼はソファから立ち上がると、俺の隣に立ったゼニスの前へと近寄った。

 

「あの……ただいま。

 お父さま」

 

「あぁ。

 随分と遠くまで行っていたな」

 

「はい」

 

「母さんにも言ってあげなさい」

 

促されたゼニスは頷いて未だソファの上で硬直しているクレアへと近づいて行った。

 

「ただいま、お母さま」

 

ゼニスが跪いてクレアの手を取る。

 

「ゼニス……」

 

「はい」

 

弱々しく名を呼んだクレアだったが、彼女はそこで歯を食いしばり震える手を後ろに隠したようだった。当然、ゼニスの手は一度、宙を彷徨い元へと戻っていく。

 

「沢山苦労したのではなくて?」

 

決意の声は少し力を取り戻していた。

しかし、ゼニスがそれに気付いたかどうかは背中越しでは判らない。

 

「えぇ。まぁそれなりには」

 

そんな我が母の回答はひどく曖昧で、

 

「ほら見なさい!

 私の言う事を聞かなかったからそういう目に遭うのです。

 間違った事をしたと気付いたのなら私に最初に言うべき事があるはずですね!」

 

やはりというか、何というか。

実の娘が無事で帰って来たというのに……この人は。

だが、こうなることも想定していたから怒りは湧いてこない。

この2日、そう言う事になるかもしれないとゼニスとも話していた。

心配しなくても大丈夫よ、とウィンクしていたがさてどうするか。

 

「……御変わりありませんね、お母さまは。

 話したいことが多くありますのに」

 

だからだろう。

息巻く祖母を前にゼニスはやや呆れた言葉を返す。

 

「なぜ謝れないのですか!

 私達がどれだけ心配していたのか、貴女は全然分かっていない!」

 

「分かっています」

 

「嘘おっしゃい!」

 

初めて出会った時のあの最低の印象を喚起させるに十分なやり取り。

予想していたとはいえ、取りつく島もない。駄目だ。

このままでは、今にでも親子喧嘩が始まってしまうのではないか。

そう思ったのだが。

 

「お母さまは御強いですね」

 

怒るクレアにそう切り返したゼニスの声は怒りに怯む素振りを見せていない。

というよりも何かの確信を得た、のか?

 

「何がです?」

 

俺の疑問と同じく訝し気な顔で聞き返すクレアを見るに、ゼニスの様子はきっと窺い難い物なのだろう。

 

「私は3年。

 たった3年息子が家出をしていただけで帰って来た時には泣く事しかできませんでした。

 あの時の私は自分の不甲斐なさと情けなさに後悔ばかりを募らせて。

 それと比べたら、お母さまの何と御強い事か。

 ラトレイア家を支えるという重責がそのようにさせるのでしょうか」

 

一瞬、カーライルが俺の方を見たので頷いておく。

そのやり取りに気が付いた訳ではないだろうが。

 

「ねぇ、ルディ。

 家出から帰ってきて目の前でお母さんが泣き崩れるのってどういう気持ち?」

 

ゼニスは俺に顔を向けもせずにそう質問した。

これは予め決めておいたやり取りではない。

だから居心地の悪さを感じつつつも、正直に話すしかなかった。

 

「……まぁ申し訳ない気持ちになりますね。

 それがどうしようもない事だったとしてもですが」

 

背中にそう返しても、ゼニスは振り返りもしない。

ただ前だけを見て質問は続く。

 

「そうなのね。

 じゃぁ、あなたのお祖母さまのような反応はどう?」

 

その言葉はクレアの右眼の下の筋肉をピクリと痙攣させる。

アドリブは苦手だ。俺のせいで2人の関係がこじれてしまう可能性も考えると、頭が痛くなっていく。

それでも黙っている訳にはいかない。

 

「そうですね。

 はっきり言えば今この時点でも余り良い気はしていません。

 こっちも家出したことを悪いとは判っていますから1度くらいは我慢しますけど、2度目も続けば僕には限界です」

 

「これはこれで意味があることなのよ?」

 

俺の完全否定にゼニスは振り向いて、まるでクレアを弁護するようにまた聞き返した。

なぜ俺に……。

そう思わないでもなかったが、先程の言葉から察するに今更になって家出した事を責めているのか。そう頭を捻ってみる。

 

「もしこれが貴族の建前だったとしても、貴族でない僕らにそれは必要ありませんし、仮に、まさか、もしかしてこれがお祖母さまなりの愛情表現だとしたら」

 

「だとしたら?」

 

「一度、叱っておくことで許すという態度を取ろうと思っているか。

 それとも突き放すことで、ラノアで幸せに暮らしなさいというメッセージか。

 余りにも判り難いのでどちらか断定しかねます」

 

前回の人生で知ったクレアの為人(ひととなり)を鑑みて最大限の譲歩をして答えたが、きっと巧い回答ではなかったのだろう。

クレアは口を真一文字にしているし、カーライルも動きを見せない。

どうしてくれるんだと思ってゼニスに視線を戻す。

すると驚く事に彼女は自らの口を両手で塞いでいた。

 

それでも抑えられなかったようで「ふっふっ、くす」と音が漏れる。

笑っているゼニスがまた背中を向けた。

 

「お母さま。

 私、謝るためにミリシオンに戻って来た訳ではございませんの。

 だから謝りませんわ。

 代わりに、再会をもっと噛みしめたい」

 

クレアに叱られた事も、俺とのやり取りも忘れたようにゼニスは彼女自身の都合だけを口にした。

そして彼女がクレアの腕を引き、立ち上がらせるのを目にする。

俺の視界からクレアは消えてしまったが「ゼニス?」というクレアの声から彼女が戸惑っているのは判る。

 

「両手を広げて」

 

「こう……?」

 

「ええ」とゼニスは言いながら大きく頷いてクレアの胸へ。

 

「ただいま。お母さま」

 

「あぁ……」

 

言葉にならない呻きが部屋を響かせる。

念のために、この部屋には『無音無光(スリープウェル)』が起動中だ。

存分に歓喜すれば良い。なんて解説は野暮なので口にはしないが。

 

--

 

ひとしきりの抱擁を終えた2人。

今は全員がテーブルに着いていて、ゼニスからグレイラット家の近況と他の家族を連れてこなかった理由が話されている。

俺は黙ってそれを聞いていた。

聞きながら別のことを考えていた。

 

先程見た、ゼニスの肩に頬を寄せたクレアの表情にはいつか見た光景が強く重なる。

ゼニスには上手く使われたように思うが、見たい物が見れたのだ。

怒りの感情は湧いてこない。

 

そして転移災害に家族が巻き込まれなかった以上、ラトレイア家にまつわる前世のような事件は起こらない。

つまり、俺の知る経緯でクレアの心持ちが大きく変化するルートはなくなってしまったのだ。

今は再会を喜んでくれているが、リーリャ、アイシャ、ロキシーには冷たく接するだろうし、ノルンをアイシャと比べる態度や言動が改められはしない。パウロと俺の重婚についても今後はチクチクと攻撃を受けること、想像に難くない。

 

だが、それで構わないだろう。

ラノアとミリス。遠く離れた地に家族総出で来る必要性もない。

前世とは違うが、程良い距離感で新たに親戚付き合いをすれば良いだけであり、もっと会いたいと両者が望んだ時に新たな一歩が始まるというだけでもある。

 

そもそも第一印象が最低だったのは確か。

俺は死ぬまで自分を変えられず異世界にきて、初めて変わる事ができた。

その経験から、クレアの今の性格が治るとは毛程も思えなかった。

一回死ななきゃ治らないと思っていた。

 

だが、今は違う意見を持っている。

クレアは貴族として気概を持ち、自分の想いより家としての立ち位置を優先して考えがちな人物であるものの、環境が変わればもっと肩の力の抜けた、忍耐強くて腰の悪いだけの婆さんになり得る。

そういう潜在能力を持っている。

これも俺の経験から来るものだ。

 

クレアが変われるまで待とう。

そして変われたとしても、今回のように必ずカーライルとゼニスを同席させた状況で、身形もしっかりさせてここに来る。

それで問題はないはずだ。

 

積もる話が進む中、話しの内容は俺やノルンの話に移っていく。

そんな居心地の悪い状況を見兼ねてか声がかかった。

 

「ルーデウス」

 

「はい、お祖父さま」

 

「少し隣の部屋で話そうか」

 

「助かります」

 

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書斎の脇にある別室にて。

 

「さて、ルーデウス。

 ゼニスを連れてきてくれたこと感謝する」

 

「いえ、お構いなく」

 

「てっきり窓から来ると思っていたが……」

 

「何を使って来たのかというのは知らない方が良いでしょう」

 

「そうだな。

 神子様も居る。詮索はしないでおく」

 

俺は軽く頷いた。確かにその方が良いだろう。

 

「お前も大きくなったな。

 雰囲気も見違えて随分、大人になった」

 

「まだ子供です」

 

「前に会ってからもう4年。

 時が経つのは早い物だ。いや、年を取ると毎年早くなっていく気がするものだ」

 

「そう感じられるのはミリシオンが平和な証拠。

 何よりではありませんか」

 

「……そのはずだがな」

 

カーライルは窓の外のどこかに思いを馳せたようだった。

 

「ミリシオンの権力闘争でまた娘の1人が危険な目に遭ったのだ」

 

あー。

歴史を知らぬ親の立場からすれば肝の冷える事件だった、という訳か。

オルステッドに頼んで不味いことにならないように手は打っておいたつもりだった。

だが、結果を見ればテレーズ以外の護衛は死亡している。

歴史を知っていて、取り返しの付かない事態になるのは勘弁して欲しいのが本音。

転移ネットワークを提供していることだし、オルステッドには5分前行動を厳守してもらい、余裕を持った歴史改変をお願いしたい。

 

「その話と繋がっているのだが、お前が遠からず現れるとは思っておったのだ」

 

「…………なぜでしょう?」

 

「テレーズから話を聞いていた」

 

「神子様が襲撃された後に、ですか?」

 

「そうだ」

 

「叔母さまは何と言っていたのでしょう?」

 

「その前にこちらの状況を伝えておく」

 

「お聞きします」

 

「テレーズは襲撃に現れた暗殺者を撃退したが、仲間の護衛は3人とも死に、ウェストポートへ左遷させられた。

 左遷の名目は隊の再編に合わせて神子様の護衛を強化するためだ」

 

「そうですか」

 

「だが、このような処置は本来は有り得ない。

 テレーズは想定できる中で最強の暗殺部隊を撃退し、神子様と共に生き残ったのだからな」

 

「えーっと。

 叔母さまが相手の素性、『死の教師』についてはっきりと証言できなかったということは理解できます」

 

俺が『死の教師』の単語を出してもカーライルは特段驚いた風を見せなかった。

 

「教皇派と大司教派の内部闘争を暗闘から表面化させることは出来ぬからな」

 

大きく頷くと、そこでカーライルは2本の指を立てた。

 

「だが、それでは半分しか正解ではない」

 

そういってカーライルは指を一本折り、残った人差し指を立てたままだ。

そして続ける。

 

「その事は指示した教皇派にしても、襲撃された大司教派にしても、双方にとって公然の秘密でもあるのだ」

 

「つまり、表面化しないように叔母さまが黙っていたとしても結局のところは上層部の預かり知る所だ、という訳ですか。

 なら、後は」

 

さて一体どういうことなのか。

考えても答えは出てきそうになかったが、カーライルはそこまでスパルタ教育をするつもりもないようだった。

ギブアップの意味で顔を上げると、もう1本の指が容易く折られる。

 

「襲撃側も馬鹿ではない。

 彼らはテレーズ達、護衛が『死の教師』を全滅させることは絶対に出来ないと理解していたし、万が一に備えてもいた。

 例えば『死の教師』がもし全滅するかもしれない事態になったのならメンバーの1人を離脱させる作戦だった、という訳だ。

 戦力差があり、神殿騎士の主体が水神流であるという特性、それに護衛対象という足枷。

 『死の教師』が本気で撤退すれば追撃しても全滅になるはずがない」

 

「でも、そうならなかった。

 ということは、それは護衛の力だけではない第3者の介入があったことを否が応にも示している」

 

「そういうことだ。

 しかし、テレーズも神子様もその点について頑なに否定した。

 だから騎士団は隊の再編に合わせて無理矢理にテレーズを左遷させた、という訳だ」

 

「なるほど、そして最初の話に戻る訳ですか」

 

黙秘した真実。

テレーズはカーライルにそれを話した、という事である。

 

「とするなら、叔母さまは何と言っていたのでしょうか」

 

「テレーズは言っていた。

 『ルーデウスに頼まれた龍神オルステッドが神子様と自分を助けてくれた。

 そして神子様に守護魔獣を与えるためにルーデウスはやって来る』と。

 だから私は言ったのだ。

 『テレーズよ。

 ラトレイア家の親戚にあたるグレイラット家が襲撃を予知し、龍神を使って襲撃を完璧に防いだと知られれば、ラトレイア家にもグレイラット家にも悪い目が付くことは避けられない。だからすまないが、その件、公けにしないでおくれ』とな」

 

「叔母さまはご指示に抵抗されなかったのですか?

 自分のキャリアに瑕がつくことを厭わなかったと?」

 

「命を助けてもらったのだと喜んでいたよ。

 それにあの娘は騎士である前にラトレイア家の者、すなわち貴族だ」

 

「なるほど。

 現状をそこまでご理解されているのなら、こちらも切り出し易いです」

 

「頼みがあるのなら言ってみなさい」

 

「まずは神子様のお住まいをご教示願います」

 

「神子様に会わせて欲しいとは頼まないのだな」

 

「ラトレイア家の力を使って僕が公けに神子様に会ってしまってはお祖父さまのお心添えも叔母さまの左遷も全て台無しになってしまいますから」

 

「良かろう。

 神子様の居場所を書き記したシルバーパレスの図面を用意する。

 ただしだ」

 

そこでカーライルは一度言葉を切る。

ただし条件がある、という事。

その条件とは、

 

「警備を無視して、神子様のところに潜入するというのなら実行は来月以降にしなさい」

 

という奇妙なものだった。

だが、俺は疑問をぶつけずに全て承知していますと判るように頷きながら「判りました」と返した。

カーライルがわざわざ言葉を切って条件を説明したのはきっとそれが俺の理解できない理由だと思ったからで、もし俺が質問すれば答える用意があったからだろう。

 

でも俺には理由が判っていた。

答えは至極簡単。カーライルの出した条件の意図。

それは、つまるところラトレイア家の関与を疑われないようにするために必要な措置なのだろう。

 

 




-11歳と6か月
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