無職転生if ―強くてNew Game―   作:green-tea

1 / 125
今回の内容には多分にオリジナル設定が含まれます。
・タルハンドと会話してロキシーが自分の未熟を悟る
部分は原作では語られていません。拙作のオリジナルとなります。あらかじめご了承ください。


第1章_余念のないルーデウス編
第001話_振り返り


---強く前に進むために後ろの壁を蹴り上げる---

 

甲龍歴436年、俺が29歳の頃の話である。

 

出張から帰ってきた俺は帰還の報告をしていた。

 

「……以上で報告を終わります」

 

そこで一旦、椅子の上で背筋を伸ばし直す。

残念ながら目を瞑ったままの報告相手から返事はない。

 

「それでですね。

 次の計画の日程が判っていれば教えていただければ」

 

やや早口でそう述べたのは過去に幾度か口にしたことのある言葉。

その後に続くのは「また必要な時には招集をかける」という返事だ。

しかし、今回はその予想に反する物だった。

 

「その件についてだがな」と報告相手のオルステッドが目を開ける。

 

「暫くの作業には目途が付いた。

 既知の出来事の内、先行して意味ある物はないだろう。

 次の招集は5年後を予定している。

 それまでゆっくりと休むが良い」

 

「オルステッド様はどうされるのでしょう?」

 

「まだ知らぬ事項についての情報収集は傭兵団を使って調査しつつ、俺自身が各地を回る予定だ」

 

「お手伝いできることはないのでしょうか」

 

俺の言葉を受けたオルステッドは腕を組んでほんの僅かに思案した。

当初はこの顔が難しい顔・隠し事をしている顔と思っていたが単に黙考しているときの顔ということが今ならわかる。そう思うと自然と助けたい、何か力になりたいと口から言葉が零れていた。

 

「いや、いい。

 お前にはいろいろ助けてもらった。

 こちらから連絡するまで好きに生きるがよい」

 

「左様ですか」

 

瞑想に戻るオルステッドは話し終えたようだ。

 

「いろいろお世話になりました。

 今回のループでヒトガミを倒せるとうれしいです」

 

思わず本音が漏れる。

これに対して「そうだな」とオルステッドは少し(まなじり)をあげながら答えてくれた。相変わらず恐ろしい顔で、長い付き合いがなければ別の意図を感じたかもしれない。だが彼が少し嬉しそうにしたのが判った。

ここまで上手く行ってもヒトガミを必ず倒せるというわけでもなかろうに、と考えながら俺は立ち上がり、辞去の言葉を述べた。

オルステッドは手をあげて返事の代わりにしたようだった。

 

 

事務所を出て家に帰る途中、これから何をしようかと考えた。

オルステッドの計画にも一息つくことができ、ルード傭兵団に任せておけば俺が大きく動くこともほとんどないという。この人生は前回の真っ暗な人生に比べたら本当に良い人生だった。でも後悔もあった。俺はこの人生に満足して良いのだろうか。

俺が満足している分、不幸になった人もいるのではないか。嫁たちに何と説明しようか。隠し事をするつもりもないが何か目標を立てて人生を歩んでいきたい。子供たちが立派なお父さんと思えるように。ヒトガミとの闘いは本当に勝てるかどうかが判らない、俺がこれだけ尽力してもダメならオルステッドはまたこの世界をループし続けるのだ。

 

家に着いて家族を見る。皆が幸せな顔で暮らしている。これは俺の努力の結果という事ができる。母さんのことを(ないがし)ろにしたつもりはないが、いつものループならもっと幸せな生活だっただろうとは思える。そのことを考えると、やや気持ちが滅入る。これは失礼な考えかもしれないけどな。

そんな風に考えたせいで少し欲が出てきた。いやここで満足するのが俺の最初の人生の悪い癖だったんだ。変に天狗になってその後に失敗する。この世界に来てそれを克服しようとして大きな成果が出たんだとも思う。だがまだやれることはいくらでもある。俺がこのファンタジーな世界でやりたいことはたくさんあるはずだ。

それをやろう。そう決めた。

 

--

 

「あ、ルディ、お帰りなさい」

 

「うん、ただいま」

 

廊下でばったりシルフィに会ったので、がっしりと抱きしめた。

 

「んふふ」

 

顔を真っ赤にすることはなくなったが、うれしそうな彼女。

シルフィはやっぱりかわいいな、と思いながら俺は出迎えたシルフィとリビングのソファに並んで座った。

そしてこんな言葉が口をつく。

 

「なぁシルフィ」

 

「何かな?」

 

「もし転移事件が起こらなかったら、いや起こったとしてもその被害にあわなかったらどういう人生になったと思う?」

 

俺はちょっと突拍子もないことを聞いたんだろう。

何かに期待を膨らませていた彼女の表情がやや曇る。

 

「どうって……どうかしたの、ルディ?」

 

彼女は戸惑っている。こんな突拍子もないことを俺が言い出したから何か裏があるんじゃないかと思ったのかもしれない。

 

「いや、今まで目先のことばかりに追われていたからさ。

 ちょっと振り返ろうと思って」

 

「ふぅん。そうだねー」と口に指をあてるシルフィ。

一瞬、話にくい事を訊いてしまっただろうかと内心を焦らせた俺に。

 

「ルディが家庭教師から帰るのを待って、それで帰ってきたときにボクは『こんなに自立した女の子になったんだよ!』って言って、そしたらルディが『よく頑張ったね』って褒めてくれるの。

 ボクはすごい幸せな顔して父と母とルディの両親がそれを笑顔で見てて……それから2人で大学に行くの」

 

と恥ずかしさで爆発しそうな妄想がぶちまけられる。

でもそんな風になったかもしれないな。

 

「うん。

 帰ってきたとき俺がボレアス家に婿入りするって言ってたらどう思った?」

 

「ええっ!?

 あぁそうか……そうなるかもしれなかったのかぁ。

 そうだね。泣いたと思う。嘘つきーって」

 

涙でグシャグシャになった12歳くらいのシルフィを想像する。やっべぇかわいいだろうな。

 

「それでもきっとルディは約束の大学のお金をだしてくれるからボク一人で大学にいったかもね」

 

「俺のほうについてきて2人でボレアスに雇われるってパターンは?」

 

「どうかなー。だってエリスとラブラブになってるルディとでしょ。

 自立心が芽生えてるボクならもうついていかないで大学かダンジョン探索にいってるよ。貴族とか王族の政争に関わるなんて絶対無理だもん」

 

転移事件に関わらなければ、フィッツ先輩は出現することはなかったわけだ。

無詠唱であれだけの能力があれば仕官の道も閉ざされてはいないけれど、普通は冒険者だよな。俺だってそう思うよ。

 

「そうか、そういう状況になったら俺はどうするんだろうか。

 親父の立場も考えると難しいけど、シルフィと別れる選択肢は取らないと思う……」

 

いや思いたい。

 

「家庭教師時代はエリスといちゃいちゃしてたんでしょ?

 ボクがいたのにさ」

 

話しながらシルフィのむくれ顔がプイとそっぽを向いた。

 

「うぐ……一応距離感は保ってたと思うけどね。

 転移事件で3年間旅をするまでは、エリスに好きって思わせてもこっちから好きだって言わなかったよ。

 シルフィにだってまだ好きっていってなかっただろう?」

 

「そうだね……なんで言ってくれなかったの?」

 

当然とも言える疑問。

なんでだっけな。一応の理由があったような。

と子供の頃の記憶を探す。

そう、それは緑の髪の少女が放った『普通にしてて』という言葉が始まりだった。

 

「あぁそうだ。

 シルフが本当はシルフィだったって事件あったろ?」

 

「うん」

 

「あの後、シルフィが『でも普通にしてて』って俺にいったんじゃないか」

 

「そんな事を言ったような気はする、かな。

 でも、それと好きって言わないこととちょっとつながらないんだけど」

 

「普通にしててっていうから、あの事件の前みたいに女の子扱いしなかったんだ。

 なるべく男友達みたいにしようってね。結構つらかったよ」

 

あれは変に特別扱いしたらイヤだって意味だと考えた結果だった。

 

「そっか、だから好きだって面と向かってはいってくれなかったんだ」

 

「そう言う事」

 

納得を得られたと判断し、肩を引き寄せようと手を伸ばす。

だが、その手が彼女の肩に触れる直前。

彼女が呟いた「でも、そういえば」の言葉に急停止を余儀なくされる。

 

「パウロさんには『ボクのこと可愛い子だね』って話をしてたよね」

 

したかな?

うん。多分、した。

 

「うん。したね」

 

「あれうれしかったなぁー。

 パウロさんは私に『言ってあげなさい』って言ってくれて」

 

チラっと横目で見つめてくるシルフィの目はなぜか笑ってない。

区切られた言葉の先には『どうして言ってくれなかったのか』という疑問が含まれていた。

 

「あぁだってさ。

 『普通にしてて』っていうからそういうことは言わなかったんだ。

 俺は鈍感なフリをするってワケだよ」

 

と、ついつい口を滑らせた。

すると「へぇー。そういう意図があったんですか」と急に口調を変え、立ち上がるシルフィ。目もロキシーみたいなジト目になっていた。

怖いですよシルフィさん。

謝った方が良いだろうか。わからん……。

等と悩んでいれば、彼女がストンとまたソファに座り直した。

 

「ボクはどうして欲しかったのかなぁ。

 あの時はまだ7歳でそういうことを深く考えてなかったし。

 でも、ルディとずっと居たいって思ってた。

 依存してたのかな……」

 

少し話がループしてきたな。別にいいんだけど。

 

「そうやって考えると、俺が家庭教師に出なくてもシルフィとはちょっと距離をおかなきゃいけなかったみたいだね」

 

「うん。そうだね」

 

「じゃぁ家庭教師じゃなくてダンジョン探索にでもいって金策して、その間にシルフィが自立するって流れだったら今頃2人だけで大学に行って幸せにしてたのかな……」

 

そうか、あの時パウロにアルバイトの斡旋を頼んだからおかしくなったんだな。それが俺のミスか。しかも俺は自分がシルフィに依存してるって気づいてなかった。パウロがあのような行動に出たのも俺の考慮不足の結果だと言える。なるほどな。

俺にはいろんな知識があった。ナナホシはそれで一財産築いてあとは好きに研究しているって言っていた。俺はあの時まで無職ニートで金を稼ぐ自信がなかった。ナナホシだってただの女子高生だったっていうのに俺はとんでもなく臆病だったわけだ。経験値で言ったら俺のほうがあったに違いない。そこも俺のミスってわけだ。

 

「ありがとう。参考になったよ」

 

「どういたしまして」

 

シルフィとの雑談は終わった。

 

--

 

夕食の後にリビングにロキシーが座っていたので声をかける。

 

「ちょっといいですか?」

 

「どうしたんですか?改まって」

 

「昼にシルフィとも話したのですが、少し落ち着いたから昔を振り返りたいと思いましてね」

 

「そうですか。

 で、何をお話しすれば?」

 

「そうですね。例えば、俺が先生に無詠唱ができることを隠していたらどうなっていました?」

 

「ルディが力を隠していたらってことですか?」

 

「うーん、既にあの状況になった時点で両親は俺が中級魔術の『水砲』が使えるって知ってましたからね。魔術の基本的な力は隠さなかったと思います。ただ先生が落ち込まないように威力や速度は少し落としてましたけどね」

 

「……やっぱりあの時もちょっと手加減していたんですね」

 

あ、悲しそうな顔してる。内緒にしておくべきだったかな。先生にこんな顔させるなんて俺はなんて嫌なヤツなんだ!

 

「そうですねぇ。無詠唱と知らなくても、3歳で中級は異常です。威力も速度もあれだけあれば、私はあなたをやっぱり天才と認めていたと思います」

 

「もっとずっと威力と速度を抑えてなんとか中級が使えるくらいだったら、その限りではなかったと?」

 

「どうでしょうか……その場合は秀才くらいには思うかもしれません。まぁ人族は魔族の私からしたら生き急いでいますからね。あの時ほど驚くことはなかったでしょう」

 

なるほど、俺は力を隠すことに失敗していたわけか。こんなチートと比べられてシーローンのパックス王子は相当気の毒だったな。それが俺のミスか。でもロキシーとは知り合っておきたいから両親に魔術が使えることを露見させるのはミスではなかったと思う。ずっと隠していたら魔術教本の知識だけで、上級までの魔法しかわからなかったわけだしな。

 

「2年間、家庭教師をしていただきましたけど……そうですね。

 例えば1年で聖級になっていたら、ロキシーはどうしていました?」

 

「えぇ……1年で聖級ですか。

 その場合は旅費が足りなかったのですぐに旅立つことはなかったと思います。

 そうですね。幼い貴方をつれてダンジョン探索や森に入ってのフィールドワークをしたと思います。都合が合えばパウロさんとゼニスさんも連れて」

 

なにそれ楽しそう。いや絶対楽しいわ。なるほどな……ロキシーとずっと居たくてダラダラしていたのは俺のミスだったんだな。チクショウ、俺ってやつは直ぐに手を抜きたがる。なんてこった。

 

「それは楽しそうですね。でも1年で聖級はさすがに無理だったかな……」

 

一応、自分のフォローを入れる。先生に情けないヤツとは絶対に思われたくない。

 

「ダンジョン探索で集まったお金は山分けして、それで貯まったお金でやっぱり旅に出たと思います。

 シーローンの宮廷魔術師になって……そうですね……私もパックス王子をルディと比べずに教えることができていたら……そう思うと後悔があります」

 

その点はどうやってロキシーに考えてもらえばよかったんだろうか。

 

「もし1年で聖級になっていたら、パックス王子を教えるときに比較していたと思いますか?」

 

「1年でも比較していたと思います。初めての生徒がルディだったので私は教師としておかしくなっていました」

 

俺の存在がそこまで影響しているのか……でもこれはどうすればいいんだ。俺が最初の生徒じゃないようにするなんて俺の力が及ばないからどうしようもなくないか?

 

「うーん。どうすれば先生に変な先入観を与えずに済んだのでしょうか。

 俺が原因なら俺が違う行動をとることでどうにかなったと思いませんか?

 例えば、パックス王子の良いところを見つけられるようになるにはどうすればよかったか、とか」

 

俺の中で答えが出ないことは先生に甘えて素直に聞いてみる!それが俺スタイルだ。

 

「そうですね……私が教師として自分が未熟だったと理解したのはパックス王子から離れて少ししてからでした。何もかも彼のせいにしていたのを今では情けなく思っています。

 あの後、転移事件を知り、エリナリーゼやタルハンドさんと出会ってルディを捜索する旅をしていたのは知っていますよね?」

 

「えぇ、たしかリカリスまで俺を探しにきてくれたんですよね」

 

「そうです。実家に顔をみせてから、さらに魔大陸の北西へ他の転移者を探しにいったんです。

 そこでキシリカ様に『ルディは北方大陸にいる、ゼニスはベガリット大陸の迷宮にいる、他はパウロさんといる』って教えて頂きました」

 

その時、一度ロカリーとロインには顔を見せていたんだな。知らなかったな。

 

「クラスマの町まで行って、エリナリーゼはルディに会うためにバーディガーディ様と海を渡って北方大陸へ。タルハンドさんと私はそこからミリスまで2人旅でした。タルハンドさんはS級の冒険者でそれなりに凄腕でしたが、魔術の才能は平凡に感じました」

 

たしかにタルハンドの魔術がすごいなんて思ったことはない。

 

「タルハンドさんにS級になるのにどのような苦労があったのか旅の途中でお話をお聞きしたんです。そうしたら、『儂はたしかにお主よりは魔術の才能がないが、これでも自分の居た世界では天才の部類じゃった。そのせいで鍛冶のスキルを磨かず村を出るハメになったんじゃ』って。

 そこで気づきました。平凡なわけがないって。彼はS級冒険者なんだ、パックス王子だって十分天才の部類だって。ルディが化け物みたいな天才なだけだったんだと。そもそも私もこういっては何ですが、天才の部類で鼻っ柱が強くて失敗したのに、パックス王子の気持ちをなんで汲めなかったのかって」

 

へぇ。それで途中で鬼神とあっていてバーディガーディはおらずエリナリーゼだけが俺に会いに来たってわけで。先生がジーナス教頭と仲違いしたのも自分を天才だと思っていて鼻っ柱が強かったからか。ふふふ、なんか飲み込めてきたぞ。

 

「つまり、先生の教師としての自信をもっとボキボキにおっておけば、パックス王子で失敗しなかったかもしれないってことですか?」

 

「う……なんかイヤな言い方ですね。今でもそうですけどルディは私をすぐに(おだ)てますからね。煽てやすい私の性格の問題かもしれませんけどね。

 うん。私は魔術師としてはあなたと出会って鼻っ柱が折れましたが、教師としては自信をもつようになりました。それは間違った自信であったんですね」

 

俺はロキシーと仲良くなりたくて煽てていたが、それがロキシーにとっては害となっていたんだな……それが俺のミスか。

 

「でも先生はご自分で失敗してすぐに落ち込みますからね……ああしないと仲良くなれなかったんですよ」

 

チョロかったともいえる。

あ、なんかムっとしてる。かわええな。

 

「ぐぬぬ……もう昔のことはいいんです。

 結論としては、私の教師としての自信もへし折ってくれれば良かったということです。わかりましたか?」

 

「あ、はい。判りました。俺のせいでいろいろ辛い思いをさせてすみませんでした」

 

なんか、先生っぽくまとめられたが、結局どうやって扱っていればロキシーの教師としての自信を喪失させることができたんだろうか。

1年で水聖級魔術師になって家族とダンジョン探索にいき、パウロやゼニスから見てロキシーの指導が良くないって思わせるのが良いかもしれない。先生はこういう風にいってました、みたいに俺が生意気をいってパウロに叱られる。そうすればロキシーが恐縮してくれるかもしれない。もしくはゼニスの家庭スキルを褒めて、ロキシーはできないんですか?と無邪気に言って女としてのプライドを少々刺激し、先生っていっても未熟なんですねなんて気づかせる。少し難しい気もするがその方法はアリのような気がする。

 

「そうだ先生。もし転移事件が起こらず、俺がボレアスかノトスでアスラ王国の政争に関っていたらどうしました?

 助けてくれましたか?」

 

「そうですねぇ……ルディの頼みでもあまり関わろうとはしなかったと思います。ルディの子供の家庭教師で呼ばれたら会いに行っていた可能性は高そうですね。なにせあのルディの子供ならもっととんでもない魔術師になるかもしれないって思っていましたからね。それで住み込みで住むうちに私もお妾さんになって……うふふ」

 

声に出てますよ奥さん。

 

「ルディはアスラ王国の政変に昔から興味があったんですか?

 アリエル様を助けたのもその一環なのでしょうか。ちょっと意外ですね」

 

「いえ、俺はノトスにもボレアスにも興味はありませんでした。

 アリエル様をお手伝いしたのもオルステッドの意思によるものです。

 ただ、転移事件がなければエリスと結婚してボレアスの中で長男のジェイムズさんを打倒し、エリスのお父さんのフィリップさんを助けていたと思います。

 そして因縁があるノトス家と対立していたと。そんな感じです」

 

「はぁ。そうしていたらルディは上級貴族でフィットア領の領主か大臣ですか。

 それはそれですごいですねぇ……」

 

「俺には魔術の才はあっても、駆け引きの才能がないのでフィリップさんにお任せだったと思いますけどね。実力部隊です」

 

「そうでしょうか? 私はそうは思いませんよ。

 ルディには今もたくさんの仲間がいます。

 つまり、アスラ王国でもすごい勢力を従えていた可能性があると思いますよ」

 

「先生に言われると、なんだか照れますね」

 

その後も少しロキシーと話していたけど、振り返りというかただの思い出話になってしまった。ロキシーも楽しそうだったから別にいいんだけど。

 

--

 

翌日になって朝のトレーニングが終わり戻ってくると、シルフィは家事で忙しそうにしていた。少ししてロキシーも今日は学校へと出勤していった。だったら、子供と遊ぼうかなと考えてジークを探しているとエリスに話しかけられた。

彼女から話があるときとは剣の話かノルンの成長話か夜の営みの話なんだが、今日は違っていた。

 

「昨日、ロキシーと楽しそうに話していたけど何を話していたの?」

 

「あぁ昔の話とタラレバを少しね」

 

「それってシルフィとも話していたってことと関係があるの?」

 

どうやらシルフィは俺と話したことをエリスに伝えたらしい。

 

「うん、オルステッドとの仕事も一段落ついたからね。

 あわただしかった毎日を振り返っているんだ。

 当然、エリスとも話したいと思っているんだけどどうかな?」

 

エリスだけのけ者にしようとなんて思ってないよ。そう態度で示してみる。

 

「あたしは、いいわ。今がよければ昔の難しい話なんてされても困るもの」

 

「そう言わずに、俺のためだと思ってさ」

 

「し、しょうがないわね。いいわ。相談に乗ってあげる」

 

「ありがと」

 

暴力がなくなればエリスもツンデレになるだけだ。ツンデレマスターの俺の掌で転がるが良い。

 

--

 

リビングまで移動して、二人で並んで座った。

 

「それで何を話せばいいのかしら」

 

「そうだね。もし俺が家庭教師としてロアに行かなかったらエリスはどうしていたと思う?」

 

「えっ、どうしていたのかしら……ギレーヌ相手に剣術を覚えて冒険者になったと思うわ。

 だってお父様もお祖父様も私に貴族の子女としての生活を期待していたとは思えないもの」

 

「でも一応、作法の授業があったじゃないか」

 

「そうね。それでもエドナの授業も10歳までやっていたか怪しいわね。

 それで誕生日にダンスも出来ずに大恥をかいていたはず」

 

「なるほどね」

 

たしかに、フィリップもそんなようなことを言っていた。剣術を教えて冒険者にでもなってもらおうとか。

 

「でもそれじゃぁ。ヒルダさんが悲しむんじゃないの?」

 

「お母様はそんなこと気にしないと思うわ。

 たった一人の娘だったけど、少し持て余し気味だったもの」

 

「そうか。

 シルフィもロキシーもエリスも冒険者になるんだったら、ギレーヌもいれて全員が出会って4人で女パーティを組んでいたかもしれない」

 

「それは楽しそうね。ノルンも入れたら最高かしら。

 前衛2人に回復もできる魔術師が2人、それに吟遊詩人。

 かなりバランスがいいもの」

 

女ばかりのパーティか。さぞ有名になっただろう。

 

「じゃぁ、俺が家庭教師になるけど転移事件が起こらなかったらどうなってたと思う?」

 

「……お父様とお母様の勧めでルーデウスと結婚していたわ」

 

まぁ大胆。さすがエリスの旦那! あたしこんなに愛されていたのね。ドキがムネムネしてきたわ。っと話を現実路線に戻さなきゃ。方向修正していこう。

 

「でも俺の家庭教師の期間は俺が12歳、エリスが14歳までの5年間だったわけで、そこで一旦帰ることになったと思う。それで俺はシルフィと7年間の魔法大学留学に行く予定だったんだ」

 

「へぇ……そうだったの。シルフィと。

 なら私もついていったでしょうね。もしくはギレーヌと剣の聖地にいって、そこからあなたに会いに行くの。なんだか今と変わらないわね」

 

「俺は男としての自信を無くしてないだろうから、そんな風にしてたらシルフィとすぐに相思相愛になっちゃうはずだけどそれでいいの?」

 

俺はなんてことを言っているんだ。

……いや大丈夫。エリスの旦那はそういうの気にしないはずだぜ!

 

「やっぱり今と変わらないじゃない。

 でもそうね。シルフィがルーデウスの初めてになっていたら、あたしはどうするのかしら……考えたくはないわ」

 

エリスの中で俺と初めてをしたってのは相当なアドバンテージになってるんだろうか。そう考えると愛おしくてたまらなくなってくる。

 

「でも転移事件がなければ、ルイジェルドと会えないのね」

 

表情に影は無く、辛そうとは無縁だったが、しかし言葉の中に惜しさがあった。

ルイジェルドはエリスの良き理解者で、今やお父さんみたいなもんだろうからな。この場合はフィリップがいるからいいじゃないかって思うのは無粋なんだろう。

 

「そうだね……ルイジェルドさんに出会って立派な戦士だって言ってもらうには15歳までに彼に出会って、一緒に旅をする。そんでもって成長をみてもらわなくちゃいけないもんな。

 ボレアス家を出て冒険者になるっていっても15歳までは長旅を許してもらえるとは思えない。ましてや魔大陸に行くなんてちょっと非現実的だ」

 

こうやって考えると、エリスとの人生でミスしたのってあんまりないな……いや、初めての時に好きだって言わなかったことと1人だけ爆睡してエリスが出て行くことに全く気付かなかったこと、さらに置手紙の内容を完全に勘違いしたことの3つか。あの三連コンボはとんでもないミスだった。

 

「参考になったよ。ありがとうエリス」

 

「よかったのかしら。よくわからないわ」

 

そう言いながらも満足気に見える。さて、過去を振り返ってやり直すわけじゃないけども、嫁の意見を参考にしつつ、これまでできなかったことを俺なりに考えていこう。

まずは目標設定!転生前にはやったことなかったが、よくインターネットの掲示板サイトで見たことがある。PDCAを回すことはきっと大事だろう。

 

 

 




次回予告
誰しも苦手なものの1つや2つはあるものだ。
生きる上でどうしても必要なスキルでないなら?
『向いてない』の一言で片づけて、得意を伸ばした方が効率的。
でも自分の子供にそれを言えるだろうか。

次回『苦手分野の克服1_治療魔術』
目指すは言動の一致。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。