闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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大破する戦車

 ここはオラリオの神会。今ここは、闇派閥を打ち倒すための有力な神々や眷属による作戦会議室となっていた。

 

 「それで次の我々の対応だが………。」

 

 作戦会議の陣頭をとるガネーシャはつくづく困り果てていた。

 リヴィラからの定期報告は遅れ、それに対する偵察の第一陣の報告もまだ上がって来ない。偵察はすでにその日の帰還予定時刻より遅れている。あからさまに異常事態だ。にも関わらず出席する神々の緊張感が著しく、薄い。それどころか、敵が捕まってないにも関わらず利益を追求してダンジョン封鎖を解く声すらも上がっているのが現状だ。無能な味方程厄介な存在はいない。

 

 賢神ガネーシャですら、時には選択を誤る。生物とは個体数が多いほど、逸脱した個体が現れやすい。まさかオラリオの闇がここまで深くなっているとは、彼にすら予想外だった。そしてそれは最初で最後の、あまりにも致命的な見込み違い。ガネーシャはロキの精鋭が帰ってこない理由を、薄々察している。しかし、それを口に出すとロキが錯乱しかねない。

 

 そして、件の敵の作戦を推測するための頭脳として期待していた道化師(トリックスター)と呼ばれるロキは、眷属から連絡がないことに不安を感じて浮足立ってる。ロキは戦力を出陣させて敵を撃滅することを主張したが、町の防衛が最優先であるため当然受け入れられるものではない。そのためにロキは会議でも上の空であった。ロキが眷属を可愛がっていることは周知の事実である。ロキが平静であったのなら、高い知能を持つロキはカロン達の思惑をあるいは容易に看破していただろう。

 フレイヤは相変わらず自分の興味の薄いことにはさほど思考を裂かない。

 他の娯楽主義の神々は、ロキの眷属の実力を過信して定期連絡が遅れていることを楽観視している。彼らは敵がロキファミリアを撃滅するほどに強力だと思いたくない。彼らは自分の信じたいものしか信じない。

 

 彼らと闇派閥の決定的な差は、思考する習慣と危機感である。

 闇派閥は思考を続けないと生き残れない。いつ危機が襲い来るかわからない。事実から目を逸らしても現実は変わらず、対応が遅れてより多くの血を流すだけだと理解している。それを嫌と言うほどに思い知らされている。

 対する神々は娯楽に溺れて、面倒ごとをさっさと片付けたいと考えている。

 その差がここに来て、オラリオの命運を分ける決定的な要素となっている。

 

 ガネーシャ達の速攻による致命的なミス、それはオラリオ全体に闇派閥の危険性が浸透しきっていないことだった。オラリオはロキの眷属の実力を過信しきっている。ロキの精鋭であれば、危険な闇派閥を撃滅できると信じている。

 信頼と言葉にすれば美しいが、それは思考放棄と油断以外の何物でもない。

 

 物事はつくづく、わからない。

 それはガネーシャが、信頼性の高いロキファミリアという人員に任せたことによる弊害。彼らは信頼性が高い人員に任せたが故に、次の行動が遅れているのである。彼らはまさかリヴィラが全滅しているとは考えない。

 そしてそれは今現在はカロン達の有利に働き、時間が経つに連れてカロン達に不利に働く。時間が経つに連れて脳天気な彼らであっても不安感を抱いていく。

 

 オラリオに住まう神々は危険な闇派閥の機先を制していたはずなのだが、いつの間にか後手に回っていて、尚且つそれに気付かない。

 もうすでに目前に、悪魔が先導する死者の怨念の集大成が迫っていることに、弱者の生への妄念が迫っていることに、気付いていない。

 死者は復讐などという破滅の願いなんかに決して力を貸したりはしない。死者が力を貸すのは、生者の切実な生への執着だけ。屍はいつも、自分のようになるなとひたすらに身をもって叫んでいる。

 

 そして会議は明確な打開策を提示しないままに終了を迎える。

 

 ◇◇◇

 

 「おい!!いい加減にしろクソエルフ!!お前は脳みそが腐ってんのか!!」

 「ンガガォッッ。」

 

 カロンは三日連続寝坊する捕虜に呆れ果て、頭を足で小突く。

 横になっているリューは驚き、鼻の穴を大きく広げて息をする。

 リューは顔を真っ赤にして飛び跳ねて起きる。

 

 「お前本当にどうなってんだ!?昨日穴を必死に掘っていた他の奴らでさえも、とっくに起きて穴掘りを始めてんだぞ!?脳みそ、本当に入ってないのか?捕虜という言葉の意味を理解出来ていないのか!?」

 「少しだけです。ほんの少しだけ、寝坊しただけです。

 「あん!?ふざけんな!!もう何時間経ったと思ってるんだ!?お前は俺達が昨日痛め付けたから、多少大目に見てやったら、一体いつまで寝つづけるつもりなんだ!?俺達はすでに三時間前には起きてるんだぞ!?」

 

 ◇◇◇

 

 彼らは起きて、穴を掘りつづける。カロンはやはり、思考する。

 

 ーー新たに三人人員が手に入ったのは大きい。予想より早く、穴を掘り終えれる公算が高い。しかし、人数が増えればその分食糧は早く枯渇する。おそらくは後一回食糧を取りに戻れば掘削が終わるまで持たせることは可能だが………。これは俺のミスだ。昨日のうちに食糧をリヴィラに取りに行っていれば敵と遭遇する可能性は存在し得なかった。そろそろ俺がリヴィラに一度取りに戻るべきだ。急げば今日中に行って帰ることが可能だ。しかし………敵の動きは気掛かりだ。連中が戻らなければ、奴らはいつ頃動き出す?敵はいつ頃の帰還を予定していた?俺が食糧を運搬する帰り道に新たに偵察として送り込まれた人員と遭遇する可能性はどの程度存在する?

 

 カロンは穴を掘る新たな三人の元へと寄る。

 

 「おい、お前ら。お前らはリヴィラ偵察からいつ頃の帰還を予定していた?」

 「………なぜそんなことを聞く?」

 

 三人を代表して、デルフがカロンに問い返す。

 

 「………お前らにはどうでもいいことだろう?」

 「………俺達は穴掘りをすることだけを条件にお前らに従っている。」

 

 カロンとデルフ達三人の間に緊張が入る。

 

 「カロン、こいつら埋めんのか?」

 「………待て、レン。少し考える。」

 

 カロンは考える。さほど考える時間の余裕はない。

 

 ーーどうする?どうすればいい?どうすればベストだ?早ければ敵は今日中に新たな敵を送り込む。仲間に食事を我慢させて、無理矢理強行軍で穴を掘るか?偵察は消すべきか?リヴィラ全滅の報が伝わるのが遅れれば遅れるほど、俺達にとっては状況がマシになると言える。しかし次の偵察は間違いなくヤバい奴だ。どうすればいい!?

 

 ーーこいつらを拷問して情報を吐かせるか?いや、それはどうするべきか早々に決められることではない。こいつらは今現在明確に、掘削要員として俺達の役に立っている。現状で役に立っている人員を、不安定な情報を得るために拷問で使い物にならなくすべきではない、か。

 

 ーー時間はない。どうするか決めておかないといけない。俺達が全員でかかれば、レベル6でも単体の相手であれば、互角に戦えるはずだ。偵察を首尾良く消せれば、俺達は多少であっても時間が稼げる。………覚悟を決めるべきか。そうなると、敵が送り込んで来る偵察に当たりを付けて、戦術を前もって練っておく必要がある。

 

 カロンは仲間の元へと向かう。

 

 「聞いてくれ。レンとバスカルは一時的に作業をやめて休憩してくれ。お前らガネーシャの三人は作業を続けろ!」

 「どういうことだ?」

 

 レンが寄って来る。

 カロンは渋面を作り、答える。

 

 「次の偵察はいままでよりもおそらくはヤバい相手だ。敵の人数次第だが、基本的に高確率で戦闘が起こる。お前達は敵と戦う際の主要戦力だ。休んでてくれ。」

 「ハンニバルはいいのか?」

 

 バスカルが問う。

 

 「ハンニバルはここに残って、エルフとガネーシャの奴らを見張る。ステータス封印薬を打ち込んだ上でな。今日は戦闘が起こらない可能性もあるが、万一に備え用心をしておいてくれ。戦闘に参加する人員は、俺が指揮、レンとバスカルが前衛を務め、クレインが後衛で回復と足止めの役割だ。敵は相当ヤバい相手の可能性が高い。回復薬もリヴィラから持ち出しているが、あまり宛てにしないでくれ。」

 「ああ。」

 

 バスカルが答える。

 

 「ハンニバル、アンタはそいつらの見張りを頼む。そいつらはステータス封印薬を忘れずに打ってくれ。効き目はおよそ三時間だ。」

 「盾役の俺がいなくとも構わんのか?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「どちらにしろ見張りとしてここには誰か一人は残さないといけない。そいつらに逃げられたら俺達の先行きが一気に暗くなる。盾のアンタがいないのは痛いが、回復と足止めのクレインを優先して連れていく。もし俺達が戻らない場合は………その時は済まないがアンタも俺達と一緒に死んでくれ。そうなったらもう俺達には策はない。さて。」

 

 カロンはレンとバスカル、クレインを順番に見る。

 

 「戦術の指示を出す。俺達はまずは、敵の正体を見る。相手次第で、奇襲するかスルーするか俺が指示を出す。」

 「ええ。」

 

 クレインがそう答える。

 

 「敵がさほどでもなければ、奇襲で重力魔法で足を止めて、燃やした後に氷漬けにする。ヤバい相手だったら、レンの重力魔法は切り札として温存する。敵次第だ。とりあえず、どの程度の相手を送り込んで来るか………敵方の二重尾行も想定しなければいけない。敵を見つけたからすぐに戦闘とは行かない。敵がぬるければ余計にその可能性を疑うべきだ。とりあえずは敵を待つ。」

 

 戦術の極意、それは弱者が強者を打ち倒すための創意工夫である。様々な戦い方が出来る人員がいれば、戦いの幅は広がる。

 古来より弱者の人間は強大な敵を狩るために相手を囲み、道具を作りだし、火を操った。ヴォルターは長い間それを理解しなかったために知能を持つ相手には雑魚専に過ぎなかった。ただ力任せに戦うだけの人間に知能を持つ強者を打ち倒す権利は決して与えられることがない。

 

 カロン達はひたすらに敵の動き出しを待ちつづける。

 

 ◇◇◇

 

 ーーアレン・フローメル!?マジかよ!?フレイヤの懐刀じゃねぇか!偵察に女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)を使うのかよ!?

 

 カロンは考える。

 ダンジョンを行く敵は女神の戦車。レベル6の中でも特に名を知られた強者。フレイヤファミリアのレベル6で猫人。かなり厄介な相手である。

 

 「おい、どうするよ?奴はやべぇぞ?」

 「………待ってくれ。少し考える。」

 

 バスカルの問いにカロンは答える。

 

 ーー女神の戦車!6の中でも特に名を知られた強者。危険度(リスク)は特大!フレイヤの連中の中でも猛者の次くらいに強力な駒と言っても過言ではない。しかしそれは逆に言うと、信頼性の高い人間を送り込んだということは二重尾行の可能性はだいぶ低くなったとも言える。確実に敵が策を練っていないかの確認は行うが………しかし奴一人だった場合、どうする?消せればでかい。一人俺達を撃滅しうる強力な駒が消滅して、敵に情報が伝わるのが遅れる。さらに、敵は女神の戦車という強力な駒が帰ってこないことで、より慎重になるだろう。なればこそ、余計に時間が稼げる可能性が高くなる。

 

 「おい、カロン!どうする?あいつ行っちまうぜ!」

 

 レンが小声で叫ぶ。

 

 カロン達は、敵から結構な距離を置いていた。敵はレベル6、見付かったらほぼ強制的な戦闘へと突入し、敵のレベルを考えれば逃走は極めて難しい。そのために、万一でも見つからないように距離をとっていた。爆薬でアレンの帰り道を無くす手も考えたが、それは悪手だという結論がすでに出ている。爆薬量には限りが有り、カロン達にとってそれは重要な戦略兵器だ。さらに仮にアレンを下の層に閉じ込めても、敵が上から新たな偵察を送ってくれば、敵が崩落をカロン達の居場所を推測する手立ての一つとして考える可能性が高い。つまり敵は、道を塞ぐことによってアレンとカロン達が別のサイドにいる可能性が高いとそう判断するだろうということだ。道を無くしてアレンという強力な駒を封印したのだろう、と。そしてアレンが戻らないことから、アレンが崩落地点よりも下の階層にいる可能性は高い。必然的にカロン達は、道を塞がれている地点よりも上にいるだろう、と。ゆえに爆薬での強制的な分断は悪手である。

 

 「いいの?カロン。もうすぐ敵の追跡に間に合わなくなるわ。」

 

 普段は冷静なクレインすら焦る。カロンは覚悟を決める。リスクが高くてもその分見返りは大きい。

 

 「戦術は練った。みんな。覚悟を決めてくれ。女神の戦車を消す。敵は格上、最大限の緊張感を持ってことにあたれ!」

 

 ◇◇◇

 

 「チッ!もうすでにこんなとこに居やがったか!」

 「女神の戦車はもう女神の元には帰れないよ。ここがお前の死に場所だ!」

 「ぬかせ!死ぬのはお前らだ!」

 

 カロン達は急襲でアレン・フローメルを襲撃した。バスカルの炎を撃ちだし、待避先をカロンが予測してレンを配置する。しかし、アレンは退避せずに軽々とバスカルの炎を槍で切り払った。

 カロン達は、敵を逃がさないためにダンジョンの入口側に控えている。

 

 唐突だが、女神の戦車。この戦車とはどういう意味だろうか?

 戦車を英訳するとタンクになる。しかし、ダンマチの世界観を考えると、それが砲身の付いた現代の重戦車だとは考えづらい。戦い方を示しているのであれば、重戦車は極めてイメージしづらいものとなる。

 ゆえにおそらくはこの戦車とはチャリオットを表しているものだと推測される。古代の戦闘において、馬車に乗って戦う戦士達。彼らはしばしば槍を片手に、もう片方の手には盾を携えて戦闘を行う。

 

 戦端はすでに開かれている。バスカルの炎を切り払ったアレンは、後ろから急襲するレンの鎌の攻撃を盾にて受け止める。

 

 カロンの指示が飛ぶ。

 

 「レン!バスカル!敵は格上だ!なるべく正面からは当たるな!バスカルの炎を正面に当てる挟撃を意識しろ!」

 

 クレインはカロンの指示により、隠れている。

 戦闘において、レベル6が相手だとしてもレンとバスカルはある程度の時間を持たせることができる。

 レンとバスカルで注意を引いて、クレインの氷で敵の足元を固める。そして四人が持つ()()()を用い、敵を打倒する。それがカロンの戦術。

 

 レンとバスカルは敵を挟み込んで戦いは始まっている。

 

 バスカルが中距離から炎を連続して撃ち込む。アレンは炎を斬り払い、その隙を狙い後ろからレンが鎌で急所を狙う。チラと目をやったアレンは軽々とレンの鎌を盾で防ぐ。回転する槍、レンは槍を片手で受け、槍の勢いを利用して後ろに飛びずさる。

 アレンは思考する。

 

 ーー敵の頭はあいつ………青い目の悪魔か。あいつを真っ先に落とすべきだ。あいつは確かそこまで強くないという話だったはずだ。あいつが指示を出し、おそらくは戦局を動かす人間。

 

 戦車は真っ先にカロンに狙いを絞り、襲い来る。

 

 ーーまあ、俺から落としに来るよな。狙いやすい弱者から狩るのは、戦闘に於ける常套手段。さて………。

 

 悪魔(カロン)は嗤う。

 

 「なあ、女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)。レベルの低い俺が単体でここにいるのは()()()だと思う?

 

 カロンの言葉は悪魔の揺さぶり。

 カロンは自身のスキルを十全に理解し、最も効率的で凶悪な使い方を理解している。

 

 アレンは戸惑う。敵は青い目の悪魔。闇で名の知れた知能犯。

 奴はレベルが低いにも関わらず、なぜ前線にいるんだ?

 その思いが、一瞬アレンを前へと進ませるのを躊躇させる。そしてそれは隙となる。

 

 「おらあっ!」

 「はあっ!」

 

 アレンの両脇よりレンとバスカルが挟撃を行う。アレンはその場で槍を回転させて、二人を弾こうと試みる。

 しかし、レンは槍をしゃがんで避けて、バスカルは片手剣で受けてやや後退する。バスカルはその場から炎を放ち、レンはアレンの炎を盾で受ける動きに対応して鎌で切りかかる。避けるアレン、しかし鎌はアレンの腕を掠り、アレンは僅かに出血させる。アレンはやや退避して考える。

 

 ーー青い目のヤローは罠を仕組んでいるのか?仮にそうだったとしても俺にそれを告げる意味はねぇ。奴のハッタリだ。それはわかっている。しかし、なんだ?奴の言葉を聞いた瞬間、嫌な予感がしたのも事実だ。奴のスキルか?

 

 ーーなんだ?

 

 嫌な気配を感じとり、さらに少し退避するアレン。先ほど彼がいた場所には、地面に氷塊が存在していた。

 アレンは周りの敵を見渡す。しかし誰も魔法を使った形跡はない。

 

 ーーちっ!他にも敵が居やがったか。こいつは氷の魔法を操る後衛か。どっかに潜んで居やがる!これは………足止めを意図した攻撃か?

 

 戦闘は続く。

 

 レンが鎌を用いて、アレンの背後から詰め寄る。アレンはそちらに僅かな視線しかやらずに、槍の柄を回転させる。鎌で受けて弾かれるレン。バスカルの炎がアレンへと迫り、アレンはそれを盾で受ける。アレンはその鍛えられたステータスによる敏感な触覚を頼りに、足元に生成される氷を周囲の温度から推測して避け続ける。

 

 「女神の戦車か。女神………女神ねぇ。お前、そんなにフレイヤがいいか?あの気の多い尻軽女神が?お前がどんだけフレイヤを愛しても、返ってくるのは私はみんなを愛しているという女神特有のごまかしだけだろうに。つまらん奴だ。」

 「だまれっっ………!!」

 

 アレンは敬愛するフレイヤを馬鹿にされて激昂する。

 隙を見たバスカルが片手剣でアレンの足を浅く斬り付け逆手で即詠唱の炎を放つ、逆方向からレンが鎌を投擲する。アレンは炎を槍で斬り払い、鎌を盾で弾く。レンは投擲した鎖がまを鎖を引いて手元に戻す。

 アレンはレンに飛びかかるが、まともに正面から戦うつもりのないレンは退避する。退避しながらアレンの攻撃を受けつづける。レンを攻撃するアレンの背後から迫り来る炎、アレンはそれに対応しないわけにはいかない。アレンは体を捻り、レンはその隙に距離をおく。

 

 さらに戦闘は続く。真逆の方向より同時に襲い掛かるレンとバスカル。近づく二人を相手に力わざでアレンは槍を振り回す。至近にいたレンとバスカルは凄まじく早い槍の水平撃に武器を取り落とす。アレンは嗤う。アレンはより近いバスカルへと襲い掛かる。

 

 「レン、落ち着け!武器を拾うことを優先しろ!バスカル、なんとしてでも時間を稼げ!」

 

 バスカルのカバーに回るか一瞬迷い浮足立つレンにカロンからの指示が飛ぶ。

 アレンは槍を用いてバスカルを突きにかかる。間一髪致命を避けるバスカル、しかし横腹が裂かれる。隙と見たアレンは、脇腹を裂かれて動きが鈍っているはずのバスカルにさらに獰猛に襲い掛かる。しかしバスカルの傷は回復していく。クレインの回復魔法。クレインの回復魔法は空気中の水分に依存し、離れた位置から精密な箇所の回復を可能とする。そしてアレンから必死に距離をとるバスカル、鎌を拾いアレンの後ろから襲い掛かるレン、レンはアレンを相手に何とか時間を稼ぎ、バスカルが戦列に復帰して戦いは振り出しへと戻る。

 

 アレンは猫人の鋭敏な聴覚で隠れ潜み詠唱する敵の居場所を探そうと試みる。しかし、敵の挑発と戦闘音で潜む敵の居場所が特定できない。

 アレンは思考する。

 

 ーーチッ!隠れている奴は回復魔法の使い手か。氷塊の魔法といい、魔力の精密な扱いに長けていやがる。厄介だが、隠れている以上は後衛専門だろう。戦いを訓練されている相手ならば見つけだすのは一苦労だ。後回しにせざるを得ない、か。

 

 レンとバスカル、そしてクレインは………ハンニバルもだが。カロンとしばしば共闘しているために、カロンの戦い方とその恐ろしさを理解している。カロンの悪魔の二ツ名は伊達ではない。悪魔は敵を地獄の底へと引きずり込む。

 カロンは彼らにその指揮能力と即興の戦術立案能力の高さを示しつづけたことによって、彼らの絶対的な信頼を得ている。

 

 戦闘はなおも続く。

 カロンを落としにかかるか迷うアレン。ゴリゴリに揺さぶりにかかるカロン。挟撃で見事に連携するレンとバスカル。時折氷塊を敵の足元に生成し、足止めを意図するクレイン。

 

 カロンは思考する。

 

 ーー女神の戦車。とりあえずは戦局は俺達が上手く敵を俺達の土俵に引きずり込めている状況だ。しかし、敵は格上。誰かが僅かな隙に決定的な一撃を喰らえば、いつでも戦局はひっくり返る。切り札を外せば、それを敵にみとがめられて警戒される。そうなれば俺達のまず負けだ。なればこそ、今は現状の天秤を大きく崩さないことが肝要!レン、バスカル、クレイン、頼んだぞ!

 

 カロンはなおも挑発を行う。

 

 「ヘイヘイヘイヘイどうしたチビ?そろそろ帰ってママに泣きつかないのか?お前の大好きな女神様に?そろそろママにイジメられたってさ、言いに行った方がいいんじゃねぇか?お前の愛する女神様はお前のために動いてくれるかな?お前の大好きな女神様は俺達を怖がってお前の仕返しをしてくんないかもしんないぜ?」

 「だまれっっ!!」

 

 レンが鎌でアレンを水平に斬り払う。アレンはそれを盾で弾く。逆側から襲い来るバスカルの片手剣、アレンはそれを槍で受け、力でバスカルの剣を押し戻す。足元に生成された氷塊を避けたため、アレンは追撃ができない。さらに押し戻したバスカルから炎が連続で飛んで来る。盾で防ぐも同時に後ろから襲い来るレン、アレンは槍で受け舌打ちする。

 

 ーーチッ!あの悪魔ヤローを最初に落としたいんだが!ダメだ。まず間違いなくなんらかのスキル!俺のパフォーマンスが安定しねぇ。奴がこの戦いの敵の中心だ!クソッ!しかし………この纏わり付く二人組の連携も侮れねぇ。特に赤い髪の女は………そこそこやりやがる。

 

 戦いは続く。

 レンが鎖がまの分銅を槍の柄に向かって投擲する。連携を理解したバスカルは炎を放ちながらアレンへと詰め寄る。アレンは、バスカルを槍で斬り払おうとするが、鎖で槍の柄を抑えているレンが全力で抵抗する。僅かな時間、槍が使用不可能。盾で炎を受けるアレン。バスカルの片手剣の攻撃を避けようとする、刹那。

 

 「ホールド!」

 

 カロンより魔法の縄が飛んで来る。カロンの魔法の縄は脆弱で、レベル2以上の相手には効き目がほとんどないものだ。しかし、アレンはそれを知らない。悪魔から飛んできた不気味な縄を警戒して、必死に引っ張り自由になった槍で縄を斬り払う。隙を見たバスカルがアレンの背中を斬り付ける。アレンは体を捩り躱そうとするも、背中を斬られ、出血する。さらに敵の槍の柄から鎖を上手く外し、波状で襲い掛かるレン。アレンは猫人のしなやかな筋肉で後ろに大きく跳躍する。

 

 「ビビってるビビってる。ニャンコは俺達を怖がって逃げ出してるぜ。逃がすわけねぇだろうが!テメェの終わりはここだよ!ここで寂しく死んでいくんだ!テメェは二度と大好きなママの元に帰れねぇぜ!このみっともないマザコン集団が!」

 

 カロンはどこまでも挑発する。

 アレンは沸き立つ怒りとともに、カロンを標的にすることを決定する。

 

 ーーあのヤローをまず落とす。不安感なんぞ知ったこっちゃねぇ!!間違いなく敵の中心戦力だ!!弱者の分際でよくもここまで戦局を引っ掻き回してくれるぜ!

 

 アレンは足に力を込め、水平にカロンに向かって一直線に跳躍する。レベル6の全力の跳躍、余りにも素早い。

 アレンに追い縋るレンとバスカル。そしてカロンは嗤う。

 

 「かかったな。

 

 ーー不安感なんぞ知ったこっちゃねぇ!力付くであいつを無理矢理仕留める!

 

 カロンは敵の攻撃を盾で受ける。レンとバスカルはアレンに背後より迫る。

 アレンに迫りながらも密かに高まるレンの魔力。

 カロンはアレンの突撃を受け、壁まで吹き飛ばされる。吹き飛ばされたカロンは、凄まじい音を立てて、壁へと埋まる。

 アレンはカロンのいた場所へと着地している。

 

 ーーやっぱりハッタリだったか………いやこれは!?しまった!

 

 アレンの足元には氷塊。

 全力で突進したアレンは、周囲に注意を払うことができる状況ではなかった。その速度に彼の視界は狭まり、集中するのは目前の敵のみ。

 

 カロンは挑発と長期戦による敵の突進を予想して、敵が突進したら着地点に氷塊を生成する指示をクレインに出していた。そしてその着地点がカロンのいたところになることも。突進は戦車(チャリオット)の必殺である。カロンは敵の異名としなやかな筋肉を持つ猫人という種族の特性から、戦い方と切り札を推測していた。カロンにとっては二ツ名とは、敵の戦い方を推測する重要な情報源である。もちろん盲信はしないが。しかし根拠の薄い不確かな情報であったとしても、切羽詰まっている以上使えるものはなんでも使う。

 

 さらに、アレンは誤解させられていた。氷塊の生成可能時間と生成可能位置。氷塊を幾度も打ち込み、氷塊の詠唱時間を敢えてアレンに推測させる。生成可能な時間を遅めに覚えさせて、アレンに氷塊の魔法の使用可能までにかかる時間をごまかさせる。さらに、地面から氷塊を生やしつづける事によって氷塊は地面からしか生えて来ないと誤解させる。事実は、空気中の水分を凝結させるためにどこでも生成可能。

 

 クレインの魔法と特性を理解するカロンは、前もって十分な戦力に組み込めるようにクレインの魔法の精度をあげるようにクレインに指示を出し、以前からクレインの魔法は精密なものとなっていた。結果、クレインは火力はないが戦術に上手く組み込むために魔法の精度に特化した後衛となっていた。そして戦闘の際は自在な場所に氷塊を生成可能で、敵を騙すために敢えて詠唱の時間をずらしたり地面からのみ氷塊を生やしたりするという戦術をクレインは理解していた。

 

 そして氷塊の魔法の詳細を騙されたアレンは、片方の足を氷塊に覆われることによって僅かな時間拘束される。さらに、そこに連続して撃たれるバスカルの炎。炎を斬り払うつもりが、アレンの目の前に唐突に氷塊が現れて、アレンは思わず反射で氷塊を斬り払う。複数の炎は粉々になった氷塊に突っ込むことになる。そしてそれによって発生する熱を持った水蒸気。

 

 ーークソッ!これは………視界が!

 

 「グラビティフォールっっ!!」

 

 レンが声を上げ、足止めされるアレンへとさらに襲い掛かる重力。レンの切り札の重力魔法。レンはカロンの指示により、アレンがカロンへと飛びかかったら詠唱を始める指示を出されていた。

 そしてさらにアレンは逆側の自由な足もクレインの氷塊の魔法によって拘束される。

 

 両足を拘束され、熱した水蒸気で視界を潰され、重力によって動きを制限されたアレンの背後にバスカルが襲い来る。視界を潰されて動きも制限されたアレンは気配だけで必死に槍を振り回す。しかしバスカルは、アレンの槍撃を気にも止めない。水平の槍撃の穂先を腹部に受け、傷付き腹を裂かれながらも死に物狂いでアレンに密着する。

 バスカルはアレンの背後より、アレンの背中に何かを撃ち込む。

 

 ーーこれはっっっ!!!!やられた!!!!

 

 アレンに撃ち込まれるステータス封印薬。

 ステータスを封印されたアレンは己の敗北を理解する。

 

 ーーフレイヤ様………申し訳ありません………。

 

 壁から体中を血まみれにした体躯の大きな青い目の悪魔がノッソリと出て来る。

 悪魔はひしゃげた盾を放り捨てて懐よりポーションを取りだし、自身の頭からぶっかける。

 戦車と悪魔の視線は交錯する。

 

 「何とか突進に耐え切れたか。俺はツイてたな。潰れた盾もお前の盾で代用すれば問題なしか。さて、女神の戦車。戦いは決着した。お前は強いせいでどうやっても生かしておくことができない。なぜなら今回俺達が勝てたのはたまたま即興の戦術がハマったに過ぎないからだ。そしてそれが全てだ。お前を生かしておいてしまうと俺達の足元が掬われてしまう。よってお前はここで死ぬことになる。お前はツイてない。強さも良し悪しだな。お前は強いせいで偵察を任され、お前は強さに自信があるせいで、俺達と戦う選択をした。逃走に徹されてたら、俺達には為す術がなかった。お前は強いせいで選択を誤り、強いせいでここで終わる。………最後になるが、何か言い残すことはあるか?」

 「………クソッタレが。」

 「そうか。それとこれは俺の趣味だ。俺は可能なら獲物に最期に一服させることにしている。これはタバコという嗜好品だが、お前のタバコの火が消えるときが、お前の命が無くなるときだ。」

 

 カロンはそう言うと、懐より取り出したタバコを一本アレンへと差し出す。

 アレンは差し出されたタバコを受け取らずに地面へと投げ捨てる。

 

 「僅かな時間であっても生きることを否定するか。本当につまらん奴だ。だがまあ俺達にとってはどうでもいいことだ。それではさよならだ。お前の次の人生がいいものだといいな。」

 

 悪魔は嗤い、戦車は破壊される。

 戦いは決着した。

 

 ◇◇◇

 

 戦いは終わり、腹を裂かれたバスカルもクレインの魔法により回復する。

 カロンは破壊された盾の替わりに、アレン・フローメルの所持していた盾を拾っていた。

 確実にアレンを始末したカロン達は掘削地点へと戻る。

 

 「上手く仕留めたか。」

 

 拠点に残っていたハンニバルが問う。

 

 「ああ。何とかなった。戦術が上手くハマったよ。俺達はツイてた。」

 

 カロンは仲間を見渡して、言葉を続ける。

 

 「俺はこれからリヴィラへと向かって食糧の確保を行う。お前達は掘削の続きを頼む。女神の戦車を討ち取れたのは僥倖だ。しかしここから先は送り込んで来るとしたら敵の偵察はまずアンタッチャブルな戦力だろう。戦いは出来ないから可能な限り急いで掘削を頼む。クレインはエルフのステータス封印薬の打ち込みに留意して、バスカルは俺が戻るまで掘削をせずに俺の代わりにこいつらの逃走に対する警戒の監視を行ってくれ。レンは万一のゴライアスが産まれていた場合の対策として俺について来てくれ。時間はない。俺は急いでリヴィラへと向かう。」

 「わかった。」

 

 バスカルが答える。

 時間を無駄遣いするつもりはない。カロンは急ぎ、拠点を出発する。

 カロンはリヴィラへと急ぎ、道中やはりカロンは思考する。

 

 ーーさて、女神の戦車という大物は討ち取ったが………猛者が控えているというのが、やはりどうにもならん。現状の戦力では、俺達は奴にはどうやっても勝てん。遭遇しないことを祈るより他にない。猛者でなくとも女神の戦車に近い実力を持った相手が二人以上存在するという状況に陥ることも絶望だ。やはり壁を抜けた後はレンを囮に使う以外の選択が存在しない。レンが居なくなれば、俺達の攻撃力は半減すると言っても過言ではない。女神の戦車が戻らないことを敵は警戒………するだろうな。ことここに至って楽観するようなことはないだろう。ロキを差し向けたリヴィラから報告が入らず、偵察に送った強者の女神の戦車が帰らない。そうなれば奴らの首脳は間違いなく戦略を練るために会議を行うはずだ。可能な限り時間をかけてくれることが望ましい。さて、とりあえずは俺達のやることは決まっている。敵の動きに多少左右されるが………まあ敵の動きが不確定なのはどうしようもない、か。

 

 ーー次の偵察が行われても、俺達はそれを無視する。敵が俺達のいる場所に気付くまで、俺達は掘削を続ける。俺達の行動が終わるまで敵に気付かれないことを祈って。確率はまあ、かなりの確率で上手く行くだろう。何よりでかかったのが、ガネーシャのところの三人だ。あいつらに掘削を手伝わせることができたおかげで、現時点で何よりも価値を持つ時間の短縮を行うことが可能だったのがとにかく僥倖だ。まあしかし、後々こいつらの処遇も考えなければいけなくなる。なるべくなら、埋めたくはないが………しかしどうにも邪魔にしかならないようなら埋める他はない。エルフも含めて。

 

 ーーさて、余り考えたくないことだがレンとの別れの時も近い。上に戻ったら先々の予定と戦略、戦術も考えねばならん。壁を破ってオラリオに出た後の俺達の行動だ。それはやはり時間が何よりの価値を持つことになる可能性が高い。そして人員………駒は捨て駒として消費される、か。つくづく現状を示しているな。しかもヴォルター、レン、次は高い確率でバスカル。強力な順に捨て駒と化しているのが現状だ。戦力は加速度的に落ちていく。俺達は果たしてどこまでもつのやら………。しかし、俺は生きたい。決して生を諦めるつもりはない。たとえ世界が俺達の敵に回ったとしても。そのために考えつづけないとならない。考え続けて、少しでも良い選択肢を導かねばならない。先の道が見えなくとも、どれだけの絶望を感じたとしても、たとえ先に道が存在しないのであったとしても。


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