闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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わかりづらかったかもしれませんので時系列をまとめておきます。

主人公達によるガネーシャ襲撃事件。

ガネーシャ、怪物祭を放棄して動き出す。

浮動派によるアストレアの壊滅。ガネーシャ襲撃と時期が重なったのは、たまたま。

リュー、主人公に捕まる。

浮動派、地上に戻ってガネーシャの動きを見て恐慌を来す。

浮動派連中、自分達が疑われないように匿名の投書で復讐派の主人公達をオラリオに売り渡す。内容はアストレアの壊滅は主人公達の仕業ではないかというもので主人公達のだいたいの拠点の位置も一緒に売り渡す。

オラリオ、投書内容のアストレアの壊滅とガネーシャの被害を結び付けて考える。大規模な闇派閥の襲撃を警戒する。オラリオ、アストレアの壊滅を投書で知り、投書の信憑性を疑うも人員を動員する。緊急の話し合いを行い、ロキの眷属に白羽の矢が立つ。

主人公の思惑………オラリオが利益の大きい魔石産業を放棄することはそうそう有り得ず、攻撃を加えたガネーシャの動き出しは早くとも怪物祭の後。地上の闇派閥から彼らの動きの情報を金で買い、それによって相手の動きに対応するつもりだった。しかし相手の動きが予想外に異様に早かった。

こんな感じです。


作戦

 ーー樽入りの油が数樽、爆薬はそこまで多いわけではないが、あっただけ僥倖と考えるべきか。それと後は………

 

 カロンは物資の確認を行う。

 あのあと封印薬を打つ時間を迎えたカロンは、リューにステータス封印薬を打ち込み、縛った後にベッドに転がした。

 そして彼は、その後に物資の確認に来ていた。

 

 ーー針がね、縄、木材に鉄の棒………どうせ食糧の大量運搬も必要になる。だったら荷車が必要だな。俺が運ぶことにするか。後は………レジャーシート?これは………誰だ、こんなものを持ってきたのは?こんなものが役に立つとは思えんが………まあクレインの事を考えてこれも一応持って行くものに入れておくか。汚れるのは嫌だろうし。

 

 カロンは物資の確認を行いつづける。

 

 「よう、カロン。」

 「ああ、ハンニバル。どうしたんだ?」

 

 物資の確認を行うカロンの下へ、ハンニバルが現れる。

 

 「いや、別にたいしたことじゃない。」

 「そうか。」

 

 カロンはハンニバルを見て、ここに居る理由を推し量る。

 おそらくハンニバルは眠れないのだ。彼は臆病だ。彼は臆病なおかげでここまで生き残ってきたと言っていい。

 

 「………寝とかないと、明日からの行動に支障が出るぜ。」

 「………ああ、わかってるよ。」

 

 カロンはレンの言葉を思い出す。

 『お前を生かす方向で、私たちは意思統一をされている』、事実だろうか?

 事実であれば、ハンニバルもカロンを生かすためには死を受け入れているということになる。

 

 「ハンニバル………眠れないならエルフでも抱きまくらにするか?」

 「………いや、遠慮する。カロン………。」

 

 ハンニバルはその釣り上がった黒い目でカロンを見る。

 【悪鬼】、ハンニバルの異名である。彼はその大きな躯と吊り上がったまなじり、恐ろしい顔付きから大勢の人間に悪魔だと呼ばれて恐れられている。彼はずっと、ずっと、そうだった。

 しかし、ハンニバルは臆病な人間である。

 

 人間が悪魔を恐れる以上に、悪魔はきっと大勢の人間を恐れている。

 ハンニバルはずっと一人ぼっちだった。ずっと、ずっと。

 親に捨てられ、買われた闇派閥でも。後に彼を拾ったヴォルターは、最初は彼を仲間として扱わなかった。ヴォルターは、そういう男だった。今は、昔に比べればかなりぬるい人間になったと言える。

 それはカロンの悪魔の誘惑のスキルにヴォルターが長く揺さぶられ続けたためであった。

 

 ハンニバルは臆病な男。

 人を殺して生きる人間にも、寂しいという気持ちは存在する。ハンニバルはその狂相で、人々からずっと悪魔と呼ばれて恐れられていた。

 カロンは初めてできた、比較的に歳の近い友人だった。それでも十程は離れているが。ハンニバルは、悪いことじゃないかと薄々感じながらも、カロンを闇へと連れて来た。一人ぼっちが、どうしても寂しかった。寂しかったゆえに、ハンニバルは命懸けでカロンをヴォルターの暴力から庇いつづけた。

 

 彼らがなぜたったの六人しかいないのか?彼らがなぜ都合よく精鋭揃いなのか?

 

 ヴォルターが彼らを立ち上げた時には、もっと多くの人員が存在した。欲望渦巻く巨大な都市の、人の欲望の被害者がたったの六人なんてこと、絶対に有り得ない。

 

 それがたったの六人きりならば、冒険者に見捨てられダンジョンで死んだサポーターの恋人の恨みはどこに消えたのか?ロキに憧れ、怪物進呈に巻き込まれて冒険者として命を落とした子供の親の悲しみはどこへ消えたのか?たまたま入団したファミリアが、犯罪者紛いの奴らでそれに巻き込まれて殺された男の兄弟のやるせなさはどこへ消えたのか?治安の悪いダイダロス通りで、物盗りに刺された女性の親友の怒りはどこに消えたのか?

 

 オラリオに恨みを持つ人間なぞ、掃いて捨てるほどに存在するはずだ。オラリオの住民は、そのことを気にも留めない。

 

 明確にオラリオに反旗を掲げているのは彼らだけ。その名目は『精鋭を育て上げ、オラリオに復讐をする』。そして無知な子供は、単純に強さに憧れる。知恵のある大人でも、憎しみにしばしば引きずられる。

 それでも今彼らは死んだヴォルターを含めてもたったの六人しかいない、その理由は簡単である。

 

 たった一人の高レベル冒険者は、たくさんの死者の上に成り立っている。

 

 彼らの状況は、簡単に淘汰されるひどいものなのである。不法に人を殺して生きる犯罪者の生活基盤が、安定していることなど有り得ない。

 

 実は彼らが少し前まで住んでいた居住空間も、カロンがそれが必要だと判断して彼らに指示を出して彼ら自身が作り出したものである。そして彼らは他にもいくつもアジトを後にしている。手配されている人間が、追いかけ回されないわけがない。それに反撃してしまえば、さらに強力な人員が動員され、彼らの脅威度や戦力の情報が敵に筒抜けになるだけなので彼らは逃げつづける。

 そもそもガネーシャが電撃作戦を行ったのも、投書の密告によるところの首謀者の青い目の悪魔は、時間をおけばあっという間に姿をくらませてしまうためであった。

 

 彼らは強くなければ生き残れないのだから、結果として精鋭しか残らない。彼らは仲違いをしたらあっという間に全滅してしまう、故に一枚岩。彼らの損耗率は、死が日常に在る計画的にダンジョンに潜る冒険者と比べても段違いである。

 物事はわからないもので、ヴォルターの無計画さが結果として彼らを精鋭揃いにしたのである。

 

 ハンニバルは、年の近い人間の数多の死を見つづけてきた。カロンとハンニバルとクレインは、たった三人きりの生き残った存在なのである。ハンニバルはその中でも、復讐派最初期からいた筋金入り。レンとバスカルは外部からやってきた、最初からそこそこ強かった特例である。そして外部からやってきた人間が彼ら二人きりだとは、実は限らない。

 

 彼らは死者のことは決して深く考えない。悪魔には死者の妄念や呪いは決して、効かない。彼らには死者のことを考える余裕はない。それを考え出すと、いずれ死に引きずられて行くことを彼らは理解している。彼らはそんな人間をたくさん見てきた。

 そんなものを考えるくらいだったら、どうやったら自分たちが明日も生き残れるかを優先して考える。

 

 悪魔は死者の怨嗟の声を糧にして、成長するのである。

 カロン達は死者を反面教師にして生きる方法を、学んだ。感情を優先させて理性を蔑ろにする、復讐に逸る前掛かりな人間は、ことごとく居なくなった。感情を力に変えるのは、正義とか英雄とかそういう種類の人間だけの特権である。

 

 憎しみの感情から生まれた復讐派にも関わらず、復讐心という感情が薄い人間のみが生き残るという、葛藤(ジレンマ)。笑えるほどに致命的過ぎる、構造上の欠陥。

 

 最初から復讐のことをまったく考えていなかったカロンは変わり種で、ハンニバルは元々は自分を捨てた親を恨んでオラリオに対する復讐のことを考えていた。しかし、生き続けることがあまりにも困難なため、目標が生き続けることに実は擦り変わっている。そしてハンニバル本人、そのことを理解している。

 

 ハンニバルは自分の人生を後悔している。生き続けることがこんなにも困難ならば、初めから復讐など目指さなければ、大多数のどうでもいい浮動派の連中の一員として生きていれば、と。

 しかし、ハンニバルが闇に拾われたのは物心が着く前だった。教育すら受けていない子供に物事の先を見通せというのは、あまりにも酷である。彼は最初は、襲撃した際に逃亡者を出してしまえば自身が手配されてしまうということすら理解していなかった。それでも彼はこれまで臆病に、必死に生き続けてきた。

 

 そしてロキの精鋭が全滅したのは、実は当然の結果なのである。

 ロキファミリアは無意識のうちに自分たちを特別視して、淘汰されつづけてきた行き場のない生命の生への執念を甘く見た。

 

 ステータスとは戦闘面の強さの指標に過ぎない。しかしだからこそどれだけ想いが強くても、そんな曖昧なものでは戦闘面の強さの指標は覆せない。覆せるとしたら、それは戦術だけである。闇はただでさえ生活基盤が不安定なのだから、戦闘まで曖昧なものに頼ってしまったら、絶対に生き残れない。ピンチに覚醒することなんて、タイミング良く仲間が助けに来てくれることなんて、彼らには絶対に有り得ない。

 

 生き残った闇は、非常にシビアでしたたかなのである。したたかなカロンは、自分達の戦力の情報を極力隠しつづけた。情報は命である。英雄が人の夢を力に変えるのと同様に、闇は厳しい現実を力に変える。カロンがハンニバルに浮動派によるアストレア壊滅の話を聞かされたときも、正義の危機管理とはそれほど緩いものなのかと実は内心呆れ果てたほどである。リューが今生かされているのは、彼女が彼らの総力に比べて圧倒的に弱く、足が不自由で逃走も不可能だからである。

 

 そしてどれだけロキが名声を得ようとも、本質として彼も我も大元はただの一個の人間に過ぎない。

 

 ロキファミリアは主力を集結させて一見油断の無いように思えるが、主力を集結させれば勝てるというその思い込みそれこそが油断そのものだった。真に油断が無いのであれば、前もって敵の戦力を推し量る犠牲を許容した偵察部隊を送るべきだった。余裕があったにも関わらず、ロキファミリアが敵の戦力分析すらも行おうとしていなかったと知れば、カロン達はロキファミリアを鼻で笑うことだろう。

 ロキファミリアは敵を取るに足らないものだと考えて、面倒ごとをさっさと片付けようとした。自分達の目的や目標のことだけを考えて、物事や悪の成り立ちを一切考えなかった。自分達には関係ないことだとして、彼らを長く放って置いた。ダンジョンの深部で蠢く強力な敵ばかりに目を取られて、近くを姑息に逃げ回る敵を軽視した。

 そして、それは致命的な間違いだった。遠くの目標だけを見据える者は、得てして疎かになっている足元を現実に掬われる。

 

 そしてその結果として、過酷な環境に淘汰されつづけて肥大化した知恵を持つ化け物が出てきたのである。テルスキュラの淘汰されるアマゾネスに必要なのは個の戦闘力のみだが、彼らが生き延びるにはそれに加えて知恵も必要とされていた。

 

 生物が環境によって進化するように、悪も環境で進化する。

 彼我の戦力差、敵に手を出した後の自分達の先行き、罠の有無、正確な状況判断能力、相手の危険度を推し量る嗅覚、敵を倒せなければ自分達が死ぬという厳然たる事実故の練りあげられた戦術、個人の戦闘能力に不安があるのであれば指揮を取る能力及びに指揮を取ることを他者に認めさせる能力。

 それは英雄と闇の決定的な違い。闇で生き残った人間には、それ相応の理由があるのである。英雄が生き残るには、理由がいらない。英雄だからというわけのわからない理由で生き残る。危機管理の緩さから陥る危機的状況も、試練という謎の耳障りのいい言葉に置き換えて生き残る。彼らはなまじ乗り越えてしまうだけに、学習せずに何度でも同じことが起きる。闇派閥にはそんなこと絶対に起きないし、それが全く理解できない。

 

 そして化け物は生き残るために、悪魔より知恵を授かった。

 ヴォルターはカロンやハンニバルの必死さから、生きるための知恵を学んだのである。知恵が薄いヴォルターであっても、数多の死を見つづければハンニバルとカロンが生き残ったそこには明確な理由があることを理解するようになる。

 そして物事を見通すはずの、地上に存在する叡智を持つ神々の予想を遥かに超えて化け物は肥大化した。過酷な環境下でなおも生き残る存在が居たのなら、それが強者であるのはあまりにも当然の理である。オラリオという避け得ない明確に強力な敵が存在するのだから、敵と戦うために彼らは進化する。

 

 環境が生み出す悪とは、闇とは、放置すればするほどに際限なく肥大化するものなのである。

 

 しかしそんなシビアな彼らでも、たった一人彼らの拠点を知る人間を作ってしまったことでこんなにも危機的な状況に陥っている。

 

 そしてカロンは物資を前に、必死に現状を打破する手立てを考えつづけ、ハンニバルはそんなカロンを飽きることなく見やり続ける。

 

 悪鬼と青い目の悪魔。

 悪魔は人を喰らうが、同胞を決して裏切らない。

 ハンニバルにとってカロンは、血を分けた兄弟のような存在であった。

 

 どんなに怖くても、辛くとも、ハンニバルは決してカロンを死なせない。

 悪魔は、ただ一人の同胞を愛して止まない。

 

 ハンニバルは物資の確認を行うカロンを見つづける。

 町に置かれた爆薬が、想定よりも少なかったのには訳があった。

 

 ーー怖くとも、辛くとも、俺はお前の生還を何よりも願っている。

 

 ハンニバルは哀れな男。

 親に捨てられ、拾われた先で殴られつづけ、そしてそれでも彼は同胞を得た。

 そして臆病な悪魔は、いずれきっとただ一人の同胞のために死ぬのだろう。

 

 ーーカロン………。

 

 ハンニバルはいつまでもいつまでもカロンを飽きることなく眺めつづけていた。

 

 ◇◇◇

 

 物資の確認を終えたカロンは部屋へと戻る。

 カロンはコーヒーを煎れて、タバコに火を点ける。

 

 ーーさてと。エルフのステータス封印薬を打ち込むにはまだ時間が早いか。クレインは、昨日は三時間しか寝てなかったはずだから七時間寝かせよう。できる限り万全の状態を保ちたい。そこから交代で俺が寝かせてもらうことにするか。

 

 すでにリューは寝息を立てている。

 

 ーーさすがのアホエルフも今日は寝坊しないだろう。さて、余った時間は明日からのシミュレーションに使うことにするか。まずは荷物を纏めて出発する。六階層まで進んだら、そこからハンニバルに斥候を頼む。道に問題がなければそのまま進めるだけ進む。一階層に到着したら、薄い箇所を推測して壁の掘削を行う。ある程度掘削が終われば、そこから爆薬で壁を抜く。壁と同時に入口側の天井も崩す。

 

 ーーそしてそこから、バスカルの魔法でオラリオに花火をあげる。同時にレンが暴れ回って注意を集める。レンを囮にして、俺達はダイダロス通りへと逃げ込む。ダイダロス通りでは顔を隠していても不思議ではない。布か何かで顔を覆う。ダイダロス通りにはそういう連中がごろごろ居る。しかしそれでも俺達は目立つ。短期決戦しかあるまいな。

 ………ダイダロス通りは捜索が行われるはずだが、民間の安全より優先することは有り得ない。俺達は危険な闇派閥で、俺達が民間を害して回ることを奴らは何よりも恐れているはずだ。多少であれば時間が稼げるはずだ。俺達は昼夜問わずに移動を行い、浮動派の連中を巻き添えにして囮にする。

 

 すでにタバコの火は消えている。

 

 ーーそしてオラリオを移動しながら爆薬と油をしかけ、ある程度の時点でバスカルを囮に使う。人の多い複数箇所に火の手をあげて、オラリオを混乱に陥れる。火の手が上がれば当然人の目はそちらに向かい、そのあと暴れ回る高レベル冒険者が現れれば、おそらく闇派閥の襲撃に恐れ慄いた一般人による大混乱が起きるはずだ。そうすれば敵は民間人の避難を最優先せざるを得ない。オラリオが混乱に陥れば、オラリオの外に出る門の警備が手薄になるはずだ。警備が手薄になれば、俺達はそこから逃げおおせるはずだ。………どこかに見落としはないか?俺が忘れている要素は?突発的な事態に対する対応は?切り札となりうる札は?レンとバスカルを犠牲にせずに済む手段は存在しないのか?おっと、そろそろエルフに薬を打つ時間か。

 

 カロンは立ち上がり、リューにステータス封印薬を打ち込む。

 

 「………おはようございます。」

 

 リューは体に触れられて、寝ぼける。

 カロンは面倒なのでスルーする。

 

 ーーさて、と。思考の続きだな。レンの代わりに囮にできるものは………思い付かない。爆薬を使わずに掘削道具だけで壁を抜ければ?うーん、やはり壁の厚さ次第になるが、あまりそこで時間をかけすぎると敵方に狙いを悟られやすくなるか。強大な敵と出くわした時に切り札となりうる存在は?例えば猛者と出くわしたら、俺達はほぼ何もできずに詰んでしまう。………ダメだ。猛者と出くわさないようにする以外に方法はおそらく、ない。

 

 カロンはタバコが消えていることに気づき、新たなタバコをくわえて火を点ける。

 

 ーー何か他に有用なアイテムは?使える戦術は?何か強力な手札は?クソッ!思い付かない。このままでは、やはりレンとバスカルを囮にせざるを得ない。………手詰まりだ。他に道はないか!?

 

 「カロン、起きたわ。」

 「クレイン。」

 

 カロンは時計を見る。時刻はだいたい午前一時。クレインが横になってから、およそ五時間が経っている。

 

 「カロン、あなたが寝る番よ。頭を使うあなたは、寝るべきだわ。」

 「ああ。わかった。そうするよ。」

 

 カロンはベッドへと横になる。

 しばらくしてから寝息が聞こえて来る。クレインは寝入ったカロンの髪を撫でる。

 

 「………そんなにその男が好きですか?」

 「あら?起きてたの?」

 「前の薬の時に、目が覚めてしまいました。」

 「あなた、寝ないとまた寝坊するわよ。あまり迷惑かけられると困るわ。」

 「………すぐに寝ます。そんなにその男がいいのですか?」

 「私にとってはこれ以上にないわ。」

 「なぜ?なぜですか?あなただったら、一人でもここから逃げ切れたはずです!」

 

 リューはクレインを睨む。リューはクレインが今ここに居ることが、悔しい。

 

 「そうね。でも私が万一逃げおおせても、癇癪を起こしたヴォルターがハンニバルやカロンに当たり散らす可能性が高いわ。」

 「そんな………。そこまでその男がいいんですか?」

 「そうよ。そこまでこの男がいいの。彼は必死に私たちの未来を良くしようと考えてくれるわ。これ以上いい男がどこに居るの?」

 「他にも、他にもいい人間は、たくさんいます!」

 「そうね。いい人間は、たくさん居るでしょうね。」

 「あなたが汚れていたとしても、それでもあなたを愛する人間が現れるはずです!」

 「それはわからないわ。」

 「………あなたは綺麗です。」

 「どうでもいいことよ。」

 

 クレインは立ち上がり、自分のためにコーヒーを煎れる。

 

 「あなたのために、必死に努力する人間が他にも居るはずです。」

 「それで?」

 「あなたはその人間と、幸せになればよかった!」

 「………彼は私が綺麗だから必死に努力したわけじゃないわよ?」

 「………そうかもしれませんが。」

 「私の外見が仮に綺麗だったとして、外見が綺麗だから努力するなら、私の外見が綺麗でなくなれば離れていくということね。」

 「………理屈としては、そうなりますね。」

 「信頼とは時間をかけて築くものよ。私は長い時間をかけて、彼が信頼に足る人間だと判断したわ。」

 「………。」

 「この世のどこかに、私でも信頼できる人間はたくさん居るのでしょうね。でも私にとってはカロンが誰よりも信頼できたわ。カロンと仲のいいハンニバルはあまり好きじゃないけど。でも彼も苦しんでたことは知ってるわ。私たちは、ヴォルターさえいなければ幸せになれたのかもしれない。でもそのヴォルターでさえも、苦しんでいた。」

 「………。」

 「私は生きることが苦しかった。でも私はそれでも生きつづける道を選んだ。そしてカロンが来た。私はカロンと一緒にいて、心に安らぎを覚えた。始めてだった。」

 

 クレインはコーヒーに口をつける。

 

 「………。」

 「それが私のすべてよ。馬鹿でも、愚かでも、クズと呼ばれたとしても、私は決してカロンを見捨てられない。たとえ何があったとしても。私は彼を愛してる。あなたはそろそろ寝なさい。」

 

 クレインは、本を取り出して読みはじめる。

 リューは考えつづける。

 

 たとえ何があったとしても、見捨てられない。

 

 闇派閥でも信頼があり、愛がある。愛があれば、人の営みは代を重ねて続いていく。悪は続いていく。

 

 それでは、一体悪はどうすれば打ち倒せるのだ?続いていく悪は、どうすれば終わらせられるのだ?

 

 横になるリューは考えつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「おい!起きろ!アホエルフ!!」

 「………んがっっ。」

 「お前、本当にどうなってんだ!お前の頭の中は、本当に脳みそが入ってないのか?なんで捕虜が二日も続けて堂々と寝坊できるんだ!?」

 「………あなたたちのせいです。

 「あん?声が小さくて聞こえないぞ!」

 「なんでもありません。」

 

 リューは顔を赤くする。

 さすがに二日続けて寝坊しては………いや、相手が敵で現状が捕虜だということを考えれば、一日でも寝坊を大目に見られたのは、十分過ぎる温情だと言える。

 

 「ほら、アホエルフ。さっさと飯食うぞ。」

 

 リューはことここに至っては、アホエルフという言葉を否定できない。

 

 カロン達は、すでに先に荷造りを済ませていた。食事を摂ったら出立することになる。

 食卓には、パン類と簡単な副菜が並んでいる。

 

 「クレイン、食料はどの程度おいてあった?」

 「六人で食べれば、それなりの量よ。」

 

 カロンはいつだって考える。

 

 ーー陽動は効くか?食糧の具体量次第か?相手を焦らせるか?火薬を所持して、今一度アジトに篭ったら相手はどう動く?まず相手はリヴィラに斥候を送る。全滅を知る。やがて火薬がなくなっていることに気付く。そうしたら、どうする?当面ダンジョンは封鎖する、か?封鎖しながら、ロキを全滅させた相手を精鋭を率いて捜し回るだろう。火薬がないことに気付いたら、一階層を捜し回るだろう。見つからなかったら?そしたら再びリヴィラに人員を送るか?わからん。余りにも、不確定だ。リヴィラよりも上の層に長期間潜伏するのは?ナシか。仮に封鎖が解かれたと仮定してもゴライアスの階層を境目にそれより上は、冒険者は数を激増させる。リヴィラの上では、木っ端の冒険者に見つかる可能性が高い。居住空間を新たに作るのも一苦労だ。やはり、以前のアジトへと戻ることになる。そうなればどうなる?フレイヤが攻めて来るのか?うーん?

 

 カロンはボロボロとパン屑をこぼす。クレインがそれを片付ける。

 

 「クレイン、食料は六人で分けて、どの程度だ?」

 「二ヶ月くらいだと思うわ。」

 

 クレインが答える。彼女はすでにリヴィラの町をみて、確認を済ませていた。

 

 ーー二ヶ月!籠城するにはあまりにもすくなすぎる。そういえば俺達の情報はどこまで敵に伝わっている?俺達の人数は敵には伝わって居るのか?楽観はできない。密告がどの程度詳細なものかはわからない。下手したら浮動派の奴らも、すでにガネーシャに捕まっている可能性がある。そうすれば奴らから俺達の情報が流れていくことになる。必然的にアジトの場所も総人数もばれていることになる。やはり、爆薬でダンジョンを抜ける案が最有力か?

 

 カロンは考えながらも口を動かす。

 気もそぞろな彼の口元からはたくさんのパン屑がこぼれ落ち、それをクレインは笑いながら眺めている。

 

 やがて食事は終わる。

 

 「さて、それでは出発しよう。」

 

 彼らはリヴィラを出立し、上の階層へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 カロンが荷車を曳き、彼ら六人は上へと向かう。リューはこまめに薬を打ちながらクレインが隣についている。道中の魔物は、レンとバスカルが片付ける。

 

 「スマンがここより上は、ハンニバルが斥候を行ってくれ。階段までの道の確認ができたら、ハンニバルは戻って来てくれ。特に一本道のところは、敵の待ち伏せに気をつけてくれ。俺達はハンニバルの報告を待って進むことになる。」

 「ああ。」

 「わかった。」

 

 六階層に着いた彼らは、ハンニバルを斥候に使う。

 

 ーー拠点への籠城は、先がない。たった二ヶ月全滅を先に伸ばして、俺達に道があるとは思えない。我慢比べに勝ち目はない。他に何か有効な方法は………浮動派の連中に罪をなすりつける?不可能だ。リヴィラが壊滅しちまっている。それは誰がやったんだという話になるし、捕まったら奴らは平気で俺達を売り渡すだろう。アジトに攻め込んで来るのを待って、やり過ごす?奴らが攻め込んで来ずに我慢強く上で待機したらどうにもならない。そしてリヴィラを壊滅させるほどの危険な俺達に対して、その案が採られる可能性は極めて高い。ロキを全滅させるほどの戦力相手だと思われるだろうから、さすがにオラリオの油断はなくなるだろう。付け入る隙が無くなる。

 

 ーーそもそも敵の動き出しの速さから考えれば、無理を通した速攻なのは確定的。だからこそ、敵方にもどこかに見落としやミスが存在する可能性が高い。不確定だが、それは時間が経つほどに存在する確率が低くなる。時間は俺達の敵だ。やはり早急に対応するのがベストだろうな。………?待てよ?

 

 カロンは新たな一手を思い付く。

 

 「………おい、エルフ。取引だ。」

 「………なんですか?」

 「お前が俺達の言う通りに動くなら、お前を解放してお前の復讐相手の情報をやる。」

 「「「カロン!」」」

 

 仲間達は驚く。

 リューが言うことを聞くと言って逃げる可能性は極めて高い。

 

 「………それは不可能です。あなたたちの言うことを聞いてあなたたちを逃がしてしまえば、大勢の人間が死ぬこととなる。」

 「………俺達が首尾良く逃げおおせれば、戦いを避けることができて死ぬ人間が圧倒的に減るぜ?」

 「………。」

 「俺達が今から予定しているのは、いわゆるテロ行為だ。一般人を多く巻き添えにして、そのどさくさに逃げ切ろうって算段だ。」

 「………。」

 「俺達の目的は逃げ切ることだ。お前が俺達の言うことを聞いてうまく役をこなすことが出来れば、俺達はつまらないことをせずに済む。一般人が多く命を拾う。俺達はそのあとは、決して人殺しをして生きるようなことをしない。」

 「………。」

 「どうする?」

 

 リューは考え、カロンも考える。

 

 ーーエルフヅテに嘘の情報を流して、ダンジョン入口の冒険者を退かせることが出来れば、俺達は奴らと行き違うことができる。フレイヤの連中さえ入口からどかせられれば、俺達が逃げきれる算段はずっと高くなる。首尾良くフレイヤの連中を俺達のアジトまでエルフが誘導してくれれば、あとはダンジョンで煙を上げてそれに乗じて力わざで逃走する。戦力をまるまる残せれば、外へ逃げる門も無理矢理抜けれる可能性が見えてくる。………エルフが裏切らないことが条件となるが。他にも誘導に奴らが乗らない可能性も高い。しかしうまくやればベストな結果が出せる案でもある。さて………。

 

 カロンはリューに嘘をついている。どのみち、門を抜ける際はテロ行為を行うことを視野に入れている。しかし、戦力が充実しているほど、その規模が小さくて済むこともまた事実でもある。

 

 「………いいでしょう。」

 「カロン、こいつを信じるのか?」

 

 バスカルがカロンに問う。

 

 「………これが最善を導く可能性のある、唯一の案だ。もちろん不確定要素は多く、現時点で先がどうなるかは全く見えない。賭けになるが、現状がすでに十分以上に不安定だ。」

 「………そうか。」

 「とりあえず上へと向かう。ニ階層まで行って一時的に待機する。俺は進む間に、この案に穴がないか。先々はどうなるかのシミュレーションを行う。それまではこのまま進もう。」

 

 カロンは思考する。

 

 ーーエルフは壊滅させられたアストレアの生き残り。こいつの言うことはどの程度信憑性が出せるか。こいつは片足が動かない。もう少しボロボロに傷まみれにすれば、出口に控える連中のところに行ったときにこいつの言葉はそこそこの信憑性を出すことが可能になるだろう。そして奴らをどう動かす?

 

 ーーこいつが裏切る可能性は?そこそこ高い。しかし正義のアストレアの生き残りのこいつなら一般人が犠牲になることを望まないだろう。それを鑑みると、こいつはそこそこ裏切り、そこそこ従順に行動すると判断することが可能だ。仮にこいつが俺達の言う通りに動いた場合、ガネーシャの連中がこいつの言うことを信じる可能性は高い。その場合、俺達は奴らに何を伝えればより上手く動かせる可能性が高くなる?

 

 ーーシミュレーションしよう。仮に俺達がアジトに居ると伝えさせた場合………奴らはまるまる戦力を送り込むか?まずは斥候を送るだろう。そしてアジトがもぬけの殻だと知るはずだ。俺達がリヴィラに潜んでいると伝えさせた場合………やはり行き違いを恐れてまるまる戦力を送り込むことは有り得ない。

 

 ーーこれしかない!俺達が一階層に潜んで、ダンジョンの壁を爆破して逃げようとしていると伝えさせる!こいつは足が不自由で、長距離の逃走は不可能だ。一階層ならば、敵から逃げ切れたという説得力が劇的に増す。そして俺達が隠れている場所を、嘘をつかせる。そうして俺達が出口に近いところに隠れれば、奴らをやり過ごせる可能性が高くなる。すでに一階層に爆薬を仕掛けていたと伝えさせれば、俺達を逃がすことを恐れたガネーシャの連中の判断を誤らせる可能性がある。最悪の場合は………主神のガネーシャが直々に出張って居ること。神は子供の嘘を見破る。ガネーシャが直々に来ていたら、エルフの嘘が通用しなくなる。それが最悪、か?

 

 ーーガネーシャがいた場合はどう対応させる?その場合は………これは並行して作戦を行うのがベストか?実際にある程度の期間、ダンジョンを掘削する。ある程度経って、ダンジョンを火力で抜くことが可能となったら爆薬をしかける。

 

 ーーそして、エルフを逃がして入口近くの連中の下へと送り込む。ガネーシャがその場にいた場合、エルフは嘘をつけない。しかし俺達は実際に爆薬を仕掛けていて、壁抜けが可能な状況!嘘にならない。あとはエルフのセリフを考える必要がある、か。それを考えるのは後回しにして、俺達は爆薬で壁を抜ける案を出していて、爆薬が仕掛けられている場所へとガネーシャの連中とフレイヤの連中を案内させる。フレイヤの連中を誘導させるためには………敵はリヴィラを壊滅させるような危険な連中とでも伝えさせるか。これも嘘にはならない。

 

 ーーエルフを逃がした後に、俺達は仕掛けた爆薬を手早く回収する。そしてエルフの後を追い、可能な限り入口の近くで身を潜める。俺達は奴らが過ぎたのを見届けて、奴らが通った後の道を爆薬で封鎖する。奴らはしばらくダンジョン内に立ち往生することになる。俺達は油をばらまき、煙に乗じて力わざで入口を抜ける。これがベストか?

 

 ーー最悪の状況は、それなりの人数を入口に残されること。特に猛者を残されてしまったら致命的だ。しかし、ロキファミリアを壊滅させるような危険な相手だということが伝われば、奴らが戦力を分散する可能性はぐっと低くなる。俺のこのシミュレーションに穴は?

 

 ーーこの案の利点は、囮としてレンを使う必要がなくなるということ。対して欠点は、爆薬で抜くよりさらに確実性が低くなるということ。もともとあまりにも状況が不安定だ。勇者の行方も不明。先行きに確実なものが何一つとしてない、しかしそもそも俺達の人生自体が不安定だ。俺達は以前から、いつ死ぬかわからないような暮らしだった。

 

 ーーどちらにしろしばらくは掘削が必要だ。その間はエルフをダンジョンに残す必要がある。考える時間は十分に、ある。

 

 「カロン、もうニ階層だぞ。」

 

 バスカルがカロンに伝える。

 

 「ああ、わかった。みんな、ここから上はどこで敵が張っているかわからない。緊張感を持って行動してくれ。悪いが一階層の偵察はレンに任せたい。下手をしたら上は連中が哨戒している可能性や、猛者が張っている可能性まで存在する。最大限の緊張をもって偵察を行ってくれ。」

 「ああ、わかった。」

 

 彼らはやがて、一階層へと向かう階段にたどり着き、レンは上の偵察へと向かう。

 

 ◇◇◇

 

 「カロン、ツイてるぞ。奴らの待ち伏せは、入口近くだ。猛者も見当たらなかった。」

 「そうか。」

 

 カロンは荷車を曳きながら考える。

 彼らは一階層へと上がっていく。

 

 ーー見当たらないことがいないこととイコールではない。俺達は油断するべきではない。猛者やガネーシャが近くに存在していることを想定しておくべきだ。………どこだ?俺達はどの辺りに陣取るべきだ?壁が比較的に薄いダンジョンの入口に近い地点は奴らに見つかりやすく、壁が厚い地点は奴らに見つかりにくい。奴らはいつ頃、定期連絡が来ないことを不信に思う?難しい………19階層からリヴィラに向かう道を爆薬で崩しておくべきだったか?………うん?そうか!そうだ!いい方法がある!俺達は神に嘘をつけない。必然的に、ガネーシャがいた場合はエルフは嘘の情報をガネーシャに伝えられない。だがこの方法は、馬鹿正直に壁をギリギリまで掘削する必要はない。俺達がエルフに嘘を教えればいい!敵を騙すには味方から。いや、別に味方ではないか。俺が馬鹿正直にエルフに情報を伝えずに、適当に掘削したところで適当な量の爆薬を仕掛けてからエルフを騙してしまえばいい!こいつが爆薬や地質学に明るいとは思えない。エルフがそう思い込んでしまえば、エルフの中ではそれが真実になる!嘘の内容を伝えても、それが嘘でなくなる!よし、ここから先は一手を誤ることができない。行動の時は近い。

 

 「みんな、来てくれ。」

 

 カロンは仲間達を呼び寄せる。

 

 「エルフ、耳栓をしておけ。」

 「わかりました。」

 「クレイン、重要事項だ。エルフの耳栓を確実に確認してくれ。」

 「わかったわ。」

 

 クレインが確認を行う。

 

 「さて、みんな。聞いてくれ。俺達は奴らから見つかりにくい、奴らから遠い場所へと陣取ることにする。」

 「カロン、遠い場所じゃあ壁を掘るのが大変だぜ?エルフを使う案を採用するのか?」

 

 ハンニバルがカロンにそう問い掛ける。

 

 「俺達は、その合わせ技を使う。エルフは爆薬や壁の強度とかに詳しいとは思えない。まず俺達は壁を二、三日間掘りつづける。」

 「それで?」

 

 バスカルが問う。

 

 「ハンニバルは戦闘に爆薬を使用するから、どの程度の爆薬でどのくらいの破壊を行えるか知っている。しかしエルフはほぼ間違いなくその辺には疎い。俺達はエルフに嘘をつく。軽く掘って、このくらい掘れば、あとは爆薬で壁を崩せるとな。エルフを騙すんだ。」

 「何のためだ?」

 

 レンが問う。

 

 「子供は神に嘘がつけない。ダンジョンの入口にガネーシャが存在する可能性が有りうる。そうすればエルフの言葉の信憑性が筒抜けになる。だから嘘じゃない状況を作り上げる。」

 「なるほどな。」

 

 レンが頷く。

 

 「俺達がここで壁を掘り、爆薬で壁を抜く寸前だと、エルフにそう思い込ませるんだ。そしてエルフを逃がす。敵が迅速に動けるように時間帯は昼間がいいだろうな。俺達は爆薬を回収して、エルフの後を追い、入口の近くに隠れる。エルフは入口の連中の下に行き奴らにこう告げる。『危険な連中がすぐそこまで来ている。リヴィラはすでに全滅した。奴らは一階層に潜み、ダンジョンに爆薬を仕掛けようとしている。奴らはダンジョンの壁を爆破して、すぐにでも逃げることができる。』ここに一切の嘘はない。実際は俺達はさほど壁を掘削していなく、壁を抜くことは不可能だが、エルフは俺達が壁から逃げ出すことが可能な状況だと俺達に騙されてそう思い込んでいるからだ。」

 「なるほど。」

 

 ハンニバルも頷く。

 

 「そして、フレイヤの奴らが動いたのを確認したら、俺達は奴らが通った道を爆破する。そして入口付近で同時に油を撒いて、物を燃やした煙に乗じて一目散に逃走する。逃げる先は俺が先導する。外に抜ける門に一直線に向かう。決して仲間を見失うな!見失ったら二度と合流できないと思え!これが少し先までの計画の全容だ。利点は、強力な連中をダンジョンにしばらく足止めが可能だということだ。そうすればレンを囮にしなくても、逃げきれる可能性が出てくる。最悪の場合は猛者を入口に残されることだが、これはさほど可能性が高くはない。なぜなら、俺達がリヴィラに差し向けたロキファミリアを壊滅させるほどの戦力だということをエルフに伝えさせるからだ。リヴィラは壊滅したとだけエルフが奴らに伝えれば、奴らは自然とそう解釈するはずだ。エルフの裏切る可能性に対しては、俺達はエルフには偽りの案を伝える。」

 「偽りの案?」

 

 バスカルが頭を捻る。

 

 「ああ。俺達の作戦は敵をおびき寄せて、すれ違うことだ。しかし、エルフに聞かせる俺達の案は、こういうものだ。俺達はエルフを敵の下に送り込み、敵を動かす。俺達はレンを囮にして、敵を下の階層におびき寄せる。そして他の人間は二階層の入口付近に潜み、敵が下りて来ると同時に上に昇り階段を爆破して逃げ出す。」

 「ふむ。」

 

 ハンニバルが考え込む。

 

 「俺達が爆薬を所持していて、俺達はそれを活用して逃げ出すことをエルフは理解している。虚実を混ぜて、煙に巻く。みんなの役割は、差し当たっては三日間壁を掘削してくれ。悪いが俺は先のシミュレーションを行う。クレインはエルフの見張りと敵が近づかないかの警戒を行ってくれ。掘削が終われば俺達はウッカリエルフに逃げられる。俺達はその際、闇派閥に捕まったエルフ………いや、今のうちにやっとくべきか。後でエルフを袋だたきにする。これはエルフが危険な闇派閥に捕われていたということに、より現実味を出すためだ。まあそれは置いといて、エルフに逃げられたら俺達はエルフの後を追う。入口付近に隠れて、危険な奴らが入口からどいたのを確認したら俺とハンニバルが手早くダンジョンの奴らが通った後に爆薬を仕掛けて爆破、レンとバスカルが手早く入口付近に燃えやすい物資を置いて、油を撒いて引火させる。煙が立ったら、俺達は一目散に固まって、移動を行う。レベルなどを考えれば、レンとバスカルが俺とハンニバルとクレインを運んだ方がいいのかも知れないな。それが作戦だ。」

 

 カロンがそう告げる。

 カロンはリューの耳栓を外す。

 

 「エルフ、俺達は今から行動を行う。俺達は壁を掘削して、爆薬をしかける。これは入口にガネーシャがいた場合の対策だ。俺達は神に嘘がつけない。俺達は実際に、壁を爆破して逃げることが可能な状況へと持っていく。」

 「………。」

 「そして、お前は俺達の掘削が終わったら、ガネーシャの下へと行って、こういうんだ。『リヴィラが壊滅した。危険な奴らが一階層に潜んでいる。奴らはいつでもダンジョンの壁を爆破して逃げることが可能な状況だ。』と。」

 「………。」

 「俺達は、レンを囮にする。レンがお前達の前に姿を現し、奴らを二階層へと誘導する。二階層に奴らが降りれば、二階層の入口付近に潜んでいた俺達が入れ代わりに、上へと向かうことが可能になる。俺達は二階層と一階層を繋ぐ階段を爆破する。差し当たっての問題は、お前は闇派閥の危険な連中に捕まっていた割には、見た目に傷が少な過ぎる。俺達は今からお前を袋だたきにする。何か異存はあるか?」

 「………ありません。」

 「そうか、重畳だ。これはお前へのプレゼントだ。」

 「これは………。」

 

 カロンは懐から一枚の紙を出す。

 

 「それが俺が知る限りの浮動派の連中の名前と特徴、それに居場所だ。アストレア壊滅の件に関わった奴らだ。一人捕まえれば芋づる式にできる可能性が高い。」

 「………いつの間に?」

 「リヴィラに居るうちに作っておいた。万一のお前との交渉で何かの役に立つことを考えてな。あとはせいぜい好きにすることだな。」




戦術を一切理解しないままヴォルターがロキファミリアと戦ったら、ヴォルターは囲まれて凌がれつづけて疲労したところをリヴェリアの魔法が着弾してあっさり負けてました。それが知恵を持たない化け物と知恵を持つ化け物の違いです。
ロキファミリアもおそらく少し強いだけの敵としか認識しなかったでしょう。そしてすぐに忘れ去られていたはずです。
そして拙作では、フィンが英雄だからというわけのわからない理由で、リューが正義だからというわけのわからない理由で生き残りました。

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