闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか 作:サントン
リューは眠れなかった。カロンの言葉が頭にこびりついて離れなかった。
『人を殺すことでしか生きられないからだ』
リューは目をつぶって様々なことを考える。
彼らは今日、仲間の金髪の男を埋葬していた。リューは彼らが血も涙もない人間だと認識していた。しかし彼らはこんな余裕のない状況下でも、仲間の埋葬を行っている。
リューは彼らに、仲間の命を大切に想う気持ちがあることすら知らなかった。闇派閥に、仲間を大切にする人間が存在することを知らなかった。
それを知らずに正義を名乗ることが、彼女には恥ずべきことに思えた。
そして彼女は思考を続け、一つの結論にたどり着く。
ーーそうか。あの男が生かして私を連れてきたのも、仲間のクレインが嫌な仕事をさせられるのが見てられなかったからなのか………。そしてそれにも関わらず、何もできない状態の私に選択肢を与えた………。死か奴隷以下の扱いかというろくでもない選択肢ではあったが、あれは彼に与えることが出来る精一杯の慈悲だったのかもしれない。問答無用のやり方も可能だったというのに。始めて出会っただけの、私にかける情けが存在するのであれば、殺さなくて済むなら殺したくないというのもやはり真実なのだろうか………?
リューはいつまでも眠れない。目をつむって横になったまま思考しつづける。
◇◇◇
「カロン、起きてちょうだい。」
クレインはカロンの肩を揺さぶる。カロンは寝起きが悪かった。
「カロン、カロン!」
「うん、ああもうそんな時間か。済まないな。今起きるよ。」
カロンは頭を掻きながら起き上がる。
「コーヒーを煎れといたわ。エルフのステータス封印薬もすでに打ってある。」
「………そうか。わかった。」
コーヒーを一口飲み、カロンは考える。仲間はまだ起きていないか?
「クレイン、お前はまた休んでいてくれ。」
「もう休んだわ。時間が惜しいでしょ?」
「いや、そうでもない。今の状況なら、むしろ多少ゆっくりするべきだ。」
「なぜなの?」
「リヴィラで何らかの物資が手に入ることは、俺達にとっては何よりの僥倖だ。ここで何を持ち出すかが、俺達の先行きを決定的にする。多少の時間のロスをしても、しっかり考えて持ち出すべきだ。」
カロンは考える。当初の予定以外に役に立つものは?
「そう。わかったわ。でもあまり眠くはないわ。」
「………先がどうなるかわからんから、無理してでも眠っておけ。」
「私よりも、頭を使うあなたに睡眠が必要だと思うわ。あなたねぼすけだし。」
カロンは言葉に困る。
カロンは持ち出すものを見繕うために時間をかけるとは言ったが、クレインが横になっている間に町にどの程度の物資が置いてあるのか見て回るつもりだった。
そしてカロンは時計を見て、自分が寝坊していたことに気付く。
ーー三時間といったのだが………クレインは俺に気を遣って一時間余計に寝かせてくれたのか。
今の時間は朝の7時。
「………俺は今から町を見て回る。眠くないならお前は適当に食えるもん捜して、他の奴らが起き出して来たときに出しといてくれるか?」
「それはもう、あなたが寝ているうちに済ませているわ。せっかくだし、町を一緒に見て回らない?」
「こいつ、どうすんだ?」
カロンはベッドで横になるリューを指差す。
「あと二時間は薬が効いているわ。あなたの魔法で縛っているし、動けたとしても芋虫よ。」
カロンは、思案しながら町を見て回るつもりだった。そのためにできれば一人で回りたい。しかし。
ーー少しゆっくりした方がいいと言ったのは俺か。仕方ない。本当に少しゆっくりすることにするか。どうせ先はわからないし、定期連絡の間隔のことも考えれば、すぐに敵が降りて来ることも、上で俺達に対応して何らかのアクションをとることも考えづらい。勇者の動きだけは気掛かりだが。
カロンとクレインは連れ立って家屋を出る。
◇◇◇
ーーやはり、悲惨なものだな。
地面に捨て置かれた夥しい量の死体。すでに蛆や蠅がたかっている。
放っておけば、それらはすぐにでも腐り、疫病の温床と化す。
カロンは可能であれば、土葬か火葬をしてやりたかったが、今は意味のない無駄な時間を使うつもりはない。
カロンはやはり考える。
ーー死体………死体は放っておけば、ガスを発生する。ガス………毒ガスのアイデアは?さすがにそんなものは置いていないか?可燃性燃料はガス状のものもある。
カロンは早くもすでにクレインと連れ立っていることを忘れ果てている。
回りには一面の丸一日経った凄惨な死体だらけで、男はそれを穴が開くほど見続けて一心不乱に毒ガスのことを考えている。あまりにも悲惨なデート。未だかつてこれほど最悪のシチュエーションのデートは存在しただろうか?
しかし、それでもクレインはなお笑う。彼女には、カロンと共にいる時間は安らぎである。
彼女は、カロンがいつも自分たちの状況を良くするために、必死に考え事をするその表情が好きだった。
カロンはどこまでもクレインをガン無視して考え込む。
ーー掘削道具。ツルハシ、スコップ、シャベル………仲間に集めるのを頼むときは、穴を掘れるものといえば構わないか。そうすればあいつらは勝手に穴を掘れそうな物を探して来るはずだ。可燃性燃料………油か。確か俺の記憶が正しければ、燃やすものによって発生する気体が変わるはずだ。二種類の特性を持つものを持って行くべきか?相手の無力化を目的とするものと、目くらましのための人体に影響が少ないもの………。いや、俺にはその辺りの詳しい知識はない。目くらまし、目くらまし、他に何かないか?
カロンは家屋の物置小屋に目をやる。
ーーツルハシは置いてある。他にあるのは縄、針がね、燃料、ノコギリ、あとはよくわからない物か。縄は俺の魔法があるから必要ない。?いや、一応持っておくか?針がねは必要性を感じない。ノコギリもいらないだろう。しかし掘削道具と、燃料だけで大丈夫なわけがない。予断を許さないのだから、役に立ちうる物は可能な限り持ち出すべき。しかしあまりたくさん持ち出すと戦闘に支障が出る。次は家屋の中を探してみるか?
カロンは家の中に入ろうとして、クレインと目が会う。クレインはニコニコと笑っている。
「………スマン。」
「別にいいわよ。あなたらしくてかわいいわ。」
「俺みたいなでかい男がかわいいなんてありえないだろう?」
「そうでもないわよ。」
クレインは、笑う。
「次は家の中を見てみたい。いいか?」
「ええ。いいわよ。」
二人は連れ立って、家屋の中へと入る。
部屋へと入ったカロンは、椅子に座って考える。
ーー必要な物。魔石、必要ない。明かり、必要ない。うん?明かり?明かり、魔石灯。これはどういう構造になってるんだ?魔石からエネルギーを取り出して、光に変えている。魔石はエネルギー。
カロンはその時に気付く。
ーーそうだ!魔石だ!魔石は必要だ!オラリオは魔石産業だ!大体の物は魔石を原動力にして動いている!オラリオで何かが必要になったとき、物を盗んでも魔石がないと動かないという状況が起こりうる!加工した魔石をいくつか持って行くか。それによくよく考えれば、夜間の移動の際に明かりが必要になる可能性もある。魔石灯も必要だな。
カロンは念のために魔石灯を取り、そこらの物を壊して魔石を取り出す。
ーー他は何か必要か?うーん?
考えるのをやめないカロン。コーヒーを作り、そっと差し出すクレイン。カロンは無意識にコップを手に取り、コーヒーに口をつける。
ーー取り敢えずは思い付かない。何か?何かないか?どういうシチュエーションに陥りうるのかシミュレーションしておくべきか?
カロンは頭をクシャクシャに掻きむしる。クレインはそっと後ろに立って髪を撫で付ける。
ーーそういえば仲間達はそろそろ起き出す頃じゃないか?エルフのステータス封印薬は時間的に大丈夫か?
「クレイン、仲間はそろそろーー
「ええ、起きてるわよ。先ほど食堂で見かけたわ。エルフを連れて一緒に行きましょう。」
「ステータス封印薬は?」
「あなたが考え込んでいる間に、打ってきたわよ。」
カロンが悩んでいる間に彼女はやることを済ませていた。
「済まないな。じゃあ、行くか。」
◇◇◇
「おい、エルフ!起きろ!」
「………ふごッッ。」
横になるリューは頭を叩かれる。リューは昨晩遅くまで考え込み、寝る時間が非常に遅くなっていた。どちらかというと現時点が寝入りばなに近い。それゆえのふごッッ、である。どのような顔だったかは、察していただきたい。
「寝てるのはお前だけだぞ?なんで捕虜のお前だけがそんなに呑気なんだ?」
カロンは自分の寝起きの悪さを棚に上げて、捕虜という現状を理解しているのか疑わしいエルフに呆れ果てる。
リューはカロンを睨む。
リューはカロンの言葉のせいで眠れなくなり、カロンに恥ずかしいところを見られた。
ーーおのれ!!私にこんな恥ずかしい思いをさせてくれようとは!!
リューはカロンを恨む。
「ほら、行くわよ。」
カロンはリューの拘束を緩める。
二人はクレインに連れられて、食堂へと向かう。
◇◇◇
「よう、みんな起きてたか。」
カロンとクレインとリューは椅子へと腰掛ける。
「どうだ?何か必要な物は思いついたか?」
「そうだな。確定的に必要なのは、油と爆薬と壁を掘れるものだ。油と爆薬はあるだけの。扱いに注意してくれ。他に欲しいのは縄とか鉄線とかかな。あとはここでの選択が生死に直結するから、何か役に立ちそうなものをみんなで適当に持ってきてみてほしい。」
三人も食事を始める。
朝の食事は、保存されていたパン類だった。
「お前は何か思い付かないのか?」
レンは口に食べ物を詰めたまましゃべる。
闇派閥に、行儀という概念は存在しない。
「うーん、一通り考えてももう思い付かないんだよな。突発的に何かが必要となる事態はいくらでも想定しうるはずなんだがな。でも上に上がったあとの戦略と戦術も練らないといけないし。まあそういうのは、歩きながらになるかな。後でもう一通り、その辺を回ってみるよ。」
「そうか。」
彼らは食事を続ける。
カロンは食事しながらも思案する。
ーー爆薬で壁を抜いた後。次の行動は囮作戦。ここで囮にする人材はすでに決まってるんだよな。言いに行くのが非常に気が重い。実質的に死にに行けと言っているようなものだし。
カロンはボロボロ食事を零しながら考える。
囮をやるからにはある程度時間が稼げて、なおかつ先々の重要度がより低い人物。
ーー早く伝えるべきなのはわかっているが、それにしても気が重い。やめよう。どうせ言う時にも気が重くなるんだし。他に考えること。何があるかね?あぁ。出立時間だ。………どうせ先行きが不明なら、道具を集めたら今日一日休もうか?他の人間はどう考えているのだろう?
「みんな、今日は道具を一通り揃えたら休みにしようかと考えたんだが、どう思う?」
「急ぎじゃあねぇのか?」
レンが聞く。
「今ここで急くよりも、万端の準備の方が優先だ。」
カロンは答える。
「それだったらこれから先の行動のシミュレーションを行わねぇか?」
レンがそう答える。
「レン、お前はそういうのあんまり好きじゃなかったはずだろ?」
「馬鹿いうな。今がどんな状況か、私にだってわかってるよ。少しでも先の行動を考えていた方がいい。」
カロンは困り、渋い顔をする。
「カロン、すでに意思統一はできてるよ。覚悟はできてる。私だって以前それなりの期間ガネーシャにいたんだ。全く戦略や戦術を理解できないわけじゃない。
「………お前だ。」
「そうか。」
レンは笑う。
ダンジョンが仮に爆薬で横抜けが可能だったとしても、音に反応して大勢の冒険者が寄って来ることは明白である。まとまって逃げれば、当然すぐに大勢に攻撃されて全滅の憂き目を見ることとなる。全員で暴れればそれなりの人数を殺せるかも知れないが、復讐を目的としない彼らにそれは全く意味がない。逃げを優先するならば当然、囮が必要となる。
ここで必要な囮はある程度戦えて、ある程度逃げ回れる人材。防御特化で素早さがないハンニバルやカロン、専門後衛のクレインには徹底的に向かない。必然的に消去法で、バスカルとレンが残る。二人でまとめて残ればより時間が稼げるかもしれないが、少しでも戦力を残したい状況でもある。さらに、バスカルには他の使い道が残されている。
「んで、どうすんだ?」
レンは問う。
「………お前ら、一緒でなくても構わんのか?」
「ああ。話し合ったよ。カロンの案に乗って、どちらかを少しでも温存するやり方に異存はない。」
バスカルも笑う。
それを見たカロンは、彼らが二人でしっかりと話をしたのだということを理解する。
「………わかった。取り敢えず飯を食い終わったら物資を集めよう。集め終わったら、これから先の作戦を話すことにする。」
カロンは寂しい。
たとえ彼らが人で無しであったとしても、それなりの期間を一緒に過ごした相手に、カロンはこれからどう死ぬかの指示を出さなくてはならない。
やがて食事は終わる。
カロンはこの食事がいつまでも終わらないものであったらいいのにと願った。
◇◇◇
「それじゃあみんな、物資の調達を頼む。クレインはエルフについといてくれ。俺は先々のシミュレーションに抜けがないか、もう一度確認を行う。」
「ああ。」
仲間達は、物資の調達に町中へと向かう。
先々のシミュレーション、まずは確定していること。
ーーほぼ確定していることは、取り敢えず六階層まではこのまま進めるということだ。奴らがオラリオからダンジョンに大規模に降りて来ることは、ほぼ有り得ない。なぜなら最悪の場合はダンジョンのどこかで俺達と擦れ違いになるからだ。擦れ違ってしまったら強力な人員がダンジョンにいる状態で、危険な俺達がオラリオに出現することになる。それが奴らにとって最悪だとそう判断するはずだ。そこから先は……おそらくは敵はダンジョンの入口付近で待機していることだろう。待機期間はおそらくはガネーシャの連中の定期報告でなんらかの情報が入ってくるまで。それを考えれば、長期間待機する場所はやはり入口近くになるだろう。一本道の場所も念のために警戒しておくか?となるとレンに斥候を頼むべきだが………しかし真っ先に捨てごまに使う人間にさらなる仕事まで頼みたくない。できる限りバスカルと一緒の時間をやりたい。俺は考える必要がある。ならばハンニバルに頼むか。あいつは性格的に臆病だし、案外偵察に向いている。能力を加味すれば万全なのはレンだが。取り敢えず六階層まではまず大丈夫だろう。
ーー奴らの行動を考えれば、浅い階層の誰も来ない場所で潜むのもアリか?食糧をここからある程度持ち出せば、奴らを焦らすことができる。定期報告が入らなかった場合は、奴らがリヴィラに向かうことも有り得る。そうすればしめたもので、上手くやれば擦れ違うことができる。壁の掘削と同時に奴らの監視を行えれば、それがベストか?
そうだ!忘れていた!ダンジョンの壁は生きている!ダンジョンは、放っておけば穴はふさがる!ということは、穴を塞がらないように維持するために木材で補強することも必要となって来る!壁の厚さも確定しない。掘削した岩クズを投棄する必要もある。これは想像以上に時間がかかる可能性がある。他には何か見落としはないか?まずはみんなに伝えるとするか。
カロンは外へと向かう。
「おい、みんな済まない。忘れていた。木材と釘と食糧もくすねといてくれ。」
「木材だぁ?何に使うんだ?」
ハンニバルが問う。
「ああ、爆薬の量と壁の厚さ次第にもよるが、おそらく俺達はある程度壁を薄くしてから爆薬で壁を爆破しないといけない。そのためにはそれなりの期間のダンジョンの壁の掘削が必要だ。なるべくなら後々まで利用性の高い爆薬を確保しておきたいという理由もある。ダンジョンの壁を掘削するためには、木材が必要になってくる。補強しないと生きている壁が勝手に閉じてしまうからだ。俺達のアジトも、確かそうだったろ?それとみんなには悪いんだが死体を一カ所に集めるのを手伝ってくれないか?」
「何だっていまさらそんな面倒なことをするんだ?」
バスカルが聞く。
「ああ。当初想定していたよりも、俺達の行動は時間がかかりそうなんだよ。今日の話し合いは取りやめだ。相手の行動次第だが、奴らが最も行動する可能性が高いパターンを考えると、食糧の補給のために幾度かリヴィラに戻って来る必要が出そうなんだ。そうなりゃ、ここを死体が腐って病気の温床にするわけにはいかねぇ。まとめて油で燃やすぞ。」
「………面倒だが仕方ねぇか。」
レンがごちる。
カロンはクレインの元へと向かう。部屋をノックし、返事が来たために扉を開く。彼女たちは宿屋の一室に居た。
「クレイン、エルフはどうしてる?」
「部屋の中に居る限り、好きにさせてるわ。ステータスがなければ何にもできないし。」
「そうか。」
カロンはしばらく考える。
ーーステータスがない人間に作業を手伝わせても高が知れてる、か?というよりも壁を掘っている間は彼女たちはここに置いておくという選択肢は?それはナシか。死体を燃やしても衛生面が万全なわけではない。ああ、そうだ。
「クレイン、ここにステータス封印薬が置いてあるか確認したか?」
「いえ、してないわ。」
「そうか。じゃあ俺が今から確認して来るよ。」
カロンはそう告げて、物資を置いてある店へと向かう。
ーーステータス封印薬はナシか。タバコがあったのはツイてたな。マッチも持っておこう。他には必要な物は?
カロンはぐるりと見渡す。
ーー特にはナシか。さて、俺も手伝いに行かねぇとな。
◇◇◇
結局、その後は四人がかりで死体を集めるのにまるまると半日かかった。すでに辺りは薄暗い。
カロンは民家の納屋に置いてあった油を大量にかけると、死体の山へとマッチで火を点ける。
勢いよく立ち上る黒煙、強烈な臭いに口元や鼻を覆う彼ら。
カロンはクレインとリューの存在に気づく。
「クレイン、どうしたんだ?」
「ええ、エルフがどうしても死者に黙祷を捧げたいって言うから。」
「そうか。お前もついでに捧げとけ。エルフは俺が見とくよ。」
「そうね。」
クレインは黙祷を捧げ、カロンはリューの近くへと寄る。
しばらくしてからリューは目を開ける。
リューは何となく、口から言葉が出る。
「………命の重さとはどのようなものですか?」
「俺に聞いてるのか?何の禅問答だ?お前馬鹿だろ。俺達は命を軽く扱う闇派閥だぞ?」
「馬鹿なことを聞いてるのは自覚しています。」
「命の重さね。………命に重さなんて存在しないな。」
「馬鹿な!そんなわけないでしょう!」
「そんなわけあるよ。お前が命に重さがあると思いたがっているだけだ。」
「………なぜそのような結論になるのですか?」
「俺達が命に重さが存在したら困るからだ。相手の命を推し量ってしまったら、俺達が死なないといけないという結論が出てしまう。俺達は、複数人を殺している。命に重さが存在したら、俺達の命の方がどう考えたって軽い。」
「………そうなりますね。」
「お前が命を重いものだと考えているのも同じ理由だ。お前にとっては命が重いものの方が都合がいい。」
「違う!」
「違わないよ。誰だって自分の行動に正当性が欲しい。お前はお前の正義が意味のあるものだと思いたい。俺達は俺達で生きるための正当な理由が欲しい。しかし実際は、命に重さや価値をつけるのは、神々であっても不可能だ。」
「それは………。」
「あいつらは娯楽に溺れているだろう。しかしたとえ天界に生真面目な唯一神が存在していたとしても、俺はそいつが勝手に決めた命の重さを認める気はないよ。俺は今ここで生きている。今ここで生きている俺の意見より、ここではないどこかにいるなぜ偉いのかもわからないような奴の意見の方が優先されていいわけがないだろ?真に命に重さや価値をつけることができるのは、自分だけだよ。ただし、自分で付けた価値が、他人に認められるかはわからない。どうやって価値をつけることができるかもわからない。自分で高い価値を付けたとしても、それで命が護られることが決められたわけではない。」
「………。」
「ただし、これは闇派閥の俺の持論だ。一般人がどう思っているかとか、そういうのは一切関係ない。お前が命は重いと思えば、少なくともお前の中ではそうなんだろうさ。」
「………そうですね。」
死体の一部はオラリオで名を馳せたロキファミリアの中枢の人員である。しかし彼らは今はもうすでに物を言わないただの肉の塊に過ぎない。どれだけ強い人間であっても死ぬときは案外呆気ない。
燃え上がる炎、立ち上る黒煙、死体の爆ぜる音。
上昇気流に乗って、彼らの魂はどこへと向かうのであろうか?
天国か?地獄か?あるいはそのようなものは一切存在しないのか?
リューはただただ、彼らの冥福を祈った。
「みんな、後は俺がしばらく残っとくから先に家に帰っててくれ。」
カロンはそう指示を出す。
彼は燻る炎を見つめながら思考をしつづける。
ーーさて、考えることの続きだな。次は上の奴らの思考の
ーー次に、考えることは………出立の日時か。まだ物資の確認も終わっていない。明日出発になるな。エルフはどうするか?今日もクレインの睡眠を削るのは気が引けるな。つくづくさっさと埋めておけばよかった。ここまで連れて来ちまったからには約束を守っておとなしくしてる奴をいまさら埋める気になれん。これは最大の選択ミスだったな。
やがて火は下火になり、カロンはこれ以上見ておく意味はないと判断する。
カロンは家屋へと戻る。
◇◇◇
「戻ったか。もうみんな、飯食っちまったぜ。」
レンがそう話す。
「そうか。クレイン、ちょっといいか?」
「何?」
「出立は明日になる。今日も面倒だがエルフの見張りを交代で頼みたい。今からは俺が見とくから、お前は早めに寝ておいてくれるか。」
「わかったわ。」
「それとステータス封印薬はどれくらいあるんだ?」
「そうね。まだしばらくは持つわ。」
「結構たくさん持ってたんだな。」
「ええ。」
クレインも、かつては人を殺したことがないわけではない。ただしさほど回数は多くない。まあ回数自体に大きな意味があるとは言えないが。
彼女はすぐに、自分の行為に嫌気がさした。しかし誰も彼らのアジトに食費を入れない。食事がないと、当然ヴォルターが腹をたてる。専門後衛の彼女は単騎ではあまり強い魔物は狩れない。それでも彼女は魔物を相手に必死に戦って、今がある。
当時も今も、ヴォルターがアジトに便利に使えるクレインがいないと激昂していたために、長い時間を空けるオラリオに行っての魔石の換金は不可能だった。
そしてやがてカロンが来る。カロンはある日、クレインのために冒険者の女を捕らえてきた。嫌な仕事を他人に押し付けることができるクレインはそれを喜び、大量のステータス封印薬を取っておいた蓄えでオラリオで購入した。ヴォルターはクレインに相談されたカロンが必死に説得した。
そして、ヴォルターは初日に女を肉の塊にした。ステータス封印薬は残った。
それがカロン達のアジトに大量のステータス封印薬が残されていた経緯であった。
「何だ?お前ら今日も二人でエルフの前で見せ付けるのか?昨日もだったろ?おかしなプレイが好きなんだな。」
レンが茶化す。
「ええ。他人に見られるのもなかなか悪くなかったわ。」
クレインがそれに乗っかる。
「おいおい、クレインまで馬鹿なことを言うのはよせよ。明日からは大変なんだからみんなもしっかりと休んでいてくれ。」
晩飯を取り終えた彼らは各々の部屋へと戻る。
◇◇◇
ーーさて、と。
カロンはコーヒーを煎れ、タバコに火を点ける。
ーー俺はうっかり考え込む癖があるからな。エルフのステータス封印薬を打ち込むのは忘れないようにしないとな。
カロンはリューを見る。カロン達が起きている間は、ステータスの使えないリューは特に拘束はされていない。もう少し遅い時間であれば、見張り役がある程度自由に動けるように拘束しておく。
ベッドには、先に横になるクレイン。時刻は午後八時。次に薬を打つのは一時間後。
ーー1時間か。微妙な時間だな。考え込む癖がある俺にとってはどう時間を使うか………。
「………何ですか?」
「うん?どうしたんだ?」
「どうしたんだも何も、あなたがずっと私のことを見ていたのでしょう?」
「ああいや、別に用があったわけでも、意味があるわけでもない。俺の癖だよ。考えていたんだ。お前に視線が行ってたのはたまたまだよ。」
ーーああ、そういや物資の確認も行う必要があるんだった。1時間じゃあ微妙だな。次の薬を打ってからエルフを縛ってから確認に行くか。
カロンは唐突に思い出す。
「あの、あまり見られると落ち着かないのですが。」
「ああ。」
カロンは視線を逸らす。
「………変な男ですね。ずっと見てくるからてっきり変なことをしてくるのかと思いましたが。」
「………うん?いやお前、状況を考えろよ。今の俺達にそんな余裕があるわけないだろ?そんな呑気なのは捕虜になっても堂々と寝坊するお前くらいだよ。」
「んなっっ………。」
リューは痛いところを突かれて絶句する。
ーー1時間でできることか。考え込む癖のある俺の場合1時間でできることを1時間以上かけて考え込むなんてマヌケなことになりかねん。適当にエルフとしゃべって時間を潰すか。
「おい、エルフ。お前どうしたい?」
「どうしたいとは?」
「俺達としては、お前を生かす意味はない。だが殺す意味もない。逃走に捕虜を連れていても、俺達の邪魔になるだけだ。お前が絶対に俺達の害にならないと俺達が確信できたなら、いつでも逃がすことができる。お前から何か案はないか?」
「………思いつきません。」
「お前もうちっと考えろよ。本当に呑気なアホエルフだな。幸薄そうなツラしてるし。」
「アホエルフ!?幸薄そう!?」
「お前自分の命がかかってんだぞ?んで景気の悪いツラしてるから、必死に考え込んで居るのかと思いや、ほぼ即答で思いつきませんとか。お前の辛気臭いツラはただの見せ掛けか?」
リューはなかなか反論ができない。寝坊したのは彼女で、あまり時間を置かずに返答してしまったのも彼女である。
「………私のどこが幸薄そうだというのですか?」
「今の状況がお前にとっちゃ、ツイてるのか?」
「うっ………!」
「俺達に連れて来られて仕事させられたり、ヴォルターに殴られまくったり、散々だろ?」
「殴られたのは災難でしたが、仕事はしてませんよ。」
「あん?」
ーーこいつを捕らえてからまだたったの四日程度しか経っていないし殴りまくったヴォルターはいいとして、ハンニバルのアレがあったはずだが?うん?ああ、そういやあの時ハンニバルは俺達が出かける時間帯くらいにエルフの足が吹っ飛んだと言ってたな。アレはそれで騒いでたのか。
「そうか。」
「ええ。拷問を受ける可能性があると最初に明言されていますし、よくよく考えてみれば私にとってはそれに比べれば足が片方動かないことくらい、問題ありません。私はツイてます!」
リューは幸薄そうという言葉をひっくり返せると思って喜び勇んで胸を張る。
「お前つくづくアホエルフだな。俺達はいつ命を落とすかわからなくて、お前はそれに巻き込まれてんだぞ?挙げ句の果てにお前の仲間は全滅したんだろ?一体お前のどこらへんがツイてるんだよ?」
「うっ………。」
「だから必死に考えろよ。生きて還って復讐するんだろ?」
「………。」
リューは考える。
やはり私は今も復讐を望んでいるのか?
カロンの悪魔の言葉は他人の思考を引きずる。
「どうすればいいんでしょうか………。」
「だからなんで俺に聞くんだよ!自分で必死に考えるんだよ!俺の言葉は闇派閥の戯言に過ぎねぇだろうが!必死に考えた結果、復讐をするならそれでいいじゃねぇか!考えるのを人任せにするなよ!」
カロンは譲れない。
カロンは決して自分が頭がいいと思っていない。それでも彼は必死に考える。
どうすればいいか?どうすれば明日は今日より良くなるか?
今の状況に納得していない。どこまでも考えつづける。
なぜか?
彼ら復讐派を立ち上げたヴォルターは、あまりにも無計画だった。カロンはずっと前から自分たちの置かれた立ち位置が、選択を間違えればあっという間に地雷を踏んで吹き飛ぶ程に危ういものだということを理解している。リューに対する彼の『感情で殺すのは贅沢』というのは真実彼らが切羽詰まっているということでもあるのである。生きるために必要となる殺しだけでも彼らはすでに大々的に手配されている。これ以上ヘイトを受けたらただでさえいつまで持つかわからない現状がさらに悪くなる。現状がそれゆえに彼は生き続けるためには考える必要があることを知っている。常に考えていなければすぐに詰んでしまうという状況が、カロンが思考を続ける現状の下地として存在した。カロンが思考を続けるおかげで現状なんとかもっていることを理解する彼の仲間達は、それがためにカロンに感謝をしていた。
そして無計画に復讐派を立ち上げた死んだヴォルターが彼らに完全に恨まれているかというと、案外とそうでもない。彼らの多くは闇派閥の復讐派でなければ狂信派にしか居場所がなくなる。クレイン以外は危険度の極めて高い連中としてオラリオで手配されているためオラリオには居られない。そして彼らは復讐派を抜けて狂信派に行ったら、捨て駒以外の使い道をされない。彼らは戦闘力がそこそこ高いために優秀な捨て駒となりうる。ヴォルターの個人の戦闘力が高かったおかげで、彼ら復讐派は狂信派の干渉を受けずに済んでいたことを理解していた。狂信派であっても無闇に手をだせば、手痛いしっぺ返しを喰らう恐れがある。
悪の成り立ちを理解するガネーシャを筆頭としたオラリオの徳の高い神々は、それらの対応を今までは眷属に任せてきていた。本来ならば人間のことは人間が対応するのが筋である。しかし対応を眷属達に任せていても、多くの面倒ごとを嫌い娯楽に浸る神々と人々を動かすことが出来ず、結果ロキやフレイヤ等の強力な駒を動かした大規模な作戦が組めない。そして今回の被害は目に余る。考えた末に自分が陣頭指揮を取ってでもこのまま危険な相手をのさばらせるつもりはないという結論に至った。
物事はいろいろと複雑なのである。
結局彼らは全員、以前から極めて難しい一つ物事を決定的に間違えればすぐに詰んでしまう状況からどうやっても逃れることが出来なかったのである。オラリオで快楽に溺れた、人間や神々のツケが廻ってきた存在以外の何者でもない。死体が疫病の温床であることと同様に、人間の欲望は闇の温床となる。
親のいないカロンとハンニバルは人生に宛てが無くオラリオの闇に拾われ、復讐を行ったレンとバスカルはオラリオで利益を得るタチの悪い人間の殺人に短絡の癇癪を起こし、洗脳されて育てられたヴォルターはオラリオが見て見ぬ振りをしてずっと放置しつづけた恨みの行き先である。
彼ら自身は、オラリオに復讐を行う意思は存在しないが、彼らが復讐派であるという事実は意外にもこの上なく当てはまる。彼らはオラリオで享楽に耽る人々や神々の裏側で被害を受けた存在なのである。
光があれば影が出来るのと同様に、禍福は糾える縄の如し。勝者の裏側には常に敗者が存在する。金持ちはたくさんの貧乏人の上に成り立ち、一人の高レベル冒険者の裏側にはたくさんの死者が存在する。そして敗者の妬み、そねみ、歎きはやがて何も知らない子供達の足を平気で引っ張り出す。勝者は勝者で勝ちつづけるために手段を選ばなくなり、ばれなければ、捕まらなければ何をしてもいいと考えはじめる。それらが闇の成り立ちの大元なのである。
すぐに詰んでしまう状況に置かれているゆえにカロンは常に考えつづける。間違うこともあるし、失敗することもある。
それでも必死に考えた結果であるなら、後悔はしても、反省はしても、少なくとも納得はできる。
そして何度も何度も考えつづけて自分の考えの穴や、ミスを捜す。
彼は少しでも納得行く人生をおくるために、明日が良くなるように、いつだって必死に考えるのである。
物資の補給がない状況で兵糧攻めを喰らえば詰むことは主人公も理解していましたが、地下に長く居座る仲間のストレスとの兼ね合いで大規模な襲撃の決定をどうにも出来ませんでした。
補足して付け足しますと、主人公の思惑として敵がオラリオで最も実入りの大きいはずの魔石産業をこんなにも早く不定期の期間放棄することは経済面の観点から有り得ないと考えていました。挙げ句に時期が怪物祭。完全に思惑の外でした。
それと拙作の闇派閥は
浮動派・・・大多数の何となく悪事を働いたり行き場が無かったりする原作様に於けるソーマファミリアのカヌゥのような人間の延長線上にいるような人間。小者だからオラリオからあまり積極的に手配されているわけではない。リューの仇。リューが個人で復讐が可能だったことを考えると強力な人員は存在しないと考えられる。ある意味、最もタチの悪い存在。
復讐派・・・生きるために頻繁に殺しを行い、無計画だったためにカロンが来る前は手配されるということを念頭に置いてなかった。そのために戦闘力が高いことがオラリオにばれてしまっていて危険視されて、大々的に手配されている。浮動派や狂信派にとってはていの良い目くらましになっており、彼らがいざとなったらいけにえに捧げられる存在。
狂信派・・・何か目的があり、目的を共有していない人間にはどこまでも冷淡。謎に包まれている。
こんな感じです。
ついでに十万字を超えそうです。