闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか 作:サントン
「カロン、どうしたんだ?俺達に何か話があると言ってたみたいだが………。」
ハンニバルがカロンに問う。
彼らは車座になって、ダンジョンの床に座っていた。
「ああ、まずいことになった。俺の予想が当たっていれば、ダンジョンの入口には必殺の罠が仕掛けられている。おそらくはそこに、
カロンはそう切り出す。
「マジかよ………。それは確かなのか?」
「可能性はかなり高いと言える。」
カロンの返答にハンニバルが暗い顔をする。
「今からみんなにも、何かの案を考えてほしい。まともに正面を抜けたら、間違いなく全滅だ。」
カロンは苦い顔をして、タバコを出して吸う。
ーー何か、ないか?どうやったら入口を抜けられる?陽動作戦?食料は今、どれくらいある?
「アレはどうだ?カロン、ほら、お前が以前やってただろ?俺達の拠点の入口を増やしたやつだ。」
バスカルが話す。
カロンは以前、拠点に出入口が一つしかないことを危惧していた。出入口一つでは万一の際に、敵に襲われてしまえば袋のネズミとなる。ゆえにカロンは入口を増やすことを望んだ。つまりは建物の非常口の発想である。
そのためにカロンは、リヴィラから地質の本を買ってダンジョンの壁の知識を勉強してから、ハンニバルの所持する爆薬を使用して拠点の入口を増やしていた。
「………なるほど。試してみる価値はあるが、壁の厚さがどのくらいなのかわからないと無理だ。さらに爆薬を使用して壁を吹き飛ばすのであれば、入口の近くで行う必要がある。奴らはその音を聞き付け、すっ飛んで来る可能性が高い。他の可能性に繋がりうる意味のある案ではあるが、そのまま採用は難しい。」
カロンはそう答え、さらに考える。
ーー猛者も四六時中ダンジョンの入口に居座っているわけではないだろうが………しかし少しでも敵に時間を稼がれてしまったらすっ飛んで来るのは明白だ。そうなればやはり勝ち目がない。どうやっても力付くで正面を抜けるという案は採りようがない。
「カロン、なんでオッタルがダンジョンの入口で張っていると思ったの?」
「………今日はダンジョンで冒険者を見かけないだろう。これは間違いなく、ダンジョンの入口で検問が行われている証拠だ。入口からダンジョンに入る冒険者を規制しているはずだ。ここまでやっているからには、入口の罠がヌルいわけがない。」
「そう………。」
クレインは黙り込む。
ーーどうする?ハンニバルが所持する程度の爆薬で壁が抜けるのか?炸薬量的に厳しいか?陽動はどうだ?ダンジョンで爆薬を発破して、音に驚いて侵入した奴らとすれ違うのは………無理だ。入口にも人員を残すに決まっている。どうする?何かいい案はないのか?
「なぁ、カロン。陽動はどうなんだ?敵をおびき寄せて、私が暴れればお前らは逃げきれないか?」
「………無理だ。レン、お前は確かにレベル6直前の強者だが、敵はフレイヤファミリアが丸々出てくる可能性が高い。いくらお前でも、大して時間稼ぎはできない。」
「………そうか。」
レンは黙り込む。
良案の出ない彼らは、沈痛な面持ちで黙り込む。
「ああ、ヴォルターがこんな時いればな。そうすりゃ戦いにも目があったってのによ!」
ハンニバルがつぶやく。
「………フレイヤは強者の集団だ。いくらヴォルターでも………。」
その時カロンの脳裏に稲妻が迸る。
ーーそうか!それだ!その可能性があった!!今リヴィラはどうなっている?レベル7が暴れ狂ってどうなった?リヴィラには食料があり、物資がある!考える余地は十分だ!
「ハンニバル!よくやった!アンタの発言には価値がある!俺は少し考えをまとめて来る。みんなはスマンが続けて案を考えておいてくれるか?」
「どうしたってんだ?」
「スマンが時間が惜しい。考えが纏まるまで待っててくれ。」
カロンは仲間から離れ、タバコを捨てる。新しいタバコをくわえて火を点ける。
ーー今、リヴィラはどうなった?ヴォルターの魔法のことを考えれば敵が丸々無傷というのは有り得ない。そして敵は戦いが終われば、相手がヴォルター一人だった理由を冷静に考えるだろう。指揮を行う戦いに知恵を持った勇者であれば、俺達は組織だという情報と併せてヴォルターが囮の可能性が高いことに気付くはずだ!ヴォルターが一人で暴れている隙に仲間が上の階層に逃げる可能性を。仮に敵がそれなりの戦力が残っていたとしても、奴らはおそらくは囮を使って上に抜けた俺達がこんなに短時間で再度奇襲を行う可能性を考慮してるとは考えづらい。さらにリヴィラには物資がある。物資があれば、爆薬が存在しうるか?掘削道具もあるだろう!ダンジョン内で崩落が怖かったとしても、工事開発を行うことが有りうる町に爆薬が一切存在しないとは考えづらい。他には役に立つものの可能性は?俺達がリヴィラに滞留している間に、無事な奴らが入れ違いに地上へと帰還して戦いの報告をされてしまえばダンジョンの入口を封鎖される恐れはある。しかし、爆薬での横抜けが可能であるのなら、封鎖されても吹き飛ばせる可能性が十分に存在する。賭けにはなるが分は悪くない。何か見落としはあるか?いや、時間がない。考えるのは行動しながらだ。よし!
関係ないことではあるが、カロンは少しだけ思い違いをしている。実際はロキファミリアと相対したヴォルターはあまりにも強く、フィンはおそらくはヴォルターは囮ではなく自分達を壊滅させるために差し向けられた刺客だと考えただろう。その理由は、カロンがヴォルターの強さの目算を誤ったためである。
カロンはタバコを投げ捨てて仲間の元へ戻る。
「みんな、聞いてくれ。俺達は一度リヴィラまで戻り、町の状況を伺う。リヴィラ強襲が本線だ。何か疑問があるやつは言ってくれ。」
「どういうことだ?」
レンが問う。
「ザックリ説明すると、今のリヴィラはヴォルターが暴れ回った直後だ。町を制圧できる可能性や、隠れて有用な物資を盗める可能性が高い。だから町がどうなったか一度様子を見に戻る。」
「なるほどな。」
「バスカルはエルフを連れてくれ。ハンニバルは荷物を頼む。移動を行おう。」
「ええ。」
リューを含めた六人は、来た道を戻り下層へと降りていく。
リューはバスカルに担がれる。
◇◇◇
カロンは考えながら道を行く。何か見落としは?抜けは?状況を考えれば予断は許されない。
そうであるのなら、少しでも多い状況に対する対応のシミュレーションが必要である。
ーーリヴィラの奴らが俺達が戻る可能性を考慮する余地は?取り敢えず万一に対してレンに先行を任せて町の様子を伺ってもらうことにするか。19階層に敵がいる可能性も伝えておくか。今の状況を考えれば、地上になんらかの情報が行かない限りはしばらくは上から敵が降りて来る可能性は存在しない。なぜなら敵は、ロキファミリアという信頼性の高い連中に対応を任せているからだ。町に存在する物資で役に立つ可能性が存在するものは?それは可燃性物質!文字通り、これから先は煙りに巻く必要がある状況がいくらでも出てきうる。例えば仮に、ダンジョンの入口から煙りが出て来たら奴らはどう対応する?まずは間違いなく調査班を送るだろう。罠を警戒して全部隊を送ることは有り得ない。せいぜいそれなりの人数の、それなりのレベルの奴らだ。決定的な効果は望めない、か。大量の煙りが出て来たら?それに乗じて俺達は逃走が可能になるのか?いずれにせよ有用性は極めて高い。他には何がある?何が役に立つ?ここでの選択が先々の命運を左右しうる。
カロンはレンにリヴィラの様子を伺うように依頼する。
ーーさて、町には何がある?先々で何が必要になる?
カロンは考える。
ーー現状で採りうる戦術………囮………相手の気を逸らせるもの………思い付かない。
思考しながらもどんどん下へと彼らは進んでいく。
「カロン、レンが戻ったぜ。」
ハンニバルが呼ぶ。
「ああ、わかった。」
カロンはレンの元へと向かう。
「レン、済まないな。状況はどうだった?」
「ヴォルターの奴相当暴れ回ったみたいだぜ。町はほぼ全滅だ。あまりにも気配を感じないから町の中まで入って見てみたが、中の奴らは生きてても虫の息だったぜ。目に付いた限りはとどめは刺しといた。」
「マジか?あいつらロキのところの奴らも居たんだぞ?ヴォルターはそこまで強かったのか?」
「………ああ。みたいだな。私も知っている奴らがゴロゴロ転がっていた。私も驚いたよ。まあ今は侵入してもなんら問題ないだろう。」
カロンは驚愕する。
ーーそこまで強かったとなると、フレイヤにも対抗できた可能性があったのかもしれない………クソッ!ならばリヴィラで適当に暴れさせて逃走させるという選択肢もあったのか?ヴォルターの魔法の効果が切れるのを待って、合流して加勢するという選択肢もあったんじゃあねぇか?………まあもう考えても詮無いことか。
「わかったよ。助かった。」
彼らはなおも歩きつづける。
◇◇◇
「マジかよ。本当にひどい状況だな。」
カロンはリヴィラの死人の多さと死体の状況のひどさに唖然とする。
ーー凶狼、大切断、怒蛇、剣姫、九魔姫、重傑、ガネーシャの連中………
カロンは町を見て回る。
ーーヴォルター………。
カロンは上半身と下半身が別れた、無惨なヴォルターの死体を見つける。
ーー埋葬してやらないとな。
「みんな、ちょっと集まってくれ!」
カロンは仲間達を集める。
「ヴォルターの死体だ。埋葬を手伝ってくれ。」
「ああ。」
「しょうがねぇな。」
ハンニバルとレンが手伝い、ヴォルターを埋める穴を掘る。
彼らは家屋からシャベルを持ちだし、深い墓穴を掘る。
バスカルはリューの見張りを行い、クレインは食事の準備を行う。
カロンはヴォルターを埋める際、タバコを一本添えておく。
ーー助かったよ。ヴォルター。
彼らは上半身と下半身が別れた無惨なヴォルターの遺体に土をかける。
「それと済まないが、一つ気になることがある。」
「気になること?」
ハンニバルが問い掛ける。
「勇者の死体が見つからない。さらにロキファミリアの遺体が一切の回復薬を所持していなかった。奴の死体を確認しておきたい。お前らも手伝ってくれないか?」
◇◇◇
ーー見つからない、か。奴は生きてる可能性がありうるのか?この惨状で?
カロンとハンニバルとレンはあのあとに三人で、町の捜索を行った。
カロンにとっては、勇者が生きているのであれば、脅威と為りうる可能性が存在すると考えた。
ハンニバルとレンは、ことここにおいてはいくら面倒でも頭脳であるカロンの指示に反対することはできない。彼ら三人は時間をかけて探し回ったが、結局勇者の死体を見つけだすことは出来なかった。
そして夕食の準備が終わり、彼らはクレインに集められる。
「おお、しばらくろくなもん食ってねぇから、助かるぜ。」
ハンニバルの言葉。彼らが拠点を出立してから、すでに一日以上が過ぎていた。
「それでカロン、これからどうすんだ?」
レンが問う。
「そうだな。これからの予定は、今日はもうゆっくり休むことにしよう。明日は朝から、俺は町を見て回る。お前達には俺が指示したものを集めて来てほしい。」
「ああ、わかった。」
ハンニバルがそう答える。
「それとエルフの処遇だな。」
カロンはチラリと目をやる。
末席で食事をするリューはステータス封印薬を再度打たれている。
ーー本当に面倒だな。今の悲惨な町の状況を見て、こいつが何も考えていないとは思えない。怒って暴れる可能性があるのか?俺達の万全な逃避を考えれば埋めるべきなのだが、こいつはここまで俺達の言い付けを守っておとなしくしている。生きるために殺すのは、俺にとっては仕方のないことだ。しかし殺して何にもならない奴を無駄に殺すのは気が引ける。特に被害が無いなら逃がしてやっても構わんが、その場合は俺達を追いかけて来れないようにステータス封印薬を打ってダンジョンに放置という選択肢になる。そしたらどうせ魔物に襲われて死ぬ。ここに置いて行くという選択は?現状では無理だな。先の展開が定まらない。予定が決まっておらず、俺達がいつまでダンジョンにいないといけないかも定かではない。そして俺達のステータス封印薬は三時間程度しか効かない。やはり封印薬の効果がきれたあとに俺達に追いつかれる可能性がある。復讐目的のこいつなら、命を度外視して暴れる可能性があるのか?………わからん。考えていることが読めないし、読めたと思ってもそれが確定事項というわけではない。
やがて彼らは食事を終える。
「各自勝手に部屋をとって休んでくれ。クレインはちょっといいか?」
「どうしたのカロン?」
「エルフには封印薬の効き目は三時間程度だっただろう。予断を許さない状況だけに、戦力の高い奴らには十分な休息をとってもらいたい。俺達で交代で起きて、薬の投与を行おう。」
「わかったわ。」
◇◇◇
カロンは部屋で椅子に座り思案する。彼の横にはクレインによってコーヒーが煎れられてあった。部屋では他には椅子に座るクレインと、ステータスを封印された上でカロンの魔法に拘束されてベッドに転がされたリューが存在する。
ーー考えるべきこと。それはやはり、ここから持ち出す物資を何にするかだ。それが考えるべき最優先事項。他に考える必要があることは?消えた勇者の行方?考えるだけ無駄だ。エルフの処遇?………どうしても邪魔になったときだけ埋めることにして、取り敢えず現状維持か?時間は少しある。取り敢えずクレインに先に休んでもらうことにするか。
「クレイン、お前先に休んでくれるか?」
「………カロン。」
クレインはカロンを見つめる。
「どうしたんだ?」
「………カロン、あなたが考えることに忙しいのは知ってるわ。それでもいつ最後になるかわからないから、話をしてほしいの。」
「何の話だ?」
「私はどうすればよかったのかしら?」
「………続けてくれ。」
「私は以前、私をひどい目にあわせた人間に、復讐を考えていたわ。」
「そうだな。」
「私は、最初は行く宛てがなくここに拾われて、ステータスを鍛えた。復讐を望んで必死に。ステータスは以前は伸びたわ。でも最近は全く伸びない。」
「そうか。」
「理由はわかっているの。私はもう復讐したいとは考えていない。全く戦っていない。復讐なんてどうでもいい。」
「………。」
「私はステータスがあるから、その気になれば逃げ出せたわ。私は手配も受けていない。まあヴォルターがどこまで追って来るかわからなかったけど。」
「………。」
「私はずっと望んでいた。復讐を忘れるほどに。あなたは私を尊重してくれた。私はあなたとしばらく関わってから気付いた。私はあなたの近くにいるときは、心が安らぐのを感じるの。私はあなたが私を連れて、どこか遠くに逃げてくれることをずっと望んでいた。過去の恨みつらみなんかどうでもいいから幸せな未来が欲しくなった。」
「………。」
カロンは思考する。
もし彼女がカロンにそれを伝えたら、カロンはどう行動を起こしていたのか?
カロンはハンニバルにも友情を感じていた。
カロンはハンニバルを置いて逃げただろうか?それとも説得を試みただろうか?わからない。
彼女はずっと苦しんでいたのだろう。クレインは一人で逃げるという選択はなかったのだろうか?
彼女は自分の命が仲間達が殺した命で長らえていることを理解していた。カロンが殺しで得た金を元に。ゆえに自分一人だけ被害者面して逃げ出すつもりはなかった。
そして、カロンもまた苦しんでいた。カロンはクレインが雑に扱われるのを見たくない。彼は仲のいいハンニバルにクレインを雑に扱うのをやめるように説得を考えたこともあった。しかし、ハンニバルもいつまでも長い間地の底暮らしではストレスが溜まる。するとそれを言えば言い合いになり、喧嘩になりかねない。たった六人しかいない中で揉めてしまえば、結果として今より状況が悪くなる。そのためにカロンは現状を少しずつ変えていくしかないと判断していた。
「でも私には未来を築けない。あなたも知っている通り、私の体はどこもかしこも傷だらけ。未来につなげない。あなたはきっと、未来の意味を知っている。人が未来に何かを残すことの意味を知っている。」
「俺は知らないよ。未来のことなんか、誰にもわかんないだろ?未来のことは関係ないだろ?」
「そうでもないわ。仮にあなたがいいと言ってくれても私が嫌だったのよ。気が引けたの。あなたが未来につなげなくなることが。」
クレインは俯く。
「でもそうね。未来のことは誰にもわからないんでしょうね。用心深いあなたでさえも、今回こんなに早く敵が動くことを想定していなかった。」
「ガネーシャの奴らに手を出したのは俺のミスだったよ。」
「あなたは止めていたわ。」
「結局、俺が作戦を立てちまったろ。まとまって動く方針を作り上げたのは、俺だ。俺がまとめちまったせいで、今までよりも強い相手に手出しを出来るようになっちまったからな。」
カロンは考える。
クレインは逃走可能だった。そしてガネーシャ襲撃の際も彼女は、随行しなかった。
カロンは、彼女が誰かを殺すところを見たことがない。
それはつまり、彼女は彼らと一緒にいる意味はなかったということなのだろうか?
彼女が仮に復讐を望んでいたとしても、それを取りやめたのは果たして本当にカロンが理由なのだろうか?復讐は一時期の激情、麻疹にかかったようなものに過ぎなかったのではなかろうか?
もしもそうなのだとしたら、彼女は一体どんな心持ちで日々を過ごしていたのか?どんな気持ちで、カロンが連れて逃げることを夢想していたというのだろうか?
カロンにはわからない。話は続く。
「あなたも、本当は人殺しなんていやなのはわかっているわ。でも、私もハンニバルもここにいる。あなたは苦渋の決断で、私達のために知らない誰かを殺しつづける道を選んだわ。」
「………誰だって無意味に人殺しなんて望まないだろ?」
闇派閥、復讐派。
レンとバスカルはすでに復讐を終えている。ヴォルターがおらず、クレインも復讐を考えない今となっては、ただの他に行き場のない人間の身の寄せ集めになってしまっていた。ハンニバルももともと行き場がなかったからヴォルターに引き抜かれただけである。もはや復讐とは名ばかりでしかない。そして彼らはオラリオから、あらゆる敵意を浴びている。
「どうかしらね?下にいる狂信派の連中だったら、そういう人間たくさんいそうだけど?」
「わからないな。奴らはあまり関わったことないしな。」
「そうね。」
カロンは時計を見る。
「あまり長い間しゃべるのも良くない。これから何が起こるかわからないからそろそろ体を休めといてくれ。」
「そうね。」
部屋にはベッドが二つある。片方にはリューが転がされている。
「それじゃあ私は、先に休ませていただくわ。カロン、私はあなたが好きよ。」
「………そうか。」
クレインはベッドに横になる。
「それじゃあ三時間経ったら起こして頂戴。お休みなさい。」
◇◇◇
カロンはタバコに火を点ける。
カロンは先ほどの続きを思案する。
ーー使える物資、勇者の行方、エルフの処遇、考えることはこの三つか。優先順位は使える物資からだ。しかしこれは最重要ゆえに後回しにするか。まずはエルフの処遇。やはり現状維持しかないか?俺達としては邪魔にさえならないなら、別にどうでもいいことだ。………やはり現状維持か。次は勇者の行方。勇者はどこに行った?確か………レンが町に入ったときには虫の息の奴らが存在していたと言ったな。勇者はそいつらの治療を行わなかったのか?何よりも町の状況を考えれば、奴が無傷ということは有り得ない。それを鑑みると、仮に奴に今襲撃されたとしても俺達には返り討ちが可能だろう。いや、なんらかの回復薬を所持してるか。ロキ連中の遺体に回復薬がなかった。まあどのような状況かはわからんが、現状襲われたら返り討ちにするために戦うという決定事項以外は存在しないか。
カロンはどこまでも思案しつづける。
ーー奴が地上に向かった可能性も高い。しかし無傷でないのなら………傷の度合いにもよるか。そういえば………このまま町の物資が無くなるまでリヴィラに居座って奴らを焦らす手はあるのか?死体を燃やせば、疫病が蔓延することもない。奴らは間違いなく、定期的な連絡を行っていただろう。それが途絶えれば、奴らは異変を察知する。その時には奴らはどう動く?採りうる可能性は?兵を差し向けるか?しかしここにいたのはロキだ。ロキからいつまでも定期連絡が来ないとなると、奴らは相当警戒するはずだ。ロキファミリアを壊滅させうる戦力を持った相手が敵だと。そうなってしまえば、手段を選ばずにダンジョンの蓋をされてしまう可能性が高いか?わからん。いくつも可能性がある。下手したらオラリオの総力を挙げて、ここに襲撃に来る可能性もある。高い確率であるフレイヤへの委託も、俺達には絶望だ。しかし逆に考えれば、ダンジョン内で奴らの派兵と上手く行き違えれば、上の連中の戦力は大幅減か?ダメだ。もぬけの殻のリヴィラを見たら、どうせすぐに戻って来るに決まっている。それに第一、敵が派兵してくるにせよいつ頃になるのか全く見当がつかない。
タバコの火はすでに消えている。
ーー勇者が今、地上に向かっている可能性はあるのか?蓋をされたらそれを抜けるほどの火力は存在するのか?………ダメだ。この方向の思考は手詰まりだ。考えてもわからない。火力にしても実際に明日町中を見てみないとな。となるとやはり考える時間を割く必要があるのは役に立つ物資。何を持ち出す?火薬を持ち出すのであれば、ダンジョンの壁を掘削出来るツルハシなんかが有用だ。他には何かあるか?………何か。ダンジョンの横抜きをするのであれば、相手が攻めて来れないように正規のルートを俺達側から封鎖する策も有りだな。音を立てたら入口から人間が寄って来る可能性がある。となると壁を掘削道具で薄くして、入口側の天井と脱出側の壁を同時に爆薬で抜く。それで外に出て、その後はどうする?最も有効なのは、囮作戦だ。誰かが派手に暴れれば、そっちに目が行くことになる。
「聞いてますか!」
「おぉぅ!?」
カロンは突如声をかけられて驚く。
彼は慌てて時計を見る。思考を始めてからおよそ二時間。まだ時間ではない。しかし思考に没頭しすぎていた。カロンは反省する。
「ああ、済まない、クレイン。見張りにも集中するよ。」
「は?」
「ん?何だエルフか。催したか?」
「………違います。」
「じゃあ何のようだ?腹でも減ったか?キチンと晩飯を食わないからだぞ。」
「違います!!」
リューはベッドから起き上がって、縛られたままでベッドに腰掛ける。カロンを見て、切り出しを考える。
「………今日、町の惨状を見ました。」
「それがどうした?俺は考えることがある。」
「待ってください!私は!!」
リューは声を荒げる。
「声を落とせ。クレインが起きるだろう。」
「………すみません。」
「それで何だ?時間がもったいないから手短にしろよ。」
「私は短い間とはいえ、クレインに世話をされました。」
「ああ。」
「彼女は私に言いました。自分の嫌な仕事を私に押し付けると。」
「そうか。あいつは伝えたのか。」
「ええ。しかし同時に彼女は服を脱いで、『私は以前あなたと同じ境遇で、こんな体になっても生きてるわ。あなたも頑張って生きなさい。』とそういいました。」
「そうか。」
カロンは目を細める。穏やかなその青い目はとても優しいものだとリューには思えた。
「町の惨状を引き起こしたのはあなたの仲間で、彼女も仲間だったはずです。町の惨状を見ればあなたたちが悪なのは絶対的です。なのに私には彼女がどうしても憎めない………。」
「………それは悪党に対する、ただの同情だよ。俺達は悪で、人を害する疫病のような存在だ。」
「………私はあなたが彼女と話しているときも起きていました。」
「………早く寝ろよ。」
「あなたたちの仲間のせいです。あなたたちの仲間が、私をしょっちゅう殴ったせいで、私は気絶してばかりで体内時計が狂っています。おかげで眠れませんでした。」
ーーヴォルターのせいかよ!?
カロンは仏頂面をする。
「彼女とあなたの話を聞いていました。あなたは人を殺したくないと。それは真実ですか?」
リューは真っ直ぐにカロンを見つめる。カロンは顔を逸らす。
やがていつまでもカロンを見つめつづけるリューにカロンは根負けする。
「………まあそうだな。」
「じゃあどうして闇派閥にいるんですか?どうして人を殺すのですか?」
「………だから疫病なんだよ。あいつらもきっと生きるために人を殺している。殺さなければ、生きられないからだ。俺達も殺さなければ、生きられない。俺達も疫病も人間に嫌われている。」
「それならあなたはそこからクレインと逃げればよかったじゃないですか!!」
「………俺がここに来たのは、10歳くらいの時だったかな。」
カロンは話す。
「俺がここに来たとき、俺は人生の宛てがなかった。俺は何も知らずにダイダロス通りに迷い込み、闇派閥の男に拾われた。俺は連れていかれた先でハンニバルと出会って気が合い、俺はハンニバルしか頼りがなかった。」
リューはとても寂しい話だと感じた。
カロンの二つ名は青い目の悪魔。
悪魔は人を食うことでしか生きながらえないのか?
「ハンニバルは手配されていた。ヴォルターも手配されていた。俺が入ってしばらくしてからレンとバスカルもやってきた。そいつらもやっぱり手配されていた。手配されていなかったのはクレインだけだ。俺が来たとき、他の奴らはすでに人を殺して生きていた。」
「………そうですか。」
「俺にも当然それはまずいことだとわかった。でも俺はどうすればいいのかわからなかった。当時は死んだヴォルターが今よりも遥かに苛烈だった。今よりさらに弱い頃の俺は、叩かれるのをハンニバルに体を張って庇われていたんだ。ハンニバルが耐久特化なのも臆病なのも多分、ヴォルターに殴られつづけたせいだな。」
「それは………。」
「俺はあいつを何とかしたかった。あいつは臆病でも、俺をたった一人の仲間だと想ってくれたんだろうな。俺はあいつに可愛がられた。俺はあいつを助けたかった。でもあいつは手配されている。俺は行く宛てがない。逃げたらあいつが一人ぼっちになってしまうし、俺は今よりもさらにステータスが低かったんだ。一度着いてきてしまった以上はある程度強くならないと逃げ出せない。逃げたらヴォルターが怒って追いかけて来る可能性も高かった。」
「………。」
「そのころは、ハンニバルはレベル4でヴォルターがレベル6だな。俺は新人でヴォルターに叩かれたら手加減されてたとしてもすぐに死んじまう。俺はヴォルターにしょっちゅう口応えをしていた。俺はそのたびに叩かれそうになり、ハンニバルはその度に痛い想いをしてたんだ。………見捨てられないよ。クレインだっていい奴だったし。………それから俺達は変わったこともあれば、そうでないこともあった。ヴォルターは以前よりは暴力を控えるようになった。」
リューはカロンとヴォルターの話を思い出す。ヴォルターは力で屈服させることしか教えられなかったと言っていた。
「俺はその後もどうすればいいか考えたよ。ずっとずっと考えた。オラリオで暮らすことは不可能だし、ヴォルターは暴力が減ってもオラリオへの復讐にはずっとこだわっていた。」
「………。」
「俺はどうすれば幸せになれるかずっと考えた。ハンニバルとクレインを連れて逃げることも考えた。でも、オラリオは中に入るのは簡単でも、外に出るのは難しいという話を聞いたことがあるんだ。ハンニバルが手配されている以上、力付くでオラリオの外に逃げる以外に選択肢は存在しない。そしてやがて体が大きくて目立つ俺もあっという間に手配された。オラリオに留まったら、しばらくは隠れ潜むことができたとしてもいずれヴォルターと民衆が俺達を殺しにやって来る。俺達にとってはオラリオは出口のない迷宮で、迷宮はその中の安全地点のようなものだ。普通のやつらとあべこべなんだよ。」
「………そうなんですね。」
「お前は正義を目指していたのだろう?俺からアドバイスするが、復讐殺人は止めといたがいいと思うぞ。俺だってそんなつまらないこと考えねぇぜ。生きることには賛成するが。生きるために人を殺す必要のある俺の考えでは、自分の感情のままに人を殺すのは贅沢が過ぎると思うがね。体の汚れは落とせても、魂の汚れは落とせないと思うが。」
「………なぜそう思うのですか?」
「お前が誰かの憎しみを買えば、忘れようとしても逃れようとしても敵意がお前をどこまででも追って来る可能性がある。敵はお前が考えている以上に鼻が利くかも知れねぇぜ?執念深い奴らだったら、猟犬のようにお前の魂の汚れの臭いを嗅ぎ付けてどこまででも追って来る。そうなりゃお前は敵意に囲まれて、のっぴきならない事態に陥らないとも限らない。深淵を覗くものは深淵から覗かれる。その視線は、お前が考えているよりもずっとしつこくて恐ろしいと思うがね。」
リューは考える。彼の話を眉唾だと切り捨てることは出来る。しかし。
彼自身が自分の魂の話をしているということだろうか?
彼は殺人を行い、魂が汚れている。彼は敵意に囲まれて、確かに現実のっぴきならない事態に陥っている。
自分のようになるなと言ってるのだろうか?
「じゃあ!私はどうすればいいというのですか!?」
「知らんよ。これはただのどうでもいいアドバイスに過ぎない。どうするかはお前が自分で決めることだろ?俺はもう交代の時間だ。」
カロンはクレインの側へ寄り、彼女へと声をかける。
「クレイン、起きてくれ。」
「………時間かしら。」
「ああ、頼むよ。コーヒーも煎れといたぜ。封印薬はまだ打ってないから任せたぜ。」
「ええ。ありがとう。」
カロンは布団に横になり、すぐに寝息をたてる。リューは彼の言葉を忘れられない。
リヴィラの夜は静かに過ぎていく。
ダンジョンに存在する別の出入口はレベルではなく多くのマンパワーがないと作れません。たった六人の彼らは、狂信派か浮動派が造ったそれを知らされてません。いざという時のとかげのしっぽ扱いですね。いざという時は彼らをオラリオにぶつけてしまえば彼らは高レベルだからそれなりにオラリオにダメージを与えて混乱させることが出来るだろう、という他の闇派閥の人間の思惑です。