闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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惨劇と先行き

 「俺はついてるな。肺が残っていれば、タバコが吸える。」

 「この、化け物がっっ!!」

 

 フィンは仰向けになって、叫ぶ。辺りは一面惨状としか呼べない、悲惨な有様だった。

 ガネーシャの連中は、ことごとく毒にやられて地面に倒れ伏し、ロキファミリアも全滅としか言えないような状況。フィンの片目は潰されていて、惨状を作り出した張本人であるヴォルターは上半身と下半身が別れていた。

 

 ◆◆◆

 

 ヴォルターは辺りを見回す。ヴォルターの周囲には、ロキファミリアの精鋭達。戦いの場は建物の屋根の上。

 ヴォルターの脳裏には、必死に刻み込んだかつてのカロンの言葉が浮かんでいた。

 

 ーー浮いた駒から落とす。駒の配置には、意味があるものだ。浮いた駒は弱く、後々の伏線を考えて布石として置かれている可能性も高い。とすればあいつか。

 

 ヴォルターは敵の動きをつぶさに観察していた。真っ先に潜ませた駒。

 

 ヴォルターは周囲の人間を一切無視して、建物の影に隠れ潜むリヴェリアへと詰め寄る。周りのロキファミリアの人間はレベル7の人間の速度についていけない。唯一追い縋れるアイズの風も、蟲を吹き飛ばすことに使用されている。

 

 「リヴェリア、逃げろおおおおぉぉぉ!!」

 

 フィンが叫ぶも意味を持たない。行く手の冒険者を蹴散らしながら瞬く間に距離を詰めたヴォルターは、専門後衛で近接にさほどの心得を持たないリヴェリアを縦に一刀両断する。

 

 「リヴェリアァァァ!!!」

 

 ティオネが叫びながら真っ先に、リヴェリアを始末したヴォルターに追い縋る。

 ヴォルターは嗤う。

 

 「ティオネ!!突出するな!!浮いたら瞬殺されるぞ!!纏めてかかるんだ!」

 

 その言葉にティオネは止まり、ヴォルターは考える。

 

 ーー残念だ。蟲にも使用時間があるから、さっさと一人ずつかかってきて欲しかった。駒にはそれぞれ力の強弱と役割がある。カロンの言葉だ。役割を見極めて、急所を突く。戦場で、大きな役割を果たしていて尚且つ落としやすい駒。となると、俺の次の標的は蟲を無効にするあの風使いか。あいつは今、蟲を退けることに集中している。

 

 ヴォルターはアイズに向かい突進する。狙いを理解したロキファミリアはアイズの周りに集結する。

 フィンは考える。

 

 ーークソッ!!あっという間にベートに続きリヴェリアまでやられてしまった!!やはり化け物だ!わずかな隙が致命の一撃を呼ぶのだから、回復することすら不可能だ!浮いた人間は何も出来ずに落とされる事になる!しかもアイズを狙うということは!!

 

 「アイズ!!蟲の対応はするな!!風を剣に纏わせて、仲間と連携をしてしぶとく戦うんだ!!」

 

 ーー蟲への対応を捨てるか。まあそうなるだろうな。蟲は喰らうのが痛手でも死なないからな。俺の攻撃よりはヌルい。

 

 ヴォルターの蟲の毒魔法の真価。

 この魔法は広域の魔法であり、敵が多ければ多いほどに凶暴な効果を発揮する。さらに、相手方の対応に迫り来る幾つもの脅迫観念。

 自分を含めて広域に作用する魔法ゆえに、実は毒自体はさほど強力なわけではない。高レベル冒険者や高い耐異常を持つ者であれば、それなりの時間堪えられる。しかし、それを彼らは知る由もない。

 

 蟲に対応するのか?ヴォルターに対応するのか?蟲は敢えて捨て置くのか?蟲はどれくらいの時間、出現するのか?蟲の効き目はどれくらいなのか?蟲の効果に高をくくったら、戦いの後々に甚だ不利になる可能性が存在するのではないか?時間が経つほど、毒は体に回るのではないのか?今のままの対応で正解なのか?何か他には有利な戦術が存在しないのか?

 

 そう、蟲の魔法の真価は、『時間が経つほどお前ら不利になるぞ?』という相手の精神に迫り来る脅迫なのである。

 ヴォルターの広域毒魔法は戦術を理解して先手を取り、相手を後手に回しつづけることで最凶最悪の魔法と化すのである。

 

 ーー私は、負けない!目的も遂げずに、こんなところで死ぬわけがない!

 

 ヴォルターの真正面には風の魔法を剣に纏わせたアイズ、周囲にはガレス、フィン、ティオナ、ティオネ。

 ヴォルターは小枝のように大剣を振り回し、剣が動く度にロキファミリアの精鋭達の武器は少しずつ欠けて行く。ロキファミリアは必死に敵を囲んで連携し、ヴォルターの肌に傷を刻んでいく。

 

 ーー………確か、カロンは知能の高い相手は敵の焦りを見抜いて足元を掬って来るとか言ってたな。じゃあしばらくは現状で我慢するか?待てよ。俺の蟲の魔法はじきに効果がなくなるけど、毒は敵の体内に残る。それはつまりこいつらだっていつ蟲がいなくなるのかって焦っているはずということなんだろうな。足を掬う………ならば少し試してみるか。

 

 それは化け物が青い目の悪魔より授かった人心を惑わす手法。

 ヴォルターは、戦いながら周囲を見ていた。力任せに戦うかつての彼には有り得ないほどの視野の広さ。

 ヴォルターは囲まれるのを嫌がるフリをして、少し後ろへと引く。それを見て好機と迫り来るティオナ。浮いた駒。かかった。化け物は密かに嗤う。

 

 まともに考えれば、ティオナにも一人で突っ掛かるのは愚行だとわかるはず。

 しかし、蟲の魔法は脅迫する。

 

 ほら?今攻撃しないとお前ら時間と共に不利になるぞ?お前ら、時間が経つほど毒が回って力を落とすんだぞ?俺は対応が仕切れずに、逃げてるんだぞ?今を逃して、好機はもう来ないかもしれないぞ?

 

 ヴォルター(化け物)は嗤う。

 

 「ティオナ、ダメだああぁぁ!!」

 

 フィンの声に反応して、全力で回避を行うティオナ。迫り来る恐ろしく早いヴォルターの大剣の横薙ぎ。

 間一髪かわすも、武器の大双刃は両断され、吹き飛ばされる。

 

 ーー弱い駒や浮いた駒から、確実に落とす。

 

 ティオナはヴォルターの返しの二撃目で、そのまま両腕を斬り落とされる。さらに腹部を蹴り飛ばされ、血へどを吐いて地面にクレーターを作って沈み込む。トドメにヴォルターは体重をかけてティオナの頭部を踏み潰す。

 

 ーーこれは………ダメだ。犠牲を許容せずに倒せる相手ではない!!僕たちも最悪全滅を覚悟しなければならない!!

 

 ◆◆◆

 

 そこから先は、さらなる地獄だった。敵の蟲はその後すぐにいなくなった。

 残されたのは、肉の盾を許容したどちらが先に倒れるかの凄惨な殲滅戦。フィンはガレスやガネーシャの冒険者に死ぬように指示を出し、アイズとフィンとティオネで必死に化け物の生命を削り取る戦い。

 ロキファミリアやガネーシャの連中にも毒が回っていて、倒れるのは時間の問題だった。

 

 そして敵は、知性を持つ人間でも知性のない化け物でもなく、知性を持つ化け物である。あまりにも強大だった。

 フィンの切り札の魔法を使用した全力の投槍を、大剣でやすやすと縦に切り落とすほどの。

 そして、その時に足止めを行っていたティオネはヴォルターが口から吐き出す魔法の毒霧を顔に受け、怯んだ瞬間にやはり左手と左足を縦に斬って落とされた。

 

 最終的に、命を張ったガレスが死に物狂いで化け物の大剣の横薙ぎを盾と体で止めて、すでに剣を折られていたアイズがガレスの武器に風を纏わせてガレスごと横に両断した。

 化け物は両断される際に、同時に大剣をガレスの体から無理矢理引き抜いてアイズの首を切り落とした。さらに横薙ぎを喰らって吹き飛ぶ化け物の上半身は、すれ違うフィンの顔を強烈に殴りつけてフィンの顔は陥没して左目は失明した。

 

 戦いは決着し、十分な戦力を率いて居たはずのロキファミリアの生き残りは頭部に重傷を負い死にかけのフィンと左手と左足を切り落とされて出血多量で地に伏すティオネのみという、あまりにもあんまりな惨状。ティオネも早期に治療しなければ落命が時間の問題で、動ける人間は誰もいない。

 実質的にロキファミリア全滅である。

 

 惨状を引き起こした化け物は、戦いが終わり懐より一本のタバコを取り出して火を点け、上半身のみで仰向けになりながらのんきにタバコを吸っている。

 そして、タバコを吸い終わった化け物はやがて動かなくなった。

 

 フィン達ロキファミリアは巨人殺しである。今回の敵はあまりにも強大で、討伐は確かに巨人殺しの異名には相応しいだろう。

 

 英雄達は化け物を討ち倒す。 

 

 しかし、こんなに被害がでるのなら、こんなにやる瀬ない気持ちになるのなら、そんな勇名などいらないから逃げ出した方がマシだった!

 

 百戦錬磨の勇者は、始めて戦いを後悔して己の武勇を恨んだ。

 

 ◆◆◆

 

 カロン達は急ぎ上層へと向かう。リューは、万一の際に対応が可能なバスカルへと任されている。

 カロンは思考する。リヴィラの状況は、カロンには違和感の塊だった。

 

 ーーどういうことだ?ロキファミリアの主力が全員リヴィラに出てきているだと?なぜだ?ガネーシャの眷属もたくさん居たということと俺達がガネーシャを襲った直後だということを併せて考えればほぼ間違いなく俺達への対応だと思われる。しかし俺達への対応だとしても、当てずっぽうにしては過剰戦力のように思える。そこまでしたら、オラリオが手薄に、というほどではないか。にせよやはり過剰だ。おかしい。可能性、やはり俺達の住居がばれていたのか?俺達の拠点の位置になんらかの根拠があったということなのか?やはり俺達の拠点に攻め入る直前かもしくは俺達に対する兵糧攻めを行っていたということなのか?

 

 「カロン、少し休憩しましょう。」

 「ああ。」

 

 クレインはカロンへと声をかける。

 彼らは休みなしに上層へと向かっていた。ヴォルターの毒魔法を喰らっているリヴィラの敵が、すぐに追いかけてこれるとも考えづらい。カロンも落ち着いて思考する時間が欲しかった。彼らは休憩をとるために野営を設置する。

 

 「エルフはどうだ?封印薬の効き目と健康面は?」

 「そうね。バスカルに頼んで見ていてもらうわ。顔色は少し悪いけど、すぐにどうこうなる状況でもなさそうよ。封印薬はやはり効き目が薄いわね。さっきまた打っといたわ。」

 「そうか。」

 

 カロンは思考する。俺が考えるべきこと。

 

 「スマン、クレイン。もう少し俺には考えることがある。」

 

 カロンはやはり一人で思案の海へと沈む。

 リューをバスカルが見張り、辺りの様子はクレインが見張ってくれている。

 カロンは仲間内から離れて、小さな奥の行き止まりの部屋で座り込む。

 

 ーーさて、ダンジョンの階層も後少しだな。これからどう行動をとるべきだ?確定させられるのは?まずはクレインにダンジョンの入口を偵察してもらうことか?………違和感があるな。何だ?

 

 カロンは辺りを見回す。ここは6階層付近のはずだ………。

 

 「よう。」

 「ああ、何のようだ?」

 

 カロンの近くへとレンがやってくる。

 

 「お前下でヴォルターと何か話してただろ?何の話をしてたんだ?」

 「大したことではないよ。」

 「本当か?」

 

 レンは疑わしげにカロンを見る。

 

 「あの馬鹿が囮をやりたがるような殊勝な人間には思えねぇぞ?何かあっただろ?」

 「いや、別に何もないぞ?」

 「嘘つくなよ?」

 「嘘じゃねぇよ。それより今は考えることがあるんだよ。」

 

 レンはため息をつく。

 

 「はぁ、仕方ねぇ。正直に言うとするか。私はお前に懺悔の言葉を聞いてもらいに来た。」

 「お前が懺悔するような人間には見えんぞ?」

 「まぜ返すなよ。私にだって気持ちはあるんだ。」

 

 レンは続ける。

 

 「私はヴォルターの馬鹿がお前に何か話をしたんじゃないかと思ってな。ヴォルターは珍しくスッキリした顔をしていた。いつも不機嫌そうな顔付きをしているあの男がな。それをこっそり見てたから、私も話をしたくなったんだよ。」

 「そうか。それで、何を懺悔するんだ?」

 「………私だってかつてのガネーシャの仲間に手を出して心が痛まないわけないんだ。」

 「ああ。」

 「私の罪は、バスカルをこんな馬鹿げたことに巻き込んでしまったことだ。バスカルは以前どうすればいいのか悩んでいた。仲間を殺されて復讐も考えたが、それでもやはり主神のガネーシャを信用するべきなんじゃないかとな。」

 「ああ。」

 「私は寂しかった。ゲイルの復讐をしたかったが、一人で行動するのが嫌だったんだ。それで、迷っているバスカルを唆して、私より気の弱いバスカルを強引に巻き込んで復讐を手伝わせたんだ。私は復讐を遂げたことには何の後悔もないが、バスカルを巻き込んだことは後悔しているよ。あいつは今頃、ガネーシャのところで幸せに暮らしていた可能性もあったんだ。私のせいでこんな酷い状況に陥っている。」

 「そうか。」

 

 カロンは理解している。レンもバスカルも、復讐は終えている。

 しかしなぜ今ここにいるのか?

 他にもう、居場所が存在しないのだ。他には狂信派くらいしか居場所は存在しない。何がどうなってここにたどり着いたのかは知らないが。

 

 「そして生きていくのには金が必要で、私たちに残された稼ぐ道は殺す他には存在しない。さもなくば公に出頭して縛り首か、飢え死にだ。ガネーシャの連中に手をかけるのは心が痛んだが、私が弱気を見せれば連れてきたバスカルに申し訳が立たないだろ?バスカルは私より気弱で、バスカルはこんな馬鹿な私に付いてきてくれたんだからさ。」

 「ああ。」

 「だから、ガネーシャを襲撃する案が出たときも、私は強気で決行を主張した。私が迷えば、バスカルは私以上に迷い、自分を信じられなくなれば生きる力を失っていく。」

 「そうかも知れないな。」

 「今の状況は最悪で、駒は捨て駒として消費されていく。」

 「突然何を言ってるんだ?」

 

 レンは笑った。

 彼女はカロンの難しい顔とリヴィラを抑えられているという事実から現状は極めて悪いとカロンが考えているであろうことを推測していた。そしてそれが事実の可能性が高いということも。

 

 「私の懺悔はすでに終わったんだよ。話が変わったんだ。今度はお前の話だ。お前はこう考えているのだろう?『現状はどうなっているのか?どうやったら一人でも多く生還させられるか?』って。お前のそれは間違っているよ。」

 「何だと?」

 「すでにお前以外の私たちの意思は統一されているんだよ。お前が知らないうちにな。私たちはみんながお前を気に入っていた。私たちみたいな破綻者じゃあ無かったくせに、ハンニバルに友情を感じて何とかよい未来を築きたいとこんな馬鹿げた人生に必死になって考えてくれたお前が。知らないうちに何かを私たちの心に与えてくれるお前が。だからみんなお前を生還させることを目的にしているぞ?ヴォルターの馬鹿だってそうだったんだよ。」

 「………それは。本当なのか?」

 

 カロンは彼らの心の拠り所であった。

 カロンはヴォルターに欠けていた常識と知能を与え、レンとバスカルに仲間のことを考える心の余裕と指針を与え、ハンニバルの寂しさと孤独を埋め、クレインの安らぎと希望となっていた。

 

 「私たちには未来を築けない。その方法がわからないし、きっとその価値もない。」

 「………俺にも価値なんて存在しないぞ。」

 「お前は自分の価値を自分で決められる人間だよ。人間の価値は行動で決まるものだろ?お前は価値のある行動ができる人間だとみんな信じてるよ。」

 「信じられても困るぞ。」

 「いいんだよ。誰でも一度の人生ならば、信じた人間に全部を賭ける馬鹿がいたって別にいいだろ?安い人生なんだし。賭け事だから、損しても自己責任だ。お前は好きに生きろよ。覚悟を決めろ。みんなお前が生き残ることを何よりも強く願っている。話は終わりだ。」

 

 レンは去っていく。

 そしてしばらくして入れ替わりにバスカルがやってくる。

 

 「よう。」

 「ああ。お前はエルフの見張りを頼まれていたんじゃないのか?」

 「ああ、それはレンに替わってもらったよ。」

 

 バスカルは苦笑する。

 

 「それでどうしたんだ?」

 「………レンが言ってたよ。実はお前の本職は神父だって。これからどうなるかわからないから、懺悔するなら今のうちだぞって。」

 「俺が神父のわけないだろうが!俺はお前達と同じ、ただの闇の住人だ。」

 「そうか。神父じゃないのか。じゃあ守秘義務も持たないな。なぁ、カロン。教えてくれよ。さっきレンはお前に何と言っていた?」

 「………………。」

 

 カロンはただバスカルを見る。

 バスカルはカロンのその目の青がとても綺麗な色をしていると感じた。

 

 「教えてくれ。お前の顔を見ればわかるよ。状況は、甚だ悪いと。だからもしこれが最後の可能性があるのなら、俺だって知ってから死にたい。薄々何の話をしていたか予測は付いてるんだよ。」

 「……………。」

 

 カロンは考える。レンがバスカルをここに寄越した理由。

 それはレンも、ひょっとしたら自分の気持ちをバスカルに知っておいて欲しかったのではなかろうか?

 

 「………俺はレンに怒られたくない。お前が俺がしゃべったことをレンに悟られないようにできるんなら、こっそりと教えてやる。」

 「もちろんだ。」

 「レンはお前を連れてきたことを後悔しているといっていた。復讐に巻き込んだことを。」

 「やはりそうか。」

 

 バスカルはため息をつく。バスカルは目を細める。

 

 「後悔か。………俺は自分の理性に従ってレンを諌めるべきだったのかも知れないな。俺もそれをいつも考えていた。」

 「………誰にでも後悔はあるよ。」

 「後悔にしては少し重いな。おかげで俺達はこんな人を殺すことでしか生きながらえない道に迷い込んでしまった。………俺は迷っていたんだよ。俺が何としてもレンを止めることができてれば、どうなってたんだろうな?」

 「それは誰にもわからんだろう。」

 

 バスカルは懐から水筒を取り出し、中の水を飲む。

 

 「そうだな。誰にもわかんないんだろうな。そもそも止めることができていたのかもわからない。………俺には復讐を決めた当時は、どうすればいいのかわからなかったよ。俺にはレンは復讐を達成させなければ、死んでしまうように思えた。」

 「人間は案外と立ち直れるものだぞ。そうでない人間もいるけど。」

 「お前がそういうのであれば、そうなんだろうな。俺にはわからないことだった。自分の意思がわからず、どうすればいいのかわからず、心の中にはただただ相手が憎いという気持ちだけが残っていた。一方で、理性的に考えれば長く所属して、衆生の主と呼ばれるファミリアの主神を信じるべきなのではないかという気持ちも存在した。迷った末に、結果的に俺は憎しみを信じてしまった。」

 「そうか。」

 「俺も後悔しているよ。衆生の主であれば、民衆の気持ちがきっと理解出来るのだろう。ガネーシャはきっと、俺達の気持ちも汲み取ってくれたはずだった。しかし、結果を出せる時間も与えずに、話を聞く耳を持たずに飛び出してしまえばいくらガネーシャでも何もできない。俺達はきっと我慢するべきだった。最終的に復讐を望むにしろ、ガネーシャの起こした行動の結果を見るまでは我慢するべきだったんだ。俺はそれを辛抱強く、レンに説きつづけるべきだったのかも知れない。」

 「レンは聞く耳を持たなかったかも知れないぞ?」

 「もちろんその可能性も高い。でも俺達は、ずっと一緒にやってきた。それならせめて、試してみるべきだったよ。物事の道理を信じて。必死になって。そうしたら………何かが変わっていたかもしれない。」

 「そうか。」

 「俺達がお前達のところへやって来たとき、生きてていいのか悩む俺にお前は『生きなければ何もできない、悩むことすらも。』と言っただろう?」

 「そんなこと言ったか?」

 「言ったよ。あまりにも当たり前の言葉だが、俺には衝撃だったよ。俺より若いお前が、明確な心の指針を持っていた。俺には長い間、行動の指針がなかった。心に寄る辺がなかった。それを人任せにしていた。そのせいで、おかしいと思ってもレンを止めることをしなかった。」

 「………。」

 「………お前は強い男だよ。お前は本当に強い。俺にはずっと不思議だった。冒険者はステータスが足りてれば、壁を越えるとランクアップするだろう?」

 「ああ。」

 「壁って何なんだ?魂が強くなるということなのか?だが、魂が強くなるのであれば、弱くなることもあるはずだろ?ランクダウンはなぜ存在しないんだ?強くなったり弱くなったりすることはないのか?今日超えられた壁を、明日超えられないことが現実的にありえるんじゃないか?」

 「………。」

 「俺はお前を見て理解したよ。ステータスは信じすぎるべきではない。ステータスはただのシステムで、戦闘面における強さの目安に過ぎない。ランクアップだってあやふやだ。ステータスとは別のところにも人間の強さが存在して、俺はそれがずっと弱かった。俺はステータスにこだわらずに、キチンと自分で考えて自身の行動指針を持つべきだった。俺はそれを怠ったせいで、今ここにいる。」

 「そうか。」

 「俺は後悔しているよ。でもレンとはずいぶん一緒にやって来たんだ。俺達は冒険者になる前から友人だから、足掛け十年以上だな。」

 「ずいぶん若い頃から冒険者だったんだな。」

 「レンがお転婆だったんだよ。若い頃から冒険者に憧れて、私が悪を倒すって。俺はそれをずっと聞かされた。そして俺はレンに引きずられて冒険者になった。もう一人の死んだ人間も同じだったよ。そして俺達はそれだけ一緒だったから、楽しかったことも当然たくさんあるんだ。」

 

 カロンはレンの心中を慮る。

 正義を目指した人間が悪に成り果てたのだとしたら、彼女の心中は一体どのようなものなのだろうか?

 

 「俺は後悔しているよ。レンの言うことを聞くだけではなくて、もっとしっかり話し合うべきだったって。それが俺の懺悔だな。」

 「………レンは今もお前のことを自分の後を追って来る気の弱い男だと認識していたぞ?それを覆すために、しっかり主張するべきだな。」

 「そうだな。俺も成長するところを見せないとな。俺の話は終わりだ。」

 「………聞き届けたよ。」

 「結構な時間、話し込んでしまったな。俺はもう行くよ。聞いてくれてありがとう。」

 

 バスカルはそう言うと去っていく。カロンは今の会話に違和感を覚える。

 

 ーー?何だ?何がおかしいんだ?俺は確か、レンと話す前にも………違和感を………。

 

 カロンの脳裏に衝撃が走る。

 

 ーーそうだ!時間!時間だ!確か今は………確認しないと!

 

 カロンは仲間の元へ走る。

 

 「クレイン!おい!今何時かわかるか?」

 「今は夕方の7時くらいよ。」

 

 ーーそうか!今は夕方の7時で、ここは6階層。にも関わらず、俺はこの階層に来てから人間を見かけていない!このくらいの階層であれば、いつもなら初心者に毛が生えた程度の連中が、それなりにウロウロしているはずだ!それどころか、リヴィラからここまで他の人間と出会っていない!ダンジョンに冒険者がいない!

 

 カロンはあてどなく歩きながら思考を続ける。

 

 ーーつまりこれはなんらかの行動を、オラリオ側が起こしていると言うことか?最悪はダンジョンの出入口封鎖。しかしそれはリヴィラで冒険者を見かけていたためにありえない。あいつらもダンジョンを出られなくなるだろう。ならば………。

 

 カロンは懐よりタバコを出して、一服する。

 

 ーーやはり罠か。冒険者がいないのは、可能性として高いのは………何がある?冒険者がダンジョン内に存在しなければ、ダンジョン入口での検問が簡単に行える!送り込んだガネーシャとロキの連中以外はほぼ敵だ!リヴィラの人間はガネーシャ連中と一緒に戻れば判別がつく。俺達がガネーシャを襲ったのは一週間以上前だ。怪物祭を………まさか放棄したのか!?放棄して、冒険者に告知を行った。危険な戦いが起こる可能性、危険な闇派閥の喧伝、いや、これはおそらくガネーシャだけではない。オラリオ全体で行動を起こしつつある。つまりオラリオが闇派閥と戦う姿勢をとることにしたと言うことか!?

 

 カロンはさらに考える。

 

 ーーどうする!?ダンジョンの出入りを規制している以上は、間違いなく入口に張られる罠は必殺。ここまでやって逃がしましたが赦されないことは理解しているだろう。待てよ?確か俺はさっきまでリヴィラより下層に俺達の住居が存在する推測を敵は行っていると感じた。なのになぜ入口にもこんなに厳重に罠を?

 

 カロンは全貌を捉えつつある。

 

 ーーそうか!俺のせいだ!俺が入る前の闇派閥はリヴィラの下の階層で、無計画に冒険者を襲うことで暮らしていた。俺が計画を立てて行動するようになったから、全員で丸々俺の計画に乗って誰も本拠にいないという可能性が存在するからだ!さらに敵が計画的な相手ならば、入手した情報は罠で戦力を裂かせておいてオラリオを襲撃して来る可能性も高いと踏んでいるのか!俺の行動が推測されている?入手した情報?ガネーシャを襲ったときの結果から推測してるのか?ガネーシャは計画的に、組織的に浅い階層で襲われたと。しかし、推測と決断があまりにも早い………

 

 カロンのタバコから灰が落ちる。

 

 ーーそうか!!わかった!クソ!!そういうことか!!

 

 カロンは理解する。どうしてこうなったのかを。

 

 今回たまたまガネーシャの襲撃と、アストレアの壊滅が重なった。

 ガネーシャは大量の眷属が殺されて怒り、本格的に行動を起こすことを決意した。その直後にアストレアが壊滅した。

 

 アストレアは帰還予定日に帰還せず、アストレアは今まで期日を違えたことのない真面目なファミリアだった。さらにアストレアは闇派閥の目の上のたんこぶでもある。

 ガネーシャのみならずオラリオは危険な闇派閥が本格的に動き出したと推測して、時期の極めて近いアストレアの不明とガネーシャの事件を当然結び付けて考えた。さらにオラリオは、敵の目撃情報が存在しないことから瞬く間に流言が飛び交い、敵をどんどん強大な相手だと妄想していった。ゆえにオラリオは、ガネーシャの怒りに触発されて大規模な行動を起こした。アストレア襲撃の連中は、ガネーシャの事件の時はダンジョンで下準備をしていて、ガネーシャの事件が起こったことを知らなかった。地上に戻った彼らはガネーシャの動きを見てオラリオが予想より遥かに早く、かつ本格的に動いていると判断して恐怖して、自分達が犯人だと疑われる前に急いでカロン達の拠点を匿名の投書で売り渡した。危険な闇派閥の人間が、22階層に潜んでいるのを見たと。しかしガネーシャは文書を頭からは信じずに、罠の可能性を疑った。ゆえにロキファミリアというたとえ罠であったとしても踏み潰せる実力者を現地に派遣して、陽動作戦でオラリオを襲撃して来ることも警戒してオラリオの防衛も十全に行った。ロキが拠点まで攻め入って来なかったのは、密告が投書であり細かい場所の説明まではなされていなかったからだ。

 

 ーークソヤローがっっ!!

 

 カロン達の拠点を知るものは、たった一人である。カロンは自身の父親だと言い張るロクデナシが、自分達を売り渡したのだと理解する。

 

 ーーこれはまずい!想定した中でも最悪だ!戦力の充実した闇派閥の陽動作戦を警戒しているなら、入口で控えているのはほぼ間違いなくオラリオ最高戦力のフレイヤだ!多分猛者もいる。間違いなく勝ち目がない!どうすればいい!?

 

 「クレイン、全員いるか?」

 「ええ。いるわ。まずいのね?」

 「ああ。全員集まってくれ。」

 

 カロンは周りの人間を一箇所に集める。カロンは、リューもいることに気付く。

 

 ーーこいつ、どうするんだ?こいつはどう扱う?ダンジョンに置いていくか?うーむ。

 

 カロンは少し悩む。クレインが聞く。

 

 「どうしたの?」

 「………エルフの扱いに困っている。」

 「ああ、私は気にしないでください。」

 「いや、お前の生き死ににも関わるぞ?話に口を出したくなるだろ?俺達の結論を聞いてお前がごねたら俺達も面倒なんだよ。」

 「もうこいつ、逃がしてもいいんじゃないか?追われている現状でわざわざ殺す意味もないだろ?」

 

 ハンニバルはそう発言する。

 

 「しかし、今逃がしてしまえば俺達がもうここまで来ていることを伝えられてしまうかもしれないだろ?」

 「足が不自由なはずだろ?」

 

 バスカルが答える。カロンは考える。

 

 ーーうーん、今逃がしたら背中を刺される可能性があるんじゃないのか?

 

 「私は耳栓をしておきましょう。」

 「助かるよ。どんな風のふきまわしだ?」

 「あなたは案外と記憶力が悪いのですね。自分がごねたら殺すと言ったのを忘れたのですか?」

 

 リューは自主的に話を聞かないように行動する。

 

 リューは興味があった。

 彼女は正義を追う冒険者で、彼らは典型的な悪党だ。彼女はヴォルターの話を聞いていて、彼らに僅かに興味を持った。

 悪党でも生きている。たとえ人を殺すことでしか長らえない最低の連中でさえも。

 ヴォルターは暴力で人を屈服させる生き方しか今まで習って来ていない、わからない、そう言った。それは事実なのだろうか?彼が普通の人生を習っておらず、習っていないことが出来なかったというのは本当か?悪党が嘘をつく可能性もある。しかし話した後の彼の表情は晴れやかだった。

 

 悪が何かも知らないのに、正義を名乗るのは正しいのか?自分は戦いのことだけにかまけて悪を斟酌せずに問答無用で力で屈服させるのであれば、それは本当に正義なのか?彼らを知ることが、悪とは何かを知ることが、真の正義を為しうるのではないか?それが亡き仲間の意志を真に継ぐことに繋がりうるのではないのか?

 リューには少しだけそう思えた。

 

 ゆえに彼女は、もう少しだけ彼らがどう行動をするのかを見ていたかったのだ。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡。

生存者

カロン、レン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン




未来のことは、誰にもわかりません。

そもそも主人公がリューを捕らえなければリューが地上の闇派閥の人間を虐殺して、情報がガネーシャに伝わらないどころかガネーシャはそちらの事件にかかりきりになっていたはずなのです。
主人公はリューを逃がしたら地上の闇派閥から主人公達の情報が漏れると思い込んでいます。さすがにそこまで見通せる人間はいません。

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