闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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状況は突然変わる

 「カロン、起きてちょうだい。」

 「ああ、もう時間か。」

 

 クレインがカロンの部屋の扉を叩く。

 カロンはベッドから上半身を起こし、部屋のドアに近づいてドアを開ける。

 この日はカロンは、クレインと一緒にリヴィラまで行って物資の調達を行うことを約束していた。

 

 「スマンが少しだけ部屋の中に入って待っていてくれるか。」

 「分かったわ。」

 

 クレインは部屋へと入ってくる。カロンはクレインに椅子を差し出す。

 カロンは頭を掻きながら、タバコに火を点けて、コーヒーを煎れる。

 

 「お前も飲むか?」

 「ええ、貰っても良いかしら?」

 

 コーヒーをコップへと移し、彼らは口を付ける。

 クレインは口を開く。

 

 「あのエルフ、またヴォルターに殴られていたわ。あいつは今回はご執心みたいね。今回は特に当たりだから。」

 「マジかよ。朝っぱらからかよ。災難だな。エルフにはもう睡眠薬を飲ませたか?」

 「ヴォルターに殴られて気絶したから、その間に注射を打っておいたわ。」

 「そうか。じゃあ念のために様子だけ見てから出かけるとするか。」

 

 カロンは背伸びをする。彼は朝に弱い。

 彼ら二人はコーヒーを飲み干すと、牢屋へと様子を見るために向かう。

 

 「………どうするよ?」

 「………スルーするしかないんじゃない?」

 

 牢屋からはハンニバルの声が聞こえて来る。何をしているのか考えたくない。

 

 「仕方ないな。先にリヴィラに行くとするか。あいつの様子は帰ってから確認するとしよう。」

 「ええ。」

 

 彼らは拠点を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 ーーちっ、マジかよ。宛てが外れたか。これは………まずいな。

 

 「カロン、どうするの?私は奴らに顔が割れてないわよ?店には良く買い物に行くわよ?」

 「いや、無理だな。リヴィラ(ここ)でたくさんの食料を買い込むリヴィラでしか見たことのない女なんざ、怪し過ぎる。最悪店からお前の人相がガネーシャ側に流れている可能性もある。これはまずいな。」

 

 カロンは思考する。

 宛てが外れた、遠めに見たリヴィラには予想よりも多い冒険者達が存在した。カロンはそれに違和感を覚えて思考する。そのうちの幾人かの顔を、カロンは覚えている。

 

 ーーガネーシャんトコロで名が売れている冒険者が何人もいやがる。ロキんトコの勇者と凶狼まで駆り出されてやがる。どっかの家屋の中にも、まだロキんトコの精鋭が隠れてたりすんのか?マジかよ!?つまり奴らもう動き出したのか?これは……予想外だ。

 

 カロンはガネーシャが本格的に動き出すのは、どれだけ早くともまだ先だと予想していた。

 

 ーーちっ!奴らまだ怪物祭直前じゃねぇか!この時期にも関わらず、奴らガチで来てやがる。

 

 今の時期は怪物祭の直前。ガネーシャの眷属に手を出したカロンは、彼らは伝統ある怪物祭を疎かにはせず、早くとも動き出すのは怪物祭が終わってからになると予想していた。しかし現実はすでに動き出している。カロンの予想を超えて本気で。ガネーシャは怪物祭を疎かにしても、ダンジョンに潜んでいる可能性の高い大量殺人鬼の確保をする決断を行っていたということになる。

 

 ーーしかもきっちりと要所を抑えて来やがる。これは……本気でまずいな。

 

 要所、生命は当然食べ物を摂らなければ生きてはいけない。冒険者から殺して奪える食料には限度があり、その供給は不安定だ。

 特にダンジョンの入口付近ならともかく、リヴィラのそばでは通行する人の数に限りがある。ガネーシャは、殺された眷属の数とレベルから相手の戦力を推し量り、大量の冒険者達を動員して補給の要所を抑えに来ていた。

 オラリオにはガネーシャの差し向けた人員を全滅させうる人材は、身元がしっかりしている人間しかいないはず。その理由で、ガネーシャはダンジョンに潜む何者かが犯した犯行の可能性が高いと判断していた。挙げ句にたくさん人員が存在したにも関わらず逃走に成功した人間が存在しなかったために、単独犯はありえず組織的な犯行であることは確定的。ゆえの危険度が高い連中だという判断だ。

 

 ーー兵糧攻めなら時間が経つほどに状況は悪化する。奴らは間違いなく俺達を本気で捕まえに来ている。即座に方針を決めるしかない。しかし………なぜだ?なぜリヴィラにあそこまでの人員を?俺達の拠点の位置を推測してるのか?しっくり来ないが………取り敢えずは急いで拠点に戻るのが優先か。

 

 「クレイン、拠点へと急ぎ引き返すぞ。」

 「分かったわ。」

 

 二人はきびすを返して拠点へと向かう。カロンは帰り道すがら、思考しつづける。

 

 ーーどうする?奴らが出て来て俺達は何ができる?リヴィラに存在する冒険者達よりはまだ俺達の方が戦力が上、か?しかし万一ここで勝てても、次はフレイヤも巻き込んでさらに大量の冒険者を動員される恐れがある。オラリオ側の防衛にどの程度の人員を残す?これは、以前から頭の隅に置いておいた方法は………無理か。

 

 カロンは早足で進みながら思案する。

 カロンは思い付くあらゆる選択肢を模索して、先を考える。

 

 リヴィラ強襲は?

 先がない。たとえここで勝利が可能だったとしても、さらなる被害に激怒したオラリオが本気を出せば、リヴィラを放棄するという選択肢さえ採りかねない。むしろそれが本線とも考えられる。さらに戦いに参加した誰かは必ず地上へと逃げ切り、ただでさえ手配されているカロン達の面相は絶対的に割れ、リヴィラ全滅の報は早期に伝わる。余計リヴィラ放棄の可能性が高まる。そしてカロン達は必然的にいずれオラリオまで補給を行いに行かねばならなくなる。そうなってしまえば、面の割れたカロン達は網に掛かった獲物以外の何者でもない。さらに最悪なのは、ダンジョンの一定期間封鎖まである。そこまでは不可能だと思うが、それをやられたらカロン達は餓死以外の選択は存在しなくなる。

 

 リヴィラの素通りは?

 無理だ。必ず見つかり戦闘になる。しかし相手の警備が薄い時間帯を狙い、かつ犠牲を容認するなら、不可能ではない。

 リヴィラより上の階層に拠点を移せれば、一定数の冒険者(カモ)が存在するためにしばらくは存続が可能だろう。たとえ検問が行われていたとしても、ダンジョンの入口から面相がまだ割れていない可能性のあるクレインをオラリオに補給に向かわせられる可能性も高い。時間が経つほどに面相が割れる可能性や、検問が厳しくなる可能性が増す。しかしやはりこれも、長期間に渡って捕獲が出来なかった場合にオラリオ側にダンジョンの封鎖を行われる可能性を孕む。

 

 狂信派の助力を乞う?

 これも不可能。そもそも拠点が分かっていないし、彼らとはウマが合わない。

 

 ダンジョンで食料を調達する?

 そんなもの存在しない。

 

 補給を捕らえたリューに任せる?

 そのまま逃げられるだけに決まっている。

 

 そもそもリヴィラにあれだけの人員を集めているということは、カロン達の拠点に敵が攻め入って来る可能性も考えねばならない。

 

 カロンは必死に思考する。

 

 ーー現状、採りうる選択肢で現実的なものは、リヴィラの素通り。そして状況を見てから次の行動を決める。具体的にはダンジョンの入口を強行突破するかダンジョン内に潜むか決める。………しかし、罠は逃げ道に張るものだ。

 

 カロンは少し思考して後に、この案の穴を悟る。

 

 ーーダンジョン19階層は、ゴライアスの住家。奴らがここにいると言うことは、間違いなく今現在ゴライアスは存在しない。そして19階層は階段を上がった先は大部屋。仮にリヴィラを通ることができても、ここに強力な人員を張られてリヴィラ側の人員と併せて挟撃されたら逃走という選択が甚だ厳しくなる。俺達の拠点が推測されていると仮定したらやらないわけがない。クソッ!状況はさらに悪い。しかし前もってその可能性に気づけたのは僥倖だった。

 

 カロン達は拠点へと帰還する。

 

 ◇◇◇

 

 「おい、今拠点には誰がいる!?」

 

 カロンは声をあげる。広間にはハンニバルのみ。

 

 「どうした?慌てて。今いるのは俺だけだぜ?」

 「厄介なことになった。ガネーシャファミリアにリヴィラを抑えられた。俺達は今日の晩飯も食えない。」

 「何だと!?どうするんだ?」

 

 ハンニバルは慌てる。彼にもリヴィラを抑えられる恐ろしさは理解できる。

 

 「取り敢えず残りの人間が戻るのを待つ。クレインは、エルフに簡単な事情を説明して選択を迫って来てくれ。大人しくついて来るか、ここで死ぬか。ついて来るを選択したときには、少しでもごねたらその場で殺すことをついでに伝えておいてくれ。」

 「おい、殺すのは勿体ねぇぞ?」

 「馬鹿言うな!俺達が死んだら何にもならねぇだろ?時間がねぇんだよ。俺は部屋で策を練る。アンタも覚悟を決めといてくれ。残りの奴らが帰ってきたら、悪いが俺に伝えてくれねぇか?」

 「ああ、それはわかった。それと後………」

 

 ハンニバルは口ごもる。

 

 「何だ?どうしたんだ?」

 「………ヴォルターの馬鹿がまた頭に血が昇って、今度は大剣でエルフの脚を切り飛ばしていたぜ。お前達が出かけたちょうどくらいの時間くらいに。俺がポーションでできるだけの治療をしといたがよ。」

 「何だと!?あの馬鹿ヤローが!何だってこんな時にそんな訳のわからないことを………!」

 

 カロンは頭を抱える。カロンは走って牢屋へと向かう。クレインが牢屋の中でリューの近くにうずくまっている。

 

 「おい、クレイン。どういうことだ?ヴォルターの馬鹿がカッとなってエルフの脚を吹き飛ばしたと聞いたぞ?何でエルフに睡眠薬は効いてなかったんだ?」

 「………私のミスよ。資金が無くて古くて安いお薬を使ったの。それでおそらく劣化してたんじゃないかしら………。」

 

 リューは大量出血で牢屋に横たわる。

 力のないリューの様子に異変を感じたクレインは、リュー本人から事態を聞き出していた。

 

 「………エルフの容態は?」

 「命はあるし、ハンニバルが迅速な治療をしたんじゃないかしら。脚は繋がっているわ。ただ、神経は切れてるでしょうね。」

 「クソッ!これから逃走しようって時に!あのクソヤローが馬鹿げた事をしやがって!クレイン、俺は部屋で策を練る。状況が変わったり、奴らが戻って来たりしたら俺に報告を頼む。」

 「ええ。」

 

 カロンはそう告げると、部屋に篭ってタバコに火を点ける。

 

 ーー何か、策は?仮に19階層に罠を仕掛けられているとしたら、なぜ奴らは俺達がリヴィラより下にいると推測した?ヤマを張ってたまたま罠を張っただけか?それとも、そもそも俺の杞憂なのか?待て、それは今は置いておこう。現状を打破する策は何か存在しないのか?下の階層に逃げ込む。それで何になる?リヴィラを制圧する。ダンジョン内で食料は生み出されない。クソッ!やはり最悪の場合は力付くでリヴィラを突破してその後にあの方法を選択せざるを得ないか。

 

 あの方法、カロンが忌避する最悪の手法である。

 カロン達は、闇派閥の中でも特にオラリオへの復讐を目的とした存在である。もっとも、実際に復讐の意思がある人間はヴォルターくらいであるが。カロンは全く復讐に興味が無かったが、実際に復讐が可能なのかを幾度かぼんやりと考えていた。

 そしてその結果、カロンは最悪としか呼べないであろう方法だけが唯一目的を達成しうる方法ではないかという結論を出していた。

 

 オラリオではたくさんの冒険者が存在する。その中でも脅威なのはロキファミリアとフレイヤファミリアである。

 しかし、彼らには唯一の明確な弱点が存在する。それは何なのか?

 もちろんそれは主神である。地上に於いて彼らは神の権能を使わず、死んだ後は天界へと送還される。そして弱点を理解する彼らは、主神の身の安全に留意する。

 しかし、突然主神の住家に天から隕石が落ちて来たら?地震で地面が割れてしまったら?

 

 カロンの答は、いわゆるテロ行為である。

 大火力魔法を持つ人間を片道のミサイルとして考えて、バベルの塔のフレイヤの部屋の真下から上層を吹き飛ばしてしまえば、フレイヤファミリアの人員は烏合の衆と化す。ロキとフレイヤを同時に吹き飛ばせば、強力な冒険者は著しく数を減らしてオラリオに復讐できる確率が劇的に高まる。それがカロンが思い付いた最悪の方法であった。

 この行為を行ってしまえば、カロン達の戦力でオラリオに住む大人数の殺戮が可能となる。紛れも無い最悪、しかしカロン達はすでに追い詰められつつある。他に生き残る手段が無ければ、考えるつもりだった。

 

 そしてその混乱に乗じて、手薄になるであろうオラリオの外へと出る門を力付くで突破して逃走する。

 カロンの脳内には逃げ延びる手段としてその方法も候補に上がっていた。

 

 ーーこの方法は当然使いたくない。しかし、すでに状況は追い詰められている。そして何らかの他のアイデアの発想に繋がりうる。オラリオの外に逃げ出す際に、力付くの行動を起こすことも可能にさせうる。ゆえに頭の隅には置いとかねばならない。他に何かの方法は?

 

 「カロン、全員帰ってきたわ。」

 「わかった。」

 

 カロンはとうに灰が落ちて、火も消えたタバコを部屋の隅へと投げ捨てる。

 

 ◇◇◇

 

 広間のソファーに、カロンとクレインとリューを除いた全員が腰掛けている。リューは、床に転がされてへたっている。

 カロンは話を切り出す。

 

 「聞いてくれ。状況は最悪だ。俺達はすでに包囲されているも同然だ。一刻も早く動かなければならない。」

 「どういうことだ?」

 

 バスカルは問う。

 

 「今日、リヴィラに買い出しへ行った。そこで見たのは、大量のガネーシャの連中だ。奴らはおそらく俺達を捜している。俺達には現状、物資の補給が不可能だ。このままでは早晩俺達は干からびることになる。もたもたしてると奴らがここに攻め入って来る可能性もある。リヴィラを力付くで突破するつもりだ。」

 「それがベストなのか?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「俺には他に案がない。何か考えついたら言ってくれ。しかしそれは歩きながらにするべきだ。」

 「ちっ。」

 

 レンが毒づく。

 カロンは、口を開かないヴォルターを不思議に思う。

 ヴォルターは何か考え込んでいるように見て取れる。

 

 「取り敢えず、出発する。クレイン、エルフはなぜ倒れてるんだ?」

 「おそらく昼間に血を失い過ぎたのよ。ステータス封印薬はすでに打っておいたわ。」

 

 クレインはリューを床から引き上げる。

 カロンはリューの脚を切り落とした事をヴォルターに文句を言おうか迷ったが、結局は時間の問題を優先させる。

 

 「ホールド!」

 

 カロンは即詠唱魔法でリューを縛り上げる。

 カロンの魔法の縄。カロンの魔法は脆弱だが、ステータスのない人間に解けるほどには脆くはない。

 

 「クレイン、食糧は持ったか。」

 「ええ。必要だと思ってすでに貯蓄していただけ用意しているわ。」

 

 クレインは、隅には置かれる荷物を指差す。

 

 「済まないが荷物はハンニバルが運んでくれ。それでは出発するぞ。」

 

 カロンはリューを肩に担ぎ上げ、ハンニバルが荷物を担ぎ上げる。彼らはリヴィラへと進行する。

 

 ◇◇◇

 

 「やはりたくさんいるな。」

 

 リヴィラの町を遠巻きから見た印象である。

 カロンは思案する。

 

 ーー警備が薄い時間帯を待つか?しかし結局19階層に兵が居た際の対応は思い付いていない。そしてここの警備をあえて薄くして、19階層の人員を厚くして嵌めるという策も採られる可能性が存在する。結局、正面からの力付くしかないのか?

 

 「みんな、少し休憩をとる。クレインはエルフをたたき起こして何か食わせといてくれ。」

 

 カロンは血を失ったリューへのフォローとして食事させることにした。食糧は少ないが致し方ない。

 そして、リヴィラ突破の案を捻り出すために時間を置くことにした。

 カロンはそれとなく、集中が出来るように仲間から離れていく。

 タバコに火を点ける。

 

 ーーふう。やはり良案が出ない。正面衝突を避けることは出来ないのか?19階層に強引に進んでからリヴィラへの入口を何らかの方法で塞ぐ?アリか?ハンニバルの所持している爆薬を使えば、上手く敵を分断出来るか?しかしこれはタイミングと運次第になるな。確実性は極めて低い。敵の戦力も定かではない。19階層の様子を探る方法は?………なさそうだな。

 

 カロンは次々と案を考えるが、どれも現実性が薄いものや、不確実なものばかりだった。

 カロンは苦い顔をして次々と案を練る。

 

 ーーダメだ。思い付かない。衝突しかないのか?俺達は勝てるのか?見えている勇者と凶狼とガネーシャ連中だけだったら勝てる可能性がある。しかしそれなりの数のガネーシャ連中を破った戦力を俺達が保有している事を敵側も考慮しているはずだ。だからこそ見えないところに強力な駒が存在する可能性が高い。

 

 「おい、カロン!」

 「何だ?ヴォルターか。」

 「何だじゃあねぇよ。さっきから呼んでいるのに。」

 「スマン、集中していた。何のようだ?」

 「俺にもそれ一本くれ。」

 「ああ。」

 

 カロンはタバコとマッチを差し出す。

 ヴォルターはタバコをくわえる。点火して、煙を深く吸う。

 

 「何だこれ。まずくて苦いじゃあねぇか!」

 「それが大人の味なんだよ。それよりヴォルター、俺は考えることがあるからしばらく一人にしてくれないか?」

 「俺の方がお前よりも年上だろうが!」

 

 ヴォルターは一瞬顔をしかめた後に、しゃべり出す。

 

 「………俺の切り札は広域の毒魔法だ。」

 「何だって?」

 

 カロンは驚く。

 カロンは仲間内から信頼されていた。しかしそれでもヴォルターからだけは切り札を明かされるほどの信頼を得ていないと考えていた。

 

 「俺の切り札は広域に蟲を召喚して、敵に毒を与えるものだ。範囲は、リヴィラくらいなら覆える。あれだけ敵がいるんだったら、何かの役にたつんじゃあねぇか?」

 「ヴォルター………どうして………」

 「お前はずいぶんと難しい顔をして考え込んでいる。よほど状況が芳しくないんだろう。ならば隠し立てをしている場合じゃあないだろう?何か気になることがあるのか?」

 「ヴォルター、アンタの魔法で何とか19階層の大広間まで覆うことは出来ないか?」

 「何でだ?」

 「敵はそこに伏兵を潜ませている可能性が高い。」

 「さすがにそこまで覆うことは不可能だが、蟲に指向性を持って移動させることは可能だ。大したスピードは出せないが。」

 

 カロンは考える。

 

 ーー新しい札、使える可能性が高い!値千金だ!

 

 「アンタの蟲は何処から出てくるんだ?」

 「地面からだ。」

 「屋根などの高所に避難することは?」

 「俺が指示を出せば蟲を移動させることは可能だ。」

 

 ーーなるほど。………蟲の毒で強襲が可能になった。戦力大幅増と考えていいだろう。

 

 「なあ、カロン。俺はこんな時だからお前にどうしても聞いておきたい事があったんだ。以前からずっと疑問に感じていたんだ。」

 「何だ?」

 「………俺達のやっていることは間違っているのか?」

 「ああ。俺もアンタも、俺達は全員多分間違ったことをしているよ。知らなかったのか?」

 「そうか。」

 

 ヴォルターは薄く笑う。

 ヴォルターはしばらく前よりずっと悩んで、迷っていた。

 

 「………なあ、聞いてくれ、カロン。俺はさ。小さいときから冒険者としてステータスの伸びがよかったんだよ。」

 「………それで?」

 「俺は親に喜ばれたんだ。お前だったらオラリオに復讐が出来る、と。俺は親が喜んだのが嬉しかった。」

 「ああ。」

 「俺はずっと親からオラリオに復讐をすることが正しいんだって言われて来たんだ。俺には友達も他に話を出来る人間もいなかった。俺の親は他人と関わるといけない、おかしくなるって言っていた。俺が少しでも疑問を持つと、俺の親は俺をひどく怒った。」

 「………。」

 「以前はそのことに疑問はなかった。でもしばらく前からずっと不安だったんだ。気付いたら周りには敵しかいなくて、仲間の数は俺を入れてもたったの六人。他の闇派閥の強い奴らも俺達の仲間になろうとしない。こんなに敵がたくさんいるのに、俺は本当に正しいのだろうかと。しかも仲間はすぐに手が出る俺の事を嫌ってるんじゃあないかと。俺はずっと不安だった。そしてお前にそれを聞いてしまったら、俺の今までの人生が無意味で馬鹿げたものだと言われてしまうんじゃあないかと。」

 「………。」

 「それで不安になってムカつく女を殴ったんだ。俺の親は言っていたよ。お前は相手が誰だろうと殴って当然だと。お前はムカついた女を殴って当然だと。何でも力で解決するのが正しいんだと。でもそれは、その場ですら俺の気持ちが不安になって、後から俺が間違ってるんじゃあないかって後悔じみた感情だけが押し寄せて来る。そしてその不安を晴らすためにまた殴ることになる。」

 

 それはずっとヴォルターにかけられつづけた呪い。一般に精神感応病と呼ばれたり洗脳と呼ばれたりするもの。呪いは力を削ぎ落とす。

 力で解決を強要され続ければ、戦術理解や知恵で屈服させる戦い方を理解する力は当然弱くなる。さらにヴォルター本人も、薄々これは違うと感じていた。そうなってしまうと当然、十全の力を発揮するのは難しくなる。ヴォルターがここまでランクアップしたきた対象は知能の薄い敵であり、肉体の強靭なヴォルターは知能の薄い敵との一対一の戦いではそれでもうまくいっていた。

 

 しかしヴォルターは自分よりずっと弱いにも関わらずいい結果を出すカロンを見続けて、以前からうっすらと自分は間違っているのではないかとも感じていた。

 

 「そうか。」

 「敵であるはずのエルフを殴っても、不安だった。俺はその不安が怖くてついに剣に手が伸びた。不安をはらうことが出来る可能性を信じて。しかしやはり不安は増すばかりだった。やっぱり俺の行動は間違ってたのか。気持ちが正しかったんだな。そうか………。」

 

 ヴォルターは笑う。

 カロンの言葉は悪魔の誘惑である。ヴォルターは悪魔の言葉に長い間揺さぶられ続けてきた。

 この時ヴォルターは自然と、自分の今までの行動は間違っていたことなのだと受け入れていた。

 

 「なあ、カロン。俺はどうすればいいんだ?俺は今から何をすればお前らの助けになれるんだ?」

 「それを俺が今考えてるんだろ?」

 「そうだったな。」

 

 ヴォルターはタバコを捨てる。ヴォルターはカロンを見る。

 

 「………なあ、カロン。俺を囮に使ったらお前らは上に抜けられるんじゃないか?」

 「………どうしたんだ?アンタそんな奴じゃあなかっただろう?」

 「いいから、どうなんだ?」

 「まあ………確かに囮作戦を視野に入れれば可能かもしれないが………本当にどうしたんだ?」

 「俺はたくさんの人間に嫌われている。いまさらそれは別に構わん。どうしようもできない。俺は救い様のない悪だった。でも一緒に過ごしたたった五人の仲間に嫌われたままってのは辛い。だから最後に少しくらいはカッコイイところを見せれば、少しはあいつは実はいい奴だったんじゃないかって言ってくれるんじゃないか?………まあ雑に扱ったクレインに関してはもう不可能かも知れないが。」

 「………アンタのそれはずるいやり口だぞ?」

 「いいじゃねぇか。お前達は助かるし、俺は格好が着く。互いにとっても得だろう?」

 

 カロンとヴォルターは目を合わせて笑った。

 ヴォルターは続ける。

 

 「俺もお前のやり方を見てきたからな。少しは戦況がわかるようになってきた。お前のあんな顔は始めてみる。お前があんなに難しい顔をしてるってことは、どうやっても戦いは避けられないんだろ?仮にここを何とかごまかせたとしても、背後を敵が追って来る。お前が言ってた19階層に潜む敵の伏兵の戦力もわからない、そうだな?」

 「おいおい、アンタは馬鹿なのが唯一の取り柄のはずだろ?何で急に戦局をまともに理解してるんだ?一体どんな進化だよ?」

 「いいから変なチャチャ入れずに聞けよ。お前の顔色で相当にまずい状況なのはわかってるんだ。だから俺だってどうすればいいのか必死に考えたんだよ。それでだ。俺はこれでもレベル7だからな。全力であいつらの前で暴れればあいつらだって必死にならざるを得ない。戦いが始まれば、19階層から奴らの伏兵が慌てて出てくる事になる。」

 「間違ってはいない。しかし他の案を検討するべきだな。アンタの戦力はでかい。先々もわからないし可能な限り失いたくない。」

 「いや、これで行くべきだな。」

 「何でだ?」

 「お前は俺の答が間違いではないと考えているのだろう?なら間違いだらけの人生の俺が、間違ってない答を出したんだ。記念に俺の答を採用するべきだろう。」

 「おい!?アンタ本当にどうしたんだ!?どんな進化だよ!?熱があるとかそういうレベルの話じゃねぇぞ?何で急にそんなに口が達者になったんだ?」

 「お前が間違っていると言ってくれたおかげで気持ちが軽くなったんだ。今までの俺だったら、怯えて相手を殴ってるはずなのにな。」

 「しかし………他には………。」

 「エルフ、お前もそう思うだろ?」

 「は?」

 

 カロンは振り返る。そこにはリューが立っていた。

 

 「カロン。考えろよ?全面的な戦いになったらエルフも巻き込まれるだろ?そうしたらステータスの封印されたエルフは死ぬことになるぞ。他のステータスを持つ仲間も死ぬ可能性が高い。俺が一人で出張るべきだ。」

 「………だが。というかお前は俺の拘束魔法をどうやって解いたんだ?」

 

 カロンは唐突にリューを縛っていたはずなのを思い出す。

 

 「どうせばれるだろうから言いますが、あなたのところの薬のせいでしょうね。全部古くなってるんじゃないですか?睡眠薬も全然効き目がありませんでしたし。しかし見つかってしまっては片足の利かない私に逃走は不可能ですね。」

 

 リューはその場に座り込む。

 

 「どうしたんだ?やけに素直だな?」

 「少しでもごねたら殺すと聞いてますからね。そっちの金髪の男には何回も殴られて強さを理解していますし、私の片足は動かなくてろくに逃走できません。さらに私はまだ死ぬわけにはいきません。それよりも、そっちのお話を勝手にどうぞ。」

 「それで、どうするんだ?」

 

 ヴォルターはカロンに決断を迫る。

 

 「他にいい方法は………。」

 「ない。時間が過ぎるほどやばくなるって言ったのお前だろう?」

 「………わかった。採用する。」

 

 カロンは覚悟を決める。先が見えない現状、ヴォルターの戦力を消費するのは手痛いが、他に良案が思い付かない。

 

 「それじゃあ俺は町に隠れ潜んで詠唱を唱える。蟲を19階層に移動させる。お前らは上から敵が出てきたのを確認したら入れ違いで上の階層に向かう。伏兵が居なかった場合はどうするんだ?」

 「その場合は俺達もアンタに加勢するよ。殲滅できる公算は、高い。」

 「了解した。」

 

 ヴォルターはその場を離れていく。

 

 「おっと。」

 「どうした?」

 「最後に記念にお前のタバコをもう一本くれよ。」

 「最後なんて言うなよ。生き延びれる可能性もあるだろ?アンタが勝つかも知れないだろ?」

 

 カロンは笑ってヴォルターにタバコを渡す。

 

 「互いに生き延びれても、二度と会えなくなる可能性だってあるだろう?その場合はお前と会うのは今日で最後になる。いつも用心深いお前がこの程度も思いつかないなんざ、珍しいじゃあねぇか。」

 「本当にどうしたんだ、アンタは?何で急にそんなに口達者になったんだ!?」

 

 ◇◇◇

 

 「地の底でうごめく数限りない蟲の群れ、それは闇より出でて、黄泉へと還る宿命られた旅路の案内者。」

 

 ヴォルターはリヴィラを隠れ進み家屋に潜み、詠唱を始める。彼は今までになく、全身に力が漲るのを感じていた。

 

 ーーこんなに違うものか、気分が変わるだけで。今までは俺はずっと不安だった。戦っても、飯を食っても、何をしててもだ。しかし今の気持ちは晴れやかだ。体が軽い。今日の俺なら間違いなく今までで最高のパフォーマンスが可能だ!

 

 ヴォルターは本来であれば闇派閥の最高戦力。その正体はオッタルと同格近い実力を持つ化け物である。

 化け物はかけられ続けていた呪いがとかれ、その真の力を明らかにする。

 

 「オーバーランッッ!!」

 

 ◇◇◇

 

 フィンは狼狽する。彼は唐突に町に起きた異変が理解できない。彼の足元からは、たくさんの蟲がはい出て来ていた。周りも一面、蟲だらけである。

 そしてフィンは即座に本能で理解する。

 

 ーー間違いない、毒だ。ヤバい!

 

 周りも異変に困惑仕切りで、対応がおぼついていない。

 ベートも引っ切りなしに蟲を追い払っている。しかし蟲は細かく動き、纏わり付いて離れない。

 

 ーーこれは、間違いなく毒だ。何者かの攻撃だ。

 

 フィンは必死に辺りを見回す。高所にはまだ、蟲が寄っていない。

 

 「みんな、上だ!上に逃げるんだ!」

 

 その言葉に反応して、次々に高所へと逃げ出す冒険者達。

 フィンとベートも高所に上ってひとあんし………。

 

 「ベートオオオオオォォォォ!!!!!」

 

 フィンが悲鳴交じりの絶叫を上げる。

 

 ーー僕は、僕は、何て浅はかだったんだ!!高所に蟲がいないのは誘導だったんだ!!奇襲で判断能力をそいで、戦力の強い人間を真っ先に殺す!奴は、戦力の大きいベートを最初の獲物に狙い定めていたんだ!!

 

 ベートの背後から唐突に大男が現れ、ベートの腹部付近を横薙ぎに両断していた。まるで獲物を狙う鷹のような俊敏な動き。大男はトドメとばかりに首に剣を突き立てる。

 ………ベートは間違いなくもうどうやっても助からない。

 

 大男はさらに近くに居たガネーシャファミリアの連中に突っ掛かる。近くに居た五人程を纏めて、大剣で紙のように切り裂く。

 

 ーー化け物だ!こんな奴が今までどこに潜んでいたと言うんだ!?

 

 さらに蟲は建物の屋上へと上って来る。

 

 ーーこれは、やられる!蟲に喰われたらやられるのが時間の問題だ!

 

 「テンペスト・リル・ラファーガ!!」

 「アイズ!!」

 

 唐突に現れた、アイズの風が蟲を吹き飛ばす。蟲は吹き飛ばされ、跡の道を通って続々と残りのロキファミリアの主力達が集結する。

 フィンは19階層にティオナ、ティオネ、アイズ、ガレス、リヴェリアを潜ませていた。つまりロキファミリアの主力は、全員リヴィラに集結していたのだ。彼らはガネーシャの本気の依頼に、本気で応えていた。そして出てきたのはまごうことなき化け物。フィンの周辺には、すでにロキファミリアが集結していた。彼らはリヴィラ側から蟲が登って来るのを見て、戦闘が始まっていることを理解した。

 フィンは声を張り上げる。

 

 「ガネーシャの奴らは散開して纏めて狙われないように留意しろ!アイズは魔法で蟲の対応を、ガレスが前面に立って敵の攻撃を凌げ!ティオネとティオナは撹乱を意識して一撃をもらうな!リヴェリアは敵の動きが鈍くなるまで安全な場所で待機しろ!敵はあからさまにレベル6以上だ!おそらくは7!ベートを一撃で倒すほどの強者だということを絶対に忘れるな!」

 

 フィンの怒号が飛ぶ。

 

 ◇◇◇

 

 「やはり伏兵が居たか。しかもロキの主力総員か。オラリオはここまで本気で来てたのか。しかし。」

 

 カロンは背後を見る。彼はあのあと入れ替わりでやってきたクレインに指示を出して、リューに再び効き目の薄いステータス封印薬を打ち込んでいた。

 

 「あいつ、本当はここまで化け物だったのか。まあ実際、レベル7は他には猛者しか話を聞かんしな。」

 

 縦横無尽に飛び交うヴォルター。彼が動く度に周りの人間が崩れ落ちている。

 均したステータスは器用貧乏にも思えるが、それがハイレベルなものであればオールラウンダーとも言える。つまり弱点が存在しない。

 続々とヴォルターの周りにはロキの主力が殺到する。

 

 「健闘を祈る。」

 

 カロン達はロキファミリアと入れ替わりに上階への階段を上って行った。


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