闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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変わる運命

 ーーはぁ、はぁ、はぁ、はぁ。私は何が何でも生き延びねばなりません。私は死んだ仲間の敵を討つんだ!

 

 ここは暗いダンジョンの下層域。

 今ここで彼女、リュー・リオンは明滅し今にも暗転しそうになる意識を必死に保ちながら、上の階層へと向けて死に物狂いで逃走を行っていた。彼女はすでにいくつかの階層の階段を上がっている。彼女には思考する余裕が与えられない。

 

 ーーいくつだ!?後いくつ階段を超えれば、私は逃げ伸びられる?私の体力は………何としてでも持たせるほかはない!

 

 リューはエルフでレベル4の冒険者。アストレアファミリア所属で、疾風の異名を持つ。

 彼女の所属するファミリアはつい先ほどに悪意に晒され、壊滅的な被害を被っていた。状況は絶望的で、すでにもう仲間は全員この世に存在しない。

 逃走する彼女の体は至るところが傷だらけで血を流し、その姿は足取りが定まらずに覚束ない。彼女にはもはや、疾風と呼ばれたその見る影も存在していなかった。

 

 ーーここを左だ!

 

 後ろからは多数の魔物が背中を追い縋って来る。速度を落とせば捕まり、そうなればどうなってしまうのかは明白である。彼女は消えそうになる意識を必死に保ち、憎しみで自身を鼓舞しながら迷宮を突き進んでいた。

 

 ーーここを越えれば、次の十字路を直進すれば上の階層にたどり着く階段だ!私は憎い相手に何としてでも復讐するんだ!!

 

 リューは必死に脳裏に来た道筋を描き出し、上の階層へと逃走を行おうとしていた。しかし。

 

 「なんでだ!!なんでなんだ!!!」

 

 なぜか来る際は普通に通行が可能だったはずの道は、大量の土砂に遮られて途絶えている。背中からは無数の魔物が迫って来る。彼女は復讐を遂げるために生き延びねばならない。

 

 「うわあああああああああっっっ!!!」

 

 あまりにも絶望的な状況に半狂乱になったリューは、髪を振り乱して背後から遅い来る魔物の群れへと絶叫を上げて飛び込んでいく。

 

 ◇◇◇

 

 「まだ息があるのか。存外にしぶといな。それにしてもつくづくやはりため息が出るほど詰めの甘い連中だ。」

 

 ーー何者だ?

 

 リューは消えそうな意識の中、虚ろに思考する。唐突に響く低い声。彼女は俯せで倒れていて、相手の顔は見えない。体は指一本動かない。相手はため息をつく。

 

 「それにしてもあの量の魔物を殲滅して生き残るとはな。最初から必死になっていればお仲間が少しでも生き延びれたかも知れないのにな。」

 

 相手はリューの髪を掴み、ダンジョンを引きずっていく。ダンジョンの粗く凹凸した床は、ただでさえ傷だらけのリューの肌にさらに引っ切り無しに傷を付けていく。もはやリューの綺麗な肌は見る影もなく、無数の無惨な傷痕が残っている。

 

 ーーこの男、ドンドンと暗い方向へと向かっている。やはり、そういうことか。

 

 リューは迷うが指一本動かせない。彼女は動かない体でなおも考える。

 潔く自害を選ぶべきか、汚れたとしても何としてでも生き延びて、復讐の機会を伺うか。

 

 やがて彼らは何者も存在しない一つの小部屋へとたどり着く。リューは壁に背を向けて座らされる。

 相手の顔が見えた。青い目に黒い髪の大男。リューは正義を標榜するアストレアファミリア所属で、闇の人間にある程度詳しい。おそらくはオラリオで【青い目の悪魔】と呼ばれて、恐れられている男だ。リューはその青い目が、ひどく暗く寂しく感じた。

 リューはそこまで確認して、意識が途切れた。

 

 ◇◇◇

 

 ーーなにもされてない!?

 

 リューは唐突に水を掛けられて目を覚ます。

 彼女は慌てて目線だけで身体を確認したが、彼女の衣服には特に脱がされた形跡はない。やはり目の前には大男がいる。

 

 「喋れるか?」

 「………ぁあ。」

 

 体には僅かに力が戻っている。彼女は辛うじて喋ることが可能になっていた。

 

 「………どういう………つもりだ?」

 「大した意味ではない。最後に慈悲をくれてやろうと思っただけだ。選択させるというな。お前には二つの選択肢が存在する。」

 

 大男はさらに続ける。

 

 「一つはここで終わりを迎えることだ。こちらを選べば、俺が責任持って埋葬してやる。お仲間とお揃いだな。」

 

 ーーこの男!!

 

 殺された仲間を想い、リューは激昂する。が、彼女に体が動くほどの力はない。

 

 「もう一つは、尊厳を踏みにじられるが生き残ることだ。お前には使い道がある。人間としての意思を無視され、ものとして扱われる。拷問を受ける可能性もある。まあどういうことか詳しく言う必要もないな。こちらはしぶとく生きつづければ、ひょっとしたらいつかは日の目を再び見ることができる可能性が残されている。さて。」

 

 男はそういうと懐より四角い小箱を取り出す。

 中から筒状の細い小さな物体を取りだし、口へと加える。

 

 「これは最近俺が始末した冒険者が所持していたものだ。嗜好品で、タバコと言うらしい。最近オラリオで、とある小さなファミリアで開発されたらしい。俺は気に入って愛飲している。」

 

 男はそう話すと新たなタバコと呼ばれる物体を取りだし、リューの口元へとくわえさせ、マッチで火を点ける。続けて自身のタバコに火を点ける。

 

 ーーまずい。

 

 リューは咳込み、煙を吐き出す。

 

 「それは俺からのせめてものプレゼントだ。悲惨な未来が待つお前へのな。どちらの選択肢を選んでも、どうせお前はもう当分嗜好品を楽しむことなどできない。それを理解したうえで、捨てるかどうか決めるんだな。お前に残された決断の時間は、俺がタバコを吸い終わるまでだ。その時までに答を出せなければ、お前は自動的にここに埋められることになる。」

 

 男は目を細めて煙を燻らせる。美味そうに煙を吸い、吐き出す。

 リューは迷う。

 

 ーー私は、どうするべきだ?私は誇りを持って、死ぬべきか?生きながらえて、仲間の敵を討つことに執着するべきか?

 

 リューはタバコを捨てられない。

 人生最後の嗜好品、そんなつまらない言葉に躍らされたわけではない。

 ただ、タバコを捨ててしまえば、自分が命を捨てた決断をしたように思える気がしたからだ。軽々と決断できない。

 尊厳を蹂躙されるのは許容できない。しかし、仲間の無念を晴らさずに死ぬ決断も出来ない。

 どうする?どうすればいい?どうするべきだ?

 リューはタバコを捨てられない。

 

 「残り時間はもう半分程だな。」

 

 自身の加えたタバコを眺めながらそう宣う大男。 

 リューは、どれだけまずくともタバコが捨てられない!

 迷いに迷うリュー。しかしすぐに決断の時は来る。

 

 ーーどうすればいい!?何か他に道はないのか?私は生き汚く残るべきか?死ぬべきか?

 

 時間はとまらない。考える時間は十分にはない。挙げ句に考えても答が出ると思えない。

 やがて吸い終わったタバコをダンジョンに投げ捨てる大男。

 

 「さあ、時間だ。どちらにする?」

 

 リューはタバコを捨てられない。

 

 「………私を見逃してくれるなら、私はお前に何でもする。お前の望みを何でも聞く。どんなことでもする。絶対に約束は破らない。」

 「ダメだな。お話にならない。時間稼ぎに目をつぶるのは一度だけだ。」

 

 リューはどれだけまずくてもタバコを捨てられない。捨てられない!捨てられなかった。

 ………どれだけ辛いことが待っていようとも、命を捨てられなかった。たとえ矜持を捨ててでも。

 仲間は死んだ。自分は残った。

 

 ここで死んでしまっては、仲間達のためには死ねなくとも、自身の矜持のためには死ねると言っているようなものだと彼女には思えた。ゆえに高潔な彼女には命を捨てられない。仲間より自身の矜持が大事などと認められない!

 私には仲間の方が大切なはずだ!

 

 「………私は生きる。生きながらえて必ずお前らを皆殺しにする。」

 「そうか。頑張れ。良く決断したな。さあ、行くとするか。」

 

 男はそう話すと、再びリューの髪を掴みどこへともなく引きずって行く。

 

 ◇◇◇

 

 「おお!良いもん拾ったな。」

 「ああ。アンタがいつも持っていた爆薬が役に立ったよ。それにしても浮動派の奴ら、つくづく馬鹿な連中だぜ。殺し損ねた相手を逃がしたら復讐に来ることなんざ、分かりきっているってのによ。」

 

 拠点に戻ったカロンは、リューを床へ放り投げてソファーに深く腰掛ける黒髪黒目の男と会話する。男の名前はハンニバル。カロンの兄気分のような存在だった。

 ハンニバルは俯せるリューの髪を掴み上げ、顔を確認する。

 

 「それにしてもこれはまたえらく上玉を捕まえてきたな。これからが楽しみだ。」

 「気を付けろよ。そいつは疾風だ。レベル4ですばしこいから、俺やアンタじゃあ油断したら逃がしちまうぜ。」

 「わかってるよ。じゃあ早速楽しませてもらうとするか。」

 「やめとけよ。短気なヴォルターが怒るぜ?ばれたら酷く厄介だろ?」

 「あぁーー、ちっ。まあ仕方ねぇか。」

 「それより今は誰がいるんだ?」

 「クレインならいつも通りいるぜ。他はみんな出張っているよ。」

 「そうか。」

 

 カロンは返事をして、クレインを捜しに席を立つ。

 

 「クレインを捜して来る間、こいつが逃げないように見といてくれ。」

 「あん?ボロボロだぜ?」

 「油断すんなよ。」

 「あいあい、わぁーったよ。」

 

 彼らは闇派閥で、復讐派と呼ばれる精鋭の一派である。

 彼らのレベルは高く、字面を追うと一見危険な奴らに思える。しかし彼らは、立ち上げたヴォルターが無計画だったため、場当たり的に目に付いた冒険者を襲うことで生計を立てていた。ヴォルターはオラリオを憎む一族の男だったが、そもそも彼らの先祖がステータスを鍛える以外の方法をろくに知らなかったのである。代を重ねるごとにその傾向は、顕著になって行った。そのために、ヴォルター自身にも作戦立案能力が著しく欠けていた。精鋭なのはあくまでも、ステータスの高さのみである。

 

 カロンは彼らの仲間になってその考え無しな行動に呆れ果て、計画をいくつか提出した。新入りの提案ではあったが、それなりの説得力とハンニバルの擁護があったためにそれらはいくつも採用された。そして今は、周りの人間からそこそこな評価を受けていた。今の彼らの行動指針は、カロンの計画に従うかそうでなければ普段通り目に付いた冒険者を襲うかだった。

 

 そして、カロンには計画を立てるだけの理由があった。彼はハンニバルとクレインに友情を感じており、無計画な行動をとっていては彼らが早晩死んでしまうと考えていたからである。戦いに関して指示を出すヴォルターは脳筋で、いずれロキやフレイヤの集団に手を出してのたれ死ぬことはわかりきったことだと考えていた。そして、その状況ではカロンが彼らに認められて、ヴォルターより指揮権を譲ってもらう以外に方法はない。

 

 カロンはクレインのいる部屋へと向かう。

 

 「クレイン、いるか?」

 「何かしら?」

 

 扉を開けて、黒髪に青い目の妙齢の淑女が出てくる。

 

 「ペットを捕まえてきた。お前が嫌がっていた仕事を代わりにやってくれる予定だ。世話は任せて良いな?」

 「ええ。任せて頂戴。」

 

 嫌がっていた仕事。

 仲間内でもレベルが低く、カロンのように庇護者が存在するわけではないクレインは、日頃の男達の性のはけ口にされていた。

 ゆえに、彼女に頼めば嫌な仕事を他人に押し付けられるために、喜んでリューが死なないように世話をする。

 カロンとクレインは、明かりが弱く薄暗い廊下を歩く。

 

 「こいつだ。レベル4で素早い。ステータス封印薬は忘れずに毎日打て。」

 

 広間に着いたカロンはリューの髪を掴んで立たせあげる。

 

 「またこれはずいぶんと綺麗なのを捕まえてきたわね。」

 「たまたまダンジョンに落ちてたんだよ。綺麗な程お前は助かるだろ?」

 「そうね。あなたには感謝するわ。」

 

 二人はそう話して、リューを牢屋へと連れていく。彼らの拠点には奥に牢屋が存在した。

 

 「ここがお前の部屋だ。」

 

 カロンはリューにそう告げると、彼女の四肢を壁から伸びる手錠で拘束をする。

 

 「じゃあ、クレイン、後は任せたぞ。」

 「ええ。お任せして。」

 

 カロンは己に割り振られた部屋へと向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 ーーさて、この先の計画はどうするべきかね?

 

 カロンはベッドに仰向けになりながら考える。タバコに火を点けて煙を燻らせる。

 あまりに調子に乗って暴れすぎれば、ロキやフレイヤ等に話が行って本気で殲滅しに来る可能性がある。

 カロンは、危険な奴らにはなるべく手を出すべきではないと考える。彼らの仲間は精鋭ではあるが、人間相手では基本雑魚専である。巨人殺しの異名を持つような連中には、なるべくなら関わりたくない。

 

 ーー今まではその辺の奴らを襲って適当に満足していたが、やはり一度味を占めるとどうしても、か。

 

 彼らは最近、カロン立案のもと怪物祭の準備に追われるガネーシャファミリアを計画的に浅い階層で襲撃していた。生活環境に文句を付ける仲間達に考慮して、カロンが立案したものだった。

 目撃者を出さず、生存者も存在しない完璧なものだったが、何度も同じことが起こると地上の連中もなりふり構わずに本気になるだろう。

 しかし、実入りが大きいものだったために、仲間連中は同じことを繰り返すことを望んでいた。

 そしてカロンはタバコを灰皿に押し付け、新たなタバコに火を点ける。

 

 ーーだが、やはり当然というか。今は動けない。

 

 今回、たまたま彼らがガネーシャ連中を襲った時期と、浮動派がアストレアを襲撃した時期が重なった。

 

 カロンの予測では仮にここでリューを逃がしてしまえば浮動派の連中が捕まり、そうなれば彼らからカロン達の情報が流れていく可能性があると推測していた。浮動派には大して執着がないとは言え、一応彼を拾った人間も存在する。カロンは彼を拾った父親づらをする人間の生き死ににはさほど執着していなかったが、そいつはハンニバルに付き纏いカロン達の拠点へと来たことがある。最悪彼から拠点の情報が流れて行きかねない。ゆえに万一を考えて、カロンがアストレアの連中の後始末に出張っていた。

 

 しかしカロンは見込み違いをしている。むしろここでリューを逃がせば彼女が勝手に浮動派連中を始末してくれて、ガネーシャには情報が流れなくなる。彼の父親づらをしている人間はリューに殺される。そしてリューは手配され、公の場でカロンを見た発言をすることは不可能になる。

 

 彼にはリューがどういう行動をとるか予測を外している。結果だけで見れば、カロンはリューを逃がした方が上手く事を運べている。

 

 さらに、眷属が大量に戻らないガネーシャは嘆き悲しみ、有り体にいえばキレていた。彼らの眷属は戦力十分で、たとえ怪物進呈(バス・パレード)を受けようが易々と生き延びるはずの階層にしか進出していないはずだった。ゆえにあからさまに何らかの異変が起きたと察知している。ガネーシャが躍起になっているという情報にアストレアの壊滅が加わり、ゆえに今動くのは極めて危険だと言うことをカロンは推測していた。

 

 カロンは同時に他のことも思案する。こんなことをいつまで続けられる?

 カロン自身はオラリオに別にこだわりはない。オラリオに復讐する意味も意志もない。しかし、彼はハンニバルと仲がよい。クレインにもそこそこ友情を感じている。ゆえに彼らには死んでほしくない。仮に説得して彼らと共にここを抜ける算段を付けられたとしても、ヴォルターが怒り狂い彼らを殺そうとして来るだろう。さらにいえば、彼らはすでに手配書で顔が割れている。そうなれば必然、待っているのはオラリオから逃げ出す逃亡生活だ。そもそも彼らはオラリオから抜け出す検問を通れるのか、非常に怪しい。

 

 ーー………やはり現状維持以外に道は無し、か。仲間はいつまで我慢がきく?次に大規模な襲撃をすれば間違いなくヤバい奴らが出張ってくる。

 

 カロンはさらに思考する。個人であれば、よほどの大物でない限りはダンジョンから帰ってこなくとも誰も気にも留めない。小規模ファミリアも同様だ。

 しかし、実入りの良い大規模な襲撃は敵を逃がす危険が高い上に、相手の戦力が想定以上の可能性が高い。こちらの最高戦力のヴォルターは、どこまで強者なのか判別が付かない。カロンには力わざに頼り切りな人間である印象だ。さらにカロンはヴォルターの切り札を聞かされていない。ヴォルターの切り札は、大量の人間を相手取るのに非常に有効だ。それを聞かされていれば、加味した作戦を立案できるが、易々と切り札を教える人間は存在しない。

 カロンのタバコはとっくに燃え尽きていて、灰がベッドに落ちている。

 

 ーー金を持っていそうな奴らは………ヘルメスファミリアとかか?だが奴らのような金を持っているであろう連中も、力を持つ奴らとの横の繋がりが強い。

 

 彼らはダンジョンで真っ当に稼ぐことも難しい。

 ダンジョンはある程度深い階層になってしまうと、そもそもそこまで進出できる人間に限りがあるという話になる。彼らは大勢で固まり互いに顔見知りで、カロン達が間違えて出くわしてしまえばあいつらは誰なんだ、とそういう話になってしまう。カロン達はオラリオですでに手配書も出回っている。魔石の換金も浮動派の人間に頼まない限りは不可能だ。浮動派の人間は、平気で換金した金を持ち逃げする。

 カロンはなおも思考を続けようとする。しかし。

 

 「カロン、ヴォルターが呼んでるわよ。」

 

 ーーちっ!あの早漏ヤローが!

 

 カロンはタバコを灰皿に捨てて、ベッドを立った。

 

 ◇◇◇

 

 カロンとクレインは並んで歩く。

 

 「あいつまたやらかしたのか?何回同じことをすれば気が済むんだ?」

 

 やらかした。

 カロンは以前にも同じように何回か女性を生きたまま捕らえて来たことがあった。対象はやはり冒険者だった。

 その際に、相手にステータス封印薬を注入しておいたのだが、反抗する相手についカッとなったヴォルターが手を上げてしまい、レベル7に殴られた相手は肉塊となっていた。

 カロンは呼び出された時間から、また女をヴォルターが殴ったのだと、そう判断する。もしもやらかしてなかったら、まだ楽しんでいる時間のはずだ。

 

 「ええ、また手を上げたみたいね。ああ、今回は命はあるわ。私も自分が可愛いから、ヴォルターが手を上げる可能性を考慮して、敢えて今日はステータス封印薬を打たなかったの。最初からボロボロで暴れる元気はなさそうだったし。ギリギリで生きてるわ。虫の息だけど。もう手当はしてあるわ。」

 「そうか。」

 

 彼らは会話しながら広間に向かう。

 

 「ヴォルター、アンタまた女に手を上げたのか?勿体ねぇだろ?上玉なのに。捕まえてきた俺の苦労も考えて我慢してくれよ?」

 「ああ、悪かったな。」

 

 カロンは広間でヴォルターへと声をかける。広間では彼の他にハンニバルとレンとバスカル、つまり仲間内全員が揃っていた。

 

 「ところで何か話があると聞いたんだが?」

 「ああ。次の襲撃はどうするかだ。お前はどう考えてるんだ?」

 「危険だな。次の計画は当分先だ。どこを狙うかも定まっていない。」

 

 どこを狙うか、カロン達は地上のファミリアの動向を追う情報のツテを持っていた。カロンはしばしば地上にいる闇派閥の浮動派の人間に小銭を握らせて、ダンジョンで落ち合い情報を流させていた。

 

 「マジかよ!?俺はさっさと金を得て贅沢がしたいんだが?」

 「とは言ってもお前が入れるのはせいぜいリヴィラだろ?」

 

 茶髪の優男、バスカルが発言する。

 

 「まあそうだがよ。いつまでも暗いダンジョンじゃあ気が滅入っちまうぜ。」

 「お前ら元々ガネーシャんトコの人間だろ?前の仲間に手を出してもいいのか?」

 「別に構いやしないよ。私達は仲間を殺されて動いてくれない神に忠誠を誓うつもりはない。」

 

 赤髪の女が発言する。名前はレン。

 仲間を殺されて動いてくれない、彼らの復讐相手は地位を持つ人間だった。ゆえに民衆の王であるガネーシャは、対応に多少慎重にならざるを得なかった。気の短いレンは、バスカルを焚き付けてガネーシャが対応する時間もないうちに相手の屋敷に雇われていただけの人間も含めての大量虐殺を行った。それが事の成り行きだった。

 

 「まあともかく今しばらくは我慢してくれよ。そもそも大規模に襲撃するためには上まで行かなきゃなんねぇだろ?そうすりゃ顔の割れてる俺達は追いかけられる可能性が高いだろ?ロキとかフレイヤとかに見付かったら最悪だぜ?」

 「アアン?俺が居るだろ?」

 「アンタの事は信頼してるよ、ヴォルター。でも頭数が違いすぎるんだ。俺達ゃ精鋭揃いでもたったの六人だぜ?」

 「ちっ!」

 

 カロンはごまかしている。ロキ達を相手にする際に、真に問題なのは六人だということではない。そもそもオラリオにはレベル5以上が少なく、精鋭のロキファミリアですらわかっているのはフィン、リヴェリア、ガレス、ティオナ、ティオネ、ベート、アイズの七人のみである。ヴォルターと同格なのは、オラリオ中を捜してもオッタル一人だ。

 

 真に問題なのは、最高戦力のヴォルターが戦術の重要性を理解する知能が低いことなのである。

 ヴォルターの知能が低いため、カロン達は十分な連携を取れない。対してロキは、強大な相手を幾度も高度な戦術と連携で討ち取って来ている。それがための巨人殺し。カロンの目算では勝ち目がない。力わざで正面から倒すなら、せめてヴォルターがレベルをもう一つ上げる必要がある。

 

 「まあ、というわけでしばらく我慢してくれよ?俺は部屋へと戻るぜ。」

 「あん?お前飯食わねぇのか?今日はお前が好きなカレーみたいだぜ?」

 

 ハンニバルがカロンに聞く。今の時間は夕飯時。

 彼らは普段、特に集まって食事をとる習慣があるわけではない。しかし、別段バラバラにとる意味もない。

 

 「ああ、ちょっと考えることがあってな。俺は今日は後回しにさせてもらうよ。」

 

 ◇◇◇

 

 ここは牢屋、中にはリューが仰向けになって倒れている。リューはまだ鼻が潰れている。傷を治したのはクレインの回復魔法だった。

 カロンはリューに声をかける。

 

 「おい、起きてるか?」

 「何ですか?」

 「お前、ヴォルターに逆らうのはやめておけ。あいつはすぐにカッとなって手を上げるぞ。本当に復讐する気があるなら、我慢したが良いぜ?」

 「それは不可能ですね。」

 「あん?痛い目を見るだけだぜ?」

 「知らないのですか?エルフは許した相手以外が触れると自然と手が出てしまうのですよ?」

 「ああーそういえば何か聞いた覚えがあるな。」

 

 カロンは思考する。

 

 「ならば睡眠薬でも使うか?」

 「いえ。自分から体を許すくらいならば痛い方がよっぽどマシです。」

 「俺はそれが仕事で連れて来ただろ?」

 「だったら私を殴って気絶している間に好きにすれば良いでしょう?」

 「そうか。」

 

 カロンはそれだけ聞くと話す意味がないと判断してその場を離れる。

 彼はクレインの部屋へと向かう。

 

 「クレイン、いるか?」

 「ええ。どうしたの?」

 

 ドアが開かれる。

 

 「ちょっと話があるんだよ。入れてもらっても良いか?」

 「構わないわ。」

 

 ヴォルター達は未だに食堂にいる。クレインは、彼らに良いように扱われた経緯からなるべく無駄に彼らに関わろうとしない。そのために食事をまだ取らずに部屋に戻っていた。

 カロンはクレインの部屋の椅子に腰掛ける。

 

 「あのエルフはどうやら体に触られると自然と手が出るらしいんだよ。ヴォルターは顔の腫れた女を抱きたがらないし、ヴォルターがそれっぽかったらあいつの食事に勝手に睡眠薬を混ぜたが良いぜ?じゃないと壊れちまうだろ?」

 「ええ。そうね。分かったわ。あなたからも気配があったら教えてちょうだい。」

 「ああ。それと。」

 

 カロンは部屋の中を見る。何も物のない部屋に、痩せた貧相な体つきのクレイン。

 彼女は他の人間と極力関わりたくないために、一人で食事を最後にしていて、満足に食費は渡されていない。そして彼女が食材を買い出しに行くリヴィラは物価が高額だ。

 

 「お前ちゃんと飯食ってんのか?外に出ることも他の奴らほどないみたいだし、よければ俺と一緒に狩りに行くか?」

 「いえ、遠慮するわ。私は大丈夫よ。」

 「でもお前、新しく捕虜が来たらその分の飯も必要になるだろ?」

 

 カロンは思案する。

 彼らは基本食費がどうなっているのか考えない。カロンがクレインにお金を渡すだけである。

 

 「ちょっと待ってろ。」

 

 カロンが告げて、自分の部屋からガネーシャ襲撃の取り分を持ってくる。カロンはクレインに金を手渡す。

 

 「これを使いな。」

 「ありがとう。助かるわ。」

 「そういや普段、食物はどこから買ってきてるんだ?」

 「私がリヴィラに寄って、買い溜めてるわ。」

 「そうか。ならば次は俺も手伝おうか?」

 「そうね。」

 

 クレインは少し笑う。

 

 「じゃあお願いしようかしら。ちょうど三日後に行く予定があったの。買い出しに付き合ってもらえる?」

 「ああ。でも拠点を留守にしてエルフの方は大丈夫か?」

 「どういうこと?」

 「ヴォルターのことを考えれば、あいつにステータス封印薬を打てないだろ?鎖をちぎって逃げたりしないか?」

 「それは問題ないわ。バスカルで試した事があるの。強度は問題ないはずよ。」

 「うーん、でも俺達が出かけている間に、ハンニバルがいたずらしようとして逃げられたりしたら大変だぞ?俺達の拠点がばれちまうぜ?」

 「そうね。じゃあその時間は薬で寝かしときましょう。」

 「あいつ、食事はとるのか?」

 「ええ、その辺りは大丈夫そうよ。生き抜く覚悟がありそうだわ。」

 

 生き抜く覚悟、クレインも過去、現在のリューに近しい状況だった。貴族の慰み物にされ、いたずらに体に傷を付けられていた。体を鎖に繋がれていた彼女は何があっても生き抜く覚悟を決め、万一の機会に逃げ出す事が可能なようにポーションをこっそりくすねて、足の傷には気を付けるようにしていた。さいわいにも、相手は万一にも逃げることはないと油断して、足の腱を切り落とすような事はされなかった。その後に万一の機会を得たクレインは死に物狂いで逃げて、闇に拾われ復讐のための牙を磨いで現在へと至る。

 彼女自身の経験から、リューは話してみて生きることに執着しているとクレインは判断していた。

 

 「そうか。じゃあ俺は戻るぜ。当日は買い出しに行くときに俺の部屋に寄ってくれよ。」

 「待って。あなた晩御飯まだ取ってないんじゃない?良かったら一緒に行かない?」

 

 カロンは考える。

 

 「俺は今日は腹減ってないよ。」

 「嘘つき。」

 

 クレインは笑う。

 

 「残り物が少なくても、半分ずつしましょう。あなたみたいな大男が、少食だなんてありえないでしょ?」

 

 クレインはやはり笑う。

 雑に扱われて、性のはけ口にされていた彼女であったが、カロンだけは彼女にそういう事を一切していない。食費を入れるのもカロンだけ。さらにカロンがクレインを尊重する扱いを取っているため、以前に比べて彼女に対する周りの風当たりが改善しつつある。

 

 「………そうだな。」

 

 彼らは食堂へと向かう。

 

 「今日はチキンカレーよ。あなたは好物だったわね。」

 「何で知ってるんだ?」

 「あなたの好物は偏ってるわ。コーヒーが好きで、タバコも呑むけど酒は飲めなくて食べ物は子供舌。」

 「まあ、当たっているな。」

 

 彼らは鍋に残された僅かなカレーを二人で仲良く分け合う。

 食事を取った後は、カロンは牢屋内でリューが就寝していることを確認をした後に横になるのだった。


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