闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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貫く正義

 リューは縄で縛られ口にガムテープをされ、荷車に転がされながらも考える。

 

 ーー敵は、オラリオの複数ヶ所に火の手を上げる計画………私が素直に奴らに従っていれば、それは避けえたのか?私の選択はこれでよかったのか?ガネーシャの人間は逃がされた。奴らは約束を守る相手なのか?ダメだ。考えてもわからない。私が採るべき行動、私が取るべき選択。私は今の自分の行動が正しいのか、私は私の正義が正しいものなのか、私は復讐を行うべきなのか、考えれば考えるほど何もかもがわからなくなる。

 

 リューは荷車の布の下で考えつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「ハンニバル、アンタ奴らの正確な場所を確か覚えてるだろ?後は先導してくれるか?」

 「ああ。任せておけ。」

 

 ハンニバルは浮動派の連中から時折仕事を請け負っていたために、相手の居場所を知っていた。

 彼らはダイダロス通りをどんどん暗く、嫌な匂いがする方へと向かっていく。

 

 「ここだ。」

 

 ハンニバルが告げる。

 ダイダロス通りに建つ、ネオンの消えた看板を表に出している一件のきな臭い酒場。そこが普段の浮動派連中のたまり場だった。

 

 「よし、三人掛かりで突入する。荷車はその辺に置いておいてくれ。ハンニバルは店を破壊してくれ。俺とバスカルで中の連中の足腰を立たないようにして来る。」

 

 三人は、店の中へと突入する。

 

 ◇◇◇

 

 「なあ、あんたら。勘弁してくれよ。あんたら復讐派の奴らだろ?どうしていきなり俺達にこんなことするんだよ。」

 

 カロンは店の内部で歯の欠けた男の胸倉を掴み、顔面を殴る。男の口からさらに歯が欠け、血を流す。辺りの人間はすでにバスカルによって片付けられている。

 

 「なに、大したことではないよ。俺達の状況が芳しくなくてね。お前達は俺達を助けるために、囮になってもらおうってことさ。困ったときはお互い様だろ?」

 「や、やめてくれ!」

 「おいおい、いまさら何言ってんだ?お前らが俺達を売り飛ばしたことも俺達にはばれてんだぜ?お前は俺達を売り渡したことを知らないはずないよな?」

 「………。」

 「別に命を奪おうってわけじゃねぇよ。お前らが生きて捕まってくれりゃあ、俺達の時間が長く稼げる。悪いな。」

 

 そういってカロンは男の足を蹴る。メキリと嫌な音が店内に響く。

 

 「ギャアアアアア!!」

 

 反対の足も踏み潰す。男は両足の骨を折られて歩くことが出来ない。男は脂汗と鼻水を垂らして、店にうずくまる。

 

 「こんなもんか。俺達もハンニバルの手伝いをするとするか。」

 「ああ。」

 

 店を破壊するハンニバルに二人も加わり、店はあっという間に見る影もなくなっていく。

 

 ◇◇◇

 

 「マジかよ。さすがダイダロス通りだぜ。こんな夜中にこんなことになるとは。さほど時間は使ってねぇはずなんだがな?」

 

 カロンは呆れる。

 店に入って暴れ回った僅かな間に、荷車は盗まれていた。あったはずの荷車は、今は影も形もない。

 カロンは考える。

 

 ーーチッ!荷車がなけりゃあ油を仕掛けられない。他にも様々な物資を載せていたはずだ。エルフも載せていたが………まあエルフは別にいいか。しかしこれは………無駄に時間をとられちまうな。クソが!

 

 「カロン、どうする?」

 

 ハンニバルが問う。

 

 「仕方ない。三人でバラけて捜し回ることにしよう。油がなけりゃ、計画が総崩れだ。見つかっても見つからなくても一時間後に、再びここで落ち合う。絶対に遅れるな!」

 

 三人は暗闇の中へとバラバラに消えていく。

 

 ◇◇◇

 

 「おうおうおう、これは良いもん拾ったみてぇだな。」

 

 ーー何事ですか?

 

 いきなり覆われていた布が外される。

 リューは辺りの様子を見渡す。当然見覚えのない場所、汚い家の横。目前には見たことのない男。

 

 「こいつはずいぶん別擯なお嬢ちゃんだな。エルフみてぇだな。ヒッヘッヘ。都合よく縛ってくれている。何だ?お嬢ちゃん。どこかに売り飛ばされるところだったのか?俺が貰ってやるよ。」

 

 男が近寄って来る。掛かる息は臭く、ステータスを封印されて縛られているリューにはなすすべがない。

 男は荷車の上のリューを担ぎ、家の中へと運んでいく。

 

 「ムームー。」

 「あん?何だって?まあ何でもいいか。楽しませてもらおうか。」

 

 リューはガムテープを口に巻かれて喋れない。

 男はすえた布団の上へとリューを投げ転がす。

 男はリューへとのしかかろうとする。リューは体を捩り逃げようとする。

 しかしリューは体をぐるぐる巻きに縛られている。

 

 ーーもうダメか!?

 

 その刹那。

 

 「グェッ!」

 「よりにもよって、お前か、レイド。」

 「カ、カ、カロン!?どうしてここに!?」

 

 男は背中を蹴り飛ばされる。

 男は後ろを振り返り、その見覚えのある青い目に驚く。

 

 「大した理由じゃないよ。お前が俺達を敵に売り渡してくれたおかげで、隠れ潜むことが出来なくなっちまった。さて。」

 「ま、待て。俺はお前の育ての親だろう?お前はそんなことをする奴じゃ………ギャアアアアア!!」

 

 カロンはリューに覆いかぶさるレイドの足を躊躇わずに踏み折る。再び足を上げ、逆側も踏み潰す。

 

 「親が聞いて呆れるな。お前は気分で俺を食事で釣って、そのまま変なところに放り捨てただけだろう。運が良けりゃ俺が何かの役に立つかと考えて。俺にはそんなつまらない話をする時間はない。」

 

 カロンはそう告げるとリューを脇に抱える。

 

 「さて、と。エルフ、せっかくだからそいつの顔を覚えとけ。そいつは確実にお前の仇だ。そいつは口が軽いから、復讐を確実にしたければそいつから芋づるにするのが一番有効的な方法だ。」

 

 カロンはリューを抱え、家を出る。リューを荷車に載せ、再び布を被せる。

 カロンは荷車を曳いて、待ち合わせの店の前へと向かっていく。カロンはやがて店の前へと戻る。

 

 「カロン、よかった。荷車は見つかったみてぇだな。」

 「ああ。ツイてたよ、バスカル。ハンニバルはまだ来てないか。」

 「ああ、まだだ。敵に遭遇していないといいが。」

 

 ◇◇◇

 

 「いたぞー!!敵は悪鬼、ハンニバルだ!奴はレベル5だ!応援を呼んでこい!」

 「ああ、任せ………グペッ。」

 

 悪鬼の振り回す鉄柱を喰らい、男の頭部がはじけ飛ぶ。

 

 ーーチッ!厄介なことになった。注意を払ってたってのに、これだ。やはりすでに敵は動き出しているということか。

 

 「逃げろ!!逃げて報告を………。」

 

 次々にもの言わぬ肉塊と化していく、槍を持ったガネーシャファミリアの眷属達。囲むは五人。

 ハンニバルはレベル5。耐久に特長があるとはいえ、木っ端にやられるタマじゃない。三下を逃がすほどぬるくはない。

 ハンニバルが鉄柱を振り回す度に、ガネーシャの眷属達は溜め込みすぎた水風船のようにはじけ飛んで行く。

 やがて、周りの敵をすべて片付けたハンニバルはカロンとの待ち合わせた場所へと急ぎ向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 バスカルとカロンが待つ場所へ、ハンニバルが戻って来る。

 

 「ハンニバル、戻ったか。」

 「カロン、面倒なことになった。敵はすでに憲兵を送り込んで来ている。俺がさっき、そいつらと出くわした。」

 「何だと!?ならば速やかにここから離れるしかないな。」

 「ああ。それが賢明だ。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーやはり敵の動きは迅速。敵は俺達がどこに向かったかを今日の内に推測して行動したということだ。さらに民間の安全を疎かにしているとも思えない。レンから浮動派連中の情報はまだガネーシャ側に言ってないはず。どうする?これから先は時間が経つほどにクレインと落ち合う場所へ向かうのも難しくなるだろう。どこか小さなファミリアのホームでも乗っとるか?いや、ガネーシャの奴らはそいつらの元への巡回も行っているだろう。昼間に見つかったらやはり詰んでしまう。瞬く間に猛者がすっ飛んで来る。

 

 カロンはオラリオに来ることがないために、少し思い違いをしている。

 カロンはオラリオの街中に来ないために知らないが、オラリオに所属する冒険者の数は膨大である。彼らが十全な連携を取っていれば、どうやっても彼らはすでに見つかってしまっている。オラリオの動きは迅速ではなく、鈍重。現状ですでに十分以上の僥倖なのである。

 

 ーーこうなったらゆっくりしている暇はない、か?クレイン一人に工作を任せず、俺達四人掛かりで強行で行動を起こせば、今夜のうちに油を撒くことが可能となる。ただし、当然見つかる可能性は高くなる。だがことここに至ってはのんびりしている暇はない。覚悟を決めるべきか。おっと、エルフに薬を打つのを忘れてはいけない。

 

 カロンはリューにステータス封印薬を打ち込む。

 

 ーー俺達が油を仕込む場所、それはオラリオでも防衛の必要がある重要な地点付近。バスカルはその複数のヶ所に火を点けて回る。最終的な場所はバベル。バベルに火が回れば、それが大したものでなくとも、フレイヤの眷属は泡を食ってフレイヤの下へと帰還するだろう。そうすればオラリオ内に強力な駒が存在する可能性が劇的に低くなる。しかし、同時にバベルはフレイヤの眷属に守備要員を残されている可能性が高い地点でもある。………それでも襲撃を試みる価値は十分だ。陽動を行うか?オラリオに複数のヶ所に火を点けて、フレイヤの眷属が出動したのを見極めてからバベルに火を点けて逃げる。バベルに火を点けるのがバスカルである必要はない。バベルが燃え上がらなくとも、バベルに火が点いたというだけでフレイヤの眷属は警戒して、行動が慎重になることだろう。

 

 そのままカロン達はダイダロス通りのどんどん暗い場所へと進んでいく。そして彼らは、薄暗く狭い路地へと入り込む。

 

 「差し当たってはこのあたりで良いだろう。見つかる可能性はあるが、ガネーシャの奴らが浮動派連中のところで足止めを喰らっていることを願うしかないな。さて。」

 

 カロン、ハンニバル、バスカルは荷車に座り休憩する。カロンは荷車の布を除ける。

 カロンはリューの縄をとき、口のガムテープを剥がす。

 

 「さて、エルフ。ここで大声を出しても誰にも聞こえないだろうし、そんなことをしたら迷わず消すことになる。今のうちに必要な行動を済ませておけ。」

 

 カロンはリューに指示を出す。

 

 「さて、ハンニバルとバスカルには新たな行動の指示を出す。間違えずに聞いてくれ。」

 「エルフが聞いてるが、良いのか?」

 

 バスカルが問う。

 カロンはリューをちらりと見る。

 

 「構わん。どちらにしろ明日の今頃には終わる。」

 「工作に時間が掛かるのではなかったか?」

 

 ハンニバルが聞く。

 

 「少し予定を変える必要が出そうだ。ハンニバル、アンタは敵と出くわしたろ?これは敵が俺の予想より遥かに早く行動を起こしているということだ。爆破が起こったたったの六時間後には、敵は巡回をダイダロス通りに向かわせている。こうなると明日は高確率で検問だらけだ。浮動派の囮も大して役に立つとも思えん。時間をかけるほどにクレインと合流することすら難しくなる。」

 「………なるほど。」

 

 ハンニバルが頷く。

 

 「ゆえに明日の夜は、全員で強行で街中に火種を仕込むことになる。道中で敵と遭遇するかもしれんが、そこはもう片付けるか、どうやっても勝てない相手だったら諦めてくれ。クレインが地図を持ってきたら、俺の指示に従い作戦を開始する。各自俺が指示したヶ所に油を仕込んでくれ。バスカルは仕込みが終わり次第各地に火を点けて回ってくれ。そして、そのまま俺達のために死んでくれ。残りの三人は火の手が上がったら、一カ所で落ち合う。時間を決めて、すこしでも遅れた人間は死んだものと判断して置いていく。いいな!」

 「ああ。」

 「もちろんだ、ところでカロン。」

 

 ハンニバルがカロンに告げる。

 

 「お前のタバコがあったら分けてくれないか。」

 「ああ、構わんがアンタは爆薬を隠し持ってるんじゃないのか?引火しないように気を付けてくれよ。」

 「もちろんだ。」

 「カロン、俺にも分けてくれ。」

 

 彼ら三人はタバコを吸う。ダイダロス通りの淀んだ空気に煙は充満し、滞留し、緩やかに流れていく。

 

 「まずいな。」

 

 ハンニバルがポツリと呟く。

 

 ◇◇◇

 

 ーーカロンに指示された通りに油樽を仕掛けた。髪も隠し持ってたナイフでバッサリ切って落とした。それにしても………。

 

 夜間にも関わらず、うろつくガネーシャの憲兵達。その数はクレインの予想より遥かに多かった。

 クレインは面相が割れていない。そして、髪も短く切って、昼間であれば敵にみとがめられる可能性は低い。しかし今は夜間で、樽を持っている姿を見られてしまえば相手に執拗な質問を受けることは想像に易い。下手をしたら、そのままガネーシャの本拠地に連れていかれる可能性まで存在する。クレインは思考する。

 

 ーー私が今夜のうちに出来ることはもう終わった。後は敵に見つからないように明るくなるまで隠れ潜む。日が昇ったら、地図を買い求め、宿を予約する。そしてカロン達との合流の時間を待つ。 

 

 クレインは夜のオラリオで、敵に見つからないように暗闇に潜む。

 

 ◇◇◇

 

 「………また眷属に新たな死者が出たのか!」

 

 ここはガネーシャファミリアの本拠地。本拠地にはダンジョンに偵察に送っていた眷属が帰り、敵の人員が割れていた。ガネーシャは珍しく苛立っている。しかしそれも当然の話。

 ガネーシャは考える。

 

 ーー青い目の悪魔、悪鬼、火葬、それに黒い髪の女、か。死神の鎌、かつての俺達の同胞のレンは捕らえたが、奴は未だに情報を吐かん。捕らえるのに時間がかかるほどに、俺達の死者数は増えていく。つくづく忌ま忌ましい連中だ。敵の行動の指揮を執っているのは青い目の悪魔。元俺達の最高戦力の一人、火葬も未だ敵方にいる。俺の眷属だけでは殺されておしまいだ。フレイヤの強力な人員の助力に頼るほかない。

 

 フレイヤの強力な人員、ガネーシャはフレイヤファミリアに協力を打診していた。しかし、当然の話だが人間は休息も必要である。二十四時間は働けない。

 

 そしてフレイヤファミリアには、実は致命的な弱点が存在する。フレイヤの眷属は主神の身の安全に執着するあまり、敵の明確な位置が判明するか主神フレイヤの直々の命がない限り、バベルからあまり遠くに動かない。フレイヤの眷属を顎で使えるのは、フレイヤ以外に存在しない。そして、その時点でフレイヤファミリアは実は後手に回っているのである。故に弱点。

 

 そもそもの立ち位置が不安定で生きるためには自分で考え自身の足で立つほかない闇派閥、対して心の拠り所や方針をまるまる全て主神に依存するフレイヤファミリア。

 

 それは神と悪魔の決定的な違い。悪魔は人を誘惑しても、決定権までは決して奪わない。神の魅了は、相手の決定権まで平気で奪う。決断を奪われた人間が、果たして本当に強いと言えるだろうか?

 フレイヤファミリアとは、実は主神のフレイヤが居なくなればほとんどが明確な指針を持たない烏合の衆でしかないのである。

 

 カロン達がダイダロス通りでフレイヤの眷属と出くわさないのは、そのような理由があった。彼らはフレイヤが危険な闇派閥に襲撃されることを、何よりも恐れている。

 

 さらにガネーシャは、キレて神の権能を使用する可能性のあるロキを宥めるのにも労力を割かれていた。

 

 そして一刻も早く危険な犯罪者を捕らえねばならないが、最優先の民間の安寧を筆頭にして、外へ抜ける門の厳重な警護、検問の設置、夜間の警備、行うべきことはたくさんあり、強力な冒険者が多数常駐するオラリオには長く明確な脅威となる敵が居なかった。ゆえに娯楽に溺れきった神々に、守られつづけた民間人に、この期に及んでなおも緊張感がない。オラリオに防衛の際の指揮権の委譲順序の概念が存在しない。

 外野で野次を飛ばし続けてきた人間に、いきなり役をこなせと言っても不可能な話である。

 

 完全無欠の理想郷(ユートピア)などこの世に存在しない。人間は過去からしか学べない。どんな強大な帝国も、内部の敵を甘く見るといとも容易く瓦解する。無敵と言えば聞こえはいいが、敵がいないということはそれ以上進化する余地がないということである。

 誰の言葉だったか、停滞とは緩やかな衰退である。

 

 面白いことに、オラリオの弱点とオラリオを憎んでいたヴォルターの弱点は一緒なのである。

 強者で有りつづけ、知恵を必要として来なかった故の弱点。

 オラリオは個々人で見れば賢い存在も多いが、総体で見ると非常に愚かである。高レベル冒険者による力付くでの問題の解決が可能で有りつづけたために、オラリオの総体は突発的な危機や知略が必要不可欠な戦いに滅法に弱い。攻めには凄まじく強いが、攻められるシチュエーションに慣れてない。自分達が主導権(イニシアチブ)を握れない事態に、弱い。

 

 闇派閥は捕まったら終わりなので、手段を選ばない。まともに戦っても勝ち目はないので、勝ち目のすこしでも高い手段を選ぶ。なりふり構わない。

 

 一方のオラリオは危機的状況が無かったために、危機の際の統率がとれない。有事の際が今まで有り得なかったために、有事の際にどう連携していいかわからない。知略が必要とされることが無かったために、知略が必要な時に誰の言うことを信じればいいのかわからない。それだけでなく利益を追求して、この期に及んでなおも事態を軽く見て火事場泥棒や詐欺師のようなまね事をする輩まで多数存在する。そして、有事にも関わらず被害を受けた民間人は被害を訴え、闇派閥と戦っている彼らの足を引っ張る。

 

 そして、オラリオは知らない。

 その勇猛さだけが轟いているために、ロキファミリアであっても必要となれば時には逃走という選択肢を取ることを知らない。ゆえに逃げ回る敵を軽視している。実はロキファミリアが逃げ回る復讐派を軽視したのも、オラリオのそんな空気に流されたせいである。

 

 しかし、実際は逃げ回る敵の方が余程恐ろしい。力勝負だけならオラリオは無双である。

 逃げ回る敵が立ち向かってきたその時は、明確に勝てる算段が付いた時かどうしようもなく追い詰められた時である。

 

 それもこれも今まで危機がなかったため、オラリオの民間が命懸けの人間がどれほど恐ろしいか理解していないためである。

 

 ゆえにオラリオの対応は初動が遅れている。

 

 挙げ句の果てに、民衆を煽動することが可能であった英雄を擁していたロキが機能不全を起こしている今現在のオラリオの総体は、まさしく雑魚専なのである。

 

 ぬるま湯に浸かりきったオラリオは後手後手に回っている。

 

 ーー早い時期にフレイヤの人員が動ける時間帯に人海戦術で何としても敵を捕らえねばならない。

 

 ◇◇◇

 

 「ヘルメス様、オラリオにはまだ強力なフレイヤファミリアが存在します。ここまでする必要があったのですか?我々の高額な魔導具を使用してまでオラリオから待避する必要が?」

 「アスフィ、キミは賢いけどしばしば愚かだ。あのガネーシャですら、時には選択を誤る。あれは追い込み過ぎだ。ガネーシャはそれに気付いているが、最初にロキファミリアを動かしてしまった以上、もうあいつにはそう行動を取るほかに道はない。追い詰められたらネズミでも生がかかってるとなれば必死になる。ましてや相手は命懸けの闇派閥だ。どれほど危険か知れたものではない。魔導具なんざ生きてりゃいくらでも作り出せる。俺達に出来る最善は、ことが終わった後に速やかにオラリオの助けになることだよ。」

 

 ◇◇◇

 

 「なぜだ!どうしてだ!」

 

 リューが耐え切れずに唐突に叫ぶ。

 

 「あん?どうしたエルフ?埋められたいのか?大声出すなって言ったろ?」

 「………あなた方の計画がうまくいったとしても、たくさんの人が死にます。リヴィラの時のように死を覚悟した冒険者達だけでなく、民間人も数多く!あなた方には正義がないんですか?あなた方はできれば殺したくないのではないのですか?あなた方はあなた方の都合が最優先なのですか!」

 

 カロンはリューを見る。

 

 「エルフ、お前相変わらず馬鹿だな。」

 「………何が言いたいのですか?」

 「生きるために自身の都合を最優先させるのは、生命にとってはあまりにも当たり前だ。」

 「それは正義ではない!」

 「別に俺達は正義を目指しているわけじゃねぇぞ。」

 「そうでしょうが………しかし犠牲になる人間に申し訳ないとは考えないのですか!」

 「申し訳ないな。俺達のために死んでくれて非常に感謝している。」

 「あなたたちは悪です!なぜ正義に唾を吐くのですか?」

 「正義ねぇ………そんなら正義とはそもそも一体何なんだ?」

 「正義とは絶対的な………揺るぎない正しいものです。」

 

 ハンニバルとバスカルは煙を燻らせながら二人の問答をノンビリと眺めている。

 

 「絶対的な正義、ね。そんなものはこの世に存在しないよ?」

 「そんなはずない!」

 「そんなはずあるよ。俺達は俺達が生きるために人を殺すし、お前らはお前らの都合で俺達を殺す。お前が言ってる正義とは、つまりは大勢の都合に過ぎない。俺達は大勢と都合を共有できなかったから悪党なんだよ。」

 

 カロンは言葉に虚実を織り交ぜていた。彼は頻繁に嘘を吐く。

 もともとオラリオの外からやって来たカロン個人の価値観は本当はアストレアに近しい。本当は命が重いものだと彼個人はそう判断している。そしてオラリオの価値観はリューとは異なり、命が軽い。

 カロンは重い命をそれでも踏みにじり、リューはオラリオとの価値観にズレがある。

 

 そして彼はそれでも他者の命を踏みにじりなお、生きる。

 しかしそれをリューに告げて同情を乞うことは彼にとっては卑怯なことに思えていた。殺して生きていることは紛れもない事実。彼にとっては同情されるくらいならむしろ理解できない悪党だと思ってくれた方がありがたい。本来ならば殺したくないという本音も聞かれたくなかった。リヴィラの夜にリューにそれを聞かれていたのは彼にとっては想定外だった。

 

 人を殺して生きることを決めたその日から、彼は自身の境遇を呪うことも同情を乞うことも嫌った。

 人殺しが同情を乞おうなどと虫酸が走る、それが彼の本心である。

 

 それでも彼はリューに自身の境遇を語った。そこには二つの理由がある。あやふやな正義などとは違い、悪の行動には明確な理由がある。

 

 一つは彼女に同情させて自分たちの作戦に組み込めれば、自分たちの仲間の命の損耗を抑えられるかもしれないという可能性。リューは飄々としたカロンの物言いの裏側がどれだけ必死なのか、知らない。たとえ虫酸が走るような行為であっても、誇りを捨ててでも、仲間の命には変えられない。彼の明確な意思と価値観に基づいた選択である。

 その程度の腹芸くらいはできなければ、彼が彼らのリーダーだと認められることはなかったであろう。しかし彼のその思惑は結局失敗した。彼の打った布石は意味を為さなかった。

 

 もう一つは単純に、彼がろくに話したこともないどうでもいい彼女に人殺しになってほしくなかったという、ただそれだけのつまらない理由である。そして実は、そのつまらない理由こそが、彼が闇派閥で信頼を集めた決定的な理由でもある。

 根がお人よしの彼は、明日も知れないはずの人殺しの仲間が、大勢に生きる価値がないと思われている人間の屑達が、より良い明日を過ごすためにいつも必死に考えつづけたのだ。

 

 未来のことは、誰にもわからない。生きなければ、未来は存在しない。

 未来の意味とは、必死に生きた人間だけがいずれその本人なりの意味を見出だすものである。

 

 「そんなことはない!私は正しさを………正義を………貫く。」

 「そもそもそこから間違ってるよ。正義は多分お前が考えているより、遥かにあやふやでいい加減なものだ。正義は時代によって変わるものだよ。大勢の都合や価値観は時勢によって容易く変わる。絶対的な正義とか貫くとか言ってる時点でそんな人間はただの詐欺師だ。大勢の人間を騙して煽動する、俺達よりもいくらかマシかもしれない程度のタチの悪い連中に過ぎない。」

 「何を!!」

 

 カロンは青い穏やかな目でリューを眺める。

 

 「正義とは貫くものではなくて、行動を以ってして結果として貫いたものだよ。」

 「意味がわかりません………。」

 「お前の正義とは何だ?」

 「それは………住民の安寧を守ったり、治安を維持したり………。」

 「それがお前の中の正義なんだな。じゃあ、復讐なんてしたら正義は貫けないだろ?殺人は治安維持の対極だ。結局、お前もオラリオに流されてんだよ。命が軽いと無意識に感じているから、危機意識不足で仲間を死なせることになるし、正義とかほざいときながら軽々と復讐に走ろうとする。」

 「………。」

 「エルフ、人間なんて簡単に気が変わるよ。正義なんてあやふやだし、幾種類も存在する。それにどれだけ必死になって考えても、人間は間違えることがありうるし、どうにもならない事態だって存在するんだ。俺だってどうしようもないことが散々あったし、しこたま間違えてきた。そして誰だって死にたくない。たとえ俺達みたいな生きる価値のない人間であったとしても。たとえたくさんの人間から死ねという大合唱をされたとしても、たとえ胡散臭い大賢者にお前はたくさんの人間を殺したから死ぬべきなんだと言われたとしても、たとえ出口のない迷宮に囚われたとしても、俺は俺達の生を決して諦めない。潔く死ぬなどと言えば聞こえはいいが、そんなものはこの世界に生を受けた奇跡に対する冒涜に過ぎない。」

 

 カロンは簡単に言っているが、彼の結論は彼が暗い穴底で多大な苦痛を伴い何度も何度も考えつづけた末に出したものである。だからこそ彼は一切、ぶれない。

 

 「………何が言いたいのですか?」

 「エルフ、お前には決して何者にも譲れないものは存在するか?お前の中に、確固たる行動指針が存在するか?」

 「それは………。」

 「俺達は必死に生きる。俺は必死に生きていれば、いつかきっといい未来を築くことが出来ると信じている。俺は生きるためにどうすれば良いか、何をすれば少しでも俺達の明日が良くなるか考えつづける。」

 

 選択は、苦しみである。

 彼らは生きつづけることを選択した。たとえそれがどれだけ苦しかったとしても。

 

 「………。」

 「貫ける確固たる正義がもしこの世に存在するのだとすれば、それはお前の中にある信念だけだよ。それは公に認められている正義ではなくて、あくまでもお前一人の価値観に過ぎない。それを以って大声で高らかに正義を謡うのは、ただの恥知らずに過ぎない。お前の中にそれがあるのなら、お前はそれを死ぬまで守り通せるといいな。」

 「俺にとっては耳が痛いな。」

 

 バスカルは笑う。かつては彼の仲間のレンも正義を謡っていた。

 

 そして、彼らの大元の死んだヴォルターもオラリオへの復讐を正当なものであるとそう考えていた。欲望渦巻く都市の、人の欲望の被害者はたくさんいる。彼の言葉の裏側とは、つまりそういうことである。正義とは頻繁に大勢の人間を煽動して、死地へと追いやるものである。

 

 正義とは、正当性である。闇派閥が正当性を掲げないとは限らない。むしろ悪党ほど正当性にこだわりがちなのは世の常である。そして正当性が認められるのは正しい方ではなく勝者ですらない。正当性を掲げたまま最後までしぶとく残った方である。ヴォルターは正義の正当性の認められない敗者ではあるが、それでも貫き通した挙げ句に、死んだ。ロキを撃滅した復讐派の英雄として、死んだ。

 

 たったの一人の高レベル冒険者は、たくさんの死者の上に成り立っている。

 みんなの憧れのロキファミリアは、その勇猛さを大々的に知らしめることによって、たくさんの人間を死地に追いやる。フィンが最後に吐いた弱音は、すべからく弱者のいまわの際の声と酷似している。ロキファミリアはそれを、知っている。

 英雄が多くの人間を死地に追いやるのは、どんな世界でも、どうやっても避け得ない運命。しかし彼らもまた、屍の上を歩いてでも強くなること貫き通すことを選択した存在である。

 彼らの誤算は、彼らが知らないところに彼ら以上に屍の山を築いていた存在が居たことと、敵の正体を見誤ったことである。敵の正体が英雄が死地に追いやり続けてきた死者の怨念の集大成だと知っていれば、強者のロキファミリアといえど決して油断しなかったであろう。

 

 リューは知らない。アストレアの正義はオラリオの民衆に合わないからオラリオから淘汰された。アストレアの掲げる正義とは、大勢の都合ですらない。

 そしてリューはこのまま復讐殺人を行えば、自身の正義を捨てた上に民衆に追われる恥知らずのただの敗者となる。どれだけしぶとく生き残ろうが、正当性を自分から捨てた恥知らずの敗者に正当性が再び認められることはきっと永遠に、ない。正義を掲げたエルフは、罪を隠して生きる欺瞞に満ちた人生を歩むことを決定づけられる。

 

 殺人の大罪が真に赦されることがもし仮にあるのだとしたら、それは民衆の正当な怒りをその身に受けた後以外に有り得てはいけない。

 

 ガネーシャファミリアに捕まった悪党のレンは意図せずとも、唾を吐かれ、石を投げられ、罵詈雑言を浴びせられ、それでも最期に赦されて死ぬ。

 

 罪から逃げるリューは潔癖にも関わらず、赦しを得られないまま呪いを背負い続けていずれ死ぬ。

 

 悪魔は正当性などいらない。貧者の彼らにとってはそれはあまりにも贅沢過ぎる嗜好品。大々的に掲げる正義とは、極論として心に明確な指針を持たない人間の縋るものでしかないと彼はそう考える。正当性は、あればあるで嬉しいけれど、ないならないでも構わない。そんなものにこだわる余裕など、ない。恥知らずで構わないし、罪を赦される必要など、ない。生きなければ、何もできない。そして彼の縋るものは、拠り所は、己自身。

 

 カロンにとっては、生きていればそれだけで勝者なのである。そして、彼は明日を良くするために必死に考えつづける。

 

 それでも彼が最後まで生き続けることが出来るのなら………

 

 「それならば………仮にそれが正しいのだとしたら………私はどうやったら正義を貫けるというのだ!!」

 「うーん、あれだな。小難しいことを考えるからおかしくなるんだ。だから誰にも否定しようのないことをお前の正義にすればいいんじゃないか?太陽が東から昇ることとか。『太陽が東から昇るから、私はお前達を許さない。』とか適当をこけばいいんじゃあないか?」

 「ふざけるな!」

 「ふざけてるのはお前だよ。他人に己の正義を委ねるなんざ。ましてや闇派閥だぞ、俺達は。どうやったら正義が貫けるかお前が必死になって自分で考えるんだよ。」

 「………あなたにも正義があるのですか?」

 「あん?そんなもんあるわけないだろ。俺達は、闇派閥だぜ?」

 「………。」

 

 リューは空色の目でカロンをいつまでも見つめ続ける。

 カロンはまたこれかと笑う。

 

 どうせ根負けするならさっさと話してしまっても構わないか。きっと、もう会うこともなかろうし。

 

 「考えつづけることだよ。俺にとっての正義は。俺は考えつづけて、許された数少ない選択肢の中からでも少しでも良いものを選びたい。少しでも今日より良い明日を過ごしたい。考えに考え抜いて、俺達が少しでも良い明日を過ごすことが俺の正義だ。お前も自分の正義を精々必死に考えるんだな。」

 

 カロンは吸い終わったタバコを投げ捨てる。

 

 「さて、そろそろ休むとしようか。俺とハンニバルとバスカルで交代で見張りを行う。精々一人当たり二時間程度しか寝られないが。お前らも忘れずにエルフにステータス封印薬を打ち込んでくれ。まずは俺が起きておく。」

 「「ああ。」」

 

 ハンニバルとバスカルは横になり、リューはカロンの魔法の縄でぐるぐる巻きに縛られる。

 

 ーー貫ける正義とは私の中にあるものだけ。

 

 リューは横になり、どこまでも思考しつづける。

 

 ◇◇◇

 

 「さて、今日の夜が運命の夜になる。」

 

 カロンが告げる。

 辺りはすでに明るくなりつつある。彼らが休むことの出来る時間はすでに終わった。遠く水平線から上り行く朝日、これはおそらく彼らの幾人かは最後に見る朝日になるのだろう。彼らは長く地下に居たために朝焼けを見ることも稀である。

 彼らはその薄ぼやけた曙光をとても美しいものだと感じた。

 

 カロンを囲むバスカルとハンニバル。

 

 「今日の夜に行動を起こす。今日の待ち合わせの時間になったら、比較的他の人間に紛れやすいバスカルがクレインを待ち合わせ場所に迎えに行ってくれ。俺とハンニバルはどうやっても目立つ。図体が大きいからな。お前はガネーシャの奴らにみとがめられやすいだろうが、顔を隠せばいいしステータスも俺達より高いしな。隠密行動にも俺達より適性が圧倒的に高い。それまでは俺とハンニバルが交互に見張りを行う。消せる敵が近づいて来たら消すし、ヤバい奴らが近付くようなら必死に逃げる。夜を待つ。」

 「見張りは俺がやるよ。カロン、お前は計画を考えるのに集中してくれ。」

 

 バスカルがそう告げる。

 

 「いいのか?」

 「どちらにしろ今日で終わりだ。少しでも成功率をあげるために行動する必要がある。それにしても………。」

 

 バスカルは荷車の上を見る。

 荷車の上には鼻提灯を作りピスピスと変な音を立てるリュー・リオン。

 彼女は考えすぎて、脳がストライキを起こしていた。

 

 「このエルフは結局終始寝坊しっぱなしだな。俺はここまで図々しい捕虜がこの世に存在するなんて、思いもしなかったよ。」

 「ああ、俺も初めてだ。こいつだったらおそらくは俺達が全滅しても、ゴキブリが絶滅するような環境でも、きっと生き残るんだろうな。」

 「まさか闇派閥の俺達をこうも驚嘆させるとはな。」

 

 三人は笑う。

 

 ◇◇◇

 

 カロンは作戦の先を考える。

 

 ーーもう、今日で大詰めだ。今日の深夜に俺とバスカルとハンニバルとクレインで油を仕掛けるために行動する。行動を起こす時間帯は皆が寝静まった頃。時計の針が頂点を回った後くらいが良かろうな。仕掛ける場所で、ヤバいのはバベルだ。バベルはなるべく時間を稼ぐために敵が出て行ったのを確認してから火を点けたい。油を仕掛け終わったら、バベルは仕掛けた人間が、その他のヶ所はバスカルが火を点けて回る。一人二カ所の八ヶ所くらいが理想か?俺達は後に仕掛けた方の油は点火しても良さそうだな。そうすればバスカルが火を点けるヶ所は五ヶ所に減る。いや、今日クレインに一ヶ所仕掛けさせたから六ヶ所か?まあそれは後で俺が考えよう。そしてそのあとにバスカルはオラリオで暴れ回る。時間をなるべく稼ぐために、バベルからある程度離れた地点でバベルから逃げる方向に向かわせるのがベストだな。

 

 ーーそして俺達は、その隙に外へ出る門へと詰めかける。力わざで制圧して、無理矢理外へと抜け出る、か。

 

 ーー言葉にすると簡単だし、上手く行きそうにも思えるが、検問が増えてるだろうし、さほど成功率が高いとも思えないんだよなぁ。フレイヤの奴らが上手くバベルにおびき寄せられていてくれればいいなぁ。

 

 「カロン、敵がいるぜ。」

 

 バスカルが降りて来る。

 

 「うん?消せそうか?」

 「ああ、問題なく消せる、消せるが………。」

 「どうした?」

 

 歯切れの悪いバスカルにカロンは困惑する。

 

 「………デルフとアランとビルだ。あいつらよりにもよってここの巡回を任されてやがる。どうするよ?」

 「………マジかよ!?」

 

 カロンは建物上からこっそりと敵を眺める。

 

 ーーうーん、良く考えれば、ガネーシャファミリアでレベル4二人とレベル3だったら主力を任されることになる、か。だからあいつらはこんなきな臭いところの巡回も行う必要が出てくるわけだ。なんだかなぁ。あいつらツイてるんだかツイてないんだかイマイチわかんねぇな。

 

 「あいつらあまり殺す気にはなれないな。掘削を手伝ってもらっちまったし。奇襲をして無力化しよう。ステータス封印薬を打って、エルフと一緒に仲良く転がしとくか。」

 

 カロンとバスカルとハンニバルの三人組は、敵の三人組の背後をとり、ひそかに襲いかかる。

 

 ◇◇◇

 

 「それで、どうするよ?」

 

 バスカルが問う。

 カロン達の荷車には、リューの他に新たに捕まえたガネーシャの三人組が転がされている。彼らもやはり縛られて、口にガムテープをされている。

 

 「………待ってくれ。少し考える。」

 

 カロンは考える。

 

 ーーどうするか?もともと巡回が向かって来るのは想定の範囲内。巡回を消すことも予定の範囲内。しかし、巡回が戻らなければ危険な奴らが潜んでいる可能性が高い地点としてより強力な人員を送り込むであろうことも想像に難くない。検問が行われてない道を極力避けて、移動を行う。どこかの民家を乗っ取って潜伏するのもありだったのか?うーん、しかし今現在街中はどうなってるやら。俺の予想では、おそらくは一般人は危険な闇派閥を恐れて出歩くのを控えている状況。そんな中クレインには買い物を任せてしまっている。地図がないと決定的な行動を起こせないからだ。不審に思われないよう、二つの店舗を回って二部ずつ購入するように指示は出したが。クレインは気が利くしどうにかしてくれることを信じるほかはないか。

 

 カロン達は移動を決意する。三人はダイダロス通りのさらに奥へと向かっていく。

 

 ◇◇◇

 

 時刻は昼日中にも関わらず、オラリオの街中は活気がない。

 憲兵らしき人間が辺りをうろついている。

 クレインは考える。

 

 ーー人通りがないわけではないけれど、今行動したら多少は目立つわ。でも行動せざるを得ない。幸運にもいくつかの店は営業しているわ。

 

 クレインは店の中へと入って行く。

 

 「地図を二枚いただけるかしら。それと食料をいただきたいわ。」

 「あん?あんた見かけない人間だな。よくこんな状況で外に買い出しに出てこれたな?」

 

 店の主人はうさんくさげな目付きでクレインを見る。

 

 「私は旦那と二人でちょっと前にオラリオに来たの。まだ住むところも決まってないし、洋服もろくに買い揃えてないの。だから今の時期でも長袖しか着れないのよ。それなのにこんな状況よ?参ってしまうわ。旦那も今、住むところを探して出かけざるを得ない状況だし。いつまでも宿屋暮らしじゃお金なんてすぐに無くなっちゃうし。」

 「そりゃあ災難だったな。旦那さんと二人ぶんかい?」

 「ええ。この後は宿屋の延長の手続きもしなくちゃなんないし。つくづく参るわ。」

 「そうかい。いつもはこんなんじゃねぇんだけど、時期が悪かったな。そらよ、500ヴァリスだ。」

 「ええ。」

 

 クレインは他の店でも二枚の地図を購入して、待ち合わせの予定地に近い宿へと入る。

 

 「一部屋お借りできるかしら?」

 「あん?」

 

 宿屋の主人は、長袖のクレインをうさんくさげに見る。

 今はまだ、時期的に怪物祭が本来ならば行われている時期だ。

 

 「………私も困ってるのよ。元々冒険者だったんだけど、ステータスを返上して田舎に帰ろうかと思ったらいきなりこの有様よ?家はもう売っちゃったし、お気に入りの洋服以外ももういらないかなって捨てちゃったの。門は検問が厳しくて、今は誰も外に出せないの一点張りだし。宿屋も営業しているところが少なくて困ってたの。元々のファミリアも男関係で問題があって居づらいし………。」

 「………そうかい。そりゃあジロジロ見て済まなかったな。いつまで滞在するかい?」

 「そうねぇ。いつになったら終わるかわかんないし、とりあえず一週間くらいまとめて払った方が良いわよねぇ………。」

 「うん?別に日毎に延長するごとに金を払ってくれりゃあ、構わないよ。お客さん、別嬪さんだし。」

 「あら、それは助かるわ。」

 

 クレインは宿の一室に入る。

 時間は緩やかだったとしても、確実に過ぎていく。

 

 やがて、日が暮れる。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

レン・・・捕縛

生存者

カロン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン、デルフ、アラン、ビル




というわけで必死に考えることが彼にとっての正義ですので、拙作ではこんなにも思考の描写が多くなっております。

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