闇派閥が正義を貫くのは間違っているだろうか   作:サントン

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レンの矜持

 ーー未だ消えぬ蔓延する死の臭い。いつ嗅いでも気分の悪いものだ。

 

 鼻をつくすえた臭い、リヴィラへとカロンとレンは到着する。

 道中、19階層でゴライアスが産まれていることはなかった。

 荷車を曳いて、カロン達は食糧庫へと向かう。カロン達は黙々と荷車へと食糧を積みつづける。

 

 ふとカロンはあることに気付く。

 

 ーー食糧が僅かに減っている?ネズミか?いや、これは………。

 

 「レン、万が一の警戒をしておいてくれ。食糧が不自然な減り方をしている。」

 「………あん?誰かいるってことか?」

 「………おそらく。可能性が高いのは勇者が生き延びていることだ。」

 「ああ、わかった。」

 

 レンは万一の警戒を行う。しかし特に誰も現れることはない。

 食糧の減少は気になるが、カロン達はそれを調べるほど時間的な余裕を持たない。

 カロン達はやがて食糧を積み終え、再び上の階層へと急ぎ足で戻っていく。

 

 ◇◇◇

 

 カロンとレンは、荷車を曳いて掘削地点へと戻る。

 カロンは指示を出す。

 

 「レンとバスカルは引き続き掘削に戻ってくれ。ここから先は時間との戦いだ。ハンニバルは俺と役割を交代して少し休んでくれ。」

 「………お前は考えることがあるんじゃないのか?」

 「まあ、そうだが他の人員にも少しは休憩を取らせないと効率が逆に落ちるからな。俺は壁を掘りながら考え事を続けるよ。」

 

 カロンは壁を掘りながらでもどこまででも考える。

 

 ーーさて、と。いよいよ本格的に危険の高い行動の開始だ。直に壁抜きが可能になるはずだ。そうしたらどうする?まずは壁抜きと同時にバスカルが街中に大きな花火を打ち上げる。レンが囮として町行く人々を害しながら敵の注意を引く。………レンには余った爆薬をいくらか持たせるのがベストだろうな。そうすればわざわざ一般人を攻撃しなくとも、音で自然と注目が集まることになる。効率面で上だ。囮として有効なのはレンよりも火炎使いのバスカルだが、バスカルは後々より有用な使い道が存在する。

 

 ーーそして、レンが周囲の注目を浴びている間に俺達は死に物狂いで人通りの少ない通路を選んで逃走する。目的地は、ダイダロス通り。ここは案外上手く行く算段がついている。敵は、今現在ダンジョンの入口を警戒しているだろう。夜間にいきなり全く違う地点から発破音がすれば、浮足立つはずだ。そうなれば指示系統が混乱を来す。強力な駒が出遅れる。

 

 ーー仮に、強力な敵に俺達がつけられてしまったら………さらなる囮を使うしか無くなる。ここは何としてでも駒を消費したくないところだ。万一俺達が街中に逃げ込んだら俺達がダイダロス通りに逃げ込むだろうことは間違いなく敵も想定済み。しかし同時に敵は民間の安全の優先も行わねばならない。

 

 ーー敵の行動が後手に回っている間に、オラリオの人通りが多い地点に油を仕掛ける。これは注目を浴びるためのもので、人を害する目的ではない。多くの犠牲は出るかもしれんが、他に有用な策がない。力でオラリオの外に抜ける門を出ようとしても、敵もそれを警戒しているはずだ。少しでもそこで時間を稼がれたら、ヤバい奴らにあっという間に取り囲まれてしまう。それを鑑みても火力による陽動以外に方法は思いつかない。俺達がダイダロス通りを逃げている間に、市井に紛れ込んだクレインに各地点に油をしかけてもらおう。クレインの工作は夜間がいいだろうな。昼間は物資の調達を任せよう。

 

 ーーそして工作が終われば、バスカルが放火魔として注目を集める行動を起こす。バスカルはオラリオを走り回り、各地点に火の手をあげる。当然人々の目はそちらへと向かう。複数箇所から火の手が上がれば、放火犯が闇派閥の俺達である可能性が高いことを敵は推測するはずだ。そうなると敵はオラリオの防衛を最優先にするはずだ。俺達はその隙に、手薄になるはずの門を力付くで抜ける。仮に門を抜ける策が読まれていたとしても、敵が市民の安全を優先させる公算は高い。

 

 ーーここまでの案に抜けはないか?より有効な策は?切り札は持ち得ないか?手持ちの札でより効率的な策は?この予定では最上の結果で、俺とハンニバルとクレインが逃げきれることになる。レンとバスカルは助からない。

 

 ーーレンは俺を逃がしたいと言ってくれた。………考えるのを………俺はやめてはいけない。レンがそう言ってくれたからには………と俺は単純に考えるべきか?………爆薬を使用前に仲間内の合意を再度確認しておくべきか。

 

 ーー今までは運よく敵に見つかっていない。このまま爆薬を使わずに人力による掘削のみでダンジョンの壁を抜く案は?そうすれば囮を使う必要もなくなる。それは………わからん。不確定過ぎる。掘削のみで抜ける決定をすれば、爆薬を使うより多くの時間がかかる。かなりの時間のロスになる。今まで俺達が敵に見つかっていないのは敵が後手に回っていて運が良かっただけだろうし、今は有事としてオラリオで夜間の警戒が行われている可能性すらある。壁を抜いた後に最初から囮を使っておけば、そいつらの視線も集めることが出来る。敵の情報が………圧倒的に足りない。時間をかければかけるほどに、状況はより不安定で不確定なものになっていく。それは戦力が劣る俺達にとって、どんどん不利に働いていくはずだ。時間は何よりも貴重なのが現状だ。

 

 カロン達は一心不乱に壁を掘りつづける。

 やがて、カロンとハンニバルが役割を交代して、カロンはどこまででも思考を続ける。

 

 ーー当初は壁とダンジョンの入口へと繋がる道の天井を同時に爆破する案を考えたが、それよりは囮のレンに爆薬を持たせた方が有用性が高い。奴らは発破音がしたら、オラリオの防衛を優先させるだろう。必然的にダンジョン前に配置しておいた戦力はオラリオの街中へと向かうことになる。そうすればダンジョンの天井を崩す意味はない。

 

 ーーもう遅い時間だな。食事も各々勝手に摂っていたことだし、今日はここまでか。

 

 やがて時間が経ち、ひたすら壁を掘りつづける人員は泥のように眠る。

 

 ◇◇◇

 

 「レン、今日はお前は掘削は休みだ。」

 「………今日か。」

 「ああ………そうなるな。」

 

 ついにダンジョンの壁を爆破する日時が来ていた。

 レンはこれまで経った日数と自身を休ませるという事実から、今日が命運が尽きる日だと理解した。

 

 あれから後、敵がダンジョンに偵察を送って来ることはなかった。

 カロンは、敵の思惑をすでに推測していた。

 

 ーーやはり、相当に敵方の首脳は警戒しているのだろう。話し合いの結論が出ていないと予測できる。ロキが高確率で全滅していて、女神の戦車も女神の下に帰還しない。俺達の戦力が相当なものであると予測しているのだろう。ゆえに偵察を送り込んでも人員の損耗になるだけの可能性が高いと。それくらいならば、ダンジョンの入口に戦力を結集させておく、と。これは敵方に俺達の情報を渡さないように敵の偵察を消したことによる利点だ。しかしその利点は同時に、いつ敵がその決定を覆すかわからない危うい利点でもあった。

 

 ーー首脳で話し合いをもたれているのなら、奴らは俺達の人員の推測も行っている、か?すでにオラリオでは強力に俺達の手配書が出回っている可能性が高い、か。そうなると宿屋に潜伏するのは不可能か。大男の俺とハンニバルはどうやっても目立つ。

 

 カロンは辺りを見回す。

 バスカルとハンニバルとガネーシャの三人組は壁の掘削を行っている。クレインはエルフの側にいる。

 レンは瞑想を行っている。彼女は何を考えているのだろうか?

 

 「………レン。」

 「ああ。」

 「お前の行動の指示を出す。決行は今日の深夜だ。俺達は闇に紛れて逃走する。お前は高所で爆薬で周囲を爆破しながら注目を浴びながら逃走してくれ。ヤバい相手が釣れたら、高所から降りて一目散に逃げろ。狭い路地を選んで、相手が直線的に追って来る状況を避けて時間を稼げ!」

 「わかった。カロン、それと私から一つ考えついた策があるんだ。」

 「考えついた策?」

 「ああ。私が思い付いた時間稼ぎだ。それが効果的かどうか、お前の意見を聞かせてほしい。」

 

 ◇◇◇

 

 カロンとレンの話し合いは終わる。

 カロンは辺りを見回す。いよいよ仲間達に次の行動の指示を出す段階である。

 

 「穴を掘っているみんな、集まってくれ。ガネーシャの奴らは穴掘りを続けろ。」

 

 穴を掘る人員はカロンへと視線を向ける。

 やがてカロンの下へと近寄るバスカル、ハンニバル、クレイン、リュー。

 

 「作戦を話す。みんな聞いてくれ。俺達は今日の深夜にダンジョンの横抜きを決行する。ダンジョンを爆破したら、バスカルが火炎の大火力魔法で周囲の視線を集める。そして、そこからレンが爆薬で周囲を発破しながら逃げ回る。俺達は必死で暗い路地裏を選んでダイダロス通りへと逃走を行う。油樽と食糧を持ちだし、ダイダロス通りに隠しておく。その際に、クレインは俺達とは別行動だ。俺が場所を指定するから、クレインは俺の指示通りに動きながら、俺達と落ち合ってくれ。」

 「わかったわ。」

 

 クレインが頷く。

 

 「俺達は逃げ回りながら、クレインの工作が終わるのを待つ。クレインの工作が終われば、俺達はバスカルを囮とした作戦を決行することとなる。………俺の策ではレンとバスカルはどうやっても助かる見込みはない。………お前らはそれに納得しているのか?」

 「いまさらだ。私たちはすでに覚悟を決めている。」

 「ああ。どちらにしろこのままじゃ全滅するだけだろ。」

 

 レンとバスカルは頷く。

 

 「わかった。俺はクレインにオラリオの各地に油を仕込む指示を出している。それとクレインは、初日にオラリオの地図を複数買っておいてくれ。そしてそれを俺達に渡してくれ。初日は俺が口頭で油を仕込む場所の指示を出すが、二日目以降は地図に書き込んだ地点に油を仕込んでくれ。」

 「ええ。」

 

 クレインが頷く。

 

 「そして、バスカルにも同じ印を書かれた地図を渡す。仕掛けが終わったらお前は地図に従ってオラリオの街中に火を点けて回ってくれ。火を点け終わったら、オラリオの中心地で暴れ回る。そうすれば街中に上がる火の手と中心で暴れる高レベル冒険者に注意が向いて門の守備が薄くなるはずだ。俺達はそこを力付くで抜ける。」

 「エルフ達はどうするの?」

 

 クレインが問う。

 

 「エルフ達はここに置いていく。俺達の人員はすでにある程度予想されている可能性が高い。俺の顔もハンニバルの顔もバスカルの顔も、すでに大々的に連携して手配書を各ファミリアに回されているはずだ。人相書きの出回っていないクレインの顔を見られているだろうが、目立つ俺とハンニバルの面相と元ガネーシャのバスカルが目くらましになってクレインの人相書きが出回るまではまだ時間がかかるはずだ。さらに言うと、俺達の時間稼ぎのために浮動派の連中をガネーシャに真っ先に売り渡す予定だ。どちらにしろそいつらから情報は流れていく。総合的に見て、俺達の計画の内容を知られていないなら問題ない。」

 「エルフはすぐそこにいるわよ。」

 「あ゛っっっ!!」

 

 カロンは焦る。ここに来てミスを犯していたことに気付く。

 

 ーーし、しまった!!シミュレーションに集中し過ぎた!置いていく人員はてっきり壁を掘っているものだと………というよりもこいつは何故平然と俺達の仲間のような顔をして会議に混ざってるんだ?なぜ俺は気付かなかったんだ!?クソッ!!

 

 「………エルフにはまだ使い道がある。仕方がないから連れていく。」

 「そうなの?」

 

 ◇◇◇

 

 バスカルはレンとの別れを惜しみ、二人きり。

 カロンは先の道行きを思考しつづける。

 クレインとハンニバルはそんなカロンを穏やかに見つめる。

 リューは自分の行動で逃げるチャンスを失う。

 ガネーシャの三人は穴を掘りつづける。

 

 やがて、決行の時間が来る。

 

 ◇◇◇

 

 「聞け、俺達は今から行動に移る。レン、わかってるな?」

 「ああ。」

 

 レンが答える。

 

 「ハンニバル、バスカル、クレイン、仲間を見失うな。バスカルはエルフを担いでくれ。ハンニバルは油の樽と食糧を載せた荷車を曳いてくれ。しばらくは明かりは燈せない。ダイダロス通りにたどり着くまでは、何としても味方を見失うな!」

 「「「ああ。」」」

 

 カロンの仲間の三人が答える。

 

 「お前らガネーシャの連中は、ステータス封印薬を打ってここに放置することになる。生還できる可能性はきわめて高い。お前らの選択は正解だったよ。」

 「「「………。」」」

 

 ガネーシャの三人は黙ったまま。

 カロンは三人に薬を打ち込む。

 

 「さて、計画を決行する。レン………。」

 

 カロンとレンの視線が交錯する。

 

 「カロン、元気でな。クレイン、ハンニバルも。バスカル………。」

 

 レンとバスカルは見合う。

 長く共にした二人は今生の別れに互いを見つづける。

 

 「………それでは状況を開始する。バスカルは詠唱を始めろ。詠唱がある程度したら、ダンジョンの壁を抜く。レン………お前は俺達のために死んでくれ。」

 「ああ。任せろ。最後にカロン、お前のタバコを一本分けてくれ。」

 「そら。」

 

 レンがタバコをくわえて、火を点ける。レンは煙を吸う。

 

 「何だ、いつもお前が美味そうに吸ってるから、どんだけ美味いのかと思ったら………苦いじゃねぇか!」

 「子供舌だな。」

 

 レンとカロンは笑う。

 状況は開始される。

 バスカルの切り札の大火力の炎魔法。バスカルは詠唱を始め、バスカルの魔力が高まっていく。

 

 「行くぞ!」

 

 カロンは火薬へと火を放つ。

 凄まじい音を立てて、ダンジョンの壁が崩落する。

 

 ◇◇◇

 

 「何事だ!?」

 「あっちだ!!」

 「火事だぁーーっっ!!」

 

 静寂のしじまを打ち破る唐突な爆破音、立て続けに起きる夜間にも関わらずの巨大な明かり、それは炎の波。さらにそのあとも間断無く聞こえつづける爆弾とおぼしき発破音。

 近隣のオラリオの住民は大混乱へと陥る。

 

 「何事だ!?」

 

 本拠地で眠る作戦の指揮を執っていたガネーシャは錯綜する情報を受けた眷属に眠りを妨げられる。

 ガネーシャは急ぎ起きて他の眷属の下へと向かう。

 

 「何があった?」

 「わかりません!突然大きな音が鳴ったとしか………。」

 「確認を急げ!」

 

 ガネーシャは眷属に指示を出す。

 作戦の指揮を執るガネーシャの近くへと、早くもバベルより向かって来たオッタルが近づく。

 

 「………近くの建物の屋根に爆弾を持った女が居るという情報が入っています。俺が出て来ます。」

 「オッタル………わかった。お前らフレイヤファミリアに任せる。頼んだ。」

 「フレイヤ様の御心のままに。」

 

 オッタルはフレイヤファミリアを集めて出陣する。

 

 ◇◇◇

 

 カロン達は爆薬で壁を抜く。続けざまに放たれるバスカルの炎の波。

 レンはカロン達から別れ、近くの建物の屋根へと駆け登る。レンは建物の屋上から逃げる仲間達の背中を飽きること無く眺め続ける。

 

 ーーさて、と。いつまでも見てるわけには行かない。

 

 レンは懐からマッチを取りだし、火を点けた爆弾をばらまき始める。

 

 ーー私の役割はしばらく衆目を集める。後に、敵が本格的に出て来たら狭い路地を選んで敵がこちらを見失わないように爆弾をばらまきながらの逃走。

 

 「あっちだ!」

 「屋根の上に女が居るぞ!あいつが爆弾をばらまいてやがる!」

 「俺はあいつを追いかける!お前らは民間人を落ち着かせるために家を回れ!」

 「あいつ、死神の鎌だ!待て!行くな!」

 

 レンは真っ先にガネーシャファミリアの四人組の人間に見つかる。

 ガネーシャの眷属はあわてふためいている。二人は民家を落ち着かせるために訪問に回り、一人が血気盛んに向かい来る。

 レンはステータスに頼り、近づく人間の喉を素早く鎌で苅っ斬る。

 

 ーー済まないな。かつての同報達。私は私たちのために、お前らを殺すことを躊躇わない。私のことを恨め、憎め、呪い殺せ。ただし私の仲間達は逃がしてもらおう。カロン、ありがとう。私はお前のおかげで、悪党であっても生きるためには悪党なりの矜持が必要であることを知った。矜持無き悪党は、ただの外道に過ぎない。外道はただ一人、何者からも疎まれて死に逝くのみだ。私はお前から矜持を倣い、私はお前達の間で生きながらえた。お前達がいなければ、私もバスカルもとっくにここにはいない。ただ二人きりで死を待つのみか、さらに救い様のない狂信派の捨て駒だったはずだ。今の私にとってはお前達が生き延びるのが喜びだ。おそらくはガネーシャの奴らにも矜持があるのだろう。私がガネーシャにいたときにそれを学んでいれば………今は詮無いことか。

 

 矜持。

 ガネーシャは衆生の主である。衆生の主の矜持は、きっと民衆のためにあることなのだろう。おそらくはそれがガネーシャの誇り。何物にも替えられないもの。

 

 カロンは悪党である。悪党であるカロンは、ハンニバルとクレインという数少ない大切な仲間を何よりも大事にした。それはカロンにとっては譲れ無いもの。カロンは行動で示すことによって、ただの外道の集団に仲間を大切にするという誇りを無意識に植え付けた。

 

 それはレンが勝手に言っているだけで、対外的には一切認められない一見無意味なもの。

 しかし、それは同時に何よりもレンにとっては大事なものとなった。誰にも認められなくとも、誰しもに後ろ指を刺されようとも。レンはそれが自身の矜持だと言い張りつづける。

 

 矜持とは、立場に依る対外的なもの。悪党に矜持が存在するとは誰も考えない。

 しかし、それはそう行動しつづけることによって、いつか周りから認められるものである。

 ゆえに彼女は仲間が大切だと行動で示しつづける。たとえ自身が死のうとも。

 自身が死んでも、誰からも認められなくとも、行動で示しつづける他にそれを得る方法は存在しない。

 

 レンはカロンに倣い、仲間を大切にすることの真の意味を理解した。レンは考え抜いた末に、自主性の薄い当時のバスカルを復讐に巻き込むべきではなかったという結論に達した。真に仲間のバスカルが大切だったのなら、先行きの無い道に引きずりこむべきではなかった。バスカルの復讐心を煽ったのは、それが正しいからではなく私がただ寂しかっただけだった、と。

 

 レンがガネーシャにいた頃に、ガネーシャファミリアの矜持を真に理解していれば、ガネーシャの行動を待ち仇の裁きを民衆に委ねるという選択肢が存在したのかも知れない。

 

 今のレンは何があっても悪党の矜持を捨てられない。それは彼女が手に入れたもので最も大切なもの。仲間のために死神の鎌を振るい、彼女の鎌にはかつての同報達の血がたくさんこびりついている。

 

 闇派閥復讐派は、結束が固くて仲間のことが何よりも大切なんだよ。

 私たち悪党は、平気で嘘をつく。だが仲間が大切だというのは絶対に嘘にさせない!

 

 レンに残されたものはカロンからもらい受けた勝手に宣っている矜持だけ。

 

 ならばもう間違いは赦されない。

 それでは仲間達は逃がしてもらおうか?

 

 レンは本格的な強者が出て来るのを待ち、血に染まった鎌を振り回し続ける。

 

 ◇◇◇

 

 ーー来たか!

 

 すでに周囲には雑魚はいない。レンの戦闘力を理解したガネーシャファミリアは周辺の民間の安寧に努めている。そして出て来るのはフレイヤお気に入りのヤバい奴ら。

 

 ーー先頭にオッタル、脇にヘグニ、ヘディン、ガリバー兄弟まで控えていやがる。後ろにもフレイヤで名を知られた奴ばかり。釣れたな。オールスターだ。

 

 まだ敵とはずいぶんな距離がある。しかし、レベル7のヤバさを理解しているレンは、敵の確認が済んでから真っ先に高所を離れ、薄暗い道へと向かう。

 

 ーーさて、と。あの程度の距離はレベル7にとってはあってないようなものだからな。私は時折爆弾を撒きながら、なるべく長い時間逃走を行う。障害物に視界を遮られれば、オッタルであっても聴覚だのみの不安定な追跡しかできない。

 

 レンは薄暗い路地裏を、樽や木箱を蹴飛ばしながら逃走する。

 

 ◇◇◇

 

 「オッタル、どうしたんだ?なぜ奴を追わないんだ?」

 「………おそらくは奴は囮だ。俺が奴を捕らえる。奴の他にも逃げ出した奴らがいるはずだ。ヘグニ、お前は戻ってそれを上に伝えろ。他の連中も上の指示を仰げ。」

 

 レンを見て少し考えたオッタルは脇の仲間にそう伝える。

 

 「確かに敵は一人だが。いいのか?」

 「あの程度の敵であれば俺一人でも問題ない。」

 

 オッタルは答える。

 フレイヤファミリアにも二度の偵察が帰って来なかったことを加味した情報として、リヴィラが壊滅している可能性が高いことは伝えられていた。そして当然ロキファミリアが滞在していたはずだということも。

 ゆえにオッタルは暴れているたった一人の敵が、万が一の単騎での一騎当千を警戒していた。

 そしてレンを見たオッタルの答は、それなりにやりそうな相手だが俺の敵ではない、というものであった。

 

 オッタルは単騎にて出陣する。

 

 ◇◇◇

 

 ーー来た来た、来やがった!よりにもよってオッタルかよ。他の人員は見当たらない。ということは奴は単体での追跡を選んだのか。この展開は、考えていなかったな。

 

 レンは壁を走り、上方からの視界の遮断を意識して、裏路地を走る。

 オッタルは、未だ遠い敵をその鋭い聴覚を頼りに居場所を確定して屋根の上を走り追跡する。

 レンは時折視界に入るその姿に、オッタルが自身を確実に追跡していることを理解する。

 

 ーーやはり………視界を遮ったくらいではオッタルは撒けないか。これだけきっちりついて来るなら居場所を教えるために爆弾をばらまく意味もないな。足音を立てているつもりはないのだが………これでも奴にははっきり聞こえているんだろうな。

 

 オッタルも追いながら思考する。

 

 ーーやはりレベル5か6といったところか。筋肉の動きや素早さ、敵の雰囲気を総合的に見て、その辺りの相手で間違いはなかろう。まだ少し距離はあいているが、捕らえるのは時間の問題だ。しかしそれが問題でもある。奴の目的はおそらくは時間稼ぎ。しかし、敵が囮だということを考えると、現状俺が単体で追うのがベストだ。

 

 レンは逃げ、オッタルは追う。

 オッタルは視界がなくともどこまでも確実にレンの位置を確定して追って来る。

 

 ーー化け物が!どんどん距離が縮まってるじゃねぇかよ。これじゃあ私が路地裏を走ってる意味がねぇじゃあねぇか。

 

 レンは止まれない。止まったら化け物にあっという間に捕まってしまう。

 音に怯えて時折窓から外を覗く人々も見受けられる。

 レンは考える。

 

 ーー他人の家に逃げ込むのは………意味ねぇな。人質も意味ねぇ。敵と交渉が可能な距離になったら、オッタルなら私が声を出す暇も無く首を飛ばしに来るだろうな。だとすれば………気が乗らねぇが、さらなる時間を稼ぎうる道はやはり一つだけ、か。ハァ、つくづく気が乗らねぇが仕方ない、か。絶対強者相手に僅かでも時間が稼げること自体が僥倖か。カロンと話し合ったアレしかないか。

 

 レンは逃走しながら、詠唱を唱える。

 オッタルは考える。

 

 ーー魔力の高まり、並行詠唱か。なんら問題はない。俺がやることは決まっている。

 

 レンは裏路地を障害物が多い場所を選んで逃走する。オッタルは屋根から屋根へ飛び移りながら、決してレンを見失わない。レンは壁を蹴り、身を隠しやすい場所を選び、必死に逃走する。

 

 「極点へと向かってどこまでも落ちよ。どこまでも。終わりなき奈落の底へ。はい上がれぬ闇の彼方へ。無限に広がる、遥かの空へ。」

 

 ーーまあ詠唱しても魔法を喰らう敵じゃないよな。だけど、全くの無意味かと言うと、案外そうでもないんだよな。

 

 「グラビティフォール!!」

 

 ーーむ?

 

 レンは唐突に屋根へと駆け上がり、飛び上がって自身に重力をかける。

 同時に所持する爆薬全てに火を点けて、下へと放り投げる。

 

 ーーーーーードガアアアンッッ!!

 

 高く飛び上がったレンの体は、落ちていく重力に自身の魔法を重ねて、加速度的に落ちていく。

 彼女の体は、発破を受けて脆くなった建物の屋根を突き破る。

 

 ◇◇◇

 

 「よう、ガネーシャ様。久しぶりだな。」

 「お前は………。」

 

 レンが屋根を突き破った建物はガネーシャの本拠地。ガネーシャの周りには眷属が控えている。

 

 「奴はガネーシャファミリアに泥を掛けて出て行った、闇派閥の死神の鎌だ!総員警戒をしろ!」

 

 レンが空けた背後の穴から、オッタルが突入して来る。すでにレンの周りはガネーシャの眷属に取り囲まれている。

 ガネーシャが一歩前へと進み出る。

 

 「何のつもりだ?お前は何のためにここに戻ってきた?」

 「降参だよ。降参。私には勝ち目がないからな。別におかしなことじゃないだろ?」

 「………お前はいまさら出頭したところでどちらにしろ絞首刑だ。何の目的だ?」

 「さあな。自分から死にに行く馬鹿が参上しただけなんじゃないか?」

 

 ガネーシャの眷属はレンを警戒している。オッタルはことの成り行きを見守っている。

 

 「暴れるつもりか?仲間はどうした?バスカルは?」

 「しゃべらせてみるといい。お前ら神は私たちの嘘を見抜く。それは私たち悪党にとっては致命的だ。しかしそれは、強制的に口を割らせるということではない。拷問でも自白剤でも神の力でも使って、しゃべらせてみろよ。」

 

 ーー仲間の時間稼ぎか。

 

 ガネーシャはレンの狙いを悟る。

 ガネーシャはフレイヤの人員から敵が単体で囮であったことを聞かされ、眷属をたたき起こして検問を行う指示を出す直前であった。しかしその直前でレンが割り込み、ガネーシャの行動は中断させられる。すでに貴重な時間が稼げている。

 そしてさらにレンから彼女の仲間内の情報を得るためにガネーシャの眷属を行動させ、少しでも仲間に手が回ることを減らそうという目論見である。レンを捕らえたら、ガネーシャは差し当たってのレンの処遇を考える時間もとられる。すでにオッタルと真っ当に戦う以上の時間を稼げている。レンは戦って死なずに、民衆の裁きを受けて死ぬ。衆生の主の下に恥知らずにも帰還することによって仲間達のために僅かでも長い時間を稼ごうとしている。それが彼女にとっての矜持。

 

 「私はアストレア壊滅の犯人を知っている。アストレア壊滅の犯人は私たちじゃあない。」

 「………それがお前の罪の酌量の余地にはならんぞ。」

 「そんなの知ってるよ。私は案外いろいろ知っている。私は仲間の人数も、人員も知っているし、仲間達の狙いも知っている。それなりの情報を持っている。衆生の主様は、出頭した罪人をその場で独断で処分はできないだろ?」

 

 レンの覚悟。

 情報に釣られて、拷問でもしてくれるならむしろありがたい。

 自白剤の実態は、脳の判断能力を落とすものである。打たれるようだったら自身との戦いだ。

 いまさら神の威圧なんて、効くと思ってるのか?

 

 さて、好きにしてみろよ?

 

 「………そいつを牢屋へとつなげ。差し当たっては、明日から尋問を行う。」

 

 ◇◇◇

 

 ーーハァ、ハァ、ハァ、ハァ。何とかだいぶ逃げ切れた。しかし、注意は怠れない。万一敵に見つかったら、その場で敵を処分しないといけなくなる。死体を作ればそこから足が着く。

 

 すでにクレインとは別れ、彼女は市中に紛れている。

 カロン達は、ダイダロス通りへとすでにたどり着いていた。

 人員は、カロンとバスカルと荷車を曳くハンニバルと縛られてバスカルに担がれたリュー。

 

 「ここから先は明かりをつける。帽子や布なんかで出来るだけ顔を隠せ。エルフは荷車に載せて、布かなんかを被せろ!エルフ、暴れたらどうなるかわかってるな?俺達は浮動派の連中の下へと向かう。」

 

 ーーレンが時間ぎりぎりになって考えついた策。そこに俺のアレンジも加えたもの。俺達は浮動派連中のアジトへ突入して奴らを壊滅させる。レンは逃げ回った後にガネーシャへと出頭して、頃合いを見計らってアストレアを壊滅させた浮動派の連中の情報を売り渡す。浮動派の情報を得たガネーシャは奴らのアジトに僅かでも人員を送り込むはず。そうなれば壊滅したアジトを見つけ、本当にアストレア壊滅に関わったかの裏付け等の時間もとられるはずだ。壊滅してなかったら、おそらくは確実な犯罪者の俺達の追跡を優先させるだろう。壊滅させるからこそなぜそうなったかの原因を探るための時間もとられるはずだ。まあ、エルフは仇討ちができなくなるが黙って放置しておくか。

 

 リューはステータス封印薬を打たれ、カロンの縄で縛られる。窒息しないように気をつけた上で口にガムテープを貼られる。縛られたリューは荷車の上へと転がされる。

 

 カロン達はダイダロス通りを、より暗い方向へと進んで行く。

 

 ◆◆◆

 

現状

ヴォルター・・・死亡

レン・・・捕縛

生存者

カロン、バスカル、ハンニバル、クレイン

捕虜

リュー・リオン


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