俺の彼女は幼馴染で婚約者 作:トッポの人
「ぅ、ん……? 朝、か……」
「すー……すー……」
昔からの習慣で朝早く目を覚ませば、寝ながらも私の手を離そうとしない彼がいた。
あどけない寝顔でよく寝る彼を見ていると笑顔が溢れる。暫く見ない内にカッコ良くなったと思ったら、寝ている時は子供のころと変わらない。
「冬夜?」
するとまだ寝ているはずなのに彼も僅かに口元が緩んだ。本当は起きていて私が見ているのが分かっているかのように。
「よしよし。そんなにいい夢を見ているのか?」
「んー……ん……」
そんな姿を見せられれば愛おしくもなる。堪らず空いている手で頭を撫でながら問い掛ければ、くすぐったそうに身動ぎする。そうだよ、と言っているらしい。何とも可愛らしい返事に更に笑みが深まるのを実感出来た。
「ふふっ、そうかそうか」
「んー……」
夜に彼が寝てから頭を撫でる練習をしていた甲斐があったというもの。より一層幸せそうにしている彼を見ていると暖かな気持ちになれる。
「まるで子供みたいだな……」
子供をあやしているとこんな気持ちになるのだろうか。そこまで考えて、目を瞑って未来を考えてみる。明るい未来を。
並木道を私は子供と手を繋いで歩いていた。反対側にいる冬夜がもう片方の手を繋いでいて、子供は私達の面影がある。
彼に似て、ニコニコと愛嬌ある笑顔を振り撒く私達の子供はきっと将来苦労するだろう。主に女性関係で。彼に幾ら言ってもいつものようにのんびりと優しく、大丈夫だよと言うだけなので私がどうにかしなければならない。
「まだ生まれてもいないのに子供の心配をするのも変か」
口約束で婚約はしたものの、結婚はまだしていないし、そもそも身体を重ねたことすらない。子供が出来るのなんてまだまだ先だ。
だが、何故だろう。幸せそうにしている彼と傍にいると今想像した将来もそう遠くないものだと思えてしまう。
「……冬夜はどんな夢を見ているんだろう?」
ふと思ったことだった。ここまで幸せそうにしていると、どんな夢を見ているのか気になるところ。しかし、こればっかりは問い掛けても答えが出ない。
寝ている状態で詳しく説明されても驚くだけだ。だからこれは冬夜が起きた時の楽しみにしておく……はずだった。
「ほう、き……」
「っ!!」
「ぅ、んん……」
辿々しい口調だったが、はっきりと私の名前が聞こえた。突然名前を呼ばれて驚いたが、どうやら今のは寝言で、冬夜が見ている夢の中には私がいるようだ。
夢の中でも私といることにこんなにも幸せを感じてくれているのが嬉しくて仕方がない。
「全く……全く、お前というやつは」
彼と繋がれた手を引き寄せて頬に当てる。私の感じたこの喜びが少しでも彼に伝わるようにと。
寝ている間も私を喜ばせてくるとは思わなかった。寝ている間も私を夢中にさせてくれるとは思わなかった。本当にこの人を好きになって良かったと心から思える。
「冬夜……」
まだ朝だというのに、昨日あれだけ愛してもらったのに、また彼に抱き締めてもらいたくなる。その手で撫でてもらいたくなってしまう。
しかし、これだけ幸せそうにしているのに起こすのは忍びない。だから自然に起きるのを待つしかないのだが、その時間が待ち遠しかった。
「早く起きてくれ……」
頭を撫でていた手は自然と彼の頬へと移っていく。彼を起こさないように、でも早く起きて欲しいと願いを込めて。
「冬夜、冬夜っ」
「はいはい、箒の冬夜くんはここにいますよー」
「ぅん……」
良く分からないけど、起きたら箒がデレデレモードに入ってた。今も布団に入ったままで俺の胸に頬擦りしている。しかも俺の名前を呼びながら。
……うん、何かもう一気に目が覚めたよね。本当に起きたら直ぐに擦り寄ってきたんだもの。結構びっくりしたよ。
いつもならずっと抱き締めてた上で何回かキスしたりするとモードに入るんだけど、今日はまだ俺が起きたばかりで何もしてない。どうしたんだろ?
「もっと強く抱き締めてくれ」
「ん? これくらい?」
注文通り、腕に力を込めて更に箒を抱き寄せると満足そうに微笑む。
「ああ。あと、優しく撫でて欲しい」
「こんな感じ?」
次のお願いを叶えるべく降ろされた髪をゆっくり撫でていく。目を細めて俺にされるがまま受け入れる箒だが、問い掛けには首を横に振った。
「ダメだ。もっと優しく」
気持ち良さそうにはしているがまだご不満の様子。でもこんな我が儘なら可愛いものだ。幾らでも聞いてしまう。
「こう?」
「ん。そのままで頼む……」
「りょーかい」
何処かうっとりとした声で合格の返事を言うと首筋に顔を埋めた。今にも鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌な状態で。
余裕ぶってるけど、正直言うとこの状態は結構辛かったりする。箒はスタイルが同年代の女子と比べて遥かに良くて、こうして抱き合ったりしている俺は尚更良く知ってるんだよね。
普段ならまだ良いんだけど、今は起きたばかりで色々と生理現象も起きている。それを知ってか知らずか、遠慮なく身体を密着させてくる婚約者に悟られたくなくて必死だ。
「箒、もうそろそろ準備しないと」
これは離れるための言い訳じゃなくて、本当に布団の中でゴロゴロしすぎた。着替えて食堂に行かないとまずい時間になっている。主に姉さん的な意味でね。
「分かった……んっ」
「わっ!?」
「んっ、ん……」
理由を察してくれた箒は残念そうに言うとまずは鎖骨にキスし、首元、首筋、頬と徐々にキスする箇所が上へ上へと昇っていく。
そして最後は勿論口になのだが、そこだけ待ったが掛かったように止まる。
「冬夜……」
「うん」
切なげな声で俺の名前を呼ばれて漸く理解した。どうやら口だけは俺からしてほしかったみたいだ。
了承の返事をするとご希望通り、こちらから唇を重ねる。触れ合うだけのキスが終われば、少し離れてからお互い微笑んで今更だけど朝の挨拶をした。
「おはよう、冬夜」
「うん、おはよ。今日はいきなりどうしたの?」
デレデレモードが解除されたみたいなので一体どうしたのか聞いてみる。
「……朝からああしたかったんだ。ダメ、だったか……?」
「いや、ダメじゃないんだけどね? ただビックリしたってだけだから。ダメじゃないからね?」
思わず二度も言ってしまった。本当に悲しそうな顔でダメかと聞かれると焦るよ。ダメなんて言うはずもないのだから安心してほしい。
「ならまたこうしてもいいか?」
「勿論。時間が許す限りなら大丈夫だよ」
「むぅ……時間か……」
それまで下がりきっていた箒の眉が上がる。今の箒にとって時間とは自分達の邪魔をする天敵以外の何物でもない。デレデレモードはまだ完全には解除していないようだった。
難しい顔でどうしたものかと考えるお嫁さんを微笑ましく思い、頭を一撫でしてから動き出す。
「さっ、いい加減着替えて食堂に行こう。もう込み合ってくる時間だよ」
「っ! そうか、食堂か……!」
「ん? どうしたの?」
「んんっ!! 何でもない。気にするな」
「???」
何かを思い付いたようだけど、聞いてみても誤魔化されるだけ。もう本当に時間もないので話を聞くのもそこそこに、着替えを手に取った。
「一年一組のクラス代表は織斑一夏くんに決まりましたー! あ、一繋がりでいいですね!」
クラス中から巻き起こる拍手喝采。 盛り上がる生徒達と山田先生。そして見なくともわかる暗い顔をした一夏と何で? と不思議そうに首を傾げた俺が残った。
「先生、質問です」
「はい、織斑くん」
一夏がたまらず挙手。うん、まぁ一夏がそうしなかったら俺がするつもりだったけど。
「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」
そうそう。確かに姉さんもアリーナで誰が代表になるか決めろって言っただけで、勝った人がなんて一言も言ってない。
でもこの勝負に勝ったオルコットさんが大人しく引き下がるなんて思えないんだけどなぁ。
「それは――――」
「それはわたくしが辞退したからですわ!」
山田先生が一夏の質問に答える前にオルコットさんが立ち上がって説明し出す。腰に手を当ててポーズを取る姿はまるでモデルみたい。
「まぁ、勝負はお二方の負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然のこと。何せわたくし、セシリア・オルコットが相手だったのですから。それは仕方のないことですわ」
「んん?」
うん、やっぱり大人しく引き下がってはくれなかった。でも何だろう、昨日までとは雰囲気が違うような気がする。刺々しいのから柔らかくなったね。
それは一夏も感じ取ってるみたいで、しきりに首を傾げながら不思議そうにオルコットさんを見ている。
「そんなわたくしが出れば優勝は必然。それでは他の生徒のやる気も削がれてしまいます。なので、二位だった一夏さんにクラス代表をお譲りすることにしますわ。ISの操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば実戦には事欠きませんもの」
おお、何か強引に行ったな。聞いてたこっちがそわそわしちゃったよ。
……ん? 今一夏のこと名前で呼んだ? 今も一夏に熱い視線を送ってるし……おやおや、これはもしかして?
「なぁ、何でセシリアはこっち見てるんだ?」
「さて、何でだろうね」
「……お前分かってるだろ?」
「さぁ、どうでしょう」
「この野郎……」
勿論、分かりますとも。言わないけどね。
あと訂正するとこっちを見てるんじゃなくて、一夏を見てるんだよ。これも言わないけど。
「いやぁ、セシリアはわかってるねー」
「そうだよねー。せっかく世界でたった二人の男子がいるんだから、持ち上げないとねー」
周りの女子は一番にして唯一の難関だったオルコットさんが折れたことに諸手を挙げて喜んでいる。
「そ、それでですわね」
わざとらしい咳を一つして顎に手を当てるオルコットさん。何だろうか?
「わたくしのように優秀かつエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみるうちに成長を遂げることでしょう。一夏さん、如何ですか?」
「え? 冬夜はいいのか?」
いやいやいや、オルコットさんは一夏と個人授業をしたいんだよ。そこに俺がいたらダメなの。って言いたいけど我慢。言っても分からないような気もするけどね。
なので代わりにもっと簡単に納得してくれそうな理由を言うことにした。
「俺からお嫁さんと過ごす大切な時間を取らないでよ」
「あ、ああ、悪い」
「…………」
そう言うと何かちょっと引き気味なのが気になるけどいいか。横を見ると箒が真っ赤になった顔を手で覆って机に突っ伏していた。
周りを見ると何だか他のクラスメイトもお腹いっぱいといった感じが出ている。
「黙って座れ、馬鹿ども。クラス代表は織斑一夏。異存はないな」
鬼教官の一言にクラス全員が一丸となって返事。まぁ一人例外がいたけども概ね問題ない。