異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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第28話 アサルト・オン・プリセント・サーティーン

 

 コルト・ネービーの撃鉄を半分だけ起こす。

 左掌を弾倉(シリンダー)にあて、擦るように動かしてみる。

 チチチチチ……と軽快な金属音が小さく鳴っているのは、シリンダーとフレームの噛み合わせが良い証拠だ。

 日々の手入れの賜物か、油でも差したかのように軽やかに弾倉は回った。

 

 その音と感触に満足した私は、火薬の詰まったフラスクを手に取り、その先端を弾倉に開いた六つの穴の一つにあてがった。黒色火薬(ブラックパウダー)を適量注ぎ込み、小さな布切れを上から突っ込んで、火薬が漏れ出ないようにする。

 フラスクとは、梨型あるいは円筒形をした容器に、細い注ぎ口を取り付けた代物である。注ぎ口の根本には金具がついていて、これを押せば容器内部の蓋が開き、中身が外にでる仕組みだ。このフラスクの注ぎ口はコルト・ネービー用にあつらえたもので、注ぎ口の先を指で塞ぎながら金具を押し、そして戻せば、注ぎ口内部に適量の火薬が入るようになっている。

 

 私は次いで、手製の銃弾を手に取り、火薬を注いだ穴に軽く嵌め込んだ。

 鍋で鉛を溶かして作ったばかりの弾丸は、まだ仄かに熱を帯びているのが指先に伝わる。

 

 弾倉を回し、ちょうど銃身と反対側に弾丸の嵌った穴が動いた。

 私は銃身下部に備わった、ローディング・レバーを力込めてひき、銃弾を弾倉の奥へと押し込んだ。

 

 これが、キャップ&ボール式の装填方法である。

 同じ行程を、あと五回繰り返せば装填は完了する。

 

 時間も手間もかかるが、『こちらがわ』のように手軽に金属薬莢の弾丸が手に入らない状況ならば、こういう古式ゆかしいやりかたがなによりであった。火薬も弾丸も、ある程度自作で賄うことができるのは大きい。だからこそ私は、今なおこの今や旧式のガンを使い続けているのだ。

 

 アフラシヤブの丘にへばり付くように張られた、無数の陣幕の一つ。

 布仕立ての屋根の下で、来るべき戦いに備えて、私は愛用のコルト・ネービー、計七丁の再装填と手入れに集中していた。 

 

 周りでは慌ただしく駆け回る足音や、馬のいななき、鎧の鳴らすガチャガチャという金属音、マゴス達の怪しげな呪文、人夫達の掛け声、そしてナルセー王が大声で下す命令の数々が響き渡っている。

 

 生き残った戦士たちは、丘に残された連中と合流し、反撃の準備に追われていた。

 それは、私もまた同じであった。

 

 前の戦争の頃、南軍の騎兵たちは皆、複数の拳銃を持ち歩くのを常識としていた。

 戦闘中の再装填が難しいキャップ&ボール式のガンは、結局装填済みのものを複数持ち歩くのが何より手っ取り早かったからだ。

 ましてや敵は無数の屍人に、『地獄の使者(ザ・プレイグ)』と呼ばれるガンマン二人組、そしてコイツラを率いる邪悪な魔法使い――つくづく、恐るべき状況だ。得物は幾ら多くても、足りないということはない。

 

 私は時間をかけて再装填と手入れを完了させた。

 体中に括り付けられたホルスターに一丁ずつ納めて、上からダスターコートを羽織る。

 

 五丁の純正コルト・ネービーに、一丁の真鍮フレームも鮮やかな海賊版コルト。

 それに金属薬莢弾仕様にコンバージョンした一丁が加わり、計七丁。

 ここまでしてもヘンリーのヘンリー・リピーティング・ライフルの16連発×4に対抗するには、やや弾数が心もとない。

 私は早撃ちよりも確実に当てる方を重んじるガンマンだが、相手もガンマンとあれば保険はかけておきたい。

 

 サンダラーより外したサドルケースの奥から、私が取り出したのは懐かしの一品だった。

 47口径の6連発。胡椒挽きにも似た、今どきの拳銃に見慣れた眼からは、余りに不格好な姿形。

 ――ペッパーボックス・ピストル。

 かつてエゼルの村での一件では、思わぬ活躍を見せた骨董品。

 私はコイツにも一通り弾丸弾薬雷管を込め終えれば、銃口をグリースで塞いでから、コートの内ポケットの一つに突っ込んだ。私のダスターコートは細工まみれで、あちこちに弾薬や銃を括ったり忍ばせたりしておけるようになっているのだ。

 

「さて」

 

 私は拳銃の仕込みを終えるや否や、今度はライフルのほうへと取り掛かる。

 ハウダー・ピストルはロンジヌスに叩き壊されてしまった為に、コルトを除けば私の得物は残り2つだ。

 

 すなわち、レミントン・ローリングブロックと、ホイットワース・ライフル。

 その二丁である。

 

「さてさて」

 

 ホイットワース・ライフルに関して言えば、手入れを欠かしたことなど一度もない。

 専用のケースから出した時には、その優美な姿に見とれ、芳しい整備用油の臭いに酔いしれた。

 こちらは今は何も必要なかろう。第一にするべきは、今まで酷使してきたレミントンの手入れである。

 

 先込め式のマスケット銃の槊杖(かるか)めいた細長い 木の棒の先に綿を帽子のように被せ、銃身内部にこびり付いた火薬滓を残らず取り除き、銃身を真っ直ぐな、曇りなき姿へと戻す。

 撃鉄を起こし、銃尾を開いて、銃口を空へと向ける。

 ガンメタルブルー、と呼ばれる、銃身特有の青味を帯びた黒が、陽光を浴びて歪みなく輝くさまが、私の眼に映った。銃身の掃除は完璧である。

 

 私は陣幕の一つから拝借した色鮮やかな組紐を手に取り、それを銃床に巻き付けていく。

 ちょうどそれは、先住民(インディアン)の一部が、己の得物に施す、見目麗しい装飾のようだったが、私がこれを為すのは飾りのためではない。

 巻きつけられた組紐は幾つもの重なり目や隙間をつくり、それらはちょうどライフル弾を差し込んでおくのに丁度よい塩梅になっている。

 そこで私は実際にそこに、レミントン用の50口径ライフル弾を次々と差し込んでいった。

 ライフルや散弾銃のストックに弾帯を巻き付けて、再装填に便利なようにするという小技があるが、これは組紐を使って同じようなブツをこしらえたというわけなのだ。

 

 無論、バーナード対策である。あの男との遠間の間合いでの対決には、精度のみならず速度も求められるだろうからだ。

 

 

『――まれびと殿!』

 

 

 垂れ下がった陣幕を捲りあげて、私を覗き込みつつ叫んだのはアラマだった。

 いつもの赤いとんがり帽子に、赤いマントの姿ではなく、砂色の外套(ポンチョ)に、同色のケープを被り、また外套の下には革の鎧を纏っていた。

 このアラマの格好は、私の指示によるものだった。敵に狙撃手がいると解っている以上、的になるような赤い装束は慎まねばなるまい。派手な軍服は敵に与える威圧感が強いという効能もあるが、バーナードはそれが効く手合でもないのだ。アラマは不服そうだったが――それは彼女の神様が定めた格好だから――まれびとの言うことは聞くものだと、なんとか言いくるめたのであった。

 

『わたくしめは準備が整いました! いつでも出立できるのです!』

 

 愛用の杖を誇らしげに掲げながら、彼女は鼻息も荒く胸を張った。

 私は、レミントンの銃身に最初の銃弾を送り込んだ後、銃尾栓(ブリーチ・ロック)を戻す音でそれに応えた。

 その後に、静かに起きた撃鉄を戻す。

 

「ああ、それじゃあ、行くか」

 

 レミントンを担ぎ、ケースに戻したホイットワースを携えながら、私は言う。

 これから私とアラマが繰り出すのは、マラカンドとアフラシヤブとを結ぶ、道の途上。

 反撃の為の偵察、迎撃のための監視。それがナルセー王から私に課せられた、新しい仕事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、アフラシヤブの丘では2つのことが同時並行して進められている。

 つまり、マラカンドへの反撃の準備と、マラカンドよりの攻撃への防御だ。

 

 ナルセー王はアフラシヤブの丘に辿り着くや否や、即座に留守を任されていたマゴス達に次々と命令を下していった。

 まず第一に始めたのは、このアフラシヤブに軍を結集させることである。

 マラカンドは大きな都市であるが、ナルセー王の領土はなにもこの街一つに限られている訳ではない。レギスタンに散在する他の都市や、要衝要所に配置された砦、要塞には、王に忠誠の厚い武将に軍勢がまだ数多控えている。ナルセー王はマゴス達に命じ、緊急召集の急使が各地へと飛ぶ。飛ぶ、というのは比喩ではなく、本当に飛んで命令を伝えるのである。マゴス達は、彼らが『使い魔』としている鳩を放ったのだ。伝書鳩――そういうものがいるという話は、『私の世界』で聞いた記憶がどこかにあった。鳩たちは足に密書を括り付けられて、四方八方へと跳び去っていく。

 

 これで反撃の為の第一の準備は終えた。しかし軍勢が集まるまでは数日を要する。その間に、マラカンドの敵が何の行動も起こさないと考えるのは阿呆だけだ。迎撃の準備が必要だ、それも至急、今すぐにである。

 

 果たして、アフラシヤブの丘の要塞化が始まった。

 本来は遺跡を発掘するために集められた人夫達は、たちまち塹壕堀へと駆り出される。

 元々あった廃屋や廃宮をそのまま防御陣地として活用しつつ、その周囲に壕(ほり)と堡塁とを築いていく。人夫達の指揮にも、マゴス達は大活躍であった。

 

『呪的防御が必要なのです』

 

 とは、アラマの言だ。

 どうもこちらの野戦築城というやつは、単純な防御だけではなく、魔法に対する工夫も要するらしい。

 

『――して、汝には一足先に動いてもらうぞ、まれびとよ』

 

 そしてこれは、陣地設営の工事を横から眺めていた私への、ナルセー王の言。

 王の両隣を固めるのは、イーディス、そしてキッドであった。どうやら王は近間の戦いを得意とする二人を手元に置いておく算段らしかった。ちなみに色男はと言えば、武器を槍から弓へと持ち替えたナルセー王の親衛隊の指揮へと回されている。

 

『遠間の戦いを得意とする汝にこそ、この仕事は適任であろうさ』

 

 こういうふうに言われて、私は別行動を取ることになったわけだ。

 アラマを相方を選んだのは、他ならぬ私だ。

 相手に魔法使いもいる以上、彼女以外の相棒は思いつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 私とアラマは連れ立って、人なき道を進む。

 サンダラーに跨る私のあとを、リャマによく似たムームーという動物に横乗りになったアラマが続く。

 ムームーの長い手綱は、私のほうがひいていた。ゆっくりと、周囲の地形に気を配りながら、私達は進む。

 

 マラカンドとアフラシヤブとを結ぶ上で、最短経路となるのがこの道であり、また道を外れれば果無き荒野である。敵がもしアフラシヤブまでこちらを追撃してきた場合はこの道を使う公算が高い。あるいはコチラからマラカンドに攻め戻る際も、結局はこの道を使いより他はない。

 間違いなく、誰かが探る必要性がある。だからこそ、私が遣わされたというわけだ。

 

「~NaNa-Na、Na-Na、Na-NaNa♪♪」

 

 私は辺りの風景を注意深く観察しながらも、昔懐かしい曲を気軽に口ずさんだ。

 今ここで気を張ってもしょうがない。緊張感は戦いのその時までとっておくとしよう。

 

『まれびと殿、その歌は?』

 

 アラマが何時も通りの興味津々な様子で聞いてくる。

 私は、一呼吸ほど間を置いてから、答えた。

 

「……故郷(ふるさと)の歌だ。ふと、懐かしい気分になってな」

『まれびと殿の……ふるさと』

「ああ。いまはもう、ずっと前の話だけどな」

 

 ――Na-NaNaNaNaNaNaNaNa、NaNa-Na、Na-Na、Na-NaNa♪

 

 南部(ディクシー)が北の連中に叩き潰されたあの日、みんな、何故かこんな歌をうたっていた。

 あるいは、それは消えゆく故郷への挽歌だったのかもしれない。

 

「こういう偵察の仕事を、昔、戦争に行ってた頃によくやったもんでね。その頃を思い出してただけだ」

 

 前の戦争中、私は師匠と共に遊撃騎兵隊(パルティザン・レンジャー)の一員として働いていた。

 部隊の仕事は主に後方攪乱、破壊工作、狙撃に暗殺、そして斥候だった。

 実際、ガンマンとしても既に結構な経歴を持つ私だが、斥候任務など戦時中以来の仕事だろう。

 

『……敵方にいる新たなまれびとも、まれびと殿と同じ戦争で戦ったのですか?』

「あの頃は味方だったな。もっとも、そんな深い間柄でもなかったが」

 

 アラマには既にマラカンドでの諸々について一通り話してある。

 当然、ヘンリーとバーナードについても、である。

 

「ただ、腕の確かさはよく知ってる」

 

 それだけに恐ろしい。

 恐ろしいからこそ、私自身の手で、始末をつけねばならない。

 地獄から使者どもを、棺桶の中へと叩き戻さなきゃならないのだ。

 

『……味方になるように、説得はできないのですか?』

 

 私は首を横に振る。

 

「連中もプロだ。受けた仕事は最後までやりぬくさ。それは、俺も同じだ」

 

 それに――と私は更に続けて言った。

 

「仇を、とってやらなきゃいけないからな」

 

 一足先に自由になったやつらの顔が、自然と脳裏に浮かぶ。

 振り返れば、アラマもその金の瞳に覚悟を抱いて、強く静かに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫時、互いに言葉もなく、私達は道沿いに進み続けた。

 待ち伏せに使えそうな場所を頭のなかの地図のなかに書き込みながら、マラカンドまでの道程の半ばをやや過ぎた辺りであった。

 

「……?」

『これは……?』

 

 アラマも私と全く同じものを同時に感じ取ったようで、怪訝の浮かんだ顔同士を見合わせる。

 

「――ちょっと待ってろ」

『え? あ! まれびと殿!』

 

 嫌な予感がする。

 私はムームーの手綱を手放すと、サンダラーに拍車をかける。

 目指すのは、手近な丘の上だ。この辺りでは一番高さがあり、頂上ならある程度視界が開けている筈だ。

 

 私たちが聞いたのは『音』だった。

 まるで、遠くで機関車が走っているかのような、規則的に連続するザッ、ザッ、ザッという重い音。

 その音の源は、まだ遠くにあるようだったが、間近で聞けばそうとうに大きなものになるのが予想できた。

 

 丘の斜面は比較的なだらかだったために、サンダラーは鼻息一つ荒げることなく丘を登りきった。

 登りきった先で、むしろ私のほうが息を荒げ、絶句する。

 頬を、冷や汗が伝うのを感じる。

 

『待って、待ってください、まれびと殿! いったいぜんたい、急にどうなさって――』

 

 慣れぬムームーを必死に操り、アラマが遅れて追いついてくる。

 そして彼女もまた丘の頂上から見えた光景に、言葉を失った。

 

 ――荒野が、黒い絨毯に覆われている。

 しかも、その絨毯は私達のほうへと動いているのだ。

 

「DUCK YOU SUCKER / マジかよ、糞ったれ」

 

 私は、思わず毒づいていた。

 スコープを通して見ずとも、私の灰色の瞳は黒い絨毯の正体を捉えていた。

 

 それは、夥しい人の群れだった。

 ただし、生きた人間ではない。

 

 屍者だ。

 マラカンドから湧き出た、屍者の大軍だ。

 機関車の音のように聞こえたのは、時計の針のような規則正しさで地面を踏みしめる無数の足音だったのだ。

 

『……不敗の太陽、牡牛を屠るものミスラよ。その輝きにて、闇の者たちを退けんことを』

 

 アラマは、掠れた声で彼女の神に祈った。

 しかし、それも虚しく大地を埋め尽くす死の群れは、ゆっくりと、しかし着実にアフラシヤブへと向かっていた

 

 


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