異世界ウェスタン ~Man With Gray Eyes~   作:せるじお

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――荒野は、時に『異界』へと通じる。

これから語るのは、一人のガンマンの物語。

砂塵の向こう、世界を超えてやってきた『まれびとの用心棒』。

迷い込んだ小さな村、襲いかかるのは恐るべきモンスターども。

ひとにぎりの『報酬』のために、彼は戦う。

腰に吊るした二丁のコルト、ひとたび抜けば死の舞踏が始まる!

ファンタジー西部劇、これより開幕。









異世界ウェスタン
第01話 ハイ・プレインズ・ドリフター


 

 人生ってのは、良くも悪くも色んなことが起こる。

 

 君子危うきに近寄らず――とは昔からある諺だ。だが危ういものごとってやつは往々にして、自分の方からコッチへと突っ込んでくるのだから、堪らない。迂闊な人間だろうと、用心深い人間だろうと関係ない。皆等しく禍福の渦に呑まれ、吉凶の濁流に揉まれるのだ。

 

 ――今でもあの出来事が現実のコトだったのか、それとも単なる夢幻の類だったのか判断がつかない。

 

 しかし夢や幻と言い切ってしまうには余りに長く、そして生々しい体験をしたのも事実だ。夢じゃ無かったと思わせるだけの、証拠が無いわけでもない。私個人としては、あれは本当にあったコトだったと考えている。

 

 これから語るのは、その時の話だ。

 

 あれはニューメキシコで『ひと仕事』済ませた後の、その帰り道での事だった。愛馬サンダラーに跨がり、荒野の道を行く途中、ふと、めまいを覚えたのだ。

 陽差しの強い、暑い日のことだった。

 めまいの原因も太陽が暑いせいだと思い、水筒の中身で口を濯ぎ、かつ飲んだ。渇いた喉を潤すと、帽子を脱いで団扇代わりにし、顔に風を送る。少しばかり頭がスッキリした所で、再び馬を進めた。

 

 今思えば、この時点で全ては始まっていたのだ。

 

 委細に観察していれば、自分の今いる場所がアメリカではない『何処か』になっていたコトにも気づけたかもしれない。だがあの暑さが、私から注意力を奪っていた。偶然ではあるが、めまいの前後で見ていたそれぞれの風景が、えらく似通っていたことも、私が事態に気づくのを遅らせた。

 とは言え、あの時に気づいていたとしても、既に手遅れではあったのだけれど。

 暫時道なりに進んでいると、様子がオカシイことに気がついた。

 電線がない。電信柱もない。

 いまやあちこちに立って容赦なく景観をぶち壊すあの不細工な柱の連なりが、どこにも見えないのだ。

 違和感を覚えた私は、少し馬に無理させて、道の傍らの若干急な斜面を登った。そして丘の上から、辺りをぐるっと見渡してみたのだ。

 

 私は唖然とした。

 

 見渡すかぎりの全てが、全く見知らぬ景色だったのだ。

 あの電信柱の列は、影も形も無くなっていた。

 それは実にありがたいことではあったが、事態はそれだけではない。気がつけば、日差しの質からして変わっていたのだ。

 あの刺すような陽光は雲に遮られて、生ぬるい風が吹き付けてくる。

 植生も、あきらかに違っている。緑が明らかに豊かなのだ。丈は低いが緑の濃い草が、荒れ地の所々に絨毯を広げたように生えている。つい先程まで自分が旅していた、灌木がまばらに生えるのみだった荒野はどこかに消えてしまっていた。

 手袋を脱いで、手の甲で目をこすり、頬をつねってみる。

 暑さのあまり、私も遂に頭がおかしくなったかと思ったのだが、頬を抓っても痛みで目覚めることもない。依然、見覚えないの未知なる風景が広がっているのみである。

 前の晩に酒を呑み過ぎておかしくなっている訳でもない。そもそも私は酔いつぶれたり、二日酔いを催すほどに酒を飲むようなタチでもないのだ。ペヨーテのような、幻覚を引き起こす代物を口に入れた覚えもない。

 つまり、自分の目に写った光景を信じるほかは無さそうだ、ということだ。

 

「……さて。どうする?」

 

 答えなど期待してないが、途方に暮れて思わず愛馬に問いかけた。

 声に反応して彼も私の方を振り返ったが、無論答えなど返してはくれない。

 

「お前に聞いた俺がバカだったよ」

 

 思わず自嘲し嗤うと、馬の鬣を撫でてやりながら、どこへ行くべきか考える。

 

(取り敢えず……道なりに進むか)

 

 結局のところ、自分には二つしか選択肢は無い。進み続けるか、引き返すかだ。

 しかし振り返った先に帰り道など期待できない以上、ただ前に進むしかないのだ。

 

「よし……ほれ、行くぞ」

 

 サンダラーの首をぺちぺちと軽く叩いて、歩き出すように促した。

 ――かくして私の、この『異邦』での長く短い旅が始まったのである。

 

 

 

 道なりに進むことおおよそ一時間。

 ついに人里だと思しき影が、遠くに霞んで見えてきた。

 水も食べ物も手持ちがやや覚束なかった私は、この発見に少しホッとした心持ちとなる。幸い『仕事』を終えたばかりとあって、財布は1ドル銀貨に満ちている。ここが何処か解らない上に、ひょっとするとアメリカですら無い可能性も浮かんではいたが、どこであろうと金銀の価値に変わりはあるまいと開き直る。あの村が飢餓で全滅寸前といった、非常事態でも無い限り、多少の飲み食いは出来るだろう。

 それでもいざという時に備えて両腰のホルスターに手をやった。

 撃鉄に掛かった紐を外し、吊るした二丁拳銃を取り出しす。しっかりと弾も火薬も込められていることを確認する。

 左右のホルスターに納まっているのは二丁のリボルバーだ。

 コルトM1851、通称『コルト・ネービー』。こいつらが私の愛銃である。

 36口径のこの銃を威力に欠けると腐す奴もいる。だが反動は小さく御しやすく、したがって命中精度も良い。少なくとも私は、アメリカで手に入る中では最高の拳銃の一つだと信じている。

 

 ――話が横にそれた。

 

 いずれにせよ、二丁の相棒はとっさの使用に耐えうる状態になっていた。ベルトの位置を調節して、最も素早く抜き撃ちが出来るように直す。

 銃口は千の言葉に勝る。

 たいがいの面倒はコイツを見せるだけで片が付くし、それでもどうにもならないなら引き金を弾けば良いのだ。  銀貨をチラつかせておけば特に問題は無いと思うが、世の中というやつは何が起こるか解らない。殊、荒野の人里などという場所においては。

 サンダラーで道を行くこと更に三十分。遂に件の人里の入り口まで辿り着いた。

 一見、何の変哲もない田舎の寒村に見える。

 ちょいとばかし入り口から村の様子を観察し、意を決してなかへと乗り入れてみる。

 漆喰で固めた低い石壁、白く塗った土壁に藁葺き屋根の粗末な家々。所々に見える木造の小屋は畜舎の類だろうか。嗅ぎ慣れた――ものとは少し違う、獣と糞の悪臭が漂ってきている。

 村は、外から続く一本道の両端に、家々が立ち並ぶ形になっている。彼方には畝の連なりと草原、雑木林も見える。道はおおよそ真っすぐのびており、その途中に虫瘤のように小さく膨らんだ広場ある。そこが村の中心になっているらしい。真ん中には井戸があり、また広場に面するように何やら小さな神殿を思わせる建物がある。教会には見えない。先住民達の祭祀場とも違う。私の知らぬ、異教の社であるらしかった。

 

「……」

 

 しかし、今の私が一番に気にかかっているのは、そんなことではない。

 ――村人の姿が、人っ子一人見えないのだ。

 遠くに見える畑に目を向けても、そこで働いていてしかるべき百姓たちの姿は見つからない。

 天を仰ぎ、太陽の位置を確かめる。

 空はいまだ曇っていたが、所々に雲の切れ目があって、そこから陽の場所を伺うことが出来た。少なくとも、まだ夜には程遠い筈の太陽の高さである。村人たちが寝静まるには早すぎるし、かといって昼寝をするには遅すぎる。それに百姓が昼寝をするのは、畑仕事が出来ないほどに日差しが強い時だけの話だ。やはり、誰一人見かけないというのは、どうにもおかしい。

 手綱を右手から左手に移し、空いた右手はホルスターへと伸びる。グリップに手を這わせ、撃鉄に親指の腹を乗せる。こうしておけば、何処から不意討ちを仕掛けてこようと、即座に反撃の鉛弾をぶち込める。

 

(……いるな)

 

 耳を澄まし、周囲の気配を探る。姿は見えずとも、ひそめた息遣いは微かに感じ取れる。どうやら、家の中から隠れて私の様子を窺っているらしい。自分の身体に突き刺さる幾つもの視線から感じとれるのは、ただただ『恐怖』のみだ。

 ふと、以前にもこんな事態に遭遇した覚えがあるのを思い出す。

 

(……ああ。そうか)

 

 ちょっと考えて解った。

 野盗や無法者どもの餌食になっている、そんな辺境の農村に似た空気なのだ。

 駆け出しの頃、メキシコに出稼ぎに行った時に何度かこの手の村を見た。どの村でも、今のように家の中に隠れて息を潜め、ただ脅威が通り過ぎて行くのをやり過ごすのである。野盗や無法者の類と言えば馬鹿で無教養と相場が決まっているが、こと自分の飯の種に関してはそれなりの知恵を回す。雌牛にしろ雌鳥にしろ、殺してしまえば乳も卵も得られない。黙って相応の金や食糧を差し出せば、ひとまず連中は満足し村人も命だけは永らえることが出来るのだ。無論、それは連中が最低限、人並みの脳みそを持っている場合に限り、もしも野獣のような連中に襲われてしまった場合は、もう逃げて隠れて神に祈る他ないだろう。

 

(さて……どうするか)

 

 しかし私には、この村が誰かに襲われていようといるまいと、まるで関係の無い話だ。水や食料を手に入って、ここが何処で手近な街への道はどうなっているのかを訊くことができれば、それで充分なのだ。余計なトラブルは御免被りたい。必要な用事だけ手早く済ませて、さっさと立ち去るに限る。

 だがそのためにはまず、『話の通じる村人』を探し出さなければならない。さもなくば、何一つ始まらない。

 私は例の神殿らしき建物の左右の家々を物色した。この手の村の広場には、雑貨屋や宿屋を兼ねた酒場が一件はあるものだ。その手の店の主といえば村の顔役であることが大半であり、その辺りのあばら屋に隠れた百姓どもよりかは、話が通じやすい公算が大きい。

 

(……これか、な)

 

 神殿の右隣の建物に、消えかけの、見たこともない文字が書かれた小さな看板がかかっていることに気づいた。確証は無いが、目当ての建物である可能性は高い。サンダラーの手綱を適当な柱に繋ぐと、酒場らしき場所へと私は踏み込んだ。

 


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