『何も出来ないお前は何もするな』
それは5歳の誕生日に父からかけられた言葉だった。
英雄であるサムライリョーマの家系、黒鉄家に生まれながら〝
その日を境に僕は黒鉄家からいない者として扱われた。両親も、親戚も、誰もが僕の事を無かった事にするように扱った。唯一の例外は妹くらいだろうか。一度だけ彼女が他の子供の玩具を取り上げて壊している場面に遭遇し、それはいけない事だと頬を叩いてから懐かれるようになった。兄もいるのだが、そちらの反応は変わらなかった。騎士としての強さを求めている彼からすれば、僕がどうなっても構わないのだろう。それでも両親や親戚のようにいない者としては扱わずに弱者として見られていたが。
元旦に一族全員が集まっていた時、僕はいつものように外から鍵をかけられた部屋に隔離されていた。それでも声だけは聞こえて来て、楽しげに笑う声に負けたくなくて、僕は窓から外に出てそこから離れた。
目指して向かっていたわけではないのだけどその時僕は裏手にある山に入った。しかし、そこで道に迷ってしまった。引き返そうにも吹雪で足跡は消えていて引き返せない。時間が経つに連れて日が沈んで暗くなり、気温はドンドン下がっていく。
普通ならば誰かが助けに来る事を期待するだろうが、僕は期待なんてしなかった。だって、いない者として扱われている僕を探す理由なんて無いのだから。
そうなったとしてもきっと両親も親戚も誰も悲しみはしないだろう。唯一妹だけは悲しんでくれるかもしれないが、たった1人だけだ。
泣きたくなった、だけど涙は流れなかった。涙なんてすでに父からあの言葉をかけられた日から泣き続けたせいで枯れているから。
『あ……ぁあ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!』
そのことが悔しくて、泣きたくて、だけど涙なんて流れないから僕は叫ぶ事しか出来なかった。吹雪の風の音にも負けない声で、悔しさを表したくて全力で吠えた。
僕はまだ諦めていないのに、どうして誰も信じてくれないのかと。
ーーーその時、不意に頭の上に手が乗せられた。
『それで良いんだよ、小僧。それを捨てるんじゃあねぇぞ?その悔しさは、お前がまだ諦めていない証なんだからよ』
振り返った先にあったのは白髪にカイゼル髭を蓄えた大柄の老人。日本の英雄、
『確かに今のお前は小さな子供だ。だけどお前が大人になった時、あいつらみたいな才能なんて物でしか人を測れないくだらねぇ大人になるな。分相応だなんて聞こえのいい言葉で諦めて大人ぶるようなつまらねぇ大人になるな。そんなもんを歯牙にもかけないくらいにでっかい大人になれ。
深くシワの刻まれた顔で、少年のような笑顔を浮かべてそういう龍馬さん。それはただの言葉だった。だけど、生まれて初めて諦めなくても良いんだって言ってもらえた瞬間だったから。彼の言葉はただの言葉で、僕の人生に何の保証をしてくれるわけでは無い。しかし、その言葉だけで僕は本当に救われたのだった。
その瞬間、僕の中で一つの目標が出来た。それは、彼のような大人になる事。自分と同じ境遇の人を見つけた時に諦めを強要するのでは無く、諦めなくても良いんだと背中を押す事が出来る……彼のような大人になろうと。
そして目標が出来たその日に、僕は彼らと出会った。
『あ、いたいた。あいつじゃね?』
『そうみたいね』
幼く高い声は子供のものだった。誰かがこんな所に来たのかと当時の僕は考えていたが、龍馬さんの反応は違っていた。
僕の事を背中に庇い、無言で〝
『お、おじいちゃん?』
『……お前ら、
『漣?誰それ?俺は新城不知火だよ』
『私は新城灯火。
珠雫と、妹の名前が出て来た事に反応して龍馬さんの背後から声の主を見ると、黒色の髪をした似通った顔付きの少年と少女がそこにいた。
『新城……あいつの子供だと?いつの間にあいつは漣と結婚したんだ?』
『じいさんの言ってる新城がオヤジのことならオヤジの子供だってのはあってる。だけど俺たちは養子でな、本当の親の顔なんて写真でしか知らないんだ』
『〝
『ッチ……殺るならきっちり殺りやがれよ』
『それに関しては同感ね。そのせいで私たちは〝
その時の灯火さんは笑っていた。不知火も笑っていた。しかしその顔を見た瞬間に身体が震え出す。気温的な寒さでは無い、灯火さんと不知火から滲み出る怒りと殺意を感じ取って魂が怯えていたのだ。
『その辺にしておけよ。お前らや俺はまだしも小僧はそういうのには慣れて無いんだからよ』
『あら、御免なさい。あのゴミどもの事を思ったらついね?』
『超ゴメン』
『え?あ、あぁうん……良いよ?』
龍馬さんからの注意により2人から滲み出る怒りと殺意は引っ込められた。頭を下げられて謝罪されたので当時の僕は何が起きたのか理解しきれず、だけど許す事にした。
『で、貴方の名前は?』
『あ、僕は一輝です。漢数字の一と輝くって字で一輝です』
『一輝、輝く一か。良い名前じゃないか』
一輝と反芻しながら不知火は僕の名前を褒めてくれた。褒められる事は5歳になる前までしか無かったので照れ臭くて頬を掻く事しか出来なかった。
『実はな、さっきのじいさんの話が聞こえてた。だから俺からも言わせて欲しいーーー
『真っ直ぐ過ぎるのはアレだけど、確かに努力は大切ね。どれだけ希少価値の高い原石でも、磨かなければただの石ころに過ぎないわ。例え石ころだと言われても自分を磨いて、その中で光る一つを見つけなさい。それが貴方の才能なのだから』
龍馬さんだけでは無く、他にも自分の事を認めてくれる人がいた。初めて会った2人だけど真っ直ぐに、真剣に、真摯に語られる言葉が胸に響いてーーー気が付けば、枯れたはずの涙が流れていた。
『寒っ!!さっさと帰ろうぜ、良い加減寒くてしょうがねぇからよ』
『コタツに肩まで入ってぬくぬくしたいわ。蜜柑があれば大勝利ね』
『あ、待って。僕、家からいない事にされてるから……』
『あ~そうだったな。どうするか……』
『良し、だったらあの家に火を付けてホームレス大量生産しようぜ!!』
『待ちなさい、やるなら誰もが酔い潰れてからの方が良いわ。そうすれば事故扱いで私たちが疑われないわ』
『おい小僧、あいつら止めるぞ!!このままだと俺たちまでホームレスになるぞ!!』
『う、うん!!』
黒鉄の家を放火するために帰る灯火さんと不知火、それを阻止するために走る龍馬さんの後を追いながら、僕は目標に向かって進む事を決意した。
「懐かしいなぁ、もう12年も前の事か……」
模擬戦の前に精神統一のために瞑想をしていたら龍馬さんと、そして不知火との出会いを思い出してしまった。だけど気分は悪くは無い。寧ろ初心に帰った事で充実しているくらいだ。
相手はステラ・ヴァーミリオン。〝
だがーーー
能力値だけで勝敗が決まるわけではない。実際に対峙して、剣をぶつけ合い、最後に立っていた者こそが勝者なのだ。確かにヴァーミリオンさんは強いのだろう。それは理事長室で見たあの一閃からでも見て取れる。不知火はあっさりと片手で受け止めていたが、僕がまともに受ければ吹き飛ばされる事になる。
彼女の強さは理解している、その上で宣言する。
「〝勝つ〟のは、僕だ」
龍馬さん……
狂い哭け、お前の末路は英雄だ。
この一輝を見てるとこの言葉を送りたくなってくる。だって
龍馬おじいちゃんは漣について知っているようです。灯火姉様と修羅ヌイを見て漣だと確信した時、実はどうやって殺すのかを真剣に考えてたり。