『それでは!!これより第五訓練場第1試合を開始致します!!』
スピーカーから聞こえる威勢の良い声と共に観客席に座る生徒たちから歓声が上がる。〝七星剣武祭〟の代表を決める為に行われる代表戦も今日で10回戦目。自身を過大評価した者や軽い気持ちで代表戦に参加する事を決めた者たちはすでに振るい落とされ、一部の例外を除いて残るのは七星の頂を目指す者だけになっていた。
『解説は西京寧音先生に担当していただく予定だったのですが……』
『ん?どうしてウチをそんな目で見るんだ?』
『いえ、だって、これまでつまらないとか言って居なくなってたじゃないですか。それなのに今日に限って居るなんて……』
『そりゃあいるよ。なんて言ったって、不知火が目をかけてる奴の試合なんだからな』
不知火と、その名前が出てきた瞬間に上がっていた歓声が静かになる。この破軍学園において、新城不知火の名前は一種のタブーに成りつつあった。
破軍学園序列第1位の東堂刀華を相手にして過程は兎も角、結果だけを見るならば蹂躙に近い形で一方的に下した絶対強者。今年入学した一年生はその姿に怯え、去年彼が起こした暴力事件を知る二、三年生たちはその時の彼に恐怖している。
『目をかけてるですか……それはなんと言いますか……』
『なんでもそいつは自分から頭を下げて頼んだらしいぜ?今時珍しいガッツのある奴だよな……つまんねぇ試合したら黒天球ぶち込んでやるけど』
『なにやら恐ろしい事を口走ってた気もしますが、選手の紹介に移りましょう!!そうしましょう!!』
月夜見が露骨に話題を変えようとしていたが、誰もが不知火の事を忘れたかったのかそれに便乗して歓声をあげた事によりそれは達成された。寧音は若干不満げにしているがそれだけでそれ以上追求するような事はしない。不知火が目をつけたという彼女の実力を知りたかったから。
そして月夜見の言葉に従う様にして第1試合の選手が入場し、リングに上がる。青コーナーから姿を現したのはタンクトップ姿の筋肉隆々な男子生徒。一見すればボディービルダーの様に思えるが、武の心得がある者が見ればそれは実戦用に鍛えられた筋肉だとわかる。
『青コーナーから姿を見せたのは9戦9勝のパーフェクトゲームを続ける三年生の
『へぇ、見せ筋だと思ったら意外とマトモな筋肉じゃねぇか』
『彼は石を操る〝
ノソノソと重量感を感じる動きをしながらリングに立つ石神の姿に観客席から声援が送られる。が、石神はそれに応えない。まるで聞こえていない様な素振りで向かいの赤コーナーから姿を現した黒い髪を靡かせる女子生徒ーーー綾辻絢瀬を待ち構えていた。
『赤コーナーから登場したのは石神選手と同じく9戦9勝の戦績の三年生綾辻絢瀬選手です!!彼女はこれまで〝
『切れるか切れないかってところ』
『説明を端折り過ぎて全く理解出来ませんけどそこは置いておきましょう!!』
はじめに言っていた通りに寧音は試合の解説には然程興味は持っていないのだろう。一部の人間だけにしか分からない様な事を言い、月夜見はこれ以上尋ねても無駄だと悟って話を切り上げる事にした。
「ねぇイツキ、切れるか切れないかってどういう事なの?」
観客席から寧音の言葉を聞いていたステラが隣に座る一輝に尋ねる。珠雫は同時刻に別の訓練場で試合があり、アリスはその応援に向かっているのでこの場には2人しかいない。
「石神先輩はさっき説明にあった様に石を操る〝
一輝にそう説明されてステラは月夜見が石神のことを学園トップクラスの防御力と称した事と、寧音が切れるか切れないかと言ったことの真意を悟った。
要するにこの試合は絢瀬が石神の防御力を超えられるかどうかの戦いなのだ。
前に絢瀬と会った時に、ステラは彼女の事を
そう意識した瞬間に、ステラはステージに立つ2人の一挙一動を見逃さぬ様に集中する。突然テロリストの〝
審判役の教員に指示されて、ステージに立つ絢瀬と石神は〝
しかし、一輝には一つ気になる事があった。それは絢瀬の挙動。ステージに上がった時から絢瀬は顔を俯かせていてその表情を伺う事が出来ない。その上、身体が不規則にユラユラと揺れていた。不知火との修行の疲れが出ているのかと怪しんだが、それを即座に否定する。我が道を全速力で駆け抜けている不知火であるが、他者に対する気遣いは出来る人間だ。絢瀬の代表戦の予定も把握していて、疲れを残さない程度に抑えているはずだと考える。
何があったのかを考えている間にブザーと共に試合が始まった。それと同時に石神の足元の石が液体の様に蠢きながら彼の身体を這い上がっていた。あれが石神の二つ名になった
ステラならば、強靭な膂力に任せて打ち砕く事が出来るだろう。珠雫ならば、水を使って相手を窒息させる事が出来る。一輝ならば〝巌窟王〟ごと石神のことを斬り伏せる事が出来るし、不知火ならばそもそも
一体どんな方法で超えるのだろうと期待しているとーーー絢瀬の姿がブレ、
石神が〝巌窟王〟を発動しきる前に決着をつけようとしていたのか。その選択肢は間違っていないのだが、失敗してしまった様で石神は完全に石に飲み込まれて2メートルを超える石の巨人になった。
さて、ここからどうやって戦うのか。そう思っていると絢瀬がここでようやく顔を上げた。そして同時に、一輝は絢瀬の挙動がおかしかった理由に気が付いた。
見える様になった絢瀬の顔は赤く、目は焦点が合っていない様に蕩けていた。その姿をどこかで見た事があり、完全に一致していたのですぐに気づく事が出来たのだ。
「まさか……酔っ払ってる?」
そう、絢瀬は酔っ払っていたのだ。