修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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狂犬再会・3

 

 

「すぅ……ふぅ……」

 

 

近くにあった火にタバコを近づけ、それを火種として一服する。片手には鞘から抜いている〝鬼灯〟を持って肩に担ぎ、その姿は休憩中だと捉えられてもおかしくない程にリラックスしている。

 

 

しかし、今は休憩などでは無い。

 

そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

声も出さずに死角から剣閃が走る。極限状態だろうというのに振るわれたそれに一切の歪みは無く、このまま走れば目的通りに俺の首を断つ事が出来るほどの冴えを見せている。

 

 

死角から放たれた不意打ちであるが、それは不意打ちとして成立していなかった。

 

 

「緩いーーーまだまだだぞっと!!」

 

「ア、が……ッ!!」

 

 

死角から放たれた剣閃を視界に納めることなく、気配だけで知覚して振り向く事なく体捌きだけで受け流し、振り返りざまに襲って来た綾辻の腹に拳撃を見舞う。固く握り締められた拳の一撃は殺すつもりは無いものの()()()()()()()。綾辻の鍛え上げられたしなやかな腹筋を貫いて中身の胃腸を容易く弾けさせる。

 

 

胃酸混じりの血反吐を吐く綾辻。本当ならばその場でのたうち回って悶え苦しみたいのだろうがそうすることはせずに全力でその場から飛び退き、追撃の脚撃を間一髪のところで躱すことに成功した。

 

 

綾辻の姿は見るも無惨な物だった。全身には裂傷やアザだらけで見えている所にも見えていない所にも無事な場所など一つ足りとて存在していない。肉体を支えるはずの骨格は良くてヒビが入り、悪くて粉砕骨折をしていて身動ぎ一つするだけで激痛に苦しむ事になるだろう。

 

 

綾辻をこんな状態にしたのは、他ならぬ俺だ。綾辻の懇願を聞き届けて、やっていることはひたすらな模擬戦とこれまでとは変わらない。ただ、そのレベルを引き上げたのだ。

 

 

今までの模擬戦は加減に加減を重ねて綾辻のレベルよりも僅かに上の程度にまで抑えて、〝新城不知火〟として新城流の戦い方で相手をしていた。これは急激な躍進は望めないものの、綾辻の事を壊す事なく鍛える事が出来ると考えての判断だった。しかし、綾辻はそれでは足りないと言ったのだ。故に綾辻が壊れる可能性があるものの急激な躍進が望める鍛え方をする事にした。

 

 

すなわちーーー綾辻がどう足掻こうと届かないレベルで、〝漣不知火〟として漣の戦い方で相手をする事。それも、前のショッピングモールの時にヴォルド相手に作り上げた炎の異界の中で。

 

 

模擬戦を行ってからまだ30分しか経っていないのだが、綾辻は今にも死にそうな……いや、半ば死にかけている状態に成り果てていた。〝伐刀者(ブレイザー)〟であっても活動どころか存在する事が困難な業火の世界の中に綾辻を放り込み、その中で漣としての俺とひたすら模擬戦を行う。

 

 

寧音でさえ、この業火の世界で漣の俺と戦う事は嫌がっていた。

 

 

どれだけ酷い事をしているのかという自覚は当然のようにある。綾辻の身体を傷付け、心を粉砕し、死に追いやる事への罪悪感は勿論存在している。

 

 

だけど、俺は手を止めない。

 

 

酷い事をしているという自覚と罪悪感から手を抜く事は、大切な場所を取り返そうと文字通りに必死になっている彼女に対する侮辱に他ならないから。

 

 

心を痛めながら、こんな事をしている自分に嫌気が差しながらーーー無謀な突貫をして来た綾辻の胴体を斬り裂き、顔面に拳撃を見舞う。頭蓋骨が軋む感触を拳に味合わせながら、綾辻は鼻血を撒き散らしながら吹っ飛んでいった。

 

 

「練りが足りねぇ磨きが甘い。死ぬ気でやるなんぞ生っちょろい考えは捨てろ。見上げるしか出来ない高みなんぞ見るんじゃねぇ。自分しか極められない奥だけを見つめろーーーそれが出来てようやくだ。それが出来なければ話にならん。さっさとやって、スタートラインに立って魅せろよ」

 

「アーーーアァァァァァァァ!!!」

 

 

業火の余波に当てられた事で撒き散らした鼻血の水分は一瞬で蒸発する。しかし綾辻はそれに構う事なく、砕けた五指で〝固有霊装(デバイス)〟である〝緋爪〟を握り締め、獣のような叫びをあげながら突貫して来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

模擬戦を始めてから5時間が経った事を確認して異界を解いて外の世界にへと出る。時刻は深夜で、後数時間もあれば日の出の時間となる頃合いだ。鍛錬の時間を詰め込むと言ったのだが、だからと言って睡眠時間を取らない訳にはいかない。授業と選抜戦と、鍛錬以外にもやる事は山積みなのだから。

 

 

「おーい綾辻ー、生きてるかー?」

 

「……」

 

「返事は無し、脈は有りっと……まぁ、初日にスタートラインに立てただけ上等だな」

 

 

〝鬼灯〟をしまいながら綾辻の状態を確認し、完全に気絶しているだけだと判断する。異界の中で見るも無惨な姿になっていた綾辻だが、今ではアザところか服すら無傷の状態になっている。ヴォルドや東堂を相手にした時と同じ〝魔力変換〟で綾辻の身体や服を再構築したからだ。流石に加減無しでやると決めたが、治療手段も無しにこんな事はやらない。

 

 

綾辻には強さの根幹となる物が存在していなかった。東堂の様な他者へ向ける優しさや、一輝の様な貫き通す意志力と言えば分かりやすいだろう。綾辻にはそれが欠けていた。大切な場所を取り返したいという願いは素晴らしいと思うのだが、言ってしまえばそれは()()()()で終わってしまうのだ。

 

 

爆発力があっても持続性が無ければ意味が無い。大切な場所を取り返したとしても、そこで燃え尽きて終わってほしくないから、綾辻を何度も煽る事で彼らの様な強さの根幹となる様な物を見つけさせようとしていたのだ。その甲斐あって見事に綾辻は強さの根幹となる様な物を見つける事が出来た。今の段階では付け焼き刃に等しい取って付けた様な理由でしかないかもしれない。だが例えそうだとしても時間を重ねれば、想いを強くすれば、それが本当の理由になる。それが、綾辻を支えてくれる力となる。

 

 

「良く頑張ったな」

 

 

気絶している綾辻には届かないと分かっている。だけど、たった数時間で俺の欲求に応えてくれた綾辻に対してどうしても賞賛を送りたかった。2日3日は掛かると考えていたのだが、良い意味で予想を裏切られたのだからこれくらいはして当然の事だ。

 

 

気絶しているから直ぐには起きないとは思うが、それでも細心の注意を払いながら綾辻を横抱きに抱え、硬い地面では無くて柔らかなベッドで寝かせるために俺は部屋に戻る事にした。

 

 

 






漣式トレーニング。それは圧倒的格上とただ只管正面から戦う事!!殺さない様に注意はしているけど、加減はしていないから油断をすればそのまま逝っちゃうぞ!!

ところで蔵人の伐刀者(ブレイザー)としての能力って何なんだろうか?伸縮自在な固有霊装(デバイス)はあくまで固有霊装(デバイス)の特徴みたいな物だし、神速反射(マージナルカウンター)は能力じゃなくてただの身体能力の延長だし……不明ならオリジナルでやってやるゾォ!!


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