修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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癒しの日・4

 

 

「ただいまぁ……」

 

 

あの後灯火さんに連れられてお酒を飲み、深夜と言える時間帯になってようやく破軍に帰ってくる事が出来た。新城君がいるかは分からないが、火乃香ちゃんとナナちゃんは間違いなくいる上に今の時間帯ならば確実に寝ているはずだから小声で、そして気配を消しながら極力静かに部屋に入る。

 

 

部屋の中は予想していた通りに真っ暗だったが夜目は効く方なので問題無い。2人が眠っているベッドの周りを遮光性の高いカーテンで囲って光が入らないようにしてから部屋の電気をつける。するとテーブルの上には炊飯器が2つ、そして火乃香ちゃんが書いたと思われるデカデカと飯の一文字だけが書かれた紙が置かれていた。

 

 

確かに灯火さんに連れられる事になって慌てて連絡した時は5時ごろだったのでもう夕食の支度をしていたかもしれない。だけど流石に炊飯器が丸々って何なんだろう。嫌がらせの類じゃないかなと考えながら蓋をあける。

 

 

するとそこには白米がみっちり詰まっていた。

 

 

「これは怒ってるのかな……?」

 

 

耳を澄ませれば御釜が悲鳴をあげているのが聞こえる。どんな炊き方をすればこの量がこのサイズの炊飯器で綺麗に炊き上がる事が出来るのだろうか。このままではこれが明日一日のご飯になるのは目に見えているので、少しでも減らそうとおかず欲しさに冷蔵庫を開けたのだが見事に空っぽになっていた。これは白米だけで食べろという掲示なのだろうか?缶詰どころか調味料も見えない辺りに静かな怒りを感じる。

 

 

仕方がないので白米のままで食べ進める事にした。食べ切れるとは考えていないが、幸いな事に学園までは歩いて帰ったので多少お腹は減っている。

 

 

行儀が悪いかもしれないが炊飯器からダイレクトに箸を付けて白米をいただく。時計の針が進む音と咀嚼音、そして時折聞こえる火乃香ちゃんとナナちゃんの寝息だけが部屋を満たす。

 

 

「……味気ないなぁ」

 

 

白米だけというのもあるだろうが、1人で食べるご飯はこんなにも美味しくないものだったのか。

 

 

父さんがまだ元気だった頃はそんな事は感じなかった。

 

父さんが倒れてからはそんな事を感じる余裕は無かった。

 

新城君たちと暮らすようになってからは、いつも誰かが居たので気にも留めなかった。

 

 

だけどこうして、1人でご飯を食べるのはつまらなかった。箸も進まないので続きは明日にしようかと考えて炊飯器の蓋を閉めようとした時に、ベランダの窓がノックされた。こんな時間に誰かが来たらしい。普通に考えれば警備員を呼ぶべきなのだろうが、不思議とボクは外にいるのは誰なのか分かってしまった。

 

 

なのでカーテンを開けると、そこには予想していた通りに新城君の姿があった。

 

 

「お帰りなさい」

 

「ただいま。飯はある?何も食ってないから腹が減ってさ」

 

「テーブルの上に炊飯器があるんだけど、白米がみっちり詰まってたよ。多分火乃香ちゃんがやったんじゃないかな?」

 

「いや、多分ナナの方だな。火乃香は食べ物で遊ぶような性格じゃないから……あ?こっちの炊飯器には豚汁が入ってるぞ?」

 

「なんで炊飯器に豚汁?」

 

 

新城君の後ろから覗いてみれば、確かに新城君の開けた方の炊飯器には豚汁が入っていた。それも白米と同じように御釜の淵のギリギリまで。保温が目的で炊飯器に入れたのだろうか?こんなことをするのなら普通に鍋に入れておいて欲しかった。

 

 

「まぁ良いや。綾辻はどうする?」

 

「豚汁があるのならボクも貰おうかな?流石に白米だけは辛くてさ」

 

「白米だけか……」

 

 

食器棚から自分のとボクの食器を持って来て改めて席に着く。

 

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 

合掌、そして一礼をして遅い夕食を始める事にした。

 

 

さっきまでは味気なかったはずなのに、新城君と向かい合っての食事は不思議と美味しく感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様……お米多過ぎない?」

 

「確かにそうだな。どうやってこんな量を炊いたんだ?」

 

 

食事を終えたのだが、炊飯器の中の白米はようやく適切量まで減ったくらいに残っていた。新城君がお腹が減ったという理由でいつもよりも多く食べていたのにこれほど残っているのだ。心なしか炊飯器が少し萎んでいるような気がする。

 

 

「そういえば、昨日と今日はどうして学園にいなかったの?」

 

 

食事の一服をしている時にふと気になったことを聞いてみた。今の時期は選抜戦で、重要な要件でもなければ参加している選手は学園を日を跨いで出るような事は出来ないはずだ。理事長に呼び出された事と関係があると言っていたので、少なくとも理事長はそれを了解している。どうして新城君にそれが許されたのか、少し気になったのだ。

 

 

「ちょっと特別召集を受けてな。東北の辺りまで行ってたんだよ」

 

「特別召集って、大丈夫なの!?」

 

 

基本的に魔導騎士の見習いであるボクたちには実戦で戦う機会は存在しない。しかし、優秀で実戦に参加させても大丈夫だと判断された者に関しては学園、もしくは国から特別召集という形で実戦に参加させられる事がある。破軍で特別召集を受けた事があるのは東堂さんと貴徳原さんくらいしかいないし、逆を言えば彼女たちクラスの実力がなければ召集されないということでもある。

 

 

それをいえば東堂さんを倒した新城君はその条件を満たしている。召集を受けたとしても不思議ではないのだが、実戦に参加したと聞いて慌ててしまう。

 

 

「〝解放軍(リベリオン)〟ですらない、ただ〝伐刀者(ブレイザー)〟をアンチしてテロってたチンピラだったからな。擦り傷一つ負ってねぇよ。綾辻は俺の強さを知ってるだろ?」

 

「……新城君の強さは知ってる。だけど不安は不安だし、心配する事には変わりないの」

 

 

去年の事と、東堂さんとの試合を見て新城君の強さは理解しているつもりだ。今すぐにプロ入りしても問題ないと言われている東堂さんを圧倒した新城君は学生レベルには収まりきらない程に強い。

 

 

だけど、それでも人間である事には変わらない。本当に人間かどうか怪しくなるような時が多々あるのだが、それでも死ぬ時にはあっさりと死んでしまうのが人間なのだ。

 

 

それに、好きな人がボロボロになっている姿を見たくない。

 

 

「心配、心配ねぇ……されたの久しぶりだな。火乃香やロリ夜叉は俺なら大丈夫だってテレビ見ながら送り出してたし」

 

「それはちょっと冷た過ぎじゃないかな?」

 

「そういえばこの画像に心当たりあるか?なんか送られてきたんだけど」

 

「画像?どんな……って!?」

 

 

新城君が差し出した携帯の画面にはマイクロビキニを着ているボクが崩れ落ちている写真が映っていた。

 

 

「え!?なんで!?なんで新城君がそれ持ってるの!?」

 

「送られて来たって言ってるだろうが」

 

「灯火さぁん!!」

 

 

下手人はどう考えても1人しかいない。どうしてだか、虚空にサムズアップしている灯火さんの姿が浮かび上がり、悦に浸っている笑顔を浮かべていた。何を考えてこんなことをしたのか理解出来ないが、間違いなく面白がっている事だけは確かだ。

 

 

「消した方が良いか?」

 

「消してよぉ……記憶からも消してよぉ……」

 

「あぁ……その……なんだ、飲むか?」

 

「キツイやつ頂戴」

 

 

恥ずかしさから何もかも忘れたくなり、ボクはテーブルの上に崩れ落ちて顔を上げずにお酒を要求した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やれやれ、余程ストレスが溜まってたんだな」

 

 

自分用に用意しておいた酒を飲みながら、空いている片手で俺に抱きつきながら眠っている綾辻の頭を撫でる。アルコールに弱いくせして度数が高いものを要求したので顔は真っ赤。その上にストレスが溜まっていたのか半泣きになりながら愚痴を吐いて最終的には泣きついた勢いで俺に抱きつき、そのまま眠ってしまったのだ。

 

 

良かれと思って彼女を紹介したのだが、逆効果だったかもしれない。

 

 

「で、そこのところどうなのよ。()()()()

 

「その娘が可愛過ぎたのがいけないのよ」

 

 

誰もいなかったはずの空間が一瞬だけ激しく燃え上がり、炎が人の形を作って1人の少女が現れた。俺の性別が女になったらこういう風になるのではないかと予想出来そうな程に俺と似通った彼女は7()()()()()()()()()()()漣灯火(さざなみあかり)ーーー今は漣を名乗らずに月影さんの名字を借りて月影灯火(つきかげあかり)を名乗っている。

 

 

一つ注意しておくが姉ちゃんは生きているわけじゃない。人間として、社会的にも肉体的にもしっかりと死んでいる。それなのに彼女は今、確かな自我を持ちながらこの場に肉体を持って存在している。

 

 

そのカラクリは、俺の伐刀絶技(ノウブルアーツ)炎の記憶(フレイムメモリー)〟。肉体を魔力に変換し、さらに肉体へと再構築する技法を応用して姉ちゃんの身体を魔力で作り出しているのだ。

 

 

死者を蘇らせているように見えるかもしれないが俺も姉ちゃんも、これを死者の蘇生だとは認めていない。肉体が俺の魔力で作られている以上、俺が魔力の供給を止めてしまえば姉ちゃんは姿を保てずに消えてしまうから。それに、仮に肉体を作ったとしても魂が入っていなければただの肉袋でしか無い。仏像作って魂入れずという言葉があるように。

 

 

ならば、どうして姉ちゃんが姉ちゃんとして自我を持っているのかという疑問が出てくるだろうが、その答えは簡単だ。俺が姉ちゃんの魂を持っていたから。

 

 

俺が使っている〝固有霊装(デバイス)〟ーーーあれは、元々は姉ちゃんの〝固有霊装(デバイス)〟だから。

 

 

一般的に、〝伐刀者(ブレイザー)〟の魂が具現化した〝固有霊装(デバイス)〟は〝伐刀者(ブレイザー)〟が死ねば消えるとされている。しかし、死ぬ間際に強い感情が込められた事によって〝伐刀者(ブレイザー)〟が死んでも〝固有霊装(デバイス)〟が遺されるというケースが秘密裏に存在している。その〝固有霊装(デバイス)〟は〝外部霊装(アウターデバイス)〟と呼ばれ、表立って出せるようなものでは無いので基本的には国で回収、管理される事になっている。

 

 

俺は姉ちゃんの〝固有霊装(デバイス)〟であった〝鬼灯〟を引き継ぎ、俺の〝固有霊装(デバイス)〟として使っている。これが、姉ちゃんが〝炎の記憶(フレイムメモリー)〟で自我を持っている理由だ。

 

 

ただ、姉ちゃんの個性が強烈すぎて被害が大きいので基本的には〝炎の記憶(フレイムメモリー)〟は使わないのだが、綾辻と話がしたいと懇願されたので使ったのだ。

 

 

予想していた通りに綾辻に多大な被害が出てしまったようだが。

 

 

「可愛いから虐めるって小学生の理論かよ。享年が10歳だとしても死後7年経ってるんだからもう少し大人になれよな」

 

「あら、でも不知火だってあの写真を見て興奮したでしょ?」

 

「そりゃあしたけどさ。だからと言って泣くほどに追い詰めなくても良いだろうが」

 

「確かにやり過ぎた感はあるけど、必要な事だったからね」

 

 

姉ちゃんが怪しく笑うと、寝ているはずの綾辻が顔色を悪くして震え出した。どうやら眠っているのに姉ちゃんが良くないことを考えていると察しているようだ。

 

 

「でも、久しぶりにショッピング出来て楽しかったわ。またお願いするからね」

 

「周りへの被害を考えてくれるのならいつでも出してやるよ」

 

 

フフッと曖昧に笑うだけで肯定は一切せずに、姉ちゃんは現れた時と同じように炎になり、この場から姿を消した。違うのはさっきまでは感じられなかった〝鬼灯〟の存在がしかと感じられる事。

 

 

しばらくは綾辻のフォローで忙しくなりそうだと思いながら、コップに残っていた酒を一気に飲み干した。

 

 

 






外部霊装(アウターデバイス)とかいうオリジナル設定の追加。名前の通りに本人の固有霊装(デバイス)では無く、他人が遺した固有霊装(デバイス)のことをさす。魂を具現化させるって原作であったから、もしかしたら残せるんじゃないかと考えて作った。

おかげで死んでる灯火ねーさまが登場出来るぞ!!なお、被害は絢瀬ちゃんに向かう模様。


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