「無理無理無理無理ッ!!無理だってば!!」
「大丈夫よ。恥ずかしいのは最初だけですぐに気持ち良くなれるから」
「その快楽は受け入れたらいけない類の物だと思うんだ……!!」
壁に囲まれた密室で、新城君の知人である灯火さんに迫られる。近寄って来る彼女から逃げようと後退りするのだが、すぐに壁にぶつかってしまい、いやでも逃げ場なんてない事を思い知らされる。力技で逃げる事も考えたのだが、彼女の実力がボクよりも上だと
これ以上退がる事が出来ないと分かると灯火さんは一気に躙り寄り、ボクの顔の横に手を突き出すーーー壁ドンの姿勢になって完全に逃げ道を塞いでしまった。互いの吐息がかかる程に近づいているので新城君にどこか似ている灯火さんの顔がよく見える。もしもこれを新城君にやられたらと考えてしまい、恥ずかしくなったので顔を背けようとしたのだが片手で顎を持ち上げられる事で防がれてしまう。
「ふふっ、硬いわね。緊張しているのかしら?」
「本当に許してよ!!無理だからぁ!!」
「ダーメ。私がそうするって決めたのだからそうするのよ異論反論は一切認めないわ……!!」
「ヒェッ!!」
そう言い切った灯火さんの眼は人間の物ではなく、完全に獲物を見つけた捕食者の眼になっていた。それも食べられる物を見つけたというものではなくて、獲物を半殺しにして確実に食べられる状況にある時の眼だ。勿論、その獲物はボク。
「さぁ、服を脱いで……」
手が伸ばされたので払いのけようとするが、そのどれもが灯火さんの手に当たる直前に躱されて妨害にすらならない。地味に凄い技術を見せられているのだが、それに感心出来るような余裕は今のボクには無かった。
もう駄目だと考えながらも、ボクは最後まで抗う覚悟を決めていた。
「あのマイクロビキニ、絶対に似合うんだから……!!」
「絶対に着るもんか……!!」
灯火さんが着ろと迫って来る、あのマイクロビキニを着ない為にも!!
「ううう……!!」
「いや〜、良い画像が撮れたわ!!やっぱり女の子が恥ずかしがる姿って加虐心が擽られて堪らないわね!!」
「鬼!!悪魔!!灯火!!」
買い物を終えたボクは灯火さんがお茶をしたいという理由でショッピングモールの中にあるフードコートに来ていた。ここのお金は自分が払うと、テーブルの上にはいくつかのデザートが並べられているが、今のボクにそれを食べたいという欲求は無く、ただただ恥ずかしさだけが占めていた。
察していると思うけど、灯火さんに負けて彼女が選んだマイクロビキニを着せられてしまったのだ。それだけでは無くてもう紐としか思え無いような物や、貝殻だけの物まで。しかも、それを着ているところを写真に撮られてしまったのだ。
勿論そんな水着なんて買うわけがなく、ちゃんとしたスポーティーなデザインの物を選んだけど。
「もうお嫁にいけない……!!」
「あら?それなら不知火に嫁いだらどうかしら?」
「ちょ!?なんでそこで新城君の名前が出て来るのさ!?」
「だって貴女、不知火の事が好きなんでしょ?」
新城君の事が好きだと、そう言われた瞬間に顔がさっきよりも熱くなるのが分かった。慌てて周囲を確認したが、新城君と親しそうな人の姿は見えない。彼にバラされる事はないと安心し、出来る限り声量を下げながら灯火さんに訊ねる。
「ど、どうして分かったの?」
「これよ」
灯火さんが携帯の画面を差し出したので受け取ると、それはボクがマイクロビキニを着ながら崩れ落ちている写真だった。
「あ、御免なさい。間違えたわ」
「消してよ本当に!!それが出回ったらボク生きていけないから!!」
「大丈夫よ。ちゃんと100桁のパスワードしているから見られないわよ……うん、こっちよ」
改めて差し出された携帯の画面には、ボクが顔を顰めながら水着を選んでいる姿が写っていた。
「ただ水着が欲しいだけなら店員に聞いて、似合いそうな物を見繕って貰えば済む話。それなのに貴女は自分のセンスが無いと分かっていても、四苦八苦しながら選んでいたわ。それって自分の力で相手に良い姿を見せて失望されたく無いって事よね?有象無象の相手にそんなことをするのは無意味だし、多少親しい間柄にするにしては些か過剰過ぎる。だったら意中の相手に見せたいんじゃないかって考えたのよ」
「……灯火さんの特技ってプロファイリング?」
「これくらいの事なら他人の感情に機敏で、多少人を観る目があるのなら誰だって出来る事よ?不知火だってやろうとしたらこれくらいは出来るわ」
「って事は……新城君も気がついてる?」
「それは無いと思うわよ?これって言ってしまえば人の気持ちを暴くって事と同じなのよ。だから不知火は有象無象なら兎も角、親しい間柄の相手にこういう事は絶対にしないわ。流石に不味そうな気配を漂わせていたら踏み込んで行くでしょうけどね」
「良かったぁ……」
新城君にボクの気持ちがバレていないと分かって、思わずホッとする。灯火さんはやっているのだがこれを追求したところでガールズトークだからとはぐらかされるのが目に見えているので追求しない事にした。
「まぁさっき言ったのは後付けで、本当は絢瀬ちゃんが不知火のことを話題にすると雌の顔していたから分かったのだけどね」
「待って」
とんでもないことを言った灯火さんを睨みつけるのだが、彼女は朗らかに微笑むだけで流してしまった。色々と言いたい事はあるが、彼女だからと結論付けて無理矢理納得する事にする。
要するに、灯火さんは新城君と似たタイプの人間なのだ。それさえ理解してしまえば、常日頃から新城君にしているような対応を応用すればダメージを減らす事が出来る。
「で、いつから好きになったのよ?」
「分からない……そうなんだって自覚したのは最近になってからなんだ。気がついたら新城君の事を目で追ってて、近くにいたらドキドキするけど安心して、楽しそうに笑ってたらボクも釣られて楽しくなって……」
「完全に恋する乙女ね。どこかの合法ロリみたいな肉食系じゃなくて私は安心よ」
「待って、西京先生と比べないで。あれは完全に別枠だから」
「あれは恋する乙女というよりも、飢えた女豹って感じよね。初体験が逆レとか、この私をしてドン引きだわ」
新城君の口からそう言われて信じたくなかったが、他ならぬ西京先生がそれを肯定しているのだから本当なのだろう。今の新城君と西京先生の関係は爛れた物のように見えるのだが、不思議とそれが2人には合っているように見えてしまう。
「まぁ飢えた女豹の事は放っちゃいけないけど置いておいてよ、不知火には片思いしている相手がいるって知ってるわよね?」
「うん……分かってるけど……ボクは……ボクは……」
新城君は西京先生では無い相手の事を好きだというのは聞いた事がある。西京先生に襲われて半裸になりながら部屋に戻ってきたときに、そんな事を言っていたのを聞いたから。
自分の気持ちに気が付いた時には、その事を知っていた。だから諦めようとした。新城君には他に好きな人がいるから、ボクなんかが彼のことを好きになっても迷惑にしかならないって。
だけど、諦められなかった。駄目だ駄目だと、そんな事を想っちゃいけないと分かっているのに、新城君の事がドンドン好きになってしまっている自分がいる。
初めて会った灯火さんにこんな話をするのは間違いだと分かっている。だけど、少しでもこの心境に整理をつけたくて、初対面だと言うのにこんな話をしてしまった。
顔を俯かせてしまったので灯火さんがどんな顔でボクの事を見ているのか分からない。罵りか蔑みか、ボクの事を非難する声が掛けられるに違いない。
「あら、良いんじゃないかしら?別に好きになっても」
「……え?」
だと言うのに掛けられた言葉は予想していなかった肯定。驚いて顔を上げると、灯火さんは愉悦の混じっていない慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「誰が誰を好きになろうと本人の勝手よ。似合う似合わない、正しい間違ってるなんて周りの奴が叫んでいるだけの戯言に過ぎないわ。どんなに爛れた関係だろうと、本人たちが幸せならそれで良いじゃない。一夫多妻って言葉もあるくらいだしね」
「で、でも、新城君には他に好きな人がいて……」
「確かにそうね。だけど、あの子は自分の事を本気で好きになってくれた相手を絶対に無下にしないわ。あの飢えた女豹だって嫌そうな素振りをしてるけど、拒絶しようとはしていないでしょ?あの子ったらあぁ見えて一途だから苦労するかもしれないけど、真摯に想ってくれる相手を受け入れるくらいの甲斐性は持っているわ」
だから、と言って灯火さんはテーブルの上に身を乗り出してボクの手を握った。
「彼の事を想い続けなさい。そして、いつの日かその心を彼に伝えてあげなさい。自分はこんなにも想っているんだって叫びなさい。そうすれば、彼はきっと応えてくれるから」
握られる手から伝わる体温は体質だからか、興奮しているからか平熱よりも随分高く、熱いくらいに感じられた。だけど、その熱さは決して不快なものでは無かった。
「……そうなんだ」
好きで良いんだと、間違っていないんだと言われて、ボクは気が付けば涙を流していた。
マイクロビキニ姿の絢瀬ちゃんが見たいけど、作者には絵心が分子レベル程も存在していないので妄想で満足するしかない悲しみ。よく訓練された読者諸君ならば、きっと共感してくれると信じている。
そして後半のやり取りを経て絢瀬ちゃんがヒロインの座に至る。現在のヒロインの座には飢えた女豹ことロリ夜叉しかいないけど、ヒロイン力ならば絢瀬ちゃんの方が上回っているから大丈夫だ!!