修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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癒しの日・2

 

 

「う〜ん……」

 

 

ボク以外誰もいない部屋の中で折り畳み式のテーブルを前にして唸り声をあげる。いつもならば誰かしらいるのだが、今は新城君は理事長に呼び出され、火乃香ちゃんはナナちゃんの教育だと言って散歩に連れ出したのでボクだけなのだ。

 

 

幼女に教育される少女と、改めて説明すると物凄い言葉になってしまうのだが、ナナちゃんの事情が事情なので受け入れるしかない。破軍学園に入学した当初のボクだったら頭を抱えていた案件だったが、新城君と関わるようになったお陰で精神力が否応無しに強くなったので問題無い。

 

 

「どうしたものか……!!」

 

 

しかし、誰もいないというのは好都合だった。流石にこんなことを彼らに説明するのは気が引けてしまう。ボクが唸っている原因は折り畳み式のテーブルの上を堂々と占領している紺色の布。胸に当たる所にはボクの名字である綾辻の名前が書かれている。

 

 

それはスクール水着と呼ばれる物だった。

 

 

「なんで水着をこれしか持って無いのさ!!ボクの馬鹿ァッ!!」

 

 

問題なのはスクール水着そのものでは無くて、スクール水着しか持っていない事。父さんが道場破りに負けてから、ボクはずっと剣にかかりっきりだった。女の子としてのあれやこれやは最低限で済ませてしまい、水着なんて物は正直に言って存在自体を忘れていた。新城君にプールに誘われて、返事をしたところまでは良かった。しかし部屋を探して見たかったのは中学生時代に使っていたスクール水着だけだったのだ。

 

 

一応胸の辺りが苦しくなっている事を除けば着れない事は無いのだが、流石に女の子としてのあれやこれやを最低限で済ませてしまっているボクでもスクール水着はダメだって事は分かる。いや、ダメでは無いのかもしれないが幾ら何でもマニアック過ぎるだろう。新城君の趣味があれならばセーフかもしれないが、流石にそんなギャンブルをする訳にはいかない。

 

 

普通ならば友人を誘って新しい水着を買いに行くという選択肢が出てくるのだろうが、ボクの中でその選択肢は既に却下された後だった。何故なら……そこまで親しい友人が破軍にはいないから。別にボッチという訳ではないのだが、それでも教室で会ったら挨拶をして話す程度の間柄でしか無い。そんな関係なのに買い物に行こうと誘ったところで相手からしてみれば迷惑でしか無い。

 

 

となれば1人で買いに行くしかないのだが、ファッションセンスに自信が無い。前に一度、自分の好みで服を買ったら父さんに笑われたので〝固有霊装(デバイス)〟で斬りかかった事がある。その後に門下生の皆んなに助けを求めたのだが、誰もが気まずそうに目をそらすだけだったのだ。

 

 

「助けて父さん……!!」

 

 

八方塞りでどうしようも無かったので、思わず今も意識不明で寝ている父さんに助けを求めてしまう。気持ちを落ち着かせるためにわざと声に出しているだけで、本当に助けを求めている訳では無かったのだが、

 

 

ーーー絢瀬……絢瀬……聞こえるか……

 

「父さん!?」

 

 

本当に父さんの声が聞こえて来た。思わず立ち上がって辺りを見渡せば、半透明の父さんが窓から上半身を生やしていた。

 

 

ーーー絢瀬……俺は今、幽体離脱をしてお前の前に現れてる……

 

「何をやってるのさ!?」

 

ーーー今頃、病院は大慌てだろうが娘の危機だ……笑って許せ……

 

 

後日、この時間帯に原因は分からないが父さんの心拍数が急激に下がったと叔母さんから連絡があった。

 

 

ーーーそれよりも絢瀬……俺はスクール水着も良いと思うぞ……

 

「父さん……!!」

 

 

とても良い笑顔でサムズアップをしながら性癖をカミングアウトして来た父さんが見れたものでは無かったので、台所から塩を持って来て父さんに投げておいた。すると父さんは聞いたこともない様な悲鳴をあげながら姿を消した。幻聴や幻覚の類でなければこれで病院に戻ったに違いない。

 

 

撒き散らした塩を片付け、ソファーに腰を下ろして顔を覆い隠す。何が悲しくて父親の性癖をカミングアウトされなければならなかったのか。亡くなった母さんが生きていた頃に、父さんと水着でそういうことをしていたと話していたっけ。あの時は冗談だろうと聞き流していたが、まさか本当だったとは……軽く死にたくなってしまう。

 

 

「もうやだぁ……」

 

「何が嫌なんだ?」

 

「ひゃわあぅ!?」

 

 

父さんのスク水フェチにダメージを負っていたせいで周囲の警戒が緩んでいたせいか、声を掛けられた事に驚いてソファーから落ちてしまう。ぶつけた事で痛むお尻を摩りながら顔を上げれば、新城君の姿があった。

 

 

「い、いつ帰って来たの!?」

 

「さっきだけど……一応ノックもしたぞ?返事が無いけど鍵は開いてたからうたた寝でもしてるかと思ったが……」

 

 

そう言って新城君はボクを、そして折り畳み式のテーブルの上に置いてあるスクール水着を見る。

 

 

「……スクール水着で来るつもりだったのか?それともスクール水着しか無かったのか?」

 

「後者です……」

 

 

ボクとスクール水着を見ただけで大体の状況を把握してくれたらしい。こういう時に彼の察しの良さは本当に助かる。バレたく無かった事であるが、それでも一から説明するよりもまだマシだ。主にボクの羞恥心的な意味合いで。

 

 

「誰かと買いに行くって選択肢は?」

 

「買い物行ける程に親しい人が居なくて……」

 

「そうか……だったら……うん、俺の知人で暇そうにしてる奴がいるからそいつと行くか?確か、明後日が試合で授業免除だったよな?」

 

「そうだけど……良いの?相手の人に迷惑じゃない?」

 

「大丈夫大丈夫、日頃から暇だ暇だと騒いでる奴だから二つ返事で了承してくれるさ」

 

 

破軍でそんな人がいるのか不安に思ったが、良く良く考えてみれば破軍の人間とは限らない。新城君のいう相手はそういう人間なのだろう、彼はその相手に向けて連絡するのか携帯を構い始めた。

 

 

「ところで火乃香とナナは?」

 

「火乃香ちゃんがナナちゃんを教育するって散歩に連れて行ったよ」

 

「火乃香がナナを教育か、言葉にすると凄いな……あぁ、悪いけど明日と明後日は用事が出来て学園に居ないから2人の事頼んでも良いか?」

 

「良いけど、それって理事長に呼び出された事と関係あるの?」

 

「まぁ、そんなところだ。ちょっと火乃香とナナ迎えに行って来るけど……」

 

「な、何?」

 

 

ボクからスクール水着に、そしてボクに視線を戻した新城君は笑顔と共にサムズアップをしながら、

 

 

「スク水姿の綾辻も、悪くないと思うぞ?」

 

「〜〜〜ッ!!馬鹿ァッ!!」

 

 

思わず近くにあったテレビのリモコンを投げてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、ここに集合だって新城君は言ってたけど……」

 

 

2日後、午前に行われた選抜戦に勝利したボクは新城君が告げた一緒に買い物をしてくれるという人物との待ち合わせのためにショッピングモールに来ていた。少し前にここで〝解放軍(リベリオン)〟によるテロが行われた筈なのだが、既にその被害は修復されていて営業を再開している。

 

 

その商売根性に半ば感心しながらどんな相手が来るのか考えているとーーー

 

 

「貴女が、綾辻ちゃんね?」

 

「ッ!?」

 

 

ーーー背後から声を掛けられた事で弾けるように振り返る。周りの人たちが何事かと一瞬だけ視線を向けるが、すぐに興味を無くしたように歩き去って行く。

 

 

人混みの中という事もあり、ボクは周囲を警戒していた。臆病かもしれないが、その位が丁度いいと新城君に言われていたので自分の部屋以外はそうするようにしていたのだ。

 

 

それなのに、この人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

声を掛けて来たのはタンクトップにジャケットを羽織り、ホットパンツという非常にラフな格好をした少女だった。身体付きは細身なのだが、それは鍛えられているから細くなっているのだと分かる。

 

 

そして今頃になってようやく気が付いたのだが、彼女の顔付きはどこか新城君に似ていた。

 

 

「うん、反応は悪くは無いわね。不知火に鍛えてもらってるだけの事はあるか」

 

「……もしかして、新城君が言ってた人かな?」

 

「そうよ。驚かせてしまって御免なさいね?あの子がそんなことをする人がどんな人なのか気になって、少しだけイタズラしたくなったのよ」

 

 

謝りながらも笑う彼女は、やはり新城君がイタズラをした時のように楽しげに笑っていた。

 

 

「あぁ、そういえば自己紹介していなかったわね?私は月影灯火(つきかげあかり)。気軽に灯火って呼んでくれたら嬉しいわ」

 

 

 






綾辻パッパ、幽体離脱しながらスク水愛好家だとカミングアウト。絢瀬ちゃんの精神を容赦なく削っていく。

最後に登場した人物はよく訓練された読者ならば彼女なのかと考えるだろう。それであっている。感想欄でネタバレにならない程度に話し合ってくれたまえ。


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