修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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選抜戦・9

 

 

観客席に座っていた誰もが何が起きたのか理解出来ていなかった。不知火と刀華が対峙していた、そして閃光が瞬いた瞬間に轟音が響き渡り、リング上から不知火の姿が消えて〝鳴神〟を振り抜いた刀華の姿だけがあった。

 

 

消えた不知火の姿はリングから離れ、観客席を飛び越えた場所に出来上がった不自然な瓦礫の山の中。あの一瞬でここまで吹き飛ばされたのだ。

 

 

何があったのか完全に気がつくことが出来たのは放送席で爆笑している寧音だけ。眼に自信があった一輝でさえ、今の光景を完璧には捉える事は出来ずに大凡の予想しか立てられなかった。

 

 

『うはははッ!!マジかよ!!凄え!!そして不知火だせえ!!』

 

『ちょ、西京先生!!今何があったんですか!?私たち着いていけないんですけど!?』

 

『ん?今のか?一言で言えばとーかの奴が超高速で真っ直ぐに不知火に突っ込んで行ったんだよ』

 

『超高速でって……視認出来ないスピードでですか!?』

 

 

寧音の言ったことは正しかった。刀華がした事はその通りだから。しかし、それだから月夜見を始めとした観客たちはそれが信じられなかった。一瞬だけ光って見えにくかったからとは言え、人間がそんな速度で動けるはずが無いから。

 

 

それを可能にしたのが伐刀絶技(ノウブルアーツ)建御雷神(タケミカヅチ)〟。刀華の能力で前方の空間に磁界を形成し、自分の肉体にも磁力を付与して目の前の磁界に飛び込む……言ってしまえば自分の身体を弾丸としたレールガンと同じだ。その破壊力は不知火が吹き飛ばされた事から強烈だと分かるが、余りにも自身への危険性が高すぎたので完成するまで使用を自ら禁止していた技である。去年の〝七星剣武祭〟では完成が間に合わずに決勝戦で戦った諸星雄大(もろぼしゆうだい)に敗れてしまったが、もしも間に合っていたら自分が優勝していたと確信していた。

 

 

そしてそれが間違いでは無かったと目の前の光景が証明している。未完成時には反動により全身から血が吹き出して筋肉がズタボロになっていたが、完成した今となってはその反動は存在しない。連続で使えと言われれば即座にもう一度撃てる状態。

 

 

一瞬で決着がついたと誰もが考えていた。あんな技をマトモに喰らって戦闘を続行できるはずが無い、そう考えるのはおかしく無い。しかし、リングの上に立つ刀華は抜いた〝鳴神〟を再び鞘に納め、開始時と同じ様に構えていた。

 

 

〝鳴神〟にあった手応えから直撃した事には間違い無い。しかし超高速でブレる景色の中で、不知火が動いているのが見えたのだ。それにあの男が()()()()()()()()()()()()()()

 

 

その考えを肯定する様に、瓦礫の山が()()()()

 

 

燃えるはずの無いコンクリートを薪にする炎は数秒だけ燃え上がり、消えた時には大の字で寝っ転がる不知火の姿があった。

 

 

「初撃必殺とは恐れ入る。それに〝建御雷神〟か……成る程、確かに雷神で剣の神と言われる神の名前に相応しい一撃だな」

 

「ヒッーーー」

 

 

何事も無かったかな様に立ち上がる不知火の姿を見て、近くにいた女生徒が悲鳴をあげた。それはそうだろう。言動こそいつもと変わらない様に振舞っている不知火だが……彼の左腕が()()()()()()()()()()()。肘から先が千切られた様に存在せず、そこから血を流しながらも平然としている姿を見れば誰だって悲鳴をあげるだろう。それを間近で見て取り乱さなかっただけ、その女生徒は凄かったと言える。

 

 

「やっぱり()()()()()()()()

 

「あぁ、完全には避けれなかったけどな」

 

 

超高速でブレる景色の中で刀華が見た光景は間違っていなかった。不知火は〝建御雷神〟の速度に反応し、回避する余裕は無いと判断して左腕を犠牲にする事で心臓に叩き込まれるはずの一撃を防いだのだ。その結果として左腕を無くしてしまったが()()()()()()()()()と納得しながら不知火はリングの上に戻る。

 

 

そしてその頃には左腕から流れる血は止まっていた。左腕を無くした事で流れ出す血が自然に止まるはずが無い。流石の不知火でもそのまま血を流し続ければ危ないと判断して、()()()()()()()()()止血したのだ。これで出血の心配をしなくて済む。

 

 

続きを始めようと思い再び構えようとした不知火だが、観客席から()()()()()()放たれる殺意を感じ取ってそれに反応する。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!!」

 

 

殺意の正体は観客席で試合を見学していたはずのナナだった。試合のことを理解していないのか、不知火のことを傷つけた刀華を敵だと判断したのか、空間が軋む様な殺意を撒き散らしながら刀華に飛びかかろうとしていた。

 

 

まさかの闖入者に驚きながらも、刀華はナナの突貫に備える。幸いにして構えは取っている。このまま自分の間合いに入った瞬間に斬り捨て様と待ち構え、

 

 

「ーーーナナ、ストップだ」

 

 

それは〝鬼灯〟の峰でナナをはたき落した不知火によって防がれた。

 

 

「うぅ……あー!!あー!!」

 

「心配してくれるのは嬉しいんだけど、これはそういうもんだから手出しはダメだ。火乃香と一緒に菓子でも食べて待ってなさい」

 

「あー……うぅ……」

 

「ハイハイ、帰ったら言うこと聞くから」

 

 

納得しきれていないものの、ここにいてはいけないと理解したのかナナは観客席に戻っていった。

 

 

「今の彼女は?」

 

「俺が面倒見てる訳ありの奴でね、俺がやられてると思って飛び出したらしい。ハハッ、可愛い奴め」

 

「まるで獣の様な殺意を叩きつけられたんですけど……」

 

 

身体は真っ先に反撃の備えをしていたが、精神はそれについて行けていなかった。ナナから放たれた殺意は人間の様な理性を感じさせるものではなく、獣を思わせる様な荒々しい殺意だった。もしも不知火が止めていなければ、過程はどうであれ自分はリングの上で肉片になっていた。そう確信させる程の、暴力的な殺意だった。

 

 

「んで、どうする?今なら反則で俺に勝てるぞ?」

 

「馬鹿言わないでください。そんなので貴方に勝ったとしても()()()()()

 

 

ナナの乱入はルールに則れば不知火の反則負けになる。しかしそれを指摘するはずの審判はすでに役割を放棄してリングの上に存在せず、勝敗を決めれるのは不知火と刀華だけ。刀華が不知火の反則を指摘すれば不知火はしょうがないと負けを認めるつもりだったが、他ならぬ刀華がその権利を放棄した。

 

 

彼女が求めているのは自分の力で不知火に勝つこと。反則負けという、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ーーーッ!!」

 

 

ある種の傲慢とも言える勝利への渇望を嗅ぎ取った不知火は思わず身震いしてしまう。残念だ、口惜しい。自分が片思いしていなければ口説きたくなる様な良い女だったから。

 

 

「それじゃあ、仕切り直しといきましょうか」

 

「そうだな」

 

 

刀華の構えは変わらず、しかし不知火は構えを変えた。刃を上に向けて腰を落として半身になる。開始の時の構えが適当に思える程に様になる構えだった。

 

 

さっきまでの不知火は口では言っていたものの、心が乗り気になれていなかった。いくら強くなったとはいえ、過去に踏破した相手に対してそう思うのは仕方ない事。

 

 

しかし、不知火は刀華のことを素晴らしい女だと認識した。なら、本気を出せないにしてもそれに相応しい力で相手をしなければ無礼だと考えたのだ。

 

 

要するに、刀華は不知火のやる気に火をつけたのだ。

 

 

「新城流免許皆伝、新城不知火ーーー推して参る」

 

 

 






健御雷神完全習得の生徒会長。去年だとまだ未完成だったから決勝戦で諸星ニキに負けたけど、今年になって完成したのだ。

去年の七星剣武祭の組み合わせについて説明不足だった事を深くお詫び申し上げます。

ナナちゃんは修羅ヌイのことが大好き!!だから片腕がモギモギされたのを見て飛び出したのも仕方ないね!!なお、修羅ヌイが止めて無かったら生徒会長は愉快なオブジェクトになっていた模様。


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