「なーーー」
一輝の言い放った敗北を否定する言葉と共に不可視の鏃が
殺されると直感的に理解した事により危機察知が高まり、それで察知されてしまったのかと思い、次矢を両腕の肘に向けて放ち、さらに念を入れて一射を弧を描きながら頭部に向かう様に放つ。これで一輝は受ければ死ぬ頭部の矢だけに反応し、貫くのでは無く切り裂く事を意識しながら放たれた矢はこのまま一輝の危機察知能力を掻い潜って両腕を切り落とすはずだった。
「ーーーそこだね」
頭部に向かう矢と両腕に向かう矢。その3本を一輝は
『またか……っ!!』
「無駄だよ、桐原君。もう君の事は完全に捉えた」
満身創痍の状態でありながら、一輝は堂々と立ちながら〝陰鉄〟の切っ先を〝
「……やれやれ、自信無くすなぁ」
〝
「これからの参考にしたいんでどうやって〝
「簡単な事だよ。〝
「相変わらず変態的な観察眼だね」
「真顔で言わないで。割と傷付くから」
冗談の様な言い合いが間に入ったものの静矢の心中は穏やかでは無い。一輝は技術は卓越しているが、それよりも照魔鏡の如き観察眼の方が厄介だと静矢は考えていた。だから〝
「目で見ようとしても捉えられないと分かった。だから、
「は?ーーーいや、いやいやイヤイヤ……おいおいマジかよ!?」
一輝が何が言いたいのか初めは分からなかったが、静矢の天才に分類される頭脳はすぐに答えを弾き出してしまう。それは最も納得出来る答えでありながら最もあり得ない答えであり、静矢は信じたくは無かったがそれしか答えが見つからなかった。
「お前まさかーーー
「正確に言えば、音が消えてるところを探したんだけどね」
静矢の答えを一輝は肯定しながらも訂正する。
反響音による索敵自体は珍しい物ではない。生物でもコウモリやイルカなどが超音波を用いた
しかしそれはあくまでそれに特化した器官を持っているか、それ専用に作られた機械、あるいは五感の一つを失った事による他の感覚の鋭敏化が無ければ不可能である。
だというのに、一輝はその不可能を成し遂げたと言う。正確に言えば、〝
「巫山戯てる……狂ってるよ、お前」
「酷いことを言うなぁ……まぁ、自覚はしてるよ。でも、そうしなければ負けていたんだ。可能か不可能かじゃなくて、やらなければならなかった。おかげで、以前よりも確かに周囲の状態を把握できる様になったよ」
窮地に追い込まれた事による覚醒、そして進化。それまで視界と気配により周囲を認識していた一輝に音という新たな要素が加わった事により、以前よりも更に知覚能力を向上させた。
「
窮地に追い込まれたから覚醒し、進化した?
やらなければならなかったからやってみせた?
何を言っているのか理解が出来ない。
人間の強さと言うのは素質と努力が全てだ。稀に才能による爆発がレベルを大きく引き上げる事もあるが、無能である一輝にはそれは当て嵌まらないはずだった。それなのに彼はそれをやってのけたーーー
それを悟ってしまった静矢が苦々しい顔になるのも仕方がない。そんなものは創作物の中だけで十分だ。それにこの構図では一輝がまるで英雄であり、自分が悪役では無いか。
だがしかし……成る程、一輝が主役というのは妙にあっている。そもそもの前提条件からしても、一輝はその資格を満たしている。英雄の始まりとは不遇が付き纏う。劣悪な環境下で心が折れる事無く、類稀なる意志力を持ってして前へ前へと進み続け、輝かしき伝説を打ち立てるのだ。
そうなれば、静矢の役割は一輝の英雄譚の幕上げを告げる端役と言ったところか。自分よりも格上を知恵と勇気にて打ち破る
理解はした、納得もした。だからと言って、それを認められるかは別問題だ。
英雄譚の幕上げを飾る事を光栄に思いながら踏み台となれ?
英雄が遍くを照らす光となる為の薪となれ?
全くもって御免だ。そんな役割なんぞ、死んでもやりたくない。
そも、一輝に事情があるように静矢にも事情があるのだ。英雄だからという免罪符を掲げられたからと言って、こちらの事情を無視して一輝を優先しろなどと認められるはずがない。
一輝の全身から魔力の光が溢れる。一輝の肉体を貫いていた鏃が、再生する肉に押し出されてリングに落ちる。
この瞬間、〝狩人〟と〝
諦めを否定し続けた〝
勝利を手にするために、一輝はクラウチングスタートを切るように態勢を低くしながら突貫した。奇しくもそれはこの試合の幕開けと同じ展開。しかし、その速度は比較にならない程に速い。
まさかと、もしかするとと、観客席にいた者たちは考えた。このまま一輝が静矢を下して、勝利するのでは無いのかと。
静矢の耳は音を遮断し、目は一輝の姿を捉えない。
その瞬間、静矢が見たのは、そして聞いたのは、彼が負けられない理由だった。
自分の才能を誰よりも信じてくれ、破軍学園に送り出してくれた両親の姿があった。
自分が愛している、そして頑張ってと言ってくれた少女の姿があった。
負けられない理由があった。
敗北を認められない感情があった。
なら、負けてやる道理など存在しない。
英雄譚?上等だ。好き勝手に光り輝いて大衆に夢を見せてやるといい。
ならばこそ、ここの勝ちは譲らない。
その輝きにて勝利への道を照らし出すというのなら、無明の闇に沈めてやろう。
意識が〝狩人〟のものから桐原静矢へと切り替えられる。それと同時に〝朧月〟が分解され、二刀の小太刀に変形する。それを左右の手で一本ずつ握り締め、振り下ろされる〝陰鉄〟の斬撃を交差しながら受け止める。しかしその程度で一輝の文字通りの全力の一撃を止められるはずがない。身体が軋みをあげながら限界を訴えーーーそれにより出てきそうな情けない声を噛み殺しながら魔力を放出する事で拮抗まで持っていく。
「黒鉄君に負けられない理由があるのは理解した。だけど、それはボクも同じだ」
「だろうね。事情までは分からないけど、そんな気はしていたよ」
「あぁ、だからーーー」
「だとしてもーーー」
互いに互いが負けられない理由がある。
勝利への渇望を抱いている。
互いの事情をそれとなく理解していながらも、理解した上で己が勝つと2人は叫んだ。
それにしても静ヤンのセリフが本当に共感出来る。