修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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選抜戦・6

 

 

「なーーー」

 

 

一輝の言い放った敗北を否定する言葉と共に不可視の鏃が()()()()()()。その結果に静矢は瞠目する事になる。闇雲に〝陰鉄〟を振り回して偶々当たったのならばそういうこともあるのかと自己完結して次矢を放っていただろう。しかし一輝が〝陰鉄〟を振るった回数はたったの一度だけ。その一度で迫り来る3本の矢を的確に切り捨てたのだ。

 

 

殺されると直感的に理解した事により危機察知が高まり、それで察知されてしまったのかと思い、次矢を両腕の肘に向けて放ち、さらに念を入れて一射を弧を描きながら頭部に向かう様に放つ。これで一輝は受ければ死ぬ頭部の矢だけに反応し、貫くのでは無く切り裂く事を意識しながら放たれた矢はこのまま一輝の危機察知能力を掻い潜って両腕を切り落とすはずだった。

 

 

「ーーーそこだね」

 

 

頭部に向かう矢と両腕に向かう矢。その3本を一輝は()()()()()()()最低限の体捌きで躱してみせた。目を閉じている上にそもそも不可視であるはずの矢を、まるで見えているかの様に皮一枚で掠る程度に避けてみせる。

 

 

『またか……っ!!』

 

「無駄だよ、桐原君。もう君の事は完全に捉えた」

 

 

満身創痍の状態でありながら、一輝は堂々と立ちながら〝陰鉄〟の切っ先を〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟で隠れている静矢に向ける。ハッタリかと思い数歩ほど今の立ち位置からズレて見たのだが、〝陰鉄〟の切っ先はしっかりと静矢の事を追っていた。一度だけならば偶然だと切り捨てられるのだが、2度も続けば必然である。この瞬間、対人戦最強クラスであるはずの〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟は一輝によって攻略されたと静矢は悟った。

 

 

「……やれやれ、自信無くすなぁ」

 

 

狩人の森(エリア・インビジブル)〟が攻略されて居場所がバレてしまった以上、このまま続けても魔力の無駄になるだけだと判断して静矢は〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟を解除して姿を現した。

 

 

「これからの参考にしたいんでどうやって〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟を攻略したのか教えてくれないかな?」

 

「簡単な事だよ。〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟は間違いなく対人戦最強クラスの伐刀絶技(ノウブルアーツ)だ。どうやっても、看破する事は出来なかった。それで次に僕の観察眼で桐原君の人間性を看破しようと思ったんだけど……凄いね、完全に意識を切り替えてて人間の行動の根幹を司るはずの絶対的価値観(アイデンティティ)さえも完璧に変化していた」

 

「相変わらず変態的な観察眼だね」

 

「真顔で言わないで。割と傷付くから」

 

 

冗談の様な言い合いが間に入ったものの静矢の心中は穏やかでは無い。一輝は技術は卓越しているが、それよりも照魔鏡の如き観察眼の方が厄介だと静矢は考えていた。だから〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟が攻略されるとするならそれによるものでは無いかと予想していたのだが一輝の言葉を信じるのなら違うらしい。

 

 

「目で見ようとしても捉えられないと分かった。だから、()()()()()()()()()()()()()()。幸いな事に、いくら知覚できなくなる程のステルス能力だとはいえ、そこから居なくなるわけじゃない。自分が出してる音は誤魔化せるみたいだけど、流石に周りからの音までは誤魔化せなかったみたいだね」

 

「は?ーーーいや、いやいやイヤイヤ……おいおいマジかよ!?」

 

 

一輝が何が言いたいのか初めは分からなかったが、静矢の天才に分類される頭脳はすぐに答えを弾き出してしまう。それは最も納得出来る答えでありながら最もあり得ない答えであり、静矢は信じたくは無かったがそれしか答えが見つからなかった。

 

 

「お前まさかーーー()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「正確に言えば、音が消えてるところを探したんだけどね」

 

 

静矢の答えを一輝は肯定しながらも訂正する。

 

 

反響音による索敵自体は珍しい物ではない。生物でもコウモリやイルカなどが超音波を用いた反響定位(エコーロケーション)で周囲を探っているし、人間でも機械を用いてソナーという形でそれを使える。あるいは盲目者の様に訓練を積めば精度は落ちるものの同じ様な事を出来るようになる。

 

 

しかしそれはあくまでそれに特化した器官を持っているか、それ専用に作られた機械、あるいは五感の一つを失った事による他の感覚の鋭敏化が無ければ不可能である。

 

 

だというのに、一輝はその不可能を成し遂げたと言う。正確に言えば、〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟の効果によりステルス状態になっている静矢は音を反響しない。だから音が消えている場所に静矢がいると看破していた。

 

 

「巫山戯てる……狂ってるよ、お前」

 

「酷いことを言うなぁ……まぁ、自覚はしてるよ。でも、そうしなければ負けていたんだ。可能か不可能かじゃなくて、やらなければならなかった。おかげで、以前よりも確かに周囲の状態を把握できる様になったよ」

 

 

窮地に追い込まれた事による覚醒、そして進化。それまで視界と気配により周囲を認識していた一輝に音という新たな要素が加わった事により、以前よりも更に知覚能力を向上させた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()……!!」

 

 

窮地に追い込まれたから覚醒し、進化した?

 

やらなければならなかったからやってみせた?

 

何を言っているのか理解が出来ない。

 

 

人間の強さと言うのは素質と努力が全てだ。稀に才能による爆発がレベルを大きく引き上げる事もあるが、無能である一輝にはそれは当て嵌まらないはずだった。それなのに彼はそれをやってのけたーーー()()()()()()()()()、その例外を成し遂げたのだ。

 

 

それを悟ってしまった静矢が苦々しい顔になるのも仕方がない。そんなものは創作物の中だけで十分だ。それにこの構図では一輝がまるで英雄であり、自分が悪役では無いか。

 

 

だがしかし……成る程、一輝が主役というのは妙にあっている。そもそもの前提条件からしても、一輝はその資格を満たしている。英雄の始まりとは不遇が付き纏う。劣悪な環境下で心が折れる事無く、類稀なる意志力を持ってして前へ前へと進み続け、輝かしき伝説を打ち立てるのだ。

 

 

そうなれば、静矢の役割は一輝の英雄譚の幕上げを告げる端役と言ったところか。自分よりも格上を知恵と勇気にて打ち破る格上殺し(ジャイアントキリング)。それを嫌う者などいるはずがない。格下が格上を打ち倒す、それはそれを見ていた者たちに〝もしかしたら自分も〟と希望を抱かせるのだから。

 

 

「ーーーふざけろよ」

 

 

理解はした、納得もした。だからと言って、それを認められるかは別問題だ。

 

 

英雄譚の幕上げを飾る事を光栄に思いながら踏み台となれ?

 

英雄が遍くを照らす光となる為の薪となれ?

 

全くもって御免だ。そんな役割なんぞ、死んでもやりたくない。

 

 

そも、一輝に事情があるように静矢にも事情があるのだ。英雄だからという免罪符を掲げられたからと言って、こちらの事情を無視して一輝を優先しろなどと認められるはずがない。

 

 

「さぁーーー勝負だ、桐原君(〝一刀修羅〟)

 

 

一輝の全身から魔力の光が溢れる。一輝の肉体を貫いていた鏃が、再生する肉に押し出されてリングに落ちる。伐刀絶技(ノウブルアーツ)〝一刀修羅〟。諦めを否定し続けた一輝が得た、一分間限り最強に至る絶技。〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟のステルスが剥がされた以上、静矢は姿を晒して戦うしかない。これまで静矢が一輝に優位に立てていたのは〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟のステルスがあったからこそ。一輝の眼と現在の身体能力を持ってすれば、距離によるアドバンテージなど無意味になり容易く潰される。

 

 

この瞬間、〝狩人〟と〝落第騎士(ワーストワン)〟の優劣は逆転した。

 

諦めを否定し続けた〝落第騎士(ワーストワン)〟が、存在しなかったはずの勝機を掴んだ。

 

 

勝利を手にするために、一輝はクラウチングスタートを切るように態勢を低くしながら突貫した。奇しくもそれはこの試合の幕開けと同じ展開。しかし、その速度は比較にならない程に速い。

 

 

まさかと、もしかするとと、観客席にいた者たちは考えた。このまま一輝が静矢を下して、勝利するのでは無いのかと。

 

 

「ーーー」

 

 

静矢の耳は音を遮断し、目は一輝の姿を捉えない。

 

 

「ーーーあ」

 

 

その瞬間、静矢が見たのは、そして聞いたのは、彼が負けられない理由だった。

 

 

自分の才能を誰よりも信じてくれ、破軍学園に送り出してくれた両親の姿があった。

 

 

「ーーーああ」

 

 

自分が愛している、そして頑張ってと言ってくれた少女の姿があった。

 

 

『静矢、くん』

 

「ーーーあぁ、そうだったね……出雲」

 

 

負けられない理由があった。

 

敗北を認められない感情があった。

 

なら、負けてやる道理など存在しない。

 

 

英雄譚?上等だ。好き勝手に光り輝いて大衆に夢を見せてやるといい。

 

 

ならばこそ、ここの勝ちは譲らない。

 

 

その輝きにて勝利への道を照らし出すというのなら、無明の闇に沈めてやろう。

 

 

意識が〝狩人〟のものから桐原静矢へと切り替えられる。それと同時に〝朧月〟が分解され、二刀の小太刀に変形する。それを左右の手で一本ずつ握り締め、振り下ろされる〝陰鉄〟の斬撃を交差しながら受け止める。しかしその程度で一輝の文字通りの全力の一撃を止められるはずがない。身体が軋みをあげながら限界を訴えーーーそれにより出てきそうな情けない声を噛み殺しながら魔力を放出する事で拮抗まで持っていく。

 

 

「黒鉄君に負けられない理由があるのは理解した。だけど、それはボクも同じだ」

 

「だろうね。事情までは分からないけど、そんな気はしていたよ」

 

「あぁ、だからーーー」

 

「だとしてもーーー」

 

 

互いに互いが負けられない理由がある。

 

勝利への渇望を抱いている。

 

 

「〝勝つ〟のは、僕だーーーッ!!」

 

「〝勝つ〟のは、ボクだーーーッ!!」

 

 

互いの事情をそれとなく理解していながらも、理解した上で己が勝つと2人は叫んだ。

 

 

 





狩人の森(エリア・インビジブル)はステルスするだけでいる事には変わらないのだから、ソナー的な事で居場所を探れるんじゃね?って考えた。Wiki見ても詳しく書いてないからここは捏造、あるいはオリジナルって事で。文句があるなら感想で。


それにしても静ヤンのセリフが本当に共感出来る。


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