修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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模擬戦・5

 

 

試合の開始から20分程経過した。そして現在の光景は誰もが予想していた通りのものであり、それと同時に誰もの予想を超えた光景だった。

 

 

リングの上に立っているのは一輝のみ。しかしその姿は凄惨だった。身体を支える二本の足に、〝陰鉄〟を待つ二本の腕に、背中に、腹に、夥しい数の矢が刺さっている。

 

 

狩人の森(エリア・インビジブル)〟で姿を消されてしまえば今の一輝では対処する手立ては無い。唯一可能性があるとするのなら、不可視では無い矢の放たれた方向から静矢の位置を割り出す事だったのだが、不知火に少なからず影響されている静矢がいつまでも同じ段階で停滞している理由は無い。

 

 

狩人の森(エリア・インビジブル)〟の進化。静矢本人だけではなく、矢までも知覚されないように出来るようになったのだ。

 

 

姿も見えず、空を切る音も聞こえない矢を回避する事は不可能。致命傷だけは本能による危機感知により何とか避ける事は出来るのだが、静矢はそれを理解すると致命傷にならない部位を狙い始めた。

 

 

先ずは機動力を削ぐために足を、

 

次に武器を握る手を、

 

それから時折前後から狙いやすい胴体を、

 

どれもが致命傷にならない様に細心の注意を払われながら一輝の身体を貫いていた。

 

 

これはもはや〝試合〟では無くて〝狩り〟だった。一撃で仕留めることが出来ないのであれば少しずつ弱らせれば良いという合理的な考えの元で行われる攻撃。どれだけ一輝が強靭な精神力を持っていようが静矢には関係が無い。ただ淡々と、自分の優位を確保したままで一輝を弱らせるだけの()()だった。

 

 

半数の良識のある者たちはこの光景から目をそらす。彼らが目にしたいのは魔導騎士同士の戦いであり、こんな公開処刑の様な作業では無いのだから。

 

 

しかし他の者たちはこの光景をまるで娯楽を見ているかのように楽しんでいた。彼らはEランクやDランクの〝伐刀者(ブレイザー)〟。常に上を見上げる存在で、高みにいる天才と呼ばれる者たちの活躍を見て羨む者たち。そんな彼らにとってFランクである一輝の存在は数少ない自分よりも下に位置する存在……つまり、見下げる事が出来る存在だから。

 

 

Fランクで留年している黒鉄一輝がCランクで〝七星剣武祭〟に出場している桐原静矢に敵うはずが無いーーーそう思う事で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。上の存在に敵わないから諦めた自分たちは間違っていないという()()()()()()()()()()()()()

 

 

そういう意味でこの公開処刑の様な光景は彼らが待ち望んでいたもの。Cランクである静矢に歓声をあげながら、Fランクである一輝の愚行を馬鹿にして笑い、自分たちは間違っていないと安心する。それは前理事長の残した悪影響であった。不知火が去年にやらかしていなければ、半数では無くて殆どの人間が一輝の事を嘲笑っていたかもしれない。そう考えれば不知火がやった事は無駄では無かったと言える。

 

 

『……まだ諦めないのかい?良い加減、自分の負けを認めるべきだと思うのだけど』

 

 

狩人の森(エリア・インビジブル)〟で隠れながら〝狩人〟は意識を切り替えて静矢として一輝に話しかけた。勝機なんてものは影すら見えない、勝ち目なんて存在しないこの状況にまで一輝の事を追い込んだ。もう諦めても良いだろうと憐れみを込めて問いかける。

 

 

そう、静矢は一輝の事を憐れんでいる。ここまで一度も膝を折る事なく、〝固有霊装(デバイス)〟を手放す事なく立ち続けていられる精神力の強さは素直に賞賛出来るものとして認めている。しかしこんな状況になろうとも、一輝はまだ勝利を諦めていない。勝ち目が無いことを理解していながら、勝利を掴もうとしている。その諦めの悪さは苛だたしいを通り越して憐憫という感情しか出てこない。

 

 

ここで折れれば楽になれる。彼の戦歴に黒星が一つつくことになり、七星剣武祭の代表になることが難しくなるだろうが、それでもこの状況から勝利をもぎ取るよりも楽なのは間違いない。

 

 

たった一度だけ敗北を認めればまだ望みがある。だというのに、

 

 

「まだ、だぁ……ッ!!」

 

 

一輝はその敗北を否定する。身体を貫いている矢が伝える激痛に耐えながら、力が抜けそうになっている四肢に力を入れて倒れることを拒否する。一輝の目はまだ勝利を諦めていない。ここからの勝利を成し遂げようと闘志を雄々しく燃やしている。

 

 

『ーーーあぁ、吐き気がする』

 

 

一輝にとって諦めることが何を意味し、何故そこまで諦めることをしないのかは静矢には分からない。しかし、それが静矢にとってしてみれば気持ち悪くて仕方が無かった。

 

 

人間に限らず生物というのは本能的に楽を求める。それは言い換えれば効率的に生きようとする事。どんな生物であろうと僅かにしか得ることの出来ない餌場よりも、より多くが得られる餌場の方を望む。より少ない労力でより多くの利益(メリット)を、それは愚行だと糾弾する事なんて誰もしない。一輝の場合では当然だと多くの人間から嘲笑われる事になるかもしれないが、真実彼の事を理解してくれる人間が支えてくれるに違いない。

 

 

だというのに、一輝はそうはしないのだ。楽をする事は許さないとでも言いたげに、どこまでも困難に溢れた選択肢を選んでいる。あの不知火でさえ、そういう側面は持ち合わせているものの基本的には効率的に生きようとしている。不知火の全てが異常だと言えるのなら、一輝は諦めの悪さに関しては不知火を超えるほどの異常だと言えた。

 

 

だからこそ、一輝の事が気持ち悪くて仕方がない。不知火は異常でありながらもまだ人間性を持っていた。しかし一輝の有様をみれば不知火でさえ持っていた人間性が希薄過ぎるのだ。まるで人の形をした何かにしか見えない。不知火はこんな一輝の姿を素晴らしいと賞賛するだろうが、静矢からしてみればこれはタチの悪い毒としか思えない。

 

 

例えば誰かが一輝の姿に憧れて、彼の生き様を真似たとしよう。その先にあるのは地獄だけだから。

 

 

救いなのはその異常性を一輝が完全には理解しきっていない事だろう。自分の本質がとんでもない物だったなんて気がついてしまえば、いかに強靭な精神を持っていたとしてもどうなるのか分からない。

 

 

『もう良い、終われよ。君はこれを不幸だと思うかもしれないけど、紛れもなくこれは君にとっての幸運なんだからさ』

 

 

故に桐原静矢は精神を〝狩人〟に切り替えて矢を番う。試合を始める時にはトドメは幻想形態でと思っていたが、それを止めた。ここで確実に殺してやる事を決意する。仮に幻想形態で倒して心が折れるのならそうしただろう。しかしこれまでの一輝を知っている静矢は一輝がその程度のことで心が折れない事を知っている。生かして地獄の様な人生を送らせるよりも、ここで殺した方が周囲の為……そして何よりも一輝本人のためになると判断しての事だった。

 

 

放たれた矢は全てがステルス迷彩が施されていて不可視。さらに一本だけではなく脳天、喉、鳩尾の急所三箇所を狙う3本。仮に生存本能による危機察知で回避か防御が成功したとしても、それを見越してその瞬間に次矢を放つ準備はしてある。

 

 

対抗手段を持たない一輝にこの必殺を回避する事は不可能。

 

 

〝狩人〟の手のひらから逃れることは出来ず、獲物である〝落第騎士(ワーストワン)〟は敗北してその命を落とすーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーまだだ」

 

 

 






一輝ってホント異常だって話。原作だと周囲にいるのは一輝の事を叱咤しながらも肯定してたけど、その精神性を異常だって真っ正面から否定する奴だっていても良いと思うの。

修羅ヌイ?あれはもう手遅れだから。


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