修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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選抜戦・4

 

 

主役である一輝と静矢が現れた瞬間、騒めきが支配していた訓練場を歓声が包み込んだ。

 

 

静矢への声援、そして罵倒。それは静矢の実力を知っているものからの賞賛と、静矢の戦い方が気にくわないからと投げられられる負け惜しみ。

 

一輝への罵倒、そして声援。それは一輝の事をランクだけで判断する人間の心無い声と、一輝の実力を理解しているものからの応援。

 

 

落第騎士(ワーストワン)〟と〝狩人〟の対決がここに実現しようとしていた。

 

 

「逃げずに来るとはね……ボクとしては逃げてくれた方が楽で良かったんだけど」

 

「僕も〝七星剣武祭〟の出場を……ううん、その先を目指しているんだから、逃げるだなんてしないよ」

 

 

選手説明のアナウンスの声も聞こえない程に2人は目の前の敵に集中していた。前もって相手の事は互いに知っていたが、実際に対峙してみて油断出来る相手では無いと再確認したのだ。

 

 

一輝の熱量を伴った剣の様に鋭い気迫が静矢の首に向けられる。

 

静矢の冷気を伴った矢の様に鋭い気迫が一輝の心臓に向けられる。

 

 

試合開始の合図はまだ掛けられていないというのに、目をそらせばそのまま仕掛けてきそうな相手の様子を見せられれば目をそらすなんて事は出来ない。全神経を眼前の敵に向けながら、試合の審判を務める教員が指示するよりも先に2人は〝固有霊装(デバイス)〟を顕現する。

 

 

一輝の〝陰鉄〟の刃は震えていた。今まで待ち続けていたチャンスがようやく訪れたのだ。魂を具現化した装備である〝固有霊装(デバイス)〟が一輝の精神状態を反映していてもおかしくは無い。

 

 

対する静矢の〝朧月(おぼろづき)〟は静かだった。いつも通りに勝てる戦いでは無いというのは理解している。負ける可能性はあるが、勝つ可能性もあるのだ。故に負ける可能性を全て排除し、勝ちを掴む。いつもの()()()()()()()()と理解しているのでいつも通りに冷静であるだけだ。

 

 

高まる緊張感。それまで行われた戦いとは違う戦いになると感じ取ったのか、観客席から投げかけられる声は段々と小さくなり、やがては大勢の人間がいるというのに息遣いさえ聞こえそうな程の静寂に包まれる。

 

 

そしてその緊張が限界まで高まった瞬間ーーー

 

 

試合開始(LET's GO AHEAD)ーーー!!」

 

 

教員の声が響き渡り、試合が開始された。

 

 

それと同時に2人は行動を開始する。一輝は全力で静矢に向かって突貫し、静矢はそれとは反対に一輝から距離を取ろうと後退する。

 

 

この試合の鍵となるのは静矢の伐刀絶技(ノウブルアーツ)の〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟の存在。発動すれば静矢が止めるまで魔力が続く限り静矢の存在を隠蔽するステルス能力。姿は肉眼では確認することが出来ず、気配や匂いまでも隠し通す。見えないだけで存在はしているので広範囲への攻撃を持っている〝伐刀者(ブレイザー)〟には相性が悪いのだが、それを差し引いても対人戦最強と評することが出来る能力である。

 

 

発動させてしまえば広範囲への攻撃手段を持たない一輝には打つ手が無くなってしまうーーーならば、()()()()()()()()()()と一輝は答えを出した。過去の静矢の試合の映像を何度も見続けた結果、〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟は試合開始と同時に発動する訳ではなくて数秒の間を空けて発動されていた。だから一輝は〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟が発動するよりも先に自分の距離へと飛び込んでいく事を選んだ。

 

 

そして〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟唯一の弱点とも言える欠点の存在を静矢は知っている。自分の技なのだから当然だと言える。だからこそ静矢は発動までの時間を稼ぐ為に一輝から距離を置こうとする。開始の対峙していた距離ではダメだ。あれだけの間合いならば一輝の技量であれば一息の間で詰めることが出来てしまう。最低でもリングの端から端くらいの距離が無ければ安心して発動させる事は出来ない。

 

 

〝朧月〟に魔力で構成された矢を番い、ロクに狙いも定めずに大まかな当たりを付けて放つ。早撃ちは一射だけに留まらない。番い、放つまでの動作は瞬きの間。苦し紛れに放たれたとは思えない一射は的確に一輝の心臓に目掛けて放たれーーー不意も打てていないその一射は〝陰鉄〟によって弾かれる。

 

 

後ろに飛び退きながらという不安定な状態で、静矢は狙いも定めずに極自然に一輝の急所を、行動をする為に必要な足を狙う。その動作を当たり前の様に行えるのは静矢が天才だから。才能という助走を持ってして、他者よりも優れた結果を出す。他者が鍛錬を積まねば出来ない様な事を、静矢は平然と出来るからという理由でやってのける。

 

 

静矢からの容赦ない攻撃を一輝は全て払いのけながら静矢へと近づいていく。〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟が発動している状態で、どこから来るのか分からないのならまだしも、肉眼で放つ瞬間を確認出来ているのならば一輝の眼は矢を捉え、一輝の身体はそれを払いのける為に動くことが出来る。

 

 

そして静矢が逃げて一輝がそれを追う。今のところの2人の速度は同じ。しかしリングという限られた範囲に閉じ込められている以上、有利なのは一輝の方で、いずれ静矢の逃げ場が無くなって追いつかれる未来が待っている。

 

 

その事に静矢が気が付かない訳がない。故に、追い詰められるよりも先にアクションを起こす。

 

 

頭上注意だ(〝驟雨烈光閃〟)ーーー!!」

 

 

一輝では無くて上空に向けて放った矢は天井に刺さる事なく上空で止まり、そのまま爆発して雨の如くリングへと降り注ぐ。

 

 

驟雨烈光閃(ミリオンレイン)〟、広範囲へと無差別に矢を降らせる伐刀絶技(ノウブルアーツ)。一輝も、そして使用者でもある静矢本人も巻き込みながら矢の数は実に()()()。流石にそれを見ずに避ける事は出来ないとある矢は避け、ある矢は〝陰鉄〟で捌く事で一輝は矢の雨をやり過ごすことを強制される。

 

 

矢の雨が止んだ時にはその影響でリングは砕けてまともな足場は存在せずに、砂埃が舞い上がっていた。視界が悪くなっているのでその場からは動かずに不意打ちへの警戒をしーーーそしてここに来て、一輝は静矢の手の上で踊っていた事に気付く。

 

 

「使われちゃったか……」

 

『そうだよ。全く、自爆覚悟で〝驟雨烈光閃(ミリオンレイン)〟を使わされるとは思わなかったよ』

 

 

砂埃が治って視界が回復した時にはリングの上にいるのは一輝ただ1人だけで、静矢の姿はそこには無かった。しかし、静矢の涙まじりの声だけは距離も方向も分からぬままに聞こえて来る。

 

 

驟雨烈光閃(ミリオンレイン)〟は囮に過ぎず、あくまでも本命は静矢の代名詞とも言える対人戦最強の伐刀絶技(ノウブルアーツ)狩人の森(エリア・インビジブル)〟。一輝が〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟をすでに攻略しているのではないかと考えていた静矢だったが、開幕の突貫を見て一輝は〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟を攻略していない事を看破した。

 

 

攻略しているのならば突貫なんてせずに〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟を使わせれば良い。そうして優位に立っていると誤認させ、油断しているところを突く。自分ならばそうしている。そうしないという事は〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟はまだ攻略されていない。

 

 

だから、静矢は自分も巻き添えを食らう覚悟で〝驟雨烈光閃(ミリオンレイン)〟を使った。リスクはあるが、それ以上のリターンがあるから。その背に自分の放った魔力の矢が突き刺さり、その痛みで思わず涙が出そうになったがそれを堪える。

 

 

嫌いな痛みと引き換えに、一輝に対する絶対的な優位を得ることが出来たから。

 

 

『攻略法が見つかっていないのなら、降参する事をオススメするけど……黒鉄君の事だからしないんだろうね』

 

「勿論」

 

 

静矢の姿を、現在の位置を理解していないというのに一輝は〝陰鉄〟を構えて戦う意思を見せている。

 

 

間違いなく苦境なのだろう。勝機が欠片として存在しない絶体絶命、敗北の瀬戸際ーーーしかし、まだ負けていない。自分の憧れた、目指している英雄(あの人)なら、こんな状況でも勝つに決まっている。

 

 

だから、自分も諦めない。敗北を認めず、欠片として存在しない勝機を掴むために全神経を集中させる。

 

 

『そうーーーなら、精々頑張ってくれ』

 

 

その瞬間から静矢の意識が桐原静矢から〝狩人〟へと切り替わった。

 

 

 






一輝VS静ヤン戦、4話目にしてようやく開幕。

勝負の鍵になるのはやっぱり〝狩人の森〟。一流以上のアサシンでやっと出来そうな事を、能力だからといって簡単に使用できるのはやっぱりチートだと思う。

使わせなければ良いんだけど、そうするって事攻略法が見つかってないって自白している様なもので、静ヤンはそれに気が付いたから自爆しながら使ったって。


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