修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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選抜戦・3

中学一年生の入学式、ボクはきっとこの日の事を永遠に忘れる事はないだろう。

 

 

この頃のボクは有り体に言えば天狗になっていた。〝伐刀者(ブレイザー)〟としてのランクはCランクだったが、ボクは天才と呼ばれる類の人間だったから。家の者からも、周囲からも、誰もがボクの事を天才だと言って持ち上げてるから、その頃のボクはその言葉を受け止めて自分が特別な人間なんだと思い込んでしまっていた。

 

 

『初めまして、お隣さん。俺は新城不知火って言うんだ。宜しくな』

 

 

入学式後の教室で、ボクの隣に座っていた彼がそう言って笑いかけて来た。出来る限り柔らかい笑みを浮かべて敵意のない事を伝えようとしているが、生半可に才能のあったボクは不知火を一目見ただけで彼の人間性に気がついてしまった。

 

 

なんだ、この人間は?

 

こんな人間が存在していいのか?

 

 

一目見ただけで、彼が異常の枠に分類される類の人間だと分かってしまった。だけど、何よりも恐ろしかったのは彼自身がその事を理解していて、それを隠しながら社会に溶け込んでいる事だった。現代の社会は彼の様な、殺し合いを肯定する人間にとっては住みにくいのだろう。もしも今が戦国時代ならば、彼は英雄として崇められていた事に違いない。息をしないで全力疾走をしている様な、そんな息苦しさがあるはず。だと言うのに彼は本当の自分を隠しながらなんでもない様に笑っていた。

 

 

それが途轍もなく怖かった。

 

 

だから訊ねた。どうしてこんなところにいるのかと、どうしてそんな風に生きていられるのかと。

 

 

『気がついたのか?良い観察眼してるじゃないか……あぁいや、辱めてる訳じゃないから?自分の異常性なんそ、一番に把握してる。俺が現代社会における異分子だってこともしっかりと理解しているぞ?でもさ、だからと言って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。郷に入っては郷に従え。現代社会に生まれたからには現代社会の掟に従って生きる、ただそれだけの話だ』

 

『それにな、俺はただ我慢してるだけだぞ?いつかきっと抑えきれなくなって爆発する。俺は俺の異常性を把握して、それは現代社会じゃ害悪だってしっかり理解してるけどそれとこれとは別問題なんだよ』

 

 

確かに、彼は異常だった。その異常性を理解していながら、現代社会で生きる事を選んだ人間だった。ボクとは比べ物にならないくらいに心の強い人だった。

 

 

今でも本音を言えば彼の事は怖いと思っている。だけど、それと同じくらいに尊敬もしている。彼のストイックでありながら、それでいて楽しむ事を忘れない自由な生き方に憧れている。だからと言って、彼の様になりたいわけではないが。

 

 

その日からボクは自分のことを少しだけ見直す事にした。全力を尽くすわけでは無いが慢心はせず、自分の能力をしっかりと把握して出来る事と出来ない事の見極めを忘れない。人として当たり前に出来る事を当たり前の様にやる。単純な事だったのだが以前のボクはその当たり前の事すらしていなかった。不知火と出会わなければ、その当たり前の事をせずに天才と呼ばれたまま天狗になっていたに違いない。

 

 

不知火という異常な人間を見て気付かされたのだ。

 

所詮、桐原静矢という人間はどこにでもいる平凡な天才に過ぎなかったのだと。

 

 

不知火と知り合ってからの中学生時代は平穏に終わりを告げ、その時から今まで付き合っている彼女と一緒に3人で破軍学園に進学する事にした。不知火はそろそろ我慢が出来なくなって爆発するだろう。その時が来たら高みから見物させてもらおうと思っていた。

 

 

しかし、破軍学園に進学して目にしたのは最悪だった。

 

 

誰もがランク至上主義か能力至上主義で、ステータスや能力の優劣だけで全てを決めてしまっていた。実戦で戦えば強いだろうEランクの〝伐刀者(ブレイザー)〟が、Eランクだからという理由で虐められている現場に遭遇した事だってある。プラスの側面もマイナスの側面も、どちらの人間性も肯定している不知火だが、あしを引っ張ることだけは嫌っていた。そんな彼からすれば、破軍という場所は自分が望んでいた場所だと信じていたから余計にショックだったに違いない。

 

 

事実、不知火は全学年に喧嘩を売って、その全てをたたき伏せるという大事件をやってくれた。

 

 

その結果、不知火は学園から無期限の停学処分を受けて実家に帰って言った。彼が学園を去る間際に、ボクとは違う友人の事を頼まれたので引き受ける事にした。その友人は公表されている〝伐刀者(ブレイザー)〟のランクが最低値のFランクだった。しかし、その事を理解していながらも諦めずに目標に向かって努力するだけの強さを持っていた。なるほど、彼の好きそうなタイプの人間だと納得しながら、ボクは彼を虐めから守る為に、ボクが彼の事を虐めることにした。

 

 

能力至上主義により対人戦に特化していた能力を持っていたボクは周囲から一目置かれていた。一年生にして〝七星剣武祭〟の出場選手に選ばれた事も大きかったのだろうが、誰もボクの機嫌を損ねる様な事はしたくなかった。だからボクが彼を虐めているというポーズを取ることで、他の奴が彼の事を虐められない様にした。

 

 

それが功を称したのかは分からないが、少なくとも表立って彼の事を虐めている生徒は見当たらなかった。陰口なんかは流石に止められなかったが、不知火が気に入っている人間ならば耐えられると思って敢えて止まる様な事はしなかった。

 

 

不知火の友人ーーー黒鉄一輝もまた、ボクは異常な人間だと見ている。

 

 

Fランクで、実家から妨害されていて、周囲に認めてもらえない。ボクなら……いや、マトモな感性の人間ならば絶対に心が折れて諦めてしまう様な劣悪な環境の中にありながらも彼は折れる事なく、歯を食いしばって耐えていた。それを異常と言わずしてなんと言うのか。心が強いなんて言葉では説明が出来ない。不知火程ではないが、彼も異常な人間である事には変わらなかった。

 

 

そして前理事長が解雇され、新宮寺理事長が新たな理事長として就任した事で行われる〝七星剣武祭〟の出場選手を決めるための選抜戦で、彼と戦う事になった。

 

 

「怖い、の?」

 

「正直に言わせてもらえばね」

 

 

選抜戦に出場する選手の為に用意された控え室。そこで彼女である鈴宮出雲(すずみやいずも)に膝枕をして貰いながら、ボクは本心をぶっちゃけていた。

 

 

「異常筆頭の不知火、あいつほどじゃないけど十分に異常の枠に入ってる黒鉄君が相手なんだ。ボクの自慢の〝狩人の森(エリア・インビジブル)〟が攻略される可能性だってゼロじゃない。もしかするともう攻略されているかもしれない。そうなったらボクは負けるからね。流石に天才のボクとは言え、畑違いの接近戦なんて修める程度にしか嗜んでないし」

 

 

痛いのは嫌だ、怖いのは嫌だ。本音を言えば今すぐにでも棄権してしまいたい。勝てる勝負にだけ出て、負ける勝負には出ないといういつも通りのスタンスでやり過ごしたいと思っている。

 

 

だけど、今回に限ってはそうは出来ない。

 

 

桐原の家……ボクの両親から黒鉄君に勝利しろという指示を出されたのだ。恐らくは黒鉄君の事を認めていない黒鉄の本家が圧力を掛けて、それにボクの家が屈したのだろう。前理事長ならば二つ返事で引き受けていたのだろうが、新宮寺理事長はそういう事を嫌う人間だ。だから学園から直接では無く、生徒を仕向ける事で黒鉄君を魔導騎士にさせない様にしている。

 

 

それに逆らうことなんて出来ない。棄権なんてしてしまえば様々な方面に影響力を持っている黒鉄の本家により、ボクの実家が潰されるかもしれないから……いや、それだけならまだマシだ。もしかすると出雲の家にも被害が及ぶかもしれない。所詮は妄想、可能性の話でしかない。しかし、可能性が欠片でも存在している以上、ボクに黒鉄君と戦う以外の選択肢は存在しなかった。

 

 

「頑張っ、て」

 

「……ありがとう」

 

 

出雲はボクの事情なんて知らない。純粋にボクの事だけを案じて応援してくれている。その事が少しだけ苦しくて……でも、それ以上にボクに勇気を与えてくれた。

 

 

『一年、黒鉄一輝君。二年、桐原静矢君。試合の時間になりましたので入場してください』

 

「よし、それじゃあ行ってくるよ」

 

「行って、らっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 

表面上は穏やかに出雲の見送りに返事を返しながら控え室から出る。黒鉄君にも事情がある事は理解している。だけど、こちらにも負けられない理由がある。

 

 

心に火を灯し、それでいて頭は冷ます。心臓から送り出された熱い血液が、身体中を巡るうちに冷えて頭を冷ます。

 

 

「〝勝つ〟のは、ボクだ」

 

 

黒鉄君の目標を奪う事になろうとも、彼女を守ってみせると自己暗示の様に決意表明を口にした。

 

 

 





選抜戦とタイトルを入れておきながらも、3話かけてまだ試合を始めていないクソの様な作者がいるらしい。

罵倒カモーン(ヤケクソ

中学生時代に修羅ヌイと出会った事で心がへし折られて、自分はただの天才なんだと理解したのが魔改造静ヤン。なんと彼女持ちだぞ!!だからショッピングモールの時には原作の様にガールフレンドたちを引き連れておらず、彼女と普通にデートを楽しんでました。


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