修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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選抜戦

 

 

解放軍(リベリオン)〟の襲来の翌日の早朝。まだ日が登り切っておらず、若干薄暗い時間帯で俺は木刀を持った綾辻と対峙していた。綾辻の構えは正眼。オーソドックスな構えで在り来たりだと言えるかもしれないが、それは正眼の構えがそれだけ幅広く、様々な状況に対応出来る事の証左である。

 

 

肩幅程度に開かれた足からも、木刀を握る手からも必要最低限の力だけしか込められていないのが目に見えてわかる。動かす時に力を入れるのは当然なのだが、止まっている時から力を入れればそれだけ動きは鈍くなる。初速からハイスピードで動こうと思えば力は最低限で良いのだ。綾辻の鍛錬に付き合った初日には緊張していたのか目に見えて分かるくらいに力が入っていたのだが、火乃香との試合でそれは自分の動きの邪魔になると分かったらしい。

 

 

そして合図も掛け声も無しに綾辻が切り掛って来た。それを咎めるような阿呆はこの場にはいない。試合、模擬戦ならば必要になるそれだが、実戦になれば用意ドンの合図なんて物は存在しないのだから。最初の頃は戸惑っていたが、実戦形式での試合を繰り返して来た綾辻は今では素直に初手から斬りかかれるようになっていた。

 

 

綾辻の斬撃をひたすら片手で持った木刀で受け止める。渾身と言うほどには力は込められていないものの俺を倒すつもりで放った一撃をあっさりと受け止められながらも綾辻は剣を振るう手を止めない。全くブレることなく振るわれる剣を見るだけで綾辻がどれだけ剣を振るって来たのかが伺える。

 

 

基礎とは即ち土台だ。磨き上げ、積み重ねて、流した汗の量だけ安定した骨子を作り上げる。基礎を固めずに有りとあらゆる剣術の秘奥を納めた超絶天才の世界最強剣士と、才能に恵まれずにひたすら剣を振り続けた凡百の剣士のどちらが怖いかと聞かれれば、俺は迷う事なく後者の方が怖いと即答する。前者はいかに最強であろうとも基礎を疎かにしているので土台が脆い。初めのうちは嬉々として見せつけるように秘奥を矢継ぎ早に放つのだろうが、そのどれもが通じないと分かると勝手に自滅するのが目に見えている。対する後者はただ基礎だけを磨き上げてきた分だけ土台が安定している。秘奥が使えず、奇をてらった攻撃など思い付かず、ただ自分が振ってきた剣だけを愚直なまでに繰り出すのだろうが、何度防がれようとも、自分の剣が通じなくても、折れる事なく剣を振るってくる。

 

 

その点で言えば綾辻は後者の人間だった。〝伐刀者(ブレイザー)〟というのは武術も習うが大多数が能力の方を伸ばそうとしている。能力に何かしらの問題がある等の例外でなければそうした方が強くなれると認識されているからだ。その点に関しては文句は無い。例え人間で出来ることを極めた真人間であろうとも、物理法則を無視して能力を使う〝伐刀者(ブレイザー)〟には勝てないと漣の歴史から経験している。だというのに綾辻は能力よりも剣術に重点を置いている例外だった。なんでも綾辻の父親は非〝伐刀者(ブレイザー)〟の剣客だったらしく、その影響から能力よりも剣術を磨きたいと言っていた。

 

 

本音を言えば能力も剣術もどちらも磨いて欲しい。天から与えられた才能と、父親から貰った剣術、その2つはどちらも大切な物なのだから。俺の場合は漣の血というインチキがあったので能力を磨く事に集中出来た。どちらも磨くのは困難な事だと分かっているが、綾辻の様な人間にこそ、どちらも磨いて欲しかった。

 

 

体感で100ほど打ち込んで来た。流石に一方的にここまで打ち込めば疲れは出てくるが、それでも綾辻の剣はブレずに鈍らない。倒れるまで試合を続けるという馬鹿げた方法により、疲れた身体でどうすれば効率的に剣を振るえるのかが身体に染み付いているからだ。ほとんどの人間が素振りを疲れたら止めてしまうがそれは間違っている。疲れている状態でこそ素振りをして、疲れている時の剣の振り方を身につけるべきなのだ。そうしなければ戦っている最中に疲れにより剣がブレて鈍くなってしまうから。

 

 

まだ綾辻の鍛錬に付き合ってから二週間程度なのだが効果が出ていることを確認し、綾辻の木刀を弾くことで攻勢に転じる。剣速は綾辻が振るう物よりもやや速い程度。俺が本気で振ってしまえば、綾辻はマトモに反応することが出来ないから。初めは不服そうにしていた綾辻だったが、俺が本気で振った剣を見たら無言で首を振って肯定してくれたのは記憶に新しい。

 

 

首、鳩尾、肝臓などなどの人体の急所に目掛けて打ち込まれる剣閃を綾辻は危うげなく防ぎながらそれに対するカウンターを放ってくる。綾辻が父親から習った剣……〝綾辻一刀流〟は後の先を取りに行く受けの剣術。自分から攻めるのではなくて相手に攻めさせ、それを受け流しながらカウンターを決める。同格を相手にするのなら、回避不能の必殺になるだろうカウンターは受け止め、流し、放つまでの一連の動作が淀みなく行われる。

 

 

そのカウンターの練度を内心で賞賛しながら、空いている左手でそのカウンターを殴って防ぐ。

 

 

剣を使うから剣しか使ってはいけないという道理は無い。隙があるのなら、必要があるのなら殴りもするし蹴りもするのが普通なのだ。漣の血はそうだと叫んでいるし、オヤジもそれを苦笑いしながらだが肯定してくれた。真っ当な剣士からすれば邪道だと指を指されそうなのだが、これが俺なのだから仕方がない。

 

 

「よし、今日はこのくらいにしておくか」

 

 

喉に目掛けて放たれた刺突を殴って防ぎ、同時に綾辻の手から木刀を弾きとばすことで手放させる。近くに置いていた水の入ったペットボトルを綾辻に差し出したら、彼女はそれをひったくる様にして受け取ってゴクゴクと勢い良く飲みだした。

 

 

「ぷは〜!!生き返るぅ〜!!」

 

「俺から見てだけど中々良くなってるじゃないか。綾辻からはどうかは知らないけど」

 

「ん〜ボクからしても強くなってるって実感はあるよ?前までだったら疲れただけで剣がブレてそれを直そうとして余計に変になったりとか良くあったし」

 

「それは良かった。頼まれて手を貸してるのに結果として出てなかったら意味が無いからな」

 

 

弾き飛ばした木刀を拾い上げて外見を確かめる。都合200近くは打ち合っているはずなのだが、木刀には目立った傷は一切入っていない。綾辻の鍛錬と並行して、俺の()()()()()もしていたのだが上手くいった様だ。

 

 

これなら、去年の様に再起不能になる奴を出さずに済みそうだから。

 

 

「にしても、今日から代表決定戦だね?」

 

「ぶっちゃけ、授業が減るのは嬉しいけど学校としてそれで良いのかって思ったりしてる」

 

「あははは……破軍は騎士を育てる事を目標にしてる学校だから、普通の学校とは勝手が違うんだよ」

 

「それは分かってるけど……ねぇ?俺の言いたい事分かる?」

 

「分かるけどさ……」

 

 

〝七星剣舞祭〟の枠は各学園で6つずつ、それを奪い合う選抜戦が今日から行われる。月影さんの企みを実現させる為にはその6枠の1つを手に入れなければならないのだが、その心配はしていない。少なくとも現在の破軍学園で俺の相手になる様な存在は教員である寧々と理事長を除いて存在しないから。これは傲慢や慢心などではなくて事実。一輝やヴァーミリオンなどの将来性に期待出来る者は何人もいるが、現段階では相手にならないと客観的に見て理解している。

 

 

「あー!!」

 

「あ、ナナちゃん、おはよう」

 

 

結果は決まっている、なのでその過程を楽しもうと考えていると破軍学園の制服を来たオル=ゴールに操られていた少女がやって来た。記憶も言語能力も無くなった彼女を月影さんの力でどうにかして破軍学園に連れてくることに成功したが、彼女を綾辻に紹介した時に呼ぶ名前が無いことに気がついた。

 

 

なので名無しからとってナナと呼ぶ事にした。ネーミングセンスの無さが露呈してしまったが、少なくとも綾辻の考えたメリーさんよりはマジだと思う。

 

 

ロングヘアー程度まで切り揃えられた金髪は紐で束ねられ、それを揺らしながらナナは俺に向かって飛び込んで来た。彼女の身体のパーツとなった者が俺の事を知っていたのか、それとも俺がオル=ゴールから解放したからなのか、ナナは俺によく懐いている。ハグなどのスキンシップは良くやるし、昨日なんて俺が風呂に入っている時に入って来てひと騒動あったりもした。

 

 

知能が赤ん坊レベルだから、何も考えずに行動しているのだろうが俺の理性に悪いので控えて欲しい。その内手を出しそうで怖いから。

 

 

「うー!!うー!!」

 

「ハイハイ、ご飯だな?帰ったら作るから楽しみにしておけ」

 

「あー!!」

 

「良くナナちゃんが言ってることが分かるね?」

 

「読心術だよ」

 

 

俺にコアラの様に抱き着くナナの身体の感触を味わいながら、朝食を作る為に部屋に戻る事にした。

 

 

 






絢瀬ちゃんの魔改造が着々と進んでる。現段階だと、原作で初登場した時の狂犬君くらい。

無知系ヒロインの名前はナナちゃんに決定。作者のネーミングセンスの無さが露呈してしまうんだよなぁ……

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