修羅の願うは英雄譚   作:鎌鼬

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新たな季節・3

 

 

私は他人という存在が嫌いだ。人間嫌いと言えるレベルだと自覚しているがそれは先天的なものでは無くて後天的な物だ。

 

 

私がそうなったのは四年前、兄である黒鉄一輝が家出をした後の事。当時から兄が両親や家の者たちから嫌われていると思っていたが、彼らは何も言わずに姿を消した兄を探すどころか心配する素振りすら見せずにいつも通りの生活を送っていた。兄が居なくなった事を私が告げ、探さなくて良いのかと訊ねても帰ってくる返事はいつも同じだった。

 

 

あんな無能、居なくなったところで構いはしないと。

 

 

その時になって私は初めて兄は嫌われているのでは無くて居ない者としても扱われている事を理解した。唯一、一番上の兄だけは興味無さげにしながらも折れるのならばそれまでの人間だっただけだと言っていたのは覚えている。

 

 

そこから私は兄以外の黒鉄の一族に、そして他の人間に対して怒りを抱き、気が付けば嫌う様になった。

 

 

そして去年の春、私は偶々一族の人間たちが会議をしている部屋を通りかかった時に兄が破軍学園に入学した事と、奴らが黒鉄の家からFランク(落ちこぼれ)を出すのは恥だという訳の分からない理由で兄の未来を邪魔しようとしているのを聞いた。何故才能が無いという理由であんなにも優しい兄を蔑ろにし、あまつさえ家を出て黒鉄との関係を断った彼の邪魔をしようとするのか私には全くもって共感することが出来なかった。

 

 

だから私はある決意をした。

 

 

禁忌(タブー)も何も知ったことかと。

 

誰も彼も兄を見ようと、愛そうとしないのならそれでいい。

 

私はお前たちにもう何一つとして望まない。

 

誰も彼の事を愛そうとしないのならばーーーその分、私が彼の事を愛そう。

 

例え世界が兄の事を認めようとしなくても、私が彼の事を認めてその背中を押してあげようと。

 

 

そう決めたから私の行動は早かった。当時中学3年生だったので進路先を破軍学園に変更し、兄の力になる為に〝伐刀者(ブレイザー)〟としての鍛錬に一層励んだ。黒鉄の一族はそんな私を見て顔色を伺いながら褒めちぎっていたが、奴らの言葉など何一つ響く事はなかった。

 

 

しかしそれでも私が破軍学園に入学するまでの一年の間、兄は周囲を敵に囲まれて過ごす事になってしまう。なので私は兄以外に友人と認めていたあの人に連絡を取って頼んだ。

 

 

どうか私が入学するまでの間、兄の事を守って欲しいと。

 

それに対して彼は難しいと答えた。

 

 

理由を聞けば当時の破軍学園の状態は彼からしてみれば最悪のものだったらしく、今は我慢しているが近いうちにその我慢も限界を迎えて行動を起こし、最悪退学するかもしれないからだと答えた。どうにかならないのかと涙まじりに懇願すれば彼はしばらく電話越しで悩み、彼の友人に兄の事をあえて虐めさせる事で、被害を最低限に出来るかもしれないと言った。普通ならばそれで周囲が増長して虐めが一層酷くなるのが目に見えているのだが、その友人というのは現在の破軍学園でも優秀な部類に入るらしい。ランク主義者の蔓延る破軍で、そんな友人の機嫌を損ねようとする者はいないかもしれない、それが考えられる最善だと言った。

 

 

そして彼は言葉通りに乱闘騒ぎを起こし、無期限の停学処分になり破軍から離れた。定期的に伝えられる彼の友人から彼を通して聞いた限りでは、彼の目論見通りに兄の事を表面上で虐めているのは彼の友人だけだとの事、しかし言葉までは止めることが出来ずに兄は常に悪意のある言葉をぶつけられている事を告げられた。

 

 

そんな兄の境遇に周囲の存在に、そして何も出来ない自分自身に怒りを抱きながら私は鍛錬に励んだ。言葉通りの意味で血反吐を吐いた事もある。だが、そんな苦痛は今も破軍学園で味方のいない中で折れずに戦っている兄の事を思えば耐えられた。

 

 

兄の事を想いながら、定期的に伝えられる話を聞き、鍛錬に励み、ようやく私は破軍学園に入学することが出来た。入学試験の時に魔力制御がどうのこうのと周りが騒いでいたのだが、私の関心は別の所にあった。

 

 

それは破軍学園の理事長と数多くの教師が解雇されると言う話題だった。以前の破軍学園の理事長は黒鉄からの圧力に屈したのか、それとも賄賂でも渡されたのか、兄を学園から卒業させない為に実戦教科を受講する最低水準を新たに作って、兄だけ授業を受けられないようにしていた屑だった。恐らくは解雇された教師も前理事長に同調していた屑で、新理事長の琴線に触れて一掃されたのだろう。しかもそれだけでは無い。新理事長の意向により、彼が無期限の停学処分を解かれて学園に戻ってくると連絡があったのだ。それも私と、単位不足で留年させられた兄と同じ一年生として。

 

 

期待に胸を膨らませながら破軍学園に入学すると、学園内はとある話題で持ちきりだった。それは、FランクがAランクを倒したというもの。映像などの証拠は無く口伝てで語られる物だったが、最低ランクの〝伐刀者(ブレイザー)〟が最高ランクの〝伐刀者(ブレイザー)〟を倒したという下克上(ジャイアントキリング)に誰もが興味を惹かれていた。

 

 

Aランクが誰なのかは知らないが、Fランクの〝伐刀者(ブレイザー)〟はこの破軍学園にはたった1人しか存在しない。私の最愛の兄だけだ。なのでつまらないホームルームが終わるのと同時に教室を飛び出し、彼から聞いていた兄の教室へと向かった。四年ぶりに会った兄は当然の事だが私の記憶の中にある兄よりも成長していたが、優しげな顔つきは変わっていなかった。

 

 

なんと声をかけて良いのか分からず、だけど愛おしさだけは募っていきーーー気が付けば、私は兄の唇に自分の唇を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんか少し目を離した隙に面白い事になってるな」

 

 

折木先生を保健室に運んで浴びた血の処理をして戻ってくると一輝の妹である黒鉄珠雫(くろがねしずく)が実の兄である一輝にキスをし、それに嫉妬したヴァーミリオンが珠雫を引き剥がして言い合いをしていた。突然にあったことらしく一輝が珍しく動揺していた。俗に言う修羅場的な光景で、止めるのが良いのだろうが面白いので放置しておく事にして荒れている教室を見渡す。

 

 

「ねぇ、何でこんなに教室が荒れてるの?」

 

「あ、あぁ……黒鉄先輩が女子に囲まれているのが気に入らないからってあそこにいる5人がちょっかいかけたんだよ……って、新城先輩!?」

 

「説明どーも。あとそんなに畏まらなくて良いからな?そう言う場面なら兎も角、堅苦しいのは苦手なんだよ。もっとフランクにあだ名で呼んで良いのよ?」

 

「じゃあフランクで」

 

「誰がフランクをあだ名にしろと言った」

 

 

初めは俺が留年しているからなのか固かったクラスメイトの男子だったが適応能力は高かったらしく、すぐに対応が柔らかくなった。だけどフランクというあだ名は許さない。

 

 

「えっと、新城先輩。ユリちゃん先生は大丈夫なんですか?」

 

「保健室に運んだら手慣れた手つきで点滴刺してたから大丈夫だと思うぞ?あぁ、今日はこれで終わりらしいぞ」

 

「分かりました。みんなに伝えておきますね?あ、私は日下部加々美(くさかべかがみ)っていいます」

 

「丁寧にどうも。俺は新城不知火だ、好きに呼んでくれ」

 

 

軽く自己紹介を済ませ、日下部と名乗った眼鏡をかけた女子は折木先生からの伝言を隣にいた生徒に伝えた。これで伝言ゲームのように一年一組の生徒に帰って良い事が伝わるだろう。それでも日下部は帰らずに、教室で行われている修羅場の見学に勤しむ事を決めたらしい。

 

 

「いやぁ、それにしても凄いですね。ヴァーミリオン皇国の第二皇女のステラ・ヴァーミリオンさんと新入生次席の黒鉄珠雫さんが留年したFランクの黒鉄先輩を取り合うだなんて」

 

「改めて説明されると業の深い修羅場だよな……面白いから放置するけど」

 

「それは同感です」

 

 

他人の不幸は蜜の味というのは常識らしい。

 

 

「飛沫けーーー〝宵時雨(よいしぐれ)〟」

 

「傅きなさいーーー〝妃竜の罪剣(レーヴァテイン)〟」

 

「って、なんか〝固有霊装(デバイス)〟顕現してるぞ」

 

「あ〜これは不味そうですね」

 

 

ヴァーミリオンが炎を纏う大剣を、珠雫が小太刀を構えて睨み合っている。一触即発の空気の中、一輝が何とか言葉で止めようとしているが2人は聞く耳を待とうとしない。

 

 

2人が周囲への被害を考えずにぶつかれば専用の備えのしていない教室なんて簡単に吹き飛ぶだろう。理事長の能力があれば簡単に直せる事は知っているが、流石にこれ以上は見過ごす訳にはいかない。

 

 

なので日下部が避難を始めているのを尻目に教室へと入り、斬りかかろうとしている2人の間に割って入って〝固有霊装(デバイス)〟を掴む。

 

 

「……何のつもりよシラヌイ」

 

「いやね、流石に〝固有霊装(デバイス)〟出したとなったら止めない訳にはいかないからな」

 

「止めないでください不知火さん。お兄様を誑かすそこの雌豚を排除しなくてはいけないですから」

 

「教室では止めろと言ってるんだ。せめて訓練場でやれ。でないと校則違反で処分食らうぞ?」

 

「ねぇ、何でもっと早くに止めてくれなかったのさ」

 

「修羅場が面白かったから」

 

「不知火ィッ!!」

 

 

しばらく2人からは睨まれていたのだが、俺が引くつもりは無いと理解したのか溜息を零して〝固有霊装(デバイス)〟をしまう。

 

 

「……訓練場に行くわよ。シラヌイに感謝なさい」

 

「貴女と同意見なのは気に食わないですけど流石に不知火さんに迷惑を掛けるわけにはいかないですからね。それでは不知火さん、この雌豚を殺してから改めて挨拶に伺いますので」

 

「おー頑張れよー」

 

 

一番の望みはこれで2人の頭が冷えて落ち着いてくれる事だったのだが流石にそこまでは冷静になれなかったらしい。ヴァーミリオンと珠雫は殺意をばら撒きながら教室から出て訓練場に向かっていった。

 

 

「……不知火、そういえば訓練場って事前に使用を申請しないと使えないんじゃ無かったっけ?」

 

「知ってる」

 

 

一輝が言ったように訓練場を使うには事前に申請しておく必要がある。それを知っていて、俺はあんな提案をしたのだ。

 

 

「使えないって分かったらその場で始めるんじゃないかな?」

 

「それでも校舎内で暴れられるよりはマシだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数時間後、2人は校外で〝固有霊装(デバイス)〟を使用して近くを通りかかっていた寧音に鎮圧され、校則違反という事で一週間の停学処分を食らうことになった。

 

 

 






妹様登場。まだ原作に沿ってるからクレイジーっぷりが発揮出来ないのが残念。幼少期に修羅ヌイと知り合ってて、修羅ヌイの事は友人として認識してる。

どこで妹様を暴れさせてやろうかな?


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