魔王降臨 暴虐の双角竜   作:丸いの

9 / 18
9. 混沌する状況

「……最初に一つ。奴は並みの強敵ではない。この街屈指の冒険者パーティーが本気で挑んで壊滅したほどだという事を頭に入れて欲しい」

 

 新しい相方の突飛な行動によって、普段であれば自分の存在を食い入るように見つめるわけがない冒険者連中を前にして俺はなし崩し的に"竜"について説明することになっていた。ハンスの半ば暴走にも思えるような言動が巻き起こしたその騒動を受けて、最初こそ硬直していた受付嬢は、とっとと済ませろと言わんばかりに此方を睨んでいた。もはや"竜"の存在が一般に知れ渡るのは時間の問題だった。ならばせめてそんな話は適当なところで早く終わらせとということだろう。

 それにしても、やはり大人数の前で話すという行動そのものは結構緊張する。出だしを述べて周囲の反応を伺うが、目も前の面々の中には納得するような顔をしている者も、胡散臭げに聞いている者も混在していた。もう少し"竜"の危険性を強調したいが、仮に依頼の方が既に結構な状況に陥っているならば説明している時間もそうなさそうだ。受付嬢のプレッシャーに屈するわけではないが、出来るならば早めに切り上げたいところではある。

 

「数日前火炎龍の討伐依頼を引き受けた際に、奴と遭遇した。此処にいる皆ならば火炎龍がどのようなものかは知っているだろうが、大変危険な魔物だ。だがそいつは、戦う直前に突如オアシスに乱入してきた"竜"によって呆気なく屠られた」

 

 獰猛なドラゴンのが一撃で殺された。そんな通常ではありえない事柄を、それでも俺は事実として淡々と語っていく。話を変に彩るよりも、己の見てきたものについて忠実正確に伝えた方が良いだろう。

 

「半信半疑でも構わないし、何なら頭の隅に置いておくだけでもいい。奴は根本的に今までギルドが確認してきた魔物とは違う。小手先の強さじゃない。その強さの根源は、龍種に真正面からぶつかって勝てる頑強さと、異常なまでに奴を昂らせる闘争心だ」

 

 大きく息を吸い込み、力強く全員を見据える。たかが若造の空想話と思われようと、これだけは伝えないといけない。無意味な犠牲者を出さないために、そしてまだ共感する者が現れるのを期待して。

 

「……正攻法では奴に勝てる見込みは無いに等しい。頭から火炎龍の渾身のブレスを被ったのに、その結果が敗走でなく激昂だった!! そんな化け物相手に、龍種のブレスに劣る威力の魔法や、岩山崩しなんてまず敵わない剣や斧の一撃で何ができるっていうんだ」

 

 戦ってすらもいない、様子を見ただけの、決して経験豊富であるとは言えない自分がここまであの"竜"を語るのは、それは大変におこがましい事なのだろう。しかしいくら自分があの"竜"と釣り合わないと思われようと、それでも俺は彼らに伝えたい。今俺らが前にしている壁の高さを、そして堅牢さを。

 

「だから裏回りするんだ。魔導師の大魔法をサポートに使う、煙幕を投げつけて戦場をかく乱させる。ひたすらに奴と同じ土俵で戦うことを避けるんだ。それが奴と戦う唯一の攻略だと俺は信じている」

 

 これで話は終わりだ。簡単に纏めすぎたような気もするが、自分が伝えたいことだけは言う事が出来ただろう。

もしこの話に共感してもらえる人物が居るのならば、その冒険者達と今回の件に関して手を組めるかもしれない。そしてもし居なければ、改めて仲間となれる人物を探し出す。そう、たかだかそれだけの話なんだ。

 椅子に掛け直し、今まで向かい合ってきた面々を見つめる。彼らの反応は色々だ。歴戦の冒険者の中にも腕を組んで考え込んでいる者もいれば、はたまた此方を軽蔑するかのように薄笑いを向ける者さえも居る。ただ、わざわざ若造の話を聞き入れてくれたというだけでも、今回のお話は上出来といったところだ。

 

「なかなか面白い事を言うわねぇ。そんな強い魔物が居るなんて、お姉さんわくわくしてきちゃった」

「へぇ期待して聞いてみれば、なんという弱腰な発言だ。ガッカリしたよ全く……」

「結局は与太話ってか。まあちょっぴし参考にはさせて貰うけどよ。取りあえず今は依頼が優先だな」

 

 しかし話し終えてから少し経てば、声の大きな人々の反応を聞く限りでは、概ね肩透かしという感じに見えた。結局はそういう層は引き込めなかったのか。彼らは此方から顔を逸らし、受付嬢へと向き直っていく。とんだ道化だ、こんだけ注目を集めておきながら彼らを引き込むことが出来ないなんて。

 予想と覚悟はしていたとは言え、手ごたえの無さに肩を落としてしまう。仕方がないと言えばそうなのだろう。百聞は一見にしかず、一度自身の目で見ない限り一向にこんな話など信じられる物ではないのだろう。しかしいつまでもがっくりはしていられない。深呼吸をして息を吐き出す。ともかく今は心を入れ替えなければ。"竜"の件もそうだが、今はそれよりも重要な依頼が舞い込んでいるのだろう。本当はこんな話をしている暇など無いほどに切迫しているはずなのだ。

 

「……良いんじゃねェの? 要点は突いていたし、俺達の信念もアピールすることは出来た。後は話を聞く方の問題だ。折角の金言を与太話と捉える輩には、たとえ今回は生き延びても冒険者としての将来性は真っ暗だ。下手に落ち込むんじゃねェよ」

 

 今回の元凶が励ましのような言葉を語りかけてくる。まあ確かにアピールするにはいい機会ではあったのには違いない。もしかしたら気まぐれに共感する人間も現れるかもしれないと、今はそうポジティブに考えるべきなのだろう。

 

「そりゃどうも……で、王女の救出依頼はどうするんだ? 受けるか、それとも断るか。正直な所いくら緊急性が高かろうが、今は"竜"関連に集中したいんだけどなあ」

「おいおい、この流れでどう断るんだよ。今回の依頼ってのは、要人をとにかくとっとと戦線離脱させりゃあ良いんだろ。そんな役回り、お前が避けられる訳ねェだろうが」

「はあ? なんでそんな役目を……あ」

 

 頭の中でイトが手を振りながら元気に飛び回っているような、そんな変な妄想が過る。俺のパートナーであるイトは、まだ幼いとはいえども立派な龍種である。緊急性を要する依頼において、飛行という手段により馬よりも速く移動することが可能なイトは、それはそれは大変に役立つものであって。

 

「ネイスさん、あなたは強制参加です!! ついでに脇の無精髭も!!」

「……俺はお目付け役ってか」

 

 とにかく現場に急行する際には優秀過ぎる乗り物だった。そんなわけか、俺は受付嬢に隣のハンス共々完全に目を着けられることとなった。いきなりのご指名に、周囲の冒険者から何故だという視線が集中する。本当に何故なんだろうね、俺も分からないし分かりたくもないよ。二度目の視線の集中に怯んでいる俺を見据え、受付嬢は似合わない凛とした目つきで、掴みかけた獲物は逃がさんと言わんばかりに続ける。

 

「そしてなんと!! 参加してくれた暁には酒場のツケをチャラにしますよ!!」

「オーケィ、参加してやんよ小娘!!」

 

 間髪入れずに飛びつくハンス。ツケなど無い自分には酷くどうでも良い報酬ではあるが、どうやらこの無精髭にはそうでもないらしい。以前に火炎龍の話が上がった際も、やれランクを下げるだとか、信用を失うだとか、引き入れ文句には俺にとって利益となる物は殆ど聞いたことが無い気がする。鋭さを増す冒険者の目線に、そろそろ腹が痛くなってきた。これもイトをパートナーとして、真っ当な人間や亜人と話した経験が少ない弊害なのか。

 

「いや……え、ちょっと待――」

「ならばお二人は今すぐに出発してください!! 後から別の参加者を急行させますので、まず要人を救出して下さい!!」

 

 何か言おうとしても、受付嬢の勢いをかき消すことはまるで敵わない。それどころか、ついさっきまで「お目付け役かよ」と少しばかりやれやれといったオーラを出していた相方までが、非常に乗り気へなってしまっていた。

 

「おうよ!! やってやろうじゃねーか!!」

「いや、だから」

 

 反論を許さぬままに、ひょろ長い体のどこにそんな力が有るのやら、ハンスに肩を抱えられて強制的に酒場の出口へと連れられていく。冒険者の中には半ば睨めつけるような視線も混じっていた。最初に手柄を挙げようとする俺が気に食わないのだろう。確かにその不満は至極当然の事であり、自分が当事者でなければ共感すらも感じたかもしれない。

 しかしいざ当事者になってみれば、その視線が理不尽な物に思えてしまう。別に此方もやりたくてやっている訳では無いんだよと声を大きくして叫びたい。そんな事を考えている内に酒場の入り口にまで引きずられてしまっていた。受付嬢も既に此方など見てもいないし、剣呑な目つきだった冒険者の青年は既に依頼の詳細に聞き入っていた。

 

「……別に酒場のツケだけで釣られた訳じゃねェよ。こんな依頼ちゃっちゃと終わらせるぞ。俺達の目的は他に有るんだからよ」

 

 肩を掴んでいたハンスは、その顔には軽薄そうな笑みを浮かべて周囲には振りまいていながらも、その実小声でそう言った。そうだ、こんな救出依頼なんかで足止めされている場合なんかではないのだ。彼はいつでもその依頼の先、"竜"への挑戦を見据えている。その言い出しっぺの俺が、それに追従している訳にはいかない。むしろ先導するべきだ。

 

「そうだったな。あくまで目的は"竜"。唯一の心配なところは今回の依頼で誰かが下手に手を出して――っと、すまない。前をよく見ていなくて」

「いたた……ったく、気をつけろよ」

 

 考え事をしていたからか、目の前から早歩きでこちらに向かってくる人影に気が付かなかった。避ける間もなく、ドン、と酒場に入ってきた二人組の女性と肩をぶつけてしまう。方や真っ赤な短髪に、もう片方は栗色の長髪だ。肩がぶつかった方の赤髪は、そう強い衝撃でもなかったはずなのに妙に大袈裟に肩を押さえている。そして微妙に見覚えが有るのが気になる。

 一瞬思い出そうとしてみたが、ぶっきらぼうに注意をしてきた後二人組はすぐ酒場の空気の異変に気付いたようで奥の方へ早歩きで去って行った。

 

「……んで急いで出てみたのは良いんだけどよ。龍舎ってどこに有るんだ?」

 

 結局誰だったのかが分からず釈然としないが、今はそれどころではないのだろう。ハンスの能天気な問いに、失礼だが少しだけ吹き出してしまった。

 

 

* * *

 

 

 "竜"の出現に混乱の境地へと突入した街グラシス。その街から一国の領土を誇るほどの大砂原を挟みんだ砂漠北部。かなりの距離が離れているにも関わらず、南部と変わらず土地は乾燥していた。開けた荒れ地の周囲一帯には強大な砂色の岩山が聳え立っている。その岩山達の間には、まるで谷間を思い起こさせるかのような細長い道が続いていた。広大な乾燥地帯の南北を隔てる広大な大砂漠は、実質的にどちらの側からしてみても難攻不略の要塞となっている。

 

 普段ならば、大砂原にほど近いこの地域は砂嵐によって塵や砂が舞い散らかされ、だた辺り一面、地面も空気も砂色の景色を見せるだ。殺風景な荒れ果てた大地、草原すらもありやしない。増しては人が定住するには無理のありすぎる環境と言える。

 しかし今この瞬間ばかりは違った。燦燦と照り付けるぎらついた太陽光を防ぐ皮の鎧に身を包んだ大集団が、乾燥した大地の一画を埋め尽くさんばかりに理路整然と整列している。彼らの構える大槍は、砂の巻き上がる天に向かって一様に向けられていた。その数は一個大隊を簡単に上回るほど。まるで繊細な彫刻を一様に配置しているかのような錯覚すらも覚える。そして整然と並んだ軍集団の前を、軋むような音を立てて木製のレールを進む、巨大な影が存在した。

 

 それは、黒い帆をはためかせた巨大な船だった。辺り一帯に小さな泉すらも存在しないにも関わらず、幾多もの人員を収容することが可能なほどの巨大帆船が、大砂漠に向けて走る木のレールを進む。重厚な黒木が悲鳴のような軋みを上げることから、その船の巨大さが見て取れた。そしてそれは一隻などでは無い。見上げるほどの威容を誇るその船の後ろには、同等の大きさを持つ船が後三隻も同様にレール上に存在していた。計四隻、その巨大な存在感は、兵士の大集団が発する異様とも言える熱気をかき消すほどだ。

 

 そして彼らの前には、一対の剛翼を揺らす、成人男性の10倍は有ろうかと言うほどに立派な体格の漆黒の龍が、立派な飾りをあしらった銀甲冑を纏う大男を背中に乗せて、大集団の列の間に作られた道を悠然と歩いていく。一歩ごとに厳かな足音を立てながら、微動だにしない兵士達の間を抜けて、遂に漆黒の龍は彼らの前へと躍り出た。

 

 その龍は、一様に砂の大地を照らしつくす日の光の中でも一切染まらない闇色の翼を一気に広げ、大砂漠南部の人間の言う帝国の首都から遥々この地へとやって来た彼らの視界を黒で埋め尽くす。そして背に乗っていた大男は、甲冑の見た目に反して軽やかに大地へと降り立った。静寂を続ける兵士達を前にして、大男は大きく両手を掲げる。

 

「これよりツェーザル皇帝閣下の命に従い、蛮人の住まう国へと電撃的侵攻を開始することを宣言する!!」

 

 その瞬間、静寂を保っていた集団は激変した。誰も彼もが天に向かい掲げていた長大な槍の柄を地面へと打ち付けた。そして応、と誰も彼もが叫ぶ。一斉に鳴り響く軍集団の咆哮が、この砂漠の一画を埋め尽くした。地面へ打ち付けられた槍たちは再度天高く掲げられ、大量に上げられた白銀の刃が照りつける太陽の光を反射して一層鋭い鉾先であるかのような印象を植え付ける。

 

「皇帝閣下がお造りになられた砂上要塞グラーフ・ツェッペリンを旗艦とした砂上艦隊は、貴君らを油断なく南部戦線へと送り込むであろう!!」

 

 背後に控える巨大艦をその剣で指示し、将は誰しもにもその耳に届きうる大声で宣言した。

 

「もはやこの大砂漠は我々の足を止めることは敵わぬ!! 天然の要塞はたった今この瞬間に崩落した!! このエーベルハルト艦隊により、我らは壮大な歴史の一枚目を綴るのだ!! だからこそ諸君らは今、その一枚目に記されようとしている。諸君らの役目とはいったい何か!?」

『我らは帝国の剣なり!! 皇帝閣下の命に従いて、いざ南部を統ベらん!!』

 

 兵士達が一斉にそう叫び、静かだった荒れ地に響き渡る。統率の取れた宣言は、まるで一つの咆哮であるかのようにして岩山に反響した。

 

「宜しい、ならば私はこの艦隊を率いて、諸君らを皇帝閣下の命において戦場へと導こう!! 今やただの砂場と化した大砂原を超えたその先へ!!」

 

 その瞬間、もはや統率をすべて放棄したかのような雄たけびが兵士達から沸き上がった。今まで幾度となく大きな成功を収めては来なかった南方征伐。その根源とも言える大砂原を踏破する兵器を味方につけた彼らは、もはや恐怖も脅威も感じる余地などは無かった。すべては、南のその先に控える豊潤な大地。先祖代々喉から手が出るほど欲しては潰えた望みが、この砂上艦によりとうとう手中へと収まる時代が来たのだ。

 

「発艦の時は来たれり!!各員、戦闘配置!!」

『応!!』

 

 全員が一斉に槍を地面へと打ち付けた。そして整然と並んでいた兵士達は、一斉に乱れぬ動きで眼前に停泊する砂上艦に向けて行進を始める。甲冑に包まれた足が大地を踏みしめる度に重厚な音が鳴り、一個大隊に並んでいた彼らは、一切の無駄もなく四隻の砂上艦に向けて分かれ始める。

 先頭に立った者は、迷いなくそれぞれ別の船へと歩き出す。四隻の船はいずれも大砂原まで続く黒木のレールの上に一列に乗せられていた。既に帆は熱風の中で大きく張られている。それらの艦首から伸びた黒鉄の鎖が、目を見張るほどに大きな巨龍と言われる龍種に対して、それぞれの船を引いて運ぶための手綱として括り付けられていた。

 四列に分かれた甲冑兵達が乗り込んでいく。船から降ろされたタラップを鎧を震わす音を立てながら彼らは上っていった。そして将を乗せた漆黒の龍は剛翼を大きくはためかせた後、重厚な見た目に反して軽々と空中へと浮かび上がり、四隻の砂上艦の先頭、旗艦グラーフ・ツェッペリンへとゆっくりと近づいて広い甲板へと降り立った。

将の大男は軽やかに龍から降りると、谷間のその先に見える大砂原を見据えた。近頃になり妙に激しくなった砂嵐の中では、とてもではないが歩兵や竜車は碌に進行すら出来ずに流れる砂の中へと飲み込まれ、熱砂に蒸し焼かれて死ぬだろう。

 しかし幾多もの計画と破綻を乗り越えてようやく完成に至ったこの砂上艦隊は、荒れ狂う砂嵐にも耐えきれる、大砂原の横断を可能とする乗り物だ。今回の南部進行で手柄を上げた暁には、砂上艦が更に生産されて本格的な王国への侵攻が始まるだろう。この侵攻は言ってしまえばその大きな計画への第一歩であるのだ。これが頓挫してしまったら、皇帝は大変に落胆するだろう。大男は、大荒れの砂嵐を睨めつけた。意地でも侵攻を成功させるためへの第一関門を。

 

「将軍、お願いします」

「ああ、分かっている」

 

 脇に駆け寄ってきた甲冑兵の一人と極短い言葉を交わし、砂上艦隊を率いる北の帝国の将軍は大股で甲板から船の先頭へと上った。四隻の砂上船に乗った全ての兵達を視界の中に入れる。全ての艦を率いる役目を仰せつかった巨龍の乗っている兵隊達も、船の上で整然と並ぶ兵士達も、その全てが今から彼がいう事を心待ちにしているのだ。将軍は大きく両手を広げ、全ての部下を鋭く見据え、そして叫んだ。

 

「第四次南部進行作戦、開始せよ!!」

『応!!』

 

 今までと比較にならないほどの団結の咆哮が岩地に響き渡る。整然とした姿勢は既に崩れ、全ての兵が武器を掲げたり、天に手を突き出したりなど、思い思いの方法で侵攻への抱負をアピールする。巨龍に搭乗する兵隊たちも雄たけびを上げながら、それぞれが持つ手綱の先に居る龍へ指示を与えた。

 

 総勢四頭の巨龍達が巨大な声を以て吠え、満身の力で前へと踏み出した。強大すぎる第一歩目は、砂の大地を軽く抉りながら巨大な地響きと共に砂煙を散らした。砂上艦に繋がれた黒鉄の鎖は、千切れんばかりに巨龍達に引っ張られた。巨龍の体格すらも上回るような大きさの船だ。例え彼らが己の倍近い岩塊を引くほどの晩力があろうと、この船に対しては一筋縄ではいかない。だがそれでもギチギチと音を立て、巨龍達は懸命に鎖を引く。その背後から、ひと際強力な熱風が吹き荒れ、砂上艦に張られた帆が推力を生み出した。熱風と巨龍の二つの力により、砂上艦の下に付けられた鉄製の車輪が、とうとう重い音を立てながらゆっくりと回り始めた。

 四隻の砂上船は、お互いにぶつからない距離を保ちつつ、同じレールの上をゆっくりと走り始めた。超重量の砂上船を乗せたレールは、その重さに耐えるかのように車輪との間で軋む音を立て、兵達の雄たけびも大きさを増していく。

 谷間を走るレールの向こうから吹き付ける砂混じりの風が、荒れ果てた大地へ足を踏み入れようとする彼らを出迎えた。しかし巨龍達は全く気にせずに大砂原の入り口へと足を進める。砂上艦に乗り込んだ兵士の先祖たちは、これまで何度か行われた南部征伐作戦の中、この熱風を受けて死地へ赴く絶望感をその胸に抱いたことだろう。しかしその死の砂風も、今やこの砂上艦の動力源として彼らの背中を押すのだ。

 

 砂上艦隊は向かう。何者をも寄せ付けなかったはずの砂の大海原へ。そしてその砂の大海は、生きる霊峰が住まう冥府の淵でもあるのだ。砂上艦隊から遥か離れた大砂漠の中央部で、大規模な流砂が発生しようとしていた。




書けば出る(至言)
それを前作で証明したからグラーフもC'moooon!!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。